炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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4:vsゼクト

 次鋒戦を終え、リュウ達の陣地。

 

「悪いね……負けちまったよ」

 

 かろうじて気絶から復帰し、互いに肩を支えながら戻ってきた四人。代表するように、リンがそう口を開いた。他二人の男も含めて、詠春戦のようにはいかなかった事に意気消沈気味だ。

 

「お疲れ様でした。まぁドンマイですよ。そんなに気を落とさなくても……」

「……」

 

 迎えたリュウは非常に素直な気持ちで、彼らの健闘を称える。とはいえ、リン達の顔は晴れない。彼女らの気落ちっぷりは、見事にアルの手の上で踊らされた事の悔しさから来ているのは明らかだ。マスターの予想外の機能のおかげであれだけ粘れたが、本来ならセブンスセンスを封じられた時点で、全く良い所無く負けの筈だったのだ。

 

「いやホント……あの兄さんイイ性格してるよ」

 

 悔し紛れに呟くステン。敗因はいくつか思い当たるが、あのアルの余裕を結局最後まで崩せなかった事が何より口惜しい。本当はアルの方もかなり切羽詰まっていたのだが、それを表に出さないポーカーフェイスが巧み過ぎて、ステン達からは余裕の部分だけが見えていた。

 

「あそこまで追い詰められたんだから、十分な戦果だと思いますよ。まぁ何なら、リベンジの機会もその内あるかもしれないですし……」

「……そう言ってくれると救われるな」

 

 確かに負けたが、たった四人であのアルビレオ・イマ相手にあそこまでやったのである。リュウの言う通り健闘は健闘だ。出力低下で喋る事も億劫なマスターはさておき、例によってランド達には薬草を使ってもらい、最低限の回復を図る。

 

「しかしリュウ。これでこちらの弱点は全て露見してしまったようだな」

「そうなんですよね……」

 

 少しだけ困った風なガーランドの呟きに、リュウは顎に手を当てて応えた。その事はリュウ達にとって緊急命題だ。残る相手はゼクトとナギの二人。ここまでくれば十中八九、ゼクトが副将でナギが大将だろう。

 

「うーん……」

 

 「まぁ実際ナギだけは確実に大将だろうな」という無駄に確信めいた前提の上でリュウ達はチーム分けしたのだが、そうすると自動的に次の相手はゼクトという事になる。もちろん彼もアルと同様に甘く無い事をリュウは知っている。つまりもう、セブンスセンスは実質封じられたに等しい。もしも相手がナギだったら、喜んで発動するまで待つだろうが。

 

「……“アレ”でいきましょう。形振り構っていられませんし」

「やはりそれしかないか」

「は、愉快だねぇ……」

 

 何かを決断したように呟くリュウの声に反応し、ざっと前に出る四人。ニヒル虎人・レイ。G嫌い軍人・アースラ。ストイック鰐男・ガーランド。孤高の犬侍・サイアス。この面子が炎の吐息の副将である。

 

「些か反則の様な気もするがな……」

「いやまぁ……別にルール違反ってわけじゃないですし」

「その通りだな。どこにもおかしい所はない」

「むう」

 

 若干渋るガーランドにリュウとアースラが追い打ちをかける。セブンスセンスを使わなければ、ナギ達に通用しないのは最早バレている。だから、使わないという事は勝利を諦める事と同じだ。ではどうするか。リュウ達にはこんな時の為に一つ、ある意味乱暴な腹案があった。

 

「……さて。それはそうとボッシュ君」

「お、おう……なんでぇ相棒……」

 

 四人がそれぞれ“準備"に入ったのを確認した後、リュウは目の笑っていないにこやかな笑顔を浮かべ、改まって相棒に話題を振った。タラリと汗を一滴垂らしながら、何用か瞬時に察するボッシュである。

 

「お前、ちょっと後で体育館の裏に集合な。マスターの装備について色々とオハナシがある」

「……俺っちだけってなぁ、幾らなんでも不公平じゃねぇの?」

「モモさんはお疲れだからいーんだよ」

「ひでぇ。差別だぜ相棒」

「黙らっしゃい」

 

 「俺に内緒でマスターにあんなよくわからない機能を大量に乗せていたのか。全部話してくれてれば、もっと色々やりようはあったんだぞコルァ」と、リュウは目で語っていた。ボッシュを“平和的”に糾弾する気満々である。それに対し「まぁ搭載した機能は滞りなくその力を発揮出来てたから満足だし、そのくらいは甘んじて受けるか」とボッシュは割と素直に諦めたとか何とか。

 

 そんな風なやり取りが炎の吐息側で行われている頃――――

 

「いやぁ実際に相手にしてみるとなかなかどうして。手強かったですねぇ」

「……うむ」

 

 紅き翼陣営に戻ってきたアルは開口一番そう告げて、仲間に勝利を報告した。結果として特に酷い怪我を負った訳ではないが、魔力はかなり消耗させられているし、纏っているローブもボロボロだ。迎えたゼクトはアルの確かな勝利にしっかりと頷き、引き換えナギはあまり機嫌が良ろしくない。

 

「? おやナギ、どうかしましたか?」

「いや確かに勝ちは勝ちだろーけどよ……」

 

 力に力でぶつかって、完膚なきまでに勝ってこそ勝利。そんな若干脳みそ筋肉的な思考がナギにはある。だから、相手のスタミナ切れまで粘ったアルの勝ち方に不満があるのだった。

 

「ナギ、相手の弱点を突くのは戦法として正しいと思いますが……」

「そりゃそうだけど……何か納得いかねぇ」

「……まぁ、私がそうしなければならない程に相手の力が厄介な物だった、ということで」

「……」

 

