炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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2:泡沫の

 ――――リュウ達とナギ達の勝負の日から、二週間が経過した。

 

「くそっ! しつこい奴め……っ!」

「逃げんじゃねぇ!」

「ひぃっ!?」

 

 時刻は夜更け。雲の切れ間から時折二つの衛星が顔を出す深夜。とある街の片隅。暗闇に紛れて逃げる男を、薄明かりを鋭く反射するナイフを手にした人影が、荒々しく追い立てる。

 

「はぁ、はぁ、こ……ここまでくれば……」

「はい残念。こっちは通行止めだよ」

「!? あっ……ぐっ!?」

「……大人しくソレを渡せば、痛い目見ずに済んだのにねぇ……」

 

 待ち伏せていた追う人影の仲間が、突然追われていた男の前に姿を現した。すぐさま手馴れた動作で驚いた男の片腕を掴み、捻り上げる。男は痛みに呻き、ポロッと懐から何かを落とした。

 

「ったく愉快だねぇ、雑魚の癖に手間取らせやがって。……よっ、と」

「!!」

 

 追い立てていた男は狙い通りの場所に追い詰めた事に安堵の息を吐き、ゆったりとした足取りでその場に辿りつくと、その落し物……“腕輪”を、グシャリと踏み砕いた。腕を捻られ腕輪を落とした男は、まるで自身の企みも一緒に踏み潰されてしまった、とでも言いたげにへなへなと力なくその場にへたり込む。

 

「さて、任務完了だな」

「しっかし、これじゃあおいら達まるで追い剥ぎか強盗だよねぇ」

「……ちげぇねぇ」

 

 月光によく似た蒼い光に照らし出され、浮かび上がる二人の亜人……レイとステンは、揃って溜め息をついた。

 

「ま、ぼやいてても仕方ねぇな。これでここらの腕輪は全部破壊したし、さっさと帰ろうぜ」

「あいよ。今夜くらいはゆっくり休みたいね」

「全くだ」

 

 レイとステンはへたり込んだままの男にそれ以上何をするでもなく、そこから離れていく。周囲に人の気配が感じられない場所まで来ると、ステンは自分の腰に括りつけていた道具袋から赤い宝石を取り出した。そして徐にその宝石を頭上に掲げると、二人は光に包まれ、その場から煙のように消え去った。

 

「あら、お帰りなさーい」

「おう」

「いやぁ疲れた疲れた」

 

 レイとステンが転移した場所は、スイマー城の地下室。ステンが掲げた赤い宝石・量産型フェアリドロップは、ここに新たに設置された帰還専用ゲート装置……通称“トランスポート”を基点に調整されている。帰途に限り、こうして一瞬で帰ってくる事が出来るのだ。偶然出迎えたモモは作業着姿で、傍らの機械を整備している。

 

「学者さんの作ったアレ、役に立ったぜ」

「それはそうよー。なんたって私が作ったんだからねー」

「……まぁ確かに使えたけどさ、何でこれハニワの形してるの?」

「えー? 可愛いじゃない」

「……」

 

 レイが黙って自分の懐から取り出したのは、どう見てもハニワの人形だ。これもモモとボッシュによる発明品だが、搭載されている機能と見た目に何ら関連性など皆無な一品である。

 

「……んじゃ、俺ぁもう寝させてもらうぜ」

「おいらも」

「お疲れさまー」

 

 拠点に着いた安心感からか、どっと眠気に襲われた二人は重めの足取りで自分の部屋へと向かう。モモは二人を見送った後、粗雑なテーブルらしき場所に置いてあったコーヒーを一口啜り、よーしと気合を入れ直して機械の整備に取り掛かった。

 

 …………事は、数日前に遡る。

 

 あのメガロメセンブリアでの一件以降、バルバロイの事が気になっていたリュウは、本格的に“腕輪”の捜索に乗り出す事に決めた。会議室に仲間を集めて、マスターに搭載されている無駄に豪華な機能の一つ、プロジェクターのように目から壁に世界地図を投影する装置を使い、そこに同じくマスターが感知する腕輪の反応を重ね合わせてみたのである。

