「そ……そんな馬鹿な……何なんだこいつ等は!?」
トラウトは、まさに混乱の極みであった。近衛兵は、城の兵の中でも選りすぐりの手練で構成されている。その精鋭であるハズの兵達が、目の前の三人組に全く歯が立たずにやられていたからだ。
「ぃよいしょぉっ!」
「うごぁ!?」
特に恐ろしいのは、あの青い髪の少年だ。兵士達は二人のフーレン族にはまだ多少の手傷を負わせられるものの、あの少年だけには触れる事すら出来ていない。それどころかフーレン族につけた傷を、隙を見つけてはあっという間に治癒させている。信じられない。こんな馬鹿なことがあってたまるか。
「ひ、ひいぃぃぃ!?」
トラウトは走る。一刻も早く王家の棟に避難するために。自らも戦うと言う選択肢はその脳裏に欠片ほどもない。自分は死なない。こんな所で死ぬわけには行かない。もっと上に、高みに昇り詰めるのだから。その権力に対する執念がかろうじて恐怖を抑え込み、ひたすらに足を前方へと進ませていた。
「逃がすかよッ!」
レイは倒れている兵士達に目もくれずに逃げ出すトラウトの姿を視界に捉えると、腰に備えていた投擲用ナイフの一本をその足元目掛けて投げつけた。それはようやく棟の入り口へ踏み出したトラウトのふくらはぎを、寸分の狂いなく正確に射抜いた。
「うぎっ!? ぎやぁぁぁぁぁっ!!!」
足から脳へと伝わる激痛に悲鳴を上げ、転がりのたうつトラウト。すぐに誰かが気付く。声を掛けてくれる。助けてくれる。……トラウトの頭をよぎったあらゆる期待は、しかし最早叶う事はない。
「これで! 終っわりぃッ!!」
「あぐぁっ!?」
リンプーの棍の一撃が、最後に残った兵士の兜を砕く。勢いのまま足元に頭を叩きつけられ、兵士は意識を彼方へ飛ばされ戦闘不能に陥った。
「ふー」
「あらかた片付きましたね」
今、その場に二本の足で立っている者は三人。あれだけ居た近衛兵達は悉くが地に伏し、ものの数分で壊滅状態だ。もちろん死んではおらず、リュウの意向で気を失う程度に留めてある。だが戦闘不能にはそれで十分過ぎる。
「ひ、く、来るんじゃない!!」
橋の奥。王家の棟の入り口で、足から血を流し無様に這いつくばるトラウト。そこへスタスタと歩いて距離を縮めていくレイ。トラウトの表情には恐怖のみが浮かんでいた。威厳、格、オーラと言った人の上に立つ者が纏うであろう独特の空気を、彼は何一つ感じさせはしない。
「……ちっ」
もう一歩踏み出すだけで、震えて醜態を晒すトラウトに手が届くだろう。だがそんな位置まで来てレイは、ナイフを持つ腕をダラリと下ろした。
「あれ? ソイツぶっ飛ばすんじゃないの?」
「……」
後ろから飛んでくるリンプーの問いには、無言を持って回答する。レイには、今のトラウトの姿がかつて自分が葬った相手とダブって見えていた。だからだろうか、レイはもう、これ以上攻撃を加える気にはならなかった。
「……」
「……ま、あんたがやんないならあたしがぶん殴るけど」
「ひっ!?」
「さぁ、覚悟しなよ。あの人達からお宝を奪ったヤツめ!」
棍をかついだままのリンプーが、トラウトの目の前までズンズンと歩み寄っていく。それはトラウトが這って逃げようとする速度の何倍も速い。リンプーは先回りするように回り込むとトラウトの目前で仁王立ちし、棍を握る手に力を入れて思いきり振りかぶる。
「ひいっ!」
「あ、まだ待って下さい!!」
「!」
と、そこで思わぬ所からストップが掛かった。その場に不釣合い極まりない高い声の発信源は、やはりと言うかトラウトが最も恐怖した青い髪の少年、リュウだ。リンプーの迫力に恐怖していたトラウトは、そのままの姿勢で固まっている。
「一つだけ聞いときたいんですが、あの“盗賊の魂”はどこへやったんですか?」
「……」
