東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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今日守れなくても

明日守れるものもある

その時のために、ただひたすら己の刃を磨く


by魂魄妖忌


剣士と偽りの巫女

 

 

  自分の力が足りない、と初めて感じた時のことは鮮明に覚えている。

  あの頃は文字通り、桜が散っていた。それも、血まみれで。

  『西行妖』。儂の唯一尊敬する剣士である楼夢殿と、命をかけて守護すると誓った幽々子様を奪った化け物だ。

  あの時、儂は文字通り何もできなかった。全ての危険を楼夢殿に任せて、後ろで援護するのがやっとだった。

  そのせいで、彼も、相打ちという形でその尊い命を落とした。

  否、正確には相打ちではない。西行妖は封印されているだけで、消滅したわけではないのだ。

 

  その悲劇を二度と繰り返さないため、儂は今、世界中を巡り修行の旅へ出た。

  もちろん、あの事件の後、すぐに旅立ったわけではない。先ほど幽々子様は死んだと言ったが、地獄から直々に冥界の管理人として、亡霊になって復活したのだ。

  だが、その代償に彼女は、生前の記憶を失ってしまった。なので儂は、再び彼女を守る任についた。そして、気がつけば産まれていた孫に、剣を教え、正式に儂の職を継がせたところで、儂は修行の旅へ出て行った。

 

  それから、数百年後。世界はまるっきり変わっていた。

  今では、遠くを行く際に、馬ではなく『車』というものに乗って移動することが一般的となっている。

  それがない場合も、少ない金で『バス』や『電車』などというものを使えば、短時間で遠くに移動することができる。

  外食する際も同じだ。パネルという薄い板を触るだけで、ロボットなどというものが、注文の食事を運んでくる。

  聞けば、これらは全て科学という、妖力や霊力とは違った新たな力によって作られたものらしい。

  他にも、戦場では霊術などが消え去り、銃火器という、先端から鉛玉を高速で飛ばす武器が主流になっている。とはいえ、鍛えれば見切れる程度の速度なので、昔の達人たちには通用しないだろうが。まあ、これのおかげで、軍は質ではなく数を揃えることができるようになったので、決して弱体化はしていない。むしろ、軍という集団では強化された方だろう。

 

  だが、科学ばかりに頼っていてはとても強くなれない。なので、儂は普段は世界中の山にこもり、一週間に一度ほど、庭師の仕事をして、なんとか食いつないで生きている。

  この時代、確か西暦20××年になってから、職に困った時、これほどまでに庭師の仕事に感謝したことはなかった。

 

  そんな儂じゃが、現在はとある山の上を目指していた。

  今の季節は秋。山が紅に染まる時期だ。

  この上には、楼夢殿の実家、白咲神社がある……はずだ。

  なぜ疑問形なのかというと、儂が最初で最期にここを訪れたのは、楼夢殿の葬式の時だけだからだ。儂がこの場所を知ることができたのも、インターネットというものを使って次の修行場所を探していた時、偶然見つけたからに過ぎない。

 

  昔は綺麗に整えられていた階段を、一段一段踏みしめるように登っていく。

  この世界には、妖怪はもう存在しなくなっていた。

  そもそも、妖怪というのは人間の恐怖という思いから産まれたものである。だが、科学が発展したせいで、人はそういった怪奇現象を自分たちが知っている理論で解決するようになってしまった。

  鬼火が見えたという人がいれば、大多数は、見間違いだの、精神の異常だの言って、それをなかったことにしてしまっている。現に、今も怪奇現象が世界中で起こっているのに、真実に辿り着けた学者は果たして何人いるだろうか? いたとしても、彼らは世間で変人扱いされて、笑わられてしまうだけだろう。それで、終わりだ。

 

  昔は良かった、などと語るのは趣味ではない。だが、儂には人間たちが、真実に辿り着くための思考を放棄してしまったようにしか見えないのだ。だが、これはおそらく儂のような長生き者だけしかそう思わないのだろう。今を生きる人間たちにとっては、儂の時代の人間がどうやっても作り出せなかった平和が日常にあるのが普通で、刀を振り回したりする方が狂人という認識になっている。

 

