東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

226 / 292
師匠と弟子の決戦

 

「オラよっ! 死にたくなけりゃさっさと蘇ることだな!」

「もうすでに死んでるんだけど!?」

 

  一枚目のスペカで妹紅の体を爆破したにも関わらず、間髪入れずに彼女に炎の弾幕が迫る。

 

  開始前からうすうすと気付いてはいたが、これは明らかに弾幕ごっこではない。それを模したデスゲームだ。

  そもそも基本的に相手を殺さないのが原則の弾幕ごっこであり、あの威力は異常過ぎる。見た目は少女とはいえ、長年の時によって磨き上げられた妹紅の体を一撃で粉砕したのだ。妹紅以外が当たればどうなるかなんてのは、説明するまでもない。

 

  しかし火神がそれを改めることはない。

  こういう時こそ妖怪の賢者の出番だと思うのだが、今のところ援軍が駆けつけてくれる気配はない。というか楼夢が張った白い結界のせいで外の様子がさっぱりわからない。

  楼夢が張った結界は特殊なもので、外からは透き通って見えても内側からじゃ何も外の景色がわからないという仕様になっている。しかし今の妹紅には、そんなことは知る由もなかった。

 

  炎が地面に着弾し、途端に火柱が噴き上がる。

  反撃で妹紅も炎の弾幕を繰り出すも、相殺すらできない。一方的に押し負けてしまう。

  ならばと背中から不死鳥を模した炎の翼を生やし、スピードで撹乱しようとするも、それすらもあっさりと追いつかれてしまった。火神の背中には格の違いを表すかのように妹紅のに似ていて、なおかつそれ以上に巨大な翼が六つ生えていた。

 

  舌打ちしつつ、状況を脱するために自分の周囲を爆発させて煙を発生させる。それが煙幕代わりとなり、妹紅の姿を完全に隠蔽してくれる。……と、思っていた。

  爆風が吹き荒れた。

  もちろん火神の仕業だ。

  煙はそれによってかき消され、妹紅の姿が露わになってしまう。

  そこに狙い澄ましたかのような炎弾が殺到。間一髪逃れるも、爆発によって彼女の体は吹き飛ばされ、生えていた竹に背中を打ち付ける羽目になる。

 

  同じ炎使いなのに、ここまで明確な差が出るとは。

  パワー、スピード、テクニック。全てにおいて火神は妹紅より優れている。

  認めよう。勝ち目はもとよりないと。

  しかし、だから無抵抗になぶられていいというわけではない。

  こうなれば、せめて一太刀。妹紅の無様さに高笑いしている師匠の顔に泥を塗ってやろう。

 

「蓬莱『凱風快晴—フジヤマヴォルケイノ—』!」

 

  炎の弾幕を爆発させることで、広範囲を巻き込むことのできるスペカ。

  もちろん、これだけで火神に当たるとは彼女自身思っていない。実際火神は爆発を爆発で押し潰すことで、スペカを無効化している。

  しかしそれで十分だ。おかげで彼はスペカを意識せざるを得なくなった。

  この機を逃さず、一気に接近しようと翼で空気を力強く叩き、加速する。

  その際に弾幕などは放っていない。生半可な攻撃など絶対に当たらないとわかっているからだ。

  そんな無敵に見える火神に唯一ダメージを通せそうな技。それは——。

 

「っ、自爆か!?」

「ご名答。そして死ね!」

 

  気付いたとしてももう遅い。火神との残り数メートルの距離を縮めるため、妹紅は思いっきり手を伸ばし——。

 

「魔弾『マルチプルランチャー』!」

 

  ——しかし、彼の手元に握られた拳銃から放たれたレーザーを見て、急いでその場を飛び退いた。

  危なかった……。もし回避に専念せずにこのまま突っ込んでいたら、間違いなく腹を貫かれていた。見ただけでも、それほどの威力と速度をあのレーザーは持っている。

 

「見ない武器だ。新しく外の世界で仕入れたのか?」

「その通りだ。ふっ、わざわざ骨董品のコイツを高値で仕入れた甲斐があるぜ」

 