「答えられないですか? じゃあ、教えてくれたら俺はこれ以上あなたに何もしません。約束しますよ」
「!!」
それは今度こそ命運尽きたと思ったトラウトにとって、願ってもない誘いだった。地獄に仏。天から蜘蛛の糸が垂れてきたとでも言うべき果報だ。トラウトにとって自分の命は何よりも重い。例え重要な機密だろうとも、比較になどなりはしない。
「ち、地下だ。あれはこの下、王家の棟の地下にある……」
自分が助かる見込みが出た事で多少冷静さを取り戻したのか、トラウトは淀みなく口を滑らせていた。
「へぇー地下ですか。……で、そこで結局何に使うんですか?」
「そ、それは……知らぬ……」
「……」
使用目的を問われた途端にトーンダウンし、リュウから目線を逸らすトラウト。嘘かとも考えたがリュウにはトラウトが、この状況で嘘をつける程の豪胆な人間には見えなかった。
「……なるほど」
「おいリュウよぉ、こんな奴の言葉を信じるってのかよ?」
「ええ、今のは本当な気がします」
「知らねーフリしてるだけじゃねぇのか?」
「うーん何となくですけど、きっとコイツはシュプケーとやらにそこまで信用されてなかったんじゃないかって気がするんですよね。だから深い所まで知らされてなくてもおかしくないかなって」
「ぐっ……」
リュウのその“何となく”はまさに図星だった。ゴマをすり、媚びへつらって築き上げた今の地位。それに対するシュプケーの態度から、薄々感じていた事だとトラウトの顔には書かれていたのだ。それをズバリ指摘され、急にぶり返してきた足の痛みも相まってトラウトは忌々しそうに顔を顰めている。
「とまぁそう言うわけで…………じゃあリンプーさん、後よろしくお願いします」
「おっけー!」
「!?」
にこやかにそう告げる少年を見上げ、トラウトは顔面蒼白となった。まさに天国から地獄。今リュウが言った言葉の意味は、どう考えても自分にトドメを刺すと言う事以外ない。そう理解してしまったトラウトは焦り、そして吼えた。
「ど、どういうことだ貴様! このワシとの約束を違えるというのか!!」
「……」
どうもこの手の輩はダブルスタンダードがデフォルトであるらしい。そっちが先にゼノさん達との約束を反故にしたらしい癖に、よくもまぁいけしゃあしゃあと。どのツラさげて言ってんだこのデブは。リュウの中の“本年度お前が言うなオブ・ザ・イヤー”に強力な優勝候補がノミネートされた瞬間であった。ちなみにどうでもいいが他の優勝候補としてはスタリオンの名が挙がっている。
「えーと、何か誤解があるようですが、俺は別に嘘を言ったつもりはないですよ」
「な、何を言うか! 貴様はワシには手を出さんと……」
「ええ、確かに言いました。だから何もしません。……“俺は”ですけど」
「!? ひ、ひきょ……」
「せいばいっ!!」
「ぐぼぅ!?」
卑怯だなんだと騒ぎ立てる間もなく、トラウトの脳天目掛けて振り下ろされたにゃんにゃん棒が、遺憾なくその威力を発揮。ズゴン、とまるで跪いて土下座をしているような姿勢で石橋にめり込み、哀れトラウトはノックアウト。ぶくぶくと泡まで吹き、戦闘不能となったのだった。
「愉快だねぇ……」
一仕事終えた事で出たレイの口癖は、吹き抜ける風に紛れて流されていった。
*
「トゥルボー、大丈夫か?」
「……う……」
激しかった争いの音がピタリと止んだ王家の棟最上階。ステンは膝をついたままの姿勢で固まっている旧友へ、警戒色のない声で話し掛けていた。すると徐々に再起動し始めたらしいトゥルボーの顔に、人間らしい表情が戻ってくるのがわかる。
「俺は……ここは……?」
「トゥルボー、おいらがわかるか?」
「…………! ……ステン!? な、なんでお前が居るんだ!? こ、ここは!? 俺は……!?」
