東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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目覚める伝説

 

 

 博麗神社が復興した、という話を聞いたのは私が家にいる時だった。

 

 いつものようにクーラーの効いたリビングでダラダラとソファーの上で横になりながらテレビを見て、せんべいをかじる。

 なんせ今は真夏の真っ只中だ。異変の時は私や娘たちの気質のおかげで暑さを感じることはなかったけど、一度天候が戻ればほらこの通り。痛さすら感じそうなほど暑い日差しにやられて境内の石畳はフライパンと化してしまっている。卵でも落とせば即目玉焼きができそうな雰囲気だ。おそらく木陰に入っても蒸し暑さでゆで卵ができてしまうだろう。

 

 とまあ、そんな暑さのせいですっかり外出する気を私は失ってしまっていたというわけだ。だから博麗神社にもここ最近行ってないし、外の情報が入ってこない。

 だからこそ、美夜が持ち帰った話はまさに寝耳に水だったというわけだ。

 

「神社が復興……ねぇ。実際見てきたの?」

「あ、はい。少し見慣れないものもありましたけど、倒壊する前の神社とほぼ瓜二つな出来でした」

「性格は最悪でも天人は天人ってわけか。無駄に高い技術力は伊達じゃあないね」

 

 脳裏に浮かび上がったのはあの不良天人のにやけづら。

 一度接触したことのある私からの印象は、クズであってもバカではない、といったところだ。傲慢で自意識過剰な反面、それを支えているのは冷徹な知能と底なしの自信。今回の件もやるといった以上神社の出来は完璧なのだろう。

 それが妙に腹ただしいが、これも霊夢のためだと思いその気持ちを飲み込む。

 私が落ち着いたのを確認してから、美夜は話の続きを語り出す。

 

「それで今度、神社復興を記念して落成式をするそうです」

「主催は?」

「もちろんあの天人です」

「デスヨネー」

 

 やばい、超行きたくない……。

 でも落成式自体はとても大切なことだ。この世界じゃ信仰を怠った瞬間に天罰が落ちるなんて話はザラにある。もちろんそれをしたやつはひき肉コース確定だけど、そういうのはなるべく起こらない方がいいからね。だからどんなに嫌でも幻想郷の有力者たちは集まってくるだろう。

 

「……美夜たちも行くの?」

「いいえ、妹たちは暑いから嫌だそうです。ですが体裁上白咲神社側が誰も行かないというのはまずいですし、お父さんはそもそも存在が公になっていないということで私が行くことになりました」

「いったいどこで娘の教育を間違えたのやら」

「今ここで暑さにやられて引きこもってるあなたが言いますか」

 

 おっ、美夜ちゃんナイスツッコミ! でも私は偉いからいいのだよ私は。

 え、こんな考えだから悪影響が出るんだって? だまらっしゃい! 

 

「はぁ……しょうがない。私も行くことにするよ。もちろん美夜とは別行動だけど」

「式は明日の昼だそうです。では私はこの後家事があるのでこれで」

 

 そう言って美夜はリビングから退出した。

 はぁ……ただでさえ動く気もしないのに今の話で余計だるくなっちゃったよ。

 見ていた番組もちょうど終わってしまっていたのでテレビを消し、ソファーの上で脱力する。そして今の話を忘れようとするかのように目を閉じて、睡魔へと身を委ねた。

 

 

 ♦︎

 

 

「さあさあ、落第式の始まりよー!」

 

 巨大要石の上に乗った青髪の少女がそう高らかに宣言すると、数だけ多いやる気のない拍手が湧いた。

 

 今日は落第式当日。とうとうこの日がやってきてしまった。

 辺りを見渡すと、見知った友人たちの顔ぶれが並んでいる。集まっていたのは紅魔勢に冥界勢、永遠亭勢。単独で来ている者もいたが、大半は早苗や射命丸などのどこかしかの勢力に所属しているやつらばっかだ。……まあ、例外はいるにはいるが。

 

「なんでお前まで来てんだよ火神」

 

 先ほど紹介したメンバーから離れた場所で寂しくボッチしてた男に声をかける。

 火神矢陽。私と同じ伝説の大妖怪だ。一応うちの山に住んでいて、よく遊びに来るのだが、家以外で会うのは久しぶりかもしれない。

 ちらりと辺りを伺うと、案の定というか金髪の幼女——ルーミアがいた。あっちはこのボッチとは違って交友関係がまあまあ広いので挨拶回りをしているらしい。今はフランと仲良くおしゃべりをしていた。

