東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
フランが寝たあと、私は彼女を地下室のベッドに運んだ。
できればもっと別の場所で寝かせてあげたかったけど、私はここに詳しくないので仕方ない。
それよりも、フランが今日のことを夢だと思わないために、フリルのついた白いナイトキャップのような帽子を彼女にプレゼントしておいた。まさか紫へのプレゼント候補として買い溜めしてたものがこんなところで役に立つとは。
そして現在、私たちは壊れた図書館の床に寝転がっている。
床や壁はもう原型すらないほどの壊れようなのに、張ってあった結界のおかげで天井とかは無事なのはちょっと変な感じだ。
そんな天井を見つめながら、私は隣で寝ている人物に訊ねた。
「さて、これからどうする、ルーミア?」
「……決まってるでしょ。逃げんのよここから。これだけ荒らして、あまつさえここの館の主の妹を殺しかけたなんて知られれば、どんな報復を受けるかわかったもんじゃないわ」
「まあ、私は娘たちや紫に保護してもらうとするよ。二つの巨大勢力が圧力をかければ私に害はないでしょ」
「いいわね、分厚い後ろ盾があって。そんなものない私はしばらく身を隠す日々が続きそうだわ」
そうルーミアが皮肉を告げると、私のケモミミがこちらに大急ぎで向かってくる足音が聞こえた。
まずい……この地面が割れるかと錯覚するほど大きい足音は、とても人間の脚力で出せるものじゃない。
ということは、こっちに向かって来てるのは……。
「ルーミア、ここの主がこっちに向かってくるみたい! さっきのやつでなんとかならない?」
「無茶言わないでよ! 妖力切れで動くことすらままならないんだから!」
「私のやつ分けてあげるから、早く!」
「……ああもう、やればいいんでしょ!? ——【バニシング・シャドウ】!」
ルーミアがそう吹っ切れた声で叫ぶと、ルーミアの体が影に沈んでいく。
急いで私は彼女の手を握り、残りカスのような妖力を全部ルーミアに注いだ。そのとき、妖力が満たされたことで影が私の体をも吞み込む。
そして、次に目を開けたときには、私たちは大きな湖の前にいた。
妖精が湖のあちこちに浮かんでいるのを見ると、ここは霧の湖かな。
というか霊夢にやられた妖精たちまだ気絶してたんだ!?
もう結構な時間が経ってるはずなんだけど。
推測するに、赤い霧で環境が突然変わったせいでいつものように復活することができないのだろう。妖精は不死身だけど、それは自然環境があるからこそなんだし。
でもまあ、その問題も時期に解決するかな。
空を見上げると、赤い霧がどんどん消えていくのが見える。
どうやら霊夢が無事やってくれたようだ。
そして、霧が完全に消えたとき、月の光が夜の霧の湖を照らし出した。
その光景に、少し見惚れてしまった。
長らく外の世界にいたので、自然の美しさを久々に見たからだ。
「……いい月だね」
「……ええ。そしていい夜ね」
妖精がまだ復活してないこともあり、霧の湖は珍しく静寂に包まれていた。
この景色をもっと見ていたい気もするけど、そろそろ帰らなくちゃね。なにより弾幕ごっこのルールを破ったことで紫からお咎めが来るかもだし。
そんなことを考えてると、ふと思った。
……ルーミアってどこに住んでるだっけ?
気になったので、単刀直入に聞いてみた。
「ねえ、ルーミア。そういえば貴方ってどこに住んでるの?」
「……」
その問いに対してのルーミアの答えは、沈黙だった。
まさかこいつ……!?
「……野宿、とか?」
「っ!?」
あ、これ図星だわ。
プルプルと顔を赤くしながら震えてるのを見れば、誰だってわかる。
いやでもまあ、意外だったよ?
