東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
——火水木金土日月符【ロイヤルストレートフラッシュ】
それは、魔理沙がこの弾幕ごっこで経験した五枚のスペルカードの中でもっとも厄介なスペカだった。
「くそっ、弾幕が多すぎてぶち抜いてもぶち抜いてもパチュリーまで届かない! 理不尽すぎるだろそりゃ!」
正直、展開された七つの魔法陣から出現する弾幕を避けるだけだったらあと五分以上もできる。数は多く、起動も複雑だが、魔理沙はこれに匹敵するスペルカードを何枚も見てきた。
だが、魔理沙を焦らせているのは、奥で凄まじい魔力をひたすら集中させているパチュリーの存在だった。
(あれはヤバい……! 発動されたら確実に負ける!)
魔法使いとしての勘が魔理沙にそう危険信号をビンビンと鳴らしてくる。そしてそれは正しい。
パチュリーのロイヤルストレートフラッシュは、本来七属性全てを練り合わせた魔法を、閃光として撃ち出すもの。その威力は凄まじく、魔理沙のマスタースパークを超えると断言できた。
(いっそ被弾覚悟で飛び出すか? ……くそっ、決心がつかない……!)
魔理沙も心の奥ではわかっている。ここで勝つには一か八か突っ込むしかないことを。
スペカはまだ一枚残っている。だがこの状況において決定打になり得るものを、魔理沙は持っていない。あるとすればマスタースパークだが、それはもう使ってしまった。
(どうすれば……っ!)
魔理沙は心の中で頭を抱えながら悩む。
しかしそのとき、下から聞き覚えのある声が聞こえた。
「魔理沙! 全速力で横を見ずに、前からくる弾幕に集中して突っ込め! それしか勝つ方法はない!」
それは、霊夢の知り合いの楼夢と呼ばれていた妖怪の声だった。
魔理沙はその適当なアドバイスに、思わず悪態をついた。
「突っ込めって……それができたら苦労しないぜ。そもそも私じゃスピードが足りないし……うん? スピード?」
そのとき魔理沙の脳裏に一つの光明が差した。
スピード……全速力で突っ込む……全力で突っ込む……。
(私の全力? マスタースパークしか思いつかないぜ……。それはもう使っちまってるし、他のじゃ無理だ。……そうだ、なら新しいスペカを作っちまえばいいじゃないか!)
「これだぁ!」
魔理沙は何も描かれていないカードを懐から取り出すと、そこにありったけのイメージを込めて魔力を流した。
そしてそれが光り輝くとともに、新たなスペカがこの世に誕生した。
「行くぜ、これが私の全速力! ——【ブレイジングスター】だぁぁああああ!」
魔理沙はマジックアイテムである八卦炉を後ろに向けると、マスタースパークをジェットエンジンのように発車して乗っているほうきごと突っ込んだ。
その速度、姿はまさに彗星。
魔理沙を捉えようと展開されていた弾幕は、その速度についてこれず、次々と抜かれていった。
彗星が向かう先は七つの魔法陣の中心。そこにいるパチュリーめがけて、一直線に突き進んでいった。
それを見たパチュリーは、たった今魔力が満タンに溜まったばかりの魔法を慌てて解き放った。
パチュリーの手前で、彗星と彼女が放った七色の閃光がぶつかり、均衡してせめぎ合っていく。
だがそれは数秒しか持たず、徐々にパチュリーの閃光が押されていった。
「そんな……っ、馬鹿な……!」
彼女の閃光は、フルパワーならこの競り合いに勝てただろう。だが、それは閃光がフルパワー状態でいた場合だ。
魔法には初動のエネルギーというものがある。
例えるならば、車のエンジン。あれは時速最大何百キロで走れると言っても、エンジンを入れた瞬間に最大速度になることはない。ゼロから少しずつ上がっていき、最終的に何百キロにたどり着くのだ。
それと同じで、閃光が発動された直後に最大のパフォーマンスを発揮することはない。なにせエネルギー同士が衝突している場所はパチュリーの手前なのだ。おそらく魔法を発動してから、それがブレイジングスターとぶつかるまでの時間は秒にも満ていないだろう。
エンジンがかかっている車とかかっていない新幹線で五十メートルを競うとき、勝つのは車だ。
それと同じで、現時点の瞬間火力は、ブレイジングスターが閃光を上回っていた。
「喰らえぇぇぇぇぇぇ!」
彗星が閃光を貫き、そのままパチュリーを呑み込む。
轟音、そして爆発音。
そして二人の少女の体が、空中へと投げ出された。
