東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
黒い海を渡っていく。
もはや前がどうなっているのかすらわからない。辛うじて全員の位置は把握できるが、ただそれだけだ。
そんな中を美夜たちは飛ぶ。
現在、彼女たちは雲の海の中にいた。
しかし真夜中、しかも猛吹雪ということもあり視界は最悪。なんとか全員が出来る限り近くに寄ることでお互いを認識している。
流石にここまで吹雪いてくると、いくら妖怪の美夜でも寒さを感じ始めてきた。その証拠に自慢の九本の尻尾は全てがピンと逆立っており、カチコチに固まって動かない。振り回せば武器に使えそうなほどである。
当然美夜がそんな状態なら周りはそれ以上なわけで、魔理沙はともかく霊夢や咲夜までもが、見ればわかるほどに顔を大きく歪めていた。
流石に人間がこの極寒の中に長時間いるのはまずい。早くここから脱出しなくては。
ひとまず美夜は
「……これはなんだぜ?」
「ホッカイロです。流石にこの寒さだと気休めにしかならないかもしれませんが、よかったらどうぞ」
すでに暖かくなっているホッカイロを魔理沙は物珍しそうにマジマジと見つめる。
「へぇ……もしかしてこれって外の世界の道具なのか?」
「ええそうです。とは言ってもそれは使い捨てなので、そこまで大事にしなくても結構ですよ」
「ありがたく受け取っておくぜ。……でもさ、こんなものを複数持ってたんなら、もっと前から渡してくれてもよかったんじゃ……」
「……」
その鋭い指摘を受けて、美夜は露骨に視線をずらすと沈黙する。
それを見て全員は、本当は渡したくなかったんだなこいつ、となんとなく察した。
「それにしても寒いわね。手がかじかんでナイフが持てなくなっちゃうか心配だわ」
「そもそもメイド服にマフラーつけただけってのがおかしいのよ」
「……マフラーすらつけてないでいつもの格好でいるあなたに言われたくはないわよ」
しかし、霊夢に関しては本当に謎である。
なんせこの中の誰よりも薄布なのに、なんともなさそうな表情をしているのだから。
もちろん寒くないわけではない。よくよく見ると体が小刻みに震えているし、必死に我慢していることがわかる。……美夜としてはこの極寒を声に出さずに我慢できることすら驚きなのだが。
と、ふと全員は一斉に頭上を見上げた。
それはなぜか?
答えは簡単。若干ではあるが、明るい光が霊夢たちに差し込んできたからだ。
彼女らは互いに顔を見合わせ、何も言わずにこくんと頷く。もはや言葉すらも必要ないほど、この時の彼女たちは以心伝心の状態になっていた。
全員同時に急加速する。それにともない肌に当たる風もさらに強く冷たくなってくるが、必死にこらえて頭上の光目指して一直線に進んだ。
そして、雲の天蓋を突き破った。
途端に彼女たちの体を暖かい光が包み込む。
「ここは……?」
霊夢は年相応の仕草でキョロキョロと辺りを見渡す。
そこはまるで別世界だった。
下の世界にあった冷たい風はもう微塵も感じられない。それどころか逆に暖かい風が優しく彼女たちに吹いてきていた。
それに乗せられて、ピンク色の花弁———–春度が辺りを無数に舞っている。
「……おかしいですね」
戸惑いを隠せないまま、美夜はそう呟いた。
それが聞こえたのか、魔理沙は「なにがだ?」と質問する。
「突然ですが魔理沙、夏での地上と博麗神社ではどっちが涼しいと思いますか?」
「そりゃ博麗神社だろ。私なんて夏はしょっちゅう避暑地として使ってるぐらいだぜ」
「そう、本来はそのように地上から離れれば離れるほど、気温ってのは低くなるんですよ。ですがここではそれがあべこべになってしまっている」
空は太陽が近くて地上より暖かいと思われがちだが、実は数キロ程度近づいたところであまり太陽との距離は地上と変わりない。
なんせ地球と太陽の距離は約一億五千万キロも離れているから、たった数キロなど大して近づいてはいないのだ。富士山が四キロ未満ということから、どれだけ太陽が遠くにあるのかがわかるだろう。
ではなにが寒さと関係してくるかというと、空気だ。
空気は気圧が下がれば気温も下がる。中学生の頃に習った内容だろう。そして地球を覆う気圧である大気は、上空に行けば行くほど低くなる。
これが、上空が地上より寒い理由だ。
だがしかし、ここでは雲の上の方が下より暖かくなってしまっている。
なまじ外の世界である程度知識を得ていたため、美夜は余計に頭がこんがらがってしまった。
しかしそこで、咲夜の鋭い指摘が入る。
「それは外の世界での常識でしょ? でも忘れてるかもしれないけどここは幻想郷、非常識が集まる世界よ。ならこんなことが起きても不思議ではないと思うのだけど」
「……あっ」
言われてみればその通りだ。
かつて楼夢が言っていたが、幻想郷を覆う博麗大結界は『常識と非常識』を分ける効果がある。つまりは外の世界での非常識が、この世界での常識なのだ。
根本的な解決にはなっていないが、そんなことすら忘れていたのかと美夜は己を恥じる。まさか妖怪が常識に捉われるなど恥ずべきことだ。
とりあえず、科学で考えても仕方のないことはわかった。
しかしそれは原因究明にはならない。
なら、一体どうしてこんなことが起こっているのか?