  コルト・パイソンがベースとなっている魔銃。そこから放たれるレーザーは、魔理沙のマスタースパークをも上回る威力を持っている。

  そんなものが間髪入れずに連射される。妹紅も発動中のフジヤマヴォルケイノで対抗しようとするが、いかんせんパワーが足りない。爆発すらも貫いて、数十もの閃光が妹紅へ迫る。

 

  いくつものレーザーが妹紅を通り過ぎ、その度に彼女の体から僅かな血が飛び散る。持ち前の野性味溢れる勘でなんとかグレイズさせることはできたのだが、攻撃の威力が高すぎるせいで少しでも当たったらその時点で皮膚が剥がれ落ちてしまった。

  しかしそこはさすが不老不死。焼け焦げた肌も瞬く間に再生していく。

 

  だが、このままではジリ貧だ。この連射もいつかは止むのだろうが、それまでに妹紅が立っていられる保証はない。というか、このままだと確実にいつか被弾してしまう。

  そうなれば動くしかないのだが、現状火神に最も有効な技は自爆。それ以外は絶対にとは言い切れないが、当たらないと思った方がまず良さそうだ。

  しかし問題は、この連射のせいで火神に近づけないということだ。下手に前に出たらそれこそ蜂の巣を食らってしまう。

  まずはあの銃をどうにかしなければ。しかしここにあるのは炎と竹と結界のみ。

  ……いや、一つあるじゃないか。使えそうなものが。

 

  まだ焼き払われていない無事な竹の一つを掴み、思いっきり力を込める。ここの竹は通常よりも高く、その分重いのだが、あいにくと妹紅は普通の人間ではない。ミチミチという音を立てながら、根っこについた土ごと竹が引っこ抜かれる。

  そして狙いを定め、それを思いっきり——。

 

「どえりゃあああああああっ!!」

 

  火神へとぶん投げた。

  数十メートルもの物体が火神へ迫ってくる。しかし彼に焦りはない。冷静に淡々と銃口を竹へと定め、引き金を引こうとする。

  しかしその時だった。妹紅は火神よりも早く炎の弾幕を生成すると、なんとそれらを自らが投げた竹に向かって射出したのだ。

  竹は熱せられて、火神の目の前で爆発。耳を塞ぎたくなるような轟音を出しながら、煙と大量の破片を飛び散らす。

 

  必然的に火神の視界は潰れ、目の前が真っ白に染まってしまう。

  これでは照準を定めることはできない。

  しかし、ならば煙を先ほどのように吹き飛ばせばいいこと。そう判断し、魔力で術式を作ろうとしたところで。

 

「『フェニックス再誕』ッ!」

 

  煙を突き抜けて、炎を纏う不死鳥と化した妹紅が突進してくる。

  それに若干驚いたものの、チャンスと見たのか銃口を定め、火神は引き金を引く。そして二、三個ほどの閃光が不死鳥を貫いた。

  だが……。

 

「まさか……耐久スペルか!?」

 

  不死鳥は力強く鳴くと、体に空いた穴を一瞬で再生させてしまった。

  今の妹紅はどんなに被弾してもゲームオーバーになることはない。いわゆる一種の無敵状態というやつになっている。

  さらに間の悪いことに、火神のスペルカードの制限時間がここでちょうど終了してしまった。これで先ほどのように巨大レーザーを乱射することができなくなった。

 

「ちぃっ、クソッタレが!」

 

  スペカを発動させようとするが、間に合わない。

  火神との距離はおよそ数メートル。それが一気に縮まろうとしたところで——。

 

 

  ——煙のように、一瞬で火神の姿がその場から消え去った。

 

「え……?」

 

  突然のことに呆然とする妹紅。耐久スペルは無敵になる分制限時間は短いので、そこで彼女のスペカは消えていく。

 

「残念だったな。まあ、俺にこいつを使わせたんだ。褒めてやってもいいだろう」

 

  ふと、妹紅の頭上からそんな声が聞こえてきた。

  しかし振り向こうとした時には遅かった。突如上から降ってきた赤い光でできた鋭利な刃物が、妹紅の首を切り落としたからだ。

 

