炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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6:商人

 早朝。

 空が深い青と薄い白とに彩られ始める天文薄明。日の姿はまだ見られず、大抵の生物がまだその活動を開始すらしていないであろう時間帯。そんな時分にリュウは城中を変なテンションで駆け巡り、緊急と題してメンバー全員を会議室に招集するべく呼び掛けていた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 満場一致の非常識な時間に皆無理やり叩き起こされた訳であるからして。「幾らなんでも朝早すぎんだろオルァ!」といった正論過ぎる文句が至る所から聞こえ――――てきそうなものなのだが、何故か誰からもそんな声は上がっていない。

 

「んじゃぁこれから、第一回“炎の吐息”緊急ミーティングを始めたいと思いまーす」

 

 全員が集まり椅子に腰掛けたのを見届けて、会議室の奥にドカッと陣取っているリュウは、ぶっきらぼうにそう言い放った。いつもの調子とは全く違って腕を組み、髪はボサボサ、目は座っていて、微妙に隈まで見受けられる。そして何より、全身からこれでもかと立ち昇っている不機嫌オーラ。その有無を言わせぬ迫力が抑止力となり、各メンバーに抗議行動を躊躇させているのだった。

 

「さて早速本日の議題ですが……まぁ皆さん知っていると思いますが、実はですね、お金がないんですよ」

「……」

「……」

「……」

 

 イライラ成分八十%オーバーの視線で全員を見回し、リュウは言った。昨夜ゼノから渡された請求書の束は、これはもう如何ともし難い事実である。仲間達は眠い目を擦りながらも、リュウが一方的に話す言葉を遮らない。ちなみにリュウの背後にはどこから調達したのか不明のキャスター付きホワイトボードがあり、黒く大きく乱暴な字で「緊急命題!!」と書き殴ってある。

 

「まぁ、“ない”と言いますか、むしろ借金まみれでマイナスぶっちぎりな訳でしてね」

「……」

「……」

「……」

 

 リュウが一体何を言おうとしているのか薄々理解出来てきた仲間達は、何故か揃いも揃ってまともに彼を見る事が出来ていない。それは別に眠いからだとか、リュウの雰囲気がいつもと違うから、というだけではないようだ。どちらかと言えば知らんぷり。自分のせいじゃないぞ、という責任放棄のように傍からは見えなくもない。

 

「修繕費等に関してはですね…………まぁ実の所特に文句とかはないんですよ。むしろこのくらいの金額でここまでやって頂いて、感謝の気持ちで一杯です。ええ一杯ですとも」

「……」

 

 如実にご機嫌斜めを表す見た目とは裏腹な、リュウのやたらと引っ掛かる感じの丁寧な物言い。それにメンバーは不気味さを覚えた。言うなれば“嵐の前の静けさ”であるようなないような。……だが実際、そう感じた各々の感覚は実に正しいものだったと後に思い知る。

 

「で・す・が……」

 

 徐に取り出した請求書の束をテーブルの上に置き、リュウは溜めた。ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえる程の、長くて痛い沈黙。無言のままのリュウから放たれる、ンゴゴゴゴと背景に刻まれていてもおかしくない静かなるプレッシャー。そしてリュウはついに、溜めに溜めたその鬱憤を――――解き放った。

 

「サイアスさん、ガーランドさん。……お酒は美味しかったですか?」

「ぬ……む……」

「……う、美味……かった」

「ほほう、それはそれは良かったですね」

 

 微妙に申し訳なさそうな顔をする鰐男と、飄々と言った上にグッと親指まで立てる犬侍。そしてリュウの額にピキッと浮かび上がる怒りマーク。

 

「リンプーさん、いいですねぇ大量の高級“うまにく”に“マンモ肉”まで。さぞや美味だったのでしょうね?」

「う、うん。その……あはは」

 

 冷や汗を垂らしながら、必死に誤魔化そうとするリンプー。リュウのこめかみに浮かび上がる二つ目の怒りマーク。

 

「アースラさん、気持ちはよくわかりますが……こんなに大量に必要でしたか?」

「それは……も、勿論だ。やつらは一匹残らず殲滅せねば……!」

「でも三千個は幾らなんでも多過ぎますよね明らかに」

「……」

 

 追求を受け、プイッと目を逸らすアースラ。そこから視線を剥がしたリュウは、さらに額に増えた怒りマークをプルプルと震わせつつ、彼女の隣を見た。

 

