東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
鼻歌を歌いながら石造りの階段を上っていく。
今日も今日とて博麗神社へ。
最近の私はすっかり彼女の温泉にハマっていた。
博麗神社温泉にハマったのは私だけではない。霊夢の影響力もあってか、幻想郷のパワーバランスを支える各勢力の重要人物らにこの温泉は大ヒットした。
最近じゃ博麗神社に行けば必ず誰かしらがいるというほどの盛況っぷりである。まあ、そのせいでますます博麗神社は妖怪神社としての名を広めていってもいるのだが。
しかし今日に限って、境内には霊夢以外誰もいなかった。いや、正確には霊夢と鬼火みたいな光の塊——怨霊以外、か。
彼女は賽銭箱の上に座っており、すっかり意気消沈してしまっている。
「あらら、今日は珍しくがらんどうじゃん。どうしたの霊夢、そんなに落ち込んじゃって。それに……いつから博麗神社は怨霊を迎え入れるようになったの?」
「温泉から……突然こいつらが溢れてきたのよ。おかげで温泉は台無し。はぁ……もうだめだわ……」
あーあ、こりゃショックのあまり怨霊退治をするやる気すら失っちゃってるね。でもこのままじゃ霊夢に悪影響なので、なんとかしておかなければ。
「とりあえず、邪魔なんだよ!」
目の前にふわふわ漂っていた怨霊数匹を抜くと同時に切り裂き、始末する。
それを見た他の怨霊たちが一斉にこちらに向かってくるけど、集まってくれるなら好都合だ。
「『夢想封印』」
私の周りに七つのカラフルな巨大弾幕が出現し、自動で怨霊たちを駆逐していく。
やっぱり実態のない敵には特に効果抜群だね。さすがは博麗一族の奥義である。
ちなみになぜこれを使えるのかというと、私も一応博麗の血を少し引いているからだ。まあ霊夢には伝説の大妖怪だからできるという理屈でごり押しておいたのだが。
とにかく、今の弾幕を食らってほぼ全ての怨霊を消し去ることができた。残った数匹はすっかり恐れおののき、ここから逃げ出そうと散り散りになる。けど、そんな彼らの目の前にスキマが開き、中から飛び出したレーザーが残りを処理した。
「あーあ、かわいそー。せっかくわざと逃してあげたのに」
「よく言うわ。ハナから逃げきれるとは思ってなかったでしょ」
「まあね。近くに紫がいるのは気づいてたから」
ふわりと空中から賽銭箱の前に舞い降りた女性は日傘を差す。
彼女は私の友人である八雲紫だ。彼女が出張ってきたということは、やはり今回の件は異変なのだろう。
霊夢もそれを理解しているからか、口を尖らせてそっぽを向いている。対する紫は扇で口元を隠しながらそんな彼女を見て笑っている。
「ったく、たかが亡霊が温泉から出てきただけじゃない。何がそんなに問題なのよ?」
「二つほど訂正させてもらうわ。一つ目にあれは亡霊ではなく地獄に落とされたのにも関わらず、未だに罪を償い切れてない魂、つまりは怨霊よ。そして二つ目は地下から怨霊が湧いたというのはそれだけで問題なのよ」
「なんで?」
「あなた、旧地獄って知ってるかしら?」
旧地獄、たしか名前だけならどこかで聞いたことがあるような気がする。でもどこでだったかなぁ。と、頭をひねって思い出そうとするが、彼女の説明を聞いた後にすぐに思い出すことができた。
「旧地獄というのは地獄のスリム化のために切り離された土地のことなのよ。そこにはかつて地上で忌み嫌われたり封印された妖怪たちが住んでいるわ」
そうだ、たしか四季ちゃんからそんな感じの話をされたことがある! 私も話半分だったからあんまり覚えてないけど、旧地獄の連中が地上に上がってこないのは条約が何たらかんたらという話だったはずだ。
紫は話を進める。
「地上と旧地獄の間には互いに不可侵の条約が結ばれているわ。だけど、今退治した怨霊は旧地獄から上がってきたものだと思われる。この意味、わかるかしら?」
「……つまりは旧地獄の連中が地上に攻めてきたってこと?」
「その可能性が高いわ。だから霊夢、あなたにその調査をお願いしたいのよ」
「……条約の内容は互いに不可侵ってことじゃなかったの?」
「あくまで『妖怪』が地上や旧地獄を行き来するのを禁じてるだけだから。人間のあなたなら問題はないわ」
屁理屈のようだが、一応スジは通っている。ただなあ、果たして旧地獄に行った人間が無事に帰ってこれるかどうかと……。
というのも今思い出したのだが、旧地獄と言えば鬼の住処、つまりあの女がいるのだ。勇儀だけなら対等以上に渡り合えるだろうけど、あれが出てきたらいくら霊夢でもどうしようもない。
……ん?
