1:対峙
リュウ達がサルディン地方へ修行に出てから一月が経過し……。
晴天。機械浜国立公園。AM10:00。だだっ広いだけで何もない広場の真ん中に、ぽつんと佇む四つの影があった。徐々に世間の目を集め始めている悠久の風所属の戦闘集団、“紅き翼”である。
「遅ぇな……」
「そうですねぇ。どうしたのでしょう」
リーダー、十一歳にして“
「ふーむ。あのリュウ君が約束の時間に何の理由もなく遅れるとは思えないのだが……」
「そうじゃな」
旧世界での修行を終えて駆けつけた若きサムライマスター、青山詠春。そしてアルがどうやってか探し出した無愛想で幼い容姿の老魔法使い、ゼクト。“紅き翼”メンバーである彼ら四人は、最後のメンバーであるリュウが新たに結成したチーム“炎の吐息”との対決の為、この場に集っていた。
「アル、今日の集合予定……何時っつったっけ?」
「その質問はこれで四回目ですが、午前九時にこの場所……の筈です」
「……もう一時間も過ぎてんぞ」
「そうですねぇ」
予定の時間を大幅にオーバーしているのに、リュウ達は一向にその姿を見せる気配がない。……折角修行の成果を存分に試せると思ったのに、この俺を待たすとはどういう了見だリュウのヤツ。いっそここからあの城まで飛んでって無理矢理連れてくるか。いやでも、それで入れ違いになったらさらに面倒だし。
そんな具合に、ナギは苛立っていた。他の三人はというとアルは特に心配していないのかいつも通りにのほほんと。詠春はリュウに何かあったのではと訝しみながら。ゼクトは相変わらずの無表情で。来るはずの対戦相手を求めて、ひたすらに待ち惚けをくらっていた。
所変わって、ナギ達の居る広場の端に設けられた一角。透明なガラスのような、幾重にも張られた対衝撃対魔法結界に守られた空間。ナギ達を中心に広場をあらゆる角度から見渡せる巨大な魔法スクリーンが展開されているそこは、この日のためにマーロックが用意した特別な観覧席である。
とある古き民の王族や長。経済界でも一二を争う大富豪。アリアドネー魔法騎士団総長。悠久の風最高責任者。果てはメガロメセンブリア元老院議員の肩書きを持つ超々VIP等々。魔法世界津々浦々の大物達が、マーロックの招待に応じて集まっていた。頑強な鎧を着た護衛の兵士がズラリと取り囲む、そうそうたる顔ぶれが居並ぶ様は、さながら小規模な
「まさか逃げた…………わけやないですやろな……」
その中にあって、食い入るように広場を見つめている海人の商人、マーロックは冷ややかだった。この日の為に今までの“紅き翼”の足跡を洗い出し、関わりのありそうな各所に働きかけ、安くはない額を投資してこの場所を抑え設備を整えたのだ。幸い目論見以上に多数の大物が集まってくれたおかげで、通常なら考えられない程のパイプを作る事が出来た。リュウ達の借金を帳消しにした事を加味しても、元を取る所かお釣りが来るくらいだ。
けれど、それとこれとはまた話が別だ。これで万が一“炎の吐息”不在のせいで何もせずに終了となったら、幾ら何でも不完全燃焼極まりない。もしこのまま来ないなら、今回のセッティングにかかった費用全てをリュウ達になすりつけて、全額払うまで地の果てまでも追いかけてやろうか……と、マーロックは内心で密かな算段を立てていた。
「……リュウが逃げる訳がねぇ。きっともう少しで来るはずだ」
「ええ、きっと来ます。来なければ……と言ってある事ですし」
イライラしているナギのせいで若干ぴりぴりした空気になっている広場の方では、四人とも腰を下ろしての雑談が進んでいた。その中でアルの含みを持たせた発言に、妙な引っ掛かりを覚えたのは詠春だ。
「……アルお前、まさかリュウ君を脅したんじゃないだろうな」
「おや脅したとは人聞きの悪い。私はただ、負けた方が罰ゲームをしましょうと提案しただけですよ。勿論来なければ、リュウ達の不戦敗と言う事になりますが」
「ほう……それなら心配は要らぬな。リュウは必ず来るであろう」
「……お前な、それを脅しって言うんだよ」
それからさらに数十分。広場の周囲に遮蔽物などは一切無い。基本的に三百六十度パノラマで見渡せる訳だが、未だ人影一つ見えてこない。いつまで待たせるつもりだ、と来賓席でも不穏な空気が漂いだした頃、痺れを切らせたマーロックはナギ達の元に通信を送った。
