東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
「神解——『
床に突き刺さった妖桜から
「な……何が起こったの……?」
戸惑うフラン。そこで私を探すように視界を動かすが、いざ彼女の瞳に私が映ったとたん、その目線は私のある部分に固定されていた。
背中から生えた四枚の巨大な翅を模した鎌。それらは互いに刃をこすれ合わせ、笑っているかのように火花を散らしている。
しかし金属質なそれらを背負っているにも関わらず、私はなんの重さも感じていなかった。
これが幻死鳳蝶。能力は『死を操る程度の能力』。文字通り、切った相手にあらゆる死因を刻むことができる。
まあ、さっき分身たちに使ったのはどっちかというと早奈の『呪いを操る程度の能力』なんだけど。
さっきの光には消滅の呪いがかけられていた。もちろん対象にしたのは本物以外の全てのフラン。『金縛り』で動けなかったのと、元々の能力が低いことも相まって、呪いを受けた分身たちはひとたまりもなかっただろう。
幻死鳳蝶の翅が紫色の光となって刀へ吸い込まれていく。
ふぅ……。さすがにこの体での神解はきついな。まだ使って数十秒なのに妖力をごっそり食われてしまった。だけど、目的は達成できた。あとは正真正銘の一対一だ。
左手をかざす。すると幻死鳳蝶……いや妖桜がひとりでに床から抜け、私の手の中に飛んでくる。それをしっかり握りしめて、改めてフランと向き合う。
「……禁忌『レーヴァテイン』」
スペード状の棒が燃え上がり、巨大な炎の剣をかたどる。
それを軽く一振り。それだけで室内の気温は上昇し、フランの前方の床から炎の壁が半月状に顕現する。
「ふふっ、まだまだやる気みたいだね。じゃあこっちも新スペルいってみようかな」
「……私はお姉さんから色々なことを教わった。力の制御や技の技術、そのほかにもいっぱいいっぱい。数え出したらキリがないくらいに。だからその全てを今、ここでぶつけるっ!」
炎の壁を突き破り、雄叫びをあげフランが突進してくる。
七色の宝石がぶら下げられた枝のような翼はその声に応えるようにピンと張られ、彼女の背中を後押しする。
右手は柄に密着させ、左手は柄頭を握るように。剣は正中線をなぞるようにまっすぐ振り上げられている。
全部、全部私が教えたことだ。最初戦った時のような無駄が多い動きは見る影もなく、コンパクトに、そして美しく、ただ私一人を切るだけに全神経が注がれている。
うん……うん、見事だったよ、フラン。
「楼華閃二刀流奥義『氷炎乱舞』」
床を蹴り砕き、加速して一瞬で剣を振り上げたままのフランの懐へと潜る。
妖桜に氷を纏わせ『氷結乱舞』を繰り出す。六つの斬撃でフランの身体中を切り刻み、凍らせて最後に突きを胸に放つ。
しかしこれでまだ終わりではない。続けて繰り出すのは『雷炎刃』。追い討ちをかけるように爆炎とイナズマを纏った舞姫で再び彼女の胸を貫いた。
甲高い音が響き渡る。
そしてそれが収まったのちに卵の殻が割れるように、フランを覆っていた結界は剥がれていった。
勝負は決した。
全て出し切ったのか、フランは両膝をついて崩れ落ちる。
私は両方の刀を納めると、彼女の元へと歩み寄る。
「……ねえ。結局、なんで私にあんなむちゃくちゃなこと言って弾幕ごっこをしかけたの? 別に普通に言えばいつでも受けてあげたのに」
「……だって、だって……っ、お姉さんが私を避けていたからっ!」
今までの不満が爆発したかのように、フランはかすれながらも大声を張り上げた。その両目は充血して赤くなり、透明な雫をこぼしている。
「なんで急に私に会いに来てくれなくなったの!? 宴会で会っても話そうともしてくれない! なんで、なんでなのっ!? そんなに私のことが嫌いになっちゃったの!?」
「いや、私は永夜異変で冷たくしちゃったからあなたに嫌われていると思って……」
「嫌いなわけないじゃん! 私はお姉さんの全部は知らないけど、少なくともお姉さんは優しいってことだけは知ってる! そんなお姉さんを嫌いになれるわけがないっ!」
フランの叫びの一つ一つが私の胸を打ち鳴らす。
初めて見た。彼女が泣き出すほど感情をあらわにして訴えかける姿など。
目が覚めていくのを感じる。心の鐘が振動し、あの日以来頭にこびりついていた迷いを落としていく。
