東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:日差丸

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祝12000文字突破。これ以上はやる気が出ないので今日はあとがきはなしです……。


舞い散る桜は、まるで俺たちのようで……

 

 

「『絶対即死』だと……っ!?」

「あれ、率直すぎて逆に分かりづらかったですか?」

 

  当たり前だ。むしろそんな能力があってたまるか。

  即死といえば幽々子や西行妖の死蝶も同じようなものだが、あれは正確的には催眠術の一種である。触れた瞬間意識が支配され『自分は死んだ』と強く思わされる。すると思い込み、つまりはノーシーボ効果が現れて実際に体は傷ついてなくても死んでしまう、という仕組みだ。

  しかしこれはあらかじめ精神を保護するような能力か術式をかけておくだけで簡単に抵抗することができる。……もっとも、初見じゃ絶対にわからないからこそ、西行妖による悲劇が起こってしまったわけだが。

 

  しかし、絶対即死は死蝶とはまったく別のものだ。

  なんせ、当たっただけで問答無用で死ぬと言っているのだから。

  理屈ではありえないと俺自身思っている。しかし、本能は危険だ、と叫び声を今でも上げ続けている。

 

  ともかく、まずは様子見をーー。

  そう思った瞬間、かつてないほどの悪寒が電撃のように体中に走った。

 

「ーー【ブラックノア】」

 

  一言でそれを表すと、黒い嵐だろうか。

  刀身部分に竜巻のように渦巻いていた黒い風が突如激しさを増しながら巨大化する。早奈はそれを振り下ろして地面に叩きつけた。

  瞬間、そこを中心に黒い嵐が吹き荒れ、直径数キロメートルの円の中にあるもの全てを消し飛ばした。

 

  いくつものビル群がバラバラに砕かれ、風に呑まれて塵とかしていく。大気が震え、空が黒に塗り潰される。

  足場なんてものは一つも残らない。早奈を除いた全てが、この世界から消滅させられた。

 

「……と、こんなものですかね。賢い楼夢さんならこれを見て私の言葉が本当だったとわかるはずなんですけど……って、あれ?」

 

  静寂な世界の中、そんな場違いな声が響く。

  先ほどの嵐で足場となるものが近くになくなってしまったため、彼女はふわふわと浮きながら可愛らしい動作で辺りを見渡す。

  そしてこの何もない青空の中に俺の姿が見当たらないことを知った。

 

「……あれ、もしかしてやりすぎちゃいました? いや、でも楼夢さんがこんな簡単にそんな……。お、おーい楼夢さーん! かくれんぼはおしまいですよー!」

「いや、そもそも隠れるものがねえだろうが」

 

  若干焦ったような声で呼びかけると、どこからともなくそんな冷たいツッコミが聞こえた。

  すぐに横を振り向く。そこには青空を引き裂いて開かれたスキマと、その中から出てきた俺の姿があった。

 

「あ、楼夢さんだ! 生きててよかった……」

「殺そうとした本人が何言ってやがるっ」

 

  満面の笑顔を浮かべる早奈とは対照的に、俺は恐ろしいものでも見たかのように顔をしかめている。……いや見たかのようにではない。実際に見たのだ。

 

  ……死にかけた。

  それが、あの嵐を逃れてから最初に思ったことだった。

  早奈があれを発動する直前に、珍しく妖狐としての野生の勘が叫んだのだ。

  ーー全力で逃げろ! と……。

  そこからは無意識だった。迎撃のため振り上げてた刀で空間にスキマもどきを開き、脱兎の如くその中へ身を隠す。

  そしてスキマが完全に閉じる前に、あの嵐が目に映った。

 

  ーー【ブラックノア】。あれはまるで天災だ。

  ノアの方舟という物語がある。内容はとある男がこれから神々が起こす大洪水から逃れるために舟を作り、最終的に舟に詰め込んだ生物以外の全てが浄土へと還ってしまうというもの。

  あれは形は違えど、その大洪水に似ていた。

  ありとあらゆるものを滅ぼし、全てをなかったことにしてしまう。

  あれの直撃を受ければ俺はおろか火神、そして剛でさえも耐えきれず、存在ごと消されてしまうだろう。

 