 

 そしてその結果に、リュウ達は絶句した。

 

 腕輪の反応を示す黄色い点が、世界中を埋め尽くしていたのだ。一体誰が何の目的でこんな事をしたのか、詳細は当然ながら全くの不明。だが只でさえ妙な空気が蔓延しだしているここに来て、人を操る事が出来てしまう腕輪が狙ったようにそこかしこに存在する。このままでは、確実に世の中が良くない方向へと進むだろう。

 

 事の重大さを認識したリュウ達は、全員一致でこの腕輪を回収または破壊する事に決めた。飽きずに修行したい(そしてまた勝負したい)と飛び出していったナギ達にも注意するよう連絡し、悠久の風にも通報して、このさらなる混乱の火種になりそうな事案に対処する事にしたのだ。メガロメセンブリアに端を発する亜人排斥の動きと人を操る腕輪のコラボ。最悪とも言えるこの組み合わせを何とか瀬戸際で食い止めようと、リュウ達は動き出したのである。

 

「じゃーん、探知機能に特化した機械を作ってみたのー」

「まぁ俺っち達にかかりゃこんなもんよ」

 

 腕輪を感知出来るマスターは一人しかいないので、当初は数人パーティの交代制でやろうかと話し合っていたリュウ達。だがそれでは何かと不便だろうと、モモ先生とボッシュ博士が一晩でやってくれた。何とマスターに搭載されている腕輪探知機能だけを抽出した、簡易的な探知装置を複数作成したのだ。

 

「……」

「可愛いでしょー。名前はハニーって言うの」

 

 何故か小さなハニワ人形のようなデザインのその装置。それだけに特化出来るなら、何故最初からそうしなかった、と内心で突っ込みたかったリュウだが取り敢えず置いておく。とにかく、それがあれば一度に複数人が動く事が出来る。なので計画を変更し、リュウ達は二人から四人程度のパーティを組み、一日二日ほど目的地周辺で腕輪の捜索及び破壊工作を行い、終わったらフェアリドロップで城に帰還して一日休む。そしてまた空いている面子でランダムにパーティを作り、任務に出るというローテーションを組む事にした。

 

 ちなみに移動については体が鈍らないようにと走るのが基本となっていた。既に今のリュウ達は、走った方が下手な寄り合い飛行船で移動するより早いのだ。勿論このために妖精に頼んで、帰還用のフェアリドロップも複数調達した上で、である。

 

「なぁボッシュ、俺一つだけ納得いかない事があるんだけど」

「奇遇だな相棒。俺っちも一つ疑問があんだが……言ってみ?」

「何で他のフェアリドロップには、あの変な演出が無い訳?」

「……」

 

 どうでもいい余談だが、何故かリュウの持つフェアリドロップ以外には、転移する際の無駄に凝った演出が入っていないのだった。他のメンバーに渡された物は、例外なく極めて普通に発光して転移するだけである。単なる嫌がらせなのか、はたまた妖精達の親愛の証なのか、何故リュウが持つ物にだけあの演出を入れているのかは全く持って謎だ。

 

 とにかくそういう訳でリュウ達は現在、世界中に赴いては腕輪の破壊、または回収を行っているのだった。

 

 腕輪の大半は草に埋もれてたり、既に野生の魔物に壊されていたりといった対処の楽なものばかりだ。だがやはり、拾われている場合も少なからずある。その時は、ハニーのレーダーを頼りに持っている人間に直接コンタクトを取り、まだその効果を知らないようなら悠久の風からの書状を見せて、譲渡するよう説得する。ごねてくるようなら、ある程度の額までは買い取るようにする。これだけで、効力を知らない一般人への対処としては十分だった。

 