「レイさんにステンさん。何だか随分と斬れ味の良い業物だそうですね。如何ですか使い心地は?」

「あ、ああ。……その……な……」

「まぁ……ね。うん……」

 

 レイとステンは揃って頭を掻きながら、やはり揃って明後日の方向を向いている。リュウはもう額に置き場所の無くなった新しい怒りマークを握った拳にくっつけて、さらにその隣に目をやった。

 

「モモさん、機械の調達にお金が必要だったのはわかりますが……」

「?」

「……ハニワは必要でしたか?」

「えー? 必要よー?」

「……」

 

 何言ってるのー? と本当に素でそういう反応をするモモ。うんまぁ彼女へはこれ以上突っ込んでも手応えなさそうだ、と感じたリュウは静かにスルーし、気を取り直して次に控える人物へと視線を移した。

 

「リンさん、あまり甘い物を食べ過ぎるのはどうかと思いますが。主に体型的な意味で」

「うっ……」

 

 グサッと気にしていたらしいウィークポイントへの精密爆撃に呻くリン。さらにさらにその隣へとリュウは顔を動かした。

 

「ランドさん……」

「い、言っとくが俺のは必要なモンだからな」

「あー確かにそうですね。必要ですよね。まぁでもランドさんは一人なのに、同じ機種を“二台”も必要な意味って何でしょうねぇ。もしかして分身の術でも使えるんですかね?」

「……」

 

 抵抗空しく撃沈するランド。その隣で眠気に豪快に負けているタペタは後回しでいいやとスルーし、リュウは一度溜息をつくと大きく息を吸い込んだ。

 

「てゆーか! みんな無駄な物買い過ぎ!!」

 

 そう、これこそがリュウの不機嫌の元なのであった。徹夜で請求書と睨めっこしている内に気付いてしまった。どう考えても城の修理とは全然関係ないであろう物品名の数々。要は、どういう訳かメンバー各々がそれぞれの好きな物を買いまくっていて、その支払いまでもが一緒くたになっていたという事だ。

 

「一体何なんですかこの余計なモノの山は!」

「……」

「……」

「……」

 

 ガーランドとサイアスは両者とも酒好きだからか、大量の古酒・高級酒を。リンプーは“世界の美味しいお肉詰め合わせセット”なる物を何と十人前も。アースラは“ジェノサイドZ”とか言う怪しげなゴキブリ駆除薬を三千個。レイとステンは最近巷で有名な鍛冶職人、“名工ビルダー”という人が作製したナイフを。モモは機械だけでなく、何故か巨大なハニワの置物を。リンは“お取り寄せ各国御当地デザートセット”なる甘い物を三人前も。ランドは最新の魔法トラクターを何故か“二台”も。そしてタペタは無駄に豪華なグランドピアノを。

 

「俺なんかお金が勿体ないからって飛行船も使わずに自力でひーこら飛んで移動してたのに……どういう事なんですかこのどっかの世間知らずの金持ちみたいな無鉄砲な買い物! 俺だって欲しい物買っていいなら新しい剣とか鍋とか釣り具とか色々買いたいわ!」

「相棒相棒、本音が漏れてんぜ」

 

 ズルいぞゴルァ! という何だかちょっと妬みのようなモノも混じっているが、まぁリュウが怒り心頭となって怒鳴るのも半ば当然だ。何しろ総請求額約八十四万ドラクマの内訳で、城の修繕と直接関係ない個人の趣味や嗜好品と言える物品は、なんと約半分を占めていたのだから。

 

「はっはっは、いやぁリュウも色々と大変なようですねぇ」

 

 と、何故か部屋の隅っこにいつの間にか居るのはアルビレオ・イマだ。どこの段階から見てたのかはわからないが、やけに楽しそうにお茶を飲みながら観戦している。リュウはナギとアルを起こしてはいない。一体どこから嗅ぎつけたのかは全くの不明だ。その神出鬼没ぶりは格好の突っ込みポイントだが、生憎今のリュウにそんな余裕はない。ちなみにナギは部屋で盛大に爆睡中の筈である。

 

「あのですね、チームを組んでいるとは言っても、個人的な買い物くらいは各自のポケットマネーで済ませて頂きたいんですよ! 大体こんな風に修繕費の中に請求書を紛れこませるなんてセコイ真似を皆さんみたいな大の大人が……」

「……」

「……」

「……」

 

