東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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自分のルーツ それがなければ自分じゃない


by白咲狂夢


邪神の追憶

 

  ミーンミーンとうるさい音が聞こえる。鬱陶しい蝉の声だ。こいつのせいで、気温が5度ほど常勝したかのような錯覚にとらわれてしまう。

  そんな、太陽がギラギラと輝く中、一人の男が熱されたアスファルトを踏みしめて歩いていた。

 

  「……暑い。いくらなんでも暑すぎるだろこれは」

 

  男は、今にも死にそうなかすれた声で、なんとかそう呟いた。

  そんな男は、街行く人の視線を妙に集めていた。それは、十中八九男の姿が、ここでは浮いていることが原因だろう。

 

  男は、黒いシャツの上に、暗い紺色のジャケットを羽織っていた。それだけなら、季節外れで済むだろう。だが、問題は男の髪の色だった。

  日本人なら、髪は黒が普通だ。外国人なら金髪などで、日本でも観光客がよくそれに該当した。

  だが、男の髪は()()()()()()だった。おまけに瞳の色も、血のような真紅で常人なら近づけないようなオーラを放っている。そして、頭に飾りとして斜めに巻いてある大きな鎖が、彼の凶暴さを主張していた。

 

「……たくっ、久しぶりの日本だってのに、これは失敗したかもな。秋に来るべきだったぜ」

 

  その男の名前は白咲狂夢。時狭間の世界という場所の管理人で、至上最凶最悪の邪神。つまり、俺のことだ。

 

  俺は現在、久しぶりに時狭間の世界から外へ外出していた。理由はもちろん、今の時代が20xx年になったからだ。この時代になると、お菓子やらゲームやらアニメやらがわんさか溢れているのが普通になっている。つまり、俺にとってこの時代は楽園のようなものなのだ。

 

「さーて、プラモでも買おっかねぇ。それよりもまずは飲み物飲み物っと」

 

  120円ほど、自動販売機に入れると、ボタンをポチッと押す。それだけで、ペットボトルに詰められた、キンキンに冷えている黒い炭酸水コッカコーラが落ちてきた。

  それを拾い、一口でグビッと流し込む。そして、ぷはァァァァという声が口から飛び出てきた。

 

「うんめぇぇぇぇ!! くぅぅっ、やっぱこの時代は最高だぜ。こんないい物を飲めないとは、どこかのピンクファンキー頭も可哀想なものだ。せめてペットボトルだけでも送っといてあげよう」

 

  コーラの匂いが染み付いたペットボトルを持って、悔しそうに顔を歪める楼夢の姿を見を想像すると、無性に口元が歪んできた。よし、今日中にあいつの墓に届けておこう。

 

  そして、もう一度ペットボトル匂い口をつけようとすると、前を見ずに走っていた子どもが俺にぶつかってきた。

 

「何しやがるこのクソガっ……!?」

「痛てて、テメェ、何しやがる!」

 

  声を上げて怒鳴ろうとしたが、その子どもの容姿に一瞬思考が止まった。

  白い髪に、生意気な口調。そして、赤い瞳。その姿に、俺は見覚えがあった。

 

「何やってんだ白楼(しろう)! 早く謝れ!」

 

  そして、後ろからもう一人見覚えのある容姿の少女が現れた。

  長い紫の髪に、紫の瞳。明らかに将来有望な美少女がそこにいた。

  だが、俺はこの少女が男だということを()()()()()。だしかし、面倒くさいのでそのまま少女と呼ぶことにする。

  その少女は、俺がヤバイ奴だといち早く気づき、慌てていた。

 

「うるせェぞ神楽! こいつが俺にぶつかってきたんだ!」

「馬鹿! どう見ても私やお前が敵う相手ではないだろ! それすらも分からないのか!?」

「売られた喧嘩は買って返す。それが俺のやり方だ。分かったら放せ!」

 

  白い少年の方も、俺の実力に関してはうすうす気づいていたようだ。それでも、俺とやりあうつもりらしい。まったく……ムカつくぜ。

 