 また、反応があるのに頑なに持っていないまたは知らないとシラを切る者も少数居た。この場合はほぼ確実にその腕輪の有効性を認識していると見て、冒頭のレイ・ステンのように、力づくという強引な方法で壊すのだ。大抵の持ち主が後ろめたい事を考えている事と、一応悠久の風から発行されている書状が効果を発揮し、この場合はそれで問題なく任務を遂行できている。かつてのキルゴアやトゥルボーのような“既に誰かに対して使われている場合”という最も厄介なパターンには、幸い今のところは遭遇していないのだった。

 

 

 

 

「うわー、凄いです! 私こんな雄大な自然初めて見ました!」

「あんまり俺達から離れないようにして下さいよー!」

「わかってますよー」

 

 さて、ここで話はリュウの近況へと移る。炎の吐息リーダーたるリュウも動かない訳には行かないので、度々スイマー城から出ている。そんなリュウのパーティ面子は、三人まではほぼ毎回固定だ。リュウ、ボッシュ、そしてミイナである。ミイナはリュウが傍に居ないと眠れないので、リュウが出掛けるとなると付いて行くしかない。

 

 勿論ゆっくり城で養生しているのが一番安全安心で、リュウもしばらく城に残るつもりではあったのだが、ミイナ自身が「付いていくから大丈夫です!」と譲らない構えで言い張っていた。どうしても付いていくと言って聞かないので、結局リュウが根負けした形となったのだ。流石に“移動は走る”なんて無茶は出来ないので、飛行船を使う事にはなったが。

 

 城に来た当初こそ火が消えたように静かだったミイナだが、数日過ごして大分元気を取り戻したのか、一度決めたら梃子でも動かない頑固さが垣間見えるようになった。ウィンディアの王と王妃の一体どちらに似たのかは、リュウにもボッシュにもわからない。

 

「ねぇねぇミイナー! あっちに滝みたいなのがあるよー! 一緒に見にいこー!」

「あ、はーい!」

 

 そして四人目のメンバーは、大抵の場合がリンプーだ。同行の理由は主にリュウの手作り料理目当て。ミイナとも歳が近いおかげで一際仲が良く、任務そっちのけで遊んでいる事も多い。

 

「ご飯ですよー!」

『はーい!』

「なぁ相棒よぉ、なんか最近老けたんじゃねーか?」

「え……マヂで?」

 

 ミイナという同居人が増えたおかげで、何か手の掛かる娘を持つ親のような心境に至る事が多くなったリュウ。成長しないはずなのに、若干の哀愁がその表情には漂っていたとか。

 

「いっただっきまーす!」

「こうして、皆さんと一緒に外でご飯を食べるのって、楽しいですね!」

「ねー」

 

 ちなみに今リュウ達が居るのはシルチス亜大陸にある“パーウッズの森”である。ミイナが居るので、なるべくあまり戦闘にならなそうな地方を回っているのだ。流石にそこらの魔物程度では、もう今のリュウやリンプーの敵ではないので、ピクニックも兼ねているような気楽さである。そうして周辺に存在する腕輪を適当に破壊しつつ、ご飯を食べたら帰還の予定であった。

 

「あ、そうだ。今度ミイナも一緒にさ、サルディン地方行ってキャンプしようよ! すっごいキャンプファイヤーとかやってさ!」

「うわーキャンプですかぁ。いいなぁ楽しそう!」

 

 キャイキャイと盛り上がる女子二人を見て和みながら、それにしても……とリュウは思う。いつも、なんて贅沢は言わない。時々でいいから、今みたいにこうして健やかで楽しい日常を過ごす事が、これからも出来るといいなぁ、と。

 

 

 

 

 その日、午後になって城へと戻ってきたリュウ達一向。一応パーティはそこで解散という事で、リンプーやミイナは各々自由行動だ。しかしリュウにはまだまだ仕事がある。

 

「うわ、まーた来てるよ手紙がこんなに……」

「ま、仕方ねぇやな」

 

