炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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7:決意

 女神の襲来から、数時間余りの時が過ぎ……。あの悪夢の再来を水際で阻止する事に成功したリュウ達は、ナギの到着から僅かに遅れて駆けつけてくれたアル、詠春、ゼクトらと共にスイマー城へと戻っていた。半死半生のディースと半壊状態のマスター。そして炎の吐息のメンバーが閉じ込められた水晶の柱を、慎重に傷つけない様運び込ながら、である。

 

「しかし、信じられません……」

「……一体これは……」

「ワシにもわからん。恐らく、相当なレベルの魔力によるモノとは思うが……」

 

 駆けつけた三人はリュウの仲間達の惨状を目の当たりにし、ショックを隠せなかった。ディースの怪我やマスターの損傷についてもそうだが、特にこの水晶の柱から感じられる尋常でない魔力は何なのか。これらをやったという相手が一体どれほどの存在なのか、全く持って想像がつかない。

 

「ボッシュ……どう?」

「……すまねぇ。まだ何とも言えねぇよ」

 

 全員分の水晶の柱を置けるのが会議室しかなかった為、そこにモモの研究室から使えそうな機材を運び込み、柱の解析を行うボッシュ。女神の魔力によって構成されているであろうこの柱を取り除くにはどうすれば良いのか。ボッシュは己の中にある知識をフルに引き出しつつ機械を操作し、そして苦い顔をしている。

 

「……」

 

 死んでいない事はわかっているが、裏を返せばそれくらいしかわかってないとも言える。外側から元に戻す事が出来るのかさえわからない。この手の分野に対して何も出来ないリュウは只じっと、冷たく輝く水晶の柱を見つめていた。

 

 傍らに設置したベッドに寝かされたディースは意識を失ったまま、まだ目覚めない。その隣にある椅子にはミイナが座り、心配そうに容体を見守っている。幸いマーロックが以前置いていった道具の中の一つ、希少な完全治癒薬である“つきのしずく”を使用したおかげで、命は取り留めた。また、千切れた腕に関してもアルとリュウの二人がかりでほぼ元通りに接合する事が出来た。包帯の巻かれた腹部は、落ち着きを取り戻した呼吸音と共に、規則正しく上下している。

 

「ボッ……シュ……マスター……も、手伝……う……と」

「おめぇさんはまだ動けねぇだろ。気持ちだけ貰っとくぜ」

 

 駆動部分の損傷が特に激しく、自らは動けないマスター。隅に寄せたテーブルで作られた、即席の診察台の上に寝かされている。会話は一応出来るものの、所々に混ざる雑音が酷い。応急処置は既に施してあるので、水晶解析の目途が付き次第、修理に取り掛かる予定だ。

 

「……なぁリュウ。あの女は一体何だったんだ? 何でお前らを狙ったんだ?」

 

 穏やかな外の明るさとは正反対に深刻な雰囲気が漂う室内において、ナギはリュウに詰め寄っていた。ナギ達からすればわからない事だらけだ。あの神々し過ぎる女性は一体誰だったのか。目的は何なのか。そもそも何でリュウ達がこんな事になったのか。当事者たるリュウが語らない限り、ナギ達から見れば一切が謎のままだ。

 

「……」

 

 そして肝心のリュウにも、わからない事が多かった。いや、正確に言えば分からなくなっていた。

 

 随分前にディースに聞いた話……龍の民は静かに暮らしていたが、女神ミリアがその強大な力を危惧して滅ぼした、という話。その話自体は理由として理解できないわけではない。だが今、どうにもリュウは小さな疑問を感じていた。原因は己の中に蠢く黒い感情だ。奥底から沸き上がってくるソレは、滅ぼされた事への怨恨等という程度では済まない、もっと深い何かだと感じられる。

 

 同様に、女神のリュウに対する徹底さも常軌を逸していると感じた。滅ぼすだけでは飽き足らず、まるで龍の民の痕跡一切をこの世から消し去ろうとしているかのようだった。かと思えば、仲間達と同じくリュウの味方をした筈のナギには、全く手を出す事無く自ら退いた。不可解過ぎる。自分の中にある情報だけでは、その辺りの歯車が全く噛み合わない。