 

「そう嫌そうな顔すんなよ」

「お前がいるところにはたいていトラブルが出て来るんだよ。だから帰った帰った」

「おいちょっ、待てよ。今日は本当に神社ぶっ壊したバカの面拝みに来ただけなんだって」

「……あっそう。で、感想は?」

「予想通りバカみたいな面してんな」

「安心しろ。お前も対して変わらん」

「んだとゴラァ!?」

 

 やれやれ、キレっぽいのは相変わらずみたいだな。

 激昂して火神は掴みかかって来ようとしたが、それをあっさり躱して『これ以上いっしょにいるところを見られたらマズイ』という理由でこの場から離れた。

 

 その後しばらくはルーミアと同じように挨拶巡りをしていると、これまた火神と同じように一人離れたところでボッチしている霊夢を見かけた。

 珍しいね、彼女が一人なんて。普段ならレミリアや魔理沙たちが彼女を放っておくはずないんだけど。

 見ればレミリアは他の有力者たちと、魔理沙はパチュリーとアリスら魔法使い組といっしょにいるようだった。

 ちょうどいいか。霊夢と二人きりで話せるチャンスだ。

 私は彼女の元へ歩み寄ると、いつものように笑顔を浮かべて声をかける。

 

「ヤッホー霊夢。元気?」

「……なんだあんたか。私が元気に見える?」

「うーん、たしかにちょっとテンション低めね。せっかく神社が直ったのに」

 

 霊夢は私の答えを否定することはなかった。

 表情から単純に嫌なことがあったわけではなさそうだ。迷いや悲しみなど、様々な感情をごちゃ混ぜにして貼り付けたような顔をしている。

 

「神社が直った、ねぇ。それは本当に直ったって言えるのかしら」

 

 しばらくの静寂のあと、霊夢はそうぽつりと呟いた。そして木の根に寄りかかり、顔を俯かせる。

 今度はその表情を覗くことができなかった。低身長でやろうと思えばできたはずなのに。見たら私の方が苦しくなってしまいそうだったから。

 

「私ね。前まではこの神社に思い入れなんてもの考えたこともなかった。いつもいつもボロいボロいって文句ばっかり言ってたわ」

「……」

「でも、実際失ってみると不思議ね……。倒壊した時のことを思い出すだけで……今でも胸が苦しくなる……っ」

「霊夢……」

 

 思い入れがないなんて嘘だ。今まで生きてきた時間のほぼ全てをこの神社とともに生きてきたんだ。ないわけがない。

 生き物には全て帰るべき場所がある。魚も鳥も虫も人間も妖怪もみんなみんな、どんなに旅してたって心の中にはかけがえのない住処がある。

 

 思い返すのは異変が解決された日。強敵を打ち破ったはずなのに、帰るところを失った霊夢の背中はひどく寂しげだった。

 

 頭上から少女の嗚咽が聞こえてくる。

 しかし誰もこちらを見る者はいない。木陰が私たちを包んで光の差す世界から隠しているようだった。

 

 ……この子の悩みを聞いてあげられるのは、私しかいない。

 不思議とそう思えた。近くには付き合いの長い魔理沙がいるのに、この時の私には霊夢以外誰も見えてなかった。

 

「……聞いて。たしかにあなたの家はもうない。あそこに建ってるの同じようなものであって全くの別物だ。でも、人はなくなった場所には帰れない」

「だから……忘れろって言うの?」

 

 私の言葉を聞いて、声を震わせながら霊夢はそう問いかけてくる。その言葉には若干の怒気が含まれていた。

 だけど私が怯むことはなかった。そしてさっきは見れなかった彼女の顔を、目を真正面から捉える。

 ……ひどい顔だ。幾多もの負の感情をたたんで噛み潰したかのような表情は、見ているこちらまでもが苦味や悲しみを感じてしまうほどだった。

 その感情の全てを受け入れたうえで、私は彼女に語りかける。

 

「忘れたくないのなら忘れなくていいさ。ずっと覚えておいてあげなよ」

「……えっ?」

「そんでもって新しい家のことも認めてあげればいいさ。前の神社も今の神社も、どっちも霊夢の家なんだ。思い出は覚えてる限り消えることはない」

「……そうね」

 

 闇を裂くように日光が私たちのところにも降り注いできた。

 霊夢は幹から背中を離すと、ピョンと小さく跳んで影と光の境界線を越えた。

 

