翌日、朝早くからリュウ達は手分けしてダンジョン探索の準備を行った。道具屋で医療品を中心に必要そうな物を買い揃えたり、食料品店で新鮮な食料を調達したり等である。それなりに金があり、大きな荷物を背負う必要のないドラゴンズ・ティアという反則アイテムを持っているからこその大盤振る舞いだ。
「全部でニ千六百五十ドラクマになります」
「うわ結構いったなぁ……」
「ま、必要経費って奴だぜ相棒」
ボッシュの言葉はそのものズバリ。リュウは治癒の魔法を使えるけれど、しょっちゅうそれに頼りっきりでは早々にバテてしまう。このような時に金を使う事で楽が出来るのなら、ケチケチせずに使うのが正解だ。備えあれば憂いなしなのだ。
「まいどー」
「ボッシュ俺さ、薬草っててっきり“薬草”って名前なんだと思ってた。違うんだね」
「そりゃまぁ商品名がそうだからなぁ。正式名称は“アルテミシアの葉”ってんだぜ。んでこいつから抽出したエキスを固めて効果を高めたもんが“元気玉”って丸薬だな」
「……いつ聞いても世界中から気を集めそうな名前……」
道具諸々の買い物を終えて、どうでもいい話をしつつ待ち合わせ場所に歩いていくリュウとボッシュ。この二人が道具を、リンプーとステンが食料の方を担当している。ガーランドは自分の荷物の整理があるので、少し遅れるらしい。
「あ、おーいリュウー!」
「リンプーさんにステンさん、早かったですね」
「まーね。はいこれ、言われてた分全部買ってきたよ」
「ありがとうございます。じゃあ早速しまっちゃいましょう」
待ち合わせ場所まで行くと既に来ていたリンプーがリュウの方に走り寄って来て、どさっと重たげに食材の詰まった袋を置いた。一応中身を確認すると、心なしかリュウが頼んだよりも肉類が多いように見える。まぁ野菜や穀物など欲しかった物はきちんとあるので、別に問題ないかとヒュパッと格納する。
「そうそう一応店の人に聞いてみたら、昨日リュウが言ってた人達の目撃証言、出て来たよ」
「え、マジすか」
「うん、やっぱりその人達が遺跡に向かったのは間違いなさそうだねぇ」
リンプーが色々と食材を選んでいる間に、ステンは店の人から話を聞いていたらしい。なるほど、食料品店は盲点であった。ステンが言うには、二週間ほど前に女性四人組がリュウ達のように食料を買い込んでいた、という話を店員から聞けたそうだ。
「でも良くその店員さんそんな前の事覚えてましたね」
「ああうん、それがさ……」
ステンもその事を疑問に思ったらしく、店員にどうしてか尋ねたらしい。そしてそれに返って来た答えは、「全員が全員美人だったから!」という何とも力強いお言葉であったとか。それのおかげでステンはちょっとテンションを上げており、リュウはまぁ確かに美人ばかりだけど……とどこか複雑な顔をした。
それから少しして、遠目でもわかる巨体がのっしのっしと自分達の方に近づいてくるのが分かった。ガーランドだ。
「すまんな、待たせたか」
「いえいえ、丁度こっちも今来た所なんで」
「じゃ、皆揃ったしおいらが遺跡まで案内するよ。えーっとガーランドさん……でしたっけ? 道中魔物居るんで、頼りにさせて貰いますよ?」
「うむ。こちらこそよろしく頼む」
そしてリュウ達はハイランドシティを出発し、遺跡へと向かうのだった。ハイランドの周辺は、大樹林までとの間に乾いた大地が広がっている。時折現れるサソリの様な魔物やサボテンの化け物を屠り、ステンに案内されて進む事約二時間。次第に荒野からジャングルの様な林へと入っていくリュウ達。それから幾らもしない内に、唐突に古びた遺跡が目の前に出現した。
「これが……」
「そ。ここが“盗人の墓”さ」