  そうやって、行き場を無くした妖怪たちは、とある世界にたどり着く。

  最後の楽園、幻想郷だ。

  紫殿が作り出したこの場所は、なんでも幻想郷全体を『博麗大結界』と言う結界で覆い、外の常識と中の常識を完全に分けているらしい。ついでに、この結界を超えることは通常不可能で、また、物理的に目に見えるというわけではなく、境界にたどり着こうとしても同じ景色が延々と続くだけで、逆に戻ろうとすると一瞬で戻れるという、若干意味不明で理論的な結界になっているらしい。

  とりあえず、これ以上は結界については分からない。儂は結界術に関しては乏しいので、解説するなら作った本人を呼ぶしかないだろう。

  まあ要するに、この結界のおかげで、中は『人間は妖怪を恐れ、妖怪は人間を襲う』と言う昔の人間と妖怪のパワーバランスを維持できているということだ。

 

  そう思考するうちに、赤く、古ぼけた鳥居が見えてきた。

  ……やはり、ここも科学の影響を受けていたか。

  妖怪が否定されているということは、栄華を誇った神々も否定されているということだ。

  本当に、今の人間たちに虫唾がはしる。楼夢殿が西行妖を封印していなければ、今ごろ地上は奴によって支配されていただろう。

  それになのに、これが、命をかけて世界を守った英雄に対する仕打ちか!?

 

「……虚しいものだ」

 

  美しかった鳥居を見上げながら、一人そう呟いた。

  そうやって、世を嘆きながら鳥居をくぐると、そこには儂が驚く容姿をした女性がいた。

 

  身長は170くらいだろうか。黒い巫女服をその身に包んでおり、その姿はとても美しかった。

  だが、儂が驚いたのはその点ではない。()()()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()

 

「……お、お主は……?」

 

  激しく動揺しながら、彼女を見つめる。だが、よくよく見ると、彼女は楼夢殿とは別人だということがわかった。

  まず、身長が楼夢殿より若干高いと言う点。次に、楼夢殿の髪が尻にまで届く長さに対して、女性の髪は地面すれすれという、異常な長さだった点。最期に、楼夢殿のトレードマークである桃色の髪が、彼女は明るい紫だったと言う点だ。

 

「……こんなところに客とは珍しいですね。ようこそ、白咲神社へ。私の名は白咲楼夢、一応この神社の神主です」

「白咲楼夢、じゃと……?」

 

  だが、名を聞いた時、再び儂の心臓がバクバクと鳴った。

  そのリアクションに気づかれたのか、目の前に女性は冷静に、儂の疑問に答えた。

 

「もしかして、この名についてご存知でしたか?」

「あ、ああ。聞いたことがある名前だと思ってのう……」

「それなら説明します。私の神社では、白咲流剣術を極めた者にこの名が授けられるのです」

「……なるほどのう。ちなみにお主は何代目白咲楼夢なんじゃ?」

「二代目です。一代目は確か、初代の巫女だったと思います」

 

  その言葉を聞いて、儂は別のことに興味が湧いた。

  白咲神社ができたのは、西行妖が封印されるよりも前のことだ。つまり、彼女はその数百年の歴史の中で、一、二位を争う実力の持ち主と言うことだ。

  そんな方と戦えば、儂の修行にもなるはずだ。

 

「……見たところ、あなたも普通ではないようだ。立ち振る舞いからして、凄まじい実力の持ち主ですね」

「申し遅れたな。魂魄妖忌じゃ。こう見えても、人生のほぼ全てを剣に捧げておる。……そこまでわかるのなら、どうじゃ? 儂と一回手合わせしてみんか?」

「ふむ……いいでしょう。ここなら騒ぎにもならないでしょうしね」

 

  儂の頼みを、彼女は軽く承諾する。

 

(さて、その実力、見せてもらおうか)

 

  高鳴る鼓動を押さえつけながら、そう心の中で叫んだ。

  だが、この後。儂は、彼女の認識を数段上に上げることになる。

 

 

 ♦︎

 

 

  使い慣れた長刀と短刀のうち、長刀の方を抜いて、ゆっくりと彼女へ向けて構えた。

  ただ、使い慣れたと言っても、短刀の方は、西行妖と戦った時に持っていた白楼剣ではない。あれは代々魂魄家の者に伝えるものなので、旅立つと同時に白玉楼に置いていったのだ。

