炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

87 / 103
3:vsアルビレオ・イマ

 ――――来賓席。

 そこは今、沈黙に支配されていた。口を開く者は誰一人居ない。

 

「……」

 

 ある者は不意に息が詰まり、そこでようやく自分が途中から呼吸さえ忘れていた事を思い出した。またある者は知らぬ間に拳を固く握り込んでおり、その掌にじっとりと大量の汗を掻いている事に気が付いた。シルクハットを深めに被ったとある一人の大富豪は、何故か眼の端に涙を浮かべてさえいる。開始前にマーロックが愛想笑いを浮かべながら皆に振る舞った冷たい飲み物は、一口も付けられないまま温くなっていた。

 

「……」

 

 ……言葉にならない。その場に居る大半の人間はこの勝負を、まぁそれなりに楽しめる余興程度なのだろうと、そう思っていた。そんな彼らは文字通り、度肝を抜かれたのだ。

 

 開始前の時点では、皆どこか薄笑いを浮かべてスクリーンを見ていた。だがゼノが最初の一手を取った所で、まさに水を打ったようにしんと静まり返る。茶々を入れる余地など全くない。戦闘開始から終了までおよそ十分足らず。その間絶えず映し出される息もつかせぬ怒涛の展開に、客達は唖然としながら只々見入るしかなかった。

 

「……」

 

 平静を装いながら、心中穏やかでないのはアリアドネー騎士団総長その人だ。単なる一介の戦闘集団如きが、正規の軍人など足元にも及ばない戦闘力を見せ付けたのだ。あの二つのチームの人間の力は、明らかに自分達を上回っている。認めたくないが、もし彼らに個人で戦いを挑めと言われたら、断固として拒絶するだろう。勝てる見込みが塵ほども見えない。

 

 メガロメセンブリア元老院議員も、悠久の風最高責任者も、メンツを保つため顔にこそ出ていないが、驚愕しているのは明らかだった。手に持ったカップを、勝負が始まってから一度も離していない事。凝視し過ぎて目が乾いたらしく、今不自然に瞬きを繰り返している事などが、それを裏付けている。

 

「……」

 

 仕掛け人のマーロックも、周囲と同様に驚いていた。そしてそれ以上に、悔しがっていた。何故自分は、映像の録画用意をしなかったのか。さらにはこの場で、この戦いを賭けの対象としなかったのか。魔法世界広しと言えど、これだけの戦闘は例え拳闘大会の優勝決定戦でもお目に掛かる事は出来ないだろう。自分が知る中でも間違いなく、最高峰。この戦いそのものにある値千金の価値に、今更気が付いたのだ。

 

 また、この場に居るのはほぼ全てが金持ちか、その関係者だ。仮に賭けをしていたとしたら、その賭け金は膨大な物になっていた筈である。そしてほぼ間違いなくこの場に居るほとんどが、実績のある“紅き翼”にベットしていただろう。だが、結果は大番狂わせ。つまり賭け金は胴元である自分の一人占めだ。それを考えると悔しくてたまらない。

 

 しかし戦いが始まる前の浮ついた雰囲気だったらいざ知らず、今はもう「賭けをしましょう」等と安易に言い出せるような空気はそこにはない。接待の事ばかりに気が行き過ぎていた事は、マーロックの商人人生最大の不覚であった。

 

「……」

 

 そして各々は様々な思惑を胸に、この間を利用して少しの休憩を取る。映像からわかったのは、“紅き翼”は一人ずつ勝負を行うのだと言う事。つまり後三戦は行われるという事実。大して待たずに、次の戦いが始まるだろう。まるで映画が始まるのを楽しみに待つ子供のように、客達は自分の席で静かにその時を待つ。彼等の眼は、スクリーンから一時も離れる事無く――――

 

 

 

 

 勝負が着き、リュウ達陣営の元に先鋒戦を制した立役者四人が帰ってきた。セブンスセンスを解いた彼女達は光に包まれ元の姿に戻ると、糸が切れたようにその場にへたり込む。

 

「お疲れ様です。……みんな体の方は大丈夫ですか?」

「ええ、何とか……」

「あは……ねぇねぇリュウ、見てた? 勝っちゃったよ。凄いじゃんあたし達……」

 

 勝てた事の嬉しさから、にっと笑顔をこぼすリンプー。しかしそんな彼女達の疲労の色は濃い。まさに疲労困憊という言葉が相応しい。張り詰めていた極度の緊張から解放され、またセブンスセンスを解いた事で、詠春にやられた箇所の痛みがじわりとぶり返していた。

 

「いやホント良くやったもんだなぁ。大金星ってやつだぜおめぇらよ」

「うむ、あれほどの剣の腕を持つ御仁を降せるとはな」

 

 労いの言葉を掛けるボッシュにガーランド。その他の者達も彼女達の勝利を称え、さらには一人であれほどの力を見せつけた詠春に対しても、敬意の念を忘れない。

 

「まぁでもー、こっちもボロボロなんだけどねー……」

「ワタクシ、活躍できて嬉しかったのでした……」

 

 モモもタペタも、息は荒い。憔悴している事が一目で分かる。それをナギ達に見られないように覆い隠し、四人を囲むリュウ達。あの“紅き翼”に一矢報いたのだ。普通に考えれば、そのように囲んで盛り上がったとしても特におかしくはないだろう。

 

「うっ……」

「! 大丈夫ですか!?」

「……やはり、少々反動が来ているようです」

 

 へたり込んだまま、ゼノはフッと気を失いそうになった。咄嗟にしゃがんだリュウが支えると、気力を振り絞り意識を保つ。原因は言うまでも無く疲労とダメージ。そしてもう一つ、セブンスセンスの影響だ。

 

 セブンスセンスは一時的に莫大な力を行使できるが、当然リスクもある。使ったその日は深い睡眠を取るまで魔力や気が最低限に減少してしまい、さらに体が耐えられない為、一度使うと二日の間は使用する事が出来ないのだ。生物に備わっている一種の防衛本能のようなモノらしい。ドヴァーのように常日頃からこの力を纏って過ごすなど、それこそ修羅の領域なのである。

 

「ま、その事に気付かれる前に勝負が終わったってなぁ幸運だったなぁ。なぁ相棒」

「まぁね。詠春さんは結構押せ押せな人だし。そういう意味じゃ上手く噛み合って、相性が良かったのもあるね」

 

 セブンスセンスは事実上、一度きりしか使えない。これはリュウ達にとって大きな弱点だった。今の戦いではナギ達にとってもセブンスセンスは初見。さらに紅き翼の中でも割とリアクションの大きい詠春が相手だったため、予想以上の結果を叩きだす事が出来たのだ。

 

 だがここからは違う。既にこの切り札の存在がバレている。一応相手へのプレッシャーになりはするだろうが、“一度しか使えない”という事実と“使用後の極端な弱体化”。そしてもう一つの単純な弱点に気付かれたら、この後の戦いは非常に厳しい物となるだろう。だから、リュウ達は四人をナギ達から見えないよう隠していた。弱点の一つである、使用後の弱体化に気付かれない為に。

