東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
勇儀と霊夢の拳が交差した。
だが、鳴り響いた打撃音は一つ。
「へぇ……やるじゃないか」
霊夢の拳がほおにめり込んでいるにもかかわらず、勇儀は不敵な笑みを浮かべた。その表情から全くダメージを受けている様子はない。
一方霊夢はカウンター気味に当たったはずの拳がそこまで傷を負わせていないことに目を見開いていた。
その隙を縫うように、勇儀の左拳が振るわれる。
とっさのことで回避が間に合わなかった。両腕をクロスさせ、拳が当たったと同時に自ら後ろへ飛び退く。そうやって拳の威力を殺そうと霊夢はしたのだが、それはほとんど意味をなしてはくれなかった。
拳が霊夢の腕に触れた瞬間、真近で爆発音が鳴り響く。
そして霊夢は想定外の速度で吹き飛ばされ、家一つをぶち抜き隣の通りの地面に打ち付けられた。
「カハッ……!?」
なんて威力だ。思わず愚痴をつぶやく。
なるほど、楼夢が自分にアレの相手をさせたくなかったわけがよーくわかった。
霊夢も以前、同じ四天王である萃香と戦ったことがある。しかし勇儀は萃香とは同じ鬼なのに戦い方の特徴が全く違うのだ。
萃香が柔だとしたら勇儀は剛だ。細かい技術などは一切ない。ただ本能に任せて殴り合うだけ。それゆえに出だしも簡単にカウンターを浴びせることができた。
しかし勇儀にはその弱点を補って余りあるものがあった。それはある意味萃香とは別格の身体能力だ。
体の頑強さも腕力も何もかもが萃香より一つ上だ。現にさっきのカウンターも萃香なら吹き飛んでいただろうが、勇儀は見事耐えてみせた。
霊夢が萃香に勝てたのは、彼女が得意とする技術による格闘戦を霊夢が上回っていただけ。しかし勇儀のようなものを前にしては技術など何の役にも立たないだろう。
それでも、あんな見栄を切ったのだ。負けるわけにはいかない。
拳を地面に叩きつけて自らを鼓舞し、立ち上がる。
幸い腕がちょっと痺れただけで今のところは骨折も捻挫もしていない。
まだまだやれる。そう闘志を燃やし、拳を握りなおした。
「アッハッハ! 上手く受け身でもとったか! でも今度はそうはいかないよ!」
笑みを浮かべながら突っ込んでくる勇儀。
さっきの霊夢がぶち破った建物は勇儀のさらなる突進によって完全に崩れ落ちた。が、今はそんなことを気にしている場合ではない。
突進の加速を利用して、勇儀は腕を思いっきり振りかぶり、フック気味のスウィングを繰り出してくる。
それをくぐり、再びカウンターで右アッパーを放つ。
今度は顎に直撃した。普通ならここで脳を揺らされて平行バランスが崩れたりするのだが……。
「へっ。だからそれは効かないって言ってるだろうが!」
そもそも脳自体が揺れていないので、勇儀の体勢が崩れることはなかった。お返しとばかりに拳を振り下ろしてくる。
それをバク宙の要領で避けながらお札と弾幕を浴びせる。しかしそれでも勇儀がダメージをを受けた様子はない。
しかし次の勇儀の行動でその考えは否定された。
勇儀はぺっと唾を吐き出す。その唾は真っ赤に染まっていた。
口の中を切っていたのだろう。それはつまり、多少ではあるが霊夢の拳が勇儀にダメージを与えているということ。
しかし今は何の役にも立たない情報だ。
霊夢の本気の拳の威力は生半可なものじゃない。岩どころか鋼すらもたやすく砕くことができるだろう。それを、ましてやカウンターでくらったのなら普通は首の骨が折れて死ぬのに、彼女ときたら少し口を切っただけ。これだけハイリスクローリターンの末に与えた傷を果たしてダメージなどと言っていいものか。
勇儀は霊夢に思考させる時間すら与えないつもりらしい。彼女はがむしゃらに突っ込んではカウンターを受け、それでも突進を続けるという一見無意味な行動を続けていた。
しかし、勇儀が気づいているかどうかは知らないが、おそらくはこれが最も効率的な勝利方法のはずだ。
カウンターとは与えるダメージが倍になる分、失敗すればその利益が自分に返ってくる諸刃の剣。そしてそれを成功させるには並々ならぬ集中力を必要とする。
いくら霊夢が超人と言えど、それは変わらない。そして体力勝負に持ち込まれれば霊夢に勝ち目はない。勇儀が体力負けするはずがないので、このままでは遠からず集中力が切れたところを逆カウンターをもらって終わりだろう。
それがわかっていてもなお、霊夢はカウンターを続けるしかなかった。しかし勇儀もさすがに何度もそれを繰り返せばわかってくるため、拳を振るった後は顔面にガードを固めていた。
横から振り回されるスウィングをかいくぐって、左拳で勇儀の右脇腹を叩く。
まっすぐ突き出されたストレートを前進しながら首をひねって避け、右拳で胴体の左部分をえぐる。
振り下ろされた拳を、体を微妙に横に移動させて避けながら、合わせるようにしてアッパーを繰り出し、勇儀の胴体のちょうど真ん中あたりを突き上げる。
しかし、しかしだ。ここまでしても、勇儀が笑みを消すことも、動きが鈍くなることもなかった。
やがて、何十分同じ作業が繰り返されただろうか。霊夢の額から滝のような汗が流れているのに対して、勇儀は雫のような汗しか浮かべていない。それは二人の体力の差を確実に表していた。