  だからと言って、ハンデがあるわけではない。白玉剣は迷いを断ち切る能力があるだけで、それ以外は普通の刀でしかない。人間である彼女と戦う際に、持ってても持っていなくても、あんまり変わらないのだ。

 

「準備はできたぞ。お主はどうじゃ?」

「こちらもいいですよ。いつでもどうぞ」

 

  一方彼女は腰に差してある鞘から、全てが漆黒に染まった長刀を抜き出した。

  瞬間、寒気のようなものが体にはしった。

  ……あの刀、明らかに雰囲気が普通とは異なっている。目を凝らして見ると、その理由がわかった。

 

(……なんじゃ、刃に霊力で何か刻まれているぞ。あれは…… 退魔の術式じゃとお!?)

 

  そう、刃には退魔の術式が込められていたのだ。

  道理で説明がついた。儂の種族は半人半霊、つまり半分は幽霊だということだ。そんな儂があんなので切られたら、最悪成仏してしまう。

  ま、まずい。非常にまずい……。もう半分が人間であるため、戦闘には支障が出ないが、切られた時のダメージが半端ない。しかし、自分から言いだして今更中止を言えるわけ……。

 

「ちなみに、ルールはどうしますか? さすがに境内が散らかるから、殺し合い以外にして欲しいのですが……」

「ルールじゃと……? そうじゃ、それがあったな! では、一撃決着ということでどうじゃ?」

「そうですね。こちらも文句ありません。では、始めましょう」

 

  た、助かった……。いくら儂があの刀に弱くても、一撃だけならなんとか耐えられるだろう。とはいえ、痛いことに変わりはない。なので、こちらも本気でやらせてもらおうか。

 

  彼女が袖からコインを取り出す。そして、それが地面に落ちた時が、始まりの合図だった。

 

「やあああああっ!!」

 

  気合いの雄叫びをあげながら、儂は刀片手に彼女へと突っ込んだ。二本目を抜かないのは、単に彼女の力を測りたいだけ。そして、彼女は予想異常の反応を見せつけた。

 

「はあっ!」

 

  彼女は斬撃を受け流すと、反撃に刀を振るった。だが、その速度は普通ではない。なんと、 それは楼夢殿に匹敵する速度だったのだ。

 

「くっ!」

 

  浅く切られたが、なんとか回避に成功する。しかし、これで退くほど、経験は浅くない。体制を立て直し、正面から斬り合いを挑んだ。

 

  金属同士がぶつかる音が、何回も響き渡る。儂が攻めると、彼女はそれを受け止めるか、いなすしてカウンターをして反撃されてしまう。そして、来ると分かっていても刀を振り切った状態では回避することも難しい。

  よって、未だにクリーンヒットはしていないが、儂の体にはいくつもの浅い切り傷ができていた。

 

「……そろそろ本気を出したらどうですか? このままではすぐに終わってしまいますよ」

 

  つば競り合いの途中、不意に彼女がそんなことを言ってきた。

  直後、彼女は大きなモーションで、切り上げを放ってきた。

  ガードするも、今までとは比べものにならないほどの馬鹿力に、思わず数メートル吹き飛ばされてしまった。

  ……だが、おかげで彼女と距離ができた。これなら二本目を抜くことができる。

 

「正直見くびっていたことに謝罪しよう。そしてここからは全力を出させてもらう」

 

  心のどこかで、自分は強くなったと勘違いしていたのかもしれない。

  確かに、儂は修行を重ね、あの頃よりもさらに強くなった。だが、それで儂より上がいないとは限らないことを、忘れてしまっていた。

  感謝しよう。彼女のおかげで、そのことを思い出すことができた。そして、ここからは誠意を持って、儂の全力を尽くさせてもらう。

 

  短刀を左で抜き、二刀流の構えをとる。それだけで威圧が増すが、彼女は顔色一つ変えず、冷静な瞳でこちらを見定めていた。

  ではその顔に、焦りを浮かべさせるとしますか。

 

