1:流れ
死者・行方不明者数千人。負傷者数万人。暫定被害総額約八百億ドラクマ。二人の亜人と二体の巨大な化け物――――リュウとバルバロイの闘争は、メガロメセンブリアに大きな打撃を与えていた。
被害の甚大さを重く見たメガロメセンブリア当局は、公式に今回の事態に対する声明を発表。この騒動の原因は一時的な魔力の消失も含め、一部のテロリスト集団が行った大規模召喚魔法が発端であるとした。犯人グループは既に逮捕されており、事態は完全に終息しているとして、国の内外に向けてアナウンスしたのである。
たった二人の亜人による闘争が原因であわや壊滅の憂き目に会ったなどとは、国のメンツに掛けて認める事は出来なかった。メガロメセンブリア元老院は、真実を隠蔽する道を選んだのだ。
「しかし、それは事実では……!」
「これは決定事項だ。君が何を言おうと覆る事はない」
「そもそも君が事前に何らかの対処を行っていれば、被害はもっと小さく防げたのではないかね」
「我々にも立場というものがある。君の報告書の内容を、そのまま表に出す訳にはいかんのだよ。……わかるね?」
「……」
リュウ達とナギ達の勝負の見物客の一人。事件の概要を知るメガロメセンブリア元老院議員・メベトは必死に顛末を訴えたが、その言論は封殺された。彼は半ばスケープゴートのような形で一連の責任を背負わされ、職を辞す事となる。メベトが出来たのは、自分の後任にかろうじて話の通じる“マクギル”という名の男を仕立てる事だけであった。
「テロか……ったく冗談じゃねぇぜ」
「おいおいお前そんなの信じてんのかよ。嘘に決まってんだろ」
「は?」
「俺はこの目で見たんだよ。あの時この街を破壊してやがったのは、テロリスト集団何かじゃなくて……」
さらに、一般の人々は当然のように国の発表を疑った。亜人二人……リュウとバルバロイの姿を目撃した人間が多数おり、あの謎の巨大な化け物はその二人が変化した姿であるとして、一部では既に噂となっていたからだ。そして、魔法が一時的に使えなくなった事が重なり実感した恐怖心と無力感。それを何とか忘れようとして、復興もそこそこに人々は“ある方向”へと進みだす事になる。
……人間は、一部を見て全体を見た気になる生き物である。都市の規模からすれば、被害は全体の一パーセントにも満たない小さな数字だ。しかしこの出来事は、都市全体の人間の心に、疑心の種を植え付けるには十分であった。
『人間ではない亜人は皆、あのような残虐な本性と抗い難い力・そして恐ろしい姿を隠しているのか。今のまま亜人を野放しにしていたら、またいずれこのような出来事が起こるのではないか』……と。
結果として、リュウとバルバロイの戦いは人々の心に大きな亀裂を生んでしまっていた。メガロメセンブリアで亜人に対する排斥運動の気運が高まるのは、時間の問題であった。そしてその空気は、大した時間も掛からずに魔法世界全土へと波及していく事になる……。
*
機械浜にてバルバロイの放った“結界”の効果が切れた後、すぐにメガロメセンブリアへと向かった炎の吐息・紅き翼一向。勝負自体はなし崩し的に解散となったため、見物客達の多くはマーロックや悠久の風責任者の先導により、メガロメセンブリアのホテルへと移動する事となっていた。当然その後は、それぞれの国へ別途帰国するという手筈である。
そして一足先にメガロに到着したナギ達が目にしたのは、無残に破壊された都市の姿だった。即座にその原因が何であるのか察した彼らは、自分達の怪我を押して人々の救助に駆け回った。途中、ふらりと傷だらけで見慣れない剣を握ったリュウが姿を見せる。無事を喜びつつも、あの白髪の少年はどうしたのかと問うナギ達に対し、
「あいつなら、倒したよ」
と、リュウは本当に疲れきった顔で答えたのだった。纏う雰囲気にそれ以上尋ねる事が出来ず、ナギ達は一旦その事は棚上げ。とにかく今は人の命が最優先として、皆で手分けして瓦礫の撤去や人命救助に当たった。街での“結界”の効果も消え去って魔法が使えるようになった事もあり、その後の作業は順調に進んだ。だが時々対面する犠牲となってしまった人の姿を見る度に、リュウの気持ちは深く沈んでいったのだった。
結局、深夜過ぎまで動き詰めて過労で眠りこけたリュウ達を、恐らくそんな事になっているだろうと予想したマーロックの手配したバスがスイマー城まで運び、激動の一日は幕を下ろしたのである。
