東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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幻死鳳蝶

 

 

ーー『混沌と時狭間の世界』。

 

  一人の邪神によってそう名付けられた世界。

  かつて大切なものを守ろうと力を伸ばし続け、その先で全てを失った哀れな男の末路。天まで届くほど長く、しかし足場を失って宙を漂う摩天楼は、まさしく彼の者の生き様、そして死に様を表している。

 

  そんな壊れた世界で、俺らは戦っていた。

  二人の剣戟が響きわたる。打ち合うごとに速度が増していっている。

  桃色と瑠璃色が混じった髪をたなびかせ、両手に持つ炎と氷の刀を舞うように連続で振るう。その度に刀から出現する衝撃波が爆炎と化して辺りを焼き尽くし、氷の波が凍らせていく。

 

  しかし驚くことに、対峙する紫髪の少女はその余波によるダメージを一切受けていなかった。

  体に黒い光を纏っており、それに当たった瞬間弾幕も炎も氷も等しく塵と化していく。

  そして二刀流の攻撃を捌き続け、隙を見て刀での一撃を振るう。しかしその一撃は全てが即死級であり、まともに受けたらタダじゃすまないだろう。双刀を交差させて防ぎ、そのまま跳ね上げることで隙を作り、一旦体勢を立て直すため後ろに下がる。

 

「……新入りとはいえさすがは伝説の大妖怪か。マッハ88万の超光速戦闘についてけるなんて大したもんだぜ。いや、俺の妖力を取り込んでるから速度も上がっているのか」

「……っ、そちらも相変わらずの速度バカですね。楼夢さんの記憶を見てなければ即死でしたよ……」

「でも、俺の二刀流はお前が見たもんの中にはあまり入ってなかったんだろ? だからそこまで疲労している」

「……」

 

  沈黙は金なりというが、この場合はむしろ逆効果だな。これで早奈の欠点が見えてきた。

  早奈は俺の記憶を見て行動パターンなどを完全把握している。しかしそれは一度死ぬ前の俺の記憶しかそこには残っていない。

  彼女だって千年経てば強くなるように、俺もまたあのころより格段に強くなっている。特に慣れない二刀流は徹底的に修行した。

  生き返ってからはしょっちゅう二刀流になっていたが、逆に言えば一度死ぬ前の俺は二刀流を剛戦と早奈戦の計二回しか使っていない。つまり二刀流の情報が少ないのだ。

 

  先ほどまでは俺たちは互いに手札を知り尽くして戦っていた状況だった。しかし今では二刀流という未知の手札が俺に入ってきたことで戦況は急激に変化する。

 

  俺が以前より強くなったからか、色が白黒から赤青に変わった両刀の刃を後ろに向ける。そこから噴射された炎と氷がジェットの役割を果たし、直線だが光を一時的に超えた速度で早奈へと迫る。

  その急な加速にはさすがに対応できなかったようで、早奈の体が一瞬だけ硬直する。そこに右手に握った炎刀を横一文字に振り切った。

 

  ボールのように横に吹き飛ぶ早奈。体と刃の間に自分の刀を差し入れていたようで直撃は免れたが、超高速物体が衝突したことによる衝撃波だけは防ぎ切れなかったようだ。

 

  今の俺の一撃で乗っているビルが崩れてしまったようだ。早奈の方は運良くとなりのビルに着地できたようだが、俺の方は最悪だ。地面はいくつもの足場へと分裂し、バラバラになっていく。

  すぐに足場に思いっきり足の裏を叩きつけ、再び加速。そして衝撃波を辺りに撒き散らしながらとなりのビルまで跳んで、着地直後で体のバランスが不安定になっている早奈に今度は左手の氷刀を振り下ろした。

 

  また刀でガードしたようだが、そのまま強引に押し倒す。そして彼女は背中から地面に叩きつけられた。

  そこに俺は炎刀を逆手に持ち替えて、頭めがけて刃を振り下ろす。

  しかし今度は早奈は体を捻って地面を転がり、止めを避けた。

 

  炎刀が地面に突き刺さり、そこを中心にビルが二つに別れた。具体的に言うと俺が立っている場所から後ろが切り離された。

 

  しかしそんな時にも彼女は転がりざまに呪いがたっぷり込められた刀で俺を切りつけてくる。

  さすがにこれだけはくらうわけにはいかない。氷刀でそれを弾くが、追撃しようとした時には彼女はすでに立ち上がっていた。

 