「あなたの言うとおりかもね。こんなちっぽけな悩みに頭を抱えていたなんて……本当にバカみたい」

「ふふ、調子が戻ってきたようだね。霊夢にはそっちの方が似合ってるよ」

「ふん、余計なお世話よ。……でも、ありがとう」

 

 霊夢は最後に口からそんな言葉をこぼすと、小走りでこの場から去っていった。

 あの様子じゃもう大丈夫だろう。ちらりと見えた横顔に悲しみは残ってはいなかった。

 

 それを見て一安心だと思い、同じようにピョンと跳ねて影と光の境界線を飛び越えようとする。しかし足の長さが足りなかったせいか、私の体は完全に影から抜けることはできなかった。

 霊夢が戻ってきた影響か、なにやら騒がしい声が本殿の方から聞こえてくる。それが気になって私もみんながいる方へ歩いていった。

 

 

 ♦︎

 

 

「えー、今回の異変にて、誠に残念ながら博麗神社は一度倒壊してしまいました」

 

 本殿前に戻ると、あの不良天人がみんなを集めてスピーチを行っていた。冒頭からの一言で誰もが『お前のせいだろうが』というツッコミを心の中で入れただろうが、そんなのは微塵も感じられないとばかりに天子はスピーチを続ける。

 

「しかし、倒壊したのは不幸なことではありません。そう、これを機に、この博麗神社はより強く、より美しく生まれ変わったのです!」

 

 両手を力強く振りながら声高らかに天子はそう叫んだ。

 スピーチの内容も振り付けも外の世界の学校なんかで採点したら百点満点だろう。だが残念ながらここにいるのはこの天子の悪行を知っているやつらしかいないため、少しも心が震えることはなかった。……殺意で拳は震えたけど。

 

 おそらく天子自身も私たちが嫌悪感を抱いていることに気づいている。それを知ったうえでこんな煽るようなスピーチをして楽しんでいるのだ。

 仮にもこれは神社復興を祝う式。暴れたりでもしたら霊夢に迷惑がかかる。それゆえに私たちが動けないことを見越して。

 

「そもそも、神社は何故長い間同じ形で風化もせず壊れもせずに信仰を保てたのでしょうか? それには日本の神社特有のある風習による深い理由が有ったのです。その風習とは……」

 

 吐き気をもよおすスピーチの後には眠気を誘うどうでもいい話。なまじ話してることがまともなだけに文句を言うことすらできない。誰もがペースを天子に握られていた。

 そしてこのまま彼女のワンマンプレーが続く……と思われていた。

 

「今回の出来事を機に博麗神社も式年遷宮を……」

『つーかまーえーた』

 

 天子の声を遮って境内に突如エコーのかかった女性の声が聞こえた。

 そして次の瞬間、天子の背後にスキマが開かれ、鎖が飛び出して彼女を拘束した。

 

「なにっ、なにっ!? 今は神社の落第式中よ!」

「いいえ、今日は落第式などではございません。解体式ですわ」

 

 ふわりと宙を優雅に浮きながら、彼女は現れた。

 八雲紫。私の友人にして幻想郷の管理人。

 それが今、普段ではお目にかかることのできないほど重い殺気を天子一人に向けている。

 

「単刀直入に言うわ。何を神社に仕込んだのか白状しなさい」

「あら、なんのことかしら?」

「とぼけても無駄よ。調べたの。あなたの家系は神社を持っている」

「……ええそうよ。それで?」

 

 急な乱入にさすがの天子も動揺していたが、すぐに落ち着きを取り戻して紫の質問をぬらりくらりと躱そうとする。

 しかし相手は妖怪の賢者、こと頭脳戦にかけてなら私よりも上の存在だ。逃れられるはずがない。

 

「自分のいいように神社を改造して、自分の住む場所を増やそうって落胆でしょ? つまりあなたは神社を乗っ取ろうとしてたのよ」

「なんですって!?」

 

 声を荒げたのは霊夢だ。そのほかのみんなも驚愕を露わにしている。

 妖力によって瞳を強化。神楽の持っていた『怪奇を視覚する程度の能力』を発動すると、様々な陣が神社のあちこちの壁から浮かび上がってきた。

 これは黒確定だな。

 

「……ふっ、ふふふっ!! アハハハハッ!!」

 

 紫の言葉にしばらく黙っていた天子が急に口を三日月に歪めて笑い出した。まるで私と戦った時のような狂気を感じる笑みだ。

 

「ええそうよ! 天界も飽きてたからね。ちょうど地上に侵攻する口実が欲しかったのよ。その拠点にこの神社はぴったりだったってわけ」

「あれだけの土地があってなおさらに欲する……天人とは思えないほどの強欲っぷりね」

「この程度は欲に入らないわよ。大地を司る私にとってこの世全ては私のもの。なら、私がこの神社を手にしても不思議じゃないでしょ? まあ……」

 

 好き勝手に話し終えると、天子は神社の方に振り向いて剣を振りかぶる。

 ……おい、まさか……っ! 

