東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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白咲家長女、出陣す

 

 

「……なあ霊夢」

「なによ、魔理沙」

「そろそろ異変解決に向かおうぜ?」

「……いやよ」

 

  そう言って霊夢はコタツに顔ごと潜り込む。

  この季節外れな大雪は博麗神社にも降っていた。

  しかし霊夢は動かない。否、冬に寒さのせいで動けないのだ。

  猫のようにコタツの中で丸まる彼女に、魔理沙は呆れたと言うように声を荒げた。

 

「もうそんなこと言って卯月(四月)だぞ!? これは明らかにおかしい、異変だ!」

「ただ雪が続いてるだけでしょ? そのうちすぐに収まるわよ」

「ああもう! さっきからそれの繰り返しじゃないか!」

 

  魔理沙は障子を勢いよく開けると、箒の柄をグッと握りしめる。外から寒気が吹き込んでくるが、お構いなしだ。

 

「もういい! 私一人でこの異変を解決してやる!」

「あら、それはちょっと無謀なんじゃないかしら?」

「わっ!?」

 

  不意に、魔理沙の横から聞き慣れた声がかかった。

  横を向いてみると、なんとそこには紅魔館のメイドである咲夜の姿が。

  急に現れたことで大声を上げてしまったが、それが咲夜にとっては面白かったらしく、クスクスと笑われてしまう。

 

「ふふ、普段勇ましい貴方でも可愛いらしい声を上げるのね」

「うっ、うるさい! だいたい時止めて急に出てくるなんて非常識だぜ!」

「……うちの図書館の本をよく強奪しているあなたから常識なんて言葉が聞けるとはね」

「盗んでないぜ、死ぬまで借りるだけだ!」

「……この幻想郷に果たして常識という文字は存在するのかしら?」

 

  悪気もなく自分の犯行を正当化する目の前の魔法使いに、今度は咲夜が呆れてしまった。

  と、そんなコントじみた話をしていると、気だるそうな音程でコタツから声が聞こえて来た。

 

「ちょっと、早く障子を閉めてちょうだい。さっきから風が入ってきて寒いのよ」

 

  その言葉に従い、咲夜は部屋に入ると障子を閉めた。ちゃっかり先ほどまで一人で行く気満々だった魔理沙も部屋に入っていることから、先ほどの言動は一時期の感情によるものだったのであろう。

 

  二人が部屋に入っても、霊夢は何も反応を起こさない。相変わらずコタツの中で丸まって温まるのみである。

  それを見かねた魔理沙が再び怒鳴ろうとするが、それを咲夜が手で制した。そして落ち着いた口調で、霊夢に語りかける。

 

「ねえ霊夢。この雪は私の推測だとおそらく皐月(五月)までは必ず続くと思うわ」

「……それが何よ? 私は雪が収まるまでここに籠るのみよ」

「でも、果たしてそのコタツの燃料がそれまで持つのかしら?」

「……」

 

  霊夢からの返事はない。ただ、咲夜がそう問いかけた時、コタツが一瞬ピクリと動いたのを、彼女は見逃さなかった。

  図星ね。

  そう判断し、咲夜は話を続ける。

 

「いったいどれくらいの燃料を楼夢がくれたのかは知らないわ。それでも一日中コタツを使って、この冬を乗り越えることは不可能よ」

「……ああもうわかったわよ! 出りゃいいんでしょ出りゃ!?」

 

  痛い事実を突かれたことで、半ばヤケクソになって霊夢がコタツから飛び出してきた。

  これでいいんでしょ、と咲夜が魔理沙に向かってウィンクする。その彼女の巧みな手腕に魔理沙は賞賛の言葉をかけた。

 

「すげぇぜ。どうやったらあんな風にできるってんだ?」

「博麗神社が貧乏なんてこと周知の事実でしょ? 後はそこから冷静になって答えを導いていけば誰でもできるわよ」

「うーん、そういうもんなのか?」

「そういうものよ。あなたも魔法使いならもうちょっと感情を落ち着かせる術でも学んでみたら?」

「ぜ、善処するぜ……」

 

  魔理沙は難しく考えることが何よりも苦手だ。相手が嫌な言葉をかけてきたとしても、どうしてそんな言葉をかけられたのか考えるよりも直接突っかかってしまうというタイプだ。

  当然そんなタイプは感情を抑えるのが苦手だ。魔理沙は自分でもちょっと自覚していた痛い部分を霊夢同様に突かれ、乾いた笑みを浮かべた。

 

「そこ、さっさと行くわよ。私は暇じゃないんだから」

「けっ、さっきまでコタツにこもってたのはどこの誰だって話だぜ」

「あいにくと私、過去のことは振り返らない主義なの」

 