 もしマスターの迎撃システムがない状態で、セブンスセンスを発動したリン達を相手にしたとしたら、ナギの希望するガチンコの勝負になっていただろう事は想像に難くない。マスターの存在は色々とダークホースであったのだ。勿論両チームにとって。

 

「……んー……まぁ……いーか。どっかの誰かみてーに負けたわけじゃあねーしな」

「むぐ……」

 

 しゃがみ込んだままサクッと言葉のナイフが突き刺さったのは、アルが勝ったおかげで肩身の狭い神鳴流剣士である。

 

「よし、じゃー次だ。お師匠はアルみてーなヒキョーな真似すんなよ!」

 

 勝つ事前提で、さらにその“勝ち方”に注文を付けるナギ。この自分の師匠たる少年姿の老魔法使いが、リュウ達に負けるなどとは微塵も思っていない。

 

「それは出来ん相談じゃ。もしもこれが本当の殺し合いだとしたらどうする。隙を晒す方が悪いのじゃ。リュウ達とて、その事は理解していよう」

「……」

 

 あの変身技は出すのに時間が掛かる。次の相手が誰であれ、そんな隙を自分の前で見せたら、その時は遠慮なく攻撃するとゼクトは言う。確かにその言い分は正しいと、ナギは一応頭では理解していた。しかし感情では納得していない。ナギの顔には、あと一押しでその文句が飛び出そうなくらいの不満が溜まっている。

 

「わかってっけど……でもお師しょ……」

 

 「お師匠は、あいつ等の底力を見たくねーのか」と、ナギがゼクトに言おうとしたその時だった。突如、リュウ達陣営の方から四つの光の柱が立ち昇った。

 

「!?」

 

 それは紛れも無く、前に二度見たあの変身技の光だ。まだ戦いが始まっていないのに使うとはどういうつもりなのかとナギは考え、そしてすぐにその意図を理解した。

 

「……見たかよお師匠」

「うむ。なるほどそう来たか。彼奴らは小細工無しの真っ向勝負を望みという訳か」

 

 セブンスセンスの先制発動。リュウ達の腹案はこれであった。罠や設置型の魔法等とは違って変身技なのだから、バトルの始まる前に使っても何も問題は無い筈。戦っている最中に使う事ができないのなら、最初からその姿になっておけばいいという単純な発想だ。代償として、持続時間約十五分で勝負を決めると言う短期決戦をリュウ達は選択したのだ。

 

「ふむ……」

 

 ゼクトは、今しがた口に出した言葉を撤回する事に決めた。殺し合い云々等ではなく、正々堂々の勝負としてぶつかり合う事に決めた。ある意味潔いと言えるリュウ達の姿勢に、敬意を表す事にしたのだ。それは時間制限付きのリュウ達にとっては願ってもない事だ。

 

「全く、馬鹿正直な連中じゃな」

「お師匠」

「わかっておる。久しぶりに全力で暴れられそうじゃ」

 

 ナギの声援を受け、ぐるぐると小さな肩を回しながら歩き出すゼクト。常に無表情なその顔が、この時ばかりは二ィと愉快そうに笑っていた。

 

「……」

 

 ちなみに詠春は、がくりと落ち込んだままであった。

 

 副将戦

 ゼクト vs レイ、アースラ、サイアス、ガーランド

 

「……なるほど。お主らの力、直に接すると相当の修練を積んだ物とわかるのぅ」

「おいおい……“紅き翼”ってなぁ、何でこうガキが多いんだよ」

 

 またしても、二つのチームの中間地点に戦士達が対峙した。レイ達は既にセブンスセンスを発動しているため、両者の対立の構図は凄まじいものとなっている。

 

「貴殿は……只者ではないとお見受けする。名を何と申されるか」

「ゼクトじゃ」

 

 ガーランドは主武器の槍に加え、銀色に輝く鎧を全身に装着していた。ガーランドは己の耐久力に自信を持っているが、それゆえ逆に防御に関する技術が足りないと、修行の中で悟っていた。そして目覚めたセブンスセンスは、そんなガーランドに“鎧”という形で応えたのだ。攻撃力と防御力を高い次元で纏めたガーランドの巨体に、銀の鎧が眩しく輝いている。

 

「おっさん、これから戦うんだぜこのガキと。何馴れ合ってんだよ」

「むう……」

 

 レイの今の姿は、虎そのものだった。“ワータイガー”。元々持っていた変身能力である。セブンスセンスに目覚めた結果、レイはこの“ワータイガー”の力を120%引き出す事に成功していた。理性を失うという欠点は、最早遠い過去のものだ。確実に自分の意志で、その爪と牙とスピードその他を制御する事が出来るようになったのだ。

 

「お前ら集中しろ。戦う前に無駄な労力を使うな」

 

 アースラは、見た目にも武器にも変化は無い。リンやガーランドの様にどこかに特別な装備があるわけでもない。彼女自身は、セブンスセンスのオーラを纏っただけである。では本当に何もないのかというと、決してそんな事はなかった。彼女の後ろに、奇妙な光の玉が付いてきている。数は二つ。それはアースラの後ろ、彼女が通った軌跡を忠実になぞって動く不可思議な物体であった。これこそが、目覚めたアースラの能力だ。

 

「……」

 

 異彩を放つのはサイアスだ。彼はオーラすらほとんど纏っていない。最低限、申し訳程度の身体強化は成されているが、それまでの普段の姿と何一つ変わっていなかった。葉っぱを咥え、静かに空を仰ぐ様は本当に時が止まったかのようだ。セブンスセンスを使っているのかどうかすら怪しい風体。だが、決して何もない訳ではないと思わせる“凄み”のようなモノがある。

 

 そんな強烈な印象と威圧感を放つ炎の吐息の四人に対して、紅き翼側に立っているのはちょこんと子供の容姿のゼクト一人。もし何も知らない人間がこの場を見たら、どう考えてもこれから行われるのは、戦いとは呼べない一方的な展開になるとしか映らないだろう。