 そのままいつぞや妖精達に見せた様な、くどくて長い説教モードへとリュウはフォームチェンジ。気付けば十分、二十分とどんどん時間が経過していっている。……にもかかわらず、リュウの説教の暴風は止む気配を見せない所か強まる一方。次々と繰り出される鋭い言葉のナイフがグサグサと胸に突き刺さり、耳が痛いと炎の吐息の面子は(一部を除いて)反省しきりなようだ。

 

「全く、皆さんもう少しゼノさんを見習ってですね……」

 

 ここでリュウは唯一槍玉に挙げていない人物、ゼノを引き合いに出した。ゼノだけは、そういった個人的な買い物はなかったのだ。まぁ正しくは、請求書の中にそれらしい買い物の痕跡はなかった、というだけの事だが。

 

「……リュウ、もうそれくらいにしておきませんか」

 

 と、ちょうど自分の名前が出たからか、件の無欲な銀髪メガネ美人さんから説教モードのリュウに、宥めるような言葉が飛んだ。その瞬間他の面子の緊張が緩んだのには、リュウは気付かない。

 

「まだもう少し言い足りないんですけど」

「あなたの気持ちは良くわかりますが…………それより実は、もう一つあなたに渡すものがあったのです。……先にそれを受け取っては貰えませんか?」

「……なんですか?」

 

 ちょっと強引に話の主導権を握ると、ゼノは脇に置いてあった物体をごそごそし始めた。どうせまた請求書か何かなんじゃないの? と、やけっぱち気味だったリュウの前にゼノが取り出したのは、細く長い箱だ。妙に気合の入った造りをしていて、持ってみると思ったよりも軽い。

 

「……これは?」

「取り敢えず、開けてみてください」

「?」

 

 箱をテーブルの上に置き、パカッとその蓋を開けてみる。するとその中にあったのは――――

 

「……釣り竿……?」

 

 入っていたのは紛う事なき一本の釣り竿だった。一見すると装飾の少ない無機質なデザインだが、リュウはどうしてかそれに目を奪われる。気が付くと、吸い寄せられるようにその手に取っていた。

 

(軽い……)

 

 まるで重さを感じない。しかし不思議と竿の強度を疑う気持ちは湧かない。手に吸い付くような一体感。過ぎる程にしなやかで、それでいて強い。もしこの竿を使ったとしたら、魚の呼吸さえも手に取るようにわかる気がする。釣り好きのリュウをして、一目でそう実感させるほどの魅力ある釣り竿。今ドラゴンズ・ティアに入っている以前日本で買った大量生産品とは、明らかにレベルが違う。

 

「それは知る人ぞ知る釣りの名匠、“ギョシル”が作製したとされる幻の一振り、“匠の竿”。“あなたの為”に用意しておいた、私達全員からのささやかなプレゼントです」

「え……マジ……ですか……?」

 

 思い掛けない言葉に反応して、釣り竿に釘付けだった顔を上げるリュウ。周りを見渡すと、仲間達は皆そうそう、とばかりにゼノの言葉に頷いて同意を示していた。“あなたの為”という部分がやたら強調されていた気もするが、今のリュウにはそんな事はどうでもいい。

 

「確かに、あなたの言う通り皆少々羽目を外してしまったきらいがあります。ですが私達は、何もあなたに全てを押し付けるつもりはないのですよ。この釣り竿は、そう思わせてしまった私達からあなたへのお詫びの証として、受け取って貰えませんか」

「……」

 

 ゼノから口八丁に二の矢三の矢を飛ばされて、リュウの心は盛大にグラついた。というか、もうこの時点で勝負ありだった。根は割と素直なリュウである。今までの態度の原因の一つである“徹夜した事による変なテンション”が思いっきり逆方向に作用し、まさか俺の為にこんなサプライズがあるだなんて……と、事の他感動してしまっていたのだ。

 

「…………ごめんなさい、俺が間違ってました!」

 

 即座にリュウは皆に向かって、正直に頭を下げた。それはもうテーブルに擦りつけんばかりの勢いだ。心中「自分だけのけ者かよ」とやっかんでいたのが、途端に恥ずかしくなったのもある。俺はこんなに思ってくれていた皆に何て事をと、申し訳ない気持ちで一杯になっていた。尤も、先程までの説教の内容は決して間違ってはいないのだが。

 

「いいのですよリュウ。顔を上げてください。私達は、仲間ではないですか」

「……ゼノさん……」

 

 そう言うゼノは、普段の彼女なら見せないような優しげな笑顔だった。勿論、リュウの仲間達も皆、笑顔だった。はて、自分は何に対して怒っていたのだろうか。何だかそういうのはどうでもいいや、とリュウの怒りは無事に収まっていき、こうして早朝のスイマー城に、どこか微妙にズレた絆が生まれたのだった。