  魔理沙の皮肉をひょうひょうと受け流すと、二人を置いて一足早く霊夢は空へと飛び立つ。

  まったく……、と呟くと、魔理沙は箒に乗って、咲夜とともに白銀の空に浮かぶその後ろ姿を追うのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……まったく、なんで私がこんなことを……」

 

  降り注ぐ雪を引き裂くように飛行しながら、美夜は一人そう愚痴る。

 

  思い返すのはつい数十分前の出来事。最近出来たご近所夫婦(正確にはまだ結婚はしていない)である火神夜とルーミアの対応に追われていたところ、急に父である楼夢から電話が来たのだ。

  内容は『今起きている異変を解決してこい』という単純かつ非常に面倒くさいもの。そもそも、博麗の巫女がいるのになぜ自分まで駆り出されなければならないのか、美夜には理解できなかった。

 

  でもまあ、理由など何もないのだろう。思考が幼くなった楼夢は自分が楽しむためなら誰でも利用するという、妖怪の本能を正しく表したような存在へと成り果てていた。

  大人状態の時は仁義に厚く、武芸者の鑑……とまでは言えないものの、尊敬するに値する、悪く言えば妖怪らしくない印象が強かったのだが、そんな父でもこのような時代があったかと思うと、初めから完璧な存在などないのだな、と改めて感じさせてくれた。

 

「とはいえ、まずはどこへ行ったら……」

 

  一応のため、楼夢が知る限りの情報を美夜は既に得ていた。とはいえ、その情報は少なく、単に桜の花弁を追うだけでは元凶までに辿り着くのに相当な時間がかかりそうだった。

 

  どうするかと悩んでいるその時、前方で弾幕が弾け飛ぶ激しい音が聞こえてきた。

  霧で見えにくかったが、よく見ればフリル付きの紅白の装束に身を包んだ巫女が、雪女らしき妖怪と弾幕ごっこを繰り広げていた。

  あの異常発生している白い霧はあの雪女の能力のせいだろう。

  とはいえ、その戦況は圧倒的に紅白の巫女が有利で、軽やかな動きで弾幕を避けつつ、正確無比にお札型の弾幕を発射している。

 

  ……あれがおそらくは博麗の巫女『博麗霊夢』だろう。なるほど、彼女からは美夜に匹敵するほどの力を感じる。

  いずれあの弾幕ごっこの決着は霊夢の勝利で終わるだろう。相手が悪かったと泣きべそをかきながら必死に逃げ回っている雪女に合掌する。

 

  さて、そんなことよりも今後はどうしようか。博麗の巫女が動き出したのであれば美夜が動かなくてもどうにかなりそうなのだが、あの父のことだしどうせどこかで監視かなにかをしているのであろう。なので美夜は異変が終わるまで隠れるという手段は使えない。

  だが、このペースでいけば間違いなく三日はかかる。

 

  その時、美夜はあることを思いつく。

  そうだ、それなら異変解決のベテランと協力するのはどうだろうか。

  幸い目の前にはその道のプロがいる。彼女に自分が怪しいものではないことを明かせば、もしかしたら元凶のところまで楽にたどり着けるかもしれない。

 

  そう考えた美夜は霊夢がいる方向へ急加速して向かっていった。

  だが、正直言ってこの時は迂闊だったとは言わざるを得ない。

  遠くからは霧で見えにくかったので、彼女は霊夢に同伴者がいる可能性を考えていなかった。

  当然、遠くから妖怪が急に迫って来たら誰でも身構えてしまうだろう。しかもその同伴者のうちの一人は……。

 

「あなたは……白咲の黒九尾っ!?」

「そういうあなたは紅魔のメイドじゃないですか」

「なんだなんだ? 知り合いか、咲夜?」

 

  なんでこんなところに出会いたくない組織の人間がいるんだ!? と美夜は自分の運命に叫びたくなった。

  当然だが、白咲家は吸血鬼異変の時に目の前のメイドを含めての紅魔館の敵幹部三人を無力化しており、その仲は今になっても険悪である。

  とはいえ、あの異変の後積極的に紅魔館と接触していないため、あの時のイメージがそのまま保たれているというのは仕方のないことなのだが。

 

  それを知らないであろうとなりの金髪少女は、美夜に激しい目線を向けている咲夜に二人の関係性を聞いて来た。

  しかし咲夜は答えない。無言でナイフを抜くと、美夜への殺気を高めていく。

 

  一触即発の空気。しかしそこに、遅れてやって来る影があった。

 

「あんたたち、そこで何やってるのよ?」

 

  ふわりと咲夜と魔理沙の近くに降り立つ紅白の色。

  霊夢だ。彼女は美夜を一瞥すると、珍しく喧嘩腰になっている咲夜へと問いかける。

 

「で、あれは誰よ? あなたの知り合いなんだったらあなた自身で解決してちょうだいね」

「ああ、ちょうどよかった。失礼します博麗の巫女、私は——」

「よかったわね霊夢。この異変の首謀者候補の一人に出会えたわよ」

 

  ……はい?