 

「ふむ、流石はリュウが見込んだ連中じゃ。まさかこうしてワシらに正面から挑んでこれる連中が居るとは思わんかったわ」

「……さっきから気になってんだが、お前やけに上から目線だな。過信は身を滅ぼすってな、相場が決まってんだぜ?」

 

 皮肉の中にも自嘲が混じり、ワータイガーの姿で悠々と言葉を話すレイ。二本足で立つ虎の化物が、ズゥンと音に聞こえるような迫力を伴って目下の子供に何かを言う。その様は今まさに獲って食おうとしているかのようである。

 

「ふん、過信かどうかは拳を交えれば自ずとわかるわ」

「よく言うぜ。一撃でおネンネしても知らねーぞお坊ちゃんよ」

「……。ワシはこう見えてお主よりはるかに長生きしとる。口の利き方に気をつけろ」

「愉快だねぇ、お前どう見てもガキだろ。何をわざとらしく時代掛かった喋り方してんだか」

「……」

 

 何気にガキと言われて、ゼクトはカチンと来たらしい。売り言葉に買い言葉。舐められるのが嫌いなレイも、どんどん言葉を尖らせていく。ジリジリと場に形成されていくのは、闘いの空気だ。

 

「……その減らず口、今に叩けぬようにしてやる」

「ハッ……やれるもんならやってみやがれ」

「言うたな……その言葉、すぐに後悔させてくれるぞ!」

 

 言うやグッと両手に力を込めて構えるゼクト。それを見てそれぞれの武器を手に、同じく戦闘の姿勢を作る四人。最早両者の間に合図はいらなかった。先手を取ったのはゼクトだ。詠春が破れ、アルを苦戦させた炎の吐息の四人。そのど真ん中に狙いを定め、自ら飛んで突撃していく。既に臨戦態勢だったレイ達は、遅れる事無く俊敏な反応を見せた。

 

「オオオオッ!」

「ぬああっ!」

 

 拳に魔力を滾らせるゼクトに、まずレイとガーランドが応戦。アースラ、サイアスは後ろに距離を取って様子見だ。左からはレイの爪。右からはガーランドの槍先が、目の前まで来ていたゼクトを横一文字に薙いだ。しかし、手応えはない。薙いだと思ったそれは残像だったと、二人は一瞬遅れで気付く。

 

「甘いわっ!」

「うごっ!?」

 

 寸前で跳ねていたゼクトの体重を乗せた踏み付けが、レイの顔面を射抜いた。そしてその反動を利用し、ゼクトはガーランドにも攻撃を仕掛ける。次は外さないとガーランドは心に決め、向かってくる小さな対象目掛け、無数の刺突を繰り出した。巨体に似合わない華麗な槍捌き。幾重にも連なる散弾銃のような突きが、ゼクトを襲う。

 

「ずああああっ!!」

「ぬぅ……っ!」

 

 ガーランドの槍を、ゼクトは避ける。上下左右の動きだけで避けられそうな物は避け、当たりそうなものは魔力を指先に集中させて、最小限の動きで切っ先の軌道を僅かに逸らす。熟練を伺わせる避け方は完璧に近いものだったが、それ故に距離を詰めようとした勢いは、完全に殺がれていた。

 

「てめぇ! 俺を踏み台にしやがったなぁ!」

「!」

 

 顔を蹴られて激昂した虎が、動きを止めたゼクトを背後から強襲。刺突が止み、今度はレイの暴力が文字通りに牙を剥く。野性に任せて乱暴に振るわれる爪と牙。小柄なゼクトは触れるだけで引き裂かれてしまいそうな程の迫力だ。だがゼクトは、それをも正確に見切って紙一重で避ける。そして、すぐに反撃に移った。身を屈めて爪を避けると、大地を踏みしめた反動で空いたレイの腹を目掛け、体ごとぶつかるように魔力を込めたブローを叩き込む。

 

「ぐぅっ!?」

「……。腐っても虎か」

「っのガキがっ!」

 

 分厚いゴムで出来たタイヤを殴ったような感触が、ゼクトの拳に残った。柔軟なワータイガーの体は、衝撃に強いのだ。強烈なパンチではあったが、レイはひるまない。ギロッと獣の目が獲物を捕え、再び爪が振るわれる。ゼクトはそれを器用に避けながら、即座に呪文の詠唱を始めた。未だ攻めて来ない他二人にも注意を向けつつ、レイの真横を通り抜けてその背面奥へと進み出る。魔法の範囲に、レイとガーランドを同時に収める為だ。

 

「かぁぁぁっ!!」

「!」

 

 が、その一瞬の隙を見逃さず、レイの脇を掠めるようにガーランドの会心撃が放たれた。刺突を止めた時点で溜め始めていた闘気の竜巻が、ゼクトの背に狙いを定めて襲い掛かる。

 

「何のっ!」

 

 しかしそれもゼクトは振り向き様に受け止め、弾いた。手に魔力を集中させ、竜巻そのものの軌道を逸らす。先程の槍に対して行っていた防御の応用だ。対象が大きかろうと、巧みなゼクトにとってさしたる問題ではない。そしてゼクトは、大技を放って隙を晒したガーランドにターゲットを絞った。反転するように虚空瞬動でガーランドとの間合いを瞬時に詰め、魔法の為に練っていた魔力を今度は足に集中させ、鎧の上から強烈な蹴りを見舞う。

 

「! ……むぅ、この堅さ……!」

「そう簡単にやられはせん」

 