 

 ……さて、かなり強引にリュウを丸め込んだゼノであるが、事実は勿論違う。

 

 実は経費扱いにしようとした買い物の内、皆だけというのでは流石にまずかろうと考えたゼノは、念のためにリュウの分として“匠の竿”をあらかじめ調達していたのだ。ただ、昨夜リュウの部屋を訪ねた際には渡すのをうっかり忘れてしまっていたので、今朝召集を掛けられた時、ちょうどいいからとこの場に持って来ていたに過ぎない。

 

 ところが請求書の件でリュウの怒りが見事に爆発してしまったため、咄嗟に“全員からのプレゼント”という名目にして渡し、上手く場を丸く治めようと思いついたのだった。勿論他の面子と事前に打ち合わせなどは全くしていない。だからゼノは、リュウが釣り竿に目を奪われていた隙に仲間達へ“今から自分に合わせろ”とアイコンタクトを送り、わざとらしく“あなたの為”と強調したセリフを言ったという訳であった。

 

 徹夜のせいで判断力が鈍り、元々こういう人情攻撃に非常に弱いリュウは、あっさりそれに引っ掛かった。というのが事の真相である。流石にトリニティの隊長を勤めていた苦労人だけあって、早めに切り上げさせようとするこの手の気転は十八番という訳だ。

 

 ちなみにゼノは何も買っていないとリュウは思っているが、実はちゃっかり自分も欲しかった紫音剣用の“高級砥石”や練習するための“魔法発動体ブレスレット”なんかを購入している。尤もそれらは細かく分けて“雑費”として計上しているので抜け目がない。“匠の竿”の代金も、実は巧妙に工事費等の金額に上乗せされており、遠回しに「受け取ったからにはリュウも共犯という事で」という意味もあったりするのだ。

 

「いやいや、釣り竿だけに釣られたのはリュウ本人だったというわけですね」

「……うめぇ事言うねぇ兄さん」

 

 リュウのポーチに入っていた筈なのに、いつの間にかアルの傍で同じようにお茶を啜って傍観者になっていたボッシュは、自分の相棒と仲間達のそんなやり取りを乾いた笑いで見ていたのだった。

 

「えー、そういう訳で改めまして……」

 

 こほんと咳払いを一つして、ちょっと恥ずかしげにリュウは仕切り直す。何となく良いお話的に纏まった感のある早朝緊急会議であるが、その実何一つ問題が解決していないという事に気付いたのは、割とすぐだった。借金は依然として存在しているのだ。

 

「とにかく、俺達は何とかして短期で金を稼がなければなりません」

 

 よくよく考えてみれば、まぁなんとも情けない議題だ。借金返済。せめてもう少し希望に満ちた議題だったら良いのにと思うリュウだが、困窮したままでは今後の活動も何もないから仕方ない。金という物はいつでもどこでも、そこが人間社会である限り必ず付いて回るモノなのだ。

 

「どなたか……何か良いアイデアはないでしょうか」

 

 全てを自分だけで背負う事はない。自分達は苦労を分かち合う一つのチームじゃないかと、たった今認識し合ったばかりだ。ならばそう、三人寄らば文殊の知恵。それなら十二人寄れば必ず良い知恵が出るはずだという希望を胸に、リュウは皆へ向けて良い金策の手段はないかと問い掛けてみた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 が、どこからも色の良い返事は帰ってこない。まぁそれはそうだ。たった一週間で八十四万用意しろなんてのは、どう考えても無茶である。そんな方法が簡単に見つかるようなら、魔法世界に住む誰もが今頃大金持ちになっているか、もしくは未曾有のハイパーインフレでも発生しているかの二者択一だ。

 

「……」

 

 時折誰かの小さく唸る声や、どこかのカエルさんの暢気なイビキが木霊す会議室の中。段々手詰まりなのかも、という絶望的な閉塞感が広がっていく。だがその空気が広がりきる瀬戸際にて、長い沈黙を破って挙手したのはまたしてもゼノだった。

 

「一応、その……一つ案があるには……あったのですが……」

 

 流石ゼノさん! と思ったリュウだが、今度はそう易々とは問屋が卸さない。ゼノが言う案とは、とあるモンスターを捕まえる事だった。そのモンスターは手強く、以前トリニティも捕獲に向かった事があったのだが、一匹も捕まえられずに大損を被ってしまったという曰くつきの相手。しかしリュウの強さを持ってすれば何とかなると思った、と彼女は語る。