  背筋に冷たいものが流れる。冷や汗も滝のように溢れ出る。

  唾をゴクリと飲み干し、荒ぶる感情を抑えようとする。

  正直言うと恐ろしい。あの嵐が。だが、荒ぶる感情はそれではない。

  それ以上に悔しい。あれほどのものを、かつて自分の力すら恐れていた少女に持たせてしまったことが。

 

「……さあ、どうしたんです? まだこれからというところじゃないですかぁ……っ」

「お前、腕が……」

 

  笑みを浮かべて再び幻死鳳蝶を天に掲げる。しかし、それを支える右腕は先ほどの嵐の反動でズタボロだった。

  黒い風がまた渦を巻いていく。同時に風圧で腕が刺激され、鮮血が滴り雫となって下に落ちていく。

 

「やめろ早奈っ! このままだとお前の魂は消滅し、輪廻転生の輪にすら入れなくなるんだぞ!?」

「楼夢さんがいない世界なんて、世界じゃないっ! そうなるならいっそ消えた方がマシですっ!」

 

  やはり、あの嵐は自身の魂を削って発動しているものらしい。一度目は腕だけだが、次はどうなるかわからない。

  なのに彼女はそれを止めようとしない。悲痛に叫びながら、またあれを放とうとしている。

  そしてそれこそが、俺の罪。彼女をああまでして変貌させたのはまぎれもない俺自身だ。だからこそ死後だけは真っ当に幽霊となって、転生してほしい。それが唯一俺が行える償いだ。

  身勝手なことだ。彼女の意思を尊重せずに自分の考えを押し付けているだけ。しかし俺は早奈の考えを認めてはいけない。……認めてたまるものか。

 

  彼女の願いは俺と早奈以外の滅亡。そのためなら彼女はたとえ俺を殺してでもこの願いを叶えようとするだろう。明らかに矛盾しているが、俺を殺し、食らったところでむしろ一体化できたと喜ぶぐらいの狂人だ。彼女にとってはなんの問題にもならないのだろう。

 

  しかしだ。俺には友人が、娘たちがいる。ここでこいつを生かしておくわけにはいかない。ならせめて、来世だけでも幸せになってほしいと考えるのは偽善なのだろうか。

  いや、偽善でもなんでもいい。元より俺は妖怪。自分が本当にしたいと思ったことだけを成せばいい。

 

  歯を食いしばって前を見ろ。ビビるんじゃねえ。恐れを抱くな。死がなんだというのだ。自身を男と言うのなら、今その意地を見せてみろ!

 

「う、ウォォォォォォオオッ!!!」

 

  死という僅かな迷いを打ち消すように雄叫びをあげ、早奈へ肉薄する。

  しかし遅かったのか、早奈はそんな俺を嘲笑すると、迎え撃つために黒い渦を纏った幻死鳳蝶を振り上げた。

 

  このままじゃ届かない。

  あれにかすりでもしたら一貫の終わりだ。

  この距離じゃ黒い嵐を避けることなんて流石の俺でも無理だ。なら、撃たせなければいい。

  しかし今のままではそれも無理だろう。試合開始直後ならまだしも、すでに光速戦闘に慣れてしまっている彼女にとって俺の接近に合わせて刀を振るうことなぞ、造作もないことだろう。

  ならどうするか。そんなものは簡単だ。

  ()()()()()()()()()()()

 

  鞘に入れるかのように、腰の両側に刃を後ろにした両刀をくっつける。

  その刃に、それぞれ赤と青の妖力が霊力が集中していた。

  そしてそこから、炎と氷がジェットのように噴き出す。そして推進力を得た俺の体は一時的にだが光すら置いていき、早奈ですら反応できない速度で彼女の眼前に迫る。

 

  驚きで一瞬だけ早奈は動きを止めてしまう。

  しかし、それでいい。その一瞬があれば十分だ。

 

「『超森羅万象斬』ッ!!」

 

  両方の刃が巨大化すると同時に、赤と青の雷がそれぞれの刃に付与される。

  そして重ねるようにして繰り出された二つの斬撃を早奈にではなくーー幻死鳳蝶めがけて振るった。

 