  え、ちょまっ、どうしてそうなった!?

 

  咲夜は一応美夜に美鈴を倒された恨むを持っているようだが、彼女の目は嘘を言っているようには見えなかった。

  もちろん美夜はこの異変の首謀者などでは断じてない。そもそも美夜はこの異変を解決しに来ているのだ。もし美夜が本当に犯人だったのなら、自分が起こした異変を自分で解決しようとしていることとなる。

 

  咲夜たちは美夜がここに何をしに来ているかは知らなかったとはいえ、明らかな矛盾。

  しかし、次の咲夜の言葉に美夜は何も言い返せなかった。

 

「幻想郷縁起でも書かれてるけど、こいつの名前は白咲美夜。あの有名な白咲三神の一人よ。そして能力は【天候を操る程度の能力】。実際吸血鬼異変の時にも天気雨を降らせていたらしいし、この時期に吹雪を起こすことも可能なはずだわ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! そもそも私は……」

「……確かに、伝説の九尾の狐なら可能性はあるわね。ここまでの吹雪を起こすことなんて、大妖怪最上位がそんな能力を持ってたら造作もないことだろうし」

 

  幻想郷縁起とは、人里の稗田家が執筆する妖怪図鑑のようなものである。中には様々な妖怪のわかっている限りの能力や危険度などが書かれている。

  そして美夜は幻想郷に来たばっかりのころ、その幻想郷縁起のインタビューを受けたことがあった。

  あの時は神社の宣伝のため必要だったとはいえ、まさかここでそれが裏目にでるとは。

  これ以上弁解しようとしたところで、相手には言い訳のように見えてしまうだろう。予想外の方向からの攻撃に反論することができず、美夜は悔しげに口をつぐんだ。

 

「というわけでそこの妖怪。さっき墜落してった容疑者その一のようになりたくなきゃ、さっさと白状しなさい」

「いやですから違いますって!」

「即否定……実に犯人がしそうなことだわ。ま、妖怪の一人や二人間違ってぶっ倒しても事故で済むし、その弁解は後で聞くことにするわね」

「り、理不尽すぎる……」

 

  どんだけ横暴なんだこの巫女は……。

  霊夢はお札とお祓い棒を構え、戦闘態勢に入る。

  ここまで来るともう腹をくくるしかないと、美夜は刀の柄に手を当てる。だが、それが抜かれる前に、咲夜が霊夢の前に立ちはだかった。

 

「待ちなさい霊夢。この勝負、私に預からせてもらえないかしら?」

「……私としては面倒ごとが減るならそれでいいわ」

 

  そう言うと構えを解き、霊夢はあっさりと引いた。

  た、助かった……。

  情報通りならこの巫女、あらゆる物理攻撃を無効化する力を持っているらしい。剣術しかできない美夜にとってそんな相手は相性最悪に近い。なので美夜は密かにホッと安堵のため息を吐いた。

  しかし目の前のメイドがナイフをその手に握ったのを見て、彼女は表情を引き締める。そして今度こそ柄を握ると、ゆっくりと黒い長刀を引き抜いた。

 

「……一つ聞きます。あなたが今武器を握るのは白咲家への復讐のためですか?」

「……そんな大層なものじゃないわ。これはただの八つ当たり。家族を傷つけられた、ね」

 

  幼きころのあの日、咲夜は腹部を一文字に切り裂かれて血の海に沈んでいた美鈴を見たことがある。

  戦争はそういうもの。門番である彼女にとって、あそこで起きたことは必然だったのかもしれない。

  ただ、それで納得できるほど咲夜の家族愛は冷めてはいない。

  愛。そう愛だ。復讐心ではなく、家族愛のため、咲夜は今ここにいる。

 

「それを聞いて安心しましたよ。……復讐心に駆られた相手ほど、切るのにつまらない相手はいないですからね」

 

  その剣客としての本音をつぶやいた後、美夜から膨大な妖力の奔流が流れ出てきた。

  身の毛もよだつ寒気が、咲夜を襲う。だが覚悟を決めた体は、自然とそんな寒気を打ち消していた。

 

「紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。この決闘の勝者の名前よ」

「白咲家長女、白咲美夜、参る!」

 

  そして白銀の空の上、膨大な霊力と妖力がぶつかり合った。


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