だって火神はアレで世界一の財産を所有している妖怪なんだぜ? 超古代から貯めに貯めた宝石、魔剣、芸術品その他もろもろの所有額は、我が白咲家の総財産を軽く上回っている。
そんな金持ちの化身の彼女が野宿してるなんて、誰が予想つくだろうか。いやまあ、奴の性格をよくよく考えればすぐに察せるんだけど。
「火神の性格上、私に財産預けるわけないでしょ!? ああ見えてアイツメッチャケチくさいのよ! 昔旅してたときだって、一食私が食べるだけで金が金が言うんだもの!」
「いや、確かに火神ならやりかねないけど、最後のは確実にルーミアが悪いと思うよ? 貴方ってどこぞの野菜宇宙人並に食べるんだもん」
「うるさいうるさい! お山の頂上にでっかい屋敷建てて贅沢な暮らししてる貴方にはわからないわよ! 今の私の惨めさが! 二日に一回人間食べれるかどうかの貧乏暮らしを、貴方はしたことがあるの!?」
お、おう……。
そう言われると何も返せないな。
だって私、貧乏暮らしとはほとんど縁ないもん。生まれてすぐに永林の助手として働いてたときは内容はブラックだったけど、給料だけは異様に高かった。
その後の人類がいなくなったあとの世紀末時代が始まったときには既に私は強かったし、生存競争で負けることはなかった。
そう、その後人類がまた出現してから今に至るまで、確かに私は貧乏暮らしというのを経験したことがない。
蛇足だけど、神楽は普通に貧乏暮らししてたけどさ。
でもまあそれは私に関係ないこと。
「そ、それならうちで何か食べてく?」
「ふんっ、敵の施しを受けるほど落ちぶれちゃ——」
そのとき、ギュルルルという音がルーミアの腹から聞こえた。
……あ、やっぱお腹減ってんすね。そうっすね。
私は微笑ましい笑顔をルーミアに向けた。
「そ、そのムカつく笑みを今すぐ止めなさい! ぶっ殺すわよ!?」
「うんうん、わかってるよ。お腹が減ってるんだね? 飴ちゃんあげるからおじさんについてきなさい」
「少女攫う誘拐犯みたいなセリフもやめろ!」
あら、ルーミアって意外といじると可愛い?
ムフフ、そんな反応されるとこっちもいじめたくなっちゃうなぁ。
でもまあ、ダーウィンスレイヴ零式まで取り出してきたからここまでにしておこう。
決してあの禍々しい剣にビビったわけじゃない!
「でもさ、火神だって私と酒飲むことはそう珍しくないよ? 第一、私たちの出会いは飯の奪い合いから始まったんだから」
「ぐぬぬ……! わかったわよ、そこまで言うならついて行ってあげるわ!」
「あ、やっぱやめよっかな? ルーミアも乗り気じゃないみたいだし」
「本当は行きたいですごめんなさい!」
くっくっく。
あのルーミアをここまでいじめられるなんて、気持ちいいィ!
火神がそばに置く理由もわかるわ。大人っぽい口調と子供っぽい仕草のギャップ、そしていじめればいじめるほど、叩けば叩くほどいい声で鳴き、響くんだもん。
そう、ルーミアは天然のMだったのだ!
……本人は気づいていないようだけどね。
閑話休題。
私は再び、ルーミアがうちに来るかどうかの話に戻した。
「それで、ルーミアは私の家に寄ってくってことでいいんだね?」
「ええ、そうさせてもらうわ。でも、せっかく寄るんだし豪華なものが食べたいわね」
「任せておきなさい!」
ほんと、人の家に食べに行く癖に豪華なものまでねだるなんて……。
まあ、そこが彼女らしいんだけど。
ふふふ、でもまあ問題ない。白咲家の料理の腕前、とくとご覧にいれようぞ!
……なお、作るのは私ではない。
私が料理する時代は終わったのだ……。
さあ美夜、君に決めた!
私はこれから食べる専門の道を歩いていくよ。
働かないってサイコー!
♦︎
「……ふぃ〜……。食った食った……」
「ええ、久しぶりに満腹まで食えたわ」
ルーミアを連れて屋敷に帰ると、待っていたのは豪華な和食と、それを作っている美夜だった。
どうやら異変解決終了ということで少しハメを外したらしい。
でも、次にルーミアの姿を見たときのあのヒステリックな叫びは一生忘れられないよ……。
挙げ句の果てには裏で「どうしてこんな日に連れてきたんですか!?」と本気で泣かれた。
……うん、まあ確かに出された料理の半分はルーミアに全部食べられたけどさ。それで娘たちと私の料理が圧倒的に足りなくなり、美夜が再び台所へ半泣きになりながら戻って行ったのは記憶に新しい。
そして現在。
私たちは温泉に浸かっていた。
……えっ? 私の性別? 男ですがなにか?