  轟音が鳴り響く。

  未完成だった黒い渦と俺の最大奥義がぶつかり合い、辺りは爆発と閃光で包まれた。

  しかしまだ終わっていない。

  黒い渦と氷炎の刃が互いに競り合う。

  両腕に力を込める。じゃないと早奈の腕力によって押し返されてしまいそうだった。

 

「ふ……ふふっ! 筋力がないのが裏目に出ましたね! この勝負……私の勝ちですっ!」

「……たしかに、お前は恐ろしいやつだよ。俺とほぼ同じくらいのポテンシャルを持ちながら、唯一の欠点である体の貧弱さを克服している。なんせ俺が両腕なのに対してお前は片腕だけで互角なんだからな……っ」

 

  しかし、早奈と俺には完全な違いがあった。

  それは俺が刀を振り切っているのに対して、早奈は未だ刀を掲げた状態にあるということ。

  たしかに、普通に力勝負をやれば負けるのは俺だ。しかし力が込められず不安定なその体勢からならーー。

 

「ーー俺が一つ上をいく!」

 

  一気に力を込めて、全力で早奈の刃を押し返した。

  その反動で早奈の手の内が緩む。それを狙ってさらに力を込め、強引に幻死鳳蝶を彼女の手から弾き飛ばした。

  風を切り裂きながら幻死鳳蝶は回転していき、放射線を描きながら数百メートル先まで飛んでいく。そして突如未完成だった黒風の渦が暴走し、先ほどと比べると小規模だが決して小さくない嵐が巻き起こった。

 

  それは数秒間だけ青空をメチャクチャに塗り替えると、徐々に薄くなって消えていった。

  幻死鳳蝶を弾き飛ばした時から悪寒がしていたので、俺はあの直後に事前に退避していた。それは早奈も同じで、場所は異なるものの俺と同じように幻死鳳蝶から遠いところに逃げていた。

 

  しかし、嵐が収まった後、その場所には幻死鳳蝶は見えなかった。

  目を凝らしても何もない。

  しかし変わりに早奈が突如凄まじい速度で嵐が起こった場所を通り過ぎるのが見えた。

 

  それが気になったので、俺も早奈を追いかけることにしてみた。

  俺は当たり前だが早奈よりも速く動くことができる。それのおかげで、俺はドンドン早奈との距離を詰めていく。

  そして彼女がたどり着いたのは、数十キロ先の嵐による被害を受けていない摩天楼だった。

 

  そのうちの一つに早奈は着地して、突き刺さっている何かを引き抜く。

  紫の水晶のような刀身を持つ日本刀。そう、それは先ほど行方をくらました幻死鳳蝶だった。おそらく俺が弾き飛ばした後、嵐によってもう一回吹き飛ばされたのであろう。そうやって空を漂い、このビルに突き刺さったということか。

 

「まったくもう……強引すぎませんか? 危うくこっちも消し飛ぶところでしたよ。あ、でもそういう楼夢さんもちょっと良いかも……」

「早奈、二度とあれを使うんじゃねえぞ。じゃねえと……」

「ーー殺す、とでも言うんですか? すでに殺す気満々なのに」

「……そうだな。今さら俺は何を言おうとしてるんだか」

 

  空を仰ぎ、自嘲気味にそう笑う。

  本当に、今さらだ。

  俺は身内には甘い。一度仲間と認識したら、それこそ命懸けで戦うことも多かった。

  しかし、仲間だと思った相手と殺し合うようなことは一度もなかった。

 

  悩んではいない。こいつを殺すことは決定事項。

  だが、そう思う度に胸が締め付けられるような痛みを感じてしまう。

  俺は……苦しんでいるのだろうか。

  自問自答する。

  おそらくはそうなんだと思う。

  だからこいつに刃を向けると胸が張り裂けそうになるんだ。

 

  両腕を下ろし、全くの無防備のまま歩く。

  早奈もそれに合わせて俺にゆっくりと近づいてきた。

  そして俺たちの距離が目と鼻の先にまでなると、そこで両者の足が止まる。

 

  ……綺麗だ。

  まるで芸術品のように整った体と顔。髪は絹のような柔らかさを見るだけでも感じとることができる。

  そんな彼女の首筋に、炎刀をギリギリ触れるか触れないかの位置に突き立てる。

  そして俺の首にも紫宝石(アメジスト)の刃が向けられた。

 

