「疲れた……“ムクトの岩壁”ってどこにあるんだ……」
「おいおい相棒何弱音吐いてんだ。目的地を探しながらってなぁ旅の醍醐味だろうが」
「そんなもんかねー。……っていうか実際に歩いてるの俺だし、お前楽ばっかしてるからそんな事言えるんだよ」
「それを言われちまうと心苦しいぜ」
口を突くのは愚痴ばかり。分かった風な口を聞く小さな相棒に、尤もな事実を突き付ける少年が一人。改装途中のスイマー城を離れて早四日。リュウとボッシュは現在、ジャングルのような森の中に居た。鬱蒼と生い茂る葉の大きい植物を掻き分け、未開の地を行く探検隊の如き様相である。
少し前にナギから連絡を受けたリュウとボッシュは、指定された落ち合い場所へと向かっていた。それだけならさほど時間は掛からないと思われたのだが、四日も掛けて未だナギと合流出来ていない。理由は幾つか挙げられるが、最も大きいのはナギの指定した場所が中々に珍妙な秘境であった事だ。それに加え肝心の話の中身も曖昧で、
『ちょっと話があるからこれから言う場所まで来てくれ』
と、要約すればそれだけの話であった。そしてその指定された珍妙な秘境というのが龍山山脈の最北端。通称“ムクトの岩壁”と呼ばれる場所なのである。現在財布事情が赤貧万歳なリュウは龍山山脈のある大陸までの飛行船代をケチり、浮遊魔法を使って移動したので時間が掛かってしまっていたのだ。
「少なくとも電話の声を聞く限り、ナギって全然変わってなかったよね」
「まぁ元気なのは良い事なんじゃねぇのかね」
勿論その話を聞いた時、「いやお前がこっちに来てくれよ」とリュウは言おうとした。しかし一方的に話しまくられて、終いにはガチャ切りされて取り付く島もないという有様。掛け直しても今度は出ず、相変わらずのナギのマイペースぶりにやれやれだぜと溜息乱舞をしたのだった。
「……うー」
「お、スゲェなこいつぁ。まるで原始時代の生物みてぇじゃねぇか」
「……」
実の所最初から飛んだままでいれば、今居るジャングルはもっと早くに抜け出られただろう。では何故リュウがえっちらおっちら歩いているかと言うと、不毛の大地かと思っていた龍山大陸の北にこれほどの緑がある事に感心したボッシュが、色々辺りを観察したいと言い出したからに他ならない。
「……あーもー! やっぱ歩くのめんどいから飛ぶ! もういいだろボッシュ!」
「まぁここらが限界かねぇ。いいんじゃねぇか」
ギャーギャーと知らない生物の鳴き声が遠くから聞こえ、耳元では小五月蝿い虫の羽音に思わずしかめっ面をしてしまう。いい加減面倒くさくなったリュウは浮遊魔法を使い、ズバァッと森の上に飛び出した。吹き抜ける風が肌を冷まして中々に心地良い。そして方位磁石を頼りに目的の北を探してみると、丁度そちらに小さな集落らしき物が見えた。どうやらその辺りで火を使っているらしく、煙も上っている。
「ボッシュ、あれって村だよね」
「だろうな」
「じゃあちょっと道を聞こう。あとついでに休もう」
「おうよ」
もう自分達だけで“ムクトの岩壁”を見つけるのは無理だと早々に白旗を上げるリュウ。既に四日も経ってるし、これからどれだけ掛かっても大して違いはないだろう。そんな訳でリュウは浮遊魔法を巧みに操り、その集落らしき場所へと直滑降していくのだった。
*
≪うわ何か俺ら注目の的じゃね?≫
≪ま、仕方ねぇんじゃねぇのかね≫
念話で会話を交わしながら、訪れた集落を散策するリュウとボッシュ。着いたのは町というよりかなり小さな寂れた農村だ。そしてそこに住んでいる人々は、魔法世界にあまり似合わない鍬などの農具を振るって畑を耕していた。突然空から降って来てキョロキョロしながら歩くリュウを、チラチラ怪しみ見てはそれぞれの作業に戻っていく。まぁリュウ的には自分は完全に異邦人であるし、それくらいの目で見られる事は予想していたのでどうって事はない。幾分恥ずかしいがそこは我慢我慢だ。
「ん~と……あ、あの人に道聞いてみようか」
「おうよ」