「おいガキィ。テメェ、なんでそこまで俺とやりてェんだ?」

「ムカつくからだ。障害物はぶち殺す、それが自然の摂理じゃねェのか?」

「ははっ、気に入った。じゃあ死ね」

「伏せろ馬鹿が!」

 

  俺は、このクソガキに向かって拳を振り下ろした。だが、それよりも速くとなりの少女の蹴りが少年を吹き飛ばし、拳はアスファルトを砕くだけで終わった。

  もちろん、この時代でこんなことをやったら立派な犯罪だ。だが、音を消し、アスファルトも一瞬で治したことで、それに気づくものは誰一人もいなかった。

 

「……気が済んだか? ならさっさと謝って行くぞ」

「……はぁっ、スンマセンデシタ。これでいいだろ?」

「まあ、今回は特別に許してやろう。だが、また俺にぶつかってきたらぶち殺す。分かったな?」

「はい。兄がすいませんでした」

 

  その後、二人は走って俺から離れていった。

  まあ、いつ殺されるか分からない奴の近くにいつまでもいたくはないわな。

  俺は、再びコッカコーラを飲んだ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  二人が俺の後ろにある横断歩道に向かって走っていた時、少年の方が「よし、じゃあプラモ買いに行こうぜ」と口にし、さらに加速した。

  その言葉を聞いて、俺はこの後何が起こるのかを()()()()、気づけば大声を上げていた。

 

「待てクソガキ! そこを渡るな!」

「……えっ?」

 

  だが、遅かった。

 少年が、青信号になったばかりの横断歩道を駆けていたその時、

 

  ーーーーブゥルルルルルルルゥッ!!!

  そんな音とともに、車が赤信号を無視して横断歩道に突っ込んだ。

  当然、少年は避けれるはずもなく、口を大きく開けている。そのまま

 

 

  ーーーーグチャッ、という肉が潰れる音が聞こえた。

 

  吹き飛ぶ人体。飛び散る鮮血。少年の体は地面に叩きつけられ、道路に赤い池を作り出した。

 

「あ、あぁ……しっ、白楼……!」

 

  呆然と先ほどまで一緒にいた兄の名を呼ぶ神楽。だが、返事はない。

  即死だった。

  すでに道路には人が集まり、その肉塊を見て吐き出す者もいる。

 

「しっ、しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

  辺りに、神楽の叫び声が響いた。

  だが、現実は非情だ。どんなに祈っても、人が蘇ることはない。

 

「……ちっ、胸糞悪ィもん見ちまったぜ……」

 

  混沌と化す横断歩道に背を向け、俺は逃げるようにその場から転移して家に帰った。

 

 

 ♦︎

 

 

  あの事故から数週間後、俺は再び地上に来ていた。

  今度こそは楽しい旅行になることだろう。もし邪魔されたらぶち殺すだけだ。

 

  さて、今回俺が行くのは、かつて楼夢が荒らしまくった大和、いや奈良にあるとある神社だ。そこには、アマテラスやらスサノオなどの、諏訪大戦でドンパチやった神々が隠居している神社があるらしい。

  この時代では、人間たちは基本的に神への信仰心は皆無に等しい。だが、伊勢にある天照を祭神とする有名な神社など、一部の有名な神社は観光スポットとして、今でも生き続けている。

  だがそこに、神への信仰はないので、平気でゴミをポイ捨てする客が増えている。人間が来ることで神力は増えるが、自分の家が汚されるのをよしとしない神々は、そういった理由で各地に人間には認識できない結界で覆われた、大きな神社を立て、そこに住むことにした。

  神力は自分の本社から回収すればいいため、神々にとっては何のデメリットもない。強いて言うなら、よく境内で喧嘩が起こるぐらいだ。

 

  なぜ、こんなところを俺が目指しているのかは理由がある。それは、楼夢の娘である美夜、清音、舞花が現在そのアマテラスが管理している神社にいるからだ。

  まあ、当然だろう。白咲神社は現在、順調にボロ屋敷と化していっている。無理にそこにとどまるより、消滅の心配がない場所に逃げるのが普通だ。

 

  そんなこんなで、俺は今その神社に侵入している。魔法などを使えば姿や気配、そして音も消すのは容易い。結果、ここにいる神々の誰も俺の侵入には気付けなかった。

 