  これは、意思表示だ。

  ーー『お前を殺す』。

  そう彼女に、なによりも俺自身に宣言するための。

  恥ずかしいことに、早奈には俺の考えていること全てが伝わってしまうようだ。

  彼女に理由を聞いても、愛が成せる技とか言うに違いない。

  そしてだからこそ、俺の行動の意味全てを理解し、こんな行為に付き合ってくれている。

 

「……ほんと、多少気持ち悪いけど良い女だよ、お前は」

「むっ、気持ち悪いとは心外ですね。私はちょっと愛が重いだけです」

「そうかい。来世でそれを向けられる人には同情するよ」

「安心してくださいっ! 例え死んでも、私が愛すのは未来永劫楼夢さんのみです。恋愛の神産霊桃神美(ムスヒノトガミ)様に誓いましょう」

「結局俺に誓ってるだけじゃねえか……」

 

  懲りない奴だ。これだけ拒否してるのにまだ諦めていない。正直紫か剛に同じこと言ったら泣かせる自身があるぞ。

  恋とか愛とか、そういったものは正直あまり深く考えたことはなかった。愛に走った結果殺人鬼と化した人間を知っているし、だからこそ俺はそれを無意識のうちに避けていたのかもしれない。

  愛は麻薬のようなものだ。

  一度すれば人を狂わせ、しかしやめることなどできない。

  目の前に第二の実例が存在する以上、それが真実ということなのだろう。それをしたところでロクな目に合わない。

  では、なぜ愛というのは存在するのか。

  それは俺にはわからない。恋愛をしたことない俺には。

  愛が怖く感じてしまう。

  そんな俺が恋愛神だなんてなんの冗談なのだか。

 

  だから、俺は向けられる愛に応えてやることはできない。

  それは早奈でも紫でも剛でも同じことだ。

  だからすまない早奈。こんな情け無い俺を許してくれ。

 

  読心術に近いものを持つ早奈には確実に伝わってしまったのだろう。

  彼女は笑顔のままだったが、それが一瞬だけ歪んだのを俺は見逃さなかった。

  ……泣いていた。いや、今も心の中で泣いているのだろう。

  突きつけられた刀に力が込められるのを感じる。

  そうだ、それでいい。俺にありったけの負の感情をぶつけてこい。

  愛ではなく憎しみの方が、俺も遠慮なくお前を斬れるのだから。

 

「始めようぜ早奈……世界の救済を」

「ええ、始めましょう楼夢さん……世界の終焉を」

 

  甲高い音が二つ、鳴り響いた。

 言葉の後に動き出したのは同時。両者は互いに自分の首元に突きつけられている刃を弾くと後ろに一歩引き、その距離のまま剣戟を始める。

 

  僅か二メートルほど。それが俺と早奈の間の距離だ。

  彼女の幻死鳳蝶が黒い渦を纏っていないことから、あれが来る心配はないだろう。しかしそれがなくても幻死鳳蝶の能力は危険すぎる。しかもこの距離ではかすらずにということは不可能なので、いつかは必ず効果を受けることになる。

  しかし覚悟の上だ。危険を冒して接近しなければ早奈には絶対に勝てない。

 

  黒と赤青の斬撃が無数に交差し合う。

  弾いては避けて、弾いて避ける。

  早奈もすっかり俺の二刀流に慣れてしまったようだ。これで俺たちは全くの互角。そしてここからは……気力の勝負だ。

 

「しっ!!」

「はぁっ!!」

 

  炎刀と闇刀が鋭い閃光と化して、交差すると同時に互いのほおを浅く削ぎ落とし合う。

  彼女の顔は炎刀の能力により炎が燃え上がる。しかしそれを無視して、叫ぶように彼女は能力を発動させる。

 

「窒息っ!」

「っ……! ぐっ……!?」

 

  突如つま先から頭までがふらつき、鎖で縛られたかのように動かなくなる。

  駄目だ……。体から徐々に空気が抜かれていく……っ。

  だんだんと白くなっていく頭の中。しかし完全に塗り潰される前に解除の術式が構築され、早奈の呪いは鎖ごと消し飛んだ。

 