 キンと音を立て、ガーランドの鎧はゼクトの蹴りを通さない。今ので通じないならば、相当に気の入った攻撃でないと効かないだろう。ガーランドの防御力をそう分析したゼクトは、直ぐに横に回避運動を取った。真後ろから再び迫っていたレイが、直後に爪を振り下ろしたのだ。完全な二対一にも関わらず、ゼクトはレイとガーランドとの真っ向勝負で全く不利を感じさせない。

 

「……ちっ」

「……」

 

 後方で様子を見るアースラとサイアスは、手を出せないでいた。持ち前のセブンスセンスの力の関係上、敵と味方が入り乱れていると味方も巻き添えにしてしまう可能性が高いからだ。その事はレイやガーランドも頭の片隅で理解している。してはいるのだが、ゼクトが纏わり付いてくるせいで、中々アースラ達が力を発揮する機会を作れないでいた。

 

(……ふん、見え見えじゃ)

 

 ゼクトは、アースラとサイアスの動向にもしっかりと気を配っていた。だからこそ、こうしてレイとガーランドに敢えて接近戦を挑んでいるのだ。あの二人が最初に距離を取ったのは、つまり乱戦が得意ではないからだろうという読み。やはりその二人は、今もって戦闘に参加してこない。冷静に四人の役割を見極めているゼクトであった。

 

「よし……早々に落ちてもらうぞ! 【奈落の業火!】」

「!」

 

 いきなり放たれるゼクトの魔法。レイと応戦しながら呪文を紡ぎ、その掌から業火が迸る。だが反射神経だけで身を屈め、それをやり過ごすレイ。反応があと一瞬遅かったなら、間違いなく黒焦げになっていただろう。

 

「甘いと言ったであろう! 【雷の暴風!】」

「!?」

 

 さらに、ゼクトは雷の光線を背後に向けて放った。ゼクトは後ろなどチラリとさえ振り返っていない。だがその掌の先は、確実にそこに居るガーランドを捕えている。巨体を雷が掠め、威力に吹き飛ぶガーランド。掠っただけだ。ダメージ自体はほとんどない。ガーランドの鎧は物理防御に加え、耐魔法防御力にも優れているのだ。

 

「【氷る大地!】」

「くぁっ!? 足が……!?」

 

 続けて氷の魔法が放たれ、地が広範囲に凍りついていく。正面から来るゼクトの力は凄まじかった。的確に詠唱を完成させ、多くの属性魔法を手足の様に操り、二対一を物ともしていない。これはやはり全員で掛かるしかないとレイとガーランド、そしてサイアス、アースラは理解した。凍り付いて地に根付いた足を強引に引っ剥がし、レイとガーランドは二人揃ってゼクトから離れ、距離を取る。

 

「む……!」

「今だ……いけッ!」

 

 やや強引だが、アースラはこのチャンスを逃すまいと背後に伴う二つの光の固まりを解き放つ。光の球はアースラを頂点に、ゼクトの右背後と左背後を囲んで三角形を形成。

 

「喰らえ!」

「ぬ!?」

 

 アースラの手に持つ散弾銃から、気を纏った散弾が。さらにゼクトの背後を取る二つの光の塊からも、ほぼ同種の気で出来た散弾がゼクト目掛けて放たれている。これがアースラのセブンスセンスの力。一人でオールレンジ攻撃を可能とする光の玉、“オプション”の発現。自由度が高く、彼女の少し固い頭に反比例するように、応用性の高い力だ。

 

「ちっ」

 

 三方向からの平面攻撃。散弾である為に避け場所がない。これは三次元的に避けるしかないと分析したゼクトは、即座に上へと跳ぶ。

 

「行ったぞ!」

「……斬る」

 

 上空に逃れたゼクトに狙いを定め、サイアスが腰の刀に手をかける。刹那、ヒゥンと何かが振られたような音がして……。

 

「ぐっ!?」

 

 上空にいるゼクトの頬が、突然何かに斬りつけられた。赤い血が空に舞う。

 

「何じゃ今のは……っ!」

「……」

 

 付けられたのは刀傷だ。ゼクトは冷静に場を見渡した。刀を持っている者など、一人しかいない。だが、一体何をどうして自分の頬が切られたのか。サイアスとゼクトとの間には、埋め難い“距離”という名の壁がある。どんな攻撃だろうとこれだけの距離があれば、目や感覚に何も映らないハズはないのだ。けれどもその有り得ない事を、サイアスはやってのけた。ゼクトは改めて、“炎の吐息”の力を思い知る。

 

「……」

 

 今の攻撃こそ、サイアスのセブンスセンスの力。オーラをほとんど纏わない事は、即ち背水の陣の覚悟。防御を捨て、全ての力を攻撃に回すという意思の表れ。そうして得た斬撃は、何と光さえ捉えてしまう。言うなればそれは、“斬光剣”。

 

 自らは動かずに力を溜めこみ、居合いの要である“間合い”を超越。刀が振られた瞬間、どれほど距離が離れていようと相手は斬られるのだ。欠点は対象が目に見えていなければならない事と、連射が不可能な点の二つ。まさしく諸刃の剣と言えるその力は、非常に尖った物だった。

 

 無論サイアスは侍ゆえ、ゼノやタペタのように近距離での応戦も出来る。だがそもそも居合いというスタイルの為か、発現したサイアスの真の力は、このような静かなものであった。刀という近距離武器であるにも関わらず、存分にその威力を発揮出来るのは何と遠距離なのである。

 

(……少々見誤ったようじゃの)

 

 ゼクトは、自分の見立てを誤ったと悟った。様子見の二人は放置ではなく、近距離を挑んでくる二人より、真っ先に潰すべき相手であったのだ。だがそれは、既に今更な話だ。戦闘中にそんな事で舌打ちするような余裕は――――普段ならあるだろうが、今の“炎の吐息”を相手には、ない。

 

「余所見してんじゃねぇぞ!」

「!」

 

