東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
魔法の森。人が立ち寄らぬ人外魔境の地。
そこを抜けた奥に、無縁塚はある。
赤い地面を踏み分けて進んで行く。
いや、この場合地面が赤色なのではない。地面を埋め尽くす花が赤色なのだ。
彼岸花。死の象徴のような花の一つである。
理由は墓地などによく見かけるからだとか色々ある。白色ならまだマシなんだろうけど、あいにくと今ここを埋め尽くしているのは血のような赤色だ。
『再思の道』だったかな。ここの名前は。
曰く、無縁塚へと続く道。
彼岸花が咲くのに、ここより適した場所はないだろう。
思えば今日は鈴蘭だったり向日葵だったり、色々見たなぁ。
でもどっちも特定の場所で大量に見てしまうと、なんかすごいを通り越して飽きてくるもんだ。
そして今までの経験から、そんな場所には必ず誰かしらがいるわけで……。
道の途中にある平べったい岩の上に、目的の人物はいた。
「うーん、むにゃむにゃ……四季様ぁ、私にもっと休日を……」
赤髪のボンキュッボンなスタイルを持つ女性。
『地獄のタイタニック』とかいうオンボロ船の船頭、小野塚小町である。
彼女は綺麗な笑みを浮かべながら、よだれと鼻ちょうちんを出してぐっすりと寝ている。
……うん、思わずイラっとしちゃった私は悪くないよね?
「とりあえず起きろゴラァ!」
「へぼりっしゅっ!?」
とりあえずチョップを腹に叩き込む。
その直後、奇妙な叫び声を上げながら小町が飛び起きた。
「し、四季様!? ……って、なんだ、同じちびっ子だけど違うのか……」
「違くて悪かったね」
「いいよいいよ。それじゃあ……おやすみ……」
「だから寝るなって言ってるでしょ!」
「バビロンっ!?」
再び寝転がった小町に今度はかかと落としをくらわせる。
かかと……かかとはダメだよ……。とか言いながら、彼女は岩から落ちて痛そうにその場を転がり回っている。
「ちょっとお嬢ちゃん!初対面の人にやっていいことと悪いことがあるって親に教えてもらわなかったのかい!?」
「初対面じゃないし、そもそも私に親はいないから」
「え、まさか……捨て子?」
「んなわけあるか! ああもう、なんで私をこの姿にした元凶側の人間がそのことを把握してないんだよ!」
「人間じゃなくて死神だよ?」
「やかましいわ!」
叫ぶ勢いに任せて抜刀。そしてあまりの苛立ちに、小町が乗っていた岩を粉々に粉砕してしまった。
それを見て顔を青くする小町。しかし私は問答無用で彼女の服の襟を掴むと、グイッと私の顔に無理矢理近づける。
「この顔に! この髪に! 見覚えがあるでしょうが!?」
「……おお、あんたは楼夢じゃないか! いやー久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「世話話でしれっと誤魔化そうとするんじゃない!」
クソ面倒くせえ!
いやわかってたよ? 元々こいつがこういうやつなんだってことは。
でもさ、あれだけ四季ちゃんに怒られてるんだから多少はどこか改善したと思ったわけよ。
それがまさかの進歩なし! 働かない逃げるすぐ忘れるとか、どんなクズサラリーマンだよ!
怒りに任せて勢いよく小町の襟を離す。
「んで、あたいに何の用だい? せっかく四季様の目を逃れて休憩してたってのに」
「その長すぎる休憩のせいで魂が運ばれず、幻想郷の四季の花がめちゃくちゃになってるんだよ。あと、このことは四季ちゃんに報告するからね」
「え? いや、それは勘弁しておくれよ! 今でも首スレスレなのに、これ以上怒られたら本当にお役御免になっちまうよ!」
「だったら働けこのクソ船頭!」
私がいくら注意したところで目を離した隙にサボるだろうし、これじゃあらちがあきそうにない。
しょうがないから、この道の奥にある無縁塚から四季ちゃんを呼ぼうと思い、小町の前を通り過ぎようとする。
すると、それに気づいた小町が慌てて飛び起きて、私の目の前に立ちはだかった。
なんだ? ようやく仕事をする気に……。
「なあ。楼夢って今弱くなったんだろ? だったらあたいでも今ここで口封じができるかな?」
……なってないな。
それどころか、なんの気の迷いか私を今ここで潰そうとしているよこいつ!
