炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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5:vsナギ・スプリングフィールド

「痛っつ……クソ……あのガキ……っ」

「ほら、動かないで下さい。包帯が巻けないですから」

「こりゃまた手酷くやられたもんだなぁ」

 

 ナギ達紅き翼に二連敗を喫したリュウ達炎の吐息一行。現在は戻ってきた傷だらけのレイやアースラに薬草を使い、ぺたぺたと絆創膏を貼ったりしている最中である。今の段階でまともに動けるのは、最早リュウとボッシュだけだ。なので、これから大一番を控えた立場なのに看護師のような事を率先して行っている。まるで野戦病院の様な図になってしまっているのは仕方ない。

 

「完敗だ。全く情けない……」

「そんな事ないですって。いやホントに」

 

 力及ばず己の無力を嘆くガーランドに、そうでもないとリュウは明るく声を掛ける。ぐるりと周りを見渡してみれば、リュウとボッシュ以外の面子は皆大なり小なりボロボロだ。今現在のリュウ達はそんじょそこらの相手には傷一つ負わされる事のないレベルに達しているのだが、それをこんな風に出来るという事自体、“紅き翼”の強さが本当におかしい事を端的に表している。

 

「さて、と。じゃあ後は頼んだボッシュ」

「おう、しっかり面倒見とくぜ」

 

 一通りレイ達の応急手当が済むと、後の処置を任されたボッシュはピョンとリュウの肩から飛び降りた。そしてリュウは徐に立ち上がり、軽い準備運動を始める。屈伸・伸脚・深く伸脚・アキレス腱伸ばし・前後屈・腕回し・体の回旋。全国大会百メートル走決勝出場前の選手のように、体の各機能をほぐしながら集中力を高めていく。

 

「よぉ……俺らの分まで頼むぜ……大将」

「ええ」

「リュウ、絶対勝ってよ!」

「……そのつもりです」

 

 二人のフーレン族からの声援と、他全員からの信頼の眼差しを受けて、少年は戦場へと向かいだす。しっかりとした足取りで。意志の強さを感じさせる顔つきで。炎の吐息リーダー、リュウが満を持しての出陣である。

 

 そしてその頃紅き翼陣営では……

 

「やったぜお師匠!」

「当然……と言いたいがの。あやつらは、もう少し老人を労わる心を持つべきだとワシは思うのじゃがな」

「ふふふ、ゼクトは老体には見えませんけどね」

 

 出血多量の状態でナギ達陣営に戻ってきたゼクト。見た目瀕死に近いのに、焦らず騒がず表情一つ変えないのは性格ゆえか年の功か。実際、今のゼクトの態度には確実に強がりもあった。それだけレイ達の攻撃は激しかったのだ。

 

「ふう」

 

 ゼクトは詠春の隣に腰を下ろして一息つくと、自分の弟子に目をやった。傍から見ても、その弟子はこれからの戦いに異常なまでにワクワクしている様子がよくわかる。そこでゼクトは何故だかさらなる疲れに襲われた気がして、またしてもふうと溜め息をついた。

 

「……馬鹿弟子よ。残る相手はリュウ一人。しかし、気を抜くでないぞ」

「ああ」

「私達と彼らの力の差を、強引とは言え埋める術を見つけてきた張本人ですからねぇ。リュウ自身、一体どんな裏技を身につけて来たのやら。楽しみですねぇ」

「ああ!」

「俺が言えた義理じゃないが、これだけはわかる。多分今のリュウ君は、これまでで最大最強の敵だろう」

「ああ!!」

 

 ナギは、仲間達の声を聞いていない。いや聞いてはいるが、それは右から左へ抜けていた。それだけ、これからの戦いに集中しているのだ。ナギは思う。全く楽しみすぎると。リュウは詠春やアルやゼクトにあれだけ喰らいついた連中の、大将を勤めている。この勝負のトリをたった一人で飾るからには、中途半端では承知しない。

 

「よし……じゃあ行ってくるぜ!」

 

 杖を手に、ローブを翻し、颯爽と突き進む赤髪の少年。向こうからやって来る青髪の少年を、しっかりとその目に捉えながら。

 

 大将戦

 ナギ・スプリングフィールド vs リュウ

 

「……」

「……」

 

 その場に対峙するのは子供二人。この構図は、今までで一番“貧相”な対立と言えた。杖を持ち、ローブを着た勝気な顔の赤髪の少年と、どこにでも居そうな普通の格好をして、武器すら持っていない青髪の少年。三回に渡ってド派手な勝負を仕出かした両チームの最後を締め括るにしては、迫力という点が大きく不足しているように思えた。

 

「よぉリュウ。このオレに一対一(タイマン)張るって事ぁ、それなりに出来るようになったって事だな?」

「……」

 

 腕を組み、見下ろすように不適な顔で挑発するナギ。ここで正直に「その通りだこの野郎」とリュウが答えない事くらい、そこそこ長い付き合いのおかげでわかっている。勿論全部理解した上での質問だ。

 

「まぁ、多分ね」

「ったく相変わらずハッキリしねーな。何なら、待ってやってもいいんだぜ。あのドラゴなんたらになるまで」

「ありがたい話だけど、その必要はないから」

「……」

 

 ナギは、どうにもこのリュウの態度に非常に興味をそそられた。リュウは“あの姿”にならなくても、自分の相手は務まると言っている。ずっと気になっていたが、リュウのこの自信の根拠は何なのだろうか。勘だが、コイツに関してはどうも他の連中の使った“あの変身技”だけがこの自信の元とは思えない。

 

「……よし」

 

 ナギは知りたくなった。もうこれ以上、余計な事を言うつもりも、そんな気持ちの余裕もない。戦ってみればわかる。だから、一刻も早く戦いたい。それだけだ。

 

「じゃあ、覚悟は出来たかよ」

「覚悟って……何の?」

「勿論……お仲間の面前で、このオレにボッコボコにされる覚悟だ!」

「!」

 

 言葉の応酬が途切れ、両者の気合いが一気に解放される。ぶわりと戦場を包み込むそれを合図に、リュウとナギは二人全くの同時に後ろへ距離を取った。それは“相手の出方を見る”……等という消極的な選択ではない。お互いがまず何をしたいかを理解し合った結果、単純にこれから己が放つ力に自分が巻き添えにならないためにだ。

 

「まずは小手調べだ!」

 

 リュウの位置から、距離を取ったナギが呪文を唱える姿が見えた。一応あんちょこを見なくとも、あれくらいは唱えられるようになったらしい。相変わらずのバカみたいな魔力が、ナギの拳に集中していく。磨きを掛けられたそれは、うんざりする程に強大であるのがリュウにはわかった。