ハイランドシティから徒歩で四半日と言った所か。ステンが目の前の遺跡に関しての解説を再び述べる。中には多数の罠と凶悪なモンスターが犇めいていて、最深部には伝説の盗賊ダンクの残した財宝がある、と。半分は昨夜のおさらいと言った感じだ。まぁぶっちゃけ遺跡としてはよくある感じだなーとリュウは思ったとか。
「しかし何ていうか、こういう古代の物って漠然としたロマンを感じますね」
「お、リュウ良い事言うねぇ。おいらもそれには賛成だな。まぁでもここは昔から知ってるから、おいらにとっちゃ魅力半減だけどねぇ」
リュウとしてはこんな所へ冒険しにくるのは初めてであるからして。気分はインディ・ジョーンズか、はたまたアルセーヌ・ルパンの三代目か。とにかく男の子の血が騒ぎ、ワクワクしないでもなかった。
「ま、でも今の目的は財宝とかじゃないですし」
「そうだねぇ」
だからこそ、リュウ達は目的を今一度確認する。今は財宝ではなく、そこへ潜った人を探す……というか救出が最優先の目的だ。なので、宝に関しては恐らくスルーせざるを得ないだろう。ステンが聞いたというトリニティが買い込んだ食材の量はそう多くない。逆算しても、持ったとして一週間ちょいがいい所だ。
「……」
もし今から二週間前にトリニティがここに侵入し、そのまま中に閉じ込められているとしたら、色々とマズイ事態なのは嫌でも想像できる。お宝に興味が無い訳ではなかったが、どの道古代の遺産ならばそれは人類の宝であるとも言える。「俺のポケットには大きすぎらぁ」とリュウは見た事のない宝に対し酸っぱいブドウの理論を振りかざして、そっちへの思いを断ち切った。
「あ、ちなみにおいら中までは詳しくないからね」
「了解です。じゃあ取り敢えず俺が先頭で……」
と、いつまでも外で見物していても仕方ない。なのでリュウ達は早速一歩。ヒヤリと漂う内部の空気に背筋を震わせつつ、遺跡に足を踏み入れた。
「? ……なんか、結構荒らされてますね」
外観もそうだったが、盗人の墓の一階は内部もかなり荒れていた。本来は石の壁に四角い入口だったと思われるが、その名残は上の部分だけで横の部分は両側とも壊されている。中は中で瓦礫が散乱し、所々天井に穴が空いているようだ。
「ここって以前は盗掘者が後を絶たなくてね。だけど深い所に潜るのなんて無理な連中ばかりだったから、こうして入口の近くだけ乱暴に荒らされていったのさ」
「へぇ……あ、階段が……」
「あそこから下が本番らしいよ」
「なるほど。じゃあ皆さん、準備はいいですか?」
「いいぜ相棒」
「うむ」
「おー!」
ちなみに隊列はリュウ(ボッシュ)・ガーランド・リンプー・ステンの順である。魔法の明かりを灯す技が使えるのがリュウだけだし、自分から先頭を行くと言ったから当たり前だ。一階部分は荒れ果てた瓦礫以外特に何もないので、隅の方にある下へと続く階段をリュウ達は降りていった。そしてその先へ少し進んでみて……途端、何か嫌な空気が前方から流れてくるのがわかる。
「……はい敵、来ました」
「ゾンビか」
ガーランドの言う通り、奥の方からゾロゾロと現れたのは盗賊のゾンビと言った風体のモンスターが四体。ゾンビ自体は初めて見るリュウだが、あまり恐怖のような物は感じなかった。この手の連中は“こういう見た目のモンスター”であると物知りボッシュから聞いており、別に本物の死体が動いている訳ではないと理解しているからだろう。
「けどまぁ、流石は“墓”って所ですかね」
「よーし、一人一体相手にすればいいよね」
「ふむ、悪いが押し通らせてもらおう」
棍、ナイフ、剣と全員が得物を取り出す中、ガーランドも背中に装備していた長槍を構えた。それが目に入ったリュウは、ふと思った事を聞く。