  右の長刀を掲げるように、上に上げる。それだけを見て、彼女は顔に疑問を浮かべていた。

  当たり前だ。この距離では刀はとても届かない。だが、次の瞬間。それは驚愕に変わった。

 

「断迷剣『迷津慈航斬(めいしんじこうざん)』」

 

  突如、掲げた刀身が、まばゆい青緑の光に包まれた。そしてそれを振り下ろすと、光の斬撃が放たれ、地面をえぐりながら突き進んでいった。

 

「なっ!?」

 

  そこで初めて彼女はそれを驚愕をあらわにした。

  当たり前だろう。彼女は現代の人間。妖力を使った剣術など、初めて見るものだったはずだ。

  だが、彼女も最高の剣士の一人。とっさに横に飛び退くことで、なんとか攻撃を回避した。

  だが、見たこともない技に驚いたのか、必要以上に大きく飛んでいる。そこが、チャンスとなった。

 

「断霊剣『成仏得脱斬(じょうぶつとくだつざん)』!」

 

  空中にいる彼女の横に回り込んで、二刀の刀を同時に振るった。

  すると、彼女の真下の地面が桜色に光り輝く。そして、そこから無数の剣気が、彼女を呑み込んで上空まで柱のように伸びていった。

 

「これで、終わりだ……何?」

 

  光が消えた後、儂は目を見開いて驚いた。

  そこには、大量の浅傷がありながらも、直撃だけは防いだ彼女の姿があった。

 

「まだ……終わってませんよっ?」

「まさか……あれを全て弾いたというのか!?」

 

  彼女の周りの地面には、バラバラに無数の斬撃の跡が刻まれていた。彼女自身がわざわざ刻んだわけではない。これは、あくまで副産物的なものだ。

  彼女は、無数の斬撃の内、直撃するものだけを限定して、それら全てを刀で弾き返したのだ。

 

  明らかに霊力を操れない人間ができることではない。だが、彼女も無事というわけではなかった。

 

「……はぁっ、はぁっ……くっ」

 

  先ほどまで仮面をかぶっていたかのように無表情だった顔には、汗といくつもの浅い切り傷ができていた。それに、呼吸もかなり荒い。相当無理をして、防いでいたのだろう。

 

「氷結乱舞!!」

 

  神速で放たれる七連の斬撃。速度は楼夢殿と同等。だが、そこには霊力も氷も纏っていないという、最大の違いがあった。

 

「ぬぅぅんっ!!」

 

  迫り来る斬撃を、儂は経験だけでなんとか防いだ。この剣技は、楼夢殿が良く使うので、体が自然と覚えていたのだ。

  とはいえ、楼夢殿のは軌道は分かっても威力が凄まじいので受け止めることなど到底できないだろう。その点、彼女のは霊力がない分、威力が減っており、ギリギリ儂でもさばくことができた。

 

「……ッ!?」

「転生剣『円心流転斬』!」

 

  彼女は自分の剣技が、まるで分かっていたかのように防がれたことに目を見開く。その隙に、儂は弧を描きながら五連続切り上げを繰り出した。

  だが、彼女の適応力も高い。三回目の時にはもう完全に見切られ、防御されてしまった。

  だが、それで儂の攻撃は終わりではない。五連続切り上げが終わった後、儂は剣の軌道を上から横に変え、渾身の突進切りを放った。

  突如のリズムの変化に驚きながらも、冷静にそれは受け止められてしまう。だが、体重の差で、彼女は二歩ほど、後ろに飛ばされた。

 

  そして再び、距離が空く。それは、突進切りには絶好の距離だった。

 

「剣技『桜花閃々』!」

 

  瞬間、閃光が煌めいた。『桜花閃々』突進しながら長刀で連続切りを繰り出すこの技は、速度と威力両方を兼ね備えた、得意技の一つだ。

  桜色の斬撃が、彼女に迫る。だが、それらは彼女に当たることはなかった。

 

  それは、あの門前の決戦で楼夢殿が見せた防御法だった。

  彼女は、儂の速度に合わせて後ろに下がり、剣速に合わせて全ての斬撃を受け流す。

  これをやられると、突進の後に動きが止まるため、大きな隙ができてしまう。案の定、彼女は動きが止まる間を狙って、儂に刃を振り下ろしてきた。

 