 

「あれで“小手調べ”ね……」

 

 どう見ても、決め技レベル。初っ端から大技を無遠慮で。そんな規模の魔力を感じさせるナギに呆れながら、リュウもそこで呪文を唱え出す。小手調べなのだから、避ける気は無い。リュウは魔法と魔法のぶつけ合いをするつもりだった。だが修行したとはいえ、リュウにはナギ程の馬鹿魔力はない。普通に放てば、十割押し負けるだろう。

 

「ソル・ファル・リ・エータ・リギエンダ、【来たれ氷精、闇の精……】」

 

 リュウの口からスラスラと、何も見ずに紡ぎ出される詠唱。この日の為に舌を何度も噛みながら、早口言葉で無理やり鍛えた努力の賜物だ。そして呪文を唱えながら、リュウはとある一つスキルを発動させる。それはヴン、とリュウの背後に薄く蒼い残像のような物を発生させた。

 

「【雷の暴風!】」

「【闇の吹雪!】」

 

 ドンとナギの拳から放たれる閃光。膨大な魔力を惜しげも無く投入された、ゼクトの物より数段太くて巨大な雷光線。それに対してリュウが放った黒い光線も、何と全く見劣りしない大きさを誇っていた。

 

「!?」

「っ!」

 

 ぶつかる二色の光線は両者の中間で激しくせめぎ合い、力の拮抗を見せている。天秤はどちらに傾く事も無く、互角。……全くの互角。行き場を失った互いの魔力はその場に留まり続け、ついに耐えられず大きな爆発を呼び起こした。最終戦の開始を告げる合図と呼ぶには、少々過ぎた爆音であった。

 

「リュウの野郎、何かやりやがったな……」

 

 立ち込める爆風を睨みながら、心底楽しそうにナギは呟いた。ナギとて、リュウの魔力が自分に届かない事くらいわかっている。にも関わらず、リュウは自分の魔法を“魔法で”相殺したのだ。他の連中が使っていた“あの変身技”を使った風にも見えないし、ドラゴなんたらになった気配も無い。つまり、リュウは何か全く別の技術で、あれだけの威力を出していると推察する。

 

「ナギ!」

「!」

「悪いけど、勝たせてもらうから!」

「何だと……?」

 

 爆風が晴れ、リュウはナギに向けて大胆にもそう宣言した。リュウはナギにペースを掴ませる前に、速攻で勝負を決めるつもりなのだ。その為の奇襲策も、当然考えてある。そして次の瞬間……リュウの姿が、ナギの前から消えた。

 

「っ!?」

「……それじゃ」

 

 気配も何も感じさせず、リュウが出現したのはナギの真後ろだ。肩口にポンと手を置かれ、驚愕したナギが振り向くよりもそれは早く。

 

 ――――閃光。

 

「!?」

「な、何だ!?」

 

 遠方のゼクトや詠春の目さえ眩ませるほどの光。超大規模なカメラのフラッシュのような光量が、機械浜一帯を埋め尽くした。これぞ、“滅殺”。刹那の間に無数の打撃を叩き込み、敵を粉砕するドヴァーを象徴する技である。リュウが苦労してドヴァーから盗んだ技の一つであり、本来は別の名が付いているらしいのだが、リュウはただ“滅殺”とだけ呼ぶ事にしていた。最初から、出し惜しみなどリュウはしない。

 

(手応えあった……!)

 

 特筆すべきは、短距離ワープの“シャドウウォーク”とこの“滅殺”を組み合わせた事にある。瞬間移動で知覚されずに間合いに飛び込み、問答無用で叩き潰す。リュウが考案したこの連携は非常に極悪であったが、ナギ相手ならばこれでもやり過ぎという事はない。

 

 そしてリュウの拳には、確実に全弾決まったという感触があった。ドヴァーの様に数え切れない程無数と言う訳ではなく、刹那の間に出せる打撃の数は精々十五発が限界だ。しかしそれでも、当たれば当然一撃必殺の威力を誇る。それこそあの時、刹那の間に倒れ伏したカーンのように。思わず決め台詞として、「我、(こぶし)極めたり!」などと口走ってしまいそうになる。

 

 だがコンマ何秒かの時を経た時、驚くべき事が起きた。…………リュウの頬を、強烈な痛みが襲った。……殴られたのだ。

 

「!? な……っ」

「……何だリュウ、間抜けヅラ晒してボーっとしてんじゃねーぞ」

 

 閃光が収まった後、そこに倒れたナギの姿はなかった。思い切りぶっ飛ばされたリュウは体勢を立て直し、ズザっとしっかり地に足を付けて、ナギへと目を向ける。殴られて切った唇を拭いながら。

 

「……!」

 

 ナギは、無傷だった。リュウの顔面を殴った手をプラプラさせて、ニヤリと笑っている。流石にこれは、いくら何でも解せない。いくらナギが強いと言っても、初見のこの技をまともに喰らって尚且つ無傷で済むとは、リュウにはとても思えない。

 

「危なかったぜ。まさか本当にアレを使ってくるとはよ。前に一度見てなきゃ、今のでやられてたな」

「! 見た? ……どこで?」

「おう。今の技、フォウルのヤツが修行ん時に一回だけ見せてくれたんだよ。“拳を極めし者か。それなら、これを見ておいて損はない”とか何とか言って珍しく自分からな」

「……」

「ま、最初は俺もモロに喰らったが、この通り二度は喰らわねーよ」

 

 リュウは小さく歯軋りした。心の中で、あの銀髪の古龍に恨み節を吐いた。リュウ達がドヴァーの下へ行くとあの狛犬二頭から聞いたフォウルが、気が向いたか何かでその得意技を披露して見せた、といった所だろう。

 

 拳の手応えは、リュウの放った刹那の打撃に全く同じ打撃を打ちこんでの相殺だった訳だ。まさかドヴァーの技をフォウルが模倣できるとは思いもしなかったが、それにしても一度見ただけの技をしっかり破れるナギの戦闘センスも大概である。

 

「一気に勝負を付けようとしたみてーだが……宛てが外れたな?」

「……別に。当たれば儲け物ってだけだし」

 

 してやったりな得意顔で話しかけるナギにムッとして、リュウはぶっきらぼうに返した。この辺り、精神年齢の割にリュウは見た目相応に気が短い所がある。尤も相手が気心の知れたナギだからこそ、という要素のおかげもあるが。

 

「ま、今ので終り……って訳じゃねぇだろ?」

「当然」

「だよな。じゃ、挨拶はこれくらいにして……ガチで行くぜ!」

「!」

 