 

「おい……何とか言えよ! リュウ!」

 

 黙りこくったリュウに対して、苛立ちを覚えたナギが強く出る。言葉に詰まり、どうしようか考えたリュウは、とにかくみんなには自分の知っている事だけでも説明しようと口を開きかけて……

 

「……あたしが、話すよ」

 

 悲壮な空気で満たされた部屋に、艶やかな声が響き渡った。ゆっくりと、ディースの目が開いた。

 

「ディースさん!? 大丈夫なんですか!?」

「……おや、なんだい。どうしたのさミイナ」

「だ、だって……」

 

 優しげに言葉を掛けられ、ミイナの目の端に涙が溜まっていく。王族として育てられたミイナは、どこまでも豪放磊落なディースに対して、実姉のエリーナとは違う意味で懐いていた。炎の吐息の人達に加え、この上ディースにまで何かあったら……そう悲しみに満ちそうだった心に、ようやく光が差し込んだ形だった。

 

「……」

 

 縋りつくミイナをあやしながら大きく息を吐き出し、ディースは目だけを動かして部屋の中を見渡した。リュウは無事。ナギ達が居て、炎の吐息のメンバーが閉じ込められた水晶も、砕かれる事なくそこにある。現状を手早く把握したディースは、心の中だけで小さく呟いた。女神と龍の民が戦ってこれだけの被害で済んだのは、奇跡みたいなものだね、と。

 

「アイツは……逃げたんだろ」

「あ、ああ。あの女の事だろ? どうもこの俺を見てビビったみたいだったぜ?」

 

 ナギの発言が雰囲気を和らげようとしているものである事は、その場の誰もがわかっている。ディースには、何故女神がナギを見て去ったのか、その理由にほぼ見当が付いていた。怪我の影響かまだ上手く魔力を行使出来ないが、少なくとも周囲にあの女神の清浄な魔力が感じられない事はわかる。直近の危機が過ぎ去った事をようやく飲み込み、ディースは包帯の巻かれた上半身を起こした。

 

「リュウちゃんには……謝んなきゃいけないね」

 

 起き上がったディースは少し申し訳なさそうな顔をして、リュウの方を見た。リュウからすれば、このように主語の無いディースからの謝罪の申し出は何度かされた覚えがある。それが何に対する謝罪であろうと、今は静かに先を促すしかない。

 

「……何を、ですか?」

「随分前……確か旧世界に行くって時だったかね。その時に話したろ。龍の民と、女神について」

 

 それはついさっき、リュウが考えていた話の事だ。リュウとボッシュがドラグニールに戻る為、ディースはエヴァンジェリンと会う為、旧世界に行こうとした時の事。

 

「あの時、あたしはミリアの目的についてはわからないって言った。でも……ごめん。ホントはね……知ってたんだ」

「……」

「ミリア……それがあの女の名前か」

 

 聞き慣れない単語を耳にして、ナギが頷いている。リュウは、ディースが隠し事をしていた事を責めるつもりはなかった。その話をしていた時のディースは、とても複雑そうな表情をしていた事を覚えている。あの時は、ディースが何故ミリアによる龍の民の虐殺を止めようとしたのかまではわからなかったが、今なら分かる。ミリアは……ディースの妹だからだ。だからどこかにほんの少し、本当の事を言いたくない庇うような気持ちがあったのだろう。

 

 けれど今のディースは後悔するような、悔しいような、そんな顔をしている。

 

「なぁ蛇のねーちゃん、リュウがどうとかミリアがどうとか、イマイチ俺達には何だかわかんねーんだ。良かったら全部教えてくれよ」

「私からもお願いします。リュウが一体どのような宿命を背負っているのか……是が非にでも伺いたい」

「……」

「私も、お願いします」

「わしからも頼む」

 

 ナギ、アルの言葉に続き、詠春、ゼクトも頭を下げる。ディースが許可を得るような視線をリュウの方へとやると、リュウは小さな頷きを持ってそれに答えた。ディースは一息おいてから、ちょっと長くなるよと前置きし、その場の全員に聞かせるように……語り始めた。

 