自我の戻ったトゥルボーは、目の前に突然現れた懐かしい顔と自分の状況を顧みて驚嘆の声を上げた。一体自分に何が起き、どうなっているのか。そんな混乱がトゥルボーの頭を埋め尽くしていく。
「トゥルボー……良かった。正気に戻ったのですね……」
その光景を離れた位置から呆然と見ている二人の女性。王女の方はどうにか自我を取り戻したらしいトゥルボーと、まさか助けに来てくれるとは思ってもいなかったステンの姿を交互に見て、うっすらと涙さえ浮かべている。
「……」
一方王女の腕を捕らえたままのシュプケーは――――異様なほどに落ち着いていた。
トゥルボーを操っていた腕輪をどうしてステンが知っていたかは気になる所だが、まぁ今はどうでもいい。それより……ヤツラは、油断している。少々取り乱したが王女を捉えている以上、自分が優位に立っている事に何ら変りはない。焦る事はない。王女ごとこのままあの場所へ行きさえすれば。さらにヤツを利用して、アレを解放する事が出来れば――――
シュプケーは王女を捕まえたまま、静かに後ずさっていた。
「おっと、待ちなよシュプケー。動かない方が身の為だよ?」
「!!」
トゥルボーを介抱しつつもしっかりとシュプケーに警戒していたステンが、彼女の怪しい動きに釘を刺す。トゥルボーを奪回した以上、自分達をどうにかする術がシュプケーにあるとは思えない。だが今のままでは王女を人質にされている状態だ。だからステンは王女を取り戻す策を考え、隣に居る旧友に小さな声でそれを伝える事にした。
「トゥルボー、早速で悪いけど……エルファーランを頼む」
「…………よくわからんが、断る!」
「へ?」
それはまさかの返答だった。間髪入れずにデカイ声でステンの要請を拒否したトゥルボー。これには流石のステンも目が点だ。あまりの不意打ちにステンは今の状況が見えていないのかと、正気を取り戻した筈の旧友に問い掛ける。
「お、おいトゥルボー!? お前、まだどこかおかしいのか!?」
「……ふん、別に。どうしてかは知らんが、俺は今まで正気を失っていたらしいな。そして…………まぁ色々と最高潮、って所か」
「そこまでわかってるなら……!」
「っ! このモンキー野郎! 俺はともかく、王女が今までどんな思いでお前を待っていたか……わからねぇとでも言うつもりかてめぇ!」
「……!」
流石にステンの同僚か。トゥルボーはシュプケーと王女を一目見ただけで、自分の置かれた状況の全てを理解していた。そしてだからこそ、王女を自分に任せようとするステンが許せなかった。“その事”は、ステンがこの場で敢えて避けようとしていた事だ。自分に思いを寄せてくれている女性に対する後ろめたさ。正面から向き合わなければならない、最後の一線。
「王女はな、ずっと待ってたんだ。俺じゃなくお前を選んでな。だからステン、王女を救うのはお前の仕事だ。……俺はあの女を何とかする!」
「……」
ステンは僅かに迷った。トゥルボーの言葉はよくわかる。しかし自分は逃げたのだ。そんな自分が彼女を助けても良いのか。けれどそこまで考えて、ステンは深みに嵌る前に頭を切り替えた。今はそんな事で悩んでいる場合じゃない。トゥルボーは言い出したら絶対に言葉を曲げない事を、ステンは理解している。伊達にかつて共に並んで戦場に立っていた二人ではない。
「わかった……おいらはエルファーランを助ける。そっちは任せるぞトゥルボー」
「……よし」
武器を構えた二人が見ると、シュプケーは王座の裏辺りで、王女を捕まえたまま立ち尽くしていた。周囲は壁。逃げ場はなし。そもそも部屋の入り口付近にステンとトゥルボーが陣取っていたのだ。二人のある種の余裕はそこから来ていた。シュプケーが逃げる為には、自分達を倒すしかないのだからと。
――――そして、その余裕が間違いだったと気付くのは、すぐだった。