 ナギは魔力のオーラを滾らせて。リュウは龍の力のオーラを纏って。両者はロケットの如く加速し、中央で激しく衝突する。その余波で二人の足元の地面が大きく陥没したのは言うまでも無い。直前の会話だけを拾ってみれば、仲の良い少年二人が対戦ゲームでもするかのような、微笑ましい光景と受け取れない事も無いだろう。

 

「くぉのっ!」

「舐めんな!」

 

 しかしてその実態は、軍の最高権力者も舌を巻くほどのガッチガチな格闘バトル。遠慮の欠片もなくぶつかり合う赤い髪と青い髪の少年が、殴り殴られ蹴り蹴られ、熾烈な肉弾戦を繰り広げていた。

 

「うおおッ!」

「ずああっ!」

 

 振り抜いた拳圧が大地を抉り、受け止めた蹴りの衝撃が後方の空間を射抜く。とても少年同士が行うレベルの戦闘ではない。次第に速度を上げていくそれは、最早常人の目には映らない速さにまで達していた。瞬く間に地面の陥没箇所が増えていく。その衝撃の余波は離れている筈の炎の吐息陣営、そして紅き翼陣営にまで余裕で届いていた。

 

「アルに詠春、気付いておるか」

「ええ。あのリュウの上達ぶり、一か月前とはまるで別人です」

「信じられん。本当にあれがあのリュウ君なのか……?」

 

 紅き翼陣営はナギと互角に殴り合っているリュウを見て、全員が驚きに満ちた感想を抱いていた。驚くべきはリュウの戦闘力の向上度合いだ。見た所身体強化も使わずに、素の状態でナギと渡り合っている。

 

 ゼクトと詠春の二人は、合流した時にこの数ヶ月の単独修行期間の経過についてアルから聞いていた。その時点では、リュウは決してここまでの強さではなかった筈だ。なのに、その後たった一ヶ月ばかり修行しただけで、これほど地力が上がると言うのだろうか。……いや、それは有り得ない。リュウはこれほど成長が早い訳ではなかった筈だと、紅き翼として過ごした各々の記憶は、解答を寄こしていた。

 

「やるじゃねぇか! お前どんな裏技使いやがった!」

「……秘密」

 

 殴り合いながらも、会話する余裕はあるリュウとナギ。ナギは確信していた。リュウの自信の根拠は、これであると。どうやったかは知らないがリュウは変身などせずとも、何故か自分と大差ないレベルにまで到達しているのだ。……まぁハッキリ言って、どうやったかは非常に気になる。気にはなるが、探し求めていた自分と互角に戦える相手がついに出来た事が嬉しくて、どうやったかなんて割とどうでも良くなっていた。

 

「だが勝つのは俺だぜ! リュウ!」

「……」

 

 リュウの成長の秘密。それはあの、ドヴァーへの弟子入りの際の戦いに起因する。リュウの体は素の状態で修行した分、ドラゴナイズドフォームにもその影響がフィードバックされるのは周知の通り。そしてそれは決して一方通行という訳ではない。つまり、逆も然りという事なのだ。

 

 変身した状態でドヴァーと長い時間戦った事で、その経験が素の方にもダイレクトに反映された訳である。それがこの急成長の原因だった。そしてそれは同時に、素のリュウすらもがとても“近付いた”事の証明でもあった。この“近く”なった事は他の面において少なくない影響をリュウに及ぼしている。ただ素の状態での強さという面においては、“近く”なった事はプラスに働いたというだけだ。

 

「んのやろっ……!」

「っ!」

 

 格闘勝負はほぼ互角。お互い全力投球しているにも関わらず、息一つ乱れていない。突き出した全力の拳と拳がぶつかり合い、バチバチと火花を散らせて威力を殺しきれず、ナギとリュウは互いに吹き飛んだ。当然のように両者クルッと空中で姿勢を戻し、地面に着地して睨みあい。格闘戦のままでは決め手に欠くと二人とも察したのか、今度はそのまま動きを止めていた。

 

「……」

「……へっ、よーし」

 

 リュウは基本的に相手の出方に合わせる方が得意。対してナギは最初から自分のペースを貫くタイプである。よって、次に動くのもやはりナギであった。

 

「リュウ、これからお前にオレのとっておきを見せてやるよ。お前のその間抜け顔を、ゾッとさせてやるから驚け」

「……。どうぞ」

 

 ナギのやる事は、大抵が並外れている。今更何が来た所で、ゾッとなんてするものか。ナギの不適宣言を、そんな心構えでリュウは聞き流していた。そして大体そんなような事を考えてんだろうな、と、ナギはナギでリュウが重く受け止めて居ない事を察知する。ならばと不気味な笑みを浮かべながら、ナギは自分の左右に手をかざした。

 

「……?」

 

 ナギの手の先に、魔力の渦の様な物が展開していく。そしてそれは徐々に人型を取り始め……何と、リュウの目の前で二人のナギになったではないか。

 

「い!?」

『な、ゾッとしたろ?』

 

 サラウンドで話しかけられて、リュウは自分が本当にゾッとした表情をしていた事に気付いた。ナギの声が、三倍の音量で聞こえてくる。杖もローブも何もかも、影やら質感やらまでどう見ても本物だ。これにはリュウも驚愕した。いくらなんでも戦力が単純に三倍なんて事はないと思いたいが、しかしナギがそんな中途半端な技を身に付けて得意になるとも思えない。

 

「マジか……」

「“アルター・エゴ”って言ってよ。フォウルのヤツに習った」

 

 またあの古龍か、とリュウは内心でさらなる恨み言を吐いた。自分もドヴァーから色々なスキルを盗んだが、ナギの方もちゃっかり技術を盗んでいる。元々アホみたいに強いくせに貪欲すぎる。その辺りはもう少し自重してくれてもいいんじゃないの、と、若干の現実逃避的思考を脳内で展開させる。

 

「っつーか、三対一って卑怯じゃね!?」

『お前らはさっきまで四対一だっただろーが!』

 

 至極最もな突っ込みと共に、三方向から一斉に飛んでラッシュの体勢になるナギS。リュウは一瞬逃げようかと思ったが、ナギ相手に逃げ切れるとも思えない。だから迫り来る三人のナギに対し、リュウは凌ぐ選択をした。分身の力がどれほどかを見極める意味もある。

 

「う、うおおっ!?」

『どうしたぁ! 反撃してみろよオラァ!』

「出来るか!」

 