「……いつからだったのかも思い出せないくらい、気の遠くなるほど昔の話さ。リュウちゃん達の一族、“龍の民”と“女神”とは、ずっと血で血を洗う激しい闘争を繰り返していた。旧世界のあらゆる地域の神話に、少なからず竜についての伝説ってのが残ってるだろ? あれは、そもそも龍の民と女神による争いが元になっているのさ」

 

 いきなり紡ぎだされた話のスケールの大きさに、誰もが言葉を失った。

 

「両者の争いは凄まじかった。それこそ、地球上の幾つかの大陸が消えたり、または大きく隆起したりもした。女神は個で、龍の民は群で。互いが互いを滅ぼそうと死力を尽くして争った。そんな戦いなのにいつまで経っても決着は着かず、女神も龍の民も、次第に周期を置くようになっていった。女神は力を蓄える為に、龍の民は世代を重ねる為に」

「いや、待ってくれよ蛇のねーちゃん。訳がわからねぇ。争ったって……何でだ? その原因は何だよ? 龍の民が悪モンだったのか? それともそのミリアってヤツがか?」

 

 ディースの話には“理由”がない。何故戦うのか。その部分がすっぽりと抜け落ちていた。だからナギは、“争うからには、その根本に何かの原因があるはず”と、そう思った。しかしディースは、どこか悲しそうに……静かに首を横に振る。

 

「……どちらが悪い、とかじゃないんだよナギちゃん。龍の民と女神ってのは……言い換えれば光と影。陰と陽。コインの表裏。どちらか一方に傾き過ぎてもいけない。そういう存在なんだよ。“何の為に”争うか、じゃない。強いて言えば“争う事”それ自体が存在理由。そこに“どうして”って疑問を挟む余地はないのさ」

「な、何だよ……それ……」

 

 ナギは絶句した。何なのだそれは。そんな存在がこの世に在るというのか。本当に訳が分からない。当然納得も出来ないが、それ以上質問しては話の腰を折ってしまうと考え一応は抑える事にした。そしてディースは次に、ナギのその疑問を……肯定した。

 

「でも、ナギちゃんがそう感じたのも尤もだよ。そしてミリアも、ある時その事に悩んだ。私は一体何の為に……ってね。そして行き着いた結論は……“ヒトを守る”事だった」

「!?」

「ミリア……女神は、ヒトの味方なのさ。正確に言えば、自分と龍の民とが争うのは、強大な力を持つ龍の民という脅威から、あらゆる生命を守り抜く為なんだと考えた。それが自分の使命だと思ったんだ」

 

 そこまで聞かされたナギ達は、余計に混乱した。実際にリュウ達へやってみせた女神の行いは、“ヒトを守る”等という高尚な目的から懸け離れている様にしか見えない。にも関わらずディースの話では、まるで女神が良い奴で龍の民が悪者のようにさえ聞こえる。

 

「女神ってのは……何となくわかった。その……じゃあ龍の民ってのは、一体どんな連中だったんだよ」

「……」

 

 ナギの疑問に僅かに口を噤んだディースはリュウを見て、少しだけ困ったような表情を浮かべた。

 

「最初の頃の龍の民は、周りの生物や自然の事なんて一切考えない、戦う事しかしないような酷い連中だったよ。実際、争いに巻き込まれて人類が滅びかけたのは、一度や二度じゃない」

「……」

 

 歴史にはとんと疎いナギだが、少なくとも人類の歴史として今使われている西暦……約二千年の間には、人類全体が滅びる等という災厄はなかったと断言出来る。つまり、ディースの話はそれよりもずっとずっと前の事だと理解できた。

 

「でも……。今から何千年か前、最後の全面対決で、龍の民は女神に大きな痛手を負わせた。そしてその後は何もない、平和な時代が長く続いたんだ。その間に……龍の民は変わっていった。ヒトや他の生き物達と関わる事が増えだしてから、次第に穏やかに暮らす事を良しとしていった」

「……」

 

 リュウは、語られる話の中から何となく感じ取っていた。龍の民は、やはり人と何も違いはない、“うつろうもの”であるのだと。変わっていくとはそういう事だ。しかし、それと表裏一体である女神は……。