「断頭『ギロチントンべ』。三枚目が終わった時点で負けだったとは思うが、まあおまけだ。ありがたく受け取っておけ」

 

  嬉しくないわ……! と薄れゆく意識の中でそう叫ぶ。

  短期間に復活しまくったせいか、妙に眠くなってくる。そして目を閉じた瞬間、彼女の意識は闇に呑み込まれていった。

 

  こうして、師匠対弟子の戦いは師匠の圧勝で終わった。

 

 

  ♦︎

 

 

「はいどっせーい!」

「もががっ!? ブホッ!?」

 

  お、空中から滝みたいに水を叩きつけてやったらやっと目覚めやがった。

  現状をあまりよく理解できてないのか、しばらくキョロキョロと辺りを見渡す妹紅。しかしその視界の先に火神の姿を見つけたことで、ようやく何が起きたのか思い出したらしい。清々しい笑みを浮かべながら、地面に転がって脱力する。

 

「はぁ〜……。結局、一発も当てられずに終わったのかぁ。なんか悔しいな」

「まあ伝説の大妖怪はそう甘くないってことだ。もっとも、今回はずいぶん酷い醜態を晒したようだが」

「……ちっ」

 

  ああ、やっぱり自覚あったのか。露骨に挑発してみても、火神は舌打ちするだけで突っかかっては来ない。

  それを不思議に思ったのか、妹紅が俺に問いかけてくる。

 

「醜態ってどういうこと? 別に師匠の動きはそこまで悪くなかった気がするんだけど」

「途中まではな。だが最後のやつは避けきれないと判断して、あの野郎はある能力を使ったんだよ」

「それが私の『闇を操る程度の能力』よ」

 

  火神はあの最後のスペカの時にとっさにこれを使い、影を移動して攻撃を避けたのだ。

  そしてそれは火神自身の力ではこれを避けることができないと認めたことと同等の意味になる。

 

「ここ迷いの竹林は影だらけだからな。もし火神があれを乱発していたら、きっと視界じゃ捉えきれなかったと思うぜ」

「うへぇ……そんなもの使われてたら、たしかに勝ち目ないわ」

 

  火神は俺ら伝説の大妖怪の中でも特にプライドが高いやつだ。どうせルーミアの能力は使わないとかいう縛りを自分で設けていたのだろう。じゃなければ、いくら遊んでいたとはいえここまで長続きしない。

 

「んで、ルーミアの能力を使ってまで勝ちたかった人から言うことはないんですか?」

「ぶち殺すぞテメェ……!」

「上等だコラ。こちとらつい最近死線を乗り越えたばっかなんだ。ベッドで運動する以外基本寝て食うだけのやつに負けるかよ」

「ハッ、死線ねぇ。ただ博麗の巫女にボコボコにされただけじゃねぇか。情けねぇ」

「お前も負けたことあるだろうが!」

「三回も負けてるやつと比べてんじゃねぇよ! 次やったら余裕で勝つわ!」

「んだとゴラァ! 俺の霊夢が弱いって言いてえのか!?」

「弱いかどうかはテメェ自身で調べてやるよ!」

 

「ん……っ! ここは……?」

 

  あわや一触即発と言った雰囲気の中、眠りから覚めるものが一人。

  先ほど俺に気絶させられた慧音である。

  寝起きと同時に凄まじい殺気を浴びたせいか、顔が青白くなってしまっている。

 

「……ちっ、悪いが話は後だ。まずはこいつに状況説明してやらねえといけねえ」

「……好きにしてろ」

 

  その言葉で熱が冷めたのか、火神はそう言うと背を向けてここから離れていく。

  あの野郎、慧音に関してのことを俺に全部押し付ける気か! と引き止めようとするが、よくよく考えたら火神いない方がやりやすいんじゃね? と思い、伸ばした手を引っ込めた。

  まあこっちには慧音と親しいらしい妹紅もいるし、いざとなったらこいつに全部押し付けるか。

  面倒ごとのドッジボールは伝説の大妖怪ではよくあることです。

 

「お前は……産霊桃神美(ムスヒノトガミ)……」

「よし、どうやら意識は無事戻ってきたようだな。ほれ、慌てずともお前の探してる妹紅は無事だ」

 

  落ち着いて説明している俺とは逆で、妹紅は倒れている慧音を見た瞬間、若干怒りを込めた目つきで俺を睨みつけてくる。

  ああ、そういえばこいつに慧音が追ってきたこと話してなかったな。とはいえ攻撃してきたのはあちらだし、俺は悪くないと信じたい。

 

「おい楼……ムゴゴッ!?」

(バカヤロウ、本名で呼ぶんじゃねえ! 神名で呼べ神名で!)