 

「すみません。出来れば治癒魔法で癒してあげたい所なんですが……」

「……わかっていますよリュウ」

「あたし達なら……大丈夫だよ」

 

 気丈に振る舞うゼノとリンプー。リュウはまだ出番が控えているため、ここで悪戯に魔力や龍の力を消費する訳にはいかないのだ。焼け石に水だが用意しておいた薬草をいくつか使い、取り合えず見ている分には問題ないくらいの体力を回復させる。

 

「さて、じゃあ早速次鋒戦ですが……準備はいいですか?」

「おう。行ってくるぜ」

「隊長達にあやかりたい所だね」

「ホント、出来れば後に続きたいよ」

 

 リュウに促され、前に出たのはやはり四人。甲殻族ファーマー・ランド。常識人銃使い・リン。猿顔道化師・ステン。そして――――

 

「うふふふふ……出番です」

「……」

 

 無駄に張り切っている不思議系動く鎧・マスター。以上四名がリュウ達の次鋒戦メンバーである。正直、リュウは不安だった。と言うのも、本来ならば二陣の最後の一枠はマスターではなく、完全なサポート担当でボッシュが入る予定だったからだ。その筈だったのだが、話し合いをしていた日に……

 

『マスターも参加すると言ってますよ』

『え? いやでも流石に無理じゃ……』

『マスターが大丈夫と言ったら大丈夫』

『いやマスターじゃ多分歯が立たな……』

『マスターが大丈夫と言ったら大丈夫!』

『あの、だから……』

『マスターが大丈夫と言ったら大丈夫!!』

『……』

 

 と、徐々にドアップになってくるマスターの異様な迫力に押され、二陣の最後に無理やり捩じ込まれる形で参加する事になってしまったのだ。戦力の不明もさる事ながら、万が一内部の盗賊の魂が暴発したらと思うと気が気でない。武装についてはボッシュやモモに尋ねても何故かはぐらかされるばかりで、戦力的な面においても修行した自分達より圧倒的に低いだろう、とリュウは見ていた。

 

「さ、行こうか」

「おう」

「さぁてねぇ。鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 そしてマスターを加えたリュウ達の次鋒四人が、ゆっくりと戦場へ赴いていく。

 さて一方の紅き翼陣営では。

 

「スマン……」

 

 腕の特に痛む箇所を抑え、足を引き摺りながらナギ達の元へと辿り着いた詠春。頭を垂れ、まず口を突いて出たのは仲間に対する謝罪だった。

 

「お疲れ様です詠春」

「うむ。とにかくまずは体を休めるが良い」

 

 詠春を迎えたアルとゼクトは特に罵声を飛ばすでもなく、力を尽くした仲間を労う。ゆっくりと腰を下ろした詠春は、思わずバタッと倒れたくなる心情を抑え、大きく深呼吸をして見せた。

 

「詠春、戦ってみた感想をお聞きしても?」

「ああ……正直、あれ程とは思っていなかったよ。全く世の中は広い。今はまだ個々の力では俺達の方が上ではあるが…………いや、やめておこう。これ以上はただの負け惜しみになりそうだ」

 

 アルからのインタビューを途中で打ち切り、詠春は溜息を付いた。やはり彼自身、負けて悔しい気持ちがそれなりに大きいようである。

 

「詠春にそこまで言わせるとはの。確かにあの身体強化を超えた変身技といい、相当手強いと見えるな」

「……リュウは本気で私達を倒そうと、厳しい修行を積んできたのですねぇ」

 

 素直に感心するゼクトと、言いながらも顔は笑っているアル。リュウ達が頑張る様に仕向けた大元の元凶はアルなのだが、そんな事はもうどうでもいいレベルの話なのでスルーだ。そして詠春は、じっと黙っているリーダーへと目を向けた。

 

「スマン、ナギ。最善を尽くすと言っておきながらこのザマだ。全ては私の修行不足が……」

「気にすんな!」

「!」

 

 良く通る声でそう答えたナギは、非常につやつやした表情を浮かべていた。目は玩具を与えられた子供のように輝いている。疲れていた詠春は、その勢いにちょっとだけびっくりした。

 

「お前の仇は俺達が取ってやっから、安心してぶっ倒れてろ!」

「いや……お前どうした? ヤケにテンション高いな?」

「何でもねぇよ!」

「?」

 

 ナギは嬉しかった。そして燃えていた。リュウは自分の言った「俺達に追いつけ」と言うリクエストに、きっちり応えてみせたのだ。やはりライバルとなるチームの結成を、リュウに依頼した自分の目に狂いは無かった。しっかりと自分達に対抗できるだけの用意をしてくるとは。これでこそ。こうでなくちゃ困る。

 

「よっし、次だ次! 頼んだぜアル! 詠春の弔い合戦だ!」

「うむ。今は亡き詠春の為にも負けられんぞ」

「おい待てお前ら、俺は別に死んじゃいないぞ」

 

 盛り上がってノリノリなお馬鹿師弟からの遠慮ない言葉に、今更どっと疲れが襲ってきた詠春である。

 

「そうですね、詠春が馬鹿正直に戦ってくれたおかげで、いくつか彼らに試してみたい事が出来ましたし……」

 

 いつも以上に不適な笑みを浮かべ、するりと音も無くアルが前へ出た。彼自身もナギと同じく、リュウ達が背伸びしてまで自分達と同じ台の上に立とうとしている事に、嬉しさを感じていた。そして、だからこそ容赦はしないと内心で決めている。

 

「……さっきからそこはかとなくバカにされている気がするんだが……」

「とんでもない。詠春、あなたの尊い犠牲は決して無駄にはしませんよ」

「……おまえら……いや、もういい」

「ふふふ。まぁあなたはゆっくりと休んでいて下さい。では、行くとしましょう」

「おし、頑張って来いよ、アル!」

 

 心なしか戻ってきた時よりも疲れた顔をしている詠春を華麗に流し、いつもの笑みを浮かべながら悠々と戦場に向かうアルであった。

 

 次鋒戦

 アルビレオ・イマ vs ランド、マスター、リン、ステン

 

 ざっ、と両陣営から出てきた二組が、その中間地点で相対する。片やローブを着込んだ年齢不詳の微笑み魔法使い。片や甲殻族・野馳り・高山族、加えて謎の機械人形と、統一性皆無のごちゃ混ぜパーティ。お世辞にも、あまり迫力のある絵ではない。

 

「おや、あなたとは初めてお会いしますねぇ」

「そのようですね。うふふふー………………今の笑う所ですよね?」

「……」

 

 マスターを初めて見るアルは、その雰囲気に少し警戒した。今までのリュウの仲間には居なかったタイプだ。表情が無いので心理が読めず、天然とも計算尽くとも判別が付かない。アルは大まかに“からかい辛そう”との評価を下した。