「そう言えば、武器変えたんですね」
「……こちらの方が性に合っていたのでな」
ニヤリと笑うガーランド。巨体にゴツイ長槍というのが、確かに以前の手斧よりもマッチしている。その槍は見るからに相当な重量感を漂わせているのだが、片手で軽々と棒きれの様に扱うのは流石のパワーだ。
「さて……こいつら一体どんなもんかな……っ!」
と、リュウを筆頭に全員が一斉にゾンビへと襲い掛かった。リュウはフィランギを縦に一閃、一体を真っ二つ。リンプーは棍を力任せに叩きつけて一体を粉砕。ガーランドは力溢れる刺突でゾンビの上半身を吹っ飛ばして終了。ステンのナイフも的確に一体の首を落として無力化。ほぼ一瞬の出来事で、何というか瞬殺であった。
「……」
復活でもするかと思いきや、どいつも起き上がって来る気配はない。ツッコミを入れる隙も無いまま誰一人、一撃すら喰らうことなく蹴散らせてしまった。見事な肩透かしだ。
「結構弱かったね」
「ふむ、まぁ魔物がこの程度ならば、進むのは楽そうだな」
「……」
ステンだけがどこか神妙な顔をしつつ、取り敢えずは前進する。こいつらが内部に犇く“凶悪な”モンスターなのか? と若干疑問を抱きながら、リュウ達はさらに奥へと進んでいくのだった。
*
「うーわまた団体さんですよ……」
「またぁ? もういい加減にして欲しいんだケド……」
「……。こういう事だったか。一筋縄ではいかんな」
「だから言ったでしょ、凶悪なモンスターが犇いているってさ……」
遺跡に潜って早三時間。これでもう何度目かのモンスターとのエンカウント。毎回代わり映えのしない敵の姿に、リュウ達は心底うんざりしていた。盗人の墓に入ってからこっち、リュウ達はずっと戦いっぱなしだったのだ。ゾンビの他にも人魂らしきものやミミックっぽいモンスターがどこからともなく出現し、行く手を阻むのだがやはりそれほど手強くない。しかし、リュウ達はここに来てその“凶悪さ”の意味をようやく理解してきていた。
一言で言えば“キリがない”のである。
倒した事を確認して数歩進むと、すぐにゾロゾロと似たようなモンスターが現れる。物量作戦とでも言うべきか、凄まじいエンカウント率の高さだった。一体何処からこれほどのモンスターが湧いてくるのか疑問は尽きない。確かにステンの言う通り、中途半端な戦力でここに挑んだとしたら、進むも戻るも不可能になってアウトだろう。
「ほっ」
「やぁっ!」
「ほいさっ」
「フゥンッ!」
剣が人魂を斬り落し、棍がミミックを砕き、ナイフがゾンビを切り裂き、最後の槍が弱ったそれらをまとめて薙ぎ払ってトドメを刺す。今やリュウ達は工場でのアルバイトの如き流れ作業でもって、モンスターを撃退しているのだった。リュウ達からすれば弱いので、張り合いが感じられないのも作業感を増幅させる原因である。
「さ、とっとと行きましょう」
そんな感じで魔物に辟易しつつ、だが進行状況自体は一応順調であった。古のダンジョンだけあり何度も分かれ道や分岐点があったのだが、リュウ達は迷っていないと確信出来ている。それどころか行く手を阻むハズのトラップの洗礼すら、いとも容易く回避しているのだ。ではそれは一体何故かと言うと……
「……ていうかさー、この後を辿れば一発だよね……」
「何かおいらちょっと情けなくなってきたよ」
リンプーとステンの呟きが、静かな遺跡に木霊する。要するに、トラップというトラップが既に作動し、尚且つ破壊されていたのだった。吊り天井やら壁から飛び出した無数の槍やら振り子のようなギロチンやら。そこにあるのはリュウが考えていたよりもかなりオーソドックスな罠ばかり。だがいずれも、リュウ達に牙を向ける事無く無残に粉砕された姿を晒していた。そしてその破壊の痕は、どれもそんなに古い物ではない。十中八九、レイかゼノ達の通った痕だろうとリュウ達は見ている。