落下中、魔力切れを起こして力が入らない魔理沙は、それでもこの弾幕ごっこの結果に笑いを浮かべていた。
「勝った、ぜ……!」
それだけを言い終えると、魔理沙は高所から急に落ちていく感覚に耐え切れなくなり、そのまま気絶した。
未熟な魔法使いと天才の魔女の勝負。
普通なら結果は決まってるこの戦いは、最後の逆転で未熟な魔法使いの勝利で終わった。
♦︎
「かはっ……!」
短く空気を吐き出す音を出しながら、銀髪のメイド——十六夜咲夜は腹に弾幕を受けて吹き飛んだ。
「スペルブレイクよ……。残り一枚ってとこかしら」
「くっ……メイド秘技【殺人ドール】!」
すぐに立ち上がった咲夜は最後のスペルカードを宣言。そして手では到底投げきれない量のナイフが、霊夢を襲った。
「まだよっ!」
咲夜を中心に直線的な青と赤のナイフの列が数十ほど放たれた。
それだけだと直線にしか進まないため、ただの隙間が大きい弾幕に過ぎない。だがナイフの列がある程度の距離進むと、
そして霊夢の時が再び動き出したとき、なんと青、赤と違ってランダム性の高い動きをする緑色のナイフの弾幕群が追加されていた。
直線的なナイフの隙間を埋めるように緑色のナイフが動き回ることで敵を囲み、串刺しにする。それが咲夜の殺人ドール。
だが霊夢にはまだ届かない。
彼女は冷静にその弾幕を見切り、グレイズすることで動きを最小限に抑えたまま回避した。
「法具【陰陽鬼神玉】!」
弾幕の列が一瞬途切れた瞬間を狙って、霊夢はスペカを宣言したあと、巨大な陰陽玉を生成し、それを咲夜へと飛ばした。
時止めはスペカに使ってしまっているため、能力は使用できない。
必死にナイフを取り出し、それを陰陽玉に突き立てるも、それは一瞬で砕け散ってしまった。
そして遮るものが何もなくなった陰陽玉が、咲夜に直撃し、彼女は吹き飛ばされ壁に背を打ち付けた。
「申し、訳ござい、ません……お嬢様……っ!」
その謝罪の言葉を最後に咲夜の意識は暗転し、動かなくなった。
その様子を見ていた霊夢は一言。
「……しまった。あいつが気絶したら誰が私を異変の犯人のとこに案内すんのよ」
呑気で場違いな、彼女らしい言葉をつぶやくのだった。
♦︎
咲夜を倒したあと、霊夢は己の勘に従って館内を徘徊していた。
勘と言っても、彼女のはもはや能力と呼ぶべきだろう。そこまでの領域に至るほど、彼女のは優れていた。
今もほら、適当に歩いているだけで大扉へと突き当たった。
それは、館内で見た中で一番大きな扉。そしてその奥から、霊夢は膨大な魔力を感じ取り、警戒態勢を整えながら扉を開いた。
大扉の先は、一言で言うなら玉座の間。下手したら数百人は詰めこめるほど広い空間だった。
そして大扉から一直線に引かれたレッドカーペットの先に段差と、その上に玉座が置かれていた。
その玉座に座っていた紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは、霊夢を見るとゆっくりと立ち上がる。
それに合わさせて霊夢もすでに分かりきった質問を投げかけた。
「貴方が今回の異変の犯人ね?」
「そういう貴方は殺人犯ね? 咲夜との繋がりが消えたもの」
「一人までなら大量殺人犯じゃないから大丈夫よ。それに、弾幕ごっこでそう簡単に死ぬわけないじゃない」
まあ死ぬときは死ぬのだけど、とは霊夢は付け足さなかった。先ほどからの言葉が、レミリアの戯れであることがわかっているからだ。
質問を質問で返したことを動じずに答えた霊夢に少し不満を見せながら、レミリアは再び口を開く。
「それで? ここには何の用かしら?」
「そうそう、迷惑なのよ、あんたが」
「……えらく短絡ね。しかも理由がわからない」
「ともかく、ここから出てってくれる?」
「ここは私の城よ? 出て行くのは貴方じゃない」
「この世から出てってほしいのよ」
その一言で、辺りの雰囲気が冷たいものに変わった。
久しぶりに面白い人間を見たと、レミリアは冷たい笑みを浮かべる。
「しょうがないわね。今お腹いっぱいだけど……」
「護衛にメイドがいたじゃない。あれでも食ってれば?」
「咲夜は優秀な掃除係。おかげで首一つ落ちてないわ」
「ふーん、じゃああんたは強いの?」
「……今さらね。まあ、日光に弱いから外であまり戦ったことはないのだけれど。それよりも場所を変えましょ? 特等席を用意してあげるわ」
そう言ってレミリアは窓のガラスを突き破って、外へと飛び立った。