  だが、儂が一度やられた方法を放っておくわけがない。しっかり対策も立ててあった。

 

「『現世斬』」

 

 動きが止まった一瞬、儂はさらに地面に深く踏み込み、余った左の短刀で再び突進切りを放った。

  こればかりは、さすがの彼女も完璧に対応できなかった。攻撃のモーションに入っていた刀の軌道を無理やり変えて、受け止めた。が、

 

「くぅっ……!」

 

  攻撃時の体制というのは非常にアンバランスなものだ。全体重を乗せた儂の攻撃に、無理やり防御した彼女の上半身は後ろに大きく仰け反った。

 

  千載一遇、そしておそらく最後の大きな隙。

  儂は短刀を放り捨て、右の長刀を両手で握る。すると、青緑の光にコーティングされ、刀身の長さが何倍にも増した。

 

「『迷津……慈航斬ッ』!!」

 

  天を貫く聖剣が、彼女に向かって振り下ろされた。

  バランスを崩した状態でも、かろうじてガードするが、その質量と威力に彼女の刀は押されていく。

 

  儂は勝利を確信し、さらに力を刀に込めた。

  だが、不思議な現象が起こる。彼女の刃が青白く発光したかと思うと、次には儂の刃が徐々に押し返されてくる。

 

  その光を、儂は見たことがあった。あの光の色、そしてあの構えはーーーー

 

「『森羅ァ……万象斬ッ』!!!」

 

  そして、彼女の刃は青白い光に包まれ、儂のを超えた大きさになった。

  『森羅万象斬』楼夢殿が得意な技であり、その一閃は海を割り、地を砕く。

  その伝承に似合う一撃が、青緑の刃を吹き飛ばし、儂の体を背景ごと切り裂いた。

 

(……負け、か。じゃが、なぜだろうか……とても良い気分だ……)

 

  そして、儂の意識は闇に落ちていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「まさか負けるとは! 見事じゃわい。かっかっか!」

「いや、こちらもギリギリでしたので。まあ、興味深いものを見せてもらいました」

 

  目を覚ました後、儂と彼女は神社の縁側でお茶を飲みながら話をしていた。

 

「それにしてもお主、なぜ霊力が扱えぬのじゃ? 白咲神社の巫女なら、何か霊術の一つでも使えるはずなのじゃが」

「昔の話ですよ。私の祖父の時代にはもう、霊術なんてものは消えていましたよ」

「……そうか。お主ほどの剣士を育てた人じゃ。よほど立派だったのだろう」

「名前でいいですよ。……ありがとうございます」

「むむぅ……楼夢、殿……と呼べばいいだろうか? すまんな、その名前のお方が一人いてのう、何か言いにくいのじゃ」

「そうですか……では、神楽とお呼びください。そちらが元々の名前ですので。その代わり、その同じ名を持つ人物について聞かせてもらえませんか?」

 

  儂は了承すると、尊敬する剣士、楼夢殿について語り始めた。

  最初の出会いから、その後の尊敬できる数々の場面。そして、その最後まで話したところで、日はとっくに過ぎていた。

 

「なるほど……私の剣術を知っているようでしたから、てっきり初代巫女辺りの知り合いかと思いましたが、まさか神様本人が実在していたなんて……」

「なんじゃ、神楽殿は神を信仰していないのか?」

「実を言うと……まあ。それに、この神社はおそらく私の代で最後でしょうから」

「……どういうことじゃ?」

 

  その衝撃的な発言を聞いて、思わず儂は問い返してしまった。

  すると、神楽殿は真剣な顔で、その問いに答えた。

 

「後継の問題です。こんな山奥に住んでいる私とでは、誰も結婚したがらないでしょうから、私には子供なんてとうていできそうもないのです」

「いや、神楽殿の美貌なら、男なんぞすぐに堕ちるのではないか?」

「無理ですよ。なぜなら……私、『男』ですし」

「……はぁっ!?」

 

  目をこすった後、もう一度神楽殿の顔を凝視する。だがやはり、儂の目には彼女は女性にしか見えなかった。

 