  そして、いよいよ娘たちのいる部屋に忍び込んだ。

  中には、静かに瞑想している美夜と、本を読んでいる舞花。そして、一人床でゴロゴロ漫画を読んでいる清音の姿があった。

 

「……よし、瞑想終了っと」

「あっもう終わったんだ」

「……貴方も漫画ばかり読んでないで修行したらどうなの、清音?」

「姉さん〜、確かに瞑想は大事だけど、今やる必要はないでしょ。熱くて服がはだけちゃうよ」

「むっ、確かにこのままでは服から胸が落ちてしまいそうね。早く着替えなきゃ」

「……貴方たち、落ちる胸もない私に喧嘩を売っているの?」

 

  二人がそう言って、互いに胸の苦労話をしていると、舞花が後ろに化身を出しながら微笑んできた。

  さて、ここらで口を挟ませてもらうか。

 

「いいじゃないか、舞花。胸が小さくても、俺は魅力的だと思うぞ」

「私はまだ成長期なの! ……って、今のは誰……ッ!?」

「よっ、三人とも。元気そうだな」

「「「狂夢さん!?」」」

 

  三人は俺を見るなり、大きな声を出して驚いた。

  今のリアクションから分かる通り、俺は娘たちと接点があった。というより、楼夢はよく娘たちを放ったらかしてどっかに行くことが多く、俺はその度に子守りとして三人をして世話してきていた。

  ちなみに、楼夢は俺のことを、自分の二重人格の内の兄の方、と説明したらしい。最初は三人とも首をかしげていたが、要するに俺と楼夢は同一人物だということを説明すると、なんとか理解したようだ。

 

「なっ、なんでここにいるんですか!? もしかして、お父さんももう生き返ってーー」

「いや、楼夢はまだだ。俺はあいつとは分類的に違う神だから、帰ってこれただけだ」

「そう、ですか……。すいません、慌ててしまって」

「気にするな。だが、あいつはあと十年ほどで生き返るはずだ」

「本当ですか!?」

 

  落胆してしまった美夜を、撫でながら楼夢がそろそろ生き返ることを告げると、パァッと顔をして明るくして笑顔になった。

  くぅぅ〜、可愛い! 美夜は普段はしっかりしているが、本当はかなりの甘えっ子なので、こうしてあげるとすぐ嬉しそうな表情になる。

  他の二人も、楼夢が生き返ることにかなり喜んでいるようだ。無口な舞花でさえ、清音と抱き合って喜んでいる。

 

  この後、俺たちは自分たちの現状などを話して、今日を楽しんだ。

  そして、気がつけばもう日が落ちていた。

 

「……もうこんな時間か。そろそろ帰った方がいいか」

「そんな……もう行っちゃうの?」

「すまねえな清音。後数十分後にピザの配達が来るんだ」

「……何気にこの時代に適応しているね」

「それはお前もだろうが」

 

  今清音に言われたことを、ブーメランにして返しておく。

  思えば、楼夢の知り合いは何気に適応力が高い。火神は相変わらず裏社会で生きているが、一番驚いたのは妖忌のじいさんが世界的に有名な庭師として活動していることだった。

  なんでも、『世界のどこかにふらりと現れる謎の凄腕庭師』とネット上で広まっており、各国の政治家や大統領までもが血眼になって雇おうとしているらしい。とはいえ、楼夢の記憶ではその本質は修行オタクなので無駄に終わるだろうが。

 

  さてと、そろそろ本格的に帰らなきゃな。アマテラスやらなんやらに不法侵入したのがバレると、後で色々面倒くさくなっちまう。

 

  能力で時狭間の世界とつながるスキマもどきを開く。

  それを見ると、娘たちも悲しそうな表情を浮かべてしまった。

 

「ああもう! これでもやるからんな顔すんじゃねえよ」

「……これは?」

 

  舞花が、そう言って俺が取り出した物を見つめる。

  俺が時狭間のスキマから取り出した物。それは、彼女たち用に作った武器だった。

 