ポテポテ歩きながら周囲を見渡し、誰に話を聞こうかと物色するリュウ。目をあまり合わせたがらない住人達の中にあって、何となく感じのよさそうな女性が居たので話し掛ける事にした。
「あのー、すみませーん!」
「はいはいなんだべ……あんれー見たごとねぇボウズだなー。どうかしたかー?」
素朴な感じだが、言葉のイントネーションが微妙にずれている。魔法世界でも田舎の方だからなのか訛りが激しい。そんな女性は畑仕事の手を止めて、首に垂らした手拭いで汗を拭きながらリュウの方へと寄ってきた。
「お忙しい所すみません。ちょっと道をお聞きしたいんですが……あ、俺はリュウと言います」
「礼儀正しいボウズだなー。こちらこそ、オラは“マミ”っつんだ。よろすくなー」
穏やかな笑顔で答える女性改めマミ。近付いてわかったがかなり年若いようで、恐らく十七くらいであろう。尻尾や目立つ耳などはないので、種族としては純粋な人間だ。
「んでボウズはどこさいきてぇのけ?」
「この辺で“ムクトの岩壁”って場所をご存知ないでしょうか?」
「んー? ムク……?」
むー? と首を傾げて悩む仕草が中々可愛らしいマミ。そしてその仕草で瞬時に“知らなそうかも”と勝手に思う少し無礼なリュウである。だがマミはそんなリュウの予想を裏切り、パッと明るい顔を見せた。
「ああ!
「? ……
聞きなれぬ単語ではあるが、昔どこかで聞いたような微妙な感覚を覚えるリュウ。彼女が指す場所が果たして“ムクトの岩壁”なのかどうか、リュウには良く分からない。
「そうだべ。むかーしむかーしに居ったっちゅう神様のお墓だよ。オラ達は毎朝あっちへ向けてお祈りさしてんだよ」
そう言って目を瞑り、大きな山があるその方角へ手を合わせて頭を下げるマミ。話によると昔からこの辺りに伝わる言い伝えで、彼女が指差す山のどこかに大昔の神である“神皇様”の墓がある……らしい。今でもこの地方で嵐が起きたり雷が鳴ったりするときは、神皇様があの山の向こうで怒っているからだ、と言われる事もあるとか。
(へー、魔法世界の割には意外と……)
旧世界みたいに、そう言った古来より語り継がれる迷信的な話が魔法世界にもあるというのは中々面白い。だがまぁそんなオカルト的な話は、今は無関係と言えば無関係だ。なのでリュウはさらりと流す事にした。
「あのー、そこが“ムクトの岩壁”……なんでしょうか?」
「ん~、良っく覚えちゃないんだけども、小さい頃そっただ名前を聞いた気がすんだで。間違っとったらごめんよー」
「……」
そう言い、たははと笑うマミ。泥の付いた手で鼻頭を擦ったから、微妙に汚れてしまっている。まぁもしも彼女の記憶が違っていたとしても、現状それ以外に手掛かりはない。他の人からはあまり話を聞けなそうであるし、リュウは取り敢えず彼女の言う山を目指す事にした。
「わかりました、取り敢えずあの山へ行ってみる事にします」
「うん、気ぃ付けてなー。日ぃが暮れる前には帰ってきなよー」
割と天然なボケをかまして手を振る彼女に手を振り返し、リュウはその山の方角へとテクテク歩いて行った。
*
「いやーホント、空飛べるって反則だよね」
「……」
「なに、ボッシュどうかした?」
「いやよぉ、前も思ったがこうスイスイ空中を行くと、山登りの風情とかそんなもんの一ッ欠片もねぇなぁって」
「まぁそう言わない。楽でいいじゃん」
浮遊魔法の恩恵により、急勾配の上り坂だろうが切り立った崖だろうが、あらよってな具合でひとっ飛びだ。高い山々も何のそので、リュウとボッシュはマミの言う山の山頂に到着していた。「俺っちこんなの山登りとは認めねぇ」と微妙な拘りのボッシュを宥めすかし、リュウは山の頂上から周りを見渡してみる。
「絶景……だけど」
確かに景色は良い。少し魔力を張り巡らせれば多少の気温の変化は凌げるから、ヤッホー! と気分良く叫びたくもなる。しかしここはあくまで“普通”の山の頂。リュウが求める“ムクトの岩壁”と言えるような個所もなければ、墓のような物もここに来るまでに見てはいない。
「どうしよ」
「取り敢えず反対側も探してみようぜ」
