東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

111 / 292

カゲロウがゆらゆら揺れた

もう終わりなのかな?

燃え盛る炎の中、消えたカゲロウにそう問うた


by玉藻前


新たな旅立ち

 

  静かだ。

  冷たい風が吹き、草木が揺れる。

  だがその静かさは、青天の霹靂のようなものだ。

  あっという間に平穏は終わりを迎える。

 

  私が現在いる場所は、どこかの平原だ。

  人工物も近くには見えず、丘などもあり真っ平らではないが、奥の景色にまで草木が生えていた。

  そこらへんに丘などで身を隠すには絶好のポイントだ。

 

  だが、この後遅かれ早かれ私は激戦を繰り広げなくてはならない。

  安倍晴明。平安京最強の陰陽師。その実力は肩書き通りだ。森で戦った陰陽師とは比べ物にならない。

  そんな男と、私はいずれ戦わねばならない。

 

  妖力は満タンだ。傷もこの一週間で完治している。

  抜かりはない。いつでも全力で行ける。

  そして、ついにその時が来た。

 

  奥の方から、人影が見えてきた。一人ではない。あれは……3人?

  その内の一人は安倍晴明だ。だが隣にいる二人は、私も見たことがなかった。

 

  妖術で限界まで気配を消し、ギリギリのところで観察する。

 

「……なんもねェな」

「……なんもないわね」

「火神殿、もう少し警戒できないのか? 気が散って仕方がないんだが」

「そんなに嫌ならお前から喰われとけ。俺は狐肉をどう調理するかで迷ってんだ」

 

  頭にきた。

  安倍晴明は相変わらず見事な警戒っぷりで周囲を探知している。だが金髪の少女と、白髪の男は同時にあくびをしながら無警戒に歩いていた。

 

  馬鹿だな、ところで思った。同時に標的はこいつだ、と思った。

  私たち妖狐を侮辱した罪を思い知れ。

  だがそれは、全くの傲慢だったと知ることになる。

 

「ヤァァァァァァッ!!」

 

  姿を表すと同時に、一気に駆け出す。そして男の喉元に爪を突きたてようとしたその瞬間、

 

  突如現れた灼熱の伊吹によって、私は逆方向に吹き飛ばされた。

 

「ぐぅ、ぅ……あっ、熱い……ッ!」

「キヒャハハハァッ!!!わざわざ罠にかかってくれるとは、ごくろォでしたァ狐ちゃん!」

 

  地面をズザザザザっと引きづりながら、仰向けに吹き飛ばされる。

  だがすぐに立ち上がると、尻尾が九から八に減っていることに気づいた。

 

「お探し物はコレかなァ?」

 

  白い男は、そう言いながらいつの間にか手にしていた私の尻尾を見せつけると、ブウゥンと遠くに投げた。

  そして隣で待機していた金髪の少女に声をかける。

 

「ルーミア、あれ管理しとけ。中国で高く売れるぞ」

「わかったわ」

 

  少女と安倍晴明は、尻尾が投げられた方向に向かっていった。

  だがこの会話の間、私は何もしていなかったわけではない。

  よそ見している間に、最大火力の狐火を出現させていた。

 

「舐めるなよ人間ッ! これでも、喰らえェェッ!!」

 

  私よりも遥かに大きい炎球が、男の方向に凄まじい速度で直進。

  直後、耳を震わせる轟音が辺りに鳴り響いた。

 

  勝った。あれは私の最高の一撃だ。人間がごときが耐えられるわけ……ッ!

 だが、その考えは全く甘いものだったと知らされることとなる。

 

  着弾地点から吹いた煙が、暴風とともにかき消された。中から出てきたのは

 

「オイオイオイ!? その程度なのかよォ? そんなんじゃバーベキューも焼けねェよ!」

「……えっ? な……んで……ッ」

 

  白髪の男が、狂ったように笑いながら出てきた。その容姿のどこにも、焼けた跡はない。服すら燃えていない。

  私の全力は、奴にダメージすら与えていなかった。

 