そして、翌日。
「……なぁボッシュ」
「……なんだい相棒」
リュウ達の拠点たるスイマー城。時刻は既に昼下がり。自室の窓から差し込む明るい日差しに瞼を刺激され、ベッドからゆっくりとリュウは起き上がった。傍らでまどろんでいた相棒に、寝起きとは思えない重たい声で問いかける。色々と割り切れない気持ちがもやもやしているが、今はそれとは別に、どうしても確かめなければならない事がある。それは……
「俺ってさ……何歳だったっけ」
……自分の歳がわからない。度重なる力の行使は、リュウの記憶に大きな影響を及ぼしていた。
「歳? ……あー確か……あのボケジジイの知識によりゃあ相棒は今年で十二歳になる筈だったか。そいつがどうかしたか?」
「……」
……違う。リュウはボッシュの言葉を心の中で否定した。知りたいのは、“この体”の歳ではない。それより以前の、“昔”の頃から数えた自分の歳の事が……。
リュウは、思い出せなくなっていた。こうして実際に記憶が無くなるのを実感すると、自分がおかしくなったのではないかと怖くなる。恐怖を感じたリュウは竜変身の後遺症である筋肉痛も無視し、ベッドから飛び起きた。そして慌しくテーブルにペンとメモ用紙を用意し、そこに“自分”について思い出せる事を全て書き出そうとして……。
「……」
……手が震える。ペン先が動かない。リュウは愕然として、次に呆然とした。……昔の自分の事が、ほとんど何も思い出せなかったのである。本来の名前。本来の年齢。本来の職業。本来の家族構成その他に至るまで。つい数日前までは確かに覚えていたであろう記憶が、消えていた。どれだけ必死に頭の中を掘り返しても……わからない。思い出せない。まるで最初からそんな記憶なんてどこにもなかったかのようだ。自分の“過去”に関する事が、すっぽりと抜け落ちていた。
「おいおいどうした相棒」
「……。別に……何でもな……」
「何でもねぇようには見えねぇぞ」
「……」
取り繕おうとしても、流石に無理だった。ボッシュの言うとおり、リュウは青ざめた表情をしていた。
「……」
「相棒?」
無言のリュウは、額を抑えた。自分は誰だ。俺って、元々何だったっけ。思い出せない事もそうだが、それよりも自分を自分足らしめているアイデンティティが消失している気がして、それが凄く怖かった。だからリュウは、ボッシュの声を無視して必死に考える。確認するように、“今”の自分の事を。
自分は誰か。名前はリュウ。元はどこか別の世界の人間だったが、ユンナによって龍の民の生き残りのこの体に移された。その後ナギ達と知り合って、しばらくその一員として動き、今は妙な縁で知り合った仲間達と“炎の吐息”というチームを結成していて、そのリーダーをやっている。
……ここまでは、大丈夫。自分を確認するように心の中で反芻し、リュウは少しだけ落ち着いた。今回の事で思い出せなくなったのは、“昔の自分の事”だけであるらしい。
「……」
無くなっているのは“自分の過去”だけ。それ以外の昔の知識は、時間の経過による薄れと若干の影響はあるにせよ、まだなんとか保っている。そう、リュウにとって何よりも大きなアドバンテージ。この世界に対する、反則とも言うべき“外側から見た知識”。真の心の拠り所と言っても過言ではない、大切な記憶。ある意味今現在、こうして何とか平静にしていられるのは、未来を知っていると自負するその知識のおかげなのだ。
しかし今、リュウは比類なき力と引き換えに、己が思う最大の武器たるその“外側から見た知識”を失う危機に瀕していた。今回はピンポイントで自分の過去のみで済んだようだが、今後もっと酷い影響がそちらの記憶に及ばないという保証はどこにもない。
「……そうだ……」
「お、おい相棒……」
リュウは、一心不乱に今思い出せる範囲の知識をメモに書き出し始めた。思い出せない自分の事以外の、この世界について“知っている”事を。と言っても全てを書き出すなんて到底無理なので、キーワードだけを厳選して拾いあげる。それでも一枚、また一枚と、メモ用紙はびっしりと文字で埋め尽くされていく。
「相棒よぉ、一体全体どうしたってんだ。何をそんな焦って……」
ペンを走らせるリュウの後ろから、一体何を書いているのか覗き込もうとするボッシュ。しかしそこでボッシュは……やっと、リュウの今のその“見た目のおかしさ”に気が付いた。