 

「けど……女神は変わっちゃいなかった。力を蓄え今から数百年前に眠りから目覚めたミリアは、圧倒的な力を持って龍の民へ攻撃を仕掛けた。平和に慣れ親しんだ龍の民と、力を蓄えた女神。力の差は歴然だった。そして……」

「……そして、龍の民は女神によって滅ぼされた……」

「その通りさ」

 

 後を継いだアルの言葉を、ディースは目を瞑って肯定した。

 

「あたしが知っているのはそこまで。その時の一方的な戦いの後、宿敵を消し去ったあいつがまるで旧世界の管理者でも気取るようになったのが嫌で、魔法世界に移住したのさ。まさか、僅かに生き残った龍の民が居て、よりによってまだ小さな子供を女神と同質の存在に改造して……リュウちゃんを生みだしていたなんて、思いもしなかったよ」

「……」

 

 リュウは、かつてのユンナの言葉を思い出していた。女神を超えるための兵器。その為にこの身体は造られた。単純に復讐の為であるとその時は思ったが、どうやらそれだけではないとわかった。自分の中の黒い感情の正体も含めて、全ての線がようやく繋がったような……喉のつかえが取れた様な気分だった。次第に口数が減っていったナギ達の中で、ふとアルは何かに気付いたような素振りを見せる。

 

「しかし……先程ディースさんはその龍の民と女神とやらは表裏一体の存在と仰いましたが」

「……それがどうかしたかい?」

「それはつまり、強大になり過ぎた“女神”が存在するせいで、それと対を成す龍の民にも、“リュウ”という同種のカウンターが生まれた……と、考える事は出来ないでしょうか」

「……。ああ、そうかも……知れないね」

 

 龍の民を滅ぼす程に力を蓄えた女神。それに対抗する為に生み出されたリュウ。見方を変えれば、それは本来の両者の役割……つまりただ“争う”という事への、女神に傾いた天秤のバランスを取っただけのようにも見える。そしてそれは……龍の御子だった少年が死んでしまった事。引いてはユンナがドラグニールに辿りついた事。それら全てが、偶然では無く必然であるという話になる。

 

「けど、あたしは……その考えは少し違うと思う」

 

 ややもすれば、何と酷い話だと呪詛を吐きたくなるような説だ。しかしディースはそれを、僅かに微笑みながら否定した。

 

「過程はそうかも知れないけど……今の、“この”リュウちゃんは、もう龍の民じゃない。龍の民が引き継いで来た闘争とは何の関係も無い。だから、本当の意味での“龍の民”は、もう滅んでいるんだと思う」

「……確かに」

 

 中身が違う。それがこの不毛な争いに終止符を打つ切っ掛けになってくれるかも知れない。それこそ、ディースがリュウに見い出した希望であった。あるいは以前本人が語った言葉である“可能性”と言い換えてもいい。今ここに居る“リュウ”の中身は紛れも無く、龍の民と女神の因縁とは何の関係も無い、ごく普通の人間そのものだから。

 

「ま、それをアイツにわからせてやろうとしたんだけど……ね」

 

 ディースはそう言って、フッと自分をせせら笑った。話が途切れると、部屋にはカタカタというボッシュが機械を操作する音だけが木霊する。そこへ少しの間何かを考えていたらしい難しい顔をしたアルが、己の中に新たに浮かんだ疑問をぶつけた。

 

「何故、“今”だったのでしょう」

「? 何がだよ?」

 

 ナギが首を傾げながら、いきなりのその質問の意味を問う。

 

「その女神とやらがそれだけの実力を持っているのなら、恐らくリュウの存在に関しては真っ先に察知していたと思うのです。例えばリュウが私達と一緒に初めて魔法世界を訪れた時であれば、それこそ赤子の手を捻る様にその命を断つ事が出来た筈。それを今まで放置していた理由は……」

「……」

 

 言われてみればその通りである。何故、女神は“今”になって襲ってきたのだろうか。流石にその事は考えてもわからないだろうと思われたが、しかしリュウには一つだけ思い当たる事があった。

 

「それは多分……バルバロイが関係していると思う」

 