 当たり前だが三倍となった手数に対し、リュウは手も足も出なかった。自分の仲間達もやっていたとは言え、流石は数の暴力である。なんとか二人の攻撃を止めても、残る一人から打撃を貰ってしまう。救いなのは、分身二人の攻撃の威力が思ったほどではない事だ。速度や魔力の行使はどれも同等だが、拳や蹴り自体が軽い。魔法を使われれば恐らく本体と遜色ない威力の物を放てるのだろうが、格闘ではその性能を発揮し切れていないらしい。

 

「くっ!」

『甘ぇぜリュウ!』

「!!」

 

 リュウが考え事で一瞬動きを止めた隙を、ナギSは見逃さなかった。同タイミングで繰り出される魔力パンチ×3。両腕をクロスしてガードするも、大きく斜め上空にまでリュウは吹き飛ばされた。

 

「い……ってぇなもう! この馬鹿力が……!」

 

 ギシギシと痛む腕の骨を心配しながら、リュウは早々に次の手札を晒す事にした。良く考えなくても相手はあのナギだ。やらななければやられるのはこっちなのだ。距離が若干離れて時間的余裕が出来た隙にリュウはポケットに手を突っ込むと、そこへ龍の力を集中させていく。

 

「そいつぁ、前にも見たぜ!」

「そんな化石みてーな技、当たると思ってんのかよ!」

「……」

 

 以前フォウルの空間にリュウがお邪魔した時、ナギはリュウの修行の成果を一通り見た。その中には当然、ショットガンとリュウが呼ぶ高速の散弾を放つ技もある。そんな昔に見た技が今のオレに通用するかと、三人のナギは嘲笑う。しかしリュウは、何とその言葉にニヤリと笑みを返す。

 

「どうかな……!」

『っ!?』

 

 次の瞬間ヴンとリュウの背後に蒼い残像らしき物が現れたのを、ナギ本体はしっかりと見た。そして、リュウのポケットから放たれるショットガン。本体は嫌な予感が。分身一体はたまたま位置取りの関係で。二人のナギはその射線上から退避出来たが、正面から弾き返そうと杖を構えた分身の一体は――――

 

「うお……」

「!? なんだと!?」

 

 叫ぶ間もなく跡形も無く、ショットガンで放たれた弾に綺麗さっぱり消し飛ばされていた。記憶にあるソレとは似ても似つかない巨大な龍の力の弾幕が、ナギの予想を上回るスピードで、分身の体を構成する各部位を一瞬にしてもぎ取って行ったのだ。速度も威力も大きさも桁違いになっていた。下の地面には今放たれたショットガンによって巨大なクレーターが瞬時に幾つも形成され、穴だらけの工事現場のようになっている。流石にナギ本体もこれには驚いた。

 

「おいおい……なんだ今のは」

「さてね」

「……。一瞬だけお前の後ろに見えた、あの残像に秘密がありそうだな。ひょっとして小手調べん時のもそれがタネか?」

「……」

 

 これぞリュウがドヴァーから盗んだ技その二、“スーパーコンボ”。“技”や“魔法”の威力を極限まで高める事が出来るスキルである。この技の長所はどんな技にも組み合わせられ、威力を引き出す事が出来るという点だ。見ての通り雑魚散らし程度にしか使えなかった技でさえ、激的にその性能が向上する。短所は使用に際して消費するエネルギーが、元の三倍程度に膨れ上がってしまう事。何故か発動すると背後に蒼い残像が出てしまうのも、一応欠点と言えば欠点か。

 

「もう一体にも、悪いけどさっさと消えて貰う!」

「!?」

 

 続けてリュウはグッと握り込んだ拳に龍の力を高い密度で集中させ、背後に再び蒼い残像を浮かび上がらせた。そのまま浮遊魔法と虚空瞬動を重ねて空中を疾走し、ナギの分身目掛けて突っ込んでいく。目前に迫るリュウに対して、分身は先にブン殴ってやると息を巻き、同じく拳に魔力を集める。しかし……

 

「お……!?」

「……!」

 

 ぶつかった筈の分身の拳は、リュウの拳にあっさりと貫かれた。そのまま胴体をも貫通されて姿を維持出来なくなり、分身はボウンと音を立てて煙のように消えていく。見ていたナギ本体は、己の分身を一撃で消し飛ばすリュウの攻撃力に、又もや驚嘆を現わにした。

 

 今の拳は、リュウがドヴァーから盗んだ技その三、“オーラスマッシュ”だ。一点に集中させたオーラの密度を操作して、その一発だけに凶悪な破壊力をもたらす。これをスーパーコンボと組み合わせた攻撃は、剣を使ったテラブレイクにスーパーコンボを組み合わせた物と並び、リュウ個人による単体向け必殺技の中で、最大の威力を叩き出すのだ。

 

「……」

「……」

 

 煙と消えた二体の分身。空中で睨みあうリュウとナギ。フォウル直伝の分身技“アルター・エゴ”を、これまたドヴァー直盗みのスキルであっさり打ち破られたナギは…………感動にうち震えていた。

 

 ムカつく部分もあるが、それはそれ。オレが求めていたのはこれだ。戦いと言うのは、やっぱりレベルが同じぐらいじゃないと面白くない。今、オレは最高に楽しい相手と戦っているのだ。最早手遅れかもしれないが、どこかドヴァーの様な重度のバトル中毒に陥っているナギである。

 

「ほんっっっとになぁ! どこまでもやってくれるぜお前は!」

「うおっ!?」

 

 テンション最高潮のナギは、さらに勢いを増して突撃をかましてくる。殴りかかる拳にはリュウのオーラスマッシュに対抗する為か、無意識にかなりの数の魔法の射手が乗っていて威力は十分。加えてスピードは落ちない所か激しく増している。どこまでも巫山戯た戦闘センスである。

 

「ぐっ!?」

「【雷の斧!】」

「!」

 

 無詠唱魔法の射手パンチからの華麗な連続コンボ。リュウのガードの上から殴りつけて吹き飛ばし、それを追いかけるように発生した斧の刃は三つに分かれて、正面と左右の三方向からリュウへと迫る。

 

「……! そんなのに当たるわけ……」

「【雷の投擲!】」

「……って……!?」

 

 三方向から来る“雷の斧”を落ちるように下へと避けたリュウに、間髪入れずに放たれる巨大な雷槍。逃しはしないと三段構えに襲いかかるナギの魔法。ナギは考えてやっている訳ではない。コンビネーションも練習などしていない。それは頭より先に自然に体が動き、尚且つ非常に効果的であるという真の“才能”に根差した戦い方であった。

 

「避けてみろぉっ!!」

 