『“紅き翼”のあなた方には申し訳ないですが、これ以上待つようですと今日はもう……』
ナギ達の前にヴォンと出現した平面画像。映し出されているのは仏頂面の海人顔。仕方ないから取りやめに……と、マーロックがそこまで言い掛けた時、突然何かに反応したようにナギが立ち上がった。
「……おいおっさん。あいつら、やっと来たみたいだぜ」
『来た? …………どこに?』
ナギが反応したのに続き、他三人も立ち上がった。釣られてマーロックも周囲を見渡してみたが、相変わらず人影は全くないように見える。映像の向こうでキョロキョロしているマーロックを見かねたナギは、やれやれと溜め息混じりにアドバイスを送った。
「おいおいどこ見てんだおっさん。あっちだよ」
『?』
そう言ってナギがくいっと指を差した方向は……上。
『あ……』
次の瞬間ヒュゥゥゥ……と言う風切り音の後に盛大な爆音を響かせて、ナギ達の前方数十メートル周辺に次々と多数の何かが降り注いだ。相当な高さからだったのだろう。着地の衝撃で濛々と土煙が舞い上がっている。
「けほっ……くっそぉディースさんめ! どうしてこう土壇場でミスんだよもー!」
「気持ちはわかるがよ、俺っち達にも悪ぃ部分あるぜ相棒」
ナギ達の耳に届く、非常に聞き覚えのある子供の声。誰かに向けて文句を言っているらしく、どこか投げ遣り気味な言い方だ。
「最速で来れたんだから文句言うんじゃないよ……とマスターは言ってます」
「よいしょっと! ねぇ――、大丈夫だった? 怖くなかった?」
「はい、大丈夫ですリンプーさん。私、高い所ってクラクラして結構好きなんです」
そして子供の声の他にも何か篭ったような奇妙な声や、女の子同士の会話のようなものまでがナギ達の耳に聞こえてきた。土煙の向こうに徐々に浮かび上がってくる“それら”の影の数は、全部で十二……ではない。よく見ると、影の数はそれよりも少し多い。
「ほう、壮観じゃの」
「あれがリュウ君が作ったというチームか」
「遅ぇじゃねぇかよ! リュウ!!」
詠春やゼクトをして、只者ではないと一目で認識させる影の大きさは大小様々だ。つい一分前までナギの顔に張り付いていた不満気な表情は影を潜め、代わりに実年齢よりも若干大人びた不適な笑みが浮かんでいる。
「あー、うん。遅れてごめん。ちょっと……ほんっっっとに色々あったもんで……」
サァッと撫でる様に風が吹き、舞い上がった土煙が掻き消される。そうしてどこか申し訳なさそうなリュウを初めとした“炎の吐息”の面々が、満を持してその姿を表した。皆、表情そのものは落ち着いている。これから最強の敵と戦うというのに、立ち振る舞いのどこにも気負うような空気を感じさせない。まさに、威風堂々。
「……ん?」
ナギは、そのリュウ達の姿に違和感を覚えた。見た事の無いヤツが二人程混じっていたからだ。あの二人は一体誰だ。片方はどこかで見た事あるような気がするが、もう片方は全くわからない。少なくとも、自分がスイマー城に滞在していた時には居なかったはず。
そんなナギの疑問への答え。その謎の人物二人と、ついでにリュウ達がどうして遅れたのかを知るには、これより一日半だけ時を遡らねばならない。
*
対戦日の前々日。深夜。
「……」
「あたし達……よく生きてたよね……」
メガロメセンブリアから北へしばし行った所にある、豊かな湖のほとり。雄大に聳えるスイマー城の裏手に、並び立つ十二の人影。この城の主、“炎の吐息”の一行である。現在の彼らの見た目はそう、まるで闇夜を徘徊するゾンビか何か。ポツリと漏れ出たリンプーの一言は、心の底から今自らの生があるという事に感謝した言葉だった。ドヴァーの下での一ヶ月は、修行と呼ぶにはあまりにも過酷なモノだったのだ。
『実戦に勝る修行無し!』
それがドヴァーの基本方針。
まず、気配察知や気・魔力のコントロール等の基礎中の基礎が出来ていない者は、戦いの中で完璧に習得するまで少人数での列島越えを課せられた。ドヴァーが自分と修行をするなら、それが必要絶対条件であると頑なに譲らなかったのだ。