 

「リュウの新しいお仲間は、なかなか愉快な方のようですねぇ」

「愉快なのはアンタの顔の方だよ……とマスターは言ってます」

「……」

 

 これから戦うというのに、アルとマスターのせいでイマイチ緊張感が無い。何故か喧嘩腰のマスターにいきなり暴言を吐かれ、アルの笑顔が微妙に固まったように見えたのは気のせいだろう。

 

「アンタは何か気に入らないから、あたしがぶっとばしてやるよ…………だそうです」

「何故かは知りませんが、随分と嫌われているようですねぇ私は」

 

 表情の無いマスターの評価を“やり辛い”に修正し、取り合えずスルーする事にアルは決めた。後ろからてこてこと開始の合図を行おうと出てきたゼクトを、アルは振り返らずにさっと手で制止する。ゼクトが声を出すよりも早く、アルはランド達に向けて笑みを浮かべて、先制の一撃を放った。

 

「ふふふ……では、いつでもいらっしゃって結構ですよ?」

「……!」

 

 好きなタイミングで、好きなように仕掛けて来いとの余裕の発言。意図を察してか、何も言わずに自陣へ引き上げるゼクト。そして言われた当のランド達は、警戒した。これは舐められているのか。いや、恐らくそうではない。何か考えがあるに決まっている。直接的な先程の剣士とは違い、前に僅かだが接する機会があったおかげでわかっている。

 

 ……この男は、性格が悪いのだ。

 

「そうかい……なら、遠慮なくやらせてもらうとするよ!」

 

 リンがホルスターから愛銃を抜き、戦闘態勢を取る。その時アルの姿が一瞬だけ“薄くなった”ように、彼女達には見えた。

 

「!?」

「ふふふ、どうかしましたか? さ、遠慮せずにどうぞ」

 

 ……が、今は何も変わった所はない。相変わらず薄笑いを浮かべて、アルはその場に突っ立っている。気のせいだったのか。改めて武器を構え、戦闘態勢を作るリン達。この胡散臭い男は何をしでかすかわからない。油断を誘って返り討ち、等という事も十分にあり得る。

 

「!」

 

 気が付くと、アルは僅かに地面から浮いてゆらゆらと漂っている。その姿はまるで幽霊か何かの様で、何より殺気が全く無い。これは本気で自分から仕掛けるつもりは無い、とリン達は判断。最初の牽制として、リンは愛銃の“バムバルディ・サードストライク”の狙いを、しっかりとアルの急所に定めた。ちなみにこの銃はモモとボッシュの共同改造により、声紋照合のランゲージコマンドシステムから、声に出さずとも持ち主の念波だけで銃弾の自動選択を行う機能に進化している。

 

「……」

 

 ダンッ! と機械浜に轟く一発の銃声。バムバルディから発射された高速の弾丸は、正確無比にアルの急所を狙う。そしてあっさりと、その魔法障壁に阻まれた。

 

「それだけですか?」

 

 アルは何事も無かったように微笑みを絶やさない。リン達にとっても、別に驚く事ではない。想定の範囲内というヤツだ。どうやらアルは、あの魔法障壁に相当の自信があるらしい。先程からの挑発は、突破出来るものならやってみろと言う事か。警戒しながら、リン達はアルの前後左右をあっさりと取った。アルがその場から動く気配は、未だない。

 

「おらっ!」

 

 左側面からランドの鉄拳攻撃。御多分に漏れずその拳は気を纏っている。ガキン、と硬い音が響き、やはり障壁に阻まれてアルの身体を殴るには至らない。何度拳を打ちつけてみても、結果は同じだ。

 

「援護しますっ!」

 

 ランドの反対、右側に陣取ったマスターの片腕が、カッ飛んだ。男のロマン、ロケットパンチ。マスターの主兵装だ。だが所詮は気も何も纏っていないタダの金属の塊。いくらロケット推進とは言え、銃弾と大差ないそれが通用する筈も無く、バキンと障壁に当たって跳ね返った。

 

「ホンッと厄介な兄さんだよねぇあんたは」

「お褒めに預かり光栄ですよ」

 

 隙だらけの背後から、軽口を叩きながらステンが迫る。その手に持つナイフは、以前リュウが留守にしている時に購入した新品の武器、炎の属性を宿す“紅蓮のナイフ”だ。

 

「っ!」

 

 ステンの技量で振るわれるナイフも大方の予想通り、障壁には通用しなかった。斬撃も刺突も、障壁と当たってバキンと音を立てるだけ。やはり通る気配はない。

 

「ふぅむ……なるほど。やはりあなた方はあの“力”を使わなければ、私達には対抗出来ないようですねぇ」

 

 アルのそれは“確認”だ。あの妙なパワーアップを行わなければ、リュウの仲間達は自分達には追い付けない。それが詠春を馬鹿正直としたアルの見解。つまりあの力を使わせなければ、アル側に負ける道理は無い。

 

「ではそろそろ反撃と……」

「おっと、そうはいかないね。このまま封殺させてもらうよ」

 

 正面からアルを見据え、再び銃を構えるリン。アルは態度を崩さない。

 

「銃は私には通用しないと、先程証明した所ですが」

「どうかな? 怖いんだったら止めてあげるよ」

「……」

 

 見下したような言葉の弾丸を、リンは突きつけた。セブンスセンスは切り札故に、いざと言う時までなるべく温存したい。今のままでも、障壁を破る手段ならばある。あのココン・ホ列島に住んでいたミノタウロスの魔物相手に、散々経験済みだ。対策法はズバリ、四人での一斉同時攻撃。手応えから一度に攻撃を集中させれば、恐らくは突破できるとリンは分析していた。

 

「……」

 

 リンのそれが挑発である事は明らかだ。バレバレ過ぎて引っ掛かる奴などまずは居まい。だがアルは、敢えて挑発に乗った。何事か考える素振りを見せると上げかけていた腕を下ろし、動こうとしていた動作を止める。相変わらずの微笑を浮かべて。

 

「……皆いくよ。あの障壁、突破して目に物見せてやる!」

 

 リンの声で、アルを囲む他三人は何をするのか即座に理解した。攻撃のタイミングを合わせるのは、列島の魔物相手に嫌になる程やっている。唯一の不安はマスターだが、最後に合わせて貰えば見てからでも十分に間にあう筈。

 

「これで……砕け散るがいい!」

 

 マシンガンの如き連射が、バムバルディから放たれた。先程の銃弾とは違い銃が丸ごと気でコーティングされている為、そこから出て行く弾丸も全てが気を纏っている。連射は障壁に次々と弾かれるが、途切れる事はない。声に出さなくてもいいのだが、ついつい叫んでしまうのはリンの癖だ。

 

「俺のパンチを舐めんなよ!」

 