「まぁこれならモンスターと違って楽でいいですが……」
それはアスレチック的な要素など微塵もない、ただ侵入者の命を機械的に狩るだけのトラップ達。だが悉く返り討ちに会い、哀れな屍を晒すその残骸達のあまりの多さ。モンスター達のように際限無しに湧く事もなく、一度破壊されればそれで終わりという不可逆性。自分達が直接ハマった訳ではないせいか、無情ここに極まれりと言った感じでリュウはそれらに対し物悲しさを覚えたのだった。そしてさらに奥深くへと、リュウ達は足を進めていく。
*
「……あれ?」
相変わらずモンスターどもを軽くペチ倒し、トラップという名前だった単なる障害物を避けながら下へ下へと進む事何時間か。思ったよりも広い一本道に出くわして、先頭を行くリュウは警戒した。そこまでで、罠の破壊痕がパッタリと途切れていたのだ。
「……怪しい……」
「こういう時こそ気を付けねぇとなぁ」
その先はそれまでとは全く違う……というか、本当に破壊の痕は欠片も無いようだった。この遺跡本来の、綺麗な通路がその姿を誇示しているかのようだ。怪しすぎるのでリュウはその先の通路の両側を叩いたり、落ちていた小石をちょっと先まで放ったりしてみるが、特に何の反応もない。
「うーん、どうもここでトラップゾーン終わり……みたいですね」
「そのようだな」
まだまだ道そのものは奥へ下へと続いている。試しにリュウが一歩二歩と歩いてみても、やはり何の仕掛けも施されていないらしい。ただカツカツ、という足音が響くだけだ。
「まぁ、ないならないでとっとと進みますか」
そんな訳で、そこからは普通に歩いていくリュウ達。最初こそおっかなびっくりだったが、やはりモンスターが頻繁に出てくる以外は何事もなく進む。そうして歩き続け、しかし一体何処の辺にゼノさん達又はレイさんは居るんだろう? と、リュウの警戒心が薄れた矢先だった。
……カチリと、何かの音が聞こえた。
「……ん?」
「相棒……」
何だかとても嫌ぁな予感がして、リュウの背筋を冷や汗が流れる。そしてまさにその瞬間、リュウは得も言われぬ浮遊感に包まれた。何と寸前まであった筈の足元の床が、突如として消失したのだ。
「ほぅわぁ!?」
「リュウッ!」
「……って、浮いてるし……」
床は先程何かのスイッチが入った事で、シュバッと瞬時に左右に割れて引っ込んだらしい。まるで一発芸の、テーブルクロス引きのような早業の仕掛けだ。そしてそこにはポッカリと開く暗い穴。肝心のリュウ本人はと言うと、その穴の上でぷかぷか浮いている。所詮は単なる落とし穴。使えて良かった浮遊魔法。咄嗟にそれを発動させたリュウに隙は無い。
「ふ……ふふふ……はっはっは残念だったな落とし穴。さぞや悔しかろうこの馬鹿め。そんなのに俺が引っ掛かるかっつーの」
「なぁ相棒、今確実に慌てたよな。“ほぅわ!?”とか言ったし」
「いやいや何言ってんのボッシュ。俺別に焦ってないから。心臓とかドキドキしてないから」
「口数が多いのが証拠だぜ相棒」
「……」
無駄に意地を張った事で逆に語るに落ちるリュウ。精一杯表面上を取り繕った努力を、あっさりと無に帰す減らず口全開のボッシュ。照れ隠しに制裁としてポーチへ押し込み黙らせたのはその数秒後だ。そして息を整えると、改めてリュウは足元の穴に目を向けた。通路の一部がそこだけまるごと欠落したような、見事なまでの落とし穴である。
「何つー意地の悪い仕掛け方だ……」
「確かになぁ。心理の盲点てやつを突いてるぜ」