「な、何者だ、貴様は……?」

「……普段はメンドクセェが、今日は特別にファンサービスしてやろう。火神矢陽、世界三大妖怪の一人って言えばわかるか?」

「なんだ……と? 馬鹿な!? 灼炎王の最後の出現情報は産霊桃神美様との戦い、つまり数百年前だぞ!」

「別に表で本名名乗ってねェからな。この数百年は東大陸を回って賞金稼ぎの旅をしてたし。もちろんテメェのことも知ってるぜ、インド、中国と随分動き回ったそうじゃないか。おかげでテメェには今でも莫大な賞金がかけられてるんだぜ?」

 

  獰猛な肉食獣のような歯が、ギラリと光る。

  最悪だ。世界中で数億いる妖怪の頂点。西洋の炎の支配者。灼炎王の火神矢陽とエンカウントするなんてッ。

  特に奴は、産霊桃神美様との戦いで、一撃で数十の村と山を焼き尽くしたことで有名だ。他に出現した時も、必ず広大な土地が焼き尽くされている。

 

  そんな相手とどう戦う? いや、戦うこと自体が間違っている。

  相手は大妖怪最上位数百を無傷で全滅させられる伝説の大妖怪。対して私は、その数百の一人にも劣る大妖怪上位。

  勝ち目はない。逃げるしかない。そう思い、背を向けようとした瞬間、炎の壁が後ろを包んだ。

 

「おっとォ、どこに行こうってんだァ? 逃げられるわけねェだろうが! この俺様がここにいる時点で、テメェの人生詰んでんだよ!!」

「ふっ、ふざけるなァァァァッ!!!」

 

  なんだそのセリフは。まるで私が死ぬことがが決まっているようじゃないか。

  認めない。何様のつもりなんだ、お前はァァァァッ!?

 

『狐狸妖怪レーザー』、赤と青のレーザーが灼炎王を囲うように展開される。だがそれは一瞬で踏み潰され、光の粒子となって消え去った。

 

  『仙狐思念』、大量の弾幕が、規則正しく灼炎王に飛んでいく。

  それを、腕を払うことで発生した暴風でかき消された。

 

「『飯綱権現降臨(いいづなごんげんこうりん)』ッ!!」

 

  『飯綱権現降臨』、小、中、大の様々な弾幕を、ありったけの妖力を込めて発狂したかのようにばらまいた。

  だが、それも、奴の足元の影から出現した、黒い大波によって飲み込まれてしまった。

 

  三つの技全てが、あっけなく、何事もなかったかのように防がれる。だが、私は何も考えなしに弾幕を張っていたわけではない。

 

  黒い波が消えた、瞬間を狙って、私は妖術でもう一人の幻の私を作り出し、左右両方からその鋭い爪を振り抜いた。

  それに反応できなかったのか、奴は呆然と棒立ちしていた。

  そこに、偽物と本物の二つの爪が、奴の喉を貫きーーーー

 

  ーーーー呆気なく、ボキンッ、という音が鳴り響く。同時に、赤いしぶきが舞う。

  奴の喉からは血は出ていなかった。むしろ、かすり傷すらついていなかった。

 

  クルクルと、鋭い欠けた何かが宙を舞う。

  それは、私の爪の欠片だった。

 

  そう、私の指は、骨からグシャリと折れていた。皮膚からは血が噴き出し、そこから生えている爪は根元からへし折られている。

 

「あ、あぁぁぁ、あああああああああッ!!!」

 

  爪が、指が、手が痛いッ!

  私の爪が突き刺さらなかった理由。それは奴の皮膚を覆っている、薄い黒い瘴気が原因だった。

  あの感じ、あれは中国で使われていた気だ! だが、あれほど濃密で、ドス黒い気は見たこともない。

 

  私が苦しむ様を傍観していた奴が、ニヤリと口を歪める。

 

「ハッ、きかねェなァ! 殴るってェのはなァ、こうやるんだ、よォッ!」

 

  ドス黒い気をまとった拳が、私の顔向けて、振り抜かれた。

  ゴギリッ、と鈍い音が響き渡る。

  それだけで私の体は宙を舞い、仰向けのまま吹き飛ばされた。

 

  直後、私の背中は強烈な衝撃を受け、強引に立たされた。

  見ればいつの間にか後ろに回り込んでいた奴の膝が、私の背中に打ち上げるようにめり込んでいた。

 

「カハッ」

 

  渇いた空気を吐き出す声が、私の口から漏れる。

 

「そして切り裂くってのはなァ、こうやるんだよォッ!」

 