だぁぁがしかぁぁしっ!
私は今本格的な男の娘なのだ! 絵的にはなんの問題もないのである! 外の世界でバレたら速攻サツ行きだけど。
一応タオルは全員巻いてるので許してちょうだい。
「というか、なんであんたまで入ってるのよ?」
「この屋敷広さの割に温泉はここしかないんだよねぇ。シャワーとかだったらあるけど」
「じゃあそっち使いなさいよ」
「ここは私の屋敷ですぞ? 横暴せずしてなにが家主か!?」
「……貴方が言ってることたまに理解できないときがあるわ」
「それはカルシウムが足りないからだよ。牛乳飲まなきゃ」
「それで伸びるのは身長でしょうが! というかそれは成長期とっくに超えた私をおちょくってるの!?」
「なに言ってるの? 当たり前じゃん」
「じょぉぉとぉぉだワレェェ! 表出ろやぁ!」
とまあこんな風に、私たちは相変わらずドタバタな関係が続いている。
でも、正直全盛期のころよりはいい関係だと思う。おそらくだけどルーミアも私と同じように思考が幼児退行しているのだろう。本人は気づいてないみたいだけどね。
さて、私とルーミアの混浴。実はもう一つ問題点がある。
それは、この温泉に浸かってるのが
「まあまあ楼夢。そんなガキはほっといて、私と一緒に遊びましょ?」
「あらあら、若返ったのが羨ましいのかしら? これだからオバさんはやねぇ……」
「ガキにまで戻るなんてごめんよ。そんな体じゃ貴方のご主人様を堕とすことなんて夢のまた夢ね」
「そんな貴方こそ、オバさんじゃそこの楼夢は堕とせないわよ。オ、バ、さ、んじゃね?」
「……」
「……」
お、おう……。
あかんわこれ。一触即発の雰囲気やわ。
見ての通り、この温泉に浸かってたもう一人は紫だった。
どうやらこの二人、どこかで戦ったことがあるらしく、相当仲が悪い。
「そもそも貴方がそんな姿なのは私が勝ったからなのよ? 負け犬は大人しく負けを認めなさい」
「三対一で囲んできたくせによくも自分の手柄扱いできるわね? あのとき一緒にいた巫女がいなければ、死んでたのは貴方じゃない」
「あらあら?」
「あっ?」
やめて! 仲良くしてぇ!
私はお湯に顔を半分以上沈めると、ゆっくりと外に出ようとする。
退かぬ、媚びぬ、省みぬの精神でやってる私もこのときばかりは逃げさせてもらおう。だって怖いもん。
だが、反対側の端までたどり着いた私の肩を何かが掴んだ。振り返ってみると、スキマから飛び出た紫の手が。
……あ、詰んだ。
「あら、楼夢。まだのぼせるのは早いんじゃないかしら?」
「いやぁ、私はもう十分浸かったし……」
「まだ早いわよね?」
「……ハイ、まだ浸かってます」
結局、その後も二人の口論は続いた。
私がようやく出れたのは、あれから一時間後だった。
そのとき、私は誓った。
(もう二度とあいつらと風呂なんぞ入るもんか!?)
自分から入って来て難だけど、このときばかりはこう叫んでも仕方ないと思う。
♦︎
深夜。丑三つ時ごろ。
私たちは屋敷の屋根に座って、月見酒と洒落込んでいた。
「ふむ、
そう呟いて、盃の酒に映った月を飲み込むように、酒を飲む。
隣には紫とルーミア。彼女たちも風流というのをわかっているので、このときばかりは黙っていた。
「そうね……横の真っ黒クロスケがいなければだけど」
「そうね……横の紫ババアがいなければだけど」
宣言撤回。
やっぱこいつらダメだわ。
私が頭を抱えていると、また口論が始まったようだ。
でも今は深夜。娘たちも眠ってるんだし、ちょっと静かにしてもらおうかな?