霊夢はその原因に心当たりがあった。
「決まってるじゃない。ここの空を舞う無数の春度、それがここに春を呼び寄せてるのよ」
「春ですよー!」
美夜たちの視線が、若干ドヤ顔でこの謎を解いた霊夢から突如現れた真っ白い服の妖精へと移り変わる。
「……えーと、誰かこいつの知り合いだったりしないか?」
「知らない顔ね。少なくとも霧の湖にこんな妖精はいなかったはずよ」
「……もしかしてこの子、春告精なのでは?」
「春告精?」
聞き慣れない言葉に、魔理沙が眉を顰める。
春告精とは春にだけ主に現れる妖精のことだ。他の季節はどこでなにをしているか不明だが、春になるとどこからともなく現れ、弾幕をばら撒き始めることである意味有名になっている。
それを二人に説明すると、咲夜はともかく魔理沙までもが始めて聞いたような顔をしていた。
「というかある意味幻想郷の風物詩に等しい存在ですよ彼女は。それなのに魔理沙はなんで知らないんですか」
「……あー、そういえば私も何回か襲われたことがあったな。チルノほどインパクトがないから記憶にあんまり残らないんだぜ」
しょっちゅう妖精に絡まれる魔理沙にとって、妖精に襲われるなんて日常茶飯事なのだろう。
しかしインパクトがないなんて真正面から言われたせいで、春告精は頰を膨らませて不満ですという顔をする。
……あ、ちょっと可愛いかも。
と思ったら、突如暴走して笑顔で弾幕をばら撒き始めた。
「春ですよー! 春ですよー! 春……」
「うるさい!」
「春みょんっ!?」
満面の笑みを浮かべながらセリフを連呼していた春告精の顔面に、問答無用のドロップキックがぶち込まれた。
こんなことをするのは一人しかいない。恐る恐る、蹴りが飛び出した方を向いてみると……。
「あんたねぇ、よくも私の名推理を無視してくれたわね……!」
鬼だ。鬼がいた。鬼ヤクザ巫女、霊夢が。
どうやら春告精の子に話題を取られたことで怒っているらしい。理不尽だが、それを通してしまうのが霊夢クオリティ。
その後に強制的に弾幕ごっこを承諾させ、圧倒的虐殺が始まった。あまりの惨さに美夜どころか魔理沙や咲夜までもが顔を青くしてしまっている。
しまいには無抵抗になったところに夢想封印を全弾命中させる始末だ。春告精の象徴であった真っ白な服は焼け焦げ、黒い煙を出しながら彼女は落下していった。
「……さ、こんなところでグダグダしてる暇はないわ。さっさと行きましょ」
(話の切り替え方が強引すぎる……)
再びこちらを振り返った時、霊夢の顔は普段通りに戻っていた。いや、もしかしてストレス発散したせいかいつも以上に生き生きしてたかもしれない。
美夜たちは落ちていった春告精に向けて合掌。そして小さく、
「南無……」
「南無三……」
「南無だぜ……」
と呟くのであった。
♦︎
霊夢を先頭に、美夜たちは暖かい天空を飛び回っていた。
下と比べればここは天国なため、その動きは前よりも軽やかだ。不思議とこの暖かさで力が湧き上がってくるかのような感覚さえ、全員は覚えている。
「それで、今どこに向かってるのかしら霊夢?」
黙々と先頭を進み続ける霊夢に咲夜はそう問いかける。それでようやく彼女は動きを止め、咲夜の方へ振り返った。
「さっき気づいたんだけど、ここの春度はどれも東に向かっているのよ。だからそれを追えばこの異変の犯人がいると思ったんだけど」
「……言われてみれば、たしかにどれも方向が同じだわ」
「そして付け足すと、そこに黒幕がいるって私の勘が言ってるわ」
その言葉に、この暖かさでわずかに緩んでいた全員の顔が引き締まる。
霊夢の勘はほぼ百パーセント当たる。これが美夜を除いた二人の共通認識だった。
実際彼女の勘はすさまじく、やろうと思えば目をつぶってても弾幕ごっこに勝てるらしい。ただ、今回の異変解決のように、勘が訪れない場合があるので、必ずしも万能というわけではないらしいが。
そんな天啓にも等しい彼女の勘を頼りに進むこと約十分。全員の目に不可思議なものが映った。
「……なんだありゃ。巨大な門……?」
魔理沙の言葉通り、霊夢たちの目の前には自分たちの体がちっぽけに見えるほど巨大な門が佇んでいた。木製のように見えるが、それ全体を覆うように複雑で巨大な術式がかけられており、強引にこじ開けれそうにない。
「【マスタースパー……」
「やめときなさい。時間と労力の無駄よ」
とっさにドアノックの体勢に入った魔理沙の肩を咲夜が掴んで静止する。マスタースパークが直撃してもビクともしないということがわかっているからだ。