 アルの側面。障壁の手前まで距離を詰め、ファイティングポーズを取ったランドは頭を左右に振り始めた。徐々に加速していくそれは、数字の“8”を横にしたような軌道を取り始める。

 

「おおおらぁぁぁぁ!!」

 

 頭を振り、振り子のように勢いを付けた反動を利用して、左右から高速で叩きつけられる気を纏ったフックの連打。相手の攻撃をかわすのと、拳による攻撃を同時に出来ないかと悩んだ末に、ランドが編み出した攻防一体の技、デンプシーロール。ちなみに名付け親はリュウだ。畑仕事で鍛えられた強靭な足腰が、巨体ランドの体重を余さず拳へ伝達させる。

 

「……」

 

 横からはランドの拳の強烈な連打、正面からは次々に直撃していく銃弾の雨。僅かにだが、障壁が揺らぐ。まだアルは、動じない。

 

「じゃ、次はおいらの芸も見てよ兄さん」

 

 ランドの反対側、マスターと場所を交代して距離を詰めたステン。纏う気を受けて紅蓮のナイフが勢いよく燃えだし、赤い軌跡を残して障壁を刻んでいく。ナイフの扱いに長けたステンの妙技、名付けて“千切り”。器用に腕だけを高速で動かし、常人には見えない速度で斬りつけていく。間抜けな名前だが、ステンはそれが逆に気に入っているようだ。

 

「……」

 

 左右に正面の三方向から、アルの魔法障壁に強烈な威力が加わり続ける。障壁に、徐々にヒビが入っていく。あと一押しで砕ける可能性が高い。それでも、アルは動かない。

 

「やるしかないね……とマスターが言うのでやるとします」

 

 背後を取っているマスターは、シュイーンと謎の音を立ててアルから少し距離を取った。そして片腕をぐるぐると勢い良く振り回し、高速回転させていく。

 

「……はいっやぁっ!!」

 

 ドゴウッと盛大な音を立て、猛スピードで発射される純粋な質量兵器。ロケットの推進力に加えて遠心力もプラスされた、マスター必殺の大車輪ロケットパンチである。肩に力を入れ過ぎていると表現しても過言ではない、“りきみすぎ”なその一撃が、アルの障壁へと思いっきりぶつかる。それは三方向からの攻撃によりひびの入っていた障壁への、最後の一押しとなった。障壁はバリンと派手に砕け、拳が、多数の銃弾が、ナイフが、ロケットパンチが、アルの体にめり込んだ。

 

「はっはっは。いやいや貫かれてしまいましたねぇ。あなた達には突破は無理だと踏んでいたのですが」

「!?」

 

 とても、とても奇妙な光景だった。どう見ても、直撃。銃弾はアルの全身を穴だらけにし、ランドの拳は後頭部を陥没させ、無数の斬撃はアルの半身をズタボロにし、ロケットパンチは腹部を貫通して大穴を空けている。それでも、アルは笑っているのだ。

 

「ふぅむ、まだまだ研究の余地あり、ですか」

 

 あり得ない。アルは痛みと言うものを感じてないのか。最早グロテスクなホラーの領域に見える。だがそんな強烈なインパクトを何とかやり過ごして、傍とリン達は気付いた。空いた穴や傷跡から、血が一滴も垂れていない事に。

 

「まさか……偽物……!?」

 

 そう誰かが叫んだ呟いた瞬間――――リン達の体は、大地に磔にされた。凄まじいまでの超重力が襲ってきたのだ。抵抗出来ずに全身がベタリと地面に張り付いてしまい、指一本動かせない。体中の骨がみしみしと音を立て、今にも押し潰されてしまいそうになる。

 

「うっ……あ……っっ!」

「あぐ……」

「ふふふ……その通りです。そこにあるのは私の偽者、精巧に作ったダミーですよ。気付くのが少し遅かったですねぇ」

「!」

 

 リン達の耳に届いたアルの声は、遠く上方から聞こえてきた。障壁を破って攻撃を加えたはずのアルの姿が、スゥッと音も無く消えていく。そうして全く傷の付いていないアルが、ふわりと消えたアルと同じ位置に降り立った。

 

「どうも。今こうして皆さんの前にいるのが、本物の私です」

「に、兄さんあんた……いつの……間に……」

 

 当然の疑問を、押し潰されたままのステンが尋ねた。何とか必死に目だけをアルへと向けて。ランドとリンも頭を動かす事は出来ないが、耳だけはしっかりとその会話を聞いている。

 

「それはですね……最初からですよ」

 

 リンが銃を抜いた時。あの一瞬だが“薄くなった”と彼らが錯覚した時には、アルはもう偽物と入れ替わっていた。本体は上空で下にいるダミーを操りながら、悠々の見物をしていたのだ。挑発に乗ったと見せたのも、全て計画通り。リン達はまんまとアルの策略に嵌っていた訳だ。

 

「……というわけです。種を明かしますと先程のダミー、私の障壁だけでしたら寸分の狂い無く再現できているのですがねぇ……実は、他は動かせないんですよ」

「! 何……」

「ですから、あのダミーは“動かなかった”のではなく“動けなかった”が正解なんです。いやぁ皆さんが自分から攻撃を仕掛けてくれなかったら、どうしようかと思いましたよ」

 

 リン達にとっては、結構な屈辱だった。あの余裕の笑みと態度にまんまと騙された。もう少し警戒の範囲を広げていれば、上空に潜むアルに気付けた筈。弱点まみれの試作魔法を、“アルならば動かなくてもおかしくない”と思わせて囮に使うという大胆な発想。リン達の動きは、全てが見透かされていたのだ。

 

「ふぅむ。しかし先ほどのダミー、あれ以上私の意思で動かすには力が足りませんねぇ。……となると、何か外部の魔力溜り等から力を借りるように調整してみますか……」

 

 何やらぶつぶつと考察しているアル。リン達の能力を試すと同時に、自分の魔法についても使用感を試していたのだ。要はアルにとって一石二鳥の戦略だったのである。そして今のアルの態度は、リン達からは完全な油断に見えた。その隙を突いて、ランドが這い蹲りながらも自分の中の力を引き出そうとして……

 

「ぐあっ!?」

「だ……旦那……っ!」

「残念ですが、あなた達にあの変化を行う隙は与えませんよ」

 

 ランドへ放たれたのは、アルの魔法の射手だ。セブンスセンスを発動するには、自分の中に意識を集中する必要がある。しかし、誰があの隙だらけの動作を見過ごすだろうか。飛んできたのが魔法の矢一本とは言え、ダメージを食らえば集中は途切れてしまう。アルにとって、超重力で動く事の出来ないランド達の妨害をする事は造作も無い。

 

「ふふふ。……させません」

「うあっ……!」

 

 集中しようとしていたリンにも、飛んできた魔法の射手がヒット。的確に矢を飛ばし、集中を邪魔する。こうなっては、この重力結界の中では変身は不可能。……いや、例えこの重力を解かれたとしても、隙だらけの動作を経なければならないセブンスセンスは使えないだろう。つまりそれは、リン達にアルに反抗する術が無い事を意味する。