それを追って霊夢も飛んでいくのを確認すると、レミリアは紅魔館の屋根へと着地する。
「いい眺めでしょ? 月が見えるわ」
「全部紅ってのが残念だけどね」
一つ遅れて、霊夢がレミリアと向き合うように屋根へと着地した。
先ほどレミリアは日光に弱いと言っていたが、この紅い霧が日光を遮っているせいでピンピンしている。いや、もしかしたらそれが目的でこんな霧を発生させたのかもしれない。
ふと空を見上げると、どういう原理かは知らないが紅い月がそこに浮かんでいた。
それを見て、もう夜になったのかと霊夢は呑気に自覚する。しかし、次には鋭い顔つきへと変わった。
それを見てレミリアはさらに笑みを深める。そしてスペルカードを五枚取り出し、その悪魔のような翼を大きく広げた。
「こんなにも月が紅いから本気で殺すわよ」
「こんなにも月が紅いのに——」
二人は同時に言い放った。
「楽しい夜になりそうね」
「永い夜になりそうね」
♦︎
紅魔館の地下深く。
魔理沙とパチュリー、霊夢とレミリアの弾幕ごっこの二つから出た轟音は、ここ地下室にも響いていた。
そしてそんな地下室に、ぽつんと座り込んでいる少女が一人。
彼女は天井にへばりついている赤黒いシミを見つめながら、独り言をつぶやいた。
「ふふっ、お姉様たちったら酷いわ。私を除け者にして、遊んでるなんて」
少女は儚く笑うと、次の瞬間、床に手を叩きつけてその表情を憤怒の色に変えた。
「ずるいずるいずるい! 私だって遊びたい! アハッ!」
少女はゆらゆらと立ち上がる。その姿が照明に照らされ、浮き彫りになった。
髪は闇夜に光る金。瞳は血のように赤い真紅色で、この館の主人であるレミリアと同じくらいの身長だ。
そして何よりも目につくのはその羽。
レミリアのように蝙蝠に似た形状ではなく、二本の太い枝にカラフルな宝石がぶら下がっている。そんな奇妙な羽だった。
少女は何重にも封印がかけられた扉を睨むと、右手を前方に突き出す。そして物をつかむような動作を取ると——
「キュッとしてドッカーン!」
——それを一気に握りつぶした。
瞬間、爆発。
扉は封印ごと粉々に砕け散り、外への出口が出来上がる。
「アハッ、久しぶりのお外! ちょうど近くにいいのがいるし、私もあーそぼ!」
狂気に満ちた笑みを浮かべながら、無邪気な少女は石の階段を上っていく。
こうして、黄金の悪魔が地上に解き放たれた。
♦︎
「あっぶなぁぁぁい! 縛道の三十七【
親方、空から女の子が! って、そんなこと言ってる場合じゃねえ!
急いで術式を発動。
トランポリンの床のように柔らかいネットが二人を受け止める。と同時に、その一部分が蜘蛛の巣のように壁に張り付いて固定されることで落下を防いだ。
ふう、とりあえずはなんとかなったみたい。
そのままゆっくりと操作して彼女たちを無事に床に下ろすことに成功する。
「……ん、ぐっ……」
「おっ、起きたみたいだね。安心したよ」
最初に起き上がったのは魔理沙だった。
私の顔を見ると気まずげにそっぽを向きながら、つぶやくように口を開く。
「その……だな。適当なアドバイスありがとよ。あれがなかったら勝てなかったぜ」
「感謝するなら適当は消してほしいな。まあ、あながち間違ってないから否定はできないんだけど」
「……やっぱりあれは適当だったのかよ」
「むしろあのとき理論的にダラダラ喋ってた方がお好みだったかい?」
「遠慮しとくぜ。そういうのは寺子屋の慧音だけで結構だ」
勝ったという実感が湧いてきたのか、元の調子に戻ってきたみたい。おそらくはこの明るい顔が彼女のデフォなんだろう。
そんな魔理沙をみて、私も笑みを浮かべた。
ふっ、私たちだいぶ打ち解けたんじゃないか? 嫌われてた原因は知らんけど。
と思ったら、ベストなタイミングで魔理沙が私を気に食わなかった理由を語ってくれた。
「その……さっきはすまんな。雰囲気悪くしちゃって」
「いいよいいよ。私がなんかしてたんだったら謝るさ」
「その……嫉妬してたんだ。霊夢は滅多に人を褒めることはしないんだぜ? そんなあいつから強いなんて言葉が出てきて、ついつい羨ましくなっちまった……」
そうか、彼女が霊夢の隣にいた理由がわかった。
彼女は霊夢をライバル視している。だからあそこまで強いんだろう。
正直才能の無い子が霊夢と並んで異変解決に出るのに、どれほどの努力を積み重ねてきたのか見当がつかない。