  クリアになった視界で前を見る。

  すると眼前に早奈の振り下ろした刃が迫ってきていた。

  避けきれない……っ。

  ならばと氷刀を真っ直ぐに構え、早奈の腹部へと突き出した。

  結果は相打ち。俺の体は縦に切り裂かれ、早奈は背中から氷刀の刃を生やすことになる。

 

「凍結っ!」

 

  腹部を凍らせながら彼女がそう叫ぶと、再び呪いが発動する。

  今度も足先が動かなくなる。おそらく血を凍らされたのだろう。それがだんだんと上に上がっていく感覚が伝わって来るが、その前に再び解除の術式を構築。すぐに発動して症状を最小限に収める。

 

  ここまでの時間はコンマとない。

  この勝負、気力の勝負と言ったが、正確的には俺の脳の勝負だ。一瞬でも術式の構築に遅れたら即死亡が確定する。

 

  早奈は腹を貫通させられたことからよろめいてたたらを踏み、一度後退する。

  もちろん逃すつもりもない。しかし足を一歩踏み出した時に走った感触から異常を感じ取った。

  ……足が鈍い。まるで凍りついたかのようにまったく動かなくなっている。無理して動かそうとすれば激痛が走り、バラバラになってしまいそうだ。

  それもそのはず、俺の足は内側からカチコチに凍りついてしまっているのだ。これで死んでないのはひとえに俺が妖怪だからという点が大きいのだろう。

 

「くそったれがっ!」

 

  今は手段を選んでいる場合ではない。

  俺は右の炎刀を振り上げると、あろうことか自分の両足にそれを振り下ろした。

  肉を裂く感触は感じられず、代わりに硬いものに刺さるような感触が手のひらに伝わる。そしてその傷口から叫びたくなるほどの激痛が走った。

  まるで自分が焼肉の肉になったような感覚だ。火神に匹敵する温度の炎が足の内側から激しく燃え上がり、肉を炭に変える勢いでそこを焼いていった。

  そして凍結していたはずの血液が再び液体となり、傷口から流れ出てきたところで炎刀を抜き出す。

  そして激痛で震える足で地面にヒビが入るほど強く踏み込み、早奈へと猛ダッシュで接近した。

 

  その速さ、まさに神速。

  腹部の傷を治した早奈に、速度を活かして体重ごと叩きつけるように炎刀を振るう。

  とっさに早奈は背中の刃を盾にして攻撃を受ける。それでも爆発を受け切ったかのような衝撃が響き、吹き飛ぶ。

  なんとか地面に足をつけて踏ん張っていたおかげで、溝を作りながらも長距離飛ばされることはなかった。が、それが今は仇となる。

 

  早奈はふと吹き飛ばされた方向を振り向く。そこには先回りして光り輝く氷刀を振りかぶる俺の姿があった。

  早奈の視界を塞ぐように、再び翅を盾とする。そして横一文字に振るわれた斬撃が衝突した。

 

「んぐ……ッ!」

 

  その衝撃により声を漏らし、早奈は少し怯んでしまう。

  そこに太刀を素早く翻し、両方の刀を刃の盾に叩きつけた。

  炎刀と氷刀の二つが合わさり、かつてないほどの衝撃が走る。そして何かが欠けるような鈍い音が響いた。

 

(……っ、私の翅が……っ!?)

 

  陽の光を浴びて輝きながら、鋭利な何かが宙を舞う。

  それは早奈の翅の一部分だった。度重なる規格外の斬撃により、とうとう刃が耐えきれなくなったのだ。

  その証拠に、はっきりわかるほど大きなヒビが四つある刃どれにも見えていた。

 

  幻死鳳蝶が、神解が傷つけられた。

  それは早奈を動揺させるには十分だった。それによって一瞬だけ隙ができる。

  今が最後のチャンスと見た俺はありったけの妖力を両刀に集中させる。するとそれらは光り輝きながら形を変えていく。

  『陽神剣ソル』、『月神剣ルナ』。昔は西洋剣の形だったのだが、今握っているのはそれぞれに七つの水晶が埋め込まれた長刀だった。

  そして二振りの刀が眩い輝きを放ち、俺の切り札(ラストワード)が発動する。

 