 

「ねぇ、そのモンスターってどんなヤツなの?」

「それは……コレです」

 

 リンプーの質問に、ゼノはぴらっと一枚の紙を取り出した。そこには何か卵そっくりの物体に小さな足が生えたようなモノが集団で居る絵と、奇妙な虫の絵が描かれていた。不思議な事に、両方とも金色に塗られている。

 

「これは魔物の一種で、上が“金のたまご”。下が“カナクイ”と言います」

「むぅ……それはもしや……」

「知ってんのかおっさん」

「うむ……以前どこかで耳にした事がある。何でもそれらの魔物は、身体が“金”で出来ているとか」

 

 耳にするやガタンッ! と勢いよく椅子を倒してリュウは立ち上がった。言われてみれば、それらの魔物は昔の記憶の中にある様な気がする。ガーランドのセリフから、リュウはゼノが何を考えているのか瞬時に悟った。要は、そいつらをリュウの力でもって大量に捕獲しようと言う話な訳だ。

 

「なるほどわかりました。早速行きましょう! どこにいるんですかそいつらは!」

「いえその……私もそうするつもり……だったのです。が……」

「……何か、問題でも?」

「それが……」

 

 次に出たゼノの言葉を聞き、リュウはムクトの岩壁へ行って帰ってくるのに時間を食った事を大いに後悔した。何とそのモンスターが生息する場所は、リュウ達が今居る場所の丁度反対側との事。分かりやすく言えば日本とブラジルのような位置関係らしい。勿論ここは魔法世界で、その地域は飛行機や飛行船なんて便利なモノが通ってはいない。だからスイマー城から向かうとしたら、何と最短でも一週間はかかるというのだ。

 

「マジすか……」

「はーんなるほど。だから相棒が帰って来た時に、連絡寄こせって文句言ってた訳か」

「……」

 

 帰ってくるのにはフェアリドロップを使えるが、それでも行きだけで返済期限を過ぎてしまう。その上捕まえる為の滞在時間を考慮するとこの案は完璧に不可能だ。ゼノはしっかりと借金の対策を考えていたのだが、リュウの帰還が遅くておじゃんになってしまったという訳である。

 

「……」

 

 突き刺さる視線を痛々しく感じながら、リュウは他に良い案はありませんかと皆に発言を促す。その後タペタの実家のエカル氏に頼っては、という案や、ドラゴンズ・ティアに収納されている“盗賊の魂”を売却してはどうかという案も出た。

 

 しかし前者は人としてそこまで迷惑は掛けられない、という常識的判断でボツ。後者はこんな物騒な代物を市場に流出させたらとんでもない事が起こるに決まってる、という事でボツ。それ以上短期でお金を稼ぐ良い案は出てこず、煮詰まりを感じたリュウはそこで会議の終了を宣言した。ゾロゾロとその場を後にする皆の背を見送り、こうなったら自分はリーダーとしてどうするべきかと、リュウは渋々ながら一つの結論を出したのだった。

 

 

 

 

「ここですかゼノさん?」

「ええ、この街に住む商人に、私達は資材の調達を頼んだのです」

 

 午後になって、リュウはゼノに頼んで修理に使った資材やあの嗜好品などを用立てて貰ったという商人の居る街を訪れていた。そこはメガロメセンブリアの西にある小さな街で、名を“シェド”と言う。スイマー城からもそれほど離れてはおらず、商売が盛んで活気に溢れた街である。ワイワイガヤガヤと非常に賑わっており、初めて来た者は露店などの多さにゴチャゴチャし過ぎ! という印象を持つ者も多い。

 

「で、なんで兄さんは付いてきたんでぇ?」

「おや、いけませんか?」

「いや悪かねぇけどよ」

 

 リュウにくっついてきた面子はいつものボッシュ。道案内を頼まれたゼノ。暇つぶしリンプー。同じく暇つぶしサイアス。そして何故かのアルビレオ・イマだ。

 

「ふふふ、実は今朝の話し合いの始末を、リュウがどう着けるのか気になってしまいましてね」

「……」

 

 アルからすれば完璧に他人事なので、存分に面白がっているのが気配だけでわかる。しかしもうリュウは慣れたモノなので、その事は華麗にスルーだ。ちなみにナギは、「金の事なんざわかんねー」と言って付いては来なかった。