 一応リーダーなので、城に届いた郵便物には目を通す事にしている。そしてそのほとんどは、例によって各国からの熱烈なラブコールの手紙なのだった。その中でも一際勧誘に熱を入れてきているのは、亜人を中心とした古き民が多く居るヘラス帝国だ。理由は炎の吐息の中で、唯一普通の人間に見えたリュウも、実はそうではなかったという事実を知った為である。このヘラスについてはメガロメセンブリアから広がりつつある不穏な空気に敏感に反応し、兵力や武器を集めだしているという噂も聞こえてきている。

 

「すげー……何かこの前提示された額より桁が一つ増えてる」

「いやぁ、ヤッコさん達必死だねぇ」

 

 取り分けあの“紅き翼”とほぼ互角に見える勝負を繰り広げた“炎の吐息”は、戦力という面では最重要勧誘対象なのだろう。少し前には使者と共に、大量の贈り物を持って来た事もあったのだ。そんな物を受け取る訳にはいかないので、その時は突っ返したのだが、最近は手紙に書かれている口説き文句も、口調が強くなる一方である。

 

「……」

「どうしたい相棒。まさか話に乗るってんじゃねぇだろうな?」

「んな訳ないだろ」

 

 一通り手紙に目を通したリュウの表情は重かった。薄々は、感じている。このままでは例え世界中の腕輪を壊しても、流れは止まらない。今自分達がやっている事は、気休め程度にしかならないかもしれない。でも……まだ。まだ、何とかなる。リュウは首を振った。せめて自分達が見本となって、人間からの亜人に対する偏見を払拭させられれば、無益な争いは防げる……いや、防ぎたい。自分は何とかしてそうしなければならない。何故なら……。

 

「リュウのヒトー!」

「ん?」

 

 と、そんな風に手紙を見てリュウが真剣な表情をしていると、そこへピューッと妖精の一人が飛んできた。

 

「どしたの?」

「お願いよぅ。農場に何かヘンなヤツが居座ってるのよぅ。おっぱらって欲しいよぅ」

「変なヤツ?」

 

 妙に慌てた様子の妖精。リュウとボッシュは顔を見合わせた。まぁそのまま放っておくという訳にもいかないので、どっこらしょと重い腰を上げて妖精の案内についていく。城から出て、湖の少し手前。妖精農場の畑の一角に、“そいつ”はいた。

 

「げ……」

 

 リュウは、思わずその場で回れ右をしたくなった。“そいつ”はリュウの姿を確認するや、あぐらで座り込んでいた状態から突然跳躍し、空中で華麗に回転しつつリュウの目の前にズザザッと滑り込んできたのである。……両足を折り、地に頭を付けた低姿勢で。何と言う見事なジャンピングDOGEZAか。あまりの見事さに非の打ち所が無い。角度とか。

 

「……何の用だよ」

「は。窮地より我が命を救い出して下さった大恩人に、このラ・カーン痛く……痛く感服仕りましてございまする!」

「何か名前戻ってるし……」

 

 そう。今リュウに対して土下座している暑苦しい男は、何を隠そうあのカーンであった。“グレェト”を名乗っていたのは一時の気の迷いだったのか、今は特に調子に乗った素振りは見えない。一体どうやってこの場所を突き止めたのか等については、何かもうどうでも良かった。

 

「つきましては是非とも……是非ともあなた様を我が主と仰ぐべく、馳せ参じた次第っ!」

「そんな性格まで変わって……」

 

 土下座して、顔を伏せたままのカーンは捲くし立てる。要するにカーンは、あのココン・ホ列島で命を狙ったはずのリュウに逆に助けられた事に感激し、その恩を返そうとはるばるやって来たようであった。どうも極端から極端に走るのは変わっていないらしい。

 

「っていうかもしかして……仲間になりたいとか、そういう方向……?」

「御意にござりまする!!」

「えー……」

 