「千華繚乱ーー『千弁万華(せんぺんばんか)』ァァァッ!!!」

 

  それを言葉で表すのなら、赤と青の斬舞。

  目で追えるはずもない。その速度は俺の限界である光速を一時的に超えていた。

  赤と青の閃光が嵐のように早奈の刃の盾に衝突していく。一撃一撃が繰り出される度にそれぞれの色の稲妻が激しくスパークする。そしてその度に速度が増していき、いつのまにか俺の体は雷のようなものを纏って激しく輝いていた。

  あまりの速さに残像ができ、傍目からは何百個もの閃光が同時に襲いかかっているように見えただろう。

  これぞ俺の究極奥義、『千弁万華』。

  舞い散る桜吹雪のように盛大に、されど稲妻のように激しく。

  俺の斬舞は無数、いやそれこそ無限の斬撃となり、地面やら空気やら空間やらあらゆるものを切り裂いて歪ませながら、早奈を呑み込んだ。

 

「なめるなァァァ!!」

 

  盾となって嵐を食い止めていた四つ全ての刃にそれぞれ妖力が集中していく。それらは黒い光を灯し、ただでさえ大きかったのにさらに巨大化。そしてより凶悪になった翅が、俺を押し潰さんと振り下ろされた。

 

「『森羅万象斬』ッ!!」

 

  頭上に迫る巨大な四つの斬撃。

  確かにあの翅で森羅万象斬を繰り出せば強力なものになるだろう。一撃の威力だけなら俺のどの攻撃よりも上回っている。

  だがしかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

  振り下ろされた刃は突如その動きを止めることとなる。

  理由は明白。俺の斬撃群が刃とせめぎ合っているからだ。

  一撃で駄目なら二撃。それでも駄目なら十、百、千、万と……。

  威力が足りないなら数を足せばいい。俺の千弁万華の斬撃数に制限はない。それこそ妖力霊力神力魔力全てが尽きるまで、『無限』に繰り出せるのだから。

 

  超光速の斬撃は秒間で数百数千回以上早奈の翅と衝突し、徐々にそれらを押し返していく。

  そしておそらく数万回ほどの斬撃でとうとう四つの刃はガラスのように輝きながら粉々に砕け散った。

  そして盾が消え去ったことで早奈の姿も露わになる。

  ーーそう、黒い渦を刀に宿した早奈の姿が。

 

「……なっ!?」

「ふ……ふふふっ、アッハッハッハッハァッ!!!」

 

  黒い渦の反動で身体中から血を流しながらも、早奈は狂ったように高らかに笑った。

  天に掲げられた幻死鳳蝶が妖しく光り輝く。纏う風の音によって刀が雄叫びを上げているように見えた。

  そしてそれが勢いよく振り落とされようとする。

  『絶対即死』。ありとあらゆるものを死に至らせる呪いが、解放の時を待ちわびて咆哮を上げた。

 

  間に合わない……っ。このままでは確実に。

  だからといって避けることも不可能だ。俺の体はすでに次の斬撃を繰り出すモーションに入ってしまっている。

  早奈の振り下ろしと俺の斬撃はおそらく同程度の速度だろう。しかし決定的に違うのが、わずか二メートルの距離だ。

  早奈の嵐は発動するだけで広範囲を呑み込みことができる。対して俺が斬撃を当てるにはこの二メートルの距離を走って縮めなければならない。

  ただ刀を振り下ろせばいいだけの早奈と、近づいてからではないと攻撃が当たらない俺。この一瞬のタイムロスの差が、俺たちの勝敗を大きく分けることになるだろう。

 

  このままじゃ嵐に呑み込まれてお終いだ。その前にあれを再び阻止しなければならない。

  でもどうやって? ……わからない、そんなものを考える時間もないし思いつくわけもない。

  だから、考えるのをやめた。

 

  ただ無意識に、走り出そうと前に出した足で地面にいくつものヒビが入るほど強く踏みしめる。

  衝撃波が地面を揺らす。しかしそんなもの気にも留めず、ただ刀を振るう勢いに身を任せ、肩どころか体まで前傾に勢いよく突き出す。

  そしてーー右手に握っていた柄を手放し、それを投擲した。

 