「フッ……トゥルボーを解放して、してやったりってところかい? だけどね…………詰めが甘いんだよ!」
「何を……!」
「王女を返して欲しかったら……地下まで来るんだね!」
言い放つとシュプケーは、王座の裏の“何か”を押した。すると王女とシュプケーの足元がバグンと開き、二人はステンとトゥルボーの視界から――――消えた。
「な、何!?」
「しまった!?」
慌てて王座の裏に回るステンとトゥルボー。しかし間に合わず穴は閉じてしまい、そこには何も変わらない床があるだけ。シュプケーが押したと思われる隠しスイッチらしきものを、トゥルボーが乱暴に連打するがウンともスンとも言わない。
「くそっ! 油断した!」
「シュプケー……っ!」
二人は歯噛みする。まさか、こんな場所にこんな逃亡手段が隠されていようとは想像すらしていなかった。……だが、逃げたのなら追えばいい。シュプケーの言葉を信じるならば、向かった先は棟の地下。即座に二人は部屋を飛び出し、階段を一直線に駆け下りていった。
「くそっ! あんな逃げ道があったなんて!!」
「トゥルボー! お前知らなかったのか!?」
「馬鹿言え! この建物に入った事自体今が初めてだ!」
ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。二人は言い合いをしながらも、凄まじい速度で階段を駆け下りていく。と、そんな時だった。
「あれ、ステンさん?」
「! リュウ!!」
「うおがっ!?」
ステンのフォローをしようと階段を上がっていたリュウとレイ、リンプー組が上から猛烈な勢いで降りてくるステン・トゥルボーと階段の途中で鉢合わせたのだ。危うくぶつかる所だったがステンはギリギリブレーキが間に合い、トゥルボーは勢い余って壁とディープな接吻をぶちかましている。
「何かあったんですか? ……あ、そっちの人がえーっとトゥルボー……さん?」
「ああ、おかげで何とかトゥルボーは助けられたよ。だけど……」
「いつつ……くそっ! ……おいステン、一体何なんだこいつらは」
「んーと、彼らはおいらの……」
「って、悪いが呑気に喋ってる暇はねぇだろ!」
若干理不尽な言い回しだが、とにかく非常に慌てているらしいステンとトゥルボー。二人の妙な雰囲気に、リュウ達は本当に何があったんだと顔を強張らせた。
「一体どうしたんですか?」
「シュプケーが王女を連れて逃げてね。助けたければ、ここの地下まで来いとさ」
「……王女を……地下……?」
それを聞き、リュウの頭に浮かんだのはトラウトが言っていた“盗賊の魂”の事。地下にあり、シュプケーとやらが向かったのも同じく地下。という事は、この状況で一発逆転を狙える“何か”がそこにあるという事なのだろうか。
「じゃあ俺たちも地下へ行き――――」
だが、リュウの言葉はそこで遮られた。何故なら……巨大な地響きが、ハイランド城全体を大きく揺らしたからだ。まるで城に命の火が灯ったような。まるで城そのものが動き出そうとしているような。そんな振動が。
「うわわ!? え、ナニコレ地震!?」
「うお、おいおいマジかよでけぇぞ……」
二人のフーレン族が揺れに驚く傍ら、二人のハイランダーはハッと互いの顔を見合わせた。これはシュプケーが何かを始めたのでは。根拠はないが、どこか確信めいたそんな予感がステンとトゥルボーに緊張を強いていた。
*
「ウフフ……ついに……ついにこの時が……!」
薄暗く、有機的な素材で出来た機械で埋め尽くされた部屋の中。王族ですら知らなかったルートを使い、シュプケーと王女は上から滑り落ちてくるようにそこへ到達していた。長年この城で暮らしてきた王女は、一度として見た事のないその部屋がどこであるのか一つの予想を立てる。