「驚きました? 私には兄がいたのですけど、姉や妹が産まれなかったのです。なので、最も女顔だった私が巫女まがいのことをしている、というわけです。……やっぱり変ですよね、男が巫女なんて。だから私にはーーーー」

「くくくっ、はっははははっ!!!」

 

  彼女のその言葉に、儂は思わず笑いだしてしまった。なぜなら、彼女、いや彼の悩みは、楼夢殿がいつも抱えていた悩みと同じだったからだ。

 

「くくくっ、いいことを教えてやろう。この神社の神、楼夢殿はそれはそれは美しい女顔の男でのう。いつもお主と同じように悩んで追ったわい」

「この神社の神が、私と同じ……?」

「そう、同じじゃ。じゃが、お主と違って、あの方の周りには、彼を慕う女性がいた。なぜじゃと思う?」

「なぜ、ですか……?」

「あのお方は、口では自分の容姿を散々罵っていても、本当はあまり嫌ってはいなかったのじゃ。むしろ、これが自分なんじゃと理解して、常に自分らしく生きようとしておった。お主との違いはそこじゃな」

「自分らしく、ですか?」

「あまり難しく考えないでいい。思うままに自分がしたいと思ったことをする。それさえできれば、お主は自分を失わずに生きていけるだろう」

「……ご教授、ありがとうございました。参考にさせてもらいます」

 

  そう言って、彼はその頭を儂に下げる。

  なんだか照れくさいのう。実はこれ、全部楼夢殿の受けおりなんじゃが、そのことは言わないでおこう。

 

「それじゃあ、儂はそろそろ帰るとするかのう。世話になったな」

「縁があれば、また会いましょう。さようなら」

「ああ、また会おう。今度は儂が勝ってみせるからな」

 

  別れの挨拶を交わすと、鳥居をくぐり、階段を降りていった。

  おそらく、戦闘中に彼女は儂が人外だということに気づいていたのじゃろう。この時代の人間なら絶対に受け入れない話を、彼女は特に驚きもせず受け入れてくれた。

  そうやって、別の種族にも「また会おう」と言うところが、楼夢殿に似ていたのだろう。つい、あの方の顔を、神楽殿と重ね合わせてしまった。

 

  今日は面白い人間にであった。そして、昔を良く思い返す日でもあった。

 

「さて、次はどこに行こうかのう?」

 

  そう言って、儂は今日も歩くのであった。

 

 





⚠︎CAUTION⚠︎

今回のは一部ネタバレと設定の説明が入ります。
少量のネタバレも嫌だ、という方は見ないでください。大丈夫な方は、ぜひご覧ください。





「今回文字数結構長かったな。そのせいで投稿遅れたのか? 狂夢だ」

「その通りです。そしてとうとう現代に突入しました。いつもニコニコ、宿題終わりそうにないダメ人、作者です」


「今回は久しぶりの妖忌の登場だな」

「そして、結構前からフラグが立っていた神楽さんの登場です。ちなみに名前も一回だけ出たことがありました。(詳しくは52話を参照)」

「でもまだ楼夢の過去編はやらねえんだろ?」

「そうですね。後一話ほど挟んだら、過去編を書かせてもらいます。ちなみに、現代と言っていますが神楽さんがいる時代は私たちのリアル世界よりも未来の話のです。そこらへんは秘封倶楽部について調べれば分かると思いますが、一部作者の想像上の物が出てくるかもしれません。そこのところを、ご了承ください」

「おおっ、台本通りの注意書きだな。そして、一つ思ったことを聞いていいか?」

「なんですか?」

「神楽って、強すぎねえか? 明らかに初期の楼夢やらを超越しているだろ」

「ああ、そこですか。それはですね、ちょこちょこ書いていたと思いますが、楼夢さんは記憶を一部なくしているんですねぇ。そのほとんどが重要な記憶だったため、肝心なことを思い出せない楼夢さんは弱体化してしまった、ということです」

「なるほど、本来は化け物だった、と?」

「考えてくださいよ。大妖怪最上位クラスの妖忌さんに、いくら剣術の勝負とはいえ神楽さんは霊力なしで勝ったんですよ? ベストの状態なら、日本の自衛隊を全滅させる実力があります」

「それはもう人間じゃねえよ……」

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