「ぷはっ……! わかったよ……。それでトガミ、なんで慧音がここにいるんだ?」

「それは本人から説明してもらった方が早いだろう」

「いまいち状況は飲み込めないのだが……わかった。状況を整理するためにも話そう」

 

  そこから語られたことはだいたい俺の予想通りだった。

  つまり、妹紅が心配でここに来たらしい。

  まさか迷いの竹林を自力で突破してくるとは驚愕ものだ。いやマジで。経験者は語ると言うが、あそこ俺ですら迷ったんだからな? これも友情のなせる技とやらなのかね。

 

  閑話休題。

  それでようやく目的地にたどり着いたと思ったら、そこにはボロボロになっている妹紅と、それをした張本人の馬鹿といかにも悪党っぽい登場の仕方をした俺がいたらしい。

  そっから主張が合わずに衝突。そして今に至るわけだ。

 

「いい友人を持ったな、妹紅」

「ちょ、やめろって! 恥ずかしい!」

「……さっきから気になっているのだが、トガミ殿と妹紅はどう言った関係なんだ? 敵対しているようには見えないのだが……」

「あー、昔の友人だよ。昔のね」

「それでは、あの白髪の妖怪は?」

「……師匠だよ。一応の」

「……へっ? え、えええっ!?」

 

  目を丸くして妹紅と火神を見比べる慧音。

  おーおー、驚いてる驚いてる。

  まあ殺し合っていた奴らが実は師弟でしたなんて冗談だと思うわな。あの気性の荒い火神なら特に。

  予想通り、慧音はさっきの弾幕ごっこについて追求してきたが。

 

「あれはちょっとした遊びだよ。どうせ死んでも蘇るし、手加減はいらないだろ?」

 

  という言葉で、慧音はそれ以上聞こうとするのを諦めたようだ。

  というか今度は悲しそうな表情になった。

  ああもう、頭が固そうなこの人に妹紅が気楽に死ぬなんて言うから……。喜怒哀楽が激しくて意外と面倒くさいなこの人。

 

「妹紅、簡単に死ぬなんて言っちゃダメだ。お前は平気かもしれないが、私はそんなお前を見ているのが辛くなる」

「え、ええ……そんなこと言われても……」

「おい、イチャつくならあっちでやれよ。俺はお前のせいでこれから忙しくなるんだから」

「イチャついてない! それと、忙しくなるって?」

 

  その言葉に疑問符を頭の上に浮かべる妹紅。

  はぁ、全くこいつは……。

 

「弾幕ごっこ終わったら家建ててやるって約束しただろうが。ったく、なんで俺がこんなことを……」

「それ私悪くないじゃん!? トガミたちが勝手に壊したんでしょ! なんで私文句言われてるの!?」

「うるさい役立たず。作業の邪魔だ、散れ」

 

  家を建てること自体は一日でできる。ただその日はほぼ建築にかかりっきりになるだろうから嫌いだ。故に俺が建物を作ることは滅多にない。

  そんな俺が作ってやると言っているのだ。もうちょっと感謝してほしいものである。

 

  まずは家だったものの残骸の処理だ。

  これはもう本当に一瞬で終わった。

  だって家具も何もないし、素材の木も適当に選ばれたものだから燃えやすい。だから高火力の炎をぶつけて一気に炭へと全部変えておいた。

 

  こういうのぐらいは火神も手伝えよ。くそ、呑気に竹を背に居眠りしやがって。

  その点慧音はすぐ俺を手伝おうと駆け寄って来てくれた。そしてもう一人の方は来てくれなかった。

  師匠共々、彼女に道徳というものを学んでこいよ。

 