 虎が空を駆け、空中のゼクトへと迫る。その手に纏っているのは野生のオーラだ。レイにも、先ほどは見せなかった固有技くらいある。これから放つのはその一つ、リュウの爪の二連撃タルナーダを参考に、爪にオーラを集中させた連撃だ。

 

「ウルァァ!!」

「うぬっ!?」

 

 その名を、“バーサーカーバレッジ”と言う。単純に爪を振り回しているだけに見える攻撃だが、爪の軌跡が三本の衝撃波となって空気を引き裂き、見た目よりもずっと威力を及ぼす範囲が広くなっている。先程までの動きに慣れていたゼクトはその攻撃を紙一重でかわしてしまい、衝撃波で服や肌が切り裂かれ、瞬く間に血塗れになっていく。レイの地上戦での単調な攻めは、この時を狙っての物だったのだ。

 

「へっ、さっきの勢いはどうしたぁ!」

「おのれ、小賢しい!」

 

 吼えるゼクトの周囲に浮かぶ、無詠唱の魔法の射手。数百の矢がレイ一人に狙いを定め、そして撃ち出される。だがレイは、それを全て見切って避けていた。ワータイガーの動体視力とヒトには不可能な挙動の連続虚空瞬動。浮遊魔法を使えずとも、空中での機動力は半端ではないのだ。

 

「かぁぁぁぁっ!」

「!!」

 

 さらに、レイの後を追うように空へと追随してきたガーランドが、闘気の竜巻を下方から放った。けれどこれは既に一度見た技だ。ゼクト程の熟練が、そう簡単に同じ技を喰らう訳も無い。あっさりと、その直進しかしない闘気の渦を回避する。

 

「ふん、ワシに同じ技は二度は通じぬ!」

「グフフ……だろうな。ならば、もう一つの渦をくれてやろう!」

「なに!?」

 

 槍を背中に戻していたガーランドは、竜巻を放っていない方の腕にも気を集中させる。そして膨れ上がったその腕から放たれる、もう一つの竜巻。

 

「ぬぅんっ!」

「! これは……!?」

 

 最初に放った竜巻と、後に放たれた竜巻。ゼクトが避けたと思っていた前者はガーランドの操作で右から。後者は左から。ゼクトの方へと近付いてきているではないか。そしてゼクトはすぐに察した。もし、この二つの竜巻の間に挟まれてしまったらどうなるか。しかし気付いた時にはもう遅い。

 

「激烈掌!」

「いかん……っ!」

 

 ガーランドが掌を交差させると、それぞれの竜巻は挟み込むように、その境にゼクトを捕えた。挟まれたゼクトの小さな体が、竜巻の接合面で真逆に流れる猛烈な闘気流に、捩じ切れてしまいそうになる。

 

「うぐううっ!?」

「今だ!」

 

 そこへさらに、地上に居るアースラのオプションが飛んでくる。ゼクトの上下に配置し、そこから放たれるのはオプションと同サイズの気弾だ。弾幕さながらの一点集中連射が、次々とゼクトへと命中していく。

 

「斬る……っ!」

 

 駄目押し気味にサイアスの斬光剣が放たれ、距離を超越した斬撃がゼクトを襲う。竜巻をかろうじて防御している左腕に当たり、激しい出血が竜巻を赤く染めていく。

 

「とどめだ喰らえ!!」

「!」

 

 最後に、いつの間にかゼクトの真後ろに陣取ったレイが吼えた。“虎砲”。口から咆哮と共に気弾を発射する、フーレン族特有の技だ。勿論威力はセブンスセンスのおかげで、大砲を優に超すレベルに達している。全員の技の直撃により、空中に大きな爆炎が広がった。各々の位置から、油断なくその中心を睨むレイ達。直後、爆炎冷めやらぬその中から何かが高速で飛び出した。

 

「!? おっさん! 避け……」

「……遅いわ」

「!」

 

 爆風を突きぬけて、魔力のオーラを纏ったゼクトがガーランドを急襲。爆炎に紛れていた為虚を突かれたガーランドは、それを避けられなかった。魔力が極限まで込められたゼクトの拳が、銀の鎧の上から叩きつけられる。

 

「ぐ……がぁ……っ!?」

「……どうやら、ワシの拳の方が少しばかり堅かったようじゃな」

 

 ガーランドの、大きく腹を覆っていた鎧は砕けていた。目を見開き、口から血が吐き出される。ゼクトの練り込んだ魔力を込めた一撃は、ガーランドのセブンスセンスによって生み出された鎧の強度すらも上回るポテンシャルを秘めていたのだ。

 

「うぐ……」

「おっさん!」

 

 ぐらりと姿勢を崩し、落ちていくガーランド。そこでレイ達はゼクトの様子に気付いた。左腕から大量の血を流し、ダラリと降ろされ真っ赤に染まっている。最早あの腕では、パンチを打つ事など出来ないとわかるぐらいに。各員の技の直撃は、確実にゼクトにダメージを与えていたのだ。

 

「てめぇ、大怪我程度じゃ済まさねぇぞガキィ!」

 

 虎が、空を蹴って手負いの少年へと襲い掛かる。牙を剥き出しに闘争本能のまま襲いくる密林の王者。その迫力だけで、常人なら恐怖のあまり気絶している所だ。

 

「抜かせ若造が!」

 

 それに対してゼクトは真っ向からの殴り合いを選択。空中を駆け巡りながら、虎と子供が格闘戦を繰り広げる。両者はほとんど密着している為に他の者は手を出せない。威力は二人とも凶暴の一言。しかし、ここで技量の差が出た。

 

「うがぁっ!?」

「その程度の腕で……百年早いわ!」

 