マミの居た村側からは見えなかった山の反対側。そちらへリュウとボッシュはふわりと降りつつ、注意深く散策してみる事にする。しかしこちらにも、これといって何かがあるようには見えない。
「うーん……お?」
所詮は言い伝えなのか、とふらふら山周辺を文字通りに浮遊していると、リュウは山の裏側の一部に、妙な地形がある事に気がついた。斜面が崩れたようになっており岩が突き出て、深い谷がある。自然の悪戯かメリハリのあるデコボコした地形になっているらしい。“岩壁”という単語に微妙にマッチする外観である。
「……この辺……だったりするのかな?」
「どうだろうなぁ。もっと近付いてみようぜ相棒」
吸い寄せられるようにリュウはその一帯に近付いていく。突き出た岩をコンコンと叩いてみたり、谷間をぐるっと見て周るが、ほとんど同じような岩や崖ばかりだ。やはり待ち合わせに使えそうな目立つ物体はない……ように思えた。
「……ん?」
「どした相棒」
「いや……なんだ今の……?」
だが突き出た岩を触っていた時、リュウは妙な事に気がついた。コツっと手が当たって落としてしまった小石が、崖から突き出ている一つの岩にぶつかろうとして、するりと音もなく貫通したように見えたのだ。その岩は、パッと見では極普通の岩であるようにしか見えない。
「なんか……なんだろ」
「あん?」
「良く分からないけど、あの岩が変な気がする……」
何かがおかしい。直感と言うか、突き出ているその岩に他とは微かに違う何かを感じたリュウは、その岩へとさらに近付いてみて……
「これ……幻!?」
「こいつぁ……」
触れようとして、はっきりと違和感の正体が掴めた。何と岩だと思ったその物体には何の感触もなく、ふっと手がその向こうへとすり抜けたのだ。つまり、これは幻の類。明らかに人工的な気配が漂っている。
「何これ……普通誰も来る筈の無い所にこんなもんある?」
「おほ、何だか面白くなってきやがったな!」
怪しすぎるその幻に興味が刺激されたのか、やたらと食いつくボッシュ。リュウは思い切って、その岩の奥に向かって体ごと入ってみた。すると予想的中で通り抜け、その先は小さな洞窟のようになっていたのだった。
「怪しい……」
「なんつうか隠し部屋みてぇだなぁ」
手に魔法の明りを灯し、恐る恐るその洞穴を進むリュウ。微かに。ほんの微かにだが、覚えのある魔力らしきものを感知できている気がする。自分の感覚に間違いがなければ、この先に居るのはあの赤い髪をした少年が最有力と思えたが……
「……? 何だココ?」
「こいつぁ……墓か?」
しかし着いた場所は行き止まりだった。突き辺りに妙なオブジェがあるだけで道が途切れている。これまでに分岐などはない。正真正銘の一本道だった筈。一応目を凝らして壁を見ていたが、どれも入り口のような幻ではないと断言できた。
「うーんひょっとして、神皇様のお墓っていうの……これの事かな?」
「かもなぁ」
そこにあったオブジェは、何かの文字が彫られた石碑である。真っ暗な空間にポツンと建てられたそれに、リュウはどことなくサイフィス達と契約した石柱と似た感じを受けた。しかしそれはあくまで似ていると思うだけ。龍の声や気配などは全く感じ取れない。
「てっきりこの先にナギが居ると思ったんだけどね」
「ナギっこが? どう見ても行き止まりだぜ。そいつぁ相棒の勘違いってヤツじゃねぇのかい?」
「そうみたいだけど……でもなぁ……」
自分の感覚が間違っていたのだろうか。それともこんな所だし、居てもおかしくないという願望が出てしまっただけだろうか。リュウは溜息と共に、何の気なしにその石碑に手を触れて、瞬間――――石碑が、光った。
「うおぁっ!?」
「!? おい、相棒!?」
光る石碑は、何とリュウの身体をその中に吸い込みだしていた。バランスを崩したせいですでに半身が中に入ってしまっている。咄嗟にボッシュはポーチから飛び出て口でリュウの足を引っ張ったが、とてもそんな弱い力で対抗出来る吸引力ではない。
「くぅ……ぅおわ!?!」
「なんでぇこりゃあ!」