  再び加速しようとしたところ、今度は早奈の方から俺との距離を詰めてきた。

  そして体重が乗せられた刃同士がぶつかり合い、炎と闇を撒き散らす。

  元々筋力は悔しいが早奈の方がずっと上なのだ。先ほどとは違い、地面にガッチリと足をつけて俺の斬撃を相殺した。

  しかし、一撃では終わらないのが二刀流だ。

 

  反対の氷刀を振るう。それも防がれるが、刀同士の衝突により一瞬だけ動きが止まる。そこを狙って炎刀を振るう。

  また防がれる。しかし同じ要領で左、右、左、右とリズムを刻むように斬撃を繰り出す。

  これを聞くだけだとなんてこともないように思えるかもしれないが、俺がマッハ88万で動く化け物だと思い出せればその脅威が想像できるだろう。

  早奈には斬撃を防いだ瞬間にまた新しい斬撃が繰り出されているように見えているはずだ。

  現に彼女は防戦一方だ。頭、胴体、脚の三部分のうちどれかを狙って繰り出される斬撃を防ぐのはとても難しく、早奈は防御するのに精一杯……かと思えた。

 

「……っ!?」

 

  数十回目の炎刀が振り下ろされる。しかしそこには金属同士がぶつかったり、肉を切り裂くような感触がなかった。

  早奈がしたのはただのバックステップによる回避。おそらく右、左、右、と単調な攻撃を繰り返していたせいで次に何が来るか読まれてしまったのだろう。

  しかしそこはどうとでもなる。問題は俺の視界の端に映る闇刀だ。

 

  さっきから延々と繰り返し続けていたせいで、俺は炎刀を避けられたのにも関わらず無意識に左の氷刀を振るう構えに入ってしまっている。

 

  それに合わせての、完璧なタイミングでのカウンター。

  氷刀と闇刀が交差する。そして俺の斬撃が再び空振り、逆に早奈の斬撃が俺の体を捉えた。

  無理やり上体を反らしてイナバウアーのような体勢で斬撃を躱そうとするが、わずかにほおを浅く切り裂かれてしまった。しかしそれを無視して、その状態のままバク転。おまけの蹴りを入れながら、早奈との距離をとった。

 

「……ちっ、呪いか」

 

  ジワジワとほおから炎が噴き出してくるような痛みが広がる。それに苦虫を噛み潰したような顔をしながら早奈を睨みつける。

  この感覚には覚えがある。間違いなく、彼女の【呪いを操る程度の能力】によるものであろう。

  かけられていたのは消滅の呪いだと思う。かすっただけでこの威力だ。直撃なんてしたらそれこそタダじゃすまない。

 

  しかし遠距離でチクチクというわけにはいかない。その消滅の呪いを早奈は自身の体に纏っているため、弾幕などはよほど強力なものじゃないとダメージを与えることすらできないのだ。

 

  しかし、それよりも一番気になることがある。

  それは彼女の妖魔刀のことだ。俺と同じように神解をしている気配はあるのだが、未だにその能力についてはよくわかっていない。妖魔刀自体も変化していないことから、形で能力を想像することもできないからお手上げだ。

 

  まあ考えても仕方ない。だいたい今までだって出たとこ勝負だったんだし、今回だけ頭を働かせても時間の無駄になるだけだ。

 

  上に一気に跳躍して、両刀を振り下ろしながら飛びかかる。

  それを早奈は真っ向から受け止め、そして再び剣戟が始まる。

 

  今度は同じ罠に引っかからないように、より立体的に動き回りながら刀を振るう。

  早奈も負けじと斬撃を繰り出してくるが、やはり俺の方が数は多い。

  平たいビルの上を駆け巡りながら、斬撃の応酬は続く。

 

  俺の氷刀が早奈の服を浅く切り裂く。

  それに焦って闇刀が振り下ろされるが、その先に俺はいない。虚しく地面を叩き割るだけで終わる。

  前宙を行い空中に跳ぶことで攻撃を避け、そのまま早奈の頭上を通り過ぎて彼女の背後に回り込む。そしてガラ空きの背中に炎刀での斬撃を叩き込んだ。

 

  しかし肉を裂く感触は得られず、代わりに金属音が鳴り響く。

  早奈は俺の方を見ずに刀の刃を担ぐように自分の背中に押し当て、俺の斬撃を防いでいた。

  呆れたまでの判断能力だ。しかしこれは避けられるかな?