 片腕が戦力にならずとも、ならばそれは攻撃を避ける盾に使う。レイがゼクトを引き裂こうと爪を振り下ろす。ゼクトはそれを、血だらけの左腕でトンと柔らかに押やって軌道を逸らして回避。そのまま空いた顔面に右拳を叩き込む。まさしく年季の違い。レイの攻撃ターンは転じてゼクトの攻撃ターンとなる。荒削りなレイの技は、老練なゼクトには及ばなかった。

 

「ぐあっ……」

 

 幾多の攻防の末、小さいけれど強烈な拳が数度顔面を捕え、レイは仰け反ったまま大きく吹き飛ばされた。拳に付いた血をペロリと舐めながら、ゼクトは競り勝った事に僅かに気を良くする。だが当然このまま終わるレイではない。セブンスセンスに目覚めたレイのもう一つの力、“超自己治癒能力(ヒーリングファクター)”が、即座に受けたダメージを回復させる。これは任意ではなく、常時発動している強化された回復能力だ。

 

「そこまでだ!」

「む」

 

 その時、何とアースラが空を蹴ってゼクトの目前に現れた。どういう意図か、後衛に徹していた筈の彼女が進んで前に出てきたのだ。両手に気を纏わせた二丁の銃……この日のために用意した、激的な破壊力を持つ“雷神銃”を携え。セブンスセンスの力の結晶であるオプションは、ゼクトの左右に展開させる。その上さらに……

 

「ウェイブス・レイブス・ブレイブス!【来れ 深淵の闇、燃え盛る大剣、闇と影と憎悪と破壊……】」

「ほう……器用な真似を」

 

 銃撃、銃撃、銃撃、魔法。アースラは、たった一人で四つの仕事を同時にこなす事が可能だった。これがオプションを用い、彼女なりに組み上げた戦術。空中に佇むゼクトへ向けて、アースラの底力が炸裂する。

 

「……だがのぅ、魔法でワシに挑もうとは、笑止千万!」

 

 即座に、ゼクトも魔力を練りだし呪文詠唱を開始する。先に詠唱を開始したアースラと、後から始めたゼクトの詠唱。完成するのは同時であった。

 

「【奈落の業火!】」

「【最強防護!】」

 

 ゼクトの左右、正面から無数の銃撃。そして燃え盛る炎の魔法が全てを飲み込む。同時にゼクトの周囲を、幾重もの魔法陣が覆い隠す。強固な魔法障壁と、アースラの底力とが激しく衝突する。

 

「……やったか……?」

 

 一人同時攻撃のタイミングは完璧だった。避けられる筈はない。当たる直前に魔法障壁が見えたが、今の密度での攻撃ならば、そうそう防ぎ切れるものでもない筈。アースラはそう思ったが、しかしその予想は甘すぎた。

 

「……残念じゃったな」

「なっ!?」

 

 アースラの前方僅か一メートル。既にそこにはゼクトが居た。

 

「【雷の暴風!】」

 

 ゼクトの最強防護を、アースラは貫けなかった。ぶわっと爆風が晴れた先、目の前に居るアースラ目掛け、ゼクトの魔法が放たれる。真正面からの直撃コースだ。誰の目にもやられる、と思われた。しかし瞬間、雷の暴風の軌道が大きく逸れる。それはアースラ自身では無くその片腕だけを巻き込みながら、空の彼方へと飛んで行く。

 

「ぐぁっ……!!」

「ちっ……今のは……」

「……」

 

 腕を抑えて、何とかその場から離脱するアースラ。雷の暴風が逸れた原因は、遠方からのサイアスの斬光剣だ。魔法を放たんとしたゼクトの腕を、サイアスは狙ったのだ。しかし瞬間的に僅かな殺気を捉えたゼクトが腕を引っ込めたため、結果的に放った雷の暴風の軌道が逸れたという訳だ。

 

「中々良い腕をしとるのぅ」

「……」

 

 タイミング良くアースラを救った形になったが、遠方に居るサイアスは静かに汗を流していた。今の一撃は、本来ならば片腕を斬り落とすつもりで放ったからだ。つまりゼクトは距離を超越し、気配すらないはずの斬光剣をも、見切り始めているという事になる。

 

「……ようガキ。どうした顔色悪いぜ?」

「もう復活したか。お主こそ、その尋常でない汗はなんじゃ」

「は、知るか!」

 

 片腕をダランと下ろした状態で不敵に笑うゼクトの前に、三度虎が姿を現した。横からの虚空瞬動で容赦なく首を搔っ切ろうと迫るレイを、ゼクトはやはり油断なく避ける。レイ自身が受けたダメージは、持ち前の超自己治癒能力(ヒーリングファクター)によりほとんど抜けていた。尤も体力そのものはそうすぐに回復とは行かないが。

 

「俺を忘れてもらっては困るな」

「……鰐の方もか」

 

 もう一人。鎧の腹の部分を大きく砕かれたガーランドが、ゼクトの上から鋭く槍を振り下ろす。当然のようにひらりとかわし、ゼクトは二人から距離を取った。先程アースラが前に出てきた理由は、このレイとガーランドの回復の為の時間稼ぎであった。僅かな間でも、ガーランドのタフネスとレイの回復力ならば、戦線復帰に十分だろうという信頼と計算の上での事だ。

 

「……」

 

 ゼクトは、二人に叩き込んだ拳にそれなりの自信があった。並大抵の相手なら、確実にKO出来ていた筈の攻撃だ。それにも関わらず、この復活劇。流石にプライドが傷つけられた。

 

「上等じゃお主ら……!」

「!!」

 

 冷静なゼクトにしては珍しく、熱くなって魔力のオーラを纏い、レイとガーランド、さらにアースラとサイアス目掛けて魔法の射手を乱れ撃つ。まるでシャワーのように降り注ぐ大量の矢の爆撃が、ゼクトの魔力の底知れなさを伺わせる。

 