そして抵抗も虚しく、何とリュウとボッシュはスポッとその石碑の中に吸い込まれたのだった。後には彼等の驚声が虚しく木霊し、まるで食事を終えて満足したように、光を弱めていく石碑だけが残っていた。
*
「そ、そうそう何回もケツから落ちてたまるかぁ!」
シュタッと上手い具合に両足で着地し、無駄にポーズまで決める余裕を見せるリュウ。恥ずかしい姿を晒さなかった事を確認してから、ようやく周囲を確認する。先程まで居たあの洞窟はどこへ行ったのか。気が付けばそこは暗闇ではなく、みすぼらしく朽ちた小屋の中のようだった。少し小突いただけで壊れてしまいそうな薄い木戸の隙間からは、穏やかな光が漏れている。
「……って、何ここ別世界……?」
「しっかし相棒はつくづく警戒心ってもんがねぇよなぁ。何でもかんでも触んのはよくねぇぜ?」
「ほほぅ、さっき面白くなってきたとか言って興奮してたのはどこの誰だったっけかね?」
妖精の時もそうだったが、どうして自分はこうも“気がついたら別世界”なパターンに良く嵌るのだろう。リュウとボッシュは互いに互いを罵りつつも、このままでは何もわからないという事で意見が一致。今居る小屋らしき場所から外へと出る事にする。すると――――
「……うお」
まさに小屋から一歩踏み出したその時だった。突如、リュウの頭上を巨大な影が覆った。何だと見上げてみると、大きな狛犬のような生物が二頭、文字通りに天を駆け下りて来るではないか。その二頭は低く唸りながらリュウの目の前に着地すると、あからさまな敵意をぶつけてきた。
「何奴」
「曲者か」
リュウの身長よりはるかに大きい犬の化け物。片方は白く、片方は青い。即噛み付いてくる……と言う訳ではなさそうだ。だが返答次第では容赦しないぞと、明らかに殺気が向けられている。そんな狛犬二頭の姿にリュウはまず驚き、次に記憶の奥底をチクチク刺激された。
「直ちに去れ。ここは下界の者が来て良い場所ではない」
「去らぬと言うなら、この場ではらわたを喰ろうてくれるぞ!」
警告、威嚇、そして……咆哮。二頭の狛犬が発した咆哮は互いに共鳴しあい、ビリビリとリュウの肌と鼓膜を震わせて強烈な威力を見せ付けた。並ではない。この狛犬達は相当の実力を持っているとわかる。それこそ普通の魔法使い程度なら、睨まれただけで気を失ってもおかしくないレベルだ。
(おっかねー……けど)
だがリュウとて、伊達にここまで多くの戦いを潜り抜けてきたわけではない。この二頭の威嚇に対しても、それを真正面から受け止められる程度には、普段の胆力が鍛えられているのだ。一応万一の為に即戦闘態勢に移れる様頭の一部を緊張させつつ、しかし自らのペースを崩す程ではない。
「すみません、無断でお邪魔したのは謝罪します。実はこの辺で人を探してまして……」
「……」
「……」
怯む事のないリュウの態度に拍子抜けしたのか、狛犬二頭はリュウの言葉を大人しく聞いている。怪しんでいるのか様子を見ているのかはわからないが、彼らは低く唸るのみで口を開こうとしない。これはもう少し自分の話を聞こうとしているのか? と前向きに捉えた平和主義者なリュウは、一気に目的まで話すことにした。
「この辺に“ナギ・スプリングフィールド”っていう赤い髪の人間来ませんでしたでしょうか。見た目は俺と同じくらいの」
「……」
「……」
二頭の狛犬は、微動だにしない。リュウの言葉は確実に聞えている筈なのだが、全く動かない。
≪うーん……どうしよ……≫
≪こうなったら相棒のパワーで強行突破でもしてみるかね?≫
≪お前他人事だと思って無責任な……≫
ボッシュの提案は問答無用で却下だ。リュウとしてはなるべく無駄な戦いなどしたくない。何しろ昔の記憶のどこかに引っ掛かる見た目のこの狛犬達、どう見ても強そうなのだ。例えばそれぞれがジャック・ラカン程……とまでは流石に行かないだろうが、それでもこの二頭を同時に相手取るとしたら、確実に無傷では済まないだろう。
「……」
「……」
「……」