 声を荒げるカーンに、リュウは露骨に嫌な顔をした。リュウ的にはこいつを仲間にする気はあんまりない。暑苦しいから何と言うか生理的に嫌なのだ。

 

「なにとぞっ!」

「……」

 

 だが、見た目はどうあれ今のカーンの態度は真剣そのものだ。そして、これほど真面目に頼まれるのをスパッとお断りできるほど、リュウの心は荒んでいない。……けどやっぱ嫌な物は嫌だし。でもこのまま断るっていうのも可哀想かなー。あーでもなー。うーどうしよう。まさかカーンに悩まされるとは……。と、何気に今までカーンと対峙した中で、リュウは一番困っていたりする。

 

「うーん……」

「こいつぁ難儀だなぁしかし……」

 

 ボッシュも大体リュウと同じらしく、二人揃って非常に難しい顔をして腕を組んで唸っている。すると先程この場所へ案内したのとはまた別の妖精が、リュウ達の所にピューッとやってきた。

 

「あ、居た居たリュウのヒトー。お客様がお見えになってるよぅ!」

「?」

 

 えーまたぁ? と若干うんざりしたような表情でその妖精の方を向くと、今は屋外だからか妖精はその“お客様”とやらを連れてきていた。妖精の後ろに、覚えのあるナポレオンハットがチラチラと見える。今度はどっかの国の使者かなんかか? とちょっと思ったリュウの予想は大外れ。そこに居たのは最近色々と世話になったりしている、ゴウツク商人その人だ。

 

「どうも。マーロックさん」

「まいど」

 

 後ろにお付きの人を二人ほど従えて、プハァ、と葉巻の煙を吐き出すマーロック。ふてぶてしい態度は相変わらずだ。

 

「リーダーですのに、外で畑仕事とは感心ですな」

「う、いやその……」

 

 褒めてる筈の言葉なのに、やはり微妙に返しづらい嫌味のような物言い。どうにもリュウとしてはあまり波長の合わない相手だ。そして今の状況は、前門にマーロック。後門にカーン。今日はあれか? 厄日か? と、自分の運勢を呪いたくなるリュウである。

 

「えーと、どのようなご用件でしょうか?」

「今日はあんたに少々相談……いや、商談がありましてな」

「?」

 

 マーロックがわざわざ出向いてとは珍しい話だ。一体何用だろう、とリュウとボッシュは思った。実は少し前……というか、ミイナが王に連れられて城にやって来た次の日、マーロックもここを尋ねてきていた。その時は、何故か大量のレアなアイテムや滅多に手に入らない食材などを携えての来訪だったのだ。

 

『あの……この高価そうな品々は一体……?』

『……。あんたらには結果的にとは言え、ワイの命と“商人生命”を救って貰ったわけですからな。これくらいは当然の謝礼ですわ』

『……』

 

 リュウ達の前にうずたかく積まれた見た事も無いような宝の山をバックに、マーロックはそう言った。“つきのしずく”“聖杖ホーリーハート”“マンモの毛皮”“武神の小手”“ファイナルブロー”etc。ハッキリ言って普段ならばまずお目に掛かれない、様々な珍品レア品高級品のオンパレードである。しかしいくら命を助けたと言っても、あの強欲なマーロックがここまでするか? とリュウ達が疑問を浮かべていた時、それを察してマーロックは言った。

 

『ま、あの件の発端はワイの落ち度。この世界、信用無くしたら厳しくなりますからな』

(! ……ああ、成程。そういう訳ね)

 

 マーロックが何を言いたいのか、リュウは割とすぐに察する事ができた。あの日、見物客達のボディーガードであるあの兵士隊を雇ったのは、他ならぬマーロックである。よりによってその兵士隊の隊長に、バルバロイという得体の知れない存在が紛れ込んでいて、あんな大事になってしまった。もしもこの事実が公になったら、世間からのマーロックに対する信用はガタ落ちとなるだろう。

 