「流石に……!」

「全く可愛気のねぇガキだぜ!」

 

 矢の隙間を縫うように空を翔る虎。幾つか矢の直撃を受けながらも、強引に距離を詰める鰐。空中で、再び二対一での近距離戦へともつれ込む。ゼクトは、アルのように時間切れを待つ戦法を選ぶつもりはなかった。真っ向勝負。全力と全力。レイ達の潔さ(と口の悪さ)に感化され、正面から打ち破る方向に思考が傾いていた。

 

「ワシの名に賭けて、オヌシら全員叩き潰してくれる!」

「じゃあ俺らが勝ったら、その掛け金貰うぜ!」

 

 対するレイ達四人もまた、攻撃とそれぞれのフォローは完璧だった。レイとガーランドがゼクトに打撃を与えて吹き飛ばすか、または逆に吹き飛ばされるとする。その瞬間を狙い、アースラとサイアスが的確な追撃またはカットに入るのだ。そして鬱陶しがったゼクトが矛先をアースラ達に向けると、それはさせじとレイとガーランドが阻んで追い縋り、近距離戦に持ち込む。

 

 一見すると互角の勝負に思えたが、本当はそうではない。何故なら、レイ達には実質的な時間制限があるからだ。セブンスセンスの効果が切れれば負け同然。だから、レイ達は形振り構わなかった。この十五分という短い時間で倒しきると最初から決めている。言わば飛ばしっ放しの状態だ。その勢いが、技術の面で一回りも二周りも上の戦闘巧者たるゼクトに、しっかりと喰らい付いて離れないのだった。

 

「おのれ……何としぶとい連中じゃ……」

「……お互い様だろそりゃ……!」

 

 力の入らぬ腕で槍を、爪を避け、隙を見て高威力の打撃を叩き込むゼクト。しかしタフネスを誇るガーランドと驚異的な回復力のレイは幾度喰らおうと立ち上がり、アースラとサイアスが二人の回復時間を稼ぐ。ゼクトは少しずつ身体に傷を増やしながら、それでもレイ達の全てに対応し、迎撃を行っていた。驚異的なスタミナだ。

 

(やりおるが……見えてきたぞ……!)

 

 もう何度目かのぶつかり合い。ゼクトはこの時、四人全員を同時に相手取るという離れ業をやってのける。まるで後ろにも目があるかのように魔法を放ってアースラとサイアスに仕事をさせず、目の前のレイとガーランドの攻撃は的確に避けて拳や蹴りを叩き込む。流石に“紅き翼”。恐るべきはその適応力か。

 

「……やらせぬ!」

「くっ!」

 

 接戦。互いに決め手を欠き、均衡に楔を打ち込むには至っていない。けれどゼクトは徐々にだが、確実にレイ達全員の動きを上回りだしていた。そして狙いを一つに絞り、空中を巧みに動き回る。レイ達のタイムリミットが近付く中、地上に居るサイアスとアースラに、ゼクトの放った牽制の魔法の射手が幾つかヒットして運悪く転倒。さらにゼクトはレイとガーランドの攻撃を避け、受け止め、二人纏めて突き離す事に成功する。

 

「ここしかあるまいて……!」

「!」

「【契約に従い、我に従え、炎の覇王!】」

 

 空中から眼下を見下ろす様に浮き止まり、紡ぎ出されるゼクトの呪文。集う魔力から相当の大技とわかる。だが、そんな長い詠唱などさせない。レイとガーランドは同時に空を蹴ろうとして、ハッと“ある事”に気付いた。自分達の後ろに、魔法の矢で転倒したアースラとサイアスが居るのだ。

 

「これは……マズイ!」

 

 ゼクトは、巧みに誘導していた。気付かぬ内に、ガーランド達はゼクトから見て一直線になる様に位置を調整されていたのだ。次第に手慣れていくゼクトへの対応に手一杯だったガーランド達は、その事に気付けなかった。

 

「【来たれ、浄化の炎、燃え盛る大剣。ほとばしれよ、ソドムを焼きし火と硫黄。罪ありし者を、死の塵に!】」

「!!」

 

 ガーランド達に戦慄が走る。詠唱の阻止は、最早このタイミングでは不可能だ。そしてゼクトの周囲に集う魔力は膨大。感じられる威力の規模から、アレが放たれれば地上は文字通り業火に包まれるだろう。そして、その場に居るサイアスとアースラは、間違いなくやられる。

 

「くそっあいつ纏めて決める気だ!」

「……かわせんか」

「終わりじゃ、【燃える天空】!」

 

 ゼクトの炎系広域魔法。灼熱を閉じ込めた熱線が、問答無用で放たれた。レイ達は悟る。どうにかしなければ地上に居る二人が。レイよりも、ガーランドの決断の方が早かった。

 

「……後を頼む」

「!? おっさん!!」

 

 ガーランドが、魔法の前に進み出た。犠牲は一人で良い。二人同時にやられるよりは、まだ希望が残る。ガーランドは自分を盾に、地上の二人を助ける道を選んだのだ。

 

「なに!?」

「ぐあああああっ!?」

 

 “燃える天空”の直撃。高熱に身を焼かれるガーランド。魔法防御に優れた鎧を纏っているとは言え、それは既にゼクトの攻撃で大きく砕け、またヒビ割れている。とても炎系大呪文に抗えるだけの抵抗力は無い。

 

「ぐ……う……」

 

 魔法の光が消え去ると燃え尽きた様に、真っ逆さまに地上へとガーランドは落ちていく。ゼクト必殺の魔法の威力を一身に受けたガーランドは、これまでの積み重なるダメージに、とうとう限界を超えた。だがそのガーランドの影となる位置に居たアースラ、サイアスはかろうじて無事であった。それ以外の地上は大きく抉られ、大魔法の威力を物語っている。