 

「あなた達の実力を、過小評価するつもりはありません。申し訳ありませんが、そろそろ気を失って貰いましょうか」

「ぐ……」

 

 アルは呪文の詠唱に入った。リン達に掛かる重力を一時的にもっと大きく上げて、全員を一度に気絶させるためだ。万事休す。これを許せば、勝負は着いてしまう。将棋で言う所の“詰み”の状態にリン達は嵌った。セブンスセンスの温存が仇になったのだ。次鋒戦、番狂わせは無し。ごくあっさりと、アルの勝利が決定した。

 

 ……はずだった。

 

「はいやぁ!」

「!」

 

 その時、這い蹲りながら腕だけをアルへ向けて、マスターのロケットパンチが火を噴いた。重力の影響を何故か全く受けずに飛んでいくそれを、アルは驚きながらもしっかりとかわす。……だが唱えていた呪文の詠唱は、途絶えてしまっていた。

 

「これは驚きました」

「マスターにとっては、大した事ないそうですよ」

「……ほう?」

 

 続けて、何とマスターは圧し掛かる重力の中を何でもないように立ち上がった。アルは即座に無詠唱で、マスターにだけ掛かる重力を増す。その辺の普通の金属ならば、既にひしゃげて鉄クズと化しているだろう程の圧力が、ズンとマスターにのしかかる。だが……

 

「いきますよっ!」

「!!」

 

 ……だが、マスターにはそれすら効果が無かった。再び飛んでくるロケットパンチ。マスター自体も、超重力の中を何事もないかのように平然と立っている。ロケットパンチを難なくかわしつつ、アルの頭の中に湧き上がる疑念。

 

(馬鹿な……)

 

 ここでようやく、アルから笑みが消える。マスターは、アルにとって不気味過ぎた。何もかもが不確定要素の塊。一体何故。どうして自分の魔法が効かないのか。考えても全くわからない。だから、それならとアルは発想を変えた。無駄とは思いつつも、直接本人に問い質す事にしたのだ。

 

「一体、どのような手品を? 後学のために教えて頂けませんかね?」

「マスターは、『もうアンタには負けないよ。この“対アルビレオ・イマ専用迎撃システム”のロードが完了したからにはねぇ』……と言ってます」

「……」

「あ、マスターが怒ってますね。『言うんじゃないよこのポンコツ』って。うふふふー、笑う所ですねー」

 

 マスターはそう言うと、機械のくせに腹を抱えて大げさに笑う素振りを見せている。しかし、訪ねたアルからは全く笑えない話であった。“対アルビレオ・イマ専用迎撃システム”とは? そんな都合の良いシステムが、都合良く積まれているというのか。いくら何でもこれはハッタリだと思われる。だが、実際に重力を無効化しているのも事実だ。

 

「……ふ、これは面白い。流石はリュウの仲間ですねぇ。機械がユーモアを嗜んでいるとは」

「『ただのユーモアかどうかは、すぐにわかるよ』……って言ってます」

「……」

 

 そうやり取りを終えた後、アルはすぐさま呪文の詠唱に入った。阻止するべく再びロケットパンチを繰り出すマスター。だがアルはかわしながらも、今度は詠唱は止める事はない。呪文はさしたる間もなく完成した。これで周りの三人を戦闘不能にしてしまえば、この謎の機械一体が居た所で大した事は出来ない筈。アルは合理的にそう判断した。

 

「これで終わりです!」

「! マスターレッドフラッグ!」

 

 アルが唱え終えた魔力を開放しようとした瞬間、マスターの頭頂部が蓋のようにパカッと開き、中から赤い旗が現れた。それはバサバサと、激しく左右に振られている。

 

「…………?」

「…………あ、マスターは間違えたそうですよ」

 

 が、何も起こらなかった。何をするのかと一瞬警戒したアルの前で、マスターの頭から生えた無意味な旗が、虚しく振られている。実にシュールな光景だ。そして当然のように次の瞬間、再びアルが魔力が放とうとして、同時に今度はマスターの両腰の部分がパカッと開いた。

 

「!」

 

 アルの手から光が離れ、僅かな時間差でマスターが両腰の部分に現れた謎のレバースイッチをガチンと倒す。ズゴンと周囲を押し潰す重力が増し、それでリン、ランド、ステンが気絶して戦闘不能になる……ハズだった、が。

 

「……? か……体が……動く……?」

「お……軽い……動けるぜ!」

「何だかわからないけど……おいら達助かった……?」

「……!」

 

 地べたに這い蹲っていた三人が、一斉に復活した。その瞳には、アルへの反撃色が煌々と燃えだしている。アルの魔力が消失した訳ではない。確かに、重力魔法は発動した。というか、今もしている筈なのだ。現にアルやリン達の居るさらに外周部分では、地面が超重力によって現在進行形でボコボコとへこんでいっているのだから。しかし、目の前ではそれが無効化されている。……何故か。アルは、そこに居る謎の機械人形に再び訪ねた。

 

「……あなたが何をしたのか、聞いてもよろしいですか」

「迎撃システムその一、広域重力低減装置(セイリングシステム)……だそうです」

「……」

 

 重力低減。言われてみれば、無効化されているのはこの機械人形を中心とした半径数十メートルの範囲だけだ。つまり魔法無効化などではなく、純粋に“重力”に対しての抵抗装置であるらしい。だが、その事は余計にアルにとって不可解だった。わざわざ搭載するにしては、効果の対象が限定的過ぎるからだ。まさか本当に、対自分専用の迎撃システムであるというのか。

 

「……どうやら、まずはあなたを止めなくてはならないようですね」

 

 アルは頭を切り替えた。周りの三人がパワーアップするより早く機械人形を止め、そしてまた重力の結界を敷く。それが最適解。遠距離の攻撃は万一にでも無効化される可能性があると読み、アルは距離を詰めての接近戦を選択。ふわっと優雅に滑空し、アルは勢いと魔力を乗せた掌低をマスター目掛けて突き出した。岩をも粉砕するであろうその一撃を、しかしガシッと、マスターは見事に受け止めた。

 

「……!」

「体術の動作もお見通しさ……と言ってます」

 

 受け止めたマスターの腕の部分がバクンと音を立て、アンテナのように開いた。そして掴んだアルの腕を離すまいと、マニピュレーターが強く握りこむ。同時にアルの耳に聞こえたのは、パチッという何かが弾けるような音。

 

「!!」

「近接戦闘用兵器、マスターコレダー! ……のようです!」

 

 近距離戦用高圧電撃兵装(マスターコレダー)。強烈な電撃がアンテナを展開したマスターの腕から放たれた。だが先に聞こえた音から何が来るのかを悟ったアルは強引にマスターの腕を振り解き、即座に後方へ距離を取る。掴まれていた腕を強引に引き剥がした事で肉が千切れて流血したが、かろうじて間一髪、電撃の効果範囲外へ逃げる事には成功した。