  炎刀は光速で投げられたことでその姿をブレさせ、赤い彗星と化す。そして大気を突き破りながら、黒い渦へと突き進んでいく。

 

「終わりですよぉ楼夢さんッ! 『ブラックノ……ッ!?」

 

  勝利を確信し、黒い渦を纏った刀を振り下ろそうとする早奈。災悪の名を叫び、この世界ごと消し去ろうとしたところーー異変が起きた。

  メギッ、という鈍い音とともに大量の血が右腕から噴き出す。三回も刀に黒い渦を纏わせたことにより、元々ボロボロだった右腕がついに耐えきれなくなったのだ。

  限界を超えた代償のその激痛は、早奈を一瞬拘束するのには十分だった。

  そして彼女が気づいた時にはすでに遅く。

  すぐそこまで迫っていた赤い彗星が、早奈の右腕を()()()()()()

 

  己を支えるものがなくなり、再び幻死鳳蝶は宙を舞う。

  今度は先ほどよりもずっと遠くに。そして刀が点になって見えなくなったところで、遥か彼方で爆発にも似た黒い嵐が巻き起こった。

 

「あ、ぁぁ……ぁっ……!」

「ーー終わりだ、早奈」

 

  彼方へと消えていったはずの赤い彗星。しかしそれは元の炎刀の姿に戻ると、俺の念によってブーメランのように回転しながら自動的に俺の右手に収まる。

  全ての切り札をなくし、絶望の声を上げる早奈。

  その無防備な体に、無数の斬撃が叩きつけられた。

 

  超新星爆発(スーパーノヴァ)を見ているかのようだった。

  地面なんてものは存在しない。全てこの爆発に巻き込まれ、立っていたビルは消滅、近くのものもほぼ全てが衝撃波によってバラバラに分解されていた。

  吹き飛ぶ間もない。斬撃が当たり、その反動で体が吹き飛ばされる前にまた次の斬撃が早奈を切り刻む。それが数千、数万と続けられる。

  その度に纏っていた超高密度の妖力がスパークし、連鎖的に爆発しているように見えた。

  その斬舞は、誰もが見惚れるほど幻想的だった。

  そして一際巨大な妖力を纏った両刀が、同時に早奈の体に叩きつけられたところでーー俺の体は電池が切れたかのように停止した。

 

「……っ、ハァッ……ハァッ……ハァッ……!!」

 

  体が沼に浸かったように思い。頭がグラグラと揺れ、思考がまとまらない。先ほど窒息死の呪いにかかったが、それに匹敵するほどの苦しみが俺を襲っていた。

  妖力枯渇だ。

  足腰の力が抜けてガクンと崩れ落ち、体を頭ごと下に向けて項垂れる。

  それと同時に神解を持続できなくなり、二つの刀は融合して元の舞姫に戻っていく。髪も桃と青が混じっていたのに、青が消えて元どおりになっていた。

 

「……さ、すがですね……楼、夢さんっ。完敗です……よ……っ」

 

  絞り出したかのような声が頭上から聞こえてくる。

  あれだけの斬撃を食らってもなお、早奈は生きていた。

  西行妖の再生能力がすごいのか、彼女がすごいのか。

  しかし流石にもう戦う力はないらしく、体をなんとか立て直して改めて見てみると彼女も自分の体を支えるので精一杯のようだった。

 

「……来て、妖桜(あやかしざくら)

 

  その声とともに、彼女は虚空になくなった右腕の代わりに左手を伸ばす。するとそこに闇が集中していき、一つの日本刀を作り上げた。

  見た目は変わらないが、幻死鳳蝶ではなく妖桜。どうやら彼女も楼夢同様神解を維持するだけの体力がもうないようだ。心なしか妖桜の放つ禍々しさも、今ではどこか弱々しく感じられる。

 

  自らの相棒の柄を愛おしそうに、撫でるように掴む。そして刃をくるりと回転させて逆手に握ると、その柄を俺に突き出してきた。

 

「その子は楼夢さんに託します……。そのかわり、これで私を……殺してください……」

「……」

 

  舞姫を鞘に戻し、無言で彼女の刀を受け取る。それに満足したのか儚い笑みを浮かべる。

  そしてここに突き刺せと言わんばかりに、左腕と途中から先がない右腕を大きく広げた。

 