「っておい相棒!? ちょっと待ておめぇ……その腕と足はどうした!?」
「ん、ああ……これ?」
ボッシュの慌てた物言いに、リュウは書く手を止めて思考の淵から引き戻された。どうやら寝ている間に、掛けていた魔法が解けてしまっていたらしい。あの時、“アイツ”と対峙して左腕と左足が暗闇に溶け込んだ時から、それらがどうなったのかなんて事はとっくに知っている。だから、ボッシュに指摘されてもリュウ的に今更な話ではある。
「そいつぁ……まさか……」
「まぁ見ての通り…………戻らなくなった訳ですよ」
――――リュウの左腕と左足は、ドラゴナイズドフォームのままだった。
「よ……っと」
「! そいつぁ……変装魔法……か?」
「そ。誰にも言うなよボッシュ」
「……」
腕と足だけに変装魔法を掛け、フッと今まで通りに見た目だけは変化する。どれだけ変身を解こうと念じても、もうこの二つの部位は元に戻らなくなったのだ。外側も内側も、立派に浸食が進んでいた。一応まだ自分の腕と足だという感覚はあるのが、救いと言えば救いだろうか。
「……」
「……」
ボッシュが無言になったので、再びメモ用紙と向き合ったリュウは少しの時間それと格闘。終わったと思うとすぐに束にして、誰にも見られないよう丸めてドラゴンズ・ティアに収納した。
「……なぁ相棒、おめぇ本当に大丈夫なんだろうな」
「ん……まぁ、今の所は大丈夫でしょ。……さて、ちょっと腹減ったし、厨房行ってくる」
「お、おう。んじゃ俺っちも……」
あまり顔色の良くないリュウの態度に色々と不安気なボッシュだが、取り合えずぐーっと伸びをして、ポーチに身を収めた。釣られてリュウも、外行き用に着替えを始める。肌身離さず身に付けているドラゴンズ・ティアに魔法発動体の竜のなみだ。そしてボッシュの入るポーチ。後は適当な普段着だけ、というのがリュウのいつもの格好である。しかしこの日は違った。これらに加え、リュウは刀身に安全用の布を巻きつけて紐を括りつけた妙な剣――――ベッドの側に立て掛けていたソレを、よいしょとばかりに背負ったのである。
「なぁ相棒、昨日から気になってたんだが、その剣は一体なんでぇ?」
「ドラゴンブレイドって名付けてみた」
「いや銘とかはいいから経緯をよ……」
「ちょっとその辺で拾った」
バルバロイとの戦いの果てに入手したその剣は、妙な剣であった。金属のようで骨のようで石のようで鱗のようで、冷たくも熱くもない不思議な素材で出来ている。鍔には竜を模した意匠。片刃で、峰の部分にルーンのような古代文字が彫られており、全体的に薄い新緑のような色合いをしている。ボッシュは、その剣を何故だか“背負う”リュウに疑問を抱いた。
「その剣は、いつもみてぇにしまっておかねぇのか?」
「ん、これはちょっと持ち歩かないと効果が無くてね」
「?」
不思議そうなボッシュに、いつもと立場が逆転したリュウによる説明タイムが始まる。ドラゴンブレイドとリュウが名付けたこの剣には、特別な効力があった。戻らなくなった腕と足のせいで、リュウの体から常時発散される膨大な龍の力。それを何とこの剣は吸収し、ほぼ無尽蔵に蓄えておく事が出来るらしいのだ。しかもその蓄えた力を使って、剣は自ら炎を生みだす事まで出来てしまったりする。
勿論剣としての斬れ味自体もその辺の量産品とは比べ物にならない上に、アーティファクトのように魔法で顕現した訳ではない完全な実体である。さらには龍の力を籠めて振られても何ら剣自体に影響が無い程の頑強さを誇り、おまけに例え罅が入っても、放っておけば自分で勝手に再生して元の斬れ味に戻る機能まであるという。ハッキリ言って魔法世界でも伝説レベルの代物だった。
「そりゃまた、えれぇモン手に入れたなぁ」
「まぁね」
だが正直な所、攻撃用の武器としてよりももっと別の方向で、リュウはこの剣が手に入った事をありがたいと思っていた。何しろ左の手足から外に漏れ出す龍の力が大きくて、日常生活に支障をきたしたり、要らぬ威圧を他人に掛けてしまうやもと思っていた所だったのだ。それが、この剣さえ身に着けておけば勝手に漏れた力を吸い取ってくれるので、一応今までと同じように生活出来るという訳である。つまりリュウにとってこの剣は、武器と言うより“日常の救世主”的存在なのだった。
「しっかし……ちょっと危なくねぇかそれ」