 

(……これは)

 

 近接も対策済み。もう疑う余地は無い。自分専用迎撃システムとやらは、実在する。……しかし、腑に落ちない。流石のアルも、戸惑いを隠しきれなかった。この機械と対面するのはこれが初めての筈だ。一体いつの間に、これだけの自分の情報を集めたというのか。

 

「うふふふー」

「……」

 

『対アルビレオ・イマ専用迎撃システム』

 これこそ、かの“闇の福音”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが、モモ、ボッシュとの共同開発の元にこっそり仕込んでおいた究極の嫌がらせ機能である。アルとエヴァンジェリンの二人がスイマー城に共に滞在していた期間は、僅か数日という短い物だった。しかしその間アルから様々なからかいを受けていたエヴァンジェリンがその鬱憤を晴らすべく、からかわれ中に集めた情報とある程度の推測を元に、アル対策をこれでもかと練り込みまくっていたのがこのシステムなのだ。

 

 止めるべき立場のボッシュやモモは最初こそ断ろうとした物の、重力に対する機械的制御という発想。大魔法使い“闇の福音”指導による鎧への防呪処理理論。その他諸々の情報に興味を掻きたてられ、エヴァンジェリンの要望のほとんどをマスターの武装にかこつけて実際に実装してしまったのである。

 

 些かギャグ風味な話だが、ターゲット当人のアルにとっては本気で笑えない事態であった。何しろ自身の魔法や動きに対しての綿密なデータが取られていて、しかも完璧に対策されてしまっているのだ。それが日常での仕返し所か、よりにもよって大事な勝負の大一番で使われてしまったというのだから手に負えない。不運と言う言葉では言い表せないくらいの不運である。

 

「仕方ありませんね」

 

 マスターに対する評価を“やり辛い”から“厄介さん”にランクアップさせ、ならばシンプルゆえ逆に対策し辛いであろう魔法の射手の物量作戦で押し切るか、と。そうアルが次の手を考えて実行に移そうとした時――――機械浜の三箇所から、三本の光の柱が立ち昇った。

 

「!」

「時間稼ぎはこんなとこかね……だそうです」

「これは……一本取られましたか」

 

 アルはマスターに気を取られ過ぎてしまった自分の誤りを認め、そして気を引き締めた。ベストなのはあの変化を使われる前の決着だったが、こうなったらこうなったで試してみたい事はまだある。その為に、自分の身を危険に晒す事を覚悟した上で。

 

 ついにリン達のセブンスセンスが発動。立ち昇る光の柱から三人が現れる。

 

「好き勝手やってくれたね……覚悟はいいかい」

 

 光が納まり、姿を表したリン。見た目に変化はない。銃にも変化はない。一見すると、ただオーラを纏っただけのように見える。しかし、注意深く見ると分かる。彼女の手首に、ブレスレットの様なものが装着されている。それは彼女の理想。銃を矛に見立て、それに対する盾として具現化した物なのだ。一体どのような効果が秘められているのか。

 

「……出来れば俺は使いたくなかったんだけどな……」

 

 光の柱から出てきたランドはリンプーと同じく、以前リュウが掛けた変装魔法の姿に変貌していた。ピンク色の甲殻にぐりぐり眼。長い尻尾をしたデフォルメアルマジロ。縮んだせいでパワーダウンに思えるが、実際は真逆。その身には信じられないパワーが詰まっている。

 

 修行中、ランドは自分よりも早く覚醒したリンプーの姿を見て、かつての自分の変装姿を思い出してしまっていた。「絶対に俺はあのチンチクリンな格好にはならねぇ!」と、セブンスセンスに目覚める過程であまりに強く意識しすぎたせいで、逆にその姿になってしまったという悲劇的背景が、裏にはあったりする。

 

「おいらも、ちょっと頭に来ちゃったよ」

 

 ステンもランドやリンプーと同様に、リュウが掛けた変装魔法の姿だった。勿論、村人バージョンではなく強そうな方のだ。真っ赤で逆立った頭髪。鋭い牙を生やした凶悪な面構え。有機物的な鎧に加え、炎を吹き出す鋭利な爪。下半身は無く、代わりに腰から下は轟々と炎が渦を巻いて燃え盛っている。

 

「マスター、セーフティロックを解除しますか? ……了解。マスターからの許可が下りたので、解除します」

 

 三人に遅れて、マスターもその真価を発揮する時が来た。怪しさ満点の一人芝居の後、カッ! とマスターの目が激しく光り輝く。マスター内部の盗賊の魂から供給されるエネルギー量を、通常モードである三十パーセントから、七十パーセントに引き上げたのだ。

 

 これにより、マスターは内部に搭載されているいくつかの武装が使用可能になった。モモとボッシュとエヴァンジェリンにより作成された大火力兵器の封印が今、解かれたのである。

 

「ツインマスターライフル、セットオン!」

 

 パカッとマスターの頭が開き、中から飛び出たのは二丁のライフル。それらのグリップ部分から伸びたコードをマスターの腹部にある接続口に繋ぎ、内部ジェネレーターに直結してエネルギーを供給する。

 

 説明しよう。マスターの頭の中はボッシュの知識内にあったドラゴンズ・ティアの収納技術が応用されており、数々の武装が小さく収まっているのだ。

 

「ファイア」

「!?」

 

 金属すらも焼き斬る重粒子の帯が、マスターライフルの銃口から迸る。咄嗟に避けたが、アルは正直に言って驚いた。先程の詠春戦で見たモモのビーム砲撃よりは劣るものの、マスターの持つライフルは十分自分達に通じる破壊力を有していると理解してしまったのだ。マスター本体の動きはそこまで早くないし、耐久力もそれほどではないと思える。だが、火力だけはホンモノであった。これに加え、あの迎撃システムまで存在する。……アルの顔から、余裕が消え去った。

 

「……いいでしょう。受けて立ちましょう」

 

 けれど、アルは引かない。迎撃システムのせいで攻撃手段が著しく制限され、さっきまでとは逆にアルの方が“詰み”と言えなくも無いこの状況。だが、アルはそれでも試してみたい事があった。今リン達が使っている変身技の出力は膨大だ。それがこのまま“ずっと続く”なんて事は、生物である限り絶対にあり得ないハズなのだ。だからアルは、いつ来るかもわからないチャンスを待つという、精神的持久走の勝負を選択した。

 

「むっ!」

 

 人一人飲み込まれてしまいそうな大きさの重力弾。ふわりと空中に舞いながらアルはそれを大量にばら撒き、無差別に爆撃を行う。機械浜が、次々と大穴だらけになっていく。

 

「迎撃システムその二、重力ベクトル変換装置(マスタータイフーン)……発動です」

 