「トガミ殿、何か手伝えることは……」

「そうだな。釘がないから買って来てくれ。ついでにそこの馬鹿も連れてってくれると助かる」

「おいトガミ、私は人里が苦手って……」

「と言って引きこもってた結果があの家じゃねえか。お前はもうちょっと人間というものを学んでこい。というわけで慧音先生、引きずってでもいいからよろしく」

「わかった。さあ行くか、妹紅」

 

  慧音は妹紅の襟首を後ろから掴むと、彼女を本当に引きずって竹林の奥へと消えていく。

  断末魔が聞こえてくるが無視だ無視。そのうち妹紅の声も小さくなって来たので、おそらく観念したのだろう。今日の外出で多少は外に興味を持ってくれるといいんだが。

 

  まあ妹紅の心配はさておき、今は建築が先だな。

  幸い、木材なら周りに腐るほどある。

  そう、竹だ。たとえ加工が難しいと言われていても、俺の『形を操る程度の能力』なら簡単に建材へと変化させることができる。

  設計図はいらない。その程度の計算なら脳みそだけで十分できる。とりあえず片っ端から竹を狩ることでスペースを作り、なおかつそれらを建材へと利用していく。

  それが終わったら、後は脳内で組み立てた設計図を元に建材を置いていくだけ。釘がないから固定はできないが、そこは術式でなんとか固めておく。

  すると、わずか数時間で家の完成だ。

 

「うし、ある程度できたぜ……って、あいつらもう帰ったのかよ。仮にも弟子の住所なんだから見てけよって話だ」

 

  どうやら火神とルーミアは俺の建築に飽きてしまったらしい。気付いた時には彼らの姿はもうなくなっていた。

  仕方がないので、そこらの地面に座り込み、妹紅たちを待つことにした。

 

 

  ♦︎

 

 

  人里が嫌いだった。

  いや、ここで指しているのは幻想郷にある特定の人里のことではない。そもそも人が集まる場所が嫌いだった。

 

  不死になってからかれこれ千と数百年。

 

  最初の三百年は人間に嫌われ、身を隠して生活していた。この時点で私はもう人間というものに見限りをつけていたのだろう。しかし、内なる孤独だけは抑えようがなかったのを覚えている。

 

  次の三百年はこの世を恨み、妖怪だろうがなんだろうが敵対するもの全てを燃やし尽くした。時折感謝されることもあったのだろうが、今の私はそれを覚えていない。なぜならその言葉は当時の私の胸には響かなかったから。

 

  その次の三百年はもはや全てにやる気を失い、ただ淡々とこの世をさまよった。日本全土は回ったはずなのに、何故だか途中で見た景色が思い浮かべることができないのは、その時の私の心の廃れようの表れだろう。

 

  そしてそのまた次の三百年で、ようやく宿敵である輝夜と出会うことができた。その数週間はほぼ毎日殺し合った。しかし終わらない。終わるわけがない。なぜなら輝夜も不老不死だったから。

  しかしそれは同時に、復讐する楽しみも永遠に終わらないということだ。

  今は一週間に一度ほどになったが、まあそれでも不満はない。朝起きてタケノコを刈りながら、唯一思考を放棄できる輝夜との殺し合いの日を待つ。それが私の人生だ。

 

  つまり、私には人との触れ合いも必要ないし、なんら意味を持つことはない。

  なのに——。

 

「よう慧音さん。そっちは……ここに初めて来たようだな。ここは問題を起こさなければ誰でも暮らせる良いとこだ。ゆっくりしていけよ」

 

  人里に入る時に、まず門番にかけられた何気ない言葉に驚愕する。

  いや、驚きはここだけでは止まらなかった。声をかけてくる人全てがやたらと友好的だったのだ。

 

「どうしたんだ妹紅? そんなに目を丸くして」

「い、いや、ここの人たちは私の白髪を見ても驚いたりしないんだなって……」

「はぁ……妹紅。ここは仮にも妖怪と人間が暮らす里だぞ? 白髪なんてここの住民にとってはなんも珍しくないさ」

 

  当たり前のことのように慧音はそう説明するが、今までの常識から考えて私にはとても信じられない。

  妖怪だぞ? バケモノだぞ? なぜここの住人は恐れることなく接することができる?

