東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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人形アリス

 

 

  迫り来る弾幕を避ける、避ける。

  かすりすらしない。魔理沙は暴走車のような荒々しい速度で弾幕の海へと自ら突っ込むと、見事な機動力で弾幕を避け、貫通レーザーを複数放つ。

 

「……くっ」

 

  アリスは苦々しい顔で未だ余裕に飛び回る魔理沙を睨みつける。

 

  戦況は、魔理沙が優勢だった。

 

 

  —–—–蒼符【博愛の仏蘭西人形】。

 

  フランス国旗を表すかのように青、白、赤へと弾幕の色が変わる。そしてその度に何倍にも増えた弾幕が魔理沙を襲っていた。

 

  しかし、当たらない。

  代わりにと凄まじい速度のレーザーがまた一人とアリスの周りに浮く人形を貫き、破壊した。

  それと同時にスペルカードの制限時間が終了し、空に浮かぶカラフルな弾幕はかき消える。

 

  確かに、アリスは魔理沙よりも実力は上だろう。しかし彼女は弾幕ごっこにおいて、実力差が決して勝敗に関わるわけではないということを失念していた。

  ズバリ、アリスと魔理沙の間にあるものは相性の問題だった。

 

「っ……人形たち!」

「させないぜ!」

 

  アリスの戦闘方法は人形頼みだ。彼女の人形は攻撃の砲台としても、時に盾としても使うことができる。

  だが、魔理沙が相手の場合、それは無意味と化す。高密度レーザーは人形をたやすく貫通し、星型の弾幕に当たれば爆発が複数の人形を巻き込む。

  つまり、人形が盾として機能しなくなるのだ。

  そしてアリスは人形がなければ攻撃も薄くなる。それはつまり、魔理沙に弾幕を当てることは限りなく不可能になることを示していた。

 

「ならこれはどうかしら? —–白符【白亜の露西亜人形】」

 

  アリスはそう宣言すると、指をパチンと鳴らす。すると広範囲に数十ものロシア人形が出現した。

 

「へっ、また人形か! どうやら全然学習してないみたいだな!」

 

  人形たちからは弾幕が放たれているが、魔理沙は先ほどと同じようにそれらをかいくぐると、一番近くの人形にレーザーを放った。

  しかしその時、アリスの口角が僅かに釣り上がる。

 

「引っかかったわね」

「何を……ぐがッ!?」

 

  問いかけるよりも早く、魔理沙のレーザーが人形を串刺しにする。すると貫いたはずのロシア人形が爆発して、中から弾幕が飛び出してきたのだ。

  油断していた魔理沙はあっさりとそれに巻き込まれ、吹き飛ばされる。

 

  これで魔理沙の残機は残り一となった。

  そしてまだアリスのロシア人形は数十秒は続くだろう。

  ここで使わなくていつ使う。魔理沙は決心すると、この状況を打破できるであろう一枚目のスペカを空へと放り投げた。

 

「だったらこいつだ! 魔符【スターダストレヴァリエ】!」

 

  魔理沙の周りに複数の魔法陣が展開される。それらは勝手に動き出し、空間中を駆け巡りながら、細かい星型弾幕を大量に吐き出した。

  それらがロシア人形とぶつかり、爆発していく。

  ロシア人形が威力に関係なく、何かにぶつかった瞬間に爆発することを魔理沙は今までの経験から培った観察眼で見抜いていた。

  そこで、対策として使ったのが【スターダストレヴァリエ】だ。これは密度をある程度落とす代わりに弾幕の数がとても多い。それこそ、アリスと魔理沙の近くの空間を埋め尽くせるほどに。

 

  次々と無力化されていくロシア人形。そして制限時間が訪れ、それらは光の粒子となって消え去った。

  と同時にアリスは新たに出現させた人形たちに弾幕の雨を防ぐための盾となることを命令した。

  【スターダストレヴァリエ】は密度が薄い分威力はない。彼女は魔理沙のスペカが終わるまで亀のように守る選択肢に入ったのだ。

  少なくともこのスペカ中は高密度レーザーを出すことはできない。スペカが終わっても、また切り替えて回避に努めればいい。

 

  しかし、この手の駆け引きは魔理沙の方が上手だった。制限時間残り数秒というところでアリスの元へ一直線に突き進む。

 

  弾幕ごっこにおいて、相手が一瞬気が抜ける瞬間がある。それがスペカ終了直後の時だ。

  魔理沙はそれを熟知している。なぜなら彼女は誰よりも努力家だから。

  アリスはそれに気づいたようだがもう遅い。

  そしてスペカが終わると同時に近距離から放たれた高密度レーザーが、人形の壁を貫き奥のアリスに直撃した。

 

「か、はっ……!」

 

  肺から空気を吐き出す。レーザーが当たった場所はその熱量により火傷しており、決して小さくない青アザが服が破けて露出していた。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

  肩で息をするアリス。

  まさか自分が未熟な魔法使いにここまで追い詰められるとは……!