 撒かれた重力弾に反応して、マスターのヘソの部分にある小さな二つの風車が回転し、そこから猛烈な竜巻が巻き起こる。すると竜巻に触れた重力弾全てが向かう方向を狂わされ、地面ではなくてんでバラバラな方向へと飛んで行ってしまっていた。まさにベクトル変換の名に相応しい、アルからすれば忌々しい装置だ。

 

「……」

 

 これも一応予想通りとは言え、実際に対策される所を見ると僅かだが士気が削がれる。アルはそう思いながらも、ひたすらチャンスを待つ事にする。今放った重力弾の真の目的は、当てる事ではない。空を駆けて向かってくる三人のタイミングをずらす事にある。

 

「おらぁっ!!」

 

 小さな体を回転させ、体当たりを敢行するランド。それをアルは下に避け、スタッと地に着地する。その隙を逃さじと回転を止めたランドが、今度は打ちおろす様に上から拳を突き立てた。だがそれも読んでいたアルは横に跳ね、ひらりとかわす。勢い余り、大地に突き刺さるランドの拳。驚くべきは、ドゴンという音と共に拳がヒットした大地が、半径数メートルに渡ってスリバチ状に“砂”になった事だ。

 

「!!」

「ふらふら避けんじゃねぇよ!」

「いやぁ、避けないと流石に危ないですよこれは」

 

 ランドの拳はセブンスセンスの力により、反則的な破壊力を生み出していた。衝撃の伝わる範囲内という制限はあるものの、何と脅威の破壊伝導率百パーセント。要は当たりさえすればダイヤだろうがオリハルコンだろうが一撃で粉砕してしまうのだ。本人は技名を考えるのが面倒なので、適当に当たった時の音から取って“ドゴーンパンチ”と呼んでいる。

 

「! おっと、危ない危ない」

「ったく、さっきから避けるのだけは上手いよねホント!」

「こう見えて、逃げるのは結構得意なんですよ」

 

 ランドの攻撃の直後、息付く間もなくステンがアルに襲い掛かる。背後から鋭く振われた爪を振り返らずに前方へ避け、お返しにと振り向き様重力弾を撒いて目くらまし。紛れて空中へ退避するアル。下からそれを見上げたステンは、撒かれた重力弾を爪先から噴き出す炎で切断する。凝縮されたレーザーのようなそれは、ステンの熱線攻撃“魔炎烈波”だ。そのまま炎のレーザーはゆらゆら漂うアルを狙い、下方から鋭く撃ち貫いていく。

 

「く……なかなか……」

「やっぱ、近付かないと無理かなっ!」

「!」

 

 レーザーが当たらないと見ると、ステンは足が無いのに虚空瞬動を決行。空中へと躍り出て即座にアルとの間合いを詰め、今度は鋭い手刀攻撃を見舞う。下から袈裟懸けに来たそれを、アルは身体の軸を横へずらして確実に避けた。……が、触れてもいない筈のアルのローブが、バサリと切り落とされた。

 

「っ……」

「そんな聞きたそうな顔しても、種明かしはしないよ」

 

 ステンの手刀は、空気中に真空を巻き起こす。それによって手刀本体が当たらなくとも、その周囲数メートルの範囲には、斬撃と同様の効果をもたらすのだ。これをステンは“空手裏剣”と読んでいる。炎と風を操る手練手管。それがセブンスセンスを発動したステンの真骨頂なのだ。

 

「これほどとは……」

 

 ぼそりと呟くアルはさらに上空高くへ昇ると、またもや大量の重力弾を降らせた。空が三に黒が七の割合で、重力弾が辺りを埋め尽くす。マスターの竜巻でその内の半分を吹き飛ばすも、まだ半分はランド達への直撃コースだ。

 

「アンタ達はあたしの後ろへ来な!」

 

 重力弾に対し、壁になるように前へ出たのはリンだ。そしてセブンスセンスにより発言した手首のブレスレットから、巨大な障壁が展開される。重力弾がいくら当たろうとビクともしないその障壁の名は、“アブソリュートディフェンス”。

 

 六角形の光の膜で紡がれたその障壁は、魔法・気・物理、さらには幻覚や心理攻撃などと言ったあらゆる攻撃を防ぐ事の出来る、極めて強固な防御能力を持つ障壁だ。一方向のみで、さらに任意で発動しなければならないという制限はあるものの、先程のアルの障壁よりも、強度は上。かつてのハイランド城で展開された“超魔障壁”に優るとも劣らない、最強の盾と言える能力である。

 

「チェック!」

 

 さらに。重力弾を防ぎ切ったリンの銃から放たれる、円錐状のドリルのようなエネルギー。正体は強力なバインド効果を持つサポート系の気弾である。いかなアルであろうと、動きを止められてしまえば一巻の終わりだ。一目で効果を見破ったアルはそれを避け、狙われぬよう上空を細かく飛び周る。

 

(これは想像以上に骨が折れる……)

 

 ここからの戦いは、一方的であった。マスターとリンがアルの攻撃の悉くを封じ、ステンが肉薄して隙を作り、一撃必殺持ちのランドと、手が空いたマスターがそれを逃さずに攻め立てる。何か一発でも被弾したら、その時点で負けが確定するという状況に追い込まれ……傍から見たら、アルは確実に追い詰められていた。

 

(く……まだ……)

 

 しかし。それでもアルは、リン達の猛攻を全て紙一重でかわしていた。どうしてこれだけの集中砲火を掻い潜れているのか。傍観している方からはわからない程に、アルは巧みなのだった。

 

 詠春が負けた理由の一つとして、一対多の状況が多かったからという事を、アルは挙げる。なまじ神鳴流の自信と経験があったからこそ詠春は気にしていなかったが、アルは極力二人以上を同時に相手にしないよう、細心の注意を払っていた。

 

 無効化されるにも関わらず、時折重力弾を放っていた目的はこれだった。攻撃のタイミングをずらして、一度に二人以上は自分にかかって来れないようにする。これが、アルが当たれば負けというリン達の猛攻を凌げていた大きなポイントだった。その手腕は実に巧妙で、リン達にを気付かせないよう事を運んでいる。

 

「そろそろ観念したらどうだいっ!」

「そうは……行きませんね!」

 

 リンの銃撃。しかしアルはかわす。反撃もせずに。もう一つアルが凌げていた理由を挙げるとすれば、それはマスターの存在だ。マスターの迎撃システムのせいで、アルは攻撃を捨てる事に何の躊躇もなかった。完全に防御のみに意識を集中出来ていたのだ。攻撃に出てくれればソレに乗じる隙もあったかもしれないが、その可能性がゼロだった事は、リン達にとっての不運と言えた。

 

「まだ……来ませんか……」

「オラァ!」

「!」

 