一応問題なくリュウ達は全員その資格を得るに至ったわけだが。しかしリンプーやランドのような特に気や魔力を意識した事のない面子にとっては、ゼロから習得するまで延々と列島越えを繰り返させられるという、それはもう非常に非情な苦行なのであった。
けれどそんな苦行も、ドヴァーの前ではただの準備体操に等しい。その後に控える真の地獄への門をくぐる権利を得たに過ぎない。そして条件を満たしたリュウ達は、女だろうが子供だろうが容赦なく滅殺の拳を叩き込む鬼神のような
意識を失って綺麗なお花畑に招かれる。さらにその先を流れる川を渡りそうになる。という経験は、リュウを含めたメンバー全員片手の指では数え足りない。生き残る事が出来たのは、第一に死線を薄皮一枚で越えない神業的手加減を加えていたドヴァーの技量。そして第二に回復需要が多すぎて、嫌でも上達するしかなかったリュウを筆頭とする治癒魔法部隊による所が大きい。
とにかくそうしてリュウ達は互いに助け合い励まし合い鍛錬修練切磋琢磨の末。一ヶ月という短い期間にも関わらず、一人も欠けずにドヴァーが提示した“修行の最低修了条件”を踏み越えるに至ったのだった。
『うぬらの拳、我が境地に程遠し!(要約・修行するならまたいつでも来い)』
というドヴァーからのありがたいようなありがたくないような言葉を貰い、何とか修行を終えたリュウ達は、ボロ雑巾のようなゾンビ状態でスイマー城まで帰って来たという訳である。もうあと一日半後には、対紅き翼戦が待っている。とにかく体を休める事が最重要事項だ。深夜なので足音も立てずに城の裏口から中へと入るとリュウ達は皆、自分の部屋で泥のように深く眠るのだった。
翌日。日時的には対戦日の前日。既に日が傾いた状態で睡眠時間が十五、六時間を超えるかどうかという所で、リュウ達は起きた。正確には眠っていた所を妖精達に起こされていた。「知らない間にリュウのヒト達が帰ってきてるよぅ!」と、妖精リーダーに報告した部屋掃除担当妖精。通報を受けた妖精リーダー三人が、見て貰いたい物があるから全員起こせ、と伝令を出したのだ。
「もー……何? 俺らまだまだ眠いんだけど……」
「いいから、一旦リュウのヒト達はみんな外に出て欲しいのよぅ!」
「それで出る時は、絶対に裏口からにして欲しいよぅ!」
「農場とか凄いから一通り見てきて貰って、そしたら今度は正面から入ってきて欲しいのよぅ!」
「??」
何だかよくわからない注文をされ、リュウ達は言われた通りに裏口から外へ出てみる。そして、そこに広がる景色に一行は驚いた。
「おいおい、畑が随分広くなってんじゃねーか」
「旦那、あっちに果樹園みたいなのが」
「……す……凄い……」
ボロ雑巾状態から復活したリュウ達が妖精達に見せられたのは、スイマー城周辺の見事な開拓ぶりであった。戻って来た直後は夜で暗かったのと、とにかく眠たかったので気付けなかったらしい。城周囲の妖精農場(仮)が、大幅にその規模を拡大していたのだ。
「ふむ……見事、としか言い様がないな」
「愉快だねぇ……」
広大な畑には、瑞々しい菜っ葉や小麦の類が規則正しく並んでいる。少し遠くに目をやると、果物らしき実をごろごろ生らせた木がこれまた規則正しく植えられている。細かな水路もしっかりと整備され、自給自足体制が磐石なものになりつつあると一目で分かる。
「まさか、あの妖精達がこれほどしっかり動けるとはな……」
「驚きよねー」
感心しているアースラとモモ。そんな二人の言葉を小耳に挟み、リュウはうんうんと親のような気持ちで感慨深く頷いていた。
「それはそうとリュウ。予定では確か明日が約束の日……ですよね」
「そうです。なので、今日も城でゆっくり休みましょう」
「明日かぁ。あたし達、やるだけやったよね」
「ええ。俺達はあの地獄を生き抜いたんですから、そこは自信持っても大丈夫かと」
思えば明日“紅き翼”と戦う為だけに、あの“
「……。なぁにこれ……」
「こ、こいつぁいってぇ……?」
そこは一面、ファンシー一色で埋め尽くされていた。荘厳な雰囲気だった筈のスイマー城のホールは、その面影を微塵も感じさせない姿へと変貌していたのだ。まず目を引いたのは綺麗に並べられたテーブルに椅子。よく見れば二人掛け用から大人数用まで用途別に揃えられている。