 

「リュウ、実は恥ずかしい話ですが、その商人のセールストークが余りに上手くてその……」

「そ、そーなんだよね、あたしも含めてみんな簡単にその気にさせられちゃってさー。ホントごめん」

「なるほど、そういう事だったんですか」

 

 良く考えたらカタブツ代表のような性格であるガーランドやアースラまでもが、ああも簡単に余計な物を買わされる筈がない。妙だなーとは思っていたリュウだが、どうやらその原因は売り込んだ商人にあるらしい。ちなみにそのガーランドらはリュウの変なノリによる説教がガツンと効いてしまったらしく、心身を鍛え直そうと城の周辺で自発的に修業を行っている。

 

「あそこが、その商人の屋敷です」

「流石に結構おっきい家だね」

「金……持ち……」

「……」

 

 ごちゃごちゃした街並みの中で、一際目立つ大きな屋敷。それなりに派手で、道行く人々の目を確実に引きそうな成金趣味全開の建物を、ゼノは指差した。

 

「おやリュウ、どうしました。顔色が優れないようですが?」

「いや……」

 

 屋敷を見て、見るからに自分とは話が合わなそう、とリュウは会ってもいないその商人に評価を下す。あの仲間達に物怖じせずに売り込み出来る程の手強い商人が、この先に居るわけだ。話を聞く限り、間違いなく相手はやり手の辣腕営業マンなのであろう。ぶっちゃけリュウとしては非常に苦手なタイプなのだ。

 

「気が重いけど……頑張りますかね」

「おうよ」

 

 沈む気持ちを何とか持ち堪え、リュウはリーダーとしての職務を全うすべく、その豪華な建物の呼び鈴を鳴らすのだった。

 

 

 

 

「ほな、お金返せへんって事ですかいな」

「いえあの……少しだけで良いので返済期限を延ばして頂けないかと……」

 

 屋敷の玄関にて、まさに今出掛けようとしていたらしい件の商人と、たまたま運良くリュウは面会する事が出来ていた。そのリュウは今、必死に頭を下げている。結局彼が選んだ方法とは何の事はない、責任者として謝り倒し、何とかして返済期限を延ばして貰おうという単純な手段であった。

 

(何か俺って最近謝ってばっかりな気がする……)

 

 そんな近々の自分がしてきた事を振り返って、現実逃避したくなるリュウ。しかし一週間以内に出来る良い金稼ぎの手が思い浮かばなかったのだから、これはもう仕方がない。もう少し日程を延ばして貰えさえすれば、ゼノの言っていた方法で何とか資金を工面する事が出来るかもしれないのだ。

 

「タダで期限延ばして、それでわいに何の見返りがあるんや?」

 

 プハァ、と斜め宙空に向かって紫煙を吐き出す商人。見た目から種族は、マニーロ達と同様の海人である事がわかる。しかし纏っている雰囲気そのものは、どこか愛嬌のあったマニーロ達とは大いに違っていた。葉巻を吹かし、ナポレオンハットを被り、豪華な服を纏い、ギラリと非常に貪欲そうな目をしている。まさにふてぶてしさが服を着ていると言っても過言ではない容姿だ。

 

「……それは……その……とにかくお願いします……!」

「話にならんわ。わいもそう暇やないんでな。これで失礼させて貰います」

「ちょ……待ってくださいマーロックさん!」

 

 全く持って聞く耳持たず。座右の銘、時は金なりを地で行く商人マーロックは、リュウを蔑んだ目で一瞥してから関心を無くしたように玄関から出て行こうとしていた。

 

「これ以上あんたらと話しとっても時間の無駄ですわ。貸した金は六日後、全額耳を揃えて返してもらいますよって」

「……」

 

 何でこんなゴウツクバリに頭下げなきゃならんのじゃ! と段々腹立たしく思えてくるリュウだが、もしもここで暴力に訴えでもしたら、ますます自分達の立場を悪くさせるだけだ。我慢我慢と念仏のように心の中で唱え、何とか必死に追い縋ろうとする。

 

「……ん?」

 

 と、リュウの仲間とも視線すら合わそうとせず、スタスタと歩き去ろうとするマーロック。だがその最後尾に居た一人の男の前まで来て、何故かピタリと足を止めた。

 

「…………失礼ですが、そちらさんは“紅き翼”のモンですな?」

「おやこれはどうも、良く御存じですね」

 

 値踏みするような眼差しを向けるマーロックに対し、いつもの胡散臭い笑顔を貼り付けたままのアルは、そうにこやかに答えた。

 