「……少なくとも、私の人生の中では見たこともないほど巨大な術式ね。いったいどこの誰がこんなものを作ったのよ」
美夜には一人、これほどの術式を作れそうな人物に心当たりがあった。
八雲紫。父の数少ない友人の一人。
一度見せてもらったことがあるのだが、彼女が扱う術式はすさまじく、楼夢と比べてもそこまで大差ないようにも見えた。
しかしまあ、今は関係ない話だ。
「ああもう、どうやったらここに入れるのよ!」
そう叫ぶが、答えるものはいない……はずだった。
「……」
「……」
「……」
ふと気配を察知して横を振り向く。そこにはそれぞれ黒、白、赤色の服で身を包んだ三人組の姿があった。
顔立ちが似ている辺り、三姉妹なのだろうか。
彼女たちは門をガンガンと足蹴にしている霊夢をじっと見つめたまま、沈黙している。
「……」
「……黙ってないで、誰か答えてくれないかしら?」
その言葉に、黒い服を着た女の子が前に出る。
「……やれやれ、わかったよ。それで? 何が聞きたいんだ?」
「……一つ目。ここの中はどうなっているのかしら?」
「ああ、そこの門の奥には冥界がある」
あっさりと出てきたシャレにならない返答に全員は目を見開く。
冥界。死者の国。生きているうちは関わりのないものだと思っていたものが、目の前の門の先に広がっているなんて誰が想像できようか。
「二つ目。この門の開け方は?」
「さあ? あいにくと私たちが作ったものではないからな」
「開けゴマ!」
「……魔理沙、それで開いたら苦労はしないわ」
魔法の言葉も、この門には通用しないようだ。当たり前だが。
しかし困った。と美夜は思う。
こんな結界を解ける人物なんて数えるほどしかいない。そのうちの一人である楼夢に直接解いてもらう、というのが一番手っ取り早いのだが、彼はこの異変に関わらないことを宣言している。果たして来てくれるかどうか……。
とりあえず美夜は電話をかけてみようとスマホを取り出す。
同時に、霊夢から三問目の質問が問いかけられた。
「三問目。あなたたちは何者かしら?」
「それは……」
「私たちはプリズムリバー三姉妹」
「そして騒音演奏隊ー。
黒い女の子の言葉を遮って、今度は上から順に白い服の女の子と赤い服の女の子が答えた。……とんでもない地雷付きで。
騒音演奏隊というのも気になるが、まずはこの言葉の真相を尋ねなくては。
「……やっぱり門の開け方知ってるじゃない」
「嘘はついてないさ。ただ私たちは門の開け方は知らなくても通り抜ける方法を知ってるだけ」
「どっちも同じことよ」
屁理屈に聞こえるが、一応事実なので強くは言えなかった。
やっぱり、そう簡単に情報をくれるわけではないか。しかし黒い女の子は無理でも他はガードが甘そうだ。
仕方ない……ここは師から伝授された切り札の出番だ。
美夜は懐からあるものを取り出すと、警戒されないように優しい声で赤い服の女の子に話しかけた。
「すいません、よければどうやってあの門を通り抜けているのか教えてくれませんか?」
「ダメー。ルナサお姉ちゃんに怒られちゃう」
「話してくれたらアメちゃんをあげますよ?」
「門の上にある穴を通れば簡単に中に入れるよー。話したんだからアメちょうだい」
「はい、どうぞ」
「わーい、ありがとー!」
これぞ秘技アメ落とし。
幼女キラーが編み出した究極の尋問法。ちなみにルーミアにやったらものすごく怒られたらしい。
情報通りに門の上を見てみると、たしかに空中に巨大な穴が空いていた。そしてそこに春度が吸い込まれているのを見て、あそこが冥界とつながっているのは間違いないだろう。
「ナイスよ美夜。これでこいつらから尋問する必要がなくなったわ」
「ちょっと待て。私たちとしても宴会場が荒らされるのは避けたいから、ここを通すわけにはいかないな」
門の上へと移動しようとした霊夢の前に、プリズムリバー三姉妹が立ちはだかった。
それを見て霊夢はスペカを取り出す。そしてとんでもないことを言い放った。
「面倒臭いから三人まとめてかかって来なさい」
「ほう……言ってくれるじゃないか。……メイラン、リリカ!」
「ここまで舐められてちゃ仕方ないわね」
「そっちが言い出したんだから、卑怯とか言わないでねー」
それぞれが楽器を取り出し、戦闘準備に入る。その顔は自分たちの勝利に自信に満ちている。
だが彼女たちは知らなかった。
歴代最強と称される霊夢の実力を……。