 

  疑問は尽きない。

  しばらく歩いてくと、明らかに妖怪と思われる人物を複数見かけた。

  獣耳、角、翼。どれもこれも特徴が一致しないものばかりだ。しかしやはり郷の人々の目に恐れはない。

 

「なあ慧音。ここが差別とかのない場所なのはわかったけど、もし妖怪が暴れ出したらどうするんだ? 言っちゃ悪いが、妖怪には明らかに性根が腐っているやつもいる」

「心配するな。伊達にこの里の歴史は長くない。そういう場合は私や自警団の連中が対処するようになっているのさ。自警団の中にも妖怪はいるし、多少の荒事ならこれで解決できる。それにここは八雲紫の統治下だ。大事には本人や博麗の巫女が来ることになっている」

 

  なるほど、と一人納得する。

  力にはさらなる力で押さえつける。実に合理的だ。それに幻想郷の管理人を敵に回したいやつなんているわけもない。……三人を除いて、だが。

 

  そうこうしているうちに目的地に着いたらしい。私の家よりも立派な木造の家の戸をガラガラと開けて慧音が中に入っていったので、後に続く。

 

  中は微妙に埃っぽい。入ってすぐのスペースには商品と思われるノコギリや木材などが立てかけられている。どうやらここは工具屋か何からしい。

  奥で慧音がここの主人らしいお婆さんと話している。しかし暇なので、時間を潰すために店内を見回ることにした。

 

  当たり前だが、千年という月日は文明に進化をもたらすものらしい。置いてあるもののほとんどが見たことないものばかりで、私にとってはとても新鮮だった。

  その中でも特に気になるのが、師匠が持っていた銃? という武器と似た形をしている何かだった。L字の角の部分に丸い出っ張りがついており、どうやら押せるようになっているらしい。

  ……押してみたい。

  子供のようなその欲求に逆らえず、私はそれを押してしまった。

 

  すると、なんと聞いたこともない音とともに先端が突如高速で回転し始めたのだ。その振動と音に驚愕して、思わず道具を手から落としてしまう。

  急いで拾おうとした時に、横から慧音じゃない誰かに突如声をかけられた。

 

「ホッホッホ。そいつは電動ドライバー? ってやつらしくてね。河童さんたちの発明品の一つなのよ。正直私にはあまり使い道がわからないけど、回り回ってここにやってきたってわけ」

「へ、へえ……」

 

  声の主は店の店主のお婆さんだった。しぼんだ顔で楽しそうに笑うと、妹紅よりも早くドライバーを拾って、元の場所に置き戻した。

  その後ろでは慧音が釘だと思われるものを大きな風呂敷に包んで担いでいる。どうやら買い物は終わったらしい。

 

「よし、用事も終わったし、帰……」

「これ待ちなされ、そこのお嬢さん」

 

  なんとなくこれ以上お婆さんと話すのが気恥ずかしくなってきて、逃げ出すように私は店から出ようとする。が、救いはなく、お婆さんの方から声をかけられて止められてしまった。

  内心嫌がりながらも振り返ると、彼女は私に二つのものを差し出してくる。

 

「これは飴と……くし?」

「お嬢さん顔は綺麗なのに、髪がずいぶんと跳ねてるからね。女の子なんだし、身だしなみぐらいは整えなきゃ。飴はおまけだよ」

「そうは言ってもなぁ……」

「いいじゃないか妹紅。どれ、私がとかしてやろう」

 

  嫌がる素振りを見せるも、我が盟友には効果がなかったみたいだ。ったく、子供じゃないってのに。泣く泣く彼女に髪を明け渡すことにする。

 

  ……なんだか、人に髪をとかしてもらうなんて恥ずかしいな。貴族だったころは毎日こうして使用人にさせてた記憶があるけど、今となっちゃその時の面影なんてものはありゃしない。

  しかし……久しぶりに昔を思い出せたような気がする。

 