リュウ達は実際に嵌ったわけではないから良かったが、この落とし穴は仕掛けた者の本気を伺わせる罠だ。あのギロチンやらのトラップの嵐を抜けて、ようやく安全になったと思わせて一息ついた所へこれである。油断という人の心の隙を突いた、実に効果的な仕掛け方だと逆に感心する程だ。
「大丈夫か?」
「ええ、俺は問題ないです。しっかし、俺が先頭でホント良かった……」
何事も無かったようにガーランド達の方に降り立つリュウ。もし今リュウ以外が先頭だったとしたら、気の緩みも手伝って成す術がなかった可能性が高い。こればかりは運が良かったようだ。一応リュウが自分の身に異常が無い事を確認していると、後ろにいたリンプーはふと何かに気付いた。トコトコと穴の傍まで行くとそこにしゃがみ、落とし穴の中の方を指差したのだ。
「? ……ねぇリュウ、あそこに何かあるよ……?」
「はい?」
リンプーが指で指し示した場所に魔法の光を向け、よく見てみる。すると穴の少し下の方、剥き出しの壁部分に、光を反射してキラリと輝く物体があるのがわかった。
「本当だ……何だろ……?」
穴は閉じそうもないのでリュウは再び浮遊魔法を使い、その物体の場所まで降りてみた。壁に近付き、ソレを引っこ抜いてみる。刺さっていたのはナイフだった。それもなかなかに使い込まれた業物のようで錆びも無く、少なくとも昔からここにあった物ではないと思われた。
「何かこんなの刺さってたんですが……」
「! それは……レイの使っていたナイフ!」
「!」
そう言って、リュウの持つナイフを目にしたガーランドは表情を硬くした。つられてリュウ達の表情も硬くなる。つまり、これは何を表しているのか。落とし穴の中の側面に、探し人のナイフだけが刺さっていたという事実。全員が、ここで何があったのかについて何となく理解した。
「その人、落ちた……のかな?」
「……そのようだな」
しゃがんだまま、そーっと穴を覗きこむリンプー。その空間はどこまでも暗く深いようで、底など当然ながら見えない。リュウは試しに、側にあった小石を落としてみた。……だがしばらく待っても、こつんという音は帰ってこない。あまり考えたくはないがこの高さで落ちたとなると、どれだけ身体能力が高いとしても無事では済まないかもしれない。
「さて、それじゃどうやって行く? まさかリュウに全員で掴るのかい?」
「うーん……でもそれしかないっぽいですね……」
「え、ホントに……?」
レイがここまで来て、そしてこの下に落ちたであろう事はほぼ確定だ。同時に幾ら思案しても、浮遊魔法が使えるリュウに掴まる以外にこの穴の中を安全に降りる方法は思い浮かばなかった。ロープを持ってリュウが先に降りて……とも考えたが、ロープの長さが絶対的に足りないだろうし、おまけにガーランドの重さに耐えられるとも思えない。
「ふんぬっ……!」
結果右手にステン、左手にガーランドがそれぞれ掴り、そして背中に抱きつかれる形でリンプーを背負い、リュウはゆっくりと穴の中へ降りていく事にするのだった。こんなこともあろうかと念の為買っておいた松明に火を灯し、片手フリーのリンプーが持って周囲を照らす。リュウは後頭部に当たる柔らかい感触に心拍数が上がりまくっていたが、これくらいは役得というものでバチは当たるまいと勝手に思っている。
「リュウだいじょぶ?」
「大丈夫です。鍛えてますから」
手でシュッ! とやりたかったが両手が塞がってるのでセリフだけ。確かに重いけれど、この程度はかつて無理やり重力修業をさせられていたリュウからすれば造作もない。ガーランドの方が重いため左右のバランスに気を使いながら、どこまでも続く縦穴の中をふわふわ重力に抵抗しながら降りていく。
「しかし深いな……まだ底が見えん」
「こりゃあその落ちたって人も……」
「……」