というわけで一瞬だけ殺気を開放。妖力とは関係のない、ただただ恐ろしい圧を持ったそれは、未だ争い続ける二人を完全に押し潰した。
「……今は静かにしてもらいたいな。娘たちが起きたら大変だし」
「わ、悪かったわ楼夢……っ」
「ふん、相変わらず性根は変わらないようね……っ」
紫はすぐさま謝罪し、ルーミアはただ悪態をつくだけだった。
でも、強がっちゃいるけど額の汗は騙せてないよ。
まあ無理はないんだけど。世界最強の殺気をその身に受けて気絶しない存在が、果たして世界に何人いるだろうか。
少なくとも大妖怪程度の実力がないと立ってはいられないだろう。
実際、この殺気って雑魚妖怪に襲われたときに使うとメッチャ便利。
まあ、効果は大小あるけど誰にでも効く殺虫スプレーって感じかな? ただ、物理的な威力は皆無だから、調子に乗ると最悪正体バレる上にやられちゃうんだけど。
「さて、紫。なんか言いにここに来たんじゃないの?」
「……気づいてたのね」
「そりゃ当然。なんとなくでわかったわ」
もちろん嘘です。
紫は今日みたいにゆっくりのんびり本題を延ばし過ぎるせいでなに考えてんのかわからないときがある。でもそういうときは、カマをかけると90パーセントぐらいの確率でかかるから推測しやすい。
紫はため息をつくと、真面目な顔で私に向き合った。
「まず一つ。弾幕ごっこのルールを破ったでしょ?」
「あちゃー、やっぱバレてたか。でもまあ言い訳させてもらえるとすると、仕方なかったんだよ。あの方法以外でフランを止める方法はなかった」
「私を呼んでくれればよかった」
「……呼べたと思うか? それは私の誇りに泥を塗ることになる」
ちょっと強めに紫に言ってやった。
紫はわかってるはずだ。私たちはそういう生物なのだということを。
強欲、傲慢で体はできている。
長き道を歩みて、泥を落とすことは許されず。
孤独の空で刃を研ぎ。
果てまで己の心を貫くのみ。
そこに意味もなく、理由もいらない。
ただ、廃れることは許されない。
なればこそ、私たちは腐敗の刃でできている。
それこそが私たち『伝説の大妖怪』。
「……反省はしない。でもまあペナルティぐらいは受けてあげるよ」
「じゃあ私とデートに……」
「それは妖怪の賢者として関係があることかな?」
「ぐむむ……っ。……はぁっ、なら紅魔の主の妹が二度と暴走しないように調教してほしいわ」
「りょーかい。それとフランは犬猫じゃないんだから、調教じゃなくて育成ね。そこは直してもらわなきゃ」
「わかったわ。それを引き受けてくれるなら、私から言うことはもうなにもないわ」
そう言って紫はスキマを開き、その中に入ろうとする。
しかしゆかりん、一つ忘れてないか?
「二つ目の要件はどこ行ったよ? 一つ目って言うんだから、当然次がなくちゃおかしいでしょ」
「……そうね。じゃあ二つ目。幻想郷では異変解決後に宴会をするのが風習なのよ。というわけで、よければ博麗神社にも今度寄ってくといいわ」
あ、こいつ忘れてたな……。
それよりも宴会か。霊夢も魔理沙も来てるだろうし、行ってみますかね。
その言葉が本当に最後となり、紫は自分の家に帰っていった。
そしてここにも帰ろうとする者が一人。
「それじゃあ、私も帰るわね」
「どこに帰るのよ?」
「どこでもいいのよ。私は旅する闇の妖怪なのだから」
そのフレーズは初めて聞いたとは言わないでおこう。
そう言って、ルーミアは闇夜とともに消えていった。バニシング・シャドウでも使ったのだろう。
誰もいなくなった屋根から降りて、私は自室へ向かう。
そしてベッドに入って目を閉じ、眠りに落ちた。
こうして、私の初めての異変は幕を閉じた。