 そう、女神に心酔していたあのバルバロイだ。彼はリュウに固執していた。龍の民以外には等しく愛を注ぐミリアが、そのバルバロイの意思を尊重したからである可能性は高いとリュウは睨んだ。

 

「確かに、あるかも知れませんが。……しかしそれだけの理由で、滅ぼしたいとまで考える相手を野放しにするでしょうか」

「……」

 

 リュウ達は黙った。バルバロイを気にしたかもしれないというのもわかるが、それが決定的な理由に成りきれないという事も確かだ。そしてディースも、女神に対して別の疑問を感じた事を思い出した。

 

「おかしな所、か。……さっきも言ったけど、龍の民は最初、気性が凄く荒い一族だった。そして、それは女神にも同様な所があった。けれど、そう言えばその気配が失せていたように感じる。以前はどう取り繕っても隠し切れない、残忍な本性が滲み出ていたんだけど……」

 

 それに、あの妙な杖を持っていた事もおかしい。以前の女神なら、あんな物に頼る事はしなかった。龍の力を捻じ曲げるなどと、それではまるで護身の為のようではないか。ディースは、相対した女神の態度と以前とは全く違う神々しさに、違和感を覚えていた。だが残念ながらその事も、今ここで議論した所で真実に行き着くような話ではない。

 

「……」

 

 静かになった部屋に、やはりカタカタという機械を操作する音だけが響く。誰もが口を閉じたまましばらくして。突然ピー、というビープ音が部屋中に響いた。機械を操作していたボッシュの前にあるパネルが一面青くなり、中央に白い文字だけが浮かんでいる。

 

「ボッシュ……?」

 

 解析の結果が出たのだろうと尋ねるリュウに、ボッシュは沈んだ面持ちで答えた。

 

「駄目だ。やっぱり普通の方法じゃぁ、この水晶を取り除く事は出来ねぇ。構成する魔力の持ち主を何とかするくれぇしか、方法は……」

「……」

 

 魔力の持ち主、つまり女神ミリアを倒さない限り、皆は元に戻らない。それだけが、唯一の手段。解析結果がこのように出てしまった事は、研究者の知識を持つボッシュとしては降参の白旗を挙げたのと同じだ。リュウ達の空気はますます沈んだ。あれほどの力を誇る相手を倒すなんて、並大抵の事ではない。

 

「……」

 

 ――――リュウは、密かに決意を固めた。

 

「取り合えず、今日はもう休もう。……詠春さん達も、今日はわざわざありがとうございました。部屋を用意するんで、ゆっくりしてって下さい」

「……大した役に立てず、済まない。リュウ君」

「うむ……」

 

 リュウの妙な迫力を感じさせる言葉の勢いに押され、ナギ達は半ば無理やりに会議室から客室へと移動し始める。ディースはミイナが付きっきりで看病するつもりらしいので、そのままだ。水晶の柱と機械には触らないよう、部屋の入り口で待機していた妖精達に言い聞かせるリュウ。するとちょうど出て行こうとしたナギが、思い出したようにディースの方へと振り返った。

 

「そうだ、最後に一ついいか?」

「何だい」

「ねーちゃんあんた……一体今何歳なんだ?」

「……ナギちゃん、レディに歳を尋ねるなんて、デリカシーってもんが足りないよ」

 

 どうでもいいけれども意外と気になるその質問は、しかしさらっと諭す様に返されて、それ以上は突っ込めないナギだった。

 

 

 

 

 夜。時刻は日付を跨ぎ、二つの衛星による淡い光が窓から差し込むリュウの部屋。目が冴えてしまって眠れないリュウはベッドに横になり、天井を見続けていた。ボッシュは夕食の後、マスターの修理を行うため出て行ったのでここには居ない。いつもなら同じ部屋で寝る筈のミイナも、ディースを看病しながらもたれるように眠ってしまったため、会議室だ。ディースがずっと手を握っていたから、リュウが傍にいなくとも悪夢を見る事は無いだろう。

 

「……」

 

