東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
「あーりゃりゃ。流されていっちゃったよ……」
川の中でどんぶらこどんぶらこと浮き沈みしながら遠ざかっていく金髪エルフもどきに手を振る。
うん、完全に気絶しちゃってるね。落ちた場所が悪かった。あの調子じゃしばらく戻ってこれないだろうし、その隙に進ませてもらうとしよう。
外の世界の京都に残ってそうな木製の橋を歩いていく。
そして川を渡れば、見えてきたよ。地底の街が。
『みんな、ここからが本番だよ。あそこにはさっき戦ったようなやつらが普通に街を歩き回っている。どこで喧嘩を売られるかわからないから気をつけるように』
「さっきの雑魚が束になっても一緒よ。全員まとめて退治してあげる」
「へっ、その通りだぜ。私のマスタースパークで地底のやつらの度肝を抜いてやる!」
二人はやる気満々だけど、対照的に私のテンションは超低い。
いやだって、あそこは鬼が治めてるんでしょ? 鬼ってことは……絶対いるよなぁあいつが。
「ねえ紫。消臭剤かなんかもってない? できればスキマで送って欲しいんだけど」
『えっ、消臭剤? たしかにあるけど……』
グニュンという空間が歪む音とともに、消臭剤を持った紫の手がスキマから生えてきた。
ファ●リーズとラベルにデカデカと書かれたそれを受け取ると、容器の先っぽを刀でちょん切る。そして容器を逆さにし、その中身を頭からまるごとかぶった。
「お、おい何してるんだぜ! 気でも狂ったか!?」
「いや、真面目だよ。これは作戦さ……ふふふ……」
「いや、なんか目が死んでて全然大丈夫じゃなさそうなんだが……」
私がこんなことをしたのにももちろん理由がある。
なんと、剛のやつは私限定で臭いを嗅ぎ分け、位置を特定することができるのだ。
いや怖いよ! マジで怖いよ!
妖怪の山に住んでたころはそれで何度やつに襲われたことか……。
ああやばい、トラウマが蘇ってくる……。
「おーい、大丈夫かー?」
『そっとしておいてやれパツキン魔法使い。こればかしは誰も関わっちゃいけない問題なんだ……』
「嗚呼、三途の川で四季ちゃんが手を振ってる気がする……」
「恐怖のあまり幻覚を見始めちゃってる!?」
やめろぉ、私はまだ死にたくなぁい……。
「はぁ……ったく、世話が焼けるわね、このっ!」
「もんぶらんっ!? ……はっ、私は何を!」
霊夢の拳骨のおかげでなんとか正気に戻ることができた。
ちまたじゃ精神力オバケなんて言われたこともある私を恐怖だけでここまで追い詰めるとは……剛、恐ろしい女だ。
「というかもう行っていいかしら。いい加減茶番は飽きてきたのよ。あとなんかあなたいい匂いがしてきてうざいわ」
「最後のは八つ当たりじゃないかな!?」
「うるさい」
「あ、耳を引っ張ったまま歩かないで! あっ、あっ……!」
私のケモミミを鷲掴みしながら霊夢は進んでいく。当然それに引っ張られて私もいやいや後を追っていく。
そして一悶着あったところで、私たちはようやく地底の街に入ることができた。
♦︎
街に入ってしばらく歩くと、あちこちから視線を感じた。
妖怪の街に人間がいるんだ。そりゃ目立つ。
ただ、表通りはそこまで治安が悪くないのか、いきなり襲いかかってくるようなやつはいなさそうだった。
どちらかと言うと私たちを敵ととしてじゃなくて不審者として見てるような感じだ。通り過ぎるほとんどの妖怪たちが怪しがっているけど、近寄ってくるわけでもない。
「うーん、こうして見ると地底はずいぶん賑やかなもんだな」
『まあトップが鬼だし、地底にいるやつらは基本気性が荒いからね。ガヤガヤ酒を飲んでは喧嘩するのがここでの日常さ』
「そのわりには私たちに喧嘩をふっかけてくるやつらはいないようだけど?」
萃香の言葉に疑問を持った霊夢が問う。
『まあここは表通りだからね。暗黙の了解としてここじゃ派手なことはやらないようにしてるんだよ。だから脇道なんて歩いたらすぐに襲われると思うよ』
「や、やっぱり物騒なんだなここは……」
『でも立ち止まってるわけにはいかないわ。どこかで情報を集めなきゃ』
『じゃあ居酒屋なんてどう? 私のお気に入りの店を一つ紹介してあげるよ』