「ねぇリュウ、これってどゆこと? どうなってんの?」
「いや俺に聞かれても……」
それぞれの卓にはしっかりとアイロン掛けされたテーブルクロスが掛けられ、色取り取りの花がセンス良く飾られている。さらには小洒落た照明が高い天井からいくつも吊り下げられ、柔らかな明かりがホール全体を満たしていた。言うなれば“趣味でやってるこだわりの小料理店”とでも形容するべきか。その内装にリュウもボッシュも絶句。ついでに仲間達も狐に摘まれた様に目を白黒させているようだ。
「いらっしゃいませよぅ!」
「お客様第一号はリュウのヒト達よぅ!」
「いいからとっとと席に着けよぅ!」
元気よく聞こえた声に、ハッと正気を取り戻すリュウ達。そこにはピシッと横一列に並んだ妖精達が、眩しい笑顔でリュウ達を出迎えていた。中央の妖精リーダー三人だけが一際大きなコック帽を被り、皆でお揃いのエプロンを身に着けている。
「これ……どういう事?」
「私達、お料理のお店を出す事にしたのよぅ!」
「リュウのヒトがくれたレシピは全部バッチリ習得済みよぅ!」
「ちゃーんとリュウのヒトの親分にも許可貰ってるから問題ない筈よぅ!」
「……親分?」
お店なんて自分は許可してないのに。それに俺の親分て誰だよ? とリュウが首を捻ったその時、奥にある階段から誰かが降りて来る音が聞こえてきた。と言っても普通の足音とは違う。シュルシュルと何かが這うような音が。
「あたしさリュウちゃん。んもう、帰ってくるの遅いよ」
「ディースさん!? ていうか何ですかその格好は!?」
妖精達から親分と慕われていたのは、何を隠そう大魔導士。まだ居ついてたんだ、というリュウのさり気に酷い心の突っ込みはさておいて。降りて来たディースは何故か胸元が大胆に開いたチャイナドレスを着ていた。さらに髪をアップにし、薄い赤のアイシャドーを引いて、花魁キセルを吹かす真似事までしている。大人の色気を存分に振りまいた、実にけしからんデンジャラスな格好だ。スリットから除く蛇の下半身が何とも艶かしい。
「ふふん、どうだい似合うだろう?」
「いえまぁ確かに似合ってますけど……って、それよりこれどういう事ですか?」
「いやー、ねぇ。どうもこうもほら、このコ達が折角上達してきた料理を誰かに食べさせたいって言うもんだからさ。その願いを叶えてあげたいな、って思っちゃったのよねぇ。あたしとしてはその気持ちすっごい良く分かるし。あ、別に暇だったからとかそういう訳じゃないのよ」
(暇だったのか……)
つまりは城にずっと居たディースの暇潰し。リュウ達が居ないのを良い事に、我が物顔のディースが好き放題このホールを改造していたと言う訳だ。ちょっとリュウ達が目を離した隙に、スイマー城の影の支配者として妖精達の親玉に君臨しているディースだった。
「ま、そういう訳さね」
「そういうわけよぅ!」
「とりあえず、リュウのヒト達はそっちの席に座ってよぅ!」
「オーダー! 十二人前のフルコースよぅ!」
無理やり大きなテーブルへと座らされるリュウ達。ウェイトレス役らしいリーダー妖精の一人から威勢の良いオーダーが飛び、伝言ゲームのように厨房の方へと伝達されていく。
「まぁ、腹は確かに減ってるけど……」
「ここは一つあいつらのお手並み拝見と行こうぜ相棒」
ここまでされてスルーするのも悪いか、という事でリュウ達全員の意見が一致。広いテーブルの椅子に着席して大人しく待つ。しばらくすると、あの“おこげ”だらけだった妖精達が作ったとは思えない、本格的な料理の数々が続々と運ばれてきた。
「さぁ、冷めない内にどーぞよぅ」
「絶対絶対美味しいはずよぅ!」
「是非とも忌憚なき感想を聞かせて欲しいよぅ」
「……」
テーブルの上に所狭しと並べられた豪勢な料理の数々は、以前にリュウが作った物と見た目ほとんど変わらない。出来立てほやほやの食欲をそそる匂いが、湯気に乗ってふわっと香り立つ。けれど、リュウの手はなかなかそこには伸びなかった。“ディースが親分として慕われていた”という一点にして十分すぎる理由が、リュウに物凄い警戒感を与えていたのだ。
「それじゃ、いっただっきまーす!!」
「!」
しかしそんなリュウの心配事は露知らず、空腹腹ペコ虎娘。取り分けた唐揚げ料理をイの一番にその口へと放り込み……