『じゃあ、ありがたく頂戴します』

『……。おおきに』

 

 だからこの宝の山は、その事を口外するなという口止め料という意味がある。商売人としての致命傷を避ける為には、出費に糸目を付けないマーロックなのであった。

 

 ……とまぁマーロックとはそんな事があり、それから久々の来訪なのだった。その時に貰ったアイテムの類は確かに有用な物が多かったので、リュウ達は遠慮なく使わせてもらっている。勿論、あの時の事を口外するつもりは最初からないので、言わば貰い特だ。表面上は持ちつ持たれつ。ウィンウィンな関係という奴である。

 

「商談って……一体何でしょうか……?」

「あんたらの内の誰か一人を、ワイ専属の用心棒として雇わせて貰いたいんですわ。勿論タダでとは言わん。相応の報酬は払いましょ」

「!?」

 

 マーロックの発言に、リュウとボッシュは少し驚いた。マーロックはその性格や仕事上確かに狙われそうな感じではあるが、別にリュウ達で無くとも用心棒なら募集すれば掃いて捨てるほど集まりそうに思える。そんなリュウの表情を見たマーロックは言葉を続けた。

 

「……あんたも知っとる通り、近頃色々と物騒になってきてましてな。シェドの街にもカタギじゃない連中がうろつきだしてて、腕のよー立つモンが一人は欲しい所なんですわ。あんたらの実力なら、文句はないですからな」

「……」

 

 随分と、リュウ達に対する評価を上方修正してくれているマーロックである。だが当のリュウは困惑していた。個人的な独占欲と言うか友達意識というか、せっかくの仲間を一人とはいえ預けるのは正直嫌だった。我が儘だとはわかっているが、それが素直な感想である。しかしだからとていきなり頭ごなしに断るのも、人付き合いという面で見れば確実に良くない。カーンの事もあるのにどうしろと……と、リュウの頭が蒸気を噴出しそうになった瞬間――――閃いた。

 

「よし……カーン!」

「は、はい!」

「お前をウチのチームに入れて……あげてもいい」

「!!」

 

 リュウは突然クルッと反対方向を向くと、ずーっと土下座していたカーンに向けて上からそう言い放った。ガバッと顔を上げ、まるで餌を与えられた犬の如く喜びに満ちるカーン。いやいやこれはもうレッドカードだ。ハッキリ言ってむさ苦しい男がやっていい表情ではない。

 

「……た、ただし、その前に試験をする。これからこちらのマーロックさんの所に行って、彼の身辺警護を行う事。その結果で判断する」

「は、了解であります!」

 

 俊敏に立ち上がり、ビシィッと敬礼の姿勢を取ってリュウの言葉に素直に従おうとするカーン。だが勿論そんなやり取りを間近で見させられて、黙っているマーロックではない。

 

「待った。そないな得体の知れん男、話と違いますがな」

 

 呆れた風に言うマーロック。非常に尤もな突込みだ。当たり前過ぎて、リュウの方がどう見ても分が悪い。

 

「心配はご無用ですマーロックさん。この男、カーンはこう見えても、一度は俺達さえとても苦戦させた程のヤツですから」

「……ほぉ……?」

(苦戦したのって相棒だけだろ)

 

 リュウの言葉を聞き、本当かよ、と値踏みするようなマーロックの視線がカーンをねめつける。同時にボッシュの心の中で、冷静な突っ込みが冴え渡った。けれどボッシュも声には出さない。既にリュウの考えはわかっている。これは上手くいけばまさに一石二鳥という奴だ。マーロックの頼みとカーンの厄介払いを同時に行える、ナイスアイデアである。

 

「……」

 

 ……が、マーロックは中々首を縦に振らない。如何にリュウの推薦とは言え、己の目でこの謎の男の腕前を直接見た訳ではないのだ。用心棒として自分の命を預けるからには、そう簡単に頷く訳には行かない。流石に手強いマーロック。そんな雰囲気を察したリュウは、ならばとさらなる追撃を繰り出す事にした。

