東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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水も風も空も光も時間でさえ

私の前を通り過ぎて、置いてけぼりにしていった


by博麗楼夢


白咲の巫女の里帰り

 

 

  白咲神社の裏で、五人の女性が立っていた。

 

「よし、(りん)。私がいない間もしっかり修行をするのだぞ」

「任せて母様! 母様が帰ってくる頃には、立派な巫女になってやるんだからね!」

 

  そのうちの二人が、そのような会話を交わす。

  落ち着いた声で話しているのは白咲楼夢。またの名を博麗楼夢とする、ここ白咲神社の初代巫女であった。

  そして幼げな口調で明るい笑顔を浮かべた少女は白咲鈴。同じく、白咲神社の巫女である。見習いだが。

 

「では、美夜様、清音様、舞花様。鈴のことをよろしくお願いします」

「気にしないでいいわ。修行の方もみっちりつけてあげるわよ」

「体には気をつけるんだよー」

「……里帰り、楽しんでおいで」

 

  そして、博麗(楼夢)は振り向くと、三人の()()に頭を深く下げた。

  美夜、清音、舞花。この三人は数十年前に()()していた。それで得た力は強力で、今では個人で八雲紫と同等の実力をつけている。

 

  三人からの言葉を聞いた博麗は再び顔を元の場所に戻すと、目の前にある()()に向けて微笑んだ。

 

「……晴明、行ってくるぞ」

 

 

 ♦︎

 

 

  博麗楼夢は、二十年ほど前、都最強の陰陽師と言われた安倍晴明と出会い、結婚を果たした。

  彼が言うには、自分の血筋は他の兄弟が繋げてくれるので、自分一人が勝手に結婚しても問題はないらしい。

 

  そうして時が過ぎて四十代の頃、晴明はこの世を去った。

  この時代の陰陽師としては別に珍しくもない年代だった。後に舞花が言うには、幼い頃から妖怪と戦い続けたことによる体の消耗が原因となったそうだ。

  博麗も晴明と同じ、いやそれ以上に幼い頃から戦い続けていた。それでも死なないのは、この体に流れる妖怪と神の血のせいなのであろう。

 

  そして今は、晴明が死ぬ前に産んだ鈴に、白咲の巫女として自分の技術の全てを叩き込んでいる。十五ほどになれば、正式に彼女を巫女として認め、自分の仕事を譲るつもりだ。

  とはいえ、彼女はまだ六歳。巫女として重要な、神力の視認すらできていない。

  まあ、こればかりは時間の問題だ、と仕方なく思う。地獄で死してなお自分の信者に加護を与えている産霊桃神美様も、仕方ないと言うだろう。

 

  彼女は現在、故郷である博麗神社に行くために旅立っていた。里帰りと言うやつである。

  思えば、自分があそこを飛び出して、早数十年。博麗の血筋は体術もできるが、霊力を用いた術式を扱うことに主点を置いた家である。武器の扱いもそこで一通り覚えるが、当時剣術の美しさに取り憑かれた彼女にはとても物足りなかった。

 

  今でこそ白咲流の楼華閃という剣術を扱っているが、その前に使っていたのは独学で学んだ変則的な剣術だった。楼華閃も変則的といえば変則的だが。

  だが、その独学の剣術のおかげで、型に縛られない楼華閃を短期間で身につけることができた。これもひとえに彼女の努力の結果だろう。

 

  そして当時、独学では限界を感じてきた博麗は何度も家族に出家の話をしたが、受け入れてくれる者は妹以外いなかった。

  だが、その時転機が訪れる。両親が、とうとう病で亡くなったのだ。

  親の死を喜ぶなど、最悪だと今でも思う。だが、喜ばずにはいられなかった。

  彼女は、足早に旅支度を済ませると、剣術の修行の旅に躍り出た。

  ……一人、両親を失って悲しんでいた妹を置いて。

 

  ……今さら会いに行ったところで許してもらえるとは思えない。だが、晴明という家族を亡くした後、どうしても置いていったもう一人の家族のことが気になるのだ。

 