小町は近くに置いていた死神の代名詞とも言える大鎌を手に取り、私へ突きつけてくる。
「……一応聞いておくけど、私に刃を突きつけることの意味を理解してるの?」
「あいにくとこっちはもう減給に減給を重ねられて職以外失うものがないんだ! クビにならないためだったら、なんでもやってやるさ!」
「じゃあ働けよ」
「それは嫌だ!」
「む、むちゃくちゃ言ってるよこいつ……」
まあいい。もうこっちも我慢の限界だったところだ。
この私に勝てるなんて戯言吐いたこと、後悔させてやるか……。
舞姫をゆっくりと引き抜くと、突きつけられた鎌を弾いて後ろに下がり、距離を取る。
そして巫女袖に手を突っ込み、スペルカードの山札を取り出し、彼女に見せつけた。
「カードは三枚、残機は二枚でどう?」
「……はあ、あたいはあんまり動くのは好きじゃないんだけどね」
「いや、お前が仕掛けた勝負でしょうが」
「あれ、そうだったっけ?」
「……もう怒る気も失せたよ……」
四季ちゃんはよくこれの相手をしていられるな。私なんて会話して十分も経ってないのにもう頭がどうにかなりそうになってるのに。
小町は胸の谷間に手を突っ込むと、カードを三枚取り出してくる。
収納場所については何も言わないけど、やっぱり持ってたか。幻想郷担当なんだから、住民じゃなくてもスペルカードルールを守ってくれると思って持ちかけた勝負なんだけど、どんぴしゃりだ。
そこらに落ちていた小石を拾う。
これを投げて地面に落ちた時を合図に、弾幕ごっこを始める。
小町の了承も得て、私は刀を持っていない左手で石を放り投げ——。
「いきなり行くよ! 氷華『フロストブロソム』!」
「えちょ待ってそんな急に——ッ!?」
——開幕からスペカをぶっ放す。
のんびり屋な小町のことだし、出鼻をくじけるかなと思ってたんだけど。
どうやら彼女は俺の想像以上に戦えるらしい。
小町の近くに氷で作られた薔薇が生まれる。それが砕け散ることで、花弁が弾幕と化して彼女を襲うのだが。
「おいやぁ! ちょいさぁ!」
なんともまあ気の抜けたかけ声だが、その鎌捌きは一人前のそれだ。
飛び散る氷華の花弁を次々と大鎌で撃ち落としていき、そのついでに鎌から弾幕を放ってくる。もちろんただの弾幕に当たるわけもないが。
私のスペカが時間を増すごとに、だんだんと弾幕は激しくなっていく。
最初は青薔薇は一輪だけだったのが、今度は二輪、三輪と増えていき、最終的に五輪同時に出現するようになる。
しかし恐るべきは小町の力量だろう。これは完全に見誤っていた。
なんと小町のやつ、弾幕が増えたのを利用して、刃のついてない部分で花弁を叩いて跳ね返し、ビリヤードのように次々と別の花弁を撃ち落としていっているのだ。
おい、誰だこいつを船頭なんぞに仕立てたのは! お迎え役の方がめちゃくちゃ向いてるよこれ絶対!