「……やっぱお前もそう思う?」
そんな良い事尽くめかと思われたドラゴンブレイドだが、唯一の難点がドラゴンズ・ティアに収納しておく事が出来ないという点だ。龍の力を吸収するには常に見に着けていなければならず、しまっておけないのだ。そして長さは柄を含めて百二十センチ程もある大太刀並の片刃の剣である。リュウの身長から腰に差すには相対的に長すぎる為、背負う事にしたのだが……背負った所で腕の長さが足りず、当然のように抜刀出来ない。実戦で使うとしたら、どうしようか悩み所である。
「まぁ、なんか鞘とか含めて後で考えるよ」
「その方がいいだろうなぁ」
そんな適当な会話をしつつ用意も完了。腹拵え目指してガチャリと自分の部屋のドアを開け、廊下に一歩踏み出た所で……
「よう大将」
「さっすがリュウ。いいタイミングで起きてくるね」
「っと……レイさんにステンさんじゃないですか」
……そこには何やらスタンバった虎の人と猿の人が立っていた。二人はリュウの方を見て、ミョーに不気味な笑みを覗かせている。そして何か用ですか? とリュウが尋ねる前に、二人は何故だか手に持っていたロープをパシンと鳴らすと…………スゴイ勢いで、リュウをぐるぐる巻きにしだした。
「……え?」
「わりぃな」
「ちょっとさ、無理やりにでもこっちに来て貰いたいんだよね!」
「ちょぉぉぉ!?」
完全に油断しきっていた為、されるがままにロープで雁字搦めにされてしまったリュウ。そのまま二人にえっほと担がれ運ばれて、廊下に叫びがドップラー効果で木霊する。途中腰の辺りのボッシュから“苦しくて死ぬる!”とメッセージが飛んできたが、どうにもできないので静かにスルー。そんな御神輿状態で運び込まれた場所は、見慣れた会議室であった。
「お、来たな」
「え……な、何この状況……?」
縛られたまま、まるで蓑虫のように会議室の天井から吊るされるリュウ。周りには既に炎の吐息のメンバーが集まっていて、正面には紅き翼の四人も立っている。文字通りの吊るし上げだ。どう見ても糾弾会のような状況に、必死に“俺何か地雷踏んだか”と最近の自分の行いを心の中で顧みるリュウである。
「さて。早速だがよ、リュウ……」
「……」
正面に立つ裁判長のようなナギが静かに目を瞑り、似合わない神妙な空気を纏いながらそう切り出した。リュウからの質問は全て無視である。
「昨日のあいつについてと、“その他諸々”。洗いざらい全部喋って貰おーか!」
「!! …………え?」
くわっ! と凄むナギに対して、イマイチ主旨が飲み込めないリュウは蓑虫状態で首を傾げた。バルバロイについて、というのはわかるが、“他諸々”という部分が何を指すのかわからない。そんなリュウの様子を見て、何やら重要参考人のような位置に座っていた某大魔道士が、愛想笑いをしながら口を開いた。
「その……ごめん、リュウちゃん」
「?」
どこか申し訳なさそうに、挙手しながら謝罪するディース。何でディースさんが自分に向かって謝る? その後リュウに向かってテヘッとブリっ子な仕草までして何かを誤魔化そうとしている事から、リュウの胸には何だかとても嫌な予感が湧いてきた。
「何故ディースさんが俺に謝るんでしょうか……」
「……言ってもいいけど、怒んない?」
「…………。怒りませんから教えてください」
「実は…………リュウちゃんの事、ちょっと喋っちゃった」
「……」
たっぷり十秒くらいの沈黙。自分の事? それってもしかして、今までひた隠しにしていた龍の民云々とかユンナ関係の事? とリュウのアイコンタクト。ディースはそんな視線の意味を理解してあははと笑い、冷や汗を垂らしてから……コクリと頷いた。
「おいぃぃぃ!? ちょっ何してんすかあんたはー!?」
「だからごめんって謝ってるじゃないのよー!」
「怒らないと言ったな、アレは嘘だ」とばかりに蓑虫状態でブンブン身体を揺らすリュウ。しかしきつく縛ってあるのと筋肉痛で力が入らないのが災いし、ロープは解ける気配を全く見せない。ギシギシと括りつけられた天井の梁を揺らすだけであった。
「ふふふ、私達にまで秘密にしているとは、見過ごす訳にはいきませんねぇ」
リュウの痴態をいつも通りのニヤニヤ腹黒スマイルで堪能しながら呟くアル。明らかに一人だけこの状況を楽しんでいる。勿論リュウは、その態度にピンときた。
(元凶はオマエか!)
