東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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昔語り。そして……

 

「昔のことだ。白咲神社を建てたはいいが仕える人間が誰もいなかったことに悩んでいた時期があった」

 

 昔を懐かしむように月を見上げながら、語り出す。

 霊夢はいつになく真面目な顔で俺を見つめながら耳を傾けていた。

 

「そんな時だった。とある人間の女が妖怪である俺を退治しにきたんだ。当然やられるわけにもいかず俺は刀を抜いた」

「……結果は?」

「当たり前だが俺の勝ちだ。だが楽勝だったわけじゃない。その人間は当時俺が見た中じゃ横に並ぶ者がいない程度には強かったよ。その実力を気に入った俺はそいつを白咲神社の初代巫女に仕立てた」

「その女性ってもしかして……」

「そう、彼女の旧名は博麗楼夢。お前の先祖だよ、霊夢」

 

 脳裏に浮かび上がってきたのは初代巫女の顔。確か名前が同じって理由でややこしいから姓名を変えた後も俺は彼女のことを博麗と呼んでいたっけ。

 娘のような存在だった。

 だが結局俺は彼女が結婚した時どころかその最後すらも看取ることができなかった。

 もしかしたら俺が霊夢にここまで甘いのは、彼女にしてやれなかった分を代わりにしようとしているのかもしれない。

 

「……そういうことね。あんたがやたらと博麗の巫女について詳しかったのも」

「はいはーい! 質問よろしいかだぜ?」

 

 辛気臭くなってきた雰囲気を断ち切るように魔理沙の明るい質問が飛んできた。

 

「白咲神社の巫女が元博麗の巫女ってのはわかったけどよ。じゃあ誰が博麗神社を継いだんだ?」

「当時の博麗の巫女は二人いたんだ。つまり姉妹ってことだ。そして引き継いだ方の血筋を霊夢は引いている」

「へぇ。じゃあも一つ質問。そっちの方の巫女は結婚かなんかしなかったのか?」

 

 この質問の意味に一瞬戸惑ったが、すぐにその意味を理解する。

 彼女はおそらく白咲神社にも霊夢のような子孫はいないのかと聞いているのだ。

 

「いや、俺はその時訳あっていなかったから詳しいわけじゃないが、しているはずだ。夫は確か安倍晴明とか言ってたかな」

「安倍晴明って超大物じゃないか!? こりゃとんだ家系だな!」

「おまけにそのころの巫女は俺の血を与えてあったはずだから、半分妖怪化もしてたな」

「日本一有名な陰陽術師に博麗、さらには最強の妖怪の血までもが流れてるなんて、とんだサラブレッドもいたものね」

「それで!? その子孫はどこにいるんだ!?」

 

 魔理沙が目を輝かせながら聞いてくる。

 サラブレッドか……たしかにその通りだろうな。白咲家最後の巫女の名は神楽。つまりは俺のオリジナルだ。思えばやつはあらゆる面において天才だった。その才能を生み出したのは霊夢が言った通り血筋なのだろう。

 はぁ……あんまり言いたくないが、魔理沙には一応の事実だけ教えておこう。

 

「数年前に死んだらしい。残念ながら」

「そ、そうか……悪いな、嫌なこと思い出させちまって」

「いや大丈夫だ。そもそも俺と最後の巫女に接点はなかったからな。赤の他人……とまではさすがに言えないが、顔も知らないやつの死に涙流せるほど俺は器用じゃない」

 

 魔理沙はバツが悪いと思ったのか、それっきり黙り込んでしまった。

 再び静寂が訪れた。……はずなのだが、それは横でいつのまにか寝入っていた紫の目覚めによって再びぶち壊されることとなる。

 

「んっ、んう……? 私はいったい……?」

「萃香に酒飲まされて寝てたんだよ。ほら、正気に戻ったんだったらさっさと腕に抱きつくのをやめやがれ」

「へっ?」

 

 一瞬なんのことみたいな顔をされたが、その後自分が酔ってる最中何をしたのかを思い出したらしい。熟れたトマトのように一気に顔を赤く染めると、弾かれるように腕を離した。

 

「……こほんっ。そういえばあなたに一応伝えたいことがあったわ」

「なんだ? 説教ならもう勘弁だぞ」

「あれからの天界についてよ。ご存知の通り天界は三分の一の土地が消滅。真ん中から壊れたからバラバラになった土地をついさっき龍神がなんとか繋ぎ止めたらしいわ」

 

 龍神。一応幻想郷の神だ。ただ神奈子たちとは違って滅多に姿を現さないので今の今まで存在を忘れていたぜ。

 そんな影の薄い野郎だが、あれでも神としては最高クラスの位置にいるらしい。ジグソーパズル並みにバラしておいた天界を一日足らずで繋げたのはさすがといったところか。

 