 

  間髪入れずに反対の氷刀による突きを放つ。

  早奈はまだ振り返ってはいない。背中に構えた刃はガードできる範囲が狭い。そして面積の小さい突きなら防御をすり抜けて突破することができる。

  しかし早奈は体を回転させることで突きを避け、その遠心力を利用して刀を横薙ぎに振るった。

 

  それを待っていた。

  彼女の斬撃に合わせて俺も右の炎刀による横薙ぎを繰り出す。

  そしてそれは早奈の刀の刃の腹をなぞるように軌道を描きながら、彼女の体を横一文字に切り裂いた。

 

「くっ……! 【黒虚(セロ・オスキュラ)ーー」

「させねえよっ!」

 

  早奈の左手に黒い光が集まり始める。

  しかし俺は彼女の左腕に蹴りを入れることで狙いを逸らし、そのまま足の裏からこちらも閃光を放った。

 

「【王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)】!」

 

  巨大な光の線が二つ走る。

  そのうちの黒い方はあらぬ方向に飛んでいき、青いのは早奈の左腕を消し飛ばした。

 

  苦痛に顔を歪めながら早奈は大きく後退する。

  俺の方も少々無茶な体勢から蹴りを放っていたため、上体を引き起こすのに僅かな時間を使ってしまう。そのせいで追撃することができなかった。

 

  その間に、早奈の腹部と左肩の先に妖力の光が集中していく。そして光が収まるころには彼女の腕は元通りになっており、腹部の傷も塞がっていた。

  ……西行妖の再生能力か。妖力消費はあるだろうが、それでも重傷を治されるのは厄介だ。

  なら傷を治すよりも速く攻撃をくれてやるだけ。

  そう思い再び接近しようとすると、突如早奈が笑い出した。

 

「ふふふ、アハハハハ! これですよこれぇ! この圧倒的強さこそ、楼夢さんです!」

「……余裕のつもりか? 悪いがお前の攻撃はもう通用しない。所詮盗んだ剣術じゃ本物には勝てないってことだ」

「まあ、そう急かさないでくださいよ。私もこれからは()()を出していきますので」

「本気……だと?」

 

  おそらく神解の能力のことだろう。

  しかしこればかりはさっきも言った通りあれこれ予想しても仕方がない。なので早奈の右手に握られている闇刀に最大限注意しながら、本日三回目の突撃を行った。

 

  流れは先ほどと変わらない。いやむしろ俺の方が若干有利になっていた。

  数多の斬撃が早奈の体に小さい切り傷を作っていく。直撃はしていないが、この調子だとそれも時間の問題だろう。

  早奈は空間を縦横無尽に駆け巡る俺に完全に置いていかれていた。

  たまに反撃の斬撃がくるが、それら全てを俺の両刀に叩き落とし、逆にカウンターを繰り出していく。

 

  そして、チャンスが訪れた。

  俺の氷刀が早奈の刀を跳ね上げ、その衝撃で早奈はバランスを崩した。

  左手に迎撃用の妖力が集中していくのが見えるが、俺の斬撃が繰り出される方がはるかに速い。

  右の炎刀を握りしめる。それに呼応するように炎が爆発したかのように燃え上がり、刃が巨大化した。

  そしてガラ空きになった早奈の胴体に【森羅万象斬】を振り下ろす。

 

  ーーそして、()()()()()()()()()()()()()

 

「……はっ?」

 

  肩に走る鋭い痛み。それに集中力を乱され、刀に込めていた妖力が霧散してしまう。

  何が起きたのかわからなかった。

  しかし視界に早奈の刀が映り、慌てて両刀を十字に交差させて構える。

  そして黒い光を纏った斬撃が俺の両刀に叩きつけられた。

 

  「【森羅万象斬】」

 

  シンプル故に愛用する俺の十八番の技。それが俺の防御と衝突し、爆発を起こす。

  その爆風に体をさらわれ、俺の足は地面を離れ宙に浮いてしまう。そこに彼女の左手が向けられ、巨大レーザーが放たれた。

  再び両刀を十字に交差させて防ぐが、地面に足をついていないため踏ん張ることだできず、俺はレーザーの勢いのまま数十メートル先まで吹き飛び、地面に叩きつけられた。

 

「……っ、ケホッ……!」

 

  口から空気と混じって血が吐き出される。

  さすがは貧弱ボディといったところか。たかが背中から落ちたぐらいで吐血する人型妖怪なんて数えるぐらいしかいないだろう。

  と、そんな昔からの欠点を嘆いている場合じゃない。追撃が来る恐れがあるので、急いで跳ね起きて立ち上がる。

  そして映った早奈の姿に驚愕した。

 