  ーーとりあえず、博麗神社に着いたら、まずは彼女に謝ろう。

  一人決意を決めると、博麗は地を蹴る足を速めるのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

  博麗家とは、代々妖怪退治を専門とする家系である。

  だが、強力な力をその昔独占していたため、私の住んでいた頃になると、里もない山の頂上付近で孤立していた。

  当然、里もない山の頂上に来る者など誰もおらず、私は賽銭箱に小銭が投げられている瞬間を見たことがない。

  つまり、それほど人がいないのだ。……いないはずなのだが。

 

「……なんだこれは?」

 

  博麗神社のある山の下、正確にはその付近に、多くの人工物が見られた。

  興味が湧いてそこを目指すと、目には大きな木製の門が目に映ってきた。

  そこで私は、ここがなんなのか理解できた。

  里だ。

  人っ子一人いないことで有名な博麗神社の下に、中規模な里ができていたのだ。

 

「……とりあえず入ってみるか」

 

  そう思うと、ゆっくりと門に向けて歩を進めた。

  やがて、見張りの兵たちが私の姿を確認する。そして腰に差してある、黒光りする刀を見ると、武器を構えて警戒の体制に入った。

 

 

「何者だ。ここの里に何しに来た?」

「私は旅の者なのだが、昔この場所に行った時に里など立っていたかったことを思い出してな。興味が湧いたので、食料の補給も含めてここにきた。入ってもいいだろうか?」

「なるほど、旅の者か。この里はここ数十年で作られたものなのだから、知らないのも納得いく。いいだろう、規則を破らなければ歓迎する」

 

  そう言って、道を開ける門番。

  彼らが私をここまで警戒したのは、腰に差した妖刀が原因だろう。

  『黒月夜(クロヅクヨミ)』。柄から刀身まで全てが漆黒に染められた、トガミ様の作り出した刀である。

  切れ味が恐ろしいほど鋭く、刃に退魔の術式が刻まれているので、幽霊などの実体を持たぬ敵も切ることができる。

  そんな刀から放たれたオーラは、彼らを恐縮させてしまったようだ。

  調整してオーラを収めると、門を潜り抜け里に入った。

 

  まず、里に入って一番驚いたことがある。

  目の前から、二人の男女がやってきた。女性の方は普通だが、男性の方からは明らかな妖力を隠さずに放っていた。

 

  そう、この里は人間と妖怪が共存して暮らしていたのだ。

  聞いてみたところ、実際は里の規則を破っていない者だけが人妖問わずここに住んでいるだけで、乱暴な妖怪や、知能の低い妖怪は問答無用で罰を受けているようだ。

 

  しばらく物珍しそうに周りを見て回る。すると、前から、青みがかかった銀髪の女性が声をかけてきた。

 

「珍しいか、ここは?」

「ああ、珍しいと思う。こんな場所は今まで見たことない」

「そうだろそうだろ。ふふふ」

 

  私の回答に、銀髪の女性はまるで自分のことのように上機嫌に笑うと、自己紹介をした。

 

「私は上白沢慧音(かみしらさわけいね)。種族は半人半妖、ワーハクタクだ」

 

  ハクタクとは、白澤と書いてあらゆる人語を理解し、万物の知識を持っている聖獣だったはずだ。それの半人半妖なので、ワーハクタクなのだろう。

 

  それにしても、安直な名前だなと思った。

  上白沢=うわはくたく、と直せる。それをさらに直すと、うわはくたく=ワーハクタクになるので、名字の由来はここからだろう。

 

「私は白咲楼夢。同じ半人半妖で、妖狐の力を持っている」

 

  相手が自分のことを話したのに、こちらだけ何も喋らないのでは失礼だと思い、私は自分の種族を告げた。とはいえ、私が受け継いだのはただの妖狐ではなく、最古の妖狐の力なのだが。嘘は言っていないので、よしとしよう。

 

「そうか、よろしくな、白咲。私のことは好きに呼んでくれ」

「では慧音と呼ばせてもらおうか。上白沢は少し長い」

「わかった。ちなみにこの後はどこに行くんだ?」

「あの山の上にある博麗神社を目指そうと思う」

「神社か? この時期は止めておいた方がいいぞ」

 