 

「あ、報酬は事後で構いませんし、査定も辛口でいいです。そして出張の期限ですが……これもマーロックさんの方で決めて貰っていいです」

「……」

 

 報酬についてはタダで……と言おうかと思ったリュウだが、それでは逆にカーンの実力に対しての不信感を与えてしまう。よってリュウは、報酬をマーロック個人の裁量に百パーセント委ねる事にした。期限は決めずの出来高払いで構わないとしたのだ。

 

 これはここの所色々と出費が大きいマーロックにとっては、まさに渡りに船であった。難癖を付ければリュウを苦戦させた程の戦力を、ずーっと格安で雇う事ができるという破格の条件である。リュウにとってもカーンを波風立てずに厄介払い出来るというメリットがある。お互いにとって至れり尽くせりの提案だ。そして、マーロックの中で光をも凌駕する速度での計算が行われた結果……

 

「……ええですやろ。交渉成立ですわ。したら、その条件で雇わせてもらいましょか」

 

 ……マーロックは、それを受け入れたのだった。

 

「どうぞどうぞ。遠慮なくこき使ってやってください」

「……じゃ、よろしく頼みますわ」

「お任せください! このラ・カーン、主殿を全身全霊を掛けてお守り致しますぞぉ!」

「……何や、暑苦しいなこいつ」

 

 流石のマーロックもカーンの無駄に暑いテンションに若干引き気味だ。そのカーンはムキッ! と無意味な筋肉アッピールまでしている。まぁ実力的な意味でも、あのココン・ホ列島を一人で乗り越えられる人間などそうはいないから大丈夫な筈だ。リュウは決してカーンに目の焦点を合わせないようにしながら、そう思った。

 

「ほな、これでワイは失礼しますわ」

「ええ。また何かありましたら」

 

 そしてマーロックは踵を返し、カーンを連れて去っていった。炎の吐息にカーンが入りそうになり、試験と称してすぐに――ある意味永久に――出張に出された事を知る者は、他には誰もいないのだった。

 

「相棒、良かったじゃねぇか」

「あー疲れた」

 

 何かマーロックさんとのやり取りって、戦うのよりも何か精神的にごりごり削れるなーと、心の中で愚痴るリュウ。そうしてカーンを立ち退かせた事で、困っていた妖精からお礼を言われたリュウとボッシュは、自室に戻る事にする。畑から城まで戻り、小奇麗にされてるホールを通り抜けようとテクテク歩いて。

 

「あ、リュウさーん!」

「?」

 

 するとちょうどそこで、何やら妖精達と世間話をしていたらしいミイナに引き止められた。

 

「ほら皆さん、ちょうどいい所にリュウさんが来ましたよ」

「うー……」

「いざとなると緊張するよぅ」

「何か恥ずかしいよぅ」

 

 ハテナ顔でリュウが近づいて来ると、何故か笑顔なミイナに促され、前に出てきたのは長いコック帽を被った妖精リーダー三人だ。いつもの調子とは違い、何かおずおずとした感じである。

 

「えーと、どうかしたの?」

 

 リュウがふつーに尋ねると、三人の中の赤いのが代表として前に出て、ズイッと小さな手を差し出した。その掌の上には、何か謎の物体が乗っている。

 

「?」

「こ、これ……私達がリュウのヒトに会う前からずーっと持ってたお宝よぅ」

「リュウのヒトにはいつも、お、お世話になってるから……」

「エッヘン、特別にあげるわよぅ!」

 

 そう言われてちょっと強引な感じに渡されたのは、小さな石ころの様なものだった。リュウと会うよりも前から持っていたというその謎の物体。受け取ったリュウは、突然の出来事に少し混乱した。妖精達から感謝されているとはあんまり思ってなかったので、まさかのびっくりサプライズである。唐突過ぎるが慕われている事はわかったので、何かこう胸に込み上げてきて涙がちょちょ切れそうだ。