そうして狛犬二頭とリュウ、ボッシュが睨みあう事数十秒。このまましばらく膠着状態になるかと思いきや、そうはならなかった。いきなり白い方の犬がその場にドスッと腰を降ろしてお座りの姿勢を取り、もう片方の青い方は詰まらなそうに鼻を鳴らしたからだ。
「そうかお前か。客人達の待ち人は」
「我に付いて来るが良い」
「? ……あ、ありがとうございます……?」
いきなりの態度の軟化に戸惑うリュウとボッシュ。もう敵意などの物騒な空気は消え去っており、青い方はその場から歩き出して白い方はお座りの姿勢のまま留まっている。大きな体躯を誇る癖にちょこんとした座り方のギャップに、「なんか少し可愛いなこの犬」と微妙に余裕を見せるリュウである。
「どうした、早く行け」
「あ、はい」
お座りしたままの白い狛犬に急かされ、リュウはのしのし歩いていく青い方の犬の後を慌てて付いて行くのだった。
≪ここって何なんだろうね?≫
≪あれじゃねぇか? あの吸血鬼の嬢ちゃんの“別荘”みてぇな空間≫
≪あーそれっぽいな確かに≫
リュウとボッシュは青い狛犬の後を付いていきながら、周りをキョロキョロしつつそんな念話を交わしていた。周囲は広く、一見すると普通の草原か何かのような印象を受ける。遠巻きに川らしきモノが流れているのがわかり、所々に木々が生い茂っていて非常に穏やかな場所であるらしい。
だがしかし、ここが“普通”の空間でないと確信させる点が一つある。それは空だ。視線を上にずらしてみれば、そこでは七色のオーロラのような物がモヤモヤと渦を巻いていた。全く持って訳の分からない空間だが、目の前を歩く青い狛犬にここは何ですかと質問した所で答えが返って来るとも思えない。なのでリュウとボッシュは、内々に疑問を溜め込むハメになっていた。
「ここで待つが良い」
「あ、はい」
しばらく大きな尻尾の後を追ってテクテク歩いていると、リュウは草原の中ぽつんと目立つ一本の木の側で狛犬にそう言われた。流されるままにリュウはその木の元に移動する。するとそれを見届けた青い狛犬は再び空へ駆け上がり、いずこかへと去っていった。
「……って、なんだこの状況……?」
「相棒、幾らなんでも流され過ぎじゃねぇか? もう少し今のヤツに何か聞いても良かったんじゃねぇの?」
「……」
犬に案内されて木の下で待ち惚け。もう少ししっかり意思表示をした方が良かったかなーと、リュウとボッシュがグダグダ話をしていると……突然辺りに、何か妙な気配が漂い始めている事に二人は気付いた。殺気……とまでは行かないが、再び敵意めいたものが自分達の周囲を取り囲んでいる。勿論あの犬達のとは別物だ。
「……てっきりさっきの犬は、俺をナギが居る場所に連れてってくれると思ったんだけどねー」
「どうも相棒はそう都合のいい星の下にゃ生まれてねぇみてぇだな」
全くだ、とボッシュの言葉に心の中で同意しつつ、リュウの表情は緊張の色を帯びて行き染みついた動作で周りを警戒する。感覚的には、エヴァンジェリンとの修行の時と似ている。どこかから何かに狙われ、狩られる立場に居るような。一瞬の油断が命取り。そんな気配をリュウは敏感に感じ取っていた。
「……来たっ!」
咄嗟のサイドステップ。次の瞬間それまでいた木の根元付近に、鋭く突き刺さる魔法の射手が数本。あと一瞬遅ければ串刺しにされていたであろう魔法の矢は、サイズこそ小さいがその分威力と速度が凝縮されているらしい。相当の手練が放った物だと一目でわかる。
「おっとぉっ!」
さらに今度は左右から。間髪入れずリュウに襲い掛かる魔法の射手の乱れ打ち。リュウは咄嗟に地に伏せてやり過ごすと、今度はその姿勢から一気に身体を起こし、前方に大きく跳ねた。
「よっ! ほっ!」
続けて八双飛びのような華麗なステップを踏むリュウ。どこからか放たれている魔法の矢は、リュウが足を着いた位置のみを狂い無く射抜いていく。かわすタイミングは紙一重だ。そして次第に、飛んでくる魔法の矢は勢いと数を増してきているらしい。
「何なんだよこれ!」