暗闇が支配する足元に視線を向け、そんな感想を漏らす男二人。降りていくにつれて口数も減り、冷たい空気と重苦しい雰囲気がのしかかってくる。そしてようやく底が見えてきた所で、降り立とうとしている場所に何が敷き詰められているのかがわかってきた。そこにあったのは大量の……人骨だ。
「うわっ!? ほ、骨だらけ!?」
「イダダダッ! ちょっ……ギブギブ……首、首が……ッ!」
踏んだ瞬間かしゃっと鳴るほどに、落とし穴の底は人骨で埋め尽くされていた。恐怖を覚えたリンプーの尻尾の毛が逆立ち、ピーンと伸びている。ついでにその馬鹿ヂカラでベアハッグ――この場合はベアでなくタイガーハッグか――の如く、抱きついているリュウを思いきり締め上げていた。リュウも骨を見て背筋にゾクリと来るものがあったのだが、そんな事より今まさに生命の危機に襲われているのでそれどころではない。思わぬ所でバチが当たったものだ。
「ふぅむ……この骸達は、皆あの落とし穴に嵌ったのか」
「そうでしょうねぇ。実際おいら達も嵌りかけた訳だし」
考えてみれば当然の話だ。魔物にやられたら死体は残さず食われるだろうが、こういったトラップなら放置されるしかないのだから。そうしてリュウが何とかタイガーハッグから解放されて足元の骨達に念仏を送っていると……ガーランドが、そこに何かを発見した。
「おい、壁を見てみろ」
「……! こ、こいつぁ……!」
リンプーが松明を壁の方に寄せた事で浮かび上がったのは、巨大な血痕。何かが地面にぶつかり、その衝撃で飛び散ったと思われる血飛沫の痕である。壁のかなり上の方にまで飛んでいる。そしてその最も注目すべき点は、先程までの罠破壊痕と同様そこまで古いものではないと言う事だ。恐らく付けられてから一カ月も過ぎていないだろう。一体誰の物であるのかは、ほぼリュウ達の想像通りと思われる。
「……死体は、ないな」
幸いと言っていいのかわからないが、周囲には骨しかない。二週間で死体が分解される訳もないので、そうなるとかなりの大怪我を負いつつもその人物はここから居なくなった事になる。再びリンプーが松明を、両手フリーになったリュウが魔法の光を周りに向けてみると、角の一か所だけ影のようになる場所があった。
「ねぇあそこ……道みたくなってない?」
「……そうみたいですね」
抜け道。恐らくはそこから怪我をした人物は移動したのだろう。リュウ達もそこを辿り、奥へと進んでみる事にした。何の変哲もない、少し狭い一本道でモンスターも出て来ない。そしてその道のでこぼことした床には、引き摺られたような血の痕がずっと続いている。
「……リュウ」
「ええ、一人じゃないみたいですね」
その血の痕を一目見て、違和感を覚えたのはリンプー以外の男達。何故ならそれは、“両足ごと”引き摺られているとしか思えない付き方をしているからだ。そう、まるで誰かが怪我をした人物を背負って歩いたかのように。
「!」
「リュウ、どうかした?」
「今、人の気配が……一瞬したような……? 」
少し進んだところで、先頭を歩いていたリュウは足を止めた。右手の壁が、その先で途切れているのがわかる。恐らくちょっとした広めの空間になっているのだろう。そして一瞬だけだったが、そこから明らかにモンスターのそれとは違う生きた人間の気配が感じ取れたのだ。
「……」
リュウ達の間に緊張が走る。今の気配の主が想像通りのレイだといいのだが、そうでない可能性も出てきている。リュウの頭に、まさかこんな所でボス的存在じゃないだろうな? と不吉な考えがよぎったのは警戒し過ぎであろうか。何が来ても良いよう念の為に武器を取り出したリュウは魔法の明かりを消し、静かに歩みを進めてその空間をそろりそろりと覗いてみるのだった。