  人形のような彼女の顔にようやく焦燥が浮かび上がる。それを見て、魔理沙は小さく笑った。

 

「ヘヘっ、ようやく人間っぽさが出てきたみたいだな」

「……何が言いたいのかしら? 私が人間ではないことはあなたが一番よく知っているはずよ」

「違う違う、そういう意味じゃないんだぜ。さっきまでは無表情だったから生き物らしが感じられなかったけど、その顔を見る限りちゃんと感情はあるみたいなんだって思っただけだぜ」

「……余計なお世話よっ!」

 

  らしくもなく感情に流されて、アリスは反射的に一枚のカードを取り出していた。

  なぜこんなに冷静さを欠いているのかは彼女にもわからない。魔理沙の言葉にムカついたから? それとも自分の魔女としてのプライドが彼女に押されているのが許せないから?

  まとまらない考えを払拭するように、アリスは勢いよくスペカを掲げた。

 

「咒符【首吊り蓬莱人形】ッ!!」

 

  カラフルな色の弾幕が、アリス自身や人形たちによって繰り出される。数や軌道からして彼女の奥の手なのは明らかだろう。

  それをかい潜りながら、魔理沙は夜の空を満遍なく動き回り、弾幕が薄くなる瞬間を待ち続けた。

 

「逃げても無駄よ! 人形たち、魔理沙を狙いなさい!」

 

  そうアリスが命令した途端、小弾幕を作り続ける人形たちの照準が魔理沙をロックオンした。そして逃げ回る魔理沙へ合わせて弾幕が放たれる。

 

  しかしそんな時でも魔理沙の目は冷静だった。

 

(……弾幕の種類は小と中の二種類だけ。そのうち小弾は周りに浮かんだ人形が自機狙いで、中弾はアリス自身が放っている。だったら—–—–)

 

  魔理沙はアリスから見て斜めの位置に立つと、なんとそこで動くのをやめた。

  困惑するアリスとは裏腹に、スペルカードは止まらない。

  迫り来る小弾幕。それを最小限の動きだけで避けていく。その度に弾幕が服にかすって黒い焦げができていく。

 

  そんな時間が十秒ほど続いた。

  頃合いだ。魔理沙はそう心の中で呟くと、急に加速して真正面からアリスに突っ込んだ。

  普通だったら壁のように展開されている弾幕にそれは阻止されてしまうだろう。しかしこの時だけ、その壁は存在しなかった。

 

「し、しまった!」

 

  誘導というテクニックがある。

  自機狙いの弾幕をわざと端っこで避けることによってサイドに弾幕を集め、逆に中央の弾幕を薄くさせるよう誘導する。

  これらは簡単にできることではない。弾幕を集めるためには最低限の動きだけでそれらを避けなければならないし、そうなると必然的に被弾率は高まる。

  全ては魔理沙の経験と努力。それらによって、この作戦は成り立つのだ。

 

  がら空きのアリスへ、魔理沙はミニ八卦炉を構えながらスペカを掲げる。そして止めの一撃を宣言した。

 

「恋符【マスタースパーク】!!」

 

  煌めくミニ八卦炉から放たれたのは、七色の極大閃光。

  巨大な流れ星にも見えるそれは、視界に残っていたなけなしの弾幕全てを薙ぎ払いながら—–—–アリスを呑み込んだ。

 

  そして光が収まり、アリスは逆さになって空から落下していく—–—–前に、魔理沙によって抱き留められた。

 

「ぐっ……なんの、真似かしら……っ?」

「……さっきお前が言った通り、私が魔女について詳しくないわけないだろ」

 

  魔女は確かに妖怪の一種だが、肉体の強度は人間並しかない。もしあの時逆さのまま地面に落ちていたら、いくら魔力で強化していても首の骨が折れたりして大怪我、最悪死んでいただろう。

 

「勝った相手に死なれちゃこっちが目覚めが悪いってもんだぜ。……それに、お前との弾幕ごっこも中々楽しかったしな」

「たの、しい……?」

 

  アリスは困惑の言葉を出す。

  それに魔理沙は頷くと、満面の笑顔をその顔に浮かべた。

 

「ああ。勝ったら嬉しくて、負けたら超悔しくて……でも戦ってる時だけはそんなの関係なしに楽しくなる。それが弾幕ごっこだぜ!」

 

  そんな臭いセリフに照れたのか、若干顔が赤くなっている魔理沙の顔を見つめる。

  明るい……まるで、太陽のような暖かさを感じさせてくれる。

 

「お前、最初弾幕放ってる時はずっとつまらない顔してたからよ。でも一発食らって悔しそうに顔を歪めた時は安心したぜ」

「……なぜかしら?」

「だって悔しいって思ってるんだったら、それだけ弾幕ごっこに集中していたってことだろ? それはつまりさ、弾幕ごっこを心から楽しんでるって証拠にならないか?」

 

  言われて見て気づく。

  あの時冷静さを欠いたのは、もしかして悔しかったからではないだろうか。じゃあそこまで熱中していた理由は?