「ここは……まさか、地下にあった開かずの扉の先……!?」
王家の棟の地下。そこは本来なら王族ですら入る事の出来ない場所であった。扉の鍵さえ何代も前に紛失し、何があるのかも伝わらず長く放置されていた場所なのだ。その部屋の中に、何故シュプケーは入る事が出来たのか。
「ご明察ですわ。まぁ知らなくとも無理はありませんわね。……フフ、王家ははるか昔にこの城の素晴らしい機能を恐れて封印し、口伝すら残していないのですから」
「一体あなたは……っ!?」
王女の視線に、段々と恐怖が混じってきている。そう感じたシュプケーは気分が良くなり、それならと自慢するようにここへ到達した己の軌跡をひけらかし始めた。
「私はですね、王女様……この世界の神から、愛されているのですよ」
「な……何を……」
それから彼女が語ったのは、確かにそう思っても不思議ではないほどの……己の身に降りかかった“幸運”についてだった。
ステンが去り、自らがのし上がる為の土台が出来たという幸運。この王家の棟地下の全てを記した古い文献と、紛失した筈の扉の鍵を、たまたま倉庫の隠し扉の奥から発見したという幸運。王家が封印した筈の秘密と鍵を何代も昔の誰かが盗み、文献として書き残していたという幸運。さらに最近何かと邪魔だと思っていたトゥルボーを、手駒に変える事が出来る夢のようなあの腕輪を拾えたという幸運。
「わかりますか王女様。何もかもが私の為にあるような、この意味が……」
「……!」
全てはそう、単なる偶然の積み重ねに過ぎない。王女はそう思ったが、しかしそのあり得ない程に重なった幸運の連続は、シュプケーに野望を抱かせるのに十分だった。自分は間違い無く神に愛されている。これほどの幸運を享受できる事こそ、その証拠。ならば自分が全てを支配してしかるべき。その為の力こそ、この城。
「全てはこの城の力を使い、私に世界を支配しろという神の愛なのですよ」
「そ、そんな大それた事が出来ると……」
「それが出来るのです。王家はなんと愚かなのでしょうね……この城に眠る力……古代の兵器を、わざわざ封印するだなんて……」
そこまで言うとシュプケーは王女の腕を強引に引き、ツカツカと、二つ並んだカプセルの様な機械へと近付いて行く。近くまで来た事でその内の片方が、まるで生贄を捧げよとばかりに口を開けた。その中は人一人が入れるほどの空間があるように見える。
「これが……王女様、あなたの最後の仕事ですわ」
「きゃっ!?」
シュプケーは無機質な表情を浮かべ、王女の背中をドンと押した。シュプケーの雰囲気に気圧されていた王女はされるがまま、カプセルの中へと足を踏み入れてしまい……
「こ、これは!?」
シュコン、とカプセルの口が閉じる。そしてその内側から、ウネウネと生き物のように伸びてくるコードの類。それらは王女の全身に纏わりつき、身動き一つ取れない姿勢で固定される。かろうじて顔の部分は外部に出るようになっており、王女にはシュプケーが大きな機械パネルを操作しているのが見えた。
「この城に隠された機能は全部で三つ。それら一つずつに、起動の為の“鍵”がありますの。……ウフフ、これでその内の“二つ”が手に入った」
「!?」
シュプケーが、パネルの赤く大きなスイッチを押す。そして同時に起こる巨大な地響き。城の胎動。現代に蘇る、失われた筈の古代技術。
「残る一つの鍵ももうすぐ手に入る……後はもう用済みさ!」
*
ハイランド城の棟同士を繋ぐ唯一の石橋は、今まさに崩れ落ちようとしていた。王家の棟の振動が激しくなるにつれ、建築材である石に幾つものヒビが入っていく。そして一旦真ん中に亀裂が走ったが最後、石橋は真っ二つに折れて、何もかもを重力の赴くままに委ねだした。かろうじてまだ意識のある兵も、気を失っている兵も、石橋の上で倒れている近衛と呼ばれたシュプケーの側近達は、等しく皆奈落の底に落ちていく。