アルに向けてギヌロッ! と睨むがいつも通りに効果なし。そんなリュウの直感は、正解だった。昨日のリュウとバルバロイの様子を見て、二人の関係がどうしても気になったアル。だから彼は昨夜、スイマー城に到着して周りが寝静まっている中で、色々知っていそうなディースに話を聞きに行っていたのである。
気持ちよく寝ていた所を起こされて不機嫌なディースだったが、アルが手土産に持ってきたお酒に気を良くし、さらに言葉巧みに誘導するその話術に押し負けて、つい“リュウちゃん元々は龍の民とかじゃなかったしねぇ”と話の途中でポロッと言ってしまったのである。
その、普通に考えたらよくわからない言葉の意味を深く考えて、アルはリュウの過去には“何かがある”と確信。それならばと直接本人に聞き質そうと思い立ったのだった。勿論罰ゲームの約束通りにリュウの半生の書を作成すれば、自分だけはすぐに全部知る事が出来るとは理解していた。だが他の炎の吐息メンバーもリュウの過去の話は聞きたいでしょうと、何とお節介にも朝方にそれぞれの部屋へ吹聴して回ったのである。
リュウを強引に連れて来ようと提案したのも、勿論アルだ。何故ならその手の話をしようとした際、リュウは逃げ出しそうな気がしたからだ。今みたいな状況になればリュウがその事に答えようと答えまいと、どちらに転んでも十分面白くなりそうだから。と言う理由では決してない……かもしれない。
「良く考えたらさー、あたし達ってリュウの事全っ然知らないんだよねー」
「うむ。本人が言いたくないなら問う気はなかったが……昨日の出来事といい、気にならないと言えば嘘になる」
「私達にもあなたとあの少年の関係くらいは、知る権利があると思うのですが」
「う……」
リンプー、ガーランド、ゼノによる波状攻撃にリュウは唸った。確かに巻き込んでしまった以上、ゼノの言う“知る権利”というのは発生しているかもしれない。だが内容的にあまり気分の良い話ではない。変に同情されたりするのも嫌なのでどうしたものかと考えて、一応聞きたくない人も居るかもという希望の側に立ってみる事にした。
「……えーと……き、聞きたい人ー?」
そうリュウが引き攣った苦笑いで尋ねると、炎の吐息は即座に全員が手を上げた。マスターまで機械の癖に手を上げた。ナギ・アルは言うに及ばず、詠春・ゼクトまでもがしっかりと手を上げていた。ついでに何故かディースも。
「じゃ、じゃあ聞きたくない人ー?」
ならばと反対の質問を投げかけると、しーん……と水を打ったような静けさが会議室を支配した。誰一人ピクリとも動かない。何という一糸乱れぬ見事な全体行動。文句を挟む余地がない。
「……」
前後左右から期待の視線で針串刺しの刑に処されるリュウ。逃げ場無し。そんな訳で、リュウは観念せざるを得なかった。
「……あんまり楽しい話じゃないと思うけど……」
溜息と共にそう前置きして、リュウはとつとつと語り出した。自分の中身と身体は元々は別な事。龍の民の力を一人に集約させた研究者ユンナという男とその実験の事。バルバロイは自分の前にユンナが造った実験体であった事。前にも狙われた事があるという事。今までリュウの他にはボッシュとディース、エヴァンジェリンくらいしか知らなかった事実が、次々と公になっていく。
龍の民の“敵”についてと“完全なる世界”。そして“自分の本当の出身地”についてはややこしくなりそうなので、適当な設定を捏造などして巧妙に誤魔化しながら、最低限語っても大丈夫そうな部分を抜き出して、話はゆっくり静かに語られていく。
「……そんな感じで日本に着いた俺とボッシュは麻帆良って場所でナギに出会って、そこから現在に至る……と。こんなとこです」
『……』
数分である程度話し終え、一息ついたリュウは周りを見渡した。リュウの過去やバルバロイがリュウを狙った理由など、思ったよりも数段後味の良くない話にその場に居る者は皆、一様に言葉を失っていた。