紫と萃香の案に、私たちは顔を見合わせる。
特に異論はなかったので、そのまま萃香がおすすめする居酒屋に行くことにした。
妖怪である私が先頭に立って、居酒屋の引き戸を開ける。
ガラガラという音とともに入店し、店員に人数を言うと素早くカウンター席に座った。
別に敷居で挟まれた畳の席でもよかったんだけど、今回は情報が目的だ。だからこそ、人目がつくのを無視してここを選んだ。
でも一仕事する前に……。
私はメニュー表を開いた。
「おいおい、私たちはここに情報収集をするために来たんだぜ? 呑気に飲んでる場合かよ」
「ノンノン魔理沙、私がただ酒を飲もうとしてると思ってるんだったら大間違いだよ。第一、店で何も食わないようなやつに店員が情報を与えると思う?」
「た、たしかに……。でも、金はどうするんだ?」
「適当なマジックアイテムを渡すさ。こっちじゃ地上の金は使えないと思うし。だから遠慮なく食べていいよ」
「そこの店員! 芋焼酎に鬼の地酒、そして唐揚げセット三つに焼き鳥五つちょうだい!」
「……霊夢はちょっと遠慮してほしいかなぁ……」
私のおごりと言った瞬間これだ。小遣いはあげてるはずなのに、どうして霊夢のこの悪い癖は治らないのだか。
魔理沙は霊夢の豪快な注文っぷりを見て迷いが吹っ切れたらしく、酒と唐揚げセットを注文していた。
同じように私も鬼の地酒と唐揚げセットを注文する。
運ばれてきた料理と酒を楽しむ。
やっぱり地底の酒は強いね。私は妖怪だから大丈夫だけど、魔理沙は一つ目で早々ダウンしていた。顔を青くして机に突っ伏している。
鬼の酒を人間が飲んだら当然こうなる。こうなるんだけど……。
ちらりと、隣の席を見る。
「お酒足りないわよ! もう一瓶持ってきなさい!」
……なんで霊夢はこんなにも酒に耐性があるのだろうか。多分ヤマタノオロチと恐れられた私と同じかそれ以上飲んでるぞありゃ。
「ば、化け物かよあいつは……ウップッ」
それを見ただけで再び酔ってしまったのか、魔理沙は顔をさらに青く染める。見れば私たちだけでなく、他の客までもがあまりのウワバミっぷりに驚いていた。
その多くは負けてたまるかとさらに酒を注文していた。
異様な盛り上がりを見せる居酒屋。しかしその騒ぎにつられたのか、地底で最も大きな火がここに近づいてきていた。
戸がガラガラと大きな音を立てて開く。中に入ったのは顔に大きな傷が刻まれている妖怪。
非常に筋肉質な体格に額から生えている尖った角。
地底の番人、鬼だ。
鬼は店に入るなりこちらに近づいてきて、霊夢の肩を掴んだ。
「……なによ、アンタ?」
「おいおいその返事はねーだろ人間の姉ちゃん。もうちょっと楽しそうな雰囲気出せよ」
「だったら手を離してもらえるかしら? 食事の邪魔で不愉快だわ」
「……おい、あんま調子にのんじゃねぇぞコラ」
最初はヘラヘラしていた鬼の雰囲気が重いものに変わる。
店内は打って変わって静まり返った。
誰もが唾を飲んで私たちを傍観している。
しかしそんな中でも、霊夢の表情は全く変わっていなかった。
鬼は肩を掴む手に力を込める。
「なあ姉ちゃんよ。俺たちはアンタらに聞きたいことがたぁーぷりあるんだ。ここは大人しく面を貸すのが、お互いにとって得だとは思わねぇか?」
「思わないわね。これっぽっちも」
「このアマァ……! 黙っていればいい気に——ぶごっ!?」
鬼は激怒し、霊夢の肩を壊すためにさらに力を込めようとした。
しかしその瞬間、目にも留まらぬ速さで霊夢の左手の甲が一閃。
顔面から鼻血を吹き出しながら、鬼は後ろへ吹き飛び、壁に激突した。
『ひゅー、やるねぇ』
「こ、この野郎……っ! やりやがったなぁ!」
「そっちから仕掛けてきてよく言うわ」
霊夢は席から立ち上がると、人差し指を立ててクイクイと曲げ、挑発した。
普段の彼女ならやらないようなパフォーマンスだけど、今彼女は酔っているせいでテンションが上がっているらしい。ほんのりと顔が赤くなっている。
「さっさとかかってきなさい。遊んであげる」
「なめ、るんじゃねぇ!」
鬼は雄叫びをあげると、拳を大きく振りかぶったまま突っ込んでくる。
角も相まってその姿はまさに闘牛だ。
しかし悲しいかな、闘牛は闘牛士に勝つことはない。