「……あんなっ、たった一回の出来事で壊れちゃうほど……っ、私たちの関係って脆かったの……?」
「……ごめんなさいフラン。長年生きてきたせいで微妙に
今まで六億年間、妖怪らしく生きてきた。
他人の顔色を伺わず、常に自分の理だけを求めて突っ走る。ムカつく奴は殴ってきたし、虫唾が走る奴は殺してやったりもした。それが永遠に等しい時を過ごす中で最も自我を保てる生き方だと気づいたから。
ただ、それにこだわるあまりに大切なこと——人を思いやることを忘れていたのかもしれないね。
「ねえフラン、何かしてほしいことってない?」
「えっ……?」
「遠慮しないでいいよ。前みたいにさ」
「じゃ、じゃあ……その……ギュって抱きしめてほしい……っ」
「抱きしめる? ふふっ、フランもまだまだ子供だね」
「も、もうっ! やっぱりさっきのはなし! もっとちゃんとした……もぎゅっ!?」
顔を真っ赤にしながらさっきのおねだりを撤回しようとしていたので、その前に彼女を抱きしめる。
しばらくフランは呆然としていたのだが、次第に私の胸にうずめるようにして顔をこすりつけてくる。
ああ、仲直りってこんな簡単なものだったんだな。複雑に考えてた自分が馬鹿みたい。
頭を撫でてあげながら、ふとそんなことを思う。
その後、私は今までの分を返済するように今日一日中フランと遊びに遊びまくった。
かくれんぼ、トランプ、術式の説明、そして弾幕ごっこの再戦などなど……。
気がつけば日はすっかり暮れ、外は真っ黒に塗りつぶされていた。
しかしそこでレミリアからの提案により、今日一日部屋を貸してもらえるようになった。
なんでもフランが前のように元気になったお礼だとか。
そして紅魔館中の灯りが消え、だいたいの者たちが寝静まったころ。
「邪魔するわよ」
そろそろ私も寝ようかとベッドに腰掛けたところで、部屋のドアが開き、中へレミリアが入ってくる。
廊下は真っ暗で灯りなしじゃとても歩けないような状態のはずなのだけど、さすがは吸血鬼。当たり前だが夜目が相当効くらしい。
「こんな時間になんの用? 遅寝は不健康の元だよ」
「私はもともと夜行性よ。最近は霊夢とかに合わせて昼夜を逆転させてるだけ。って、そんなことよりもここに来た理由だったわね」
レミリアはしばらく黙ったのち、重々しく頭を下げる。
「フランと仲直りしてくれてありがとう。久しぶりにあの子が明るくなったのを見たわ」
「……珍しいね。あのプライドが有頂天なレミリアが頭を下げるなんて」
「それだけあなたには感謝してるってことよ。少し前の私なら逆恨みしてあなたのことを襲ってただろうけど」
なるほど。私はフランのことだけしか今まで見てこなかったから気づかなかったけど、成長したのはフランだけではないということか。
今のレミリアからはなんというか前よりも落ち着いたような感じがする。もちろん普段みたいにカリスマブレイクすることはまだあるだろうけど、それでも数年前に宴会で襲ってきた時のような危うさは完全に消え去っているように見えた。
「別に……。ただ、大人として果たすべき最低限のことをしただけだよ」
「大人ねぇ。その体で言われると違和感あるわ」
「あなたに言われたくはないね」
レミリアにそう笑われ、プイと顔を背ける。そしてロウソクの火を消し、部屋を真っ暗闇にした。
「さっさと帰りなさいな。私はもう寝る」
「ええ、そうしておきなさい。どうせ明日も異変について調べるんでしょ?」
「……異変のことを知ってるの?」
「天気が曇ったり霧が出てきたりし続けてたら、いやでも気づくわよ。ま、そこらへんのことはパチェにでも聞きなさい」
「……そういえばパチュリーを今日見かけなかったな」
「フランが図書館を改造する際に気絶させられてどこかの部屋に閉じ込められてたらしいわよ。ついさっきようやく脱出できたらしいわ」
「それはまあ……お愁傷様で」
「ええ、まったくよ」
なんとなくむきゅむきゅ叫んでそうな動かない大図書館さんに心の底から同情する。まあするだけだけど。
とりあえず、明日からも異変について調査しなきゃ。霊夢に先を越されたら、私が元凶を殴る機会がなくなっちゃう。
部屋からレミリアが退出したのを見てベッドに横になる。そして瞳を閉じてそんな明日のことを考えていると、いつのまにか私の意識は深い眠りについていた。