 

「おっさん! くそ……てめぇ……!」

「ふむ……」

 

 ――――そして、ゼクトに容赦の二文字はない。

 

「【おお 地の底に眠る 死者の宮殿よ……】」

「! なんだとっ!?」

 

 ゼクトは、今を好機と見て一気にカタを付けるつもりだった。勝負所を見極める目は流石と言うしかない。この上でさらに大魔法など使われたら、ガーランドの犠牲が無駄になる。

 

「唱えさせるかよ!」

「させん!」

「……っ!」

 

 レイに加えてアースラが空を駆け、サイアスが地上で力を溜める。オプションが再びゼクトの周囲に展開され、さらに、ここで初めてサイアスの持つ刀に膨大なオーラが滾った。

 

「はあああっ!!」

「ウオラァァっ!」

 

 銃とオプションからの一斉気弾掃射。加えてレイの爪から繰り出される無数の衝撃波。それら全てが、詠唱中のゼクトへと殺到する。だがしかし、今一歩届かない。ぶつかったのはゼクトの手前。呪文を唱え出した段階で張られていた、ゼクトの魔法障壁にだ。強度的には直ぐに破壊されるだろう。しかし詠唱の時間稼ぎには十分過ぎる。

 

「“羅刹……」

 

 そこへ、遅れて現れる救世主。放たれるサイアスの切り札。斬光剣のように距離を超越し、巻き起こるのは敵を斬り刻む檻。言い換えれば斬撃のみで構成された結界だ。恐らくは一撃で意識を奪うに足る威力があるだろう。あくまで狙うは詠唱の阻止ではなく、勝利なのだ。

 

「……覇王剣”っ!」

「!! っぅ……!?」

「ここしかねぇ! くたばれこの野郎ぉぉぉ!」

「おおおお!」

 

 気合い一閃サイアスの刀が解き放たれ、ゼクトは魔法障壁ごと、あらゆる角度から来る不可視の斬撃に刻まれた。他二人の気迫の攻撃も重なり障壁は砕け散り、ゼクト自身も、大概な威力の攻撃の下に引き摺り出される。レイ達は勝負を賭けた。瞬く間にゼクトの全身が嵐のような攻撃に晒され、血塗れとなっていく。

 

「……」

 

 そしてその時ゼクトは、微かに笑った。呪文は、完成したのだ。

 

「【冥府の石柱!】」

 

 文字通り、肉を切らせて骨を断つ。全てをその身に受けながら、ゼクトの大魔法が放たれた。

 

「うああっ!?」

「あぐっ!?」

「……!!」

 

 上空に召喚され、降り注ぐ巨大な石の柱の群れ。レイ達を襲う純粋な大質量の塊。疲れてさえいなければ、かわす事は出来ただろう。だが直前の攻撃に集中していた事も相まって……レイが、アースラが、降ってくる石柱の直撃を受けた。サイアスも、元々防御力は紙のような状態で、尚且つ必殺の一撃を放った直後。同じく石柱を避けられず、直撃。

 

 石柱は轟音と共に、三人を押し潰す様に大地へと落下する。そして大仰な土煙に紛れ、役目を終えた柱は何処かへと消えていった。

 

「……ハァ……ぐっ……手強い……連中じゃった……」

「……」

 

 腕を抑え、足を引き摺り、傷だらけのフラフラで地上へと降り立ったゼクト。彼の前に、四人の戦士が転がっていた。レイ、アースラ、サイアスは気を失っているからか、セブンスセンスが解けている。ただ一人、ゼクトの言葉にピクリと反応を返したのはガーランドだ。警戒するゼクト。けれどガーランドは意識はあるようだが、身体が追い付かないのだろう。動きそうに無い。もう間もなく開始から十五分経つ。攻撃してくる事は無いだろうと踏んで、ゼクトは近付いていく。

 

「ぐ……くっく……。なるほど、これが音に聞く……“紅き翼”の力、か。……全く……リュウの言う通り、誰もが常軌を逸している、な……」

「……」

 

 顔だけを動かし、笑うように喋りかけてくるガーランドの声を、ゼクトはただ聞いていた。まるで今まさに命尽きるようであるが、それは恐らくセブンスセンスが切れかかっているからだろう。

 

「謙遜する必要はないぞ。お主らの力は本物じゃ。ワシが保証しよう。……しかし、本当にタフじゃのうお主は。ワシの魔法の直撃を受けて気絶すらせぬとは。逆にワシの自信の方がぶっ壊されそうじゃわい」

「ふ……タフか。……そう、俺は見ての通り……頑丈さだけが取り柄で……な!」

「!?」

 

 直後、ガーランドの口からゼクトに向けて放たれる闘気の渦。それは口からの会心撃。ガーランドの最後の最後の奥の手だ。ゼクトは、完全に意表を突かれた形となった。ゴゥと砂埃を巻き上げて、闘気の竜巻は機械浜の彼方へと消えていく。

 

「…………ふぅ。まさか、まだそんな力を残していたとはの。冷やりとしたぞ」

「……く、無念……」

 

 しかしガーランドの奥の手は、ゼクトの肩を掠めるだけに終わった。今のゼクトならば、直撃すれば相討ちに持ち込むに足る威力はあっただろう。不意を突くタイミングも完璧だった。惜しむらくは、狙いの甘さ。放たれた闘気の渦がゼクトの全身を巻き込む位置であれば、かわしきれず、どうなったかはわからない。最後の力を振り絞ったガーランドは力尽き、気絶。

 

「ようやく、か。……全く……これほど疲れたのはいつ以来じゃろうかのぅ……」

 

 紅き翼、二連勝。激戦を制したのは老獪な少年魔法使い、ゼクト。この時点で、リュウ達の勝ち越しの芽は儚く消えるのだった。

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