  ……決まってる。楽しかったからだ。

 

  思えば、アリスはこれまで弾幕ごっこで強敵というのに出会ったことはなかった。知り合いもいないし、普段は家にこもっているため、戦う相手はいつも木っ端妖怪や妖精のみ。

  しかし魔理沙と戦って、心が湧き踊るような感覚を得た。

  自覚した今ならわかる。これが—–—–

 

「なあアリス。私との弾幕ごっこは楽しかったか?」

「……ええ」

 

  —–—–『楽しい』ってことなんだ。

 

  アリスは己の中で揺れ動くものの正体を突き止めると、満足気に魔理沙の腕の中で瞳を閉じるのであった。

 

 

  ♦︎

 

 

「……んで、なんであんたは春度を集めていたわけ?」

 

  手に持つお祓い棒で肩をトントンと叩きながら、霊夢がそう質問する。

  いや、これはもはや尋問だ。少なくともヤクザがバット片手に相手にといただす姿は、決して質問とは呼べない。

  おまけに被害者であるはずのアリスはわざわざ地面に降りて正座させられている始末だ。流石に可哀想だとは思うのだが、止めたりなどしたら絶対にトバッチリが美夜にも来てしまうので黙っていることしかできない。美夜だって自分の身の方が大切なのだから。

 

  そんな中、アリスは表情も変えずに淡々と事実を述べた。

 

「春度は集めれば集めるほどその場が春に近づくのは知ってるわよね?」

「ええ、そこの黒九尾から聞いたわ」

「この長い冬で燃料が切れそうなのよ。だから家の中に春度を集めてそこだけ春にしようとしただけよ」

 

  なるほど……そんな使い道があったのか。

  確かに家の中を春にすれば必然的に暖かくなり、燃料が節約できる。非常に合理的だ。

  もっとも白咲家には燃料代わりの清音がいるから大丈夫なのだが。

 

「……その手があったわね」

「何急いで帰ろうとしているのよ。ここまで来たんだから解決するまでやるわよ」

 

  すぐさま踵を返した霊夢の首根っこを咲夜が掴む。

  ここまで来てそれはないだろう。と美夜は心の中でツッコミを入れる。

  霊夢はその後「冗談よ、冗談」と言っていたが、誰かが止めてなかったら確実に帰ってたと思う。

 

  しかし、情報がもうないのも事実だ。

  このままだと当初の予定通り、魔理沙の家に泊まることとなる。しかし美夜としてはそれは避けたかった。

  なぜなら、後から霊夢に聞いたのだが魔理沙の家はゴミ屋敷と言っても過言ではないほど汚いらしく、掃除しなければ横にもなれないそうだ。

  美夜も咲夜も掃除は得意だが、決して好きというわけではない。ましてやこれから向かうのは数年以上掃除されていない家だ。掃除が得意だからこそ、埃などが酷いことは容易に想像できるし、魔法の森の中にあるということもあって環境はあまりいいとは言えないだろう。

 

「なあアリス。春度を集めてたお前ならこれがどこから来てるか知ってるんじゃないか?」

「そうね、あえて言うなら……空からかしら」

「そこはもう散々探し回ったぜ」

「ならさらにその上を探してみたらどうかしら?」

 

  わかりにくい言い回しだが、魔理沙以外は彼女の言いたいことはわかったようだ。

 

「……雲の上、ね。確かに探してみる価値はあるわ」

 

  トンッと地面を蹴って、霊夢は一人で空へと飛び立つ。

 

「あ、おい待てよ霊夢!」

「早くしなさいあなたたち! それとも魔理沙の家で野宿したいわけ?」

 

  家なのに野宿とはこれいかに。

  だが霊夢の言うことはごもっともだ。

  美夜と咲夜は後に続くように地上から離れる。そして一つ遅れて魔理沙が追いかけようと箒に乗ったところで、ふとアリスから制止の声がかかる。

 

「待ちなさい、魔理沙。これを……」

 

  アリスはそう言うと、ポケットに入りそうなサイズの手作りらしき人形を魔理沙へと渡した。

  疑問を浮かべながら首をかしげる魔理沙。

 

「……? なんなんだぜ、これ?」

「御守りよ。ありがたく受け取りなさい」

「上から目線かよ……。でもまあサンキューな、アリス」

  「ふん、礼なんていらないわ。それよりも、さっさと追いかけないと遅れるわよ?」

「げっ、そうだった!」

 

  すっかり失念していたのか、慌てて今度こそ魔理沙は空へと飛び立った。

  その後ろ姿を眺めながら、

 

「……頑張りなさいよ、魔理沙」

 

  誰にも聞こえないほど小さな声で、アリスはそう呟いた。

 

 







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