 まるで槍投げ種目のように、次から次にナギの手の上に発生しては放られる巨大な雷槍の雨。狙いはムカつくほどに正確だ。ズドンズドンと大地に高速で突き刺さる槍を、しかしリュウは地面すれすれを滑る様に飛び回り、掠らせる事なく避けていく。

 

「このっ……いい加減に……!」

「【百重千重と重なりて、走れよ稲妻!】」

「え、ちょっ……!?」

「【千の雷!】」

 

 魔法の射手パンチから三又の雷の斧。雷の投擲の乱舞と来て、トドメに千の雷。ナギ怒涛の四連続コンボ。いつの間にか取り出していたあんちょこを片手に、嬉々として呪文を唱え終えたナギの手から極大の雷が放たれる。これだけの魔法を連続して放って尚、ナギに疲れは全く見えない。

 

「こんなんかわせるかボケェ!」

 

 思わず飛び出たリュウ魂の叫び。範囲が広い。とてつもなく広い。そして、超デカい。あの列島の最初の島に居た鳥の魔物が使ったモノと、同じ魔法とはとても思えない。放たれた魔法が自分に到達するまでの僅かな時間。その間に動ける範囲で、避けられるようなスペースなどどこにもない。

 

「こうなったらっ!」

 

 しかし、困った時の“シャドウウォーク”。短距離ワープを即座に発動し、リュウは“千の雷”を素通りして、再びナギと同じ目線の空中へと瞬間移動する。そして雷は絶大な威力でもって、半径数百メートルに渡る機械浜の地面を黒焦げにした。

 

「はっ、そうくると思ったぜっ!!」

「!?」

 

 だが、リュウの咄嗟の回避すらもナギには通用しなかった。空中に出現したリュウの目前には、既に拳を振りかぶったナギの姿があったのだ。

 

「ぶぐっ!?」

「捉えたぜ!」

 

 思いっきり、殴られた。ぐらりと体勢を歪ませるリュウ。不意を突かれたせいで結構なダメージだ。そう、ナギはこれも予想済みであった。千の雷を避けるには、最初に見せた謎のワープ技を使うしかないだろうと、直感でわかっていたのだ。出現位置までは流石に特定出来なかったが、楽しくて集中力が異常なまでに増大しているナギには大した問題ではない。空中に現れたリュウの姿を発見してからの時間的ロスはほとんどなく、感知即突撃をしていたというだけだ。

 

「【雷の斧!】」

「っ!?」

 

 リュウは、この後の展開を悟った。このままでは、自分に反撃のチャンスは来ない。斧を上に避けても下に避けても、大した違いもなく先程と同じ流れになるだろう。ナギに疲れた様子は全くない。魔力切れを狙う前に、千の雷を撃たれたらもう避けられない。リュウはすっかりナギのペースに巻き込まれていた。どこかで流れを断ち切らなければ、ずるずるとやられる羽目になる。

 

「……!」

 

 迫る雷の斧を今度は上空高くに避け、予想通りナギの手には雷槍が出現。この槍が到達する前の一瞬で、リュウは流れを変える一手を打つ事にした。

 

「【雷の投擲!】」

「おぉぉあっ!」

「!?」

 

 ナギの手から放たれて飛来する雷の槍を、リュウは咆哮と共に気合いだけで弾き飛ばす。そしてリュウの周囲を包み込むように、展開している赤いオーラ。

 

「ありゃあ……ひょっとして“あの変身技”か!」

 

 ナギの予想はズバリ的中。ここでリュウは“セブンスセンス”を発動。変化の仕方が他の面子より地味で、尚且つ見た目も赤いオーラを纏ったのみで特に変化は無い。さらには“力の上昇”という面でも地味で、上げ幅は小さなものだった。しかし勿論、特徴はある。リュウのそれが他者の物と決定的に違うのは、リュウはセブンスセンスの力のコントロールを自在に行えるという点だ。

 

「今度は、こっちからやらせてもらう!」

「!」

 

 何しろリュウはドラゴナイズドフォームという、扱いの難しい変身を何度も経験しているのだ。ユンナがそこまで考えていたのかは定かではないが、ドラゴナイズドフォームはセブンスセンスのさらに上とでも言うべき状態だった。だから、それよりも下の段階であるセブンスセンスに関しては、コントロールだけならほぼ完璧に近かった。リュウがこの自分の特殊なセブンスセンスを、勝手に“ドラゴンインストール”と呼んでいたりするのはどうでもいい余談である。

 

「おもしれぇ!【百重千重と重なりて、走れよ稲妻!】」

 

 出力的には大した変化でなくても、リュウにとってこのセブンスセンス――ドラゴンインストールの意味は十分にある。何故ならばこれを使う事によって、今まで思い描いていたものの実現できなかった技術が、ようやく可能となったのだから。その一つが、これからリュウが力を集めて放とうとしている、名付けて“竜言語魔法”だ。

 

「【千の雷!】」

火炎(カエン)!」

 

 龍の力を消費して、龍の民だけが使える炎の魔法の最上級、パドラーム。リュウの放った“火炎(カエン)”は、その最上級魔法さえも大きく上回る炎を呼び起こした。遠く離れている筈のゼクトやアル、ガーランドやゼノまでが、その熱を肌で感じられるほどの高温の炎の嵐。それがナギの放った千の雷と激しく衝突し、凄まじいスパークを巻き起こす。

 

「な、何だこの魔法! 見た事がねぇ!」

 

 この魔法の正体、それは龍の力と魔力の“合成”によるものだ。気と魔力の合成である“咸卦法”にヒントを得て、兼ねてよりリュウが試行錯誤していた技術である。元々龍の力と魔力の二つは、相性自体は悪くない。だから難易度的には咸卦法より簡単な筈なのに、それでも今までその二つを混ぜる事がリュウには出来なかった。それは単純にリュウの素の体では、発生する威力に耐える事が出来なかったからだ。だが度重なる修行と新たに得たこのセブンスセンスによって、ようやくリュウは二つの力の合成が出来るようになったのだ。

 

「まさか……」

「うおおあ!」

 

 激しいスパークを巻き起こしていた千の雷と火炎(カエン)は、共にエネルギーを放出し尽し、互いに霧散して終わった。チリリとナギの頬に火の粉を飛ばし、リュウにはピリッと僅かな痺れを指先に与えて。

 

「野郎、俺の魔法を……!」

 

 雷系最大の魔法である千の雷を真っ向から消し去った竜言語魔法。自分の魔法が負ける訳がないという予想を、覆されたナギが僅かに呆けたその一瞬。リュウはそれを見逃さない。