「!! おーーいしーーーーー!!!」
……絶賛の声がスイマー城に響き渡った。実は微妙に二の足を踏んでいた他の面子も、リンプーの様子を目にして次々に料理を口へと運んでみる。
「これは…………美味いな」
「ホントねー、何食べても美味しい……」
「……」
堅物のガーランドもいつもぽやっとしているモモも、料理の美味しさに顔が綻びだしている。そんな周りの様子を見ていたリュウは、意を決してリンプーと同じ唐揚げを一口食べてみて……驚いた。自分が作った物と全く遜色なく、妖精達の料理は本当に美味だったのだ。それまでの懸念は、どうやら取り越し苦労だったらしい。
「ンまい……」
「こりゃおったまげたなぁ……」
お世辞などではない、完璧に素の感想を口にするリュウとボッシュ。その言葉をしっかりと聞き取った妖精リーダー達は、満面の笑みを浮かべていぇーいとハイタッチしている。
「いやでもホント美味い……よくここまで出来たね」
「全部リュウのヒトのおかげよぅ」
「レシピをしっかり覚えるまで、聞くも涙語るも涙のお料理修行の賜物よぅ!」
「映画なら三部作、単行本なら十四巻くらいの壮大な修行秘話よぅ」
「……」
どこかで聞いたような事を口にする妖精達。よく見ればそこに居るほとんどの妖精達が、指先に大なり小なり絆創膏を貼っている。確かな努力の証拠だ。
「お店の名前もみんなで考えて、もう決まってるのよぅ」
「へー。ちなみに何ていうの?」
「その名も、【魅惑の妖精亭】よぅ! これ以上ないぴったりなネーミングだと思うよぅ!」
「……」
「勿論ゆくゆくは全国チェーン展開、目標千三百二十七件!」
「千人乗ってもだいじょーぶな素敵なお店よぅ!」
「あー、うん……まぁいいんじゃない」
何だか色々アウトな気がしたが、料理が美味しかったのでリュウは気にする事をやめた。このホールも綺麗にしたが使い道がなくて持て余していた訳であるし、妖精達の店というのが上手くいけば、それはそれで恒久的な収入源になる。
それに自分達の修行と同様、努力の結果がこうして実を結んだという事を、素直に応援したい気持ちもリュウにはあった。打算も含まれているが店を出すと言うのは意外と悪い案でもないか、と柔軟に受け取る事にする。そういうワケで遠慮なく目の前の料理にがっつこうとするリュウ。しかしディースがそれに待ったをかけた。
「おっとごめんリュウちゃん。食べる前にちょっとさ、あたしからリュウちゃんにオ・ト・ナ、なお話があるんだけどナー?」
「……」
ピキーンと、リュウの直感が冴え渡る。ディースが何を言わんとしているのか、瞬時に読み取った。
「……お幾らですか?」
「さっすが、話が早くて助かるわー。まぁ見ての通り色々と入り用だったのよ。……んーと、全部で十万ドラクマなんだけど」
「……わかりました。それくらいなら出しますよ」
「いやー、悪いわねぇ」
てへへと言いつつ全く悪びれる様子のないディース。チャイナドレスの格好も、なるべくリュウの譲歩を引き出そうという手の一つなのだろう。リュウの弱点を的確に突いた中々良い手だと言わざるを得ない。
(まぁでも、それくらいなら問題ないし……)
それにリュウもその程度の出費なら、と特に悲観してはいなかった。元々財布にはかなりの余裕がある上に、列島でのカナクイ乱獲のおかげでさらなる余剰金が発生しているのだ。今なら十万程度ポンと出せてしまう。以前なら渋っていただろう額なのにこの態度。随分感覚が麻痺してきているリュウである。
「あそうそうリュウちゃん、話は変わるけど“アレ”、もう完成してるわよ」
「マジですか?」
「マジよ。おーい、降りてきなー!!」
と、ディースが階段の上に向けて声をかける。するとまたもや何かが降りてくる音が聞こえてきた。今度の足音も実に奇妙で、コツコツではなく、スタスタでもない。ガションガションと金属と石がぶつかりあうような、とても激しい音だ。
「うふふー、呼ばれたようですよ」
上階からぬっと姿を現したそれは、比喩でなく本当に金属の塊だった。金属製のポリバケツに目を付けて、手と足を生やしたような、ずんぐりむっくり寸胴体型をしている謎の物体Xだ。
「一月ぶりだねぇ、……とマスターは言ってます」