「とにかく、おいらとトゥルボーは地下へ行くよ!」
「ああ。王女を取り返さないとな!」
「あ、おい!」
レイの静止を聞く事なく、ステンとトゥルボーは王家の棟地下への階段を真っ直ぐに走り下っていった。いつまでも続く地響きは止む気配がなく、むしろドンドン揺れは酷くなってきている。
「……レイさん、リンプーさん」
「あん?」「なに?」
「お二人は、あっちの城に戻ってガーランドさん達や穏健派の人達に合流してて貰えませんか?」
「……お前は?」
「俺はステンさん達の方を手助けしてきます」
「それなら、あたしもそっちに……」
「いえ、まずはもう陽動とか必要ないので、あっちでの戦いを止めた方が良いと思うんです。それにこっちの相手は敵一人だけみたいですから、大丈夫ですって」
「……」
そうは言ったもののリュウは、何だかあまり良い予感がしていなかった。この揺れと、“盗賊の魂”は何か無関係ではない気がする。自分の昔の記憶を掘り起こしてみようともしたが、最近はそれも大分ぼやけてきている。印象深い人名を思い出すくらいにしかあまり役に立たない。要はこれもまた“何となく”だ。
「うー……」
「まぁそういう訳で、ガーランドさん達の方よろしくお願いしますね!」
と、強引に二人へ戻るよう言い含めると、リュウは返事も聞かずにステン達の後を追い、下へ続く階段を駆け出した。
「ちょっ……っもう! も少し何がどーなってるのか教えてくれてもいいのにさ!」
「ま、あいつなら心配はいらねぇだろ。俺達は二手に分かれておっさん達を止めるとしようぜ」
「……わかった」
レイは意外にあっさりと。リンプーはぷうと少し膨れた顔で。一応各々納得し、ボロボロに崩れ落ちていく橋の隅から思いっきりもう一つの棟に飛び移り、ガーランドやゼノ達の元へ走るのだった。
*
「扉が二つ!?」
「どっちだ!?」
地下の最奥。王族ですら入ったことのない扉の前で、二人のハイランダーは立ち往生していた。右と左、二つの頑丈そうな扉が行く手を遮っていたのだ。
「ステンさん!」
「!」
「ああ……なるほど、話はわかりました。二人とも下がっててください!」
「ちょっ、リュウ何を!?」
「おいちょっと待てお前!」
追いかけてきたリュウは止まっている二人と左右の扉を見て、“開けられないのか?”とちょっと間違えた方向に理解したらしい。だからか勢いに任せて右側の扉へと掌を向け、もう片方の手で懐からあんちょこを取り出し呪文を唱えた。
「【紅き焔】!」
「おわぁ!?」
「やめ……!?」
リュウの手から放たれた炎が弾丸のように扉を強襲。ドガンと大きな音と爆炎を挙げて、無残な鉄くずとなって内側に吹き飛ぶ扉。当然後に残るのは階段という狭い空間に充満する煙である。
「げほっげほっ……な、なんなんだよこの無茶苦茶なガキは!!」
「ごほっごほっ……ったくもー、リュウってば少しは手加減してよ!」
「……てへ。すみません」
「相棒……」
あわや爆風に呑まれるかという所で、ステンとトゥルボーは咄嗟にその場に伏せて事無きを得ていた。煤けた二人からリュウに抗議の視線が飛んでいる。だが当のリュウはそっぽ向いて口笛でも吹きそうな勢いだ。ムカっとしたトゥルボーがさらに抗議しようしたが、それは扉の中から聞えてきた声により中断を余儀なくされた。
「おや、ようやくの登場かい。待ちくたびれたよ!」
「ステン!! トゥルボー!!」
そこは一面妙な有機的な機械で埋め尽くされた部屋だった。そして中央にはにやけた笑みを浮かべるシュプケー。奥にはカプセルのようなものに閉じ込められた王女の姿が見える。