 

波水牙(バズーカ)!」

「!?」

 

 今度はリュウの反撃だ。続けて発動した水の竜言語魔法は、絶対零度に限りなく近い極低温のブリザードを辺り一帯に発生させた。それは逃げ場などない全方位から、ナギの体へ容赦なく叩きつけられていく。

 

「!? マズイ……っ!」

 

 寒いではなく、痛い。そしてあまりの低温にすぐさまその“痛い”という感覚さえ失せていく。直感的にヤバいと感じたナギは魔力を燃焼させ、丸い球状の障壁を張ってやり過ごす事に決めた。だが波水牙(バズーカ)の威力はその空間ごと障壁すら凍りつかせ、あらゆる物質の分子運動を強制的に止めていく。

 

牙流風(ガルーフ)!」

「!!」

 

 ブリザードが止まぬまま、重ねるように発動する風の竜言語魔法。今度は風速にして三百メートルを越える有り得ない暴風が吹き荒れて、空は分厚い雲に覆われ小規模な竜巻が幾つも生成されていく。球状の障壁を展開したナギに襲いかかる、慈悲無き竜巻の群れ。複数の自然現象を重ね合わせた巨大台風の如き風が、猛然と機械浜に吹き荒れる。

 

「ぐ……うおおお……っ!」

波土破(バドハー)!」

「!?」

 

 待った無しの四発目。畳み掛ける地の竜言語魔法。発動と同時に大きく隆起した大地は無数の鋭利な槍となり、まるで地が天を目指して反逆するかのように、我先にとナギへ切っ先を伸ばしだした。大地そのものを敵に回したような錯覚さえ起こすその魔法は、風によって切り刻まれたナギの障壁を、いとも簡単に打ち砕くのだった。

 

「ぐっ……てめぇ……やりやがったな」

「これくらいは、お互い様でしょ」

 

 迫る大地の大槍をナギは寸での所で避け、串刺しにこそなりはしなかった。しかし全身に切り傷を負って血を流し、悔しそうに特に出血の大きい肩を抑えている。だが何故か、すぐにその悔しそうだった表情は数度目の不敵な笑みへと変化した。

 

「……?」

「悪いが、今のを避けたからには俺の勝ちは決まった様なもんだな。お前ソレ、どうせあと十分くらいしか続かねぇだろ。ま、逃げ回る気は全然ねぇが」

「ああ、まぁその点なら心配はご無用」

「?」

 

 そう言うと、リュウは纏っていた赤い光をプシュンと消した。それはリュウのセブンスセンスの特徴の一つ。自分の意思で発動したりストップしたり出来るという、これもまた力のコントロールの成せる技である。使用時間全体で十五分を過ぎなければ、いつでも再発動が可能なのだ。

 

「! ……ってこたぁ、スタミナ切れは起きねーって事か」

「その通り」

 

 なるほど、とナギはすとんと腑に落ちる感覚を得た。道理で、大将を張って自分にタイマンを挑もうと思える訳だ。やはりリュウは、炎の吐息のリーダーを張っているだけはある。他の連中とは一回りも二回りも違う。

 

「……」

 

 ナギは、何故だかわからないがリュウと初めて会った時を思い出した。こいつの力に一番最初に目を付けたのは、他ならぬこのオレなんだと。思わずそんな過去の自分を褒めちぎりたくなってくる。そして傷の具合を確かめながら、キッと鋭くリュウを見据えた。勿論このままやられっ放しで気が済む訳がない。

 

「こうなったらお前が自分から泣き入れるまで、とことんやってやるぜ!」

「いーや。ここまで来たら、俺が勝つから!」

 

 リュウは、自分が変身などに頼らずにナギと対等に戦えている事が素直に嬉しかった。それが例え、“近くなった”事によるのだとしても。これまでずっと素の状態では叶わない雲の上だった相手に、ようやく一泡吹かせる事が出来るかも知れないのだ。これで頑張らなかったら、男がすたる。リュウは、熱くなっていた。

 

「喰らえ!」

 

 そんなリュウが不意打ち気味に放ったのは、以前ディースに教わっていた技の一つである“黒の炎”。水中だろうと真空だろうと相手を燃やせる、無属性の攻撃技だ。勿論スーパーコンボを併用して、威力自体は相当に高まっている。

 

「んなのに当たってやるかよ!」

 

 真っ黒い火炎放射のように放たれるソレを見たナギは、反射的に手から白を放つ。フォウルから教わった技の一つ、魔力を白色光弾として打ち出す技“エバーホワイト”だ。黒を白で塗りつぶすように、単純な威力の差し引きで勝るナギの光弾は、黒の炎を貫通してリュウを飲み込んだ。

 

「くぅ……っ」

「甘ぇぜ!」

 

 咄嗟に防御したものの、光弾が過ぎ去った後にはプスプスと体から焦げた煙を上げるリュウの姿が。

 

「……それなら!」

「!」

 

 ならばとリュウは三度目のシャドウウォークを発動して瞬間移動。既に二度それを見た事のあるナギは、己の右斜め後ろに現れた微かな空間の揺らぎを察知。出現位置を見切り、魔力の篭った拳をそこに見舞った。タイミングは完璧。現れたモノは防ぐそぶりも見せず、思いっきり……“砕かれた”。

 

「な……こいつは!?」

 

 そう、砕かれたのだ。何故ならそれはただの石。ご丁寧にへのへのもへ字が描かれている、何の変哲もない一抱え程の“石”だった。こんな事もあろうかと、リュウが密かにナギ戦用に拵えていた小細工品の一つである。瞬間移動そのものがフェイクだと気付いたナギの背後に、違う場所に出現していたリュウが高速で迫る。

 

「掛かったなアホが!」

「!?」

 

 リュウの矢の如き強烈なドロップキックがナギの背中にヒット。意表を突かれたナギは蹴りのダメージに加え、猛スピードで地面に激突。盛大な破砕音と舞い上がる土煙り。作戦成功に気を良くしつつ、リュウは気配を探りながら煙の向こうを静かに見下ろす。

 

「誰がアホだとてめぇコラァッ!」

「うおっ!?」

 

 が、静かだったのはほんの一瞬。ナギの墜落現場から、対空高射砲のように飛び出てくる大量の魔法の射手。その数は千を優に超え、もはや数えるのも馬鹿らしい。空を飛んで避け続けるリュウを、矢が意思を持つように追尾するその光景は、まるでホーミングミサイルの群れを突っ切る全領域可変戦闘機の如し。

 

「くそ! しつけーよこのぉ!」

 