「……んだよそれ……?」

「ふふ、これこそが私の【幻死鳳蝶(まぼろしあげは)】の真の姿ですよ。中々可愛いものでしょ?」

 

  そう言って嗤う彼女の背中から、鋭利な何かが生えていた。

  それは一言で表すなら巨大な鎌だ。正確的にはその刃部分に似たものが四つ、彼女の背中についていた。……いや、四つの刃全てが早奈と同じくらい大きいせいで、彼女自身が付属品のように見えてしまう。

  鳳蝶の羽は四枚、早奈の背中の刃は四つ。

  なるほど、幻死鳳蝶とはそういうことか。おそらくあの刃は蝶類の翅を模しているのだろう。

 

  改めて、俺は自分の体を見つめ直す。

  さっき血が噴出した部分には、肩口から腹部の下部分にかけて斜めに大きな切り傷ができていた。

  おそらくあの翅のように生えている巨大刃に斬られたのだろう。よく見れば四つの刃の一つに赤黒い液体が付着している。

  そして早奈はその刃を口元に寄せると、あろうことかペロリと舐めて拭き取ったのだ。

 

「んぅ〜! 美味しい! 血なのに桃みたいに甘くて絶品です!」

「……それは多分お前の錯覚だ。現に俺もたった今自分の血を舐めて見たけど、鉄臭くてしょっぱいだけだった」

「おかしいですね? なら私が口移しで分けてあげてもいいんですよ?」

「遠慮しておく。今みたいな場合はともかく、好んで自分の血を自分で飲む趣味はないんでな」

「そうですか。それは残念です、ね!」

 

  そう言い終わると同時に早奈は地面を蹴り、俺の元へ一直線に走って来る。

  元より俺がこいつに勝つのに刀で斬る以外の方法はない。なら逃げる必要もなく、逆にこちらから迎え撃つだけだ。

 

  早奈の闇刀と俺の炎刀が本日数十回目の衝突を果たす。

  本来ならここで氷刀を叩き込んでいるのだが、その前に早奈はくるりと舞うように一回転する。そして背中に生えている右側の二つの刃が俺を襲った。

 

  なんとか氷刀で防ぐも、その隙に別の刃が俺を襲う。

  背中ので四つ、早奈が持つ幻死鳳蝶本体で一つ、計五つの刃を前に今度は俺が防戦一方になっていた。

 

「まったくっ、これ以上演技の悪い蝶は見たことねえよ!」

「そう言わないでくださいよぉ。それにほら、そろそろ()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……なっ!?」

 

  何を、と言葉にしたかったが声が出なかった。

  体が急に水に沈んだように重くなる。

  苦しい。息が正常にできない。そして刺すような頭痛。

  この感覚。まさかこれは……。

 

「毒、か……!」

「ご名答。そしてアデューです」

 

  謎に正解した俺に与えられたのは豪華な報酬ではなく、四つの刃による斬撃だった。

  苦し紛れに両方の刀を振るう。それは四つのうち二つは防ぐことには成功したが、残ったもう二つの刃が俺を斜め十字に切り裂いた。

 

「ぐはっ……ッ!!」

 

  噴水のように血が噴き上がる。

  それは俺の巫女服を赤く染め、地面に血の水たまりを作り上げていく。

  毒と傷が合わさり、その苦しみで思わず膝を地面についてしまう。そして間髪入れずに早奈は俺の顔面を横から蹴りつけた。そして俺の体はサッカーボールのように地面をバウンドしながら吹き飛んでいった。

 

  ほおを蹴られ、その勢いで地面に頭を打ち付けたせいで血が流れ、それが服と同様俺の顔と髪を赤く染色する。

  そして蹴った当人はほおを俺とは別の意味でほんのりと赤く染め、楽しそうに興奮していた。

  その姿はやけに煽情的に見えた。性欲なんぞ欠片もないはずの俺がそう思うくらいには。

 

「アハ、アハハッ! 気持ちいい、気持ちいいです! もっと、もっと蹴らせてくださいっ!」

「……くそっ、俺と戦うごとに変な扉開けてんじゃねえよ!」

 

  狂ったように笑う早奈。しかし興奮するあまりか俺に追撃をくらわせることを考えていないようなのは助かった。

 

  おそらく、毒はあの翅の刃から出ているんだと思う。

  なので体に刻まれた三つの鎌傷手を当て、毒を解析していく。

  これは自然界に存在するものじゃないな。術式によって人工的に作られたものだ。

  まあ呪いの一種だと考えてくれればいい。呪いというのはある意味万能なもので、代償があれば大抵のことはできるからな。

  しかし術式によって作られたものなら、逆に術式で解くこともできるということだ。

  本来、こういった術式にはいくつかの手順が必要とされ、相応の時間がかかる。しかし俺の術式構築能力はそれらを一瞬で行い、新たな術式を作り出した。

 

