東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
多くの木々が生えていて入り組んだ妖怪の山の森を霊夢は進んでいく。
残念ながらお得意の飛行はできない。低空飛行するにしても障害物がありすぎるし、木々が生えてない空中から進もうにも空は天狗の領域。すぐに発見されて撃ち落とされるのがオチだろう。
さらには相手はあの白狼天狗。地上では身体能力的に圧倒的なアドバンテージが向こうにはあった。
しかし、霊夢は未だに捕まってはいない。
「ハァ……ハァ……! ここまで来ればあの犬ころも追ってはこないでしょ……」
全力疾走したせいで乱れた息を整えるために一度その場で立ち止まる。
辺りに気配はない。つまりは見つかってはいないということだ。
霊夢は体を結界で覆うことで身を隠していた。
これがあれば千里眼だろうがなんだろうが、ある程度の相手なら退けられる。それを山に入る前に使わなかったのは、白狼天狗たちを比較的山の下層部分に集中させておくためだ。
普段の霊夢ならこんな回りくどいことはしないだろう。
ぶっちゃけ言ってしまえば、最初の白狼天狗の部隊だってものの数分で全て片付けられるはずだった。いや、仮に天狗たちが本気で彼女を排除しようとしても、それら全てをねじ伏せることは可能だっただろう。博麗の巫女とはそういうものだ。
しかし霊夢の目的は天狗を全滅させることではない。頂上で待ち構えている神を倒すことだ。
いくら信仰心のクソもない巫女でも、長く神社にいれば嫌でも神というものの強力さを知ってしまう。だからこそ、こんなところで無駄に力を消費しているわけにはいかないのだ。
その時、木々の奥から草を踏みしめるような音が聞こえてきた。
妖力は……わずかだが感じられる。いや、これは隠蔽しているのか?
戦闘回避は無理そうだ。大人しくお祓い棒を構え、迎え撃つ体勢をとる。
そして霊夢の前に出てきたのは、三つの見たことのある姿だった。
「やっぱり先ほどの騒ぎはあなたでしたか、霊夢」
「あんたは美夜……それに後ろのやつらは清音に舞花だったかしら?」
「わおー、すごいねー。美夜姉さんはともかく、私たちは永夜異変で居合わせただけなのにー」
「そんだけ目立っていれば嫌でも覚えるわよ。それで? 白咲三姉妹が集合していて何をやろうとしているのかしら?」
「こんな山に神道関係者が集まって、やることは決まっているんじゃないですか?」
「……そうね、ただ少し確認したかっただけ」
突如現れた白咲三姉妹。その目的が自分と同じであることを察し、少し肩の荷が降りる。
清音や舞花は永夜異変の宴会の時しか顔を合わせておらず、その性格などはまだ知らないが、美夜はある程度は信頼できると霊夢は考えている。
その理由は春雪異変の時に共闘したのが大きいだろう。少なくとも、霊夢が接した限り美夜はそこまで悪い人物ではないと断言できる。
「提案なんですが……霊夢、私たちと今一度組むつもりはありませんか? あなたほどの戦力が加われば万が一の事態にも対処できると思いますので」
「……いいわよ。受けるわその提案。だけどあくまで共闘ということだけは忘れないでよ?」
「ええ、承知しています。では、話がまとまって早速ですが——」
「いたぞ! あいつらだ!」
「——まずは白咲三姉妹の力、とくとご覧に入れてください」
美夜の言葉の後に天狗たちに吹いたのは灼熱の旋風だった。
まるで竜のブレスにも見えるそれは声を最初にあげた警備の天狗はもちろん、それに続いてやってきた部隊をも呑み込み、半壊させた。
そして生き残った者たちが逃げようと必死に足を動かすと、ガリッと何かを踏みつけてしまったらしき音が響く。
そして次の瞬間——その者たちは下半身から瞬く間に氷漬けとなった。
「地雷……踏んだら即ノックアウト」
ものの数分。いや数十秒もかからずに天狗の部隊は全滅した。
いや、実際には殺してはいない。いくら下っ端とはいえ一方的に侵入して殺したのでは組織の仲が悪くなってしまう。それを考慮して、二人はいわゆる半殺しになる程度には威力を抑えていたのだ。
「なるほど……あんたらが幻想郷最強の勢力とか言われるわけだわ」
出来上がった氷のオブジェをコンコンとノックしながら、霊夢は呟く。
氷の中には黒い翼を生やした山伏のような男が囚われている。
烏天狗。天狗の代表的な存在だ。他にも氷漬けにされている全員が烏天狗だと後で確認してわかった。
おそらく、もうかなりの距離を登ってきているのだろう。天狗の住処は山の上方だと聞いたことがある。
しかしそんな強力な天狗でさえこの有様。
もし仮に白咲三姉妹と戦った場合、自分は勝てるだろうか。一人ずつなら問題はないだろうが、残念ながら三人を相手にして確実に勝てる自信は霊夢の中にはなかった。
「一応、父は私たち全員を足してもさらに強いですよ?」
「父ねぇ。
そんな存在がいるならそもそも三姉妹が敵の神社まで赴く必要はなかっただろう。
霊夢は至極当たり前の質問を美夜にぶつけた。
「そ、それはですね。父は今重大な案件を抱えていると言いますか……」
「重大な案件ね。そういえば藍もそんなこと言ってたわよね。もしかして紫と何かしているのかしら?」
「……ハイ? ナンノコトデショウカ……」