「フフ……今ここで……王女の見ている前で他ならぬお前を殺せば、その嘆き悲しむ心のエナジーは、強大な力となる。そしてお前の死そのものが、城の封印を解く最後の鍵になるのさ! アタシの為に死にな! ステン!!」
「ステン! 来ちゃ駄目!」
腰に備えていた長剣を鞘から抜き放ち、笑みを浮かべたままステンに狙いを定めるシュプケー。王女はカプセルの中から声を荒げ、そこから身動き出来ない事を知らせている。ここは本来ならば激昂し、飛び掛ってもおかしくはない場面だろう。けれどステンは動じない。怒りは決して表に出さずに冷ややかな視線をシュプケーに向けたまま、静かに部屋の中へと足を進める。
「ちょっと待ってなエルファーラン。すぐにそこから出してやるからさ」
「!」
「ハッ、随分と余裕を見せてくれるじゃないか。だけど、そう簡単に王女を助けられると思っているのかい!」
シュプケーは機械パネルのボタンを叩くように押した。途端王女の入ったカプセルの前に、薄い半透明の膜のような物が発生する。
「何だあれは……」
「見た感じ、バリアか何かっぽいですね!」
リュウとトゥルボーは、シュプケーをステンだけに任せるつもりは当然ない。だからステンに続いてその部屋に入ろうとして……だがそれに対し、シュプケーは眉をひそめた。
「おっと、この部屋に入っていいのはステン一人だけさ。お前らはそこにいな!!」
続いてまたもシュプケーはパネルのボタンを押す。すると今度はリュウとトゥルボーの目の前。その部屋の扉があった場所に、先程の物よりはるかに強固そうな扉がズドンと上から落ちてきた。
「これは!? おい! ステン!」
「ステンさん!!」
二人の声は完全に扉がシャットアウトし、中の様子はわからない。壊そうとリュウが魔法を使うが全く通用せず、これは破壊するにしても確実に時間が掛かってしまうだろう。そしてその扉の中では、最後の戦いが始まろうとしていた。
「……とにかく、エルファーランを解放しなよ」
「それは出来ない相談ね。なんなら力づくでどうぞ?」
「……おいらは、お前相手なら女でも容赦しないよ」
「フン、能書きはいいって言ってるんだよ!」
どこか人の神経を逆撫でするステンの対応に焦れ、素早く間合いを詰めると上段から真っ直ぐに剣を振るうシュプケー。それは本人の性格とは正反対に、教科書に載せたいくらいの綺麗な太刀筋であった。
「んっ!」
ダガーでソレをしっかりと受け止め、明確な戦いの意思を見せるステン。ギャリリと刃同士が鳴り合い、両者が肉薄する。
「さっきも言ったけど……カクゴしな。シュプケー!」
「はっ、神に愛されている私が、お前如きにやられるわけがないだろう!」
どこまでも自分を過信するシュプケーは、鍔迫り合いの状態から蹴りを放ち、ステンとの距離を離す。そしてそこから、尚もお手本のような連続攻撃を繰り出した。ここまでの地位に彼女がのし上がれたのは、確かに運もあるだろう。だが決してそれだけに頼った訳ではない。彼女の攻撃は、何も知らないステンにさえ素直に手強いと感じさせる程、堂に入った剣捌きであった。しかし――――
「……なるほどね、道理でトゥルボーを操ろうとした訳だよ!」
「ぐっ……!?」
しかし、ステンはシュプケーの上を行っていた。技量の差。膂力の差。判断力の差。シュプケーは、それらの面で確実にステンより劣っていたのだ。懐に入れば、長剣よりも小回りの効くダガーの方が有利。ステンの技量によりそのような状況に持ち込まれた時点で、シュプケーが劣勢になる事は決まっていたのだ。
「よっ!」
「うくっ……おのれぇっ!」
ステンの巧みな攻撃に翻弄され、パネルのある機械の前まで後退させられるシュプケー。彼女の脳裏に、チラリと敗北の二文字が掠める。
いや、そんな筈はない。私が、こんなヤツに負ける訳がない! 絶対に、ないのだ!