  慧音の言葉に、その理由を聞いてみた。

  曰く、この妖怪と人間が共存する里をよく思わない妖怪がいて、今はちょうど争っている時期だという。

 

「とはいえ、この里を作ったのは、知られてはいないがあの大妖怪の八雲紫だ。その他に博麗の巫女もいるため、よほどのことがない限りは安全だがな」

「だが、博麗神社は今争いの中心にあって、安全ではないと?」

「そういうことだ。たまに爆音が山からここまで聞こえてくるほどだ。よほど激しい戦いなのだろうな」

「わかった。忠告、ありがたく受け取っておく」

 

  とはいえ、その忠告をもらっても、受け入れるかは別だが。

  もちろん私は博麗神社に行くのを止めるつもりはない。だが、それを今ここで言ってしまうと、面倒くさくなりそうなので、忠告を受け入れた風を装った。

 

  それに満足したのか、慧音は二、三個言葉を残すと、自分の仕事に行ってしまった。

 

  結局、また一人になってしまったので、仕方なく偶然見かけた団子屋に入った。そして、串で刺された団子にかぶりつく。

  そういえば、トガミ様は団子が大の好物だったはずだ。今度お墓の前に捧げておこう。

  トガミ様のお墓には不思議な力が働いており、物をそこに置いて一晩経つと、それが消えてしまうのだ。これは何度も検証しているので、間違いないと思う。

  そして考察の結果、トガミ様のお墓に捧げた物は全部地獄に転送されている、という結論に至った。

  地獄がどんなところなのかは知らないが、お墓に捧げられた物を転送するくらいは朝飯前だろう。

 

  団子屋から出て、道を歩く。そして里の外に出ると、博麗神社がある山めがけて駆け出した。

 

 

 ♦︎

 

 

  高速移動中、すれ違い様に障害物となる妖怪を抜刀で切り捨て、再び走る。

  おかしい。これで十六匹目だ。

  ここは曲がり何にも巫女が住む山だ。そんな神聖味溢れるところに

 大量の妖怪が発生するわけない。これは外から連れ出された妖怪たちだろう。現に、数十年前ここらで見たことがある妖怪よりも、この地方に存在しない妖怪の方が多かった。

  やはり、異変が起きているのだろう。ならば、それには私も参加しなければならない。

  私は白咲の巫女、であると同時にこの山で産まれた。故郷を荒らされて黙っていられるほど私は甘くはない。

  この異変を起こした張本人。そいつだけは絶対殺す。

  明確な殺気を静かにまといながら、階段を登る足をさらに早めた。

  そして赤い鳥居が見えてくると、一旦姿を整えて、中にゆっくり入っていった。

 

(久しぶりに見たな……)

 

  境内をゆっくり見回す。見えてきた光景全てに見覚えがあり、当時と何も変わっていない景色が目に映った。変わったところをあえて言うなら、昔より若干社が綺麗になっていた点だ。これも妹が頑張ったのだろう。

 

  真ん中にドンッ! と置かれた賽銭箱を避けて横に回ると、社の戸をノックする。

 

「誰なの〜? こっちは今疲れてるって言ってるで……しょ」

 

  中から乱暴にドシドシ歩いてくる音がした。その人物は戸を開け放つと、怒鳴ろうとする。だが、目の前に立っていた私を見てその人物の顔は硬直する。

 

「ねっ、姉さん!?」

「ひ、久しぶりだな焔花(ほのか)。それよりもお前、なんかだいぶ変わってないか?」

「や、やだなー姉さん。人はそう簡単に変わるものじゃないって」

 

  いや、口調も性格も、全てが変わっている気がする。

  私の記憶の中の焔花はまさに淑女という言葉が似合う、おとしやかな子だったはずだ。出会い頭の挨拶も、『あら、姉さん。おかえりなさいませ』とか言うと思っていた。

 

「それにしても姉さん、なんだか雰囲気が変わったね。なんか良いことあった?」

 

  お前にそれを聞きたいわ!