「コラ、“マスター”はあんたの名前だって言ってるじゃない」
「あ、そのようです。うふふふー…………笑う所あってますか?」
「……」
高さ129.3cm。重さ129.3kg。スリーサイズまで全て129.3で統一されているこの謎の物体X。実はこれこそ、あのエヴァンジェリンが滞在していたときに携わっていた“アレ”の正体だった。言ってみれば闇の福音の置き土産だ。
「あー、マスター元気にしてたー?」
「問題ねぇだろ。俺っち達の仕事は完璧だったからなぁ」
物体Xの姿を見て、ガタッと椅子から立ち上がるモモ。さして気にしてないように料理を食べ続けるボッシュ。この二人が物体Xの基礎設計や駆動部分、動力関係の担当責任者である。
「一応元気してるよ……と、マスターは言ってます」
「んもう。このややこしい話し方だけはどうしても直らないのよねぇ……」
この物体X。正体は手足の生えたポリバケツではなく“鎧”である。これ自体の名は“マスター”。そしてその内部には、モモとボッシュによって作成された高機能超AIが搭載されており、エヴァンジェリンとディースの混成魔法によって作り出された擬似人格が、そのAIに宿されているのだ。本来はAIが直接喋る予定だったが、ディース達の混成魔法の影響でこの鎧そのものも意識を持ってしまった。そのため鎧が自分の中に居るAIを“主”という意味での“マスター”と呼んでしまい、おかしな話し方になっているのである。
「まぁ慣れれば何言ってるかわかるからいいけどね」
「おうよ。別に問題はねぇだろうしな」
この
「妖精ちゃん! おかわりー!!」
「すまんが、こちらにももう一皿貰えるか?」
「あたしもお願い」
「かしこまりましたよぅ!」
一方で半ば宴会と化した食事会は盛り上がっていた。妖精達の作った料理はとても美味しく、先程から横に空き皿を積み上げまくっているリンプー。普段なら摂生して多くは食べないガーランド。さらにダイエットを意識しているリンすらもおかわりをする程だ。
「さーて、それじゃ話も終わったし今日はあたしも飲もうかねぇ。相手が居ないと詰まらなくてさぁ」
「え、いやディースさんは自重してくだ……」
「んもういいじゃない堅い事言わないの! ほらマスター、確かこの前仕入れたジャパァンのお酒の良いヤツあったろ? 持って来ておくれよ」
「人使いが荒いねぇ……とマスターは言ってます」
文句を言いつつしかし断るつもりはないのか、マスターが移動を開始する。ブオンと地面から少しだけ浮き、シュイーンと謎の音を立ててホバークラフトのように奥へと引っ込んだ。
(何だろうあの無駄に高い技術……)
そんなリュウのツッコミをよそに、マスターは立派な酒瓶をいくつか抱えて戻ってきた。それをひったくったディースは早速、とガーランドやサイアスなどの酒飲み周辺に殴り込みをかけだす。
「……」
「相棒、いいのかい放っといて」
「……あの人はああなったら止めらんないでしょ」
もうリュウは突っ込みを諦め、明日への影響がないことだけを願った。……が、しかしそんなリュウの思いも空しく、酔っぱらいと化したディースのせいで成人以上の面子は例外なく飲まされ、場はカオスな状況へと片足を突っ込んでいく……。
「ごめんくださーい」
「……?」
ドンチャン騒ぎの中、喧騒とは別にスイマー城の扉を叩く音がリュウの耳に届いた。同じく聞こえたらしいお腹一杯のリンプーが、一体誰だろうと席を立ち、扉を少し開けて外を覗く。
「あ、夜分にすみません。こちらにリュウさんという方がいらっしゃるとお聞きしたのですが……」
「? えっと、ひょっとしてリュウの友達?」
「あ、いえ私はその……」
扉の外に居たのは少女だった。年の頃は十三から十四といった所か。顔立ちは幼いがリュウより年上で、リンプーよりは下に見える。ショートカットの金髪で、水色のカーディガンを来ているらしい。そしてその背には、桃色がかった“翼”があった。
「ブフォッ!?」
「うお、汚っ!?」
と、突然驚いたように口の中の物を吐き出したのはボッシュだ。どうやら扉の所でリンプーが対応しているのを見ていたらしい。そのボッシュは扉の方を見て固まったまま、ぷるぷると震えている。
「ミ……ミ……」
「み?」
