~ポケットの中の戦争~
リュウのポケットの中にある四枚のカード。それは各地で契約を結んだ事により、リュウの仲間となった四体の龍の仮の姿だ。リュウの呼びかけで顕現し、時には単体で、時にはリュウと協力して、幾多の戦いを乗り越えてきた心強い味方である。そんな彼等であるが、はてさて呼ばれる事のない日常を一体どのように過ごしているのだろうか。今日はその生態に少しばかり触れてみよう。
「……」「……」「……」「……」
彼らは何日かに一度、リュウからの呼びかけ以外の一切を隔絶した空間に引きこもる。そこはここではないどこか。彼等はカードにその身を移した龍の化身であるが、その作り出された空間内でのみ、擬似的に人の姿を取る事も可能であるようだ。そして行われているのは、古来より龍として生きてきた彼等の知識の交換、知恵の披露。即ち、重厚な“会議”なのである。
「……」
「……」
「……早く切りなさいよ」
「ま、待て……」
交錯する視線と視線。ぶつかり合う気迫は、互いの持つ意見を一歩でも上回ろう、飲み込もうと牙を剥く。龍の持つ圧倒的プレッシャーが形を成して渦を巻き、常人なら一秒足りとも耐える事は不可能であろう。だがそれは、この“会議”の場では至極当たり前の光景なのだ。
「……もう! いつまで待たせる気よ!」
「む……むむ……っ!」
白熱する舌戦。飛び交う怒号。小さな長方形の物体を己の分身とし、一期一会に積み重ねた譲れぬ自論を展開するその場は、まさに真剣勝負!
「うむ……通らば……リーチだ!」
「あ、それロン。純チャン三色ドラ三で倍満ね」
「!? ぬぉぉっ!?」
淡々と自らの意思を貫く者。他者の思惑を看破し柔軟に考えを改める者。示される道は一つに非ず。時には自らの過ちを思い知らされ、肩を項垂れる事もある。だがそれも全て明日への糧となる。諦めてはそこで試合終了なのだから。
「ねぇねぇザム。前から思ってたんだけどサイってさぁ、見え見えのスジ引っ掛けに弱すぎじゃない?」
「ていうかさっきから俺ら
……彼等は決して遊んでいるわけではない。一見すると正方形のテーブルに布団を掛けた暖房器具を四人で囲い、その上で何やら小さな固形の物体を並べたり崩したりしているだけに見える。しかし、侮るなかれ。これこそ人類の及びもつかない高度な話し合いの場なのだ。そこには自信・決断・読み、さらには観察力・洞察力・推察力と言った、常日頃から周囲の変化に興味を持つ彼等にとって、必要不可欠なあらゆる要素がコンパクトに納められているのである。
「あ、サイフィスもうハコでしょ? はいこれで私が八千七十九度目のトップね!」
「ぐっ……ぬぬぬ……っ」
自らの意見を粉砕され、震える手に握った小さな長方形の物体は、今まさに砕け散る寸前だ。しかし暴力に訴えては何の意味もないと言う事をサイフィスは思い出す。この場における勝者とはつまり相手の思考を読み、その上をいく者にこそ与えられる称号。同じ土俵で勝たなければ意味がないのだ!
「ふふん、サイフィスってば、背中が煤けてるわね。じゃ、次の半チャンいきましょー!」
「うぬぬ……次こそは……」
ジャラジャラと、百三十六個の小さな物体を掻き混ぜる音が鳴り響く。洗われた牌達は再び彼等の手足の如く、その意見の代弁者となる。そしてまた、生み出される勝者と敗者。それは彼等流の知識と知恵の交換会。決してタダ暇だからと遊びに耽っている訳ではない……のだ。
「よーしきたわ! リーチ!」
「くっ……早い……」
ここではないどこか。今宵も龍達の開く会議は踊る……。
*
~妖精村殺人事件 おこげは死の香り~
リュウから新たな任務として農作を行うよう厳命された妖精達。現在の総戦力はリーダー達を含めて三十五人だ。その戦力で誰が何をするのかという振り分け作業を、実はああ見えてリーダー三人がしっかり行っているという事をリュウは知らない。一応は最年長者の三人、意外と働いていたりするのだ。
「じゃあ、あんた達十人は畑の開墾作業よぅ」
「は〜い」
威勢のいい返事と共に、手作りの農具を担いでふよふよと飛び立っていく妖精達。テンションの高い者、低い者、各々の性格は千差万別。そんな彼女達も、ランドからの手解きを受けて一通り作業の基本は学習済みである。
「そっちは十人のチームを二つ作って、いつも通りに狩りよぅ」
「おー」
まだまだ農作業で自給自足を目指すには時間がかかる。その間の食料を得る方法として、狩りは基本中の基本だ。幸いこのスイマー城の周辺には森や草原があり、裏手には湖なんかもある。なので自給自足が波に乗るまでの間は、十分狩猟生活で食料を確保する事ができるだろう。
「後は……どうするよぅ」
「うーん、人手が余ったよぅ」
「何かやる事……」