霊夢は若干腰を落とすと、相手の右スウィングに被せるように右拳でカウンターを繰り出す。
それは見事に直撃。新たに血が噴き出した。
顎を打ち抜かれてバランスを保てなくなり、鬼の動きが一瞬止まる。
しかしその一瞬で十分だった。
青い閃光が彼の横顔を打ち砕くには。
霊力を纏ったローリングソバットとも呼ばれる蹴りを顔面から受けて、鬼は最初の比じゃない勢いで吹き飛ばされ、戸を突き破って外に出た。
居酒屋内に一瞬の沈黙が訪れる。
だがすぐに決壊。
客たちはそれぞれ立ち上がり、テーブルを叩いたりして地鳴りのような大歓声をあげた。
「ひゅー! やるねぇあの人間! 鬼をあんな簡単に倒しちまったぞ!」
「強すぎるぜ! おい誰か勇儀さん呼んでこい! 久々に面白い戦いが見られるかもしれねえぞ!」
「……なにこれ?」
『地底の連中はこういうやつらなのさ。こいつらは常に戦いに飢えている。だから喧嘩はある意味旧地獄の華ってとこだね』
予想外の周囲の反応に困惑していた霊夢に、萃香がそう説明する。
私たちは面倒ごとに巻き込まれないために一旦外に出ることにした。
するとさっき霊夢に蹴られた鬼が満身創痍になりながらもこちらに歩み寄ってくるのが見える。
仕方ないなぁ……。
闇のリングを発動。
何もない空間から突如黒い巨腕を飛び出て、鬼の首を握りしめる。
「あ、がぁ……っ!」
「往生際が悪ぃんだよ。敗者は黙って土の養分にでもなってろ!」
感情の高まりで思わず素の口調に戻ってしまっているが、今は好都合だ。
鬼は最初は抵抗していたが、しだいに勢いがなくなってくると、泡を口から出して白目を向いてしまった。どうやら気絶したらしい。
私は闇の腕を操作し、こちらの視界から消えるほど遠くまで鬼をぶん投げた。
『ナイスピッチ。300キロは出たんじゃないかしら?』
『おいおいこれが鬼かよ。ただの生ゴミの間違いじゃねェのかァ?』
はぁ……呑気だねこいつらは。自分は戦ってないくせに好きなこと言いやがって。
まあ実際戦っても同じことを言いそうな気がするんだけど。放っておくしかないか。
しかし……辺りを見渡す。
表通りが妖怪たちで埋め尽くされている。私たちは野次馬たちによって完全に包囲されていた。
殴りかかってこないだけマシだけど、こうも騒がれちゃ鬼どもが来ちゃうじゃないか。その前になんとか逃げなくては。
しかし、そんな私の考えも無駄だったようだ。
突如野次馬たちの波がモーゼの奇跡でも使われたように二つに割れていく。
そしてその奥からさっきのとは明らかに実力が違う鬼の女が歩いてきた。
体操服のような衣服に額から突き出た巨大な一本角。
ちらりと見える腹は見事に割れていて、一瞬女性であるのを忘れてしまうほどだ。
「よお、派手にやってるじゃないか人間!」
「……誰よ、アンタ?」
「おおっと、こちらから名乗るのを忘れてたよ。私は星熊勇儀。一応ここらの鬼をまとめている。よろしくな、人間」
「……博麗霊夢よ」
ああ、剛ほどじゃないけど面倒くさいやつに出会ってしまったもんだ。
勇儀はヘラヘラとした笑みを浮かべている。が、やつの目だけは笑っていなかった。間違いなく、あれは獲物を見つけた獣の目をしていた。
『おー! 久しぶりじゃん勇儀! 元気してたぁ?』
「うん? 私にはそんな丸っこい知り合いはいなかった気がするんだけど……とうとう私もボケたか?」
『違うって! 私だよ私! 萃香だ!』
「ああ、萃香か! しばらく見ない間にずいぶんへんな形になったじゃないか!」
うん、今の会話からバカは治ってないのがよーくわかったよ。
他の二人はイマイチ状況がつかめていないようで、代表して魔理沙が彼女らに問いかけた。
「えーと、お前らって知り合いなのか?」
『おっと、紹介を忘れてたね魔理沙。こいつは——』
「妖怪の山の四天王『力の勇儀』。萃香と並ぶ最高クラスの鬼。わざわざ説明する必要はないよ」
このままじゃダラダラと長話を続けそうだったので、強引に言葉を割り込ませてもらった。
勇儀の視線がこちらに向き、一瞬怪訝な表情を浮かべるも、次には目を見開いて驚いていた。
なんだその反応は。百面相かおのれは。
「お前、もしかして楼夢か!?」
「当たり。久しぶりだね、勇儀」
何はともあれ、私は旧友と嬉しくない再開を果たしたのだった。