「ミイナちゃんじゃねぇか!!」
「?」
口の周りを拭くのも忘れ、心底驚愕した様子で叫ぶボッシュ。誰だっけそれ、とリュウはボッシュの代わりにテーブルを拭きつつ、自らの記憶の海へとダイブしてみた。
以前“紅き翼”がウィンディアでの事件に首を突っ込んだ時、そんな名前を聞いた気がする。確かエリーナさんが第一王女で、その妹の第二王女の名前が……ミイナだったか。そう言えば俺はその人の写真見た事無かったし、ボッシュはエリーナさんよりもミイナちゃんの方が好みだーとかなんとか、アルと俗な会話をしていたっけ。
「…………え?」
そこまで思い出して、リュウはこの異常事態にやっと気がついた。今はもう夜だ。こんな人里から離れた城に、護衛もお供も連れていない王女が一人で訪ねてくる。そんなの、普通に考えてあり得ない。
「え、あ、ちょ、リンプーさん! 取り敢えずその人城の中に入れてあげて下さい!」
「え? うん、わかった。こっちだよ」
「ありがとうございます」
と、王女様を外で立たせたまま対応するというのは流石にアレなので、リュウはミイナを城の中へと招き入れる事にした。リンプーに誰も使っていない椅子へと案内して貰ってる間にリュウは席を立ち、扉の外をキョロキョロと見てみる。しかしやはりミイナは一人だけで、お供やお付きは居ないらしい。
「あの、王女様がどうしてここに……?」
「えーと、あなたがリュウさん……でしょうか?」
テーブルに付いたミイナの元に、妖精達が気を利かせて暖かいお茶を用意する。対面に座ったリュウは困惑しながら問いかけてみた。ディースのおかげで目も覆いたくなるような惨状が横のテーブルでは繰り広げられているが、そちらはミイナの視界になるべく入らないようにするのがポイントだ。巻き添えは食わないに越した事はない。
「ええまぁ。そうですけど……」
「ああ良かった。……実は私、その……ずっとお礼を言いたくて」
「? ……お礼、ですか?」
と、そこでミイナはリュウに向けてペコッと頭を下げた。
「あの時、私の大切な姉さまと義兄さまを助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「!? いやあの……そんな、頭を上げてください」
正直、リュウは焦った。いきなり現れていきなりお礼を言われ、しかも相手は王族だ。これで恐縮するなと言うほうが無理である。ミイナが言っているのはあのウィンディアでの事件だろうが、その時のお礼なら王様からもきちんと貰っている。今になって改まって言われると、背中にむず痒いような気持ちが沸いてくるのは確かだ。
「リュウさん達のおかげで、姉さまも義兄さまも無事に済んだと聞きました」
「まぁそれは……結果的には……そうですけど」
「本当なら私もお父様達と一緒にお礼を言いたかったのですけれど、あの時は私部屋から出して貰えなかったので……」
「はぁ……」
なるほど、突然訪ねてきた目的は大体わかった。しかし、リュウは不思議に思う。どうしてこのタイミングなのだろう。一ヶ月ほどリュウ達は城を空けていたのに、帰ってきた丁度次の日に尋ねてくるとは、果たして偶然なのか。それにウィンディアからこのスイマー城までは凄まじく離れている。どう考えても王女が一人で来れるような距離ではない。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが、どうやってここまで来られたのでしょうか?」
「あ、実はですね、“紅き翼”さんの戦いを見ないかというお知らせが城に届きまして。折角だからお招きに預かろうという事で、お父様や姉さま、それに義兄様と一緒にメガロメセンブリアまで来ていたのです」
「へ、へー……そうなんですか……」
その答えにピクピクッと引き攣った顔をするリュウ。まさかウィンディアの人達が、明日の戦いの見物に招待されているとは思ってもいなかった。ああこれはほぼ間違いなくあのマーロックさんの仕業だなと心の中で決め付けて、しかしそこで傍と気付く。
「あれ、でもそれならこんな時間に来なくても、明日普通にお会い出来たのでは……?」
「それは……その……直接お礼を言えると思ったら居ても立っても居られず……」
「……」