そういう訳で現在の重要事項は農作業と狩猟のみ。スイマー城周辺は広いので、一度に纏まって行動する人数は十人ずつという決まりが出来た。その為、微妙にやる事がない戦力が二人ほど、リーダー三人の前に残ってしまっていた。
「あ、そうよぅ!」
その時、ピコンッ! と豆電球がついたような閃きがリーダー三人の一人、赤い髪の妖精に走った。残り者の二人には、そう言えばある一つの共通点がある事を、なんでかわからないが思い出したのだ。
「あなた達って、確か前にリュウのヒトが料理する所をじっと見てたハズよぅ!」
唐突に妙な事を言い出したリーダーの赤いの。普通ならそれがどうした、と言いたくなるセリフだ。しかし長い付き合いである他リーダー二人は、彼女が言わんとしている事を瞬時に察した。そしてそれにより三人とも、一気に同じ高さへテンション急上昇だ。
「そうよぅ! 見てたんならやり方がわかるはずよぅ!」
「だから私達に、何か美味しい物作ってよぅ!」
「……」
いや、私ら本当に見てただけなんで出来るわけないです。と残り者二人は揃って首を横に振る。しかしそんな都合の悪い話は聞こえないのが妖精リーダーたる所以だ。いいから作れというごり押し攻撃に、残り物二人は押し切られた。立場的にもリーダー三人は序列が高いから断れなかったのだ。その為残り物二人は渋々と、以前リュウが使っていたお古の調理器具(要らなくなった物を貰って遊んでいた)をどこからか取り出し、たどたどしい動きで料理の真似事を始めるのだった。
~数分後~
「……なにこれ?」
「……黒いかけらよぅ」
「せっかくの材料が無駄になっちゃったよぅ!」
ごめんなさい、とばかりにしょぼんと肩を落とす残り者二人。案の定出来上がったものは真っ黒い“おこげ”が一つだけ。材料が鳥の卵だったから、一応卵焼きを作ろうとしたのだろう。しかしそこにある物体はどー見ても単なる炭素の塊でしかない。
「……あんた食べなさいよぅ」
「言い出しっぺはあなたの筈よぅ」
「わ、私はお腹一杯だからいらないよぅ」
これも以前の話だが、彼女らにはリュウが作った料理を少し残してしまった時に、“お残しは許しまへんでー!!”と鬼の形相+包丁片手に追い掛けられた、という苦い記憶がある。その為、せっかく作られたソレを捨てるという事はどうしても出来なかった。そうして姦しい相談とゆー名の押し付け合いバトルの結果、結局連帯責任という事で、全員がそれを口にする事になるのだった。その辺りは妙に義理堅いというか、有言実行の妖精リーダー達である。
「じゃ、じゃあ、せーのでいくよぅ」
「うん」
「せー、のっ!」
パクッ……と、意を決して三等分した真っ黒い“おこげ”を口の中へと運ぶリーダー達。まさしく緊張の一瞬。残り者二人はそのリアクションを固唾を飲んで見守る。そして…………
「ぎゃー!」
「ぐえー!」
「ウニョラー!」
妖精Aは混乱した!
妖精Bは毒を受けた!
妖精Cにこうかはばつぐんだ!
やっぱり無茶だった。ジャリッとした感触プラス苦くて硬くてマズイという地獄のハーモニー。ピクピクと地面に転がるリーダー達の姿は、まるで蚊取り線香で弱った羽虫のようだと、残り者二人は後に語ったとか。何はともあれ料理の道も一歩から。この時、彼女らのこれからの方向性に微かな光が差した事には、まだ誰も気付いてはいなかった。
*
~???~
「これで処置は全て終わった。よくもこれだけ手古摺らせてくれたものだよ」
「……」
「でも……完全に支配下に置けるようになるまでは、あと一カ月と少し掛かるか……。全く、失敗作の癖にその無駄な意志の強さはどこから来たんだろうね」
「……」
「彼女がアレを終えるまでには……少し際どいね。これで君があの化け物を消せなければ、僕達の計画は大幅に遅れる事になる」
「……」
「君のせいで出来てしまった大量の不良品をばら撒いたのと合わせて……そうだな。君にはあの化け物と戦う時、どちらに転んでもいいように動いてもらうとするか」
「……」
「後は……まぁ、君があの化け物を消せればそれでいい。無用な戦争は、僕達だって起こしたくないからね。わざわざ君の中にあったリミッターを外れやすくしてあげたんだから、その時は精々頑張りなよ」
「……」
かつて己の放った魔法で石像と化した少年は、生気のない瞳を開いたまま瞬き一つせずベッドの上に横たわっていた。そして少年と似た顔をした青年は、氷のような瞳を向けて横たわる少年を見下ろしている。
「フン……」
「……」
青年が去った後も、少年は動かない。彼の身体は最早石の塊ではなく、元の白く華奢な肌に戻っていた。唯一以前までと違う点があるとすれば、それはその細い腕に、奇妙な形の“腕輪”が着けられている事だけだった。