 

 ……まぁそれはともかくとして、この石は一体なんなのだろうか。

 

「えと……これって一体何?」

「ふっふっふ、聞いて驚け見てビビレよぅ!」

「何と、私達妖精に伝わる伝説のアイテム!」

「その名も“時の砂”! ……の結晶なのよぅ!」

「……時の砂?」

 

 時の砂。何と妖精が言うには、その砂には時を止めるほどの力があるのだという。しかも今貰ったこれはさらにその結晶だから、ひょっとしたら時を遡る事も出来るんじゃないか、という程の力が備わっている! ……かもしれないらしい。

 

「へー……」

「ちょっとリュウのヒト! リアクション薄すぎるよぅ!」

 

 伝承が信じていいのかイマイチ曖昧な点が、なるほど妖精らしい。まぁ仮にこれが普通の石ころだったとしても、感謝、と言う気持ちに対してリュウはきちんとお礼を言うだろう。そう……普通、であるなら。その石の見た目は、ある意味普通じゃなかった。ぶっちゃけるとなんか不気味なのだ。ちょうど二つ並んだ窪みと、微妙に削れたその下の縞模様が。まるで……

 

「……何かこれ、髑髏っぽく見えるんだけど……」

「……」

 

 ボッシュもミイナも思いっきり目を逸らした。どうやら二人は気付いていたらしい。その石ころは、一度気付いたらそうとしか見えないほどに人の頭蓋骨そのものだった。ミニチュア化されているものの、持ったままなら一歩歩く度に敵とエンカウントする呪いでも掛かってそうな勢いである。妖精からのプレゼントなので無碍には出来ないが、どう見てもこれが“時の砂”の結晶等と言う大層な物には見えなかった。

 

「だ、大丈夫よぅ!」

「私達を信じてよぅ!」

「あー、うん……でも、どうしていきなりこんな?」

 

 何か微妙に恥ずかしい感じで困ったリュウは、話題を変えることにした。お世話になってると言われても、やっぱり唐突過ぎると思ったからだ。実際の所は、妖精達が「何だかんだで店や目標まで持てたし、ここまでしてくれたリュウにどうやってお礼をしよう?」と相談していた所へミイナが通り掛り、彼女が「正面から素直に伝えるのが一番いいと思いますよ」とアドバイスした結果である。その妖精達もリュウから「何故?」と問われて気恥ずかしくなったので、三人同時にそっぽを向いた。

 

「べ、別にリュウのヒトが最近何か疲れてるようだからって思ったわけじゃないよぅ!」

「そうよぅ! 日頃の感謝とかそんなんじゃないよぅ!」

「たまたまってやつよぅ! だから勘違いしたら承知しないよぅ!」

「……」

 

 三人ともそれぞれつーんと別方向を向いている。全く素直じゃないテンプレートな態度だが、リュウはその言葉の解読法ぐらいわかる。しっかりとその気持ちを受け取る事にした。

 

「……ありがと。それなら、遠慮なく貰っとくよ」

 

 リュウが正直にそう言うと、妖精達は一瞬だけ嬉しそうにして、やっぱりぷいっとそっぽを向いた。心なしか、忙しなく羽がパタパタと動いていた。

 

「意外になぁ、あいつらも可愛い所あんじゃねぇか。なぁ相棒?」

「ん? うん」

 

 自室に戻ってきたリュウとボッシュ。何となく、自分がやってきた事が良い事だったと認められたみたいで、リュウは嬉しかった。色々とモチベーションがぐーんとアップしたのは間違いない。

 

「よっし、明日も頑張ろうか」

「おうよ」

 

 そしてその夜、貰ったミニチュア髑髏(時の砂の結晶(仮))をうっかりポケットに入れたまま寝てしまったリュウが、まるで呪いにでもあったようにうなされていたという事実は、ボッシュとミイナしか知らない事である。

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