「美夜にはこの長刀だな。名前は『黒裂(くろさき)』。特殊な能力はないが、その代わり鋭さと強靭さを限界まで引き上げている。俺や楼夢クラスの妖魔刀じゃなければ刃こぼれすらしないと思うぜ」

「私の……新しい刀……」

 

  そう言って、俺はオリハルコンやらの伝説級の金属で作った黒い刀を美夜に渡す。ちなみに、形は白咲家に伝わる黒月夜に似ているが、彼女のにはうっすらと青いオーラが見えていた。

 

「それで、清音にはこの二刀一対の短刀が似合うな。名前は『金沙羅木(きさらぎ)』で、妖術なんかを使う際、これが杖代わりになって発動をサポートする仕様になっている」

「へぇーいい機能だね! ありがとう、狂夢さん!」

 

  彼女の髪と同じの、金色の双刀をあげると清音は、ひまわりのように明るい笑顔で俺にお礼を言ってきた。

  ふっ、鼻血が出そうになっちまったじゃないか……。

 

「最後は舞花だな。お前は色々な武器を使えるから、こんなもんを作ってみた」

「……これは何?」

 

  俺が彼女に渡したのは、銀色に光る腕輪だった。

 

「こいつは『銀鐘(ぎんしょう)』。一見ただのリングだが、これは伝説級の金属数百キロ分を圧縮させて作っている。これをつけて頭の中でイメージすると、お前の好きな形に変えることができる。ちなみに重さは魔法でちょっとしかないはずだから心配すんな」

「ちょっと使ってみてもいい?」

「おう。俺もデータは取りたいからな」

 

  舞花は一呼吸置くと、頭の中にイメージを浮かべて集中する。すると、腕輪が眩い銀の光を放ち、しばらく経つと、舞花の手にはマグロ解体に使うようなでっかい包丁が握られていた。

 

「……凄い……」

「実験成功だな。ちなみに、なんで包丁にしたんだ?」

「武器以外にも変形するか疑問に思って。あとは切れ味だね」

「おっ、おい、何切るつもりなんだ?」

「……大黒柱」

 

  待てっ! と叫んだが時すでに遅し。

  舞花の包丁が、蝿を払うように部屋の大黒柱に向かって繰り出された。

 

  瞬間、放たれた包丁は空を切るだけに終わった……かに思えた。

  ズルズル、という音を立てながら、大黒柱がゆっくりスライドしていき、最後に床に大きな音を立てながら落ちた。

  そう、大黒柱は、見事に切断されていた。

 

「……ふっ」

「『ふっ』じゃないよお馬鹿ッ! 大黒柱なんて切ったら……」

 

  その時、部屋の屋根が突如ギシギシと音を立てながら軋み始めた。

  そして、降ってくる天井。支えるものがなくなった屋根は、そのまま呆気なくーーーー

 

 

  ドッゴォォォォォン!!!

 

  ーーーー崩壊して、物凄い音とともに部屋の中をメチャクチャにした。

 

「なっ、何事なの!? 美夜ちゃん、清音ちゃん、舞花ちゃん、無事ですか?」

「あ、やばい天照さんが来た!」

「あばよ、娘たち! Au revoir(さようなら)!」

「待って狂夢さん! 私たちを見捨てないで!」

「……なんなんですか、これは……?」

 

  俺がスキマで逃げた後、そんなアマテラスの声が聞こえた。

 

「こ、これは違うんです天照さん!」

「そうだよ天照さん! これは舞花が間違えて切っただけなの!」

「しおぉぉぉぉん!!! 何真相言ってんの!?」

「しまった!」

「……おわった……でも、死なば諸共。せめて姉さんたちだけでも道連れに……」

「……」

 

  美夜たちの言い訳を黙って聞くアマテラス。俺には、その頭から激しい炎が吹き荒れているようにも思えた。

  そして、前へ一歩ずつ進みーーーー

 

「……ふえぇぇぇぇぇん!!! 神社の部屋が壊れたぁぁぁ!! ここを作るのにどれだけ費用かかったと思うのよぉぉ!! ……ヒッグ、ヒッグ……助けてス"サ"ノ"オ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"お"!!!」

(……忘れてた。こいつ、メンタルがメチャ弱かったんだ……)