  ーー『タイガークロー』、私の耳には確かにそう聞こえた。

  次の瞬間、私の左から右に凄まじい二つの衝撃と、めり込む鋭い斬撃の痛みが、体を襲った。

  何で切り裂かれたのを、私は目で見て理解した。

  爪だ。指から生えた、黒い漆黒の爪が、私の両腹を貫いていた。

  私の体は左に右に、ピンポン球のように弾かれ、無様に地を這った。

 

  ……もうだめだ。勝てない。だが、せめて一太刀でも……

  最後の妖力を振り絞り、私は己の切り札を召喚した。

 

「出でよっ、『十二神将の宴』!」

 

  次の瞬間、地面に計十二個の術式の陣が描かれ、そこから十二の式神たちが現れた。

  これが、最後の切り札『十二神将』だ。この式神たちは、私が己の力を振り絞って作った最高傑作で、人型の体に鎧をまとっている。まさに、本物の十二神将と見間違えるほどの強さになっていた。

  そんな十二神将たちは、それぞれの武器を構えると、奴に一斉に襲いかかった。だが、

 

「死ねよ、ゴミ」

 

  その言霊だけで神将の一人の体が爆散した。

  背後から、槍を持った神将がその刃を突き立てようとする。だがあろうことか、奴は槍を手づかみで防ぐと、それをグシャリと握りつぶした。

  そして、

 

  ボォオオオオォッ!!! 槍をつかんだ手のひらから超高温の炎が吹き荒れ、近くにいた数人の神将たちは消し炭にされた。

 

「飽きたな。もういいわ、お疲れ様」

 

  風に舞う黒い灰の中で、そんなつぶやき声が聞こえた。

  直後、パチンッと指を鳴らしたかと思うと、思いっきりバックステップを奴はした。

 

  そこで私は、地面がいつの間にか赤い光に満ちているのに気づいた。

 光の発生源は、奇妙な非科学紋様の丸い陣だった。だが、大きさが異常だ。私と残った神将たちを包んでも、まだまだスペースがある。

 

  そこから、赤い光が一層強く輝きだしーーーー

 

 

「『天柱』」

 

  魔法陣いっぱいに、灼熱の炎の柱が、天まで伸びた。

 

  それに神将もろともその身を焼き尽くされ

 

(……終わった、か……)

 

  私の姿は、炎柱の中に消えていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「……つまんねェ雑魚だったな」

 

  一人、燃える草原の中でそう呟く。その後に続いて、ルーミアたちが駆け寄ってきた。

 

「お疲れー火神。どうだった?」

「……弱ェな。あいつの子孫ってことで多少期待はしたんだが、妖魔刀を使っていない状態での二十パーセントの力であれほど一方的になるとは思わなかった」

 

  そう、今回俺は妖魔刀であるルーミアを使ってはいない。というより、その使ってない状態でさらに手加減していた。それであの様だ。今度は多少骨がある奴とやりたいもんだ。……鬼子母神以外で。

 

  ふと、円形に焼き焦がされた草原の中心辺りに狐が着ていた着物が落ちていた。とりあえず討伐証明はこれがあれば十分だろう。切り落とした尻尾は後で中国で高値で売りはらうため、天皇に渡すわけにはいかないので助かった。……拾っている時、ルーミアが汚いものを見るような目で俺を見ていたが気にしない。気にしないったら気にしないっ。

 

  そうこうしていると、晴明が声をかけてきた。そういえばいたなこいつ。

 

「火神殿、白面金毛九尾はこれで……」

「死んでねぇよ。つーか邪魔者が入ったせいで逃げられた」

「なっ!?」

 

  晴明が間抜けな顔で驚く。

  こいつには見えていなかったのだろうが、俺は炎柱が狐を燃やす瞬間に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「で、ではっ、白面金毛九尾はまた……」

「それはねェな。回収した奴が奴だから、ロクな目に合わないだろうな。おそらく表舞台に出ることはもうないだろうよ」

「……そうか」

 

  自分よりも遥かに強い彼が言うのだから、そうなのだろう、と晴明は疑問を飲み込んで納得した。

 

  そして、平安京を騒がせた白面金毛九尾の変は、私利私欲しか考えていない賞金稼ぎによって、無事……とは言わないが、解決した。

 