そんなこんなで防がれているうちに、制限時間が来てスペカが終了。氷の花弁は粉々に砕け散り、消え去っていった。
「意外だね……ただの業務サービスで持ってるだけの飾りじゃなかったの? その大鎌」
「サービスで間違ってないよ。実際これ見た魂も『死神に会えた』って実感が持てるらしくて好評だからね。ただ、あたいは違う。こう見えて昔は結構修行してたし、これはその名残さ」
「もうお前お迎え役に転職したら?」
「嫌だよ。あれって連日出張で休む暇がないんだもん。それだったら、今の職の方がマシってもんさ」
なるほどね……。こいつが今までクビにされない理由がなんとなくわかって来たような気がする。
おおかた昔は優秀だったとか、そんな感じなのだろう。だから公明正大が売りの四季ちゃんも手放すに手放せないと。
……なんでこんなサボリ魔になってしまったのやら。
「死歌『八重霧の渡し』!」
おっと、関係ないことを考えているうちに小町がスペカを発動してきた。
まずは大鎌を振りかぶって……ふぁっ!?
「おりやぁぁ!」
「まさかのスローイング!?」
ちょっ、あんのやろう! いきなり武器投げてくるとか正気か!?
投げつけられた大鎌が、グルグルとブーメランのように回転しながら迫ってくる。
ぐっ、結構重いな。でも幽香の腕力みたいにキチガイなレベルじゃない。舞姫を上段から振り下ろして、なんとか撃ち落とすことに成功する。
それにしても小町のやつ、なんで武器なんかを投げつけて来たのだろう。弾幕ごっこは遊びと言えども戦闘だ。武器を失った時に、再びそれを回収することのリスクの高さはバカでも知っているだろうに。
だが、それも彼女の弾幕を見てからだと自然に納得できた。
小町は両腕を水平に広げ、手のひらを勢いよく左右に突き出す。そしてそこから片方は黄金色、もう片方からは銀色の弾幕を出した後、ゆっくりと彼女自身がその体勢のままコマのように回り始めた。
そして彼女を中心に反時計回りに流れる弾幕の波が起き、次第にそれに私も巻き込まれていく。
これは……ルート指定系のスペカか?
この種類のスペカの特徴は、あらかじめ進むべき道が作られていることだ。そして逆に言えばその道以外を進むことは不可能となっている。なぜならルート無視すれば、問答無用で一切隙間のない弾幕群が襲いかかってくるからだ。
スペルカードルールにも避けることが不可能な弾幕は禁止と書かれているが、上手く通れば必ず突破できる道を用意してやってるので進むかどうかは自己責任、ということらしい。
例を出すとするならば、フランの『恋の迷路』とかかな。
まあこの系統のスペカは逆らえばロクなことが起きないのは周知の事実だ。私は大人しく、波と波の間に作られた空間に自ら飛び込む。
そこからしばらくしてわかったのだが、このスペカは案外簡単な部類のものなのだと思う。
先ほどの説明から分かる通り、小町は両手から二種類の弾幕の波を作り出しながら反時計回りに回転している。なので私も弾幕の波の間の隙間を進みながら、彼女を反時計回りに回っていけばいい。そうしているだけで、制限時間が切れるはずだ。
肝心の動けるスペースも、彼女が両腕を水平に広げた時の幅くらいにはある。小柄な私なら動くのにさほど苦労はない。
そう思っていた私に、ふと小町から声がかけられる。
「なあ楼夢。三途の渡し船の船頭に必要な最低限度の条件ってなんだか分かるかい?」
「さあね。お前ができるぐらいなんだし、よっぽどゆるい条件なんでしょ」
「それは距離を操る力さ。罪人を乗せて船を渡る際にその魂の罪が重ければ重いほど、船頭は川を渡りきるまでの距離を長くしてやらないといけない。逆もしかりだ」
ああ、地獄にいたころに聞いたことがある。
なんでも、小町の言うように三途の川を渡りきるまでの距離を調整することによって、罪人に己を見つめ直す時間を与えるのだとかなんとか。人間やることがないと何か考えごとをしてしまうと言うし、そういった心理を利用したシステムなのだろう。
「それでその力なんだけど、こんな風にも使えるんだよね」
「……まさか!?」
急いで横に飛び込もうと思ったが、自分が弾幕の波と波の間にいることを思い出し、その場でとどまる。
そして次の行動を起こそうと体を動かすよりも速く。
——突如目の前に現れた弾幕が、私の体を捉えた。