「……そうか。だからお前は、その見た目の癖にそんなに落ち着いてるって訳か」
少しの間妙な雰囲気に包まれた所で、呆れたように口を開いたのはリュウをふんじばって運んできた二人の片割れ。レイはガシガシと頭を掻きながら、そう呟いた。リュウの見た目に全くそぐわない達観ぶりは、普段から苦労していた事もあるにはあるだろうが、元々精神年齢そのものが見た目通りではなかったからだと納得したのだ。流石にこんな話を聞いてしまっては、セリフの頭に「愉快だねぇ」なんて付けられなかった。
「じゃあ、リュウって何もしてないのに偶然その変な実験に巻き込まれて……?」
「リュウ君の過去にそんな事が……」
「あ、別にそれでどうとかってのは止めて下さい。今まで通りで」
リンプーや詠春から微妙な同情的視線が送られてきそうだと察したリュウは、即座にその空気を振り払った。もうその辺の事は、リュウの中である程度折り合いがついている。今更騒いでもどうにもならないのだから。それより接する態度なんかを変えられる方が嫌なのだ。
「何か……無理に聞いて悪かったな」
引き続き神妙な顔をしたナギが、流石に聞いちゃまずい事だったかと謝った。確かにあまり語りたいとは思えない話だと、その場に居る人間は皆同じ感想を抱いたらしい。この機会を作り出したアルも、流石にニヤニヤしてはいない。
「まぁあれだ。前にもどっかで言った気がするが、お前が何モンだろーとリュウはリュウだしな」
「……」
どう見ても深く考えてはなさそうなナギの発言。これまで一言もその辺の事に触れないよう黙っといて何だが、今リュウはむしろ少しスッキリしていた。あくまで隠す必要のなさそうな部分だけを抜き出して公開した訳だが、それでも何となく気分が楽になっていた。今は今の自分が有るという事をこうして話して確認できた事が、結果的にリュウの悩みを幾らか解消していたのだ。
「ま、これからもよろしく頼むぜ」
「うん……まぁ……こちらこそ」
「よし、じゃあ気になってた事も無くなったし、腹も減ったから飯でも食おうぜ!」
湿っぽい話が好きではないナギの一言で雰囲気が変わる。リュウが(全てではないにしろ)言い辛い過去を暴露した事で、最終的に絆と言うか仲間達との距離がさらに近くなったような明るい感じで、話は纏まるのだった。そしてゾロゾロと会議室から移動するリュウの仲間達。
「そう言えば、下のホールに妖精さん達がお店を開いたと耳にしましたが?」
「そうなのよー。凄い美味しいから是非食べてってー」
「ほう。それは期待できそうじゃのぅ」
「おーうではワタクシも料理のお手伝いしたいのですね」
「穴だらけになりたくなかったらそれだけは止めろ」
「……」
徐々に遠のいていく楽しそうな話声。うんなるほど、まぁよくあるパターンだよね。ていうか、見事にお約束だよね。とリュウは誰も居なくなった会議室で一人頷いていた。
「……誰か縄解いてよ」
風荒ぶ、蓑虫一匹、放置オチ。ボッシュはぐったりしているのだろうか、リュウの腰で身動き一つしない。一分程して、リンプーと詠春が謝りながら助けに来たとか何とか。
*
気を取り直して全員でがやがやと移動するリュウ達一向。階段を下りていると、妖精達が何やら慌しく動いている姿が目に止まった。厨房で作られたと思われる豪勢な料理が、次々とホールへ運ばれている。
「?」
店を開いたと言っても宣伝なんてしていないから、お客なんて来る訳がない。にも関わらず、料理と空き皿を交互に運び続ける妖精達。自分達の行動を察してくれたのか? と考えたが、どうやらそうではないようだ。
「……あ、ちょっと」
「はい! 何よぅリュウのヒト」
「えっと、何でそんなに慌ただしいの?」