  だが、その次の日、都最強と呼ばれた二人の陰陽師が急に失踪したことで、平安京の地盤は大きく揺らぐことになる。

  痕跡は残されていなかった。ただ、不自然にも、片方の陰陽師の家を買い取った貴族が、次の夜に家ごと焼け落ちて死んだ、という話が一時期広まるのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

「……んぅ、ん……」

 

  謎の浮遊感に疑問を覚え、私は目を覚ます。

  まだぼんやりとした視界の中、なぜ自分はこんなところにいるのだろうかと思う。すると、先ほどの戦いが、突如フラッシュバックした。

 

  そうだ、私はあの恐ろしい悪魔にその身を焼かれて……死んだはず。

  ならここは死後の世界なのか? だが、私の目に映るのは、ひたすら暗い空間の中に、無数の巨大な瞳がうごめいている様だった。

 

  「……ここは?」

 

「私のスキマの中よ、九尾の狐さん」

 

  帰ってくるはずのない返事を帰ってきたことによって、私はすぐさま後ろを振り向く。

  そこには、紫色の中華風ドレスを着た、美しい女性が立っていた。

  だが、彼女から放たれる雰囲気が、明らかに只者ではないということを認識させている。

 

「……何者だ?」

「そうね、そういえば自己紹介をしてなかったわね。私の名は八雲紫。種族はスキマ妖怪、とでも言っておこうかしら」

 

  思った以上のビッグネームに驚いた。

  八雲紫。噂によれば妖怪の中でもかなりの変人と言われているが、大妖怪最上位の中でも最も強い妖怪の一人である。種族はスキマ妖怪と言ったが、洒落のつもりであって、実際は一人一種族なのだろう。

 

  ちなみにこの時の藍は知らなかったが、本人はいたって真面目で、千年後を目標に、とある美少女っぽい男性と幸せな家庭を築いて一人一種族を脱出しようと夢見てたらしいが、そんなことは気にしない。

 

  そんな彼女は、私の体をしばらくじっと見ると、こう言ってきた。

 

「あなた、私の式にならない?」

 

  これが、のちに私の主人となるお方との出会いだった。

 

 

 ♦︎

 

 

「世話になったな」

「いや、いい。我々の仲だ。このくらいなんともない」

 

  都の巨大な門の前で、火神が礼の言葉を口にする。

  思えば、こいつとの付き合いも中々長かった。出会って間もない頃は妖怪と見抜かれ、よく勝負をしたものだ。結果しばらく都に斬新なオブジェが追加されたが、いい思い出だ。

 

「いや、よくねえよ」

 

  何か聞こえてきたが、無視しよう。

  隣にルーミアの姿はいない。現在俺の足元の影の中でお休み中だ。

  よって、見送りはこいつ一人ということになる。

 

  そう今日、俺はこの都を出る。もはや稼げるだけ稼いだ。未練も心残りもない。あるとすれば目の前にいる一応友人の存在だが、こいつならそれなりに上手くやれるだろう。

 

「これからどこへ向かうのだ?」

「故郷に里帰り……ってことにはならねェが、その大陸に戻ろうと思う。お前はどうするんだ?」

「……今回の件で自分の未熟さを思い知ったよ。こんな小さな力、なんの役に身立たない。だから、本当の力ってやつを探しに行くよ」

「……そうか。なら、ここを目指すといい。少なくとも、テメェより強い奴が四人はいるはずだ」

 

  ポイッと俺は手の平から何かを投げた。

  それを片手で受け取る晴明。そして、その手の中に入っていた物を見ると、驚愕の声を上げる。

 

「これは……白咲神社のお守りじゃないか! こんな貴重な物を良いのか?」

「俺にはもう必要ねえ。そいつの中にコンパス機能をつけておいた。そいつが白咲神社に導いてくれるはずだ」

 

  白咲神社、山奥に囲まれた地にあるという幻の神社。その場所は未だ不明にされており、一部の大妖怪を除いて知っている者はいない。

  そこに行けば、最低四人は晴明より強い奴がいるだろう。それも圧倒的にだ。

 

「じゃあ、これで最後だ。あばよ」

 

  最後に短く別れの言葉を告げると、黒い霧に包まれて俺の姿は消滅した。

 

  次の目的地は西洋。千年以上も行っていない、俺の生まれた大陸だ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。