「わいらの商売は情報が命やからな。しかし何で“紅き翼”のアンタが、こないな素姓の知れん連中と一緒に居るんや?」

(……俺も紅き翼の一員なのに……)

 

 単独行動時にナギやアルはそれぞれ色々とやらかしていたようで、魔法世界のそれなりに通な人には、名前が知られるくらいになっているらしい。リュウは大武会でも偽名を使ったりとその辺に無頓着であったので、あまり周知されていないようだ。尤も、情報が命だったらそれくらい知ってろよ! というリュウの心の中での突っ込みには念話でボッシュも静かに同意している。

 

「私が一緒に居るのはそうですねぇ……特にこれと言った理由がある訳ではありませんが……まぁ強いてあげるとしたら、彼らは私達の愛すべきライバル……になる予定だからですかね」

 

 マーロックからの質問を受けて、アルは思わせぶりにそう答えた。チラリとリュウだけでなくゼノやリンプーの方を見てニヤリと笑い、その反応を伺っている。本気で言っているのかわからないけど、何か言い方が気持ち悪い……と思ったのは、ボーっとしているサイアス以外の面子である。

 

「ほ、ライバルとはまた……」

 

 アルの冗談めかした回答をマーロックは疑っていないのか、値踏みするような目で改めてリュウ達の方を見た。その視線は「どう見てもライバルとして釣り合ってないな」と言っている様にリュウには見える。

 

「そこまで言うなら当然、アンタ達は戦ってみたっちゅう訳ですな?」

「いえそれはまだ。……ですが、そう遠くない内に本格的に一戦交える事もあるかもしれませんねぇ」

「……」

 

 ふふふとリュウの方を見ながら笑うアルは、どういうリアクションを取ってくれるのか楽しみで仕方がないようだ。まぁ確かにいつかはやるのかも知れないけど、今の俺らじゃどう頑張っても勝てないよ……と、あまり気が乗らないリュウはアルの期待通り、面白渋い顔をしている。

 

「……さよか」

 

 のらりくらりとしたアルの答弁を受けたマーロックは、一瞬だけ目を閉じた。その瞬間に、彼の頭の中で量子コンピュータも真っ青な速度で“とある計算”が行われた事には、恐らく誰も気付く事はないだろう。そしてマーロックは目を開けた後、ゆっくりとリュウの方へと振り返った。

 

「気が変わりましたわ。アンタ達への貸し、全額帳消しにさせてもらいます」

「え……!?」

「ウソッ、ホントに!?」

 

 突然の意趣返しに驚くリュウとリンプー。ゼノにサイアスもかなり本気で驚いている。本当かと尋ねるリュウ達の質問に、やはり頷きで返すマーロック。それを見てよくわかんないけどヤッター! とリンプーは声を上げようとしたが。

 

「ただし――――」

 

 すかさずマーロックは補足の条件文を付け加えた。一気にしーんとなるリュウ達一行。なるほど、やっぱり世の中そうそう美味しい話がある筈はない。一体どんな条件を付けて来る気だと、皆息を呑む。

 

「アンタ達と“紅き翼”の戦い。わいにプロデュースを任せてくれれば、の話しですが」

「!?」

 

 提示された条件は、リュウにとって想定の範囲外であった。てっきり何かモンスターを倒して来いだとか、盗賊に盗まれた物を取り返して来いだとか言われると思ったからだ。まさかマーロックが自分達と“紅き翼”との戦いに関して口を出してくるとは思ってもみなかった。

 

「それは……一体どういう意味ですか……?」

「アンタ達と“紅き翼”が戦う場所と時間のセッティングを、わいに仕切らせて欲しいと言うとるんや。そうですな、時間は今から約一ヶ月後。心配せんでもそれなりの場所はキッチリ確保したるで」

「一ヶ月……!?」

「これはこれは……妙な事になりましたね」

 

 予想外の展開に驚いたのはアルも同様なようで、珍しくその顔から笑みが消えていた。先程の近い内に一戦交えるかもしれない、という言葉はあくまで冗談のつもりだったのだ。

 

「さて、どうですかな?」

「……」

 

 この案を呑めばリュウ達の借金は帳消しになる。だがその代わり、一ヵ月後に問答無用でナギ達とバトルしなければならない訳だ。悩みかけたリュウだが、悠長な事を言っている余裕はないと理解している。もしもマーロックが気分を損ねて「やっぱ今のなしで」と言い出したら、本当にどうしようもなくなってしまうのだから。一週間で金を工面できる手段がなく、マーロックに返済期限を延ばす意思もない以上、リュウ達には条件を呑むしか道はない。