 自分の部屋へと戻る前、とても静かになってしまった城の中が、やけに広いなとリュウは感じた。そして自分がこれから何をすればいいか、もう結論は出ている。とにかく、今夜は体を休めるのが大事だと自分に言い聞かせる。そして寝転んだまま無理にでも眠ろうと目を閉じた時……誰かが、コンコンとドアをノックする音が響いた。起き上がり、照明ランプに明かりを灯して扉を開ける。そこには、真面目な顔をしたアルが立っていた。

 

「リュウ、夜半にすみません」

「……どうかした? こんな時間に」

「実はどうしても……“あなた”に、お聞きしなければならない事がありまして」

「……?」

 

 リュウはアルを部屋に招き入れると、備え付けの椅子に座るよう促した。自分はボフッとベッドの淵に腰掛ける。アルはどこか神妙な様子で、袖口から自分のパクティオーカードを取り出した。

 

「あなたも知っての通り、この私のアーティファクト“イノチノシヘン”には、人の半生を記録する事が出来ます。そしてその為には、ある条件を満たす必要がある」

「……?」

「対象者と対面し、その人物の本当の名前を聞き出した上で、儀式を行う。それが条件です。……ここまではいいですね?」

 

 唐突に現れ、何故か自分のアーティファクトの説明を始めるアル。今聞かされた事は、少し前にも同じように聞いている。まるで復習でもするかのような口ぶりだ。そしてそんなアルの妙な態度で、リュウは何の目的で尋ねてきたのかピンと来た。一応本人の口からハッキリ聞くまでは、その事を表に出すつもりはない。

 

「……それで?」

「あなたを含めた“炎の吐息”の皆さんの分は、メガロの事件後、城に滞在していた時に記録させて貰いました。……所が、その中で一人だけ、どういう訳か記録出来なかった方が居ます。……見ての通り、白紙です」

 

 アルは仮契約カードを一冊の本に変え、その中を開いて見せる。それは何も書かれていない、どこまでも真っ白なページで埋め尽くされた本だった。そしてその本の表紙。恐らくは、その本に書かれる半生の持ち主であろう名前が入る欄。そこには……リュウが城に届く手紙で毎日のように見る、とても見慣れた文字列が並んでいた。

 

「……」

「単刀直入に言いましょう。リュウ。この“リュウ”と言うのは、その身体の名でも、そして“あなた”の本当の名前でもありませんね」

「……」

 

 アルの鋭い眼差しに、リュウは押し黙った。

 

「ディースさんは“あなた”が普通の人間であると確信しているようですが……疑うようで申し訳ありませんが、私にはそうは思えません」

「……」

「いくつか不審な点はありますが、私が最も気になったのは、ムクトの岩壁であなたと再会した時です」

「……」

「あなたはソンの村は勿論の事、あそこが神皇の墓所である事ぐらいしか知らなかった。それにも拘らず、何故かあなたは、“フォウル”という歴史に埋もれて消えた筈の神皇の名を知っていた……」

「……」

「そう、“知って”いた。他にも挙げられますが、魔法世界に来た事が無い筈のあなたの中には、何故か知り得ない筈の“知識”がある。……何故ですか? あなたは……リュウを名乗る“あなた”は、一体何者なのですか?」

「……」

 

 真剣な表情でリュウを見るアル。ある種剣呑な空気すら纏っている。そして一気に畳み掛けられたリュウは、思った。ちょっと前までの自分なら、今の核心を突いた質問に明らかな動揺を見せただろう。間違いなくたじろぎ、それによってアルからの疑惑の視線を、益々濃くしたに違いない。

 

 だが、今のリュウは焦らない。焦る必要すらない。何故ならその質問にはたった一言。こう答えるしか、ないのだから。

 

「……忘れちゃった」

 

 どこか寂しげに、しかし余裕は残したまま何でもない風に答えて見せるリュウ。対してアルは一瞬、驚いたような顔をした。自分の本当の名前。そして自分が本当は何者だったのか。もうリュウの中には、その記憶はない。ただ、それ以外の“知識”がぽつんと頭にあるだけ。だから、これは嘘でも言い訳でもない真実だ。

 

「……。そう、ですか……」

「うん」

「……でしたら……仕方、ありませんね」

 