 弾数無制限で飛んでくる魔法の矢。しつこく追いかけ回してくるそれを戦闘機顔負けの回避運動で避けながら、リュウはポケットからカードを一枚取り出して額に近付けた。

 

「お願い!」

≪任せなさい≫

「ラグレイア!」

 

 華麗に空を舞いながら、発動するリュウの切り札の一つ、竜召喚。赤い龍を頭上に召喚し、リュウはその場に急停止。

 

≪消えなさい≫

 

 ラグレイアが吐き出す炎のブレス。迫りくる魔法の射手は、ブレスが作りだした炎の壁に遮られる形でリュウまで届かず消えていく。そしてリュウは足元を見た。大分薄くなった土煙りの向こうに、薄らと見えるナギの姿がある。動きは無いが、気配からそこに居るのは間違いない。

 

「よし、アレお願い!」

≪了解。全力で行くわね≫

 

 背後に再び現れる蒼色の残像。そしてラグレイアの吐き出す強烈な炎を全身に受け、リュウはナギ目掛けて急降下を開始する。必殺のスーパーコンボ版・ドラゴンラ○ダーキック。バージョンアップしたからドラゴンファイヤーストームか。纏った炎が大きく尾を引き、まるで空から炎で出来た龍が舞い降りるが如くのド派手な一撃。薄らと見えるナギは避けようともしない。

 

「うおりゃあああっ!!」

 

 直撃。加えて爆発。さらに炎上。炎のキックは爆発と共に地面を大きく抉ってクレーターを作り、役目を終えた赤い龍はカードへと戻っていく。爆心地の中心、炎が燻ぶるそこに、一人立つリュウ。周囲に気を配るが、どこにもナギの姿はない。

 

「……? 上か?」

 

 しかし、それも空振り。全天周を見渡しても、やはりナギの姿はどこにもない。粉微塵に吹き飛んだなんて事はナギに限って百パーない筈。この辺に居るのは間違いないが、それでは一体どこへ消えた……と、リュウが周囲にさらなる緊張を向けた時。リュウの足元が、ボコッと盛り上がった。

 

「へ、掛かりやがったな馬鹿が!」

「!」

 

 ナギはリュウが竜召喚を使った時点で何をするのか大まかに察し、魔法で地面に深く穴を開け、そこに潜んでいたのだ。土煙の中に薄らと見えていたのは囮役のナギの分身、アルター・エゴ。上半身を土の中から乗り出し、ナギはリュウの細い足首をしっかりと掴んでいた。

 

「この距離なら、さっきみてーにフラフラ避けらんねーからな!」

 

 先程のドロップキックで地面に激突した際に切ったらしく、ナギは額から血を流して片目を瞑っている。しかし足を掴んだこの距離で、得意の魔法を外す訳も無い。もう片方の手に杖を握りしめ、そこに溜まった魔力は未だ衰えを知らない。

 

「待っ……!」

「【雷の暴風!】」

 

 リュウの腹に拳を捻じ込むように放たれる零距離魔法。回避不能な雷のビームが、リュウをその中央に捕えた。爆ぜず消えず、雷の暴風はその威力をリュウに直撃させながら、はるか上空にまで運んで行く。

 

「うがああああっ!?」

 

 一挙に空が近くなったところで、リュウは歯を食い縛ってセブンスセンスを発動。赤いオーラに身を包み、拳に龍の力を込めて、雷の暴風を直接殴打。反動でなんとか直撃状態から逃れる事に成功。ダメージを確認しつつ即座に自分の周りを索敵する。どうやらナギは追ってきてはいないらしい。それならと先程の爆心地へ、目の焦点を合わせたリュウはそこに……

 

「へーんださっきのお返しだぜバーカバーカ! ぜってーお前の方がアホだろ!」

「んなっ!?」

 

 ……べーッと舌を突きだして、ガキっぽさ丸出しの挑発をするナギを見た。普段のテンションのリュウだったなら、アホ臭過ぎて呆れ返っている所だ。しかしイイ感じに頭に血が昇っている今のリュウには効果覿面。ピキピキッと怒りマークが複数こめかみに浮かんだ。

 

「んのやろぁっ!!」

 

 赤いオーラを纏ったまま、リュウは再度魔力と龍の力を合成させた。同時にリュウを取り巻く周囲の空気が、全てを切り裂く凶器となる。吹けよ風、呼べよ嵐。リュウの単純な怒りを体現するように、生成されていく竜巻の群れ。

 

牙流風(ガルーフ)!」

「さっきのアレか!」

 

 挑発していたナギの顔が、少しだけ強張った。リュウの放つあの妙な魔法は自分の千の雷と同等の威力な上、効果範囲も凄まじく広い。何より今放たれたのは風の魔法。吹き荒れる暴力的な風の中で、避けるためだからと空中に出るのは自殺行為に近い。

 

「……けどなぁ、んなもんに当たってやるこのオレじゃねーぞゴラァッ!!」

 

 出てくるとびきり全開パワー。暴風強風何のその。全身に魔力を漲らせたナギは杖に体を預け、何と迫る竜巻の群れに、そんなの関係ねーとばかりに自ら飛び込んだ。まだ完全には生成しきれておらず、所々に隙間がある竜巻の間を狙って、リュウへと猛スピードで近付いていく。最低限の障壁しか張っていない為、ちょっと間違えば大惨事は免れない。

 

「オレに不可能はねぇぇぇぇ!」

 

 ……が、流石は稀代の戦闘凶ナギ・スプリングフィールドだ。凄まじい集中力と超強引な突撃で全ての竜巻をかわしきり、見事嵐を抜けて見せた。

 

「オラァ! 貰ったぁ!」

 

 そしてナギはそこに居た影目掛け、魔力の篭った拳を振るった。どうだビビッたかリュウ! って待てよ、そういやコイツ何故動かない……。ハッとしたナギは拳を当てる寸前、ピタリとその動きを止めた。良く見てみれば、何とそこにあったのはまたしてもタダの石だ。しかも微妙に人型に削ってあって、顔のへのへのもへ字がやけにキリッとした表情で描かれている。何たるリュウの小細工の手の込みよう。これはもう完全に人を馬鹿にしている。

 

「何度も騙されてんじゃねぇ!」

「おぐぁっ!?」

 

 ナギがへのへのもへ字に怒りを感じたその瞬間を狙い、さらに上空に居たリュウは思いっきり脳天目掛けて踵落としを決めた。近年稀に見るクリーンヒット。グルグルと激しく回転しながら墜落するナギは、ぐわっと気合を入れて空中に静止する。

 

「はっ! ざまぁ!」

 