下から空き皿を抱えて上がってきた妖精の一人を捕まえて、リュウは尋ねてみた。
「んーとね、何かすっごく偉そうな人が来てるのよぅ!」
「偉そうな人……?」
忙しそうにそう答えると、妖精はピューッと厨房の方へと行ってしまった。はて、偉そうな人って誰だろう。心当たりはあると言えばあるし、無いといえば無い。ぶっちゃけそれだけの情報ではわからないので、リュウ達は疑問を抱えつつホールへと降りていった。
「ん……おお、紅き翼、そして炎の吐息の諸君」
「!?」
そこに居たのは、何とウィンディア王であった。クレイとエリーナの姿は無く、王とその横に第二王女のミイナが俯いて座っているのみだ。テーブルには妖精達の作った料理が乗っていたと思われる空き皿が、幾つか見受けられる。
「ウィンディア王!? うわスミマセン! 出迎えとかせずに……」
「いやいや、連絡も無しに来たのはワシ達の方だからな。気は使わんでくれ」
しきりに恐縮するリュウに、王は特に気にしていない風な緩やかな表情を送った。王の雰囲気はいつもの威厳が抑えられ、幾分フランクな感じである。どうでもいいが空き皿の量からすると、王は結構な健啖家なようだ。ワイングラスが空になっているが、それが原因で雰囲気が変わったのだろうか。
「うむ、中々美味であったぞ。だが食して思ったが、どこか我がウィンディアで評判の料理屋と、味の系統が似ている気がするな……」
「あ、それはその……」
元を正せば、今のリュウの料理の基礎はウィンディアの料理屋“山猫亭”が元祖と言える。そこでの経験を基にしたリュウの料理レシピを、そっくり習得した妖精達だ。似るのは必然と言えよう。何で王様が街の料理屋の味を知っているのか、に関しては突っ込んでいいのかリュウは迷った。
「えっと、そう言えばクレイさんとエリーナさんは……」
「公務もあるのでな。先に帰らせた。ここに来たのはワシと……ミイナだけだ」
「そうなんですか」
「うむ。まぁそれよりも……だ」
「?」
料理の話は一旦置いておいて。王はキリリと表情を改めると椅子から立ち上がり、徐にリュウ達を見渡してから……頭を下げた。
「こうしてワシやミイナ……あの場に居た人間の命が今あるのは、諸君らのおかげだ。代表して礼を述べる。ありがとう」
「い、いえ、そんなお気になさらず……」
「そうだぜ王様! 前にも言った気がするけど気にすんなって」
と、答える両チームのリーダー。両者の性格が顕著に出ている。ナギはともかく、リュウはそもそも個人的な争いに巻き込んでしまったという引け目がある。謝るのはむしろこっちだと言いたい気持ちで一杯だ。
「……それで、だ。今日来たのは他でもない。その事と、もう一つ……」
そこで一旦区切ると、王はリュウ個人をしっかりと見つめた。
「君に、頼みたい事があるのだ」
「? ……俺、ですか?」
「うむ」
リュウを名指しで指名する王。“そなた”では無く“君”という柔らかい二人称なのは、これがプライベート的な来訪だからだろうか。そうして王がチラリと目配せすると、俯いて座っていたミイナが突然、ガタッと椅子から立ち上がり、テテテと小走りにピッタリとリュウの後ろに移動した。服の裾を掴んで、ほぼ密着と言ってもいいぐらいの立ち位置だ。
「!? あの……!?」
「……ミイナよ。どうだ、気分の方は……?」
「はいお父様……何か……安心します」
「おお、そうか」
「??」
突然の事に激しく動揺するリュウ。何この状況。何で俺、王女様に背中の服引っ張られながらくっつかれてんの? ていうか、ミイナさん随分大人しくなっているけど一体何が……? そんなリュウの混乱をよそに、王は大きく安堵の息を吐き出した。
「あの……これって一体……?」
「実はな、頼みというのは他でもない。我が娘のミイナを……しばらくの間、君の傍に置いてやっては貰えないだろうか」