 アルはそれまでの雰囲気を消し去って、一瞬だけ悲しげな眼差しを送った。リュウはこう見えて、あまり嘘が上手くない。そして例えリュウが俳優並の演技力を身に着けていたとしても、それを見抜くだけの眼力をアルは持っている。そのアルの目には、リュウが本心から言っている事がわかった。そして、思った。本当の自分を忘れる。それはどれほど辛い事であろうか。けれどリュウは、それを受け入れている。当人がそうならば、外野が余計な詮索はすまい、と。

 

「……すみません。不躾な事を聞いてしまいました」

「……いいよ」

 

 頭を下げるアルを、リュウは笑って許す。いつもからかわれるのとは少し違った立場になったのが、リュウには何か不思議な感覚だった。

 

「……」

「……何?」

 

 質問が尽きた筈のアルは表情を胡散臭さ満開の笑顔に塗り替えて、リュウを見つめている。いつもながら何を考えているのかわからないこの視線に晒されるのは、微妙に居心地が良くない。

 

「そう言えばリュウ。あなたは……確か私に一つ、借りがありましたね?」

「……借り?」

 

 いつの話の事だ? とリュウは腕を組んで昔を思い返したが、さっぱりわからなかった。小さな物から数えればアルに対する借り(と言う名の言い負かされた回数)は、結構な数に上る。しかし特に大きな話はなかったように思う。

 

「ふふふ、覚えていませんか? あなたと京都で初めて手合わせした時の事を……」

「……あー……って、また随分古めかしい話を……」

 

 そこまでヒントを与えられて、やっとリュウは思い出した。京都の隠れ家で、まだドラゴナイズドフォームの力の加減さえ分からなかった頃。勝負をして、アルを殺しかけてしまった。その時、アルに謝罪して、一つ何か言う事を聞くと約束した覚えがあるようなないような。リュウとしては、今更そんな話を持ち出されるとは思っていなかった。

 

「……で、それで俺に何をしろって?」

「そうですねぇ……」

 

 フフフといつも通りのスマイルを披露する腹黒魔法使い。そんなやり取りも随分久しぶりなように感じるリュウ。若干呆れたというか諦めたような仕草を交えつつ、何が出るのか言葉を待つ。

 

「……私があなたにお願いするのは……“あなたが無事に帰ってくる事”ですね」

「!」

「一人で行くつもりなのでしょう。女神と呼ばれた女性の所へ」

 

 驚いたようなリュウの顔には、「どうして」と書かれていた。アルはしてやったりの表情を作り、くつくつと笑う。

 

「それくらいはわかりますよ。……あなたは、顔に出やすいですから」

「……」

「今言った事は、私があなたの友人として、本心から願う事です。無事に、帰ってきてください」

「……うん」

「用向きは以上です。では……」

「……おやすみ」

 

 就寝の挨拶を交わし、アルは静かに部屋から出ていった。

 

「……」

 

 リュウはじっとアルが出ていった扉を見続けながら、そう言えば、とあの京都の時の事を思い出していた。あの時、確か自分は、“アルにはずっと勝てないんじゃないか?”なんて思った様な気がする。結局、あの頃と変わらず今もどうやらそうらしい。リュウはふっと苦笑して、ベッドへと戻った。

 

 

 

 

 翌朝、結局あまり眠れなかったリュウはとうにベッドからは抜け出ていた。手慣れた動作で服を着替え、装備品を身に着ける。その物音に反応したように、遅くに戻ってきて眠っていたらしいボッシュが目を覚ました。

 

「早ぇなぁ相棒。ちょっと待ってくれよ、俺っちも今すぐ……」

「……」

 

 リュウは、大あくびをしながらいそいそと準備をするボッシュに向け、厳かに告げる。

 

「お前は、ここに居て」

「あん……?」

 

 ボッシュは一瞬、その言葉の意味がわからなかった。

 

「あんだよ相棒、俺っちが付いてっちゃマズイってのか?」

「……」

 

 若干冗談めかして言うボッシュの言葉に、リュウは真剣な眼差しを持って答えた。そんなリュウの態度にいつもとは違うものを感じたボッシュは、語気を強める。

 