 

  アマテラスの弱点、精神攻撃に弱い。

  こうしてまた一つ、アマテラスの威厳が失われていくのであった……。

 

 

 ♦︎

 

 

  夏のある日。私は兄を亡くした。

  交通事故だった。青信号の横断歩道を走っていた時、ちょうど信号無視をした車にはねられて死んだ。

  賠償金やらをもらったが、そんなの嬉しくもない。おまけに運転手に関しては私たちが悪いとほざくばかりだった。あまりにもムカついたので、思わず裏路地で斬殺して焼却炉に放り込んでしまった。

 

  そして、報いなのだろうか。数週間後、今度は私の元に危機が押し寄せた。

 

「グルルルルゥッ!!」

「嘘だろ……っ。よりによって一人の時に大熊に見つかるなんて……!」

 

  山のさらに奥のところ。そこで食料を探していた私は、運悪く二足歩行する化け物熊に遭遇してしまった。

  すでに籠は捨てており、持っているものは刀のみ。だが、やるしかない。

 

「たぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

  私は刀を振りかぶり、熊に向けて振り下ろした。だが、人間には十分な攻撃も、熊の分厚い毛と肉のせいで僅かに切り裂いただけで終わってしまった。

 

「ガアアアアアアアァッ!!!」

 

  そして、今ので完璧に敵と認識され、大きな爪が私に向けて横薙ぎに払われた。

  しゃがんで避けるが、風切り音だけであれを食らったらひとたまりもないということを認識させる。

  だが、攻撃しなければ終わらない。なので、次の一撃に全てをかけた。

 

「終わりだァァァァアッ!!!」

 

  風のような速度でかけると、刀を前に構えて体ごと飛んだ。そして、私の刃が飛び込んだ先はーー熊の左胸だった。

 

  グサッ

 

  刃は見事に左胸に突き刺さった。そして、私は勝利を確信した。

  だが……熊の瞳はまだ死んでいなかった。

 

  刃は、心臓に届いていなかった。否、心臓から僅か数センチ外れていた。

  雄叫びをあげながら、熊は腕を振りかぶる。とっさに後ろに避けようとしたその時、ハプニングが起きた。

  刃が、左胸に突き刺さったまま抜けなくなっていたのだ。

 

「しまった……っ!」

「グルガァァァァアアアアアアッ!!!」

 

  気づけば、私の目の前には巨大な熊の手が迫っていた。

  響き渡る、鈍い音。そしてグシャグシャに潰れる体の骨。ボロ雑巾のようになった私の体は宙を舞い、木の幹に叩きつけられた。

 

  ズゥン、ズゥンと言う重い足元が響いてくる。目の前には、死の気配が広がっていた。

 

  ……いつだって、そうだ。弱い者はすぐに死んでいく。

  車より弱かったから、白楼は死んだ。そして、私は弱いから、今ここで死にそうになっている。

 

  ……力だ。力が欲しい……。運命を変えられる、大きな力が。

 

「力が、欲しい……ッ!」

 

 

『へえ、いい願いじゃんかよ。気に入ったぜ』

 

  そんな声が聞こえた後、私の意識は闇に沈んでいった……。

 

 

 ♦︎

 

 

  ……ッ! 急激にあいつの霊力が高まっただと……?

  俺は、空中でスカーレット・テレスコープを発動した。瞬間、俺の視界は森の中にいる一人の人間を映すほどズームされた。

  そこに映っていたのは、紫髪の血だらけの少女。だが、その様子は以前見た時と違い、溢れんばかりの霊力をその身に纏っていた。

 

「グル、グルルルルゥ……ッ!」

「……さっきからグルグルうるせェんだよ。威嚇のつもりかァ? 負け犬の遠吠えにしか聞こえないぜ」

「グルルルルゥ、ガァァアッ!!!」

 

  言葉は通じなくても、雰囲気で意味を察した熊は、雄叫びをあげると神楽に飛びかかった。

  だが、右手が彼女に当たる瞬間、大熊の体は吹き飛ばされ、地面には分断された大きな右腕が落ちてきた。

 