「は、はい?」
いきなり飛び出した爆弾発言。全く持って意味がわからない。困惑の極みたるリュウ及び周囲へ向けて、王の話が始まった。
あの時、うかつに飛び出したせいでバルバロイに殺される寸前だったミイナ。リュウとバルバロイがメガロに飛び去り、場が落ち着いた後。ミイナは目の前に迫った死への恐怖――――バルバロイの姿が目に焼きついてしまい、錯乱状態に陥っていた。ガタガタと震える姿に寒いのかという姉からの問いにも、まともに受け答えが出来ない程のショックを受けていたのである。
メガロメセンブリアの宿泊ホテルへと戻ってからも、その様子は変わらなかった。むしろ震えは酷くなる一方だったのだ。目を瞑ると、腕を振り上げたバルバロイの姿が浮かんできて、ミイナは眠ることすら出来ない。当然医者を呼ぼうとした王達だったが、街医者等は全てが怪我人の手当てで出払っていて、どうしようもない状況に陥っていた。そんな折に……
「リュウさんの傍なら、ミイナの悪夢も軽くなるのではないかしら」
バルバロイが目に焼きついているのなら、間一髪でミイナを救ったリュウが傍に居れば、心の安定に繋がるのではないか。そんなエリーナの一声に可能性を掛けて、王はリュウ達の所へと来たのだった。そして、そのエリーナの予想は的中したらしい。ならば症状が回復するまで、リュウの傍で養生させてやって貰えまいか、というのが王からの頼みであった。
「……と、言うわけなのだ」
「……わかりました。そういう事でしたら治るまでここで、存分に療養してって下さい」
これも自分が原因の間接的な害である。リュウは下心無しの百パーセント善意で、その頼みを引き受ける事にした。
「そうか、助かる。預ける身で文句を言える立場でないのはわかっているが、くれぐれも、怪我や病気には気をつけてくれ」
「はい。大丈夫です」
“炎の吐息”が守るとなれば、世界でも選りすぐりのボディーガードを得たのと同じである。その点については問題ないかとリュウは思った。そして肩の荷が下りたように、再び安堵の溜め息をつく王。……だが何か、王の雰囲気が少しずつだが、また別の物へと変化していっているようにリュウは感じた。
「まぁ……諸君らの傍にいれば、怪我などについては安心だろう。…………だが、な。……もし……万一、だ」
「は、はい」
王の雰囲気が変わっていく。普段はどうか知らないが、少なくとも一国の王が公の場で醸し出していい雰囲気ではない。それはどこかもやっとした、微妙な雰囲気。徐々にだがリュウの正面に近付いていて、顔を伏せ気味にしているのがより一層不気味さを演出している。
「もしも……一つ屋根の下で暮らすのをいい事に、君及び君達の内の誰かが我が娘に対して、何らかの破廉恥な行為に及んだとしたら――――」
「……」
何か、距離が近い。ゴクリ、とリュウの喉が鳴った。王様の背後に、いつの間にかどす黒いオーラが揺らめいている。
「――――私はそいつを砲弾に詰め込んで、五百キログラムの爆薬と共に射出する! 我がウィンディアの総力を結集し、神に誓って八つ裂きにする! 火炙り百叩き市中引き回しの上打ち首獄門、末代までの晒し首だ! わかったな!!」
「りょ、了解であります! サー!」
「……よろしい」
鬼のような形相とはこの事だ。リュウどころかナギや詠春にまで冷や汗を流させる凄まじい迫力。子を思う親の気持ちだとかそういうのを軽く凌駕している。最早狂気の沙汰である。きっと王は、ミイナならば例え目に入れても痛くないのだろう。
「あの……リュウさん。不束者ですが、よろしく……お願いします」
「……ええ。あの……まぁ……はい。ここを我が家と思って、寛いでってください」
こうして、また一つリュウの胃に微妙な負担がのしかかるのだった。
――――まだ、生み出された流れは、スイマー城には届いていない。