伏し目がちに、もじもじしながらそう言うミイナ。なんという美少女の恥じらいだろうか。これにはリュウも“くはー”と降参せざるを得ない。まぁそれはともかく、リュウは理解した。王様があの事件の時に、ミイナを部屋から一歩も出さなかったという理由を。この行動力から考えるに、あの時もしもミイナを放っておいたら、敵陣まで勝手に乗り込んでいた可能性は高い。部屋に閉じ込めるという選択をした王様の判断は、恐らくは正しかったのだろう。
「でも、きっと王様も心配しているのでは……?」
「あ、それなら大丈夫なのです。書き置きを残してきましたから」
「……」
えへん、と言いたげなミイナ。何とまぁ行動派な王女様である。書き置き一つで王女の失踪を見逃すような王様じゃないだろう、と心の中でリュウ突っ込みを入れたその時だった。いきなり、リュウの背後からニュッと白い腕が伸びてきたのだ。
「あぁーら……何だか可愛いヒヨコちゃんが居るわねぇ……」
「!?」
そのままリュウの首をがしっと羽交い絞めにした白い腕は、世にも恐ろしい文字通りの
「ヒヨコ……いえその……私は……」
「んまぁ、赤くなっちゃって可愛いわねぇ。気に入ったわ。よし、あっちでおねいさんと仲良く飲みましょう」
と、酒臭い息を吐きつつリュウを捕らえたまま、妖しい笑みを浮かべてミイナの方に擦り寄ろうとするディース。ちょっとミイナの顔に怯えの色が走ったのを見て、リュウが止めに入る。
「ちょ、ちょっと待ってこの酔っぱらい! ミイナさんは王族なんでそんな事したら……!」
「何よリュウちゃんあたしの邪魔する気なのぉ? いいからあんたも飲みなさいよホラホラァ!」
「ふごふっ!?」
抵抗虚しくディースが持っていた酒瓶を無理やり口に突っ込まれるリュウ。以前ディースに無理やり飲まされた事は幾度かあったが、流石に一升瓶丸ごとはキツい。ゴッゴッゴ、とみるみる内にアルコール分を喉の奥に流し込まれ、即効で視界がぐるぐる回りだす。
「きゅう……」
「あらぁ? もー、何よリュウちゃんだらしないわねぇ。……さ、ヒヨコちゃん。あっちへ行っておねいさんと飲みましょ。それはもう浴びるが如く!」
「ええ? あ、その、待って……」
ぐいぐいとミイナの手を引くディース。リュウが潰されてしまっては、メガロメセンブリアに滞在しているのであろうウィンディア王に連絡している余裕はない。見かねたリンプーとボッシュ、そしてマスターがディースの脅威からミイナを守るのに苦心したのは言うまでもない。そんな狂乱の夜が明けて、対戦当日となって……
……リュウ達は、物の見事に約束の時間を寝過ごしていたのだった。
起こした妖精達から時間を聞いて青くなったリュウ達。二日酔いという程ではなかったのが不幸中の幸いではある。断片的に昨夜の事を覚えていたらしいディースが土下座の勢いで謝罪し、転移魔法を使ってリュウ達を機械浜まで送ると言いだしたので、それにリュウ達は乗った。結果、何とか二時間の遅れで機械浜国立公園……の、上空三百mに到着して、冒頭に至るのであった。
*
再び時は戻り、機械浜国立公園広場。
「あっちの方が見物用の席みたいですよ」
「そうみたいですね。わざわざ送って頂いてありがとうございました。それでは皆さん、頑張ってくださいね」
ミイナは笑顔でそう言うと、リュウ達から離れていく。昨夜色々と酷い目に会ったというのに、それを全然気にしていない風なのは天然なのか大らかなのか。見物席へ向かう途中にナギ達の方にも寄って、きちっと昔のお礼をする事を忘れないミイナ。やはり天然の方なのかも知れない。
「今のは……確かウィンディアのミイナさんですね。おやおやリュウも隅に置けませんねぇ」
「いや、多分アルが想像している事は絶対間違ってるから」
「んな事より、俺達をこんだけ待たせたからにゃ、楽しませてもらわねぇと割に合わねーぞ! リュウ!」
魔力を少しだけ開放し、不適に挑発するナギ。明らかに一月前よりもパワーアップしているようで、広場の雰囲気が一変する。だがリュウ達もさるもの。誰もそれに気圧される様子は無い。
「そこは戦ってみてのお楽しみって事で……」
「へ、言うじゃねぇか」
そして、“炎の吐息”と“紅き翼”の戦いの幕が斬って落とされる……。