「【キアリー】」

 

  率直につけた名前を唱えると、緑色の光が俺を包む。

  どうやら成功したようだ。体の重みはすでに消え去っており、問題なく動かせるようになっていた。

 

「ああ、ようやく終わったんですね。早く斬りたくてウズウズしてたので助かります」

 

  なるほど、追撃が来なかったのは忘れてたんじゃなくて俺を待っていたからということか。

  両方の柄を握る手に力を込め、立ち上がる。

  毒を作るのが神解で得た能力というわけではないだろう。その程度だったら呪いを学べば誰でもできるし、伝説の大妖怪が扱う妖魔刀がその程度のはずがない。

 

  マジマジと早奈の翅を見つめる。しかし彼女は自分が見られていると勘違いしたのか、にこりと微笑んできた。

 

「もう、能力が知りたいなら聞いてくれればいいのに。私は楼夢さんの質問であればなんでもお答えしますよ? なんならスリーサイズでも……」

「早奈、お前の能力はなんだ?」

「……ちょっとは乗ってくれてもいいじゃないですかぁ。……まあいいです。私の能力は名付けるなら……【死を操る程度の能力】ですかね?」

「……そりゃ随分とアバウトな表現だな」

 

  俺の神解火と氷を操るのとは違い、彼女のは名前からして概念系の能力だ。

  名前だけなら幽々子のと大差ないように聞こえる。しかしわざわざ名前をつけるほどなのだし、違いがあるのだろう。

 

  戸惑いが顔に出ていたのか、それを見て上機嫌に早奈は続ける。

 

「私の幻死鳳蝶は斬りつけた相手にあらゆる『死』をもたらします。窒息を選択すれば酸素が体に回らなくなり、圧死を選択すれば体の体重が数十倍に増して骨を潰し、死に至る。さっきの毒も中級妖怪までなら即死、大妖怪でも数分で死ぬほどの猛毒だったんですよ?」

「……要するに放っておけば必ず死ぬ状態異常を敵に与えるのがそいつの能力ってことか」

 

  予想以上に恐ろしい能力だ。

  彼女はあらゆる死因を操れると言っているのだ。衝突死や落下死はどうなるのかは知らないが、斬った相手に好きな状態異常を埋め込むことができる。

  つまり俺は、早奈の気分次第では死んでいたということになる。

  もしさっき傷を受けた時に与えられたのが毒じゃなくてもっと別のものだったとしたら……。それを想像するだけで冷や汗が流れた。

 

「そしてこの能力で与えられる最上級の死がーー」

 

  早奈の右手に持つ幻死鳳蝶に、炎のように揺らめく黒い何かが集中していく。それは徐々に刀身部分の周りを渦巻き始めた。

  そして出来上がった黒い竜巻を纏う刀を見て、俺の本能が叫びをあげた。

 

  ……あれは駄目だ……。当たったら死ぬ、と……。

 

「ーー『絶対即死』です」

 

  微笑みながら近づいてくる少女。しかし俺には彼女こそが死神のように見えてならなかった。

 

  黒い竜巻が巻き起こす風だけで地面がえぐれていく。

  そして宙に舞い上がったコンクリートの塊は、竜巻に飲まれ塵と化していく。

  地面が壊れていく音でいっぱいなはずなのに、なぜかその足音だけは俺の耳に届いていた。

 

  『死』が近づいてくる……。

 

 

 




「週末は実家近くの釣り堀で友人たちと釣りしてました。釣れた四匹は今も私の腹の中で元気にしていることでしょう。作者です」

「なお二匹は沖まで釣り上げたのにも関わらず逃げられる始末。狂夢だ」


「そういえば今混沌と時狭間の世界は戦場と化してるわけですけど、狂夢さんは何をしているんですか?」

「白咲神社でぐーたらしてるぜ」

「あ、ちゃんと避難してるんですね。というか一緒には戦わないんですか?」

「前に死んだ時みたいに、『俺一人でやる』とか言って追い出されたんだよ。おまけにまだやりかけのゲームをセーブしてないのにも関わらず、だ」

「……お疲れ様です」

「あのビル群の中の一つに俺の家があるんだけどよ、それが壊れてないか心配で仕方がない俺の気持ちがわかるか?」

「意外と狂夢さんも苦労人なんですね……」

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