そこまで考えたところで、ふと私の頭に疑問が浮かんだ。
「そういえばさ紫。よく剛がそんな条約飲んだね。あいつは縛られることを極端に嫌うはずなのに」
「もちろんあなたのことを引き合いに出して封じ込めたわ。じゃなきゃとてもじゃないけどあの理不尽女と交渉なんてできるわけないじゃない」
人の恋心を利用しているようでちょっと罪悪感があったけど、と紫は付け足した。
ここで理不尽と称されたのは鬼の大将であり私の友人でもある鬼城剛のことだ。
性格は私以上に破天荒。なによりも強さを絶対としており、その果てしない力でこの世のありとあらゆる事象を捻じ曲げて生きてきた。
何気に彼女とは六億年以上前からの腐れ縁だが、未だに私は苦手としている。
もし霊夢が旧地獄に行ったら、真っ先に彼女に目をつけられるだろう。そして勝負を受けさせられてボコボコにされて終わりだ。あとはゴミ同然にポイ捨てされたあと、残飯を漁るかのように他の妖怪たちに弄ばれるのみである。
そんなのを私が許しておけると思うか? 否、断じて否である!
「ということで私も同行したいと思います!」
「ダメよ」
「却下」
「みんなして酷くない!?」
もちろん断られるのも百も承知だったよ? ただあまりの即答っぷりに思わず涙が出てきちゃいそう。
だがだが、ここで折れたら武士の恥。というか霊夢のためにも引き下がるわけにはいかない。
「不可侵条約って言うけどさぁ、そもそも萃香だって旧地獄から出てきちゃってるじゃん! なら私が行っても問題ないじゃん!?」
「むっ、ぐぬぬ、そう言われちゃ返す言葉がないわね」
「それにもしもの時は大人化すればいいだけの話でしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
そう言ってはいるが紫はなかなか首を縦に振ってはくれない。
しょうがないか。恥ずかしいからあんまりやりたくはなかったんだけど……。
「紫、ちょっとしゃがんでくれない?」
「えっ、どうしたのよ急に……?」
「いいからいいから」
訝しみつつも紫は言う通りに膝をたたんでしゃがみこんだ。
私は逃さないように彼女の両肩を掴むと、顔をおでこが重なり合うほど近くまで急に近づける。
「へっ……!?」
彼女の顔が真っ赤に染め上がるが、お構いなしに彼女の瞳を見つめ続けること数十秒。
今度は私の唇を彼女の耳元にまで持っていき、大人状態の私の声で甘くささやいた。
「俺のことを信じられないってのか……紫……」
「し、し、信じるっ! 信じます……っ!」
「ならよかった」
彼女から了承の言葉をもらった途端に元の声に戻して手を離す。それだけで文字通り骨抜きにされた彼女はへにょりと石畳の上に座り込んだ。
「……あんた、いつもこんなことやってんの?」
「さーねー? ご想像におまかせしますよっと」
「いつか絶対背中刺されるわよ」
残念ながらすでに刺されてるんだけどね。でもそれを言うと霊夢の私を見る目がさらに濁っちゃいそうなので黙っておく。
さてと。
改めて私の旧地獄行きが決定したところで、境内の外に生えている木を見つめる。
ちらりと視線を動かすと、霊夢も私とまったく同じ場所を見ていた。やっぱり、気づいていたようだね。
「魔法かなんかで気配消してるのはわかってるわ。さっさと出てきなさい!」
霊夢が張り上げた声に観念したのか、私たちが見ていた木が歪んで魔法が解かれる。そしてその中から三人の人物が両手を上げながら出てきた。