「……魔理沙はなんでそんなに霊夢をライバル視するの?」
「さあな? 何年前になるかは忘れたけど、弾幕ごっこが成立して間もないころ、私は霊夢に出会ってコテンパンにされたのさ。それが悔しくて何度も挑戦して、今に至るってわけだ。結局霊夢に勝てたことはないけどな」
努力、か……。
先ほども言った通り、私には才能のない人の気持ちはわからない。私は霊夢と同じ、天才であることを自覚しているから。
私の元の存在である神楽も、霊術の修行を始めて一ヶ月ほどで鬼と渡り合えるほどの腕前になっていた。
なんでも極めようとしたらできたし、それは今でも変わらない。
だけど、それ以外でわかることは一つだけある。
「霊夢も、魔理沙を認めてるとは思うよ」
「そうかぁ? 案外私のことなんざ目にも入ってないかもな」
「だってもし認めてなかったら彼女の性格上容赦なく戦力外通知を言い渡されると思うよ? それがないってことは、霊夢もあなたのことを少しは信頼してるんじゃないかな?」
「……そう、かな?」
「気になるんだったら本人に直接聞けば? 顔がリンゴみたいになるほど恥ずかしいと思うけど」
「ばっ、そんなこと聞けるわけねえだろっ!?」
羞恥心で頬を赤に染める魔理沙を見て、ケラケラと笑う。
うむうむ、やっぱりこのくらいの子には元気が似合う。
「それで、魔理沙はこの先どうするの?」
「……正直もう魔力切れで戦えそうにないぜ。大人しく異変が収まるまでここの本でも読んどくつもりだ」
「……全く、人の本を勝手に読まないでよ……」
「そして私を忘れてないかー?」
ふと後ろから二つの声が聞こえた。
振り向けば俯けに倒れて動かない紫魔女と、当初出会ったころの幼げな声を出すルーミアが。
今知ったけど、ルーミアは私以外に人がいるときは猫を被るようだ。
「……いたんだ」
「「いたわよ!」」
おおう、そんな怒らなくても……。
ていうか紫魔女っ子。叫んだあとすぐに頭を地面に打ち付けるくらいなら、無理して大声出すなし。
「むきゅー」という可愛らしい声を出しながら悶える姿にはほっこりするけどさ。
「そこのむきゅむきゅ魔女さんはどうするの?」
「パチュリーよ! パチュリー・ノーレッジ!」
「むきゅリー、そんな大声出すと体に響くよ?」
「誰がむきゅリーだ!」
ナイスツッコミ。と同時に今ので気力を使い果たしたのか、上げた顔を再び倒してそれっきり、ピクリとも動かなくなった。
しょうがないなぁ……。
「【ベホイミ】、【マホアゲル】」
私が唱えた二つの魔法のおかげで、パチュリーの傷はある程度塞がり、魔力も少量だけど分け与えたので立てるぐらいにはなるはずだ。ついでに魔理沙にも同じ魔法をかけておこう。
魔力が戻った二人は動けるようにはなったようで、魔理沙なんかは元気に本を漁っている。
そういえば、霊夢はどうなったんだろ? 彼女のことだから負けはしないだろうけど、ちょっと心配だ。
私はライフサーチで状況をある程度確認できるルーミアに聞いてみた。
「ねえルーミア、霊夢は今どうなってる?」
「……」
「……ルーミア?」
しかし、彼女は深刻な顔になって私の問いに答えなかった。まるで、何かに集中してるような……。
いやーな予感がする。
そしてそれは的中した。
「……ちょっとまずいのかー。地下から巨大な魔力がここに近づいてきてるのだー!」
「……なんですと? 【ライフサーチ】!」
ルーミアの言葉が気になり、私もライフサーチを使う。
そして、知ってしまった。
ビリビリするほど濃い魔力と妖力を持った化け物。すなわち大妖怪最上位クラスの敵が暴れ回りながらここを目指していることに。
「パチュリー! 地下から大妖怪最上位クラスの敵が上がってきてる!」
「なんですって!? くっ、弾幕ごっこの余波が彼女を興奮させてしまったというの……?」
パチュリーは驚愕に満ちた表情をするが、それは一瞬で鋭い目つきのものに変わった。
そして彼女は私たちに指示を出す。
「逃げなさい! 私が時間を稼ぐわ!」
「そうはさせないよ?」
だけど、それは遅かったようだ。
声が聞こえたと思ったら、隠し階段になってたであろう場所が突如爆発し、吹き飛んだ。
おいおい……ちょとこれシャレならんしょ?
煙の中から、それはゆっくりと姿を現す。
「みんな、私と一緒に遊びましょ?」
出てきたのは少女。しかもおそらく吸血鬼。
無邪気に狂気的な笑顔を浮かべながら、黄金の悪魔はそう言った。