 

「……わかりました。俺達はいいですけど……」

 

 そう言ってリュウは、横目でアルを見た。こっちが良くてもあっちがそれで良いかはわからない。今ナギの代わりに紅き翼代表にされてしまっているアルがこの要求を突っぱねてしまえば、やはりそこで話は終わってしまう。するとリュウが大して迷う事なく条件を呑むと言った事に反応し、アルは再び微笑を取り戻していた。

 

「私達は構わないですよ。ナギなら恐らく今からでも良いと言うでしょうし。詠春は連絡を取れば大丈夫として……ではゼクトについては、それまでに私が責任を持って探しておきましょう」

「ほな決まりやな。詳しい日取りと場所は、追って連絡入れますわ」

「……」

 

 用件だけを手短に話し、素早く翻してマーロックはお付きを従え外へ出て行った。話の流れに追いつけていないリンプーやサイアスはキョトンとしている。そしてリュウも、別の意味で茫然としていた。

 

「……」

 

 これでもう後戻り出来なくなった。少なくとも今のままでは、自分らはナギ達にボロ負けする未来しかない。別に負けたからと言ってペナルティがあるわけではないが、一方的な展開になっては正直気分が良い物ではない。そうならない為には、一ヶ月で出来る所まで、自分を含めた“炎の吐息”は強くなる必要がある。頑張らねば。

 

「ふふふ、一ヵ月後ですか。楽しみにしていますよリュウ」

「……」

 

 もろもろの決意やらを固めてみたものの、このエセ笑顔に負けない所まで行くのは相当困難そうだという結論に回帰したリュウ。借金無くなったのは良いけどマジでどうしよう……と、その顔にどっと疲れの色を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 自前の魔法駆動車に乗り込んだマーロックは機嫌が良かった。先程のやり取りを思い出すと、ついつい口の端が緩んでしまう。あれほど愉快な取引は久しぶりだ。お付きの人間二人はどうして主人がそんなに上機嫌なのかわからず、少々困惑気味である。

 

「お前ら、わいが何であの条件付けてあいつらの借金取り消したかわかるか?」

 

 そんな付き人の様子に気づいたマーロックは、まるで試験を出すかのように、そう二人へ声を掛けた。

 

「いえ……さっぱり」

「あ、わかった! 見世物にして金を取るんですね!」

 

 片方は降参。もう片方は一応答えはしたが、それはマーロックの考えに少し掠っている程度の回答だ。どうもこいつらはあまり出来が良くない。僅かに機嫌を損ね、マーロックはフンと鼻を鳴らす。

 

「アホ。二十点やな。一般人なんか集めんでええ」

「で、では……?」

「一体……?」

 

 二人からの懇願を受け、マーロックは勿体ぶって見せる。

 

「……わからんか? “紅き翼”言うたら、悠久の風ん中でも破竹の勢いのチームや。あり得ん実績にメンバーも粒揃い。当然色んな国や組織からの注目度も鰻昇り。そんな連中が公の場で大々的に勝負すると宣伝したら、さてどれほどの大物が釣れるやろな?」

「!」

「そうか!」

「そや、その大物に、わいらの顔を売るんや。“紅き翼”の名前が、わいらじゃ手も足も出んような大物との橋渡しをしてくれるちゅう訳や。もしもそれでどこぞの偉いさんの御用達にでもなってみぃ。そん時にはこの貸しが、何倍何十倍にもなって帰ってくる。こんな破格のチャンス滅多にないで」

 

 マーロックは、そこから先の部分については口を噤んだ。“紅き翼”もそうだが“炎の吐息”とか言う連中も、その内何かやらかすかも知れん。恩を売っとくに越した事はないな、と。彼にしては珍しい直感とも言える非合理的な考えを、心の中でのみ追記して。

 

「なるほど……」

「流石はマーロック様……」

「……お前ら、ちっとは頭を使いなはれ」

 

 お付き二人にフンと呆れながらも、ギラリと獲物の匂いを嗅ぎつけた狼のように、マーロックの目は爛々と輝いていた。この彼の商売人としての目は、実に確かなモノであったのだろう。だがこの時、そのマーロックの目論見により、歓迎されない招かれざる客まで呼び寄せる事になろうとは、まだ誰も思っていなかったのだった。

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