 

「……この神社はもう用無しなんだけどね」

 

 そして、そんな軽い一言とともに赤い斬撃が剣から飛び出し。

 

 ——直ったばかりの博麗神社を粉々に打ち壊した。

 

 なっ、なんてやつだ……。

 神社は既に崩れて見る影もない。いや、異変時に壊れた神社とそっくりだった。

 そっくり……そうだ霊夢は!? 

 

 首がちぎれんほどの速度で彼女の方へ振り向く。

 ——そこには、膝から崩れ落ちた少女が呆然と上を見上げていた。

 

「あ……あぁ……っ、私の、私の神社が……っ」

 

 フラッシュバック。

 数日前の悪夢が霊夢の頭に蘇る。

 崩れ落ちる屋根。潰された家具。そして崩れた帰るべき場所。

 それら全てを失った悲しみが霊夢を襲い、彼女の瞳に雨を降らせた。

 

 ポチャリ、と響く涙の音。

 それと彼女の悲壮に満ちた顔を見て——

 

 

 ——私の中でちぎれかけていた何かが弾け飛んだ。

 

「……待て……」

 

 聞き慣れない、それでいてドスの効いた声がここにいる全ての者たちの心臓を震え上がらせた。

 それは天子も紫も例外ではない。

 静まり返った境内。そこに私……いや俺がおぼつかない足取りでゆっくりと前へ出て行く。

 

「ろっ、楼夢……?」

「紫……どけ……!」

「あ、あなたが出なくても私が……っ!」

「どけって言ってんだよっ! 俺の言うことが聞こえねぇってのかっ!!」

「ひっ……! ご、ごめんなさい……!」

 

 逃げるように霊夢たちの方へ去っていく紫。

 そして代わりに彼女が立っていた場所に俺が立ち、クソッタレな野郎と改めて対峙する。

 

「ふふっ、いい殺気ねぇ……! ゾクゾクしちゃうわ……!」

「うるせぇよゴミクズが。さっさと構えろ。テメェのそのご丁寧に飾られたプライドをぐちゃぐちゃに潰してやっからよぉ……!」

「……ふぅん。もうちょっと会話を楽しみたかったけど……やめたわ。あなたはすぐ殺してあげる」

 

 天子の緋想の剣に赤い光が集中していく。その光景を俺は一度見たことがあった。

 だが何が来るかを知っていて、俺は何も構えることはしなかった。

 

「『全人類の緋想天』」

 

 マスタースパーク並みの巨大な光線が剣より解き放たれる。

 だが威力は前見たのよりも比べ物にならないレベルで上だった。おそらく当たったら山だろうがなんだろうが消し飛ばすことができるだろう。

 それが私の目の前に迫り——大爆発を起こした。

 熱風と砂煙が巻き起こり、辺りを包み込む。

 

「アハハハハッ!! 偉そうなこと言って一撃で死んだ気分はどう!? アハハハ……ハハ……ッ?」

 

 狂ったような笑いが突如、途切れ、そして止まる。

 三日月の口を固めながら天子が見たもの。それは砂煙に浮かび上がる黒いシルエットだった。

 

 

「『羽衣水鏡』。ほぼ全ての霊的遠距離攻撃を無効化する。つまりテメェごときの技じゃこいつは破れねぇってことだ」

「あ、あなたはっ、いったい……っ!?」

 

 突如突風が吹き、砂煙を飛ばす。

 そして中から現れたのは幼い姿の少女ではなく……女神のような美しい女性だった。

 

「ああ……そういえばフルネームで名乗ってなかったんだっけか。なら教えてやるよ」

 

 そう、その正体は——。

 

 

「——俺の名は白咲楼夢! 白咲神社当主にして、産霊桃神美(ムスヒノトガミ)と呼ばれし最強の妖怪だ!」

 


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