 危うく当たりそうになる、ランドの小さな体から繰り出される一撃必殺のパンチ。アルは浮遊魔法を駆使して宙を掛け、ひたすらに避け続ける。この浮遊魔法と言うのも、アルにとって大きなアドバンテージだ。リン達の側が使えるのは虚空瞬動だけで、空を自在に飛べる者が居ないと言うのが、攻め切る事が出来ない理由の一つだった。

 

「降参したらどうだい兄さん!」

「……冗談ではありませんよ」

 

 大地を砕くランドのパンチ。ステンの巧みな熱線と真空波。リンのサポート系の気弾と多種多様な銃弾の嵐。そしてマスターの大火力。それらの猛攻を、アルはかわし続けた。幾度となく繰り出される攻撃を、アルは凌ぎ続けた。しかしどれだけ余裕を見せようと、確実に精神をすり減らし、消耗していく。

 

「くっ……」

「今だ! リン! 撃てぇ!」

「!」

 

 ――――そして、ついに“その時”が、訪れた。

 

「う……」

「!」

「リン!」

 

 リンのオーラが、消えた。銃を持つ手には力なく、地に足を付けるのもやっとの状態で、今にも気を失ってしまいそうなくらい、フラフラになっている。……セブンスセンスを使った事の、反動だ。

 

「どうやら、耐え続けた甲斐があったようですねぇ……!」

「うあっ!?」

 

 即座にアルが放った一本の魔法の射手。動きの鈍った的に当てるくらい、目を瞑っていても出来る。その放たれた一矢の衝撃で、リンはあっけなく意識を失った。

 

「……なるほど。その力、どうやら持続には個人差があるようですが……大まかに十五分、と言った所でしょうか」

「……ちっ!」

 

 ……気付かれた。セブンスセンスの持つ最後の弱点、即ち“持続時間の短さ”に。変わらずふわふわと滞空するアルに、ステンの熱線やランドの回転体当たりが襲い掛かる。しかし、掠めるだけだ。絶妙にポイントをずらして、アルは直撃を避けた。四人でも捉えられなかった相手を、リンが抜けた状態で捉えらえる道理は、ない。

 

「く……くそ……ここまで来て……」

「はい、もう一人」

「っ!」

 

 リンに続き、ランドが脱落。光が消えて姿が元の巨体に戻った所へ、手加減のない魔法の射手が襲った。ランド、気絶。

 

「ふう……やれやれ、バレちゃったから言うけど、おいらももう持たないんだよね」

「そうですか……では、降参したらどうです?」

「はっ……冗談でしょ!」

 

 一人残ったステンは諦めない。実際、もうセブンスセンスを行使していられる時間はほぼない。ならば一撃に賭ける。ステンは魔炎烈波に使っていた炎と熱、空手裏剣に使っていた風の力を、全て拳に乗せた。全力の拳を至近距離で爆裂させる一発限りの大技、“タイランレイヴ”。文字通り執念の炎を燃やし、ステンはアルに真っ向からぶつかっていく。

 

「おおおお!」

「ふ……甘いですねぇ」

「うぎっ!?」

 

 しかし、撃沈。正面から燃える拳を直接叩き込もうとしたステンは、アルの掌低カウンターの餌食となった。セブンスセンスのオーラが消え、姿が元に戻る。ステン、気絶。最後に残ったのは、マスター一人。

 

「あたし一人でもやってやるさ……だそうです」

「さて……」

 

 今この時を限定して言えば、間違いなくアルにとって“対アルビレオ・イマ迎撃システム”は最も厄介な存在だった。ほとんどの攻撃が効果を及ぼさない。かろうじて対策されていないのは魔法の射手だが、それも先程の攻防で、マスターの鎧の防呪処理に通用しない事がわかっている。向こうの攻撃は当たらないが、自分の攻撃も当たらない。このままで行けば千日手のような状況になるだろう……と、傍からは思えた。

 

「勝てなくても、せめて引き分けに持ち込んでやるよ……とマスターは言ってますね」

 

 当然だが、マスターの武装はライフルだけではない。周りを巻き込む事を恐れて一番取り回しの利くライフルを使っていたが、こうなった以上遠慮はいらない。大量広域先制攻撃兵器マスターランチャー。マント状の耐魔遮断兵器マスターシールド。質量実体弾マスターホームラン。捕縛用装備マスターカウボーイ。さらにはマスタートマホークやマスターリングなんていう用途不明な物まで、マスター内部には合わせて二十六もの秘密兵器が内蔵されているのだ。

 

「引き分け狙い、ですか。残念ながら、そういう訳にはいきませんねぇ」

「?」

 

 不適に笑い、アルはマスターの言葉を一蹴した。この状況でこの態度。根拠は一体どこから来ているのかと、マスターのマスターが訝しんだ時。……アルは袖から、一枚のカードを取り出した。

 

「ふふふ……“来れ(アデアット)”」

「!!」

 

 それはアルの姿が描かれたカード。アルの言葉をキーワードに、カードは当人を囲む大量の本へと姿を変える。規則正しく舞い踊る本達。その中の一冊を手に取り、アルはそこに挟まれている栞を……

 

「ファイアッ!」

 

 瞬間、マスターライフルが唸った。盗賊の魂から引き出したエネルギーを滾らせ、重粒子の閃光が迸る。しかし、それは張り直されていたアルの魔法障壁に遮られた。そして、本を持っていたアルを激しい光が包む。

 

「!」

「さて。果たして迎撃システムとやらは、この姿に対応しているかな?」

 

 光が収まり、そこに居たのは日本刀を持った面長長身の青年。神明流剣士・青山詠春その人だった。勿論、はるか遠くの紅き翼陣営に、詠春本人は座っている。この目の前の詠春は、アルだ。アーティファクト、イノチノシヘン。他人への変身能力を持った、アルの切り札である。

 

「! しまった! ……ようです」

 

 アル(詠春)は本人顔負けの瞬動で一瞬にして距離を詰め、刀を振るう。マスターは、そのアルの動きに反応出来なかった。アルビレオ・イマ迎撃システムは、つまりそれ以外の人物に対しては意味を為さない。マスターは、あっさりとアル(詠春)の斬撃に被弾。大きく吹き飛び、ダウン。

 

「……どうやら、マスターは立ち上がれないようですよ」

 

 強烈な衝撃を受けた事による緊急措置が、マスターの内部で行われる。盗賊の魂からのジェネレータ出力を九割カット。全武装使用不可。マスターにはもう、立ち上がる力すら残っていない。そしてこの瞬間、勝負は決まった。

 

「切り札は、最後までとっておきませんとねぇ」

 

 決着。機械浜に四人の戦士が倒れ込み、立っているのはボロボロのローブを纏った魔法使い一人。先鋒戦とは違って静かな滑り出しだった次鋒戦は、アルビレオ・イマの勝利と言う形で幕を閉じる事となった。

 

「ま、“変身”はあなた達だけの専売特許ではないという事です」

 

 紅き翼、一勝。微笑を浮かべてカードを袖口にしまい込み、アルは一言そう言い放つのだった。

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