「魔理沙にアリス……それにパチュリーも。魔法使い三人組が揃ってここに来るなんて珍しいね」
「ズッコケ三人組みたいな感じで言わないでくれる? はっきり言ってこの二人と私を同じもの扱いされるのは不愉快だわ」
「ええそうね。私たち三人の中であなただけ病弱ですものね。まあ、私もあなたたち二人とまとめて呼ばれるのには反対だけど」
「まあまあ落ち着けよってネクラ共。たしかにこの魔理沙さんがお前らと一緒にされるのには不服だがな」
「……やっぱ全員似た者同士じゃん」
『似てない!』
ポツリと呟いた言葉に三人が息ピッタリでツッコミを入れてくる。そしてそれが気に入らなかったのか、また三人揃って口論を再開してしまった。
だめだこりゃ。もうこれ以上私が何を言っても平行線だろう。
そう頭を悩ませていると、三人組の近くにあった木の幹が弾け飛んだ。
びっくりして横を振り向けば、そこには赤黒いオーラをまとった鬼巫女の姿が。
「この木みたいに木っ端微塵になりたいのは誰かしら?」
『……すみませんでした……』
三人は口を揃えて頭を垂れた。
さすがヤーさん巫女。見事な手際である。
その後、私たちは三人組と半ばぼうけている紫を連れて神社内へ入った。
居間に置いてある小さなちゃぶ台を囲うように六人が座る。三つしかなかった座布団には私と霊夢、そして紫が座っている。
魔法使い三人組がここにきた理由は、やはり温泉だった。どうやら偶然紅魔館の図書館で三人が遭遇し、その後なんやかんやで温泉に行くことになったそうだ。
しかしさっき話したように、今は温泉に入ることができない。そのことに不満を持っているだろうと予測していたのだが、彼女らの反応は真逆だった。
「さっき盗み聞いた話じゃ、お前ら旧地獄ってとこに行くんだろう?」
「そうだね。……って、まさか」
「そのまさかだぜ。今回の異変解決、この私も行かせてもらうぜ!」
魔理沙は机を叩きそうな勢いでそう言った。そんな彼女の瞳はまだ見ぬ未知なる世界を想像してか、キラキラと好奇心の星のように輝いている。
やっぱりか。
正直断りたい。ぶっちゃけ言ってしまえば彼女はある意味戦力外だ。弾幕ごっこでなら霊夢と互角に張り合えるだけの実力はあるが、こと戦闘、つまりは殺し合いに関しては素人に近い。
だからこそ、ここで彼女を止めたいのだけれど、うまい言葉が見つからなかった。水に浮く泡のように浮かんでは紡ぐ間も無く消えていく。
そうやって延々と迷っていると、隣で声が聞こえてきた。
「……魔理沙。今回行く場所は弾幕ごっこが通じるかさえもわからないところよ。最悪死ぬかもしれない。それでも行くって言うのかしら?」
「おう。むしろ危険なんてどんとこいだぜ!」
問うたのは霊夢だった。そして即答した魔理沙の目をいつになく真剣な表情で見ている。
ここで恐怖心の一つでも出していたら、彼女は迷うことなく魔理沙をここへとどまらせただろう。しかし現実は違った。魔理沙の目にも顔にも、そんなものは微塵も浮かんではこなかった。
「……はあ。度胸があるんだかバカなんだか。どっちにせよ、あんたは言っても聞きそうにないわね」
「へっ、あいにくとそれが私の取り柄なんでな」
厳密に言葉にはしなかったものの、これで魔理沙も旧地獄に行くことが決定した。
メンバーは私、霊夢、魔理沙。言ってしまえばいつもの異変解決組だ。
不確定要素はまだたくさんある。しかしこれ以上考えてもキリがないとして、私は思考を別の話の方へと向けた。