リュウが跳ね、僅かに遅れて魔法の射手がそこを貫く。何度も何度も繰り返される曲芸演舞。徐々にスピードが上がっているが、まだまだ十分にかわせる範囲ではある。だがこんなねちねちとした戦法でやってくる相手に対し、ずっとやられっ放しになるつもりはリュウには無い。どこから誰が放っているのか、その相手を探し出す事にリュウは決めた。
「とぅぁっ!!」
敢えて浮遊魔法で空中に上がり、その身を相手に晒す。これで飛んでくる魔法の矢は上下左右に正面背後の三次元攻撃が可能となるだろう。だが、代わりに周辺の木々などの遮蔽物がなくなり、遠くまで見渡せる。危険と引き換えに、どこから魔法の射手が放たれているかの気配をより強く感じる事が出来るのだ。
「どっからだ……?」
神経を研ぎ澄まし、リュウは周囲に気を配る。宙に留まり、数瞬の静寂。そして次の瞬間はるか後方にある巨木の上に、キラリと魔法の気配を感知した。振り向くと同時に、大量の魔法の射手がリュウに向かって飛んで来る。
「あそこか!!」
そしてリュウは虚空瞬動と浮遊魔法の重ね掛けを使い、何と避ける所か飛んでくる魔法の射手の大群へ頭から飛び込んでいった。勿論そのままではダメージを受けてしまうだろう。だがいい加減、同じ魔法の射手を見続けて多少なり目は慣れている。
「ふんっ!!」
ポケットに手を突っ込み、龍の力を込めて居合の如く放たれる散弾。ショットガンを自分の身体の面積分だけ前方に放ち、ピンポイントで目の前の魔法の射手のみを打ち落とす。そうして矢の大群を切り抜けると、リュウはそこから一気に浮遊魔法の出力を全開にした。瞬く間に巨木へと間合いを詰める。
「必殺!
「……っ!!」
無駄に全身を回転させて無駄に貫通力を増す。そして浮遊魔法の勢いそのままに強力な“とびげり”をリュウは巨木へ炸裂させた。バキリと切れ味鋭くその幹は蹴り折られ、その瞬間“何か”が葉の陰から飛び出す。倒木の巻き添えを避けるためだろう。飛び出した“何か”は、良く見ればローブを纏った長身の人物だ。チラリと見えるその口元には余裕か嘲笑か、笑みが毀れている。
「ふふふ、流石はリュウ。あの程度では挨拶にもならなかったようですねぇ」
「……そっちは趣味の悪さは相変わらずなようで」
もうリュウには、この相手が誰なのかわかっていた。そもそもあれだけねちっこい魔法を繰り返し撃ってくる相手という時点で、一人の人物が予想できていたのだ。それに加えてあの狛犬の言った言葉。狛犬はリュウの事を“客人達の待ち人”と言った。客人“達”。ここでリュウを待っている人間が居るとしたら、それは恐らくナギだろう。そこに複数形が付くと言う事は、ナギと共に彼がここに居たとしても何もおかしくはないのだ。
「お久しぶりですねぇ。浮遊魔法まで使いこなすとは、中々腕を上げたようで」
「一応ね。アルは……わかってたけど見た目とかは全然変わってないね」
「はっはっは」
お互いふわりと地面に着地し、緊張感の欠片もない会話が交わされる。そして長身の人物が徐にフードを取ると、そこには随分久しぶりの、アルビレオ・イマの胡散臭い笑顔があるのだった。
「随分手荒い歓迎じゃねぇかアルの兄さんよ」
「おやボッシュ。あなたも元気そうで何よりです」
「それよりさ、今の状況を色々説明して欲しいんだけど」
リュウとボッシュの白い目線を飄々とかわすアルビレオ・イマ。ここでメガロで分かれる前と全く変化の無い腹黒スマイルの特殊効果が発動。リュウの脳裏に散々からかわれたあの日々が思い出される。
「そうですねぇ。では道すがらお話するとしましょうか。どうぞ、私に付いてきて下さい」
「もう何かが襲ってきたりはしないよね?」
「ふふふ、さてどうでしょうね?」
「……」
相変わらずのアル節である。一応微妙に辺りを警戒しながら、アルの背中をついていくリュウとボッシュ。歩きながらアルは“リュウがやって来たと聞いたので、どれだけ修行したのかを試す為にやった”と、あっさり攻撃を仕掛けた理由については話していた。
「じゃあ、もし俺があの鋭い魔法の矢の攻撃を避けられなかったらどうする気だった訳?」