  そんな風に物思いにふけてると、もう終わっていたようだ。弾幕ごっこでボサボサになっていた髪は完璧とは言い難いものの、普通に見れる程度には小綺麗になっている。

  店主も慧音も満足そうにこちらを見ている。が、さすがに長時間視線に晒されるのは気恥ずかしく、か細い声で礼を言うとすぐに店を出てしまった。

 

「まったく……その人見知りはいい加減治しておいた方がいいぞ?」

「ひ、人見知りってほどじゃないだろ……」

「いいや、お前はお前自身が思っている以上にコミュニケーションが苦手だ。さっきも身内じゃ考えられないようなオドオドした態度だったぞ?」

 

  そう言われても……。と言い返そうとしたが、いい反論が思いつかずに閉口してしまう。

  これもまた時が経った証拠というべきなのか。昔はまだもう少しマシだったのかな? と考えもしたが、よくよく考えてみれば貴族のころも隠し子という身分だったためか人と触れ合う機会があまりなかったような気もする。

  ……あれ、ということは私のこのコミュ障は昔からってことになるのか?

 

「まあ、それもこの里でなら治していけるだろう。いいところだろう、ここは?」

「……ああ。たしかに、いいところだ」

 

  ふと、視界に映る里の景色が今はなき故郷の都の様子と重なって見えた。

  賑わう人々。もう夜更けだというのに、いくつもの店が灯をともして客を吸い込んでいる。その中からは豪快な男たちの笑い声が聞こえてきて、聞いているこちらも自然と明るい雰囲気に乗せられてしまいそうだ。

 

  何もかもが同じ。違うことと言ったら、人々の中に妖怪が混ざっているかどうか。

 

  もらった飴を包みから取り出し、口へと放り投げる。

  瞬間、甘さよりも目立つ酸っぱさが私の舌を刺激した。

 

「うげっ、これ塩飴かよ!」

「なんだ妹紅。塩飴は体にいいんだぞ? ただでさえお前は栄養バランスというものが偏っているのだし、吐き出すなんてもったいない真似はするなよ?」

 

  返事をする余裕もない。普段は慧音が言う通り酸っぱいものはあまり食べないのも相まって、舌が乾き始めていくのを直で感じる。

  しかししばらく舐めていくと、ほんのりって甘い味がしてきた気がする。

 

  多量の酸っぱさと少量の甘さ。この飴はまるで私の人生そのものに似ている。

  しかしどんなに辛くても楽しくても、いつかは人生をやり直してみたいと感じる時もあるだろう。

  とりわけ私の舌もこの飴の味には飽きたようだ。勢いよく飴を飲み込むと、近くの居酒屋で水をもらい、それを喉へと流し込む。途端に舌の痛みは消え去り、食べる前の状態へと戻った。

 

「ハハハ! まだお子様の妹紅の舌にはお気に召さなかったか!」

「ふん、どーせ私の体は十代前半止まりですよーだ」

 

  塩飴相手に顔を真っ赤にする私が面白かったのか、慧音は吹き出すようにして笑い出した。それに素っ気ない態度で答えると、そのいじけた様子を見てまた笑われてしまう。

 

  いつか絶対塩飴にリベンジしてやる。

  そんなくだらないことが私の人生の目標に加わろうとしていた。

 

 

  その後、迷いの竹林にてほぼ完成した家を見て慧音が腰を抜かしたのは内緒だ。

  人のことを笑うからこうなるんだと、内心思った。

 





「10000文字突破! 区切ってもよかったけど、そうすると永夜抄編がダラダラ長引くだけと判断して一話にまとめました。作者です」

「余談だが、妹紅の『フェニックス再誕』は原作じゃ耐久スペルじゃないぜ。展開の都合で勝手に変えてしまったのはすまんな。狂夢だ」


「さて、これで永夜抄編は終了です。そしてこれが受験までの最期の投稿になると思います」

「まあ失踪するわけじゃないから、気長に待っててくれよ。どうせ一ヶ月と半分ぐらいには戻ってくるから」

「受験後には、今年こそこの小説の完結を目指したいなぁ」

「まあ後編もあと半分以下しかないわけだし、頑張ればいけるんじゃね?」

「せめてそこは断言して欲しかったですね……」

「そう思うんなら少しでも執筆スピードを上げることだな」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。