  そして妖力も霊力も何も込めていない、なんの変哲も無いただの突きが早奈の腹部を貫いた。

 

  右手にかかる生温い温度の血。

  すぐに柄から手を離そうとするが、それは早奈の左手によって静止される。そして彼女は刃を背中に生やした状態のまま、体を預けるように倒れ込んで俺に抱きついてきた。

  当然そんなことをすれば体重が俺の右腕にもかかってしまう。結果、貫通していた刃は自重によってさらに深く入り、鍔が腹部に当たるほどにまでなった。

  そんな状態でも、口から血を流しながらも早奈は笑顔だった。

 

「……よかっ……た……これで……私の最期の願いは……叶いました……っ」

「早奈お前……」

 

  ーー俺はお前の気持ちに応えることができないのに、なぜそこまで必死になるんだ……っ。

 

  そんなことはとても言えそうになかった。なぜならもう答えはわかっているのだから。

  俺を愛している。それだけの理由で十分だったのだろう。

  早奈は左腕にさらに力を込めて俺を強く抱きしめると、眠るように目をつぶり俺の体に頬ずりしてくる。

  その表情は安らかだった。まるでこここそが本来いるべき場所なのだと言うように。

 

  その顔を見て、もう敵意は抱けなかった。いや、敵意を向けていたのは元より俺一人だったのか。

  彼女は最後まで憎しみを俺に向けることはなかった。それどころか、彼女の刃から感じられたのは果てしないほどの愛。

  ため息を吐く。まったく、ここまでくると俺の方から折れてしまいそうだ。

 

「なあ早奈、お前はまだ俺のことが好きか?」

「ええ、もちろん」

「そうか……ならこれは冥土の土産だ」

「えっ? ……んっ!」

 

  俺は半分寄りかかっているような状態の早奈を抱きしめると、彼女の唇に俺の唇を当てる。

  突然の感触に夢心地だった早奈は一気に目を見開き、俺が離した後もしばらく硬直していた。

  自分から求めるくせにいざとなったら棒立ちか。そんな初なところは変わってなかったみたいだ。

 

  ……初めて口づけをした。

  俺にとってはこんなものなんの意味もない。それは早奈もわかっているだろう。それでも彼女が喜ぶのなら、たとえ道徳的に最低であっても最後に何かしてあげたい。そう思ってやったことだ。

  現に早奈も俺が好きでもないのに口づけしたことに口を尖らせて拗ねているが、顔を赤くして挙動不審にしていることから喜んでいるのがバレバレだ。

 

「もう……楼夢さんは酷い人です」

「それが俺という妖怪だ。我慢しろ」

「でも、たとえ私を愛していなくても、やっぱり嬉しいですっ。最期にステキなプレゼントをありがとうございました……っ!」

 

  早奈の体が、足先から黒い砂となって消えていく。

  もう時間も残されていないようだ。

  彼女は最期の時まで俺に抱きついているつもりなのか、一向に体を離そうとしない。でもまあ……今くらいはいいだろう。

 

「……お別れだな、早奈」

「いいえ、別れではありませんよ。私はこれから生まれ変わって、今度こそ楼夢さんのお嫁さんになるんです!」

「そうか……じゃあ、またなって言った方が正しいか」

「ええ、またなです、楼夢さん」

「……ああ、またな」

 

  抱きしめていた手の感触が、温もりが消えていく。

  その言葉を最後に、彼女の体は完全に砂と化し、風に煽られて空に消えていった。

  それを見つめながら、彼女が旅立った青空を見上げる。

  先ほどまでの戦いによる騒がしさや煙はもうない。あるのは静寂のみ。その綺麗な青を遮るものは何もないはずなのに……っ。

  視界がボヤけて見える。まるで水中から空を見ているようだ。

  そしてほおを伝って地面に溢れる、熱い何か。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

  摩天楼の世界に、俺の咆哮が響き渡った。

  なぜこんなことをしているのかわからない。ただ、叫んでなきゃ胸が張り裂けそうだった。

 

  そして、世界が術者の制御を失い、崩れ始める。

  その世界の崩壊が終わるまで、俺の声が止まることはなかった。

 

 

 

 

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