「はっ、しょぼいねェ。んなもんで俺を殺せると思うなよ」

「ガアアアアアアアァ……ッ!?」

 

  右腕を切り落とされた熊は、そのあまりの激痛に雄叫びをあげる。だが、神楽にはそれが心地よいシャンソンに聞こえているように見えた。

 

  数歩後ずさる熊とは対照的に、今度は神楽が前に出た。残った左腕の一撃を掻い潜り、そこから剣先がキラリと光る。

 

「オラオラオラァ!!」

 

  そこから放たれたのは、閃光の乱れ突き。分厚い熊の肉を、背中ごと貫通する一撃が、目にも留まらぬスピードで放たれた。

  まるで、マシンガンで延々と撃ち続けられているかのようだった。ただ、その弾は小さな弾丸ではない。鋭い槍が、立て続けに熊の腹を貫き続ける。

 

  そんなものを食らえば、大熊だろうが関係ない。ほぼ全ての臓器を貫かれた大熊は、最後の抵抗とばかりに再び神楽に飛びかかった。

  だが、それに合わせるように神楽のカウンターの刃が炸裂。熊は、残っていた左腕を切り飛ばされたところで、神楽に背を向けたまま息の根を止めた。

  だが、

 

「まだまだ終わんねェぞ! アハハハハッ!!」

 

  追い打ちをかけるように、神楽は屍と化してなお立っている熊の背中を、問答無用で切り裂いた。

  『氷結乱舞』、一撃で体と体を分断するような斬撃が、七連続で放たれた。

 

  一撃目。熊の右肩から下は、体から見事に分断された。

  二撃目。熊の二つの足が、ものの見事に横薙ぎで切り離された。

  三撃目。四撃目。熊の腹に、大きなXが描かれた。それにより、熊の体は胸から下が切り離された。

  五撃目。横に払われた斬撃が、熊の首から上を跳ね飛ばした。

  六撃目。振り下ろされた一撃が、熊の残った体を真っ二つに切り裂いた。

  そして、七撃目。止めに放たれた高速の突きが、落ちてきた熊の頭に突き刺さりーー貫通した。

 

「く、くくく、くはははははははっ!!!」

 

  もう戦闘はとっくに終わっている。だが、神楽はさらにその頭に刃を突き刺し続けた。

  まさに、狂気。未だに飛び散る血を見つめながら、俺はため息を吐いた

 

「……ふっ、元の面影が全くないな。さすが、()ってとこかな」

 

  それだけ言うと、俺はそこから背を向け空中を歩き始める。

  ここに来た理由はただ一つ、自分の誕生のシーンを見たかったからだ。

 

  今日は夏の暑い夜の日。そして、神楽が妖怪化した熊に襲われた日であり、()という存在が生まれた日でもあった。

 




注意事項:
今回は今話の補足回です。若干メタ要素が混じるかもしれないので、ご了承ください。






「やっと今章終わった〜! ちなみに諸事情により、これから一週間ほど活動を停止します。作者です」

「やっと俺の出番か。一話だけなのが残念だが、次章に期待するとしよう。狂夢だ」


「さて、今回のあとがきは今話の補足です」

「わかりにくいと思うやつもいるだろうから、念のためってやつだ」

「まず、今話のテーマは狂夢さんがどうやって生まれたのか、ということです」

「まあ、簡単に俺が生まれた理由を説明すると、神楽が妖怪熊との戦いの時に抱いていた力の渇望から、心に『白楼』の人格が生まれたということだ」

「ざっくり説明しますとそうなりますね。これでも分からないという方は、超次元サッカーゲームの氷のストライカーの人と似たようなものと認識してください」

「ちなみにこんだけ伏線張ったんだ。次章も俺の出番が……」

「いえ、次章は狂夢さんは出ませんよ。妖忌さん戦の時は十分冷静でしたし、この時点ではただ神楽さんに白楼さんの意思が混じった程度の認識でしかありません。あくまで『狂夢』と『楼夢』が分離するのは、初期で永林の薬を飲まされてからです」

「マジかよ……やってらんねェぞ! 俺は帰る!」

「……帰りやがった、あいつ……しばらく出番減らしてやろう」

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