  どうやら数十年の時を得て、私の妹はだいぶグレてしまったようだ。

  本当に、どうしてこうなったのやら。

 

「雰囲気か? 特に変わったようには思えないが」

「だいぶ明るくなったねってこと。ほら、旅立つ前はいつもピリピリしていて、不機嫌そうだったから」

 

  焔花に指摘されて、改めて自分を見つめ直す。

  それはまあ、旅立ったら自由で、ストレスもあまり感じなくなったし、最近は充実した日々を過ごしている。

  彼女の言う通り、私も多少は明るくなったのだろう。そう思うことにした。

 

「とりあえず、中入る? お茶も出すけど」

「ああ。部屋が散らかってないか見たいしな」

「もう! そんなこと私がするわけないじゃん!」

 

  いや、今のお前なら十分ありえる、と心の中で突っ込む。

  この先もいろいろ変わってることがあるだろうし、警戒しなければ、と体に少し力を入れて、脇を締めた。

 

 

 ♦︎

 

 

「それにしてもお前、その格好はなんだ?」

 

  戸を開け中に入ると、早速私は気になる質問をした。

  博麗の巫女の装束は赤と白の巫女服。だが、彼女のは脇が露出されており、袖の部分とは完全に分離してしまっている。さらには、巫女服なのにフリルがところどころについていたのだ。

 

「ああ、これ? これはね、二十年くらい前にここに来た桃色の髪の綺麗な人が着ていた巫女服を参考に作ったんだ。似合うでしょ?」

 

  桃色の髪の綺麗な人で、誰なのかわかった。脇を露出させている巫女服を着ている人なんて、目の前の妹以外一人しか知らない。

  そういえばここはもう八雲紫の管理下だったはずだ。ならば、彼女の大親友であるあの人が来ていてもおかしくない。

 

  焔花に続いて中を歩くと、居間からスゥー、スゥーと言う音が聞こえてきた。

  覗いてみると、そこには布団の中で寝ている赤ん坊の姿があった。

 

「ああ、この子は私の娘。ふふん、姉さんはどうせまだ彼氏すらいないんでしょ?」

「すまん、二十年ほど前に結婚した。だからこういうのに関しては私の方が先輩だぞ」

「なん……だと? 幼少期の頃刀を頬に寄せてよだれを垂らしながら不気味に笑ってた姉さんが結婚していた、だと……?」

「昔の黒歴史を引っ張り出すな!」

「いや、だってね? あの姉さんだよ? 親が聞いたら酒の飲み過ぎって笑われちゃうよ」

「……まあ、数年前に亡くなったがな」

「……そう。じゃあ同じだね」

 

  同じ、という言葉が胸に突き刺さった。

  まさか、この子も……。

 

「私の夫もね、この子を産む前に亡くなっちゃったんだよ。今でも、もう少しは話したかったなってたまに思っちゃうけど」

「……焔花。改めてすまなかった。お前を置いて旅に出てしまって」

「良いの良いの。私は今でも幸せだよ。……はいっ! この話はおしまい! 次は姉さんが旅で何してたのか聞かせてよ」

 

  その後は、しばらく雑談をしながら現状の報告などをしていた。

  私は白咲神社の巫女になったことなど、旅の全てを話した。……半人半妖となったということを除いて。

 

  そして、空が赤に染まり始めた頃、それはやってきた。

 

「っ!? 数十の妖力がここに集まってきている! 戦力は……」

 

  突如、複数の膨大な妖力が近づいてきているのを、二人は感じ取った。焔花はさらに敵戦力の分析を始めるが、その結果に絶句した。

 

「……八割が、大妖怪クラス……っ!? こんなの、ありえない!」

 

  焔花の悲痛な叫び声が響く。

  私は急いで刀を持つと、叫び声を切り裂いて外に飛び出し、黒刀を前に構えた。

 

「……くそっ、八雲紫め! 見事に謀られたな!」

 

  妖怪がここまで来るのを彼女が教えなかったということは、その暇がない、あるいは連絡が取れないという状況なのだろう。八雲紫の助けは期待できない。

 

  私は、波のように押し寄せてくる妖怪たちに向かって、真正面から突っ込んでいった。

 





どーも、作者です。
突然ですが、期末テストによって夏休みに入るまで小説投稿を停止します。夏休みが始まったら馬車馬の如く働く予定なので、どうかお許しください。

では、バイちゃ。

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