「あっはっは」
「いや笑ってないで答えてよ」
勿論アルは、リュウのジト目を華麗にスルーして答えない。
「……でさ、結局ここって何なの?」
「その質問にお答えする前に、リュウはソンの村での話は聞きましたか?」
「ソンの村?」
「ここへ至る山の麓付近にある、小さな農村ですよ」
「あー、あそこかな……?」
思い出される道を訪ねる為に立ち寄った村の事。村の名前自体は聞いていなかったが、まぁ恐らくそんな名前なんだろうとリュウは納得する。マミから“神皇様のお墓”とやらがナギとの待ち合わせ場所である“ムクトの岩壁”と同一らしい、という話は聞いていたが、逆に言えばそれくらいの事しか知らないとも言える。
「ちょっと“ムクトの岩壁”について道を訪ねに寄ったくらい。何か“神皇様のお墓”って言うのと間違えられたけど」
「それでしたら話が早いですね。その通り、ここがその“神皇様のお墓”であり、ここへ来るあの地形こそが“ムクトの岩壁”と呼ばれる場所なのです」
「へー……そうだったんだ」
崖と崖の間にあった、まるで人目を偲ぶ隠し通路のような洞穴。普通の人間は訪れる所か、まず気付く事すらないであろうあんな場所にお墓。その神皇様とやらは一体何を考えていたんだろう、とリュウは脳内にハテナマークを浮かべた。
「そしてその“神皇様”ですが、実はまだご存命なんですよ」
「……へ?」
マミの話では、神皇様というのはずっと昔の存在である筈。なんでそれが生きてんの? という疑問をリュウが挟む余地もないぐらいに、アルは歩きながら淡々と話を続けた。
「私も詳しくは知りませんが、ナギが言うには色々とあったそうですよ。何でも“神皇様”は人間が大嫌いだからこの場所に隠れ住んでいたそうで、どういう偶然かやって来たナギを、最初は殺そうとしたらしいですから」
「何か随分物騒な話…………それで?」
「まぁその時も色々とあったようで、結局ナギが“神皇様”の興味を買ったのか心を融かしたのか……とにかく、紆余曲折を経てここで修行をする事を許されたそうなんですよ」
「ふーん……」
流石はナギ。よくわからないけど心を閉ざした存在に気を許されるとは。あいつはあいつで凄い活躍をしてるんだなぁ。と、リュウは他人事のように感心した。
「ん? でもナギがここで修業するって事は……その“神皇様”って強いの?」
「ええ、それはもう」
「……」
リュウはナギと連絡が取れなかった時を思い出した。恐らく、あの時にはもうその神皇様とやらと戦っていたかしていたのだろう。先日連絡が付いた時の声の元気さは、強い人を見つけたからだったのか。と、リュウの中で色々な事柄が腑に落ちていく。
「足元に気を付けて下さいね。この辺りには毒蛇が居ますから」
「マジで!?」
「嘘です」
「……」
アルはそんな冗談を交えつつ、次第に林のような所へと入っていく。その背を見失わない様、木々を分けがさがさと草を踏み鳴らして付いて行くリュウ。そして開けた場所に出た所で、アルは足を止めた。
「さて、着きました。あとはナギ本人に聞くのがよろしいかと」
「……?」
そこにあったのは湖。大きくはないが水は澄んでおり、まるで童話に出てくるように、周囲を林に囲まれた静かな湖畔だ。斧を落としたら泉の精が出て来てもおかしくない。対岸と両端は、十分目視の範囲内である。そしてリュウは、そんな美しい湖本体を全く見ていなかった。何故ならリュウは、泉の両端に浮かぶ二つの人影に目を奪われていたからだ。
「あれは……ナギだよな……」
片方の見た目は見覚えがありすぎる。鳥のようにつんつんした赤毛。ローブに杖。そして身長がそんなに高くない子供のような見た目。間違い無くナギ・スプリングフィールドだ。
「じゃあ……あっちは……?」
もう片方。ナギと対峙するように泉の対岸に浮かんでいる人物に、リュウは何か一種の畏怖というか、威圧感のような物を感じた。さらりと流れる銀髪。紫と青の中間色をした衣服を身に付け、自然体で目を瞑り静かに宙に浮いている。肌の色は透き通るように白く、顔はナギにも劣らない凄まじい美形だが、感情はあまり伺えない。何か、あの男からリュウは尋常でない力を感じる。