「龍神のやつ、結構怒ってたわよ。覗き見た限りじゃ」

「なら今度竜宮の使いにでも会ったらついでに伝言を残しておくか。『怒るんだったら民のしつけすらまともにできない自分に怒れ。もし今度面倒なこと起こさせたらハブ酒にして丸ごと喰らってやる』ってな」

「穏やかじゃないわね……。まあ、あなたなら本当にやりかねないんだけど」

「あの……紫。ちょっと聞いていいか……?」

 

 紫と龍神の調理法について語り合っていたところで、しばらく黙っていた魔理沙が口を開いた。しかし何か言いにくいことなのか、俺や霊夢の顔をちらちらと見ては言いよどんでいる。

 

「そのだな……天子ってあれからどうなったんだ?」

 

 最近聞いた中で最も胸糞悪い名前を聞いて自分でも気づかないうちに眉をひそめていた。霊夢も酒を飲む手が止まっている。

 紫は言いにくいことなのか目を閉じたまま黙っていたので、代わりに張本人である俺が推測を語ってやることにした。

 

「俺が昼に放ったレーザーは正真正銘手加減なしのものだった。威力は見ての通り、結界を打ち砕いてなお山一つ消滅させる程度はある。俺が天子の力量を見誤っていなかったとすれば、生存確率は5%あれば高いほうだ」

「5%……」

 

 そのあまりの数値の低さに魔理沙は絶句する。そしてまただんまりとなってしまった。

 彼女があいつのことを可哀想と思うのは勝手だが、あいにくと俺は殺した相手に同情できるような心は持っていない。むしろ今でも嫌いなくらいだ。

 

「ただ……」

 

 くだらないことを思い出してしばらく無口になっていた時、突然紫が口を挟んだ。

 

「ただ……あれから消滅した山の跡を探してみたけど、天子の死体は見つからなかったわ」

 

 その言葉に思いのほか俺の心は揺れ動かなかった。それどころか他人事だとどこかで思ってすらいる自分がいる。

 ああ、そうか……。多分、もう俺の中じゃあいつはどうでもいい存在になっているのだ。だから自然と生きてる可能性があると知っても殺しに行く気が起きない。

 

「もちろん生きてる保証はないわ。山みたいに肉体ごと消滅した可能性の方が高いし、あんまり考えないようにしときなさいよ」

「そうか……まあ、仕方がないことなのかもな。ただ、できるなら生きていてほしいものだぜ。あんなやつでも死んだら胸糞が悪いものな。な、霊夢?」

「うっさいわね。どうでもいいわよそんなことは」

 

 ふっ……。当たり前だが、魔理沙は実に人間らしいよな。俺が失った人を思いやる心を持っている。

 霊夢もどことなしか気にしてたようで、紫の話を聞いてから酒を飲むペースが少し早まった気もする。

 

 願わくば、この人間らしさが未来永劫失われないことを。道を踏み外した神楽()のように。

 俺は盃に残った酒を飲み干すのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

 とある山の奥深く。

 かつて神社があった場所の裏に隠されたその秘境には、禍々しい気配を放つ黒い池ができていた。

 

 いや、池というよりかはそこは泉だ。中心に浮かぶように存在する小さな孤島。そこには三つの墓と……人の形をした黒い泥の塊が眠っていた。そしてその真ん中の墓から黒い水が溢れている。

 

『力ガ……足リナイ。体ガ維持……デキナイ……』

 

 どこからともなく、そんな女性とも男性とも言えないようなノイズのかかった声が響いた。

 普通に考えれば孤島に座っている泥人間が喋ったのだろう。しかし彼には口などというものはついていないので、その真偽を確かめることはできない。

 

『ヤハリ……力ヲ回収スル必要……ガアル、カ……』

 

 泥人間は突如眠りから覚め、立ち上がった。

 そして後ろを振り向き、墓の一つを見つめる。

『宇佐美蓮子』。そう刻まれた墓石の下には青い水晶がつけられたペンダントが供えられている。

『時狭間の水晶』と呼ばれるものだ。かつて大いなる邪神が生成した時空をも操れる力を持つ水晶。

 それを手に取り、泥人間は粉々に握りつぶした。

 

 その途端、周囲の空間が歪んだ。

 膨大なエネルギーの奔流。それが泥人間以外の辺り一帯全ての物を吹き飛ばす。そしてそのエネルギーは次第に泥人間の体をドーム状に覆うように旋回し出す。

 

『サァ……世界ノ終ワリヲ始メヨウ』

 

 次の瞬間、山は激しい閃光に包まれた。

 そして光が収まったころ、泥人間の姿はどこにも見当たらなかった。

 

 




今回で緋想天編は終了です。
次回からは新章『地霊殿編』が始まりますのでどうぞよろしくお願いします。

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