「相棒おめぇ、どこへ行くつもりだ」

「……女神の所」

 

 リュウは、あっさりと言った。ボッシュに対しては、嘘を付きたくなかった。

 

「あんだと……!?」

 

 ボッシュは、飛び上がってリュウの側へと寄ってきた。女神の元へ向かうという事は、目的は当然仲間を解放する事だ。そしてその達成のためには、確実に戦う事になるだろう。

 

「なら俺っちも付いてくぜ。悔しいのは相棒だけじゃねぇんだ。俺っちだって……」

「それは……わかってるよ」

「……!」

 

 リュウは、ボッシュがそういう反応を示すだろう事も予想した上で、ここに居てくれと頼んでいた。良く見れば、リュウの顔には苦渋の決断とでも言うべき、苦悩の痕が垣間見える。

 

「勝てる見込みがあるんなら、付いてきてもいい。……けどもし……帰って来れなくなったら、誰が皆を元に戻すんだよ。俺には他に方法なんて思い付かないけど、お前なら、ひょっとしたらみんなを元に戻す方法を、見つけられるかも知れないだろ」

「……」

「だから……お前は、残ってくれ」

「……っ」

 

 ボッシュは、リュウの言っている事の方が正しく思えた。感情に任せて突撃し、万が一全滅したら、それこそ皆を解放できる可能性は潰える。けれど誰かがあの水晶の柱を解析し続ければ、ひょっとしたら女神を倒さなくても何とか出来る方法が見つかるかもしれない。可能性は低いが、絶対にゼロだとは言い切れない。

 

「……」

「……」

 

 睨みあったまま、二人の間に沈黙が流れる。ややあって、リュウは表情を緩めた。ここまで正直に言えるのは、長い付き合いのボッシュだからこそ。信頼しているからこそ。そしてボッシュも、その事は良くわかっている。無言の内にいつの間にかボッシュの表情も、リュウに釣られるように緩んでいた。

 

「じゃあ……頼んだ、相棒」

「おう……任せろ、相棒」

 

 二人の間に、それ以上の言葉は要らない。僅かなやり取りでお互いの意思を確認しあい、リュウとボッシュは微笑みながら、静かに頷いた。

 

 

 

 

「……」

 

 今、リュウはスイマー城の城門の外に立っている。城に残っている人達に伝えて欲しい事は、全てボッシュに頼んである。

 

「……」

 

 ゆっくりと、リュウは歩き出す。畑や湖。そして城の姿を、しっかりと脳裏に焼きつけながら。

 

「……!」

 

 少し進んだ所で、そこに見覚えのある四つの人影が立っている事に気が付いた。彼らは、特に誰かに知らされた訳ではない。自然と、リュウがどういう行動に出るのか気付いていた。

 

「……行くのか?」

「うん」

 

 四人のうちの一人。ナギが代表して声を掛ける。その顔にあるのは、小さな戸惑いだ。だからナギは、秘めていたそのセリフを口に出そうとして。

 

「なぁ、俺も……」

 

 言い掛けて、しかしナギはそれ以上言葉が出なかった。ディースの話によれば、女神はヒトには一切危害を加える事はない。つまりヒトである自分がリュウに付いていっては、きっと女神は姿を見せないだろう。それでは、何の意味もないのだ。

 

「ありがと。でも、大丈夫」

「……」

 

 色々な事を伝えたくて、しかし上手く言えないナギ。ほぼ同じような表情のアル、詠春、ゼクト。自分を見出してくれて、本当に、沢山世話になったもう一つの仲間達。その全ての感謝の意味を込めて、リュウは彼らに笑いかけた。四人はリュウの、その明るく振舞う表情の裏側に、固い決意がある事をすぐに理解した。だからこそ逆に、中途半端な言葉を掛ける事は、憚られた。

 

「じゃあ、俺ちょっと……行ってきます」

 

 リュウは行く。一歩一歩、城から遠ざかっていく。ナギ達は、小さくなっていくリュウの背を、見送る事しか出来なかった。

 

「……」

 

 ナギは、何となくもうリュウと会えなくなるような気がした。

 心の内で必死に、その嫌な予感を打ち消そうとしていた。

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