「やい! 今日こそ勝ってやっからな!!」
「フッ……」
対岸に浮かぶナギは、その人物に対し心底楽しそうにそう言い放った。そして銀髪の男はそこでようやく目を開け、笑みを見せる。そこにあるのはナギと同じ楽しいという感情だろうか。少なくともネガティブなモノではない。
「行くぜ!!」
そしてナギは膨大な量の魔力を惜しげもなく解放し、男へ向けて大量の魔法の射手を放った。攻撃力に特化した雷の矢だ。それに対し銀髪の男は全く動かない。直撃する。そうリュウが思った瞬間……何故か矢は、一つも男に当たらず通り過ぎていた。
「え……?」
すり抜けた、ようにリュウには見えた。だが違う。あれは避けているのだとリュウは気付く。その後何度かナギが同じ攻撃を繰り返した事でわかった。銀髪の男は最小限の動きと有りえない程の高速を持って矢をかわし、そしてまた元の位置に戻っていたのだ。その動く速度があまりに速すぎて、リュウの目にはすり抜けたように見えたという訳だ。あんな動きは無駄という無駄を一切排除し、尚且つ全ての動作が高次元で完成されてなければ絶対に出来ない。
「ハッ!」
「!!」
掛け声が聞こえた時には、銀髪の男の姿はなかった。ナギの魔法の射手による爆撃が止んでいないにも関わらず、男は一瞬でナギとの間合いを消したのだ。凄まじい緩急の差だ。そしてその手には、光り輝く剣がいつの間にか握られている。魔力による物ではない実態のある剣の筈なのに、それはやけに眩しかった。
「くっ!?」
杖に魔力を通し、ナギは男の剣戟を受けた。バギンと鳴り響き、激しい力が周囲に弾ける。そのまま男は、息も付かせぬ連撃を繰り出した。軽やかなのに重い。艶やかで強烈。男の繰り出す舞の如き連撃には、一部の隙も見当たらない。見る見るうちに防御に徹するナギの体力がこそぎ取られていく。
「く……くそぉっ! 【雷の斧】っ!!」
自らの劣勢に焦れたナギは、至近距離から強引に魔法を放った。バチバチと雷の証を響かせて襲い掛かる雷斧。しかし銀髪の男はそれを事も無げに光り輝く剣で受け止め、まるでバターを切るかの如く両断した。
「……甘い」
「!!」
振るわれる剣。胴はがら空き、防御は間に合わない。かわせないと悟ったナギは――――
「んならぁっ!」
「!」
ナギは防御を捨て、なんと蹴りを男の顔面目掛けて放った。男の予想しなかった反撃手段だ。しかしそれはヒットする筈もなく、男は冷静に空いている腕でガード。引き換えに僅かに緩む剣速。そしてナギは蹴りの反動を利用し、薄皮一枚の所で腹を裂かれる事なく剣閃から逃れていた。距離を取り、息を整える。
「ふぅ。そう簡単に行くかってんだ!」
「……フッ」
「笑ってられんのも今のうちだぜこの野郎!」
対峙するナギと銀髪の男。互いの顔に浮かぶ楽しげな笑み。そして再び……激突。魔法使いであるにも関わらず果敢に殴りかかるナギ。それを無駄一つない動きでかわし殴り付ける銀髪の男。ぶつかる魔力の余波は湖面を激しく波立たせ、周囲の木々を薙いでいく。
「……すげぇなナギッ子のヤツ……」
「やれやれリュウが来たというのに……ナギはああなると周囲が見えませんからねぇ」
アルはのほほんとしながら、ごく普通に魔法障壁を張って届いてくる余波を防いでいた。集中力の賜物か、もしくはアルの言う通り周りが見えてないだけか、リュウが来ている事にナギは全然気付いていないらしい。
「……」
「どうした相棒?」
リュウは一言も発さず、空中で繰り広げられる両者の戦いを見ていた。いや、魅入っていた。ナギと互角どころじゃない。余裕すら見せる銀髪の男。美しささえ感じさせる一つ一つの彼の動作を、形容するとしたらまさに“いくさするかみ”。そしてリュウの口からは、昔の記憶を掘り起こす事もなく、自然とその名が零れ落ちた。
「……フォウル……」
「……」
障壁にぶつかってくる魔力の余波を受け止めながら、アルはリュウの呟きをしっかりと聞いていたのだった。