 そこに居ると見せ掛けて、ドラゴンズ・ティアから取り出した人っぽい大きさの石で身代わり。さらに石にムカつく絵を書いておく事で、神経を逆撫でして若干の足止め。そんな二重の罠にナギはまんまと引っ掛かっていた。一撃ぶち込んだ事で、ようやくリュウはさっき挑発された事への溜飲を下げる。それにしてもテンションが上がっているとは言え、一皮向いてみればリュウもリュウで案外オトナゲナイ本性を晒している。

 

「痛っってぇな! もう許さねーぞリュウてめぇ! 狡い手ばっか使いやがって!」

「知るか! 引っ掛かる方が悪いんだよバーカバーカ!」

「んだとぉ!」

 

 セリフと内容に激しいギャップを生み出し、第三者を二つの意味で呆れさせるナギとリュウの極限バトル。やってはやられ、やられてはやり返し、中々決着を着けられないまま、二人の戦いは続いていく。

 

 

 ――――そして、瞬く間に五十分が経過した。

 

 

 平坦だった地表は無い場所が見当たらない程のクレーターや地割れにより、アップダウンの激しい荒んだ地形に成り果てていた。そこらの戦場よりもはるかに酷い有様だ。そしてその地に、未だしっかりと二本の足で立つリュウとナギ。今現在は数度目になる睨み合いの時間だ。戦闘開始から休みなく戦い続け、流石の二人にも疲れが襲い掛かっていた。

 

「……」

「……」

 

 両者血まみれで腫れぼったい顔。肩で息をし、既に大体の手札を晒し尽して気も魔力も龍の力も大分減っている。そしてここで制限時間が近い事をふと思い出したナギは、渋々といった感じでリュウに自分の考えを提案する事にした。

 

「よぅリュウ。オレとしてはもっと戦いてーけど、このまま時間切れで引き分けってのだけは気に入らねぇ。一旦ここらで決着と行こうぜ」

「……」

 

 声にこそ出さないが、リュウは肯定の意を示していた。概ねナギの意見と同じ事を、リュウも考えていたからだ。

 

「これから、俺が今出来る一番強ぇ技を使う。だから、お前も今出来る一番強ぇ技で来い! 勝負だリュウ!」

「!」

 

 ビッと指差しナギはそう宣言すると、ふわりと空中にその身を浮かべた。そして一定の高さまで到達すると左右に手をかざし、生み出される二体の分身。……勿論それだけでは終わらない。

 

「い……!?」

 

 ナギの魔力は止まらない。一人、さらに一人と、分身は次々に生み出されていく。ようやく止まったその数、総勢七人。まだこれだけの力が残っていたとは。ナギの魔力は本当に底無しなのかと、リュウは全力で疑いたくなる。

 

『いくぜ!【契約に従い、我に従え高殿の王!】』

「!?」

 

 七人のナギが、一斉に呪文の詠唱に入った。流石のナギでもこの規模の場合は、長い詠唱を必要とするらしい。これから放たれるのは七人による“千の雷”だ。この場合は“七千の雷”だろうか。只でさえ強烈な魔法が単純計算七倍の威力で放たれる訳だ。万が一直撃でもしたら、まず骨すら残らないだろう。

 

「……!」

 

 間違いなく今のナギに出来る全力だ。リュウはアレに対抗できるだけの技を求めて、必死に自分の引き出しを探った。竜言語魔法にスーパーコンボを組み合わせても、七倍の規模には届かない。テラブレイクやオーラスマッシュは単体技だから対抗は無理だ。となると、残る選択肢は一つだけ。リュウは躊躇なくポケットからカードを、三枚同時に取り出した。

 

「ザムディン!」

 

 頭上、右側に黄の龍を召喚。

 

「ハルフィール!」

 

 さらに真上に翡翠色の龍を召喚。

 

「サイフィス!」

 

 そして左上、青色の龍を召喚。

 

「うおおおっ!!」

 

 三体同時召喚の上に、リュウは残り時間僅かなセブンスセンスを発動。修行中にわかった事だが、竜召喚には“掟”があるらしい。二体以上を同時に呼び出す場合、契約した順の“逆”に呼び出す事。そして一体ならばノーリスクだが、同時の二体目から先には、己の龍の力を餌として与える必要がある事の二つだ。以前ジャック・ラカンと戦った時、リュウはその掟を知らずに呼び出したせいで体に負担が掛かり、二日も気を失ってしまったという前例がある。

 

≪……あー眠ぃ……≫

≪うはー、まさにクライマックスって感じね! 皆張りきっていきましょ!≫

≪全く、あまり無茶をしてくれるな≫

 

 セブンスセンスを発動させたリュウから大量の龍の力を食らい、三体の龍は狙いを定める。上空に居る七人のナギに向け、その(アギト)を開いたのだ。じりじりと、強大な波動がそこに集まっていく。威力の面ならば、これで対抗できる。問題なのは持続力。ナギの魔力が勝つか、リュウの龍の力が勝つか。これから始まるのは、傍迷惑な我慢比べである。勿論両者とも、ここまで来て負けるつもりは全くない。

 

『【来たれ、巨神を滅ぼす、燃え立つ雷挺……】』

(マー)……」

 

 集う魔力。集う龍の力。互いの額には汗が滲み、全力である事を知らせている。

 

『【百重千重と重なりて、走れよ稲妻!】』

(ノー)……」

 

 呪文、完成。龍の力の集中、完了。リュウと三体の龍を睨む七つの視線。空に照準を合わせる一人と三体の瞳。後はもう、無心で撃つのみ――――

 

『【千の雷!】』

(ウォー)ッ!!」

 

 そして、ついに最後の勝負が幕を開ける。天の裁きかと見紛う豪雷。地の怒りかと錯覚するブレス。空前絶後の全力全壊。今日この日、ここで行われた勝負全てを上回る最大のエネルギー同士のぶつかり合い。両チームの大将二人が己の持てる力を振り絞り、意地とプライドの正面衝突。

 

「いかんっ! 皆伏せるんじゃ!」

「やべぇ! おめぇら早く俺っちの障壁の後ろへ!!」

 

 眩しすぎる閃光。激しすぎる衝撃波。当事者以外の全てを拒む、無茶苦茶な威力同士の衝突は、周囲に散乱する瓦礫を巻き上げ容赦なく破壊し尽くしていく。

 

「うおおおおっ!」

「おああああっ!」

 

 そうして、二人の少年の戦いの行方は誰にも予測を許さないまま、ただただ機械浜の地を太陽の如き閃光で染め上げていくのだった。

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