「その反応から見て図星みたいね」
まさか何気ない一言でそこまで暴いてくるとは。恐るべし、霊夢の勘。
美夜の演技が下手すぎるというのもあるが、そもそも彼女はそういう性分なので仕方がない。そう割り切り、三人はこれ以上霊夢に楼夢につながる情報を渡すまいと心に決めた。
「さて、そろそろここから移動しましょうか。多分今の戦闘ですぐに別の部隊が駆けつけてきます」
その言葉に異論はなく、全員は一斉に移動を始めた。
霊夢の勘だと守矢神社まではもうすぐだ。
赤と黄色の紅葉の雨を突っ切っていく。
冥界の桜や白咲神社の金色紅葉のように、妖怪の山はこの日赤に染まっていた。
回転しながら降り注ぐ羽扇に似た形の葉は、まるで小さな星々が落ちてくるようだった。
しかしそんな絶景をのんびり眺めている暇はない。
そのまま山を登っていくと、辺りが拓けた、広場のような場所に出た。
その奥に二つの人影が見える。
先ほどと同じように強引に突破しようとも思ったが、並々ならぬ妖力を二人から感じたため、霊夢たち四人は大人しく立ち止まることにする。
「あやや、本当にここまで来ちゃいましたねぇ。ほら椛、わざわざ連れてきてあげたんだからしっかり仕事は果たしてくださいよ?」
「言われなくても分かっていますよ文さん。——さっきぶりだな、博麗の巫女」
待ち構えていた二人に、霊夢はこれまた見覚えがあった。
一人は先ほど妖怪の山潜入前に出会った白狼天狗の少女。そしてもう一人は首からカメラをぶら下げ、背中からは黒い翼を生やしている少女。
そう、毎回異変のたびに迷惑な取材をしてくることでお馴染みの射命丸文だった。
「げっ、射命丸じゃない。あんたもそういえば天狗だったのね……」
「そういえばとは失敬な! ……なんて、普段なら言ってふざけてるところなんですが、今回は私も生活がかかってるので単刀直入に言います。……今すぐ回れ右して引き返しなさい」
射命丸の口調が変わった途端、彼女から大量の妖力が溢れてきた。
まるで今までとは別人だ。いつものおちゃらけた雰囲気はそこにはなく、ただ冷たい瞳で霊夢たちを睨みつけてくる。
その変化に若干戸惑うが、答えはもとより決まっている。
「冗談じゃないわよ。こっちだって生活がかかってるんだから。急に真面目になったからって話を聞いてもらえると思ったら大間違いよ」
「そうですね。あなたがそこまでの妖力を隠していたのは意外でしたが、それでもここにいる四人の誰よりもあなたは弱い。ならば戦いを躊躇う必要はありません」
「はぁ……交渉決裂ね。あまりやりたくはなかったんだけど」
射命丸、いや文は手のひらを天に向ける。そしてそこから大型の弾幕を二つ放ち、上空で互いを衝突させることで爆発させた。
「何を……」
「今の音と光を見て、時期にここに援軍が駆けつけてくるわ。もちろん、そこらの烏天狗じゃない。精鋭中の精鋭よ」
「……面倒なことを……」
「あいにくと、私たち天狗は鬼みたいにバカ正直に戦って勝つことを名誉としてないので。どんな手段を使おうが敵の首を打ち取れればいい。それが天狗よ」
赤い木の葉のような扇を射命丸は取り出すと、それで霊夢たちの方向へなぎ払う。すると真空波が扇から飛び出し、四人を襲った。
美夜はすぐさま他よりも一歩前に飛び出し、刀を幾度となく振るう。そして全ての真空波を撃ち落とした。
「……このままじゃマズイですね。流石に本番が控えている前に大天狗たちとはやり合うのは好ましくありません」
「じゃあどうするのよ? 四人がかりでぶっ飛ばそうにも、射命丸は明らかに大妖怪に匹敵する力を持っているわ。倒すには時間がかかるわよ?」
霊夢のその問いに美夜は答えなかった。代わりに後ろを振り返り、妹たちの目を見つめる。それだけで清音たちは自分らが何をすればいいのか悟ったのか、射命丸と白狼天狗の少女にそれぞれ対峙しながら、前へ歩いていく。
「……姉さんたちは行って」
「ここは私たちが抑えるよー」
二人が取り出したのはスペルカード。
先ほどのように圧倒的に数が不公平な場合は一人ずつで弾幕ごっこをするわけにもいかないので、勝負が成立することは例外を除いて基本的にない。
だが、今この場の人数は美夜と霊夢を除いて敵二人、味方二人。そして争いごとはスペルカードルールで決めるという幻想郷の掟によって、この勝負は成立させられた。
「はぁ……やられたわね。椛、キツイだろうけどできる限り持ちこたえるのよ」
「はい! 犬走椛、参ります!」
四人がそれぞれ戦闘態勢に入ったところで、霊夢と美夜は文の横を素通りして頂上へと歩を進めていく。
今すぐ追いたい気持ちが湧き出てくるが、あいにくと文たちにそんな暇はない。今背中を見せたりなどしたら、その時はスペカを無防備なその身に受けることになるだろう。
「さあ……手加減してあげるから本気でかかってきなさい!」
「ぬかせ……手加減してあげるのはこっちの方。身の程をわきまえろ、天狗ども」
文が扇を、椛が剣を。
清音が双刀を、舞花が腕輪をそれぞれ構える。
そして木々が邪魔にならない上空に移動する。
本日信仰戦争第一回目の弾幕ごっこが幕を開けた。
「……いや、今のはあくまで決め台詞であって、手加減するつもりはないですからね?」
「今ので雰囲気台無しだよー」