追い込まれ、焦る人間が狙うもの。それは大抵の場合一発逆転、これさえ決まればという賭けの一撃だ。そしてそれは多くにおいて、失敗するのが世の理でもある。純粋な勝負の場面に、そうそう都合の良い幸運が口を挟む余地など……ないのだ。
「終わりさ、シュプケー!!」
「!!」
一突き。
焦ったシュプケーが、大きく剣を振り回した一瞬の隙。ステンのダガーは彼女の鎧を貫き、その胴の中に冷たく輝く刃を滑り込ませていた。
「がふ……」
動きが止まる。喉の奥から込み上げる鉄の味。痛みではない。ピリッとした小さな感触だけが、そこにある。徐々に、鮮血が滴りだす。体から力が急速に抜けていく感覚に襲われ、視界が揺れる。
「が……こ……こん…な……」
「……」
取り落とした長剣がガシャンと鳴き、目を見開いて前のめりに倒れていくシュプケー。彼女は最後まで、自分の勝利を疑っていない。私が死ぬなんて、そんな筈がない。自分は世界を支配する。必ず。必ず……。
「馬鹿なヤツ……」
ステンはそう呟くと、ダガーの血を拭って鞘に収めた。そして近くにあるパネルを彼女がそうしていたように、真似して操作してみる。すると王女の入ったカプセルの前にあった薄い膜のようなバリアが消え、入り口の頑丈な扉が上に上がっていった。
「ステン!!」
「ステンさん!」
「ああ大丈夫、もう終わったよ」
扉のあった場所で壊そうと躍起になっていたらしいリュウとトゥルボーにそう声を掛けてから、ステンは王女の方に向き直り、カプセルに近付いていく。
「待たせてごめんよ、エルファーラン」
「ステン……」
カプセルの扉をこじ開け、コードのような物をぶちぶちと引き千切り、ステンは王女を抱き抱える。それはまるで、物語に出てくる王子様の様で。
「……けっ」
そんなステンに生暖かい視線を送るリュウとボッシュ。対照的に、トゥルボーは酷く不機嫌を極めた顔で明後日の方に目をやっていた。さて、これで一応全部片付いたかな。そう思ったリュウだったが次の瞬間、その顔が凍りついた。
「ステンさん!」
「!」
リュウとボッシュが視界に捉えた蠢く物体。それはシュプケーだった。彼女はまだ生きていたのだ。息も絶え絶えに機械に寄りかかりながら、あのパネルのある位置までズリズリと這い上がっていた。
「……だから……詰めが……甘いって……言っ……た……っ」
「! シュプケー!!」
トドメを刺すべくステンとトゥルボーが飛び掛る。しかし、距離がある。遅い。シュプケーは最後の力を振り絞るように、パネルの大きなボタンを叩いた。同時にドンッと城が一際大きく揺れ、部屋のあちこちで真っ赤な警告の光が灯る。そして全員の身体にズシリとのしかかる、大きな重力。
「な、何を!?」
「……」
シュプケーは機械にもたれたまま答えない。傍目にはもう、答える力も残っていないだろう事がわかる。
「何か、ヤバイ気がします! とにかく脱出しましょう! 上へ!」
リュウと同じく危険を察し、王女を抱き抱えたステンとトゥルボーは、急いでその部屋から出て行く。
「……く……くく……」
後に残された部屋の中。赤い光に満たされて。不気味な笑い声が響いていたのを、リュウ達は知らない。
「道……連れ……さ……」
シュプケーが最後に思う事、それはこの城の兵器の力の事。
一つ。“盗賊の魂”により解放されるのは、城自体の起動。そして移動を司る浮遊装置。
二つ。“王族の血”により解放されるのは、城の攻撃装置。如何なる物でも防ぐ事の出来ない、最強の矛。
そして三つ目。“他者の命”により解放されるのは、城の防御装置。如何なる物でも貫く事の出来ない、究極の盾。
王女の力で二つ目を。ステンの死を持って三つ目を解放しようとしたが、最早それは叶わない。もうすぐ自分の命は尽きるだろう。だが、私だけが死んでなるものか。何もかもを道連れに、全てをこの世から消し去ってくれる。“盗賊の魂”を暴走させれば、それも容易い筈だ。
最後に押したボタンは、浮遊装置の出力を最大にする物。通常ならばそれだけで暴走などまず起きる事はないだろう。……だが、私なら起こす。いや起こしてみせる。必ず。何故なら私は……神に愛されているのだから!
「……フ……フフ……」
シュプケーは残り僅かな命を使い、王女が入れられていたカプセルの隣にある、もう一つのカプセルに這い進んでいく。それは本来ならば三つ目の解放のための物。他者の命と引き換えに、究極の盾を発動させる為の物。
「……フフ……フフフ……ハハハハ……」
カプセルに辿りつき、シュプケーは最後に笑みを浮かべた。もう見えもしない目の前に広がる、叫び、嘆き、断末魔を上げる人々を思い描いて。そしてカプセルは、今にも燃え尽きそうな彼女の命を、音もなく吸い上げるのだった。