そしてとうとう、恐れていたことが起きてしまった。
避けるのに失敗し、勇儀の拳が僅かだが霊夢の肩をえぐったのだ。
そして彼女の動きが一瞬止まる。しかし十分だ。拳を敵に当てるには。
勇儀の拳が霊夢の顎を突き上げた。
舞い散る血しぶき。宙に浮く霊夢の体。しかし勇儀は一切容赦なく、もう片方の拳を振るった。
霊夢の腕が防御のための持ち上がるが、もう遅い。
中途半端に構えられた腕を弾き飛ばして、勇儀の拳は霊夢の顔に命中した。
悲鳴をあげる間もない。
意識がどこかへ飛んでいくのを感じる。しかし次に感じた、身体中をかき混ぜられたような激痛と吐き気が楔と化して、意識をつなぎとめた。
霊夢は建物を数件ぶち抜いて、瓦礫の上に大の字になって倒れ込んでいた。
視界は血で赤く染められており、よく見えない。しかし勇儀がゆっくりとこちらに歩いてくるのだけは見えた。
ゆらゆらと体を揺らしながら、なんとか立ち上がる。
「驚いたね。拳が当たる瞬間に結界を張ってダメージを最小限に抑えたか。とんでもない反射速度とセンスだ」
「……そいつは、どうも……」
霊夢の口数はいつもよりも少ない。それだけ彼女はダメージを受けていた。
それでもなお立ち上がった霊夢に対して、勇儀は拳を構え直す。
「ここまで私を殴ったお前は間違いなく、最強の人間だ。それに敬意を評して、私の奥義でケリをつけてやろう」
勇儀は体を屈め、クラウチングスタートのような体勢をとる。そして雄叫びをあげながら、全身に力を込め、足を踏み出した。
一歩目。
それだけであたりの瓦礫が浮き上がり、加速する勇儀の風圧によって吹き飛ばされていく。
二歩目。
今度は地面にクレーターが出来上がった。巨大な爆発音をあげ、無関係なものを消しとばしながら、破壊の化身はさらに足を踏み込んで加速してくる。
三歩目。
もはや地震だ。踏み込んだ際のクレーターはさらに大きく、そして大地は衝撃を受けて波のように揺れ、辺り一帯の建築物を巻き込んで崩していく。
一歩、二歩、三歩。三つの踏み込みによって拳に溜められた力を全て解き放つ勇儀の最強奥義。
その名は——。
「『三歩必殺』ッ!!」
拳の直線上にあるもの全てを消しとばすであろう破壊の拳が迫ってくる。
しかし霊夢は怖気付くことはなかった。
彼女は最大限にまで集中力を高め、自身の切り札を切る。
「——『夢想天生』」
勇儀の拳が振り抜かれ、嵐のような衝撃波が前方に見えるもの全てを消しとばした。
轟音が鳴り響き、目も開けられないほどの光と爆風がなにもかもを飲み込んでいく。
しだいにそれは収まり、視界が元に戻っていく。
そこで勇儀が見たものは、荒廃した瓦礫の海に黒髪の少女、そして——。
——自身の腹部に突き刺さっている、お祓い棒だった。
「……ハッ……ハハハハハッ!! すげぇすげぇ! どうやって私の拳を避けたんだよ! どうやって!? なあなあ!」
必殺技を避けられた勇儀の目にあったのは怒りではなく、喜びだった。まるで玩具を与えられた子供のように霊夢に問いかけてくる。
しかし霊夢はそれを黙らせた。
「うるさいわよ。それよりもアンタ、終わったことなんかよりも自分の体の心配をした方がいいんじゃないかしら?」
「あっ、何を言って……? 私の体はこんな棒切れで叩かれた程度じゃ……っ!」
続きの言葉を言おうとして、突如勇儀は体勢を崩し、地面に膝をついた。
彼女を襲ったのは謎の疲労感。そして腹部を中心に体中をかきむしるように広がっていく激痛。
呼吸をしようとするも腹に全く力が入らず、空気が彼女の体に入り込むことはなかった。
「アンタら鬼ってずいぶん頑丈よね。それもありえないくらいに」
身動きが取れないのを確認して霊夢は語り出す。
「でも実際、あれレベルの威力のものを受けてノーダメージなんてありえないわ。だから思ったの。アンタらが不死身のように見えるのはもちろん肉体が馬鹿みたいに頑丈なのもあるけど、それ以上に喧嘩のしすぎで痛覚が麻痺してるからじゃないのかって」
ボクサーは殴られ、傷つくことが多いにも関わらず集中力を切らすことはない。それは彼らがひとえに殴られることに対する耐性があるからだ。
それと同じようなものだと、霊夢は言った。
鬼は互いに殴られまくることでだんだんと痛みというものに耐性をつけていき、痛みを感じにくくなるのではないかと。
「だからそれを利用させてもらったわ。肝臓、腎臓、みぞおち。これがなんのことかわかるかしら?」
「……ッ?」
「人体の急所のことよ」
そして私が延々とダメージを与え続けた場所でもある。と霊夢は続ける。
普通なら一撃打たれただけでも体に異常が発生するが、勇儀は感覚が麻痺しすぎているせいでそれを感じることがなかった。でもダメージが消えたわけではない。だんだん蓄積していって、先ほどの霊夢の攻撃をきっかけに爆発したのだと。
「一度痛みを自覚すれば後は簡単よ。今まで無視してきた分のダメージが一気に襲ってくる。ほら、動くこともできないでしょ?」
勇儀の目は刃のようにギラついてはいたが、その顔色は青白かった。
チアノーゼ。要するに酸素不足。
霊夢が殴ったみぞおちには横隔膜と呼ばれるものがある。これがポンプのような役割を果たして呼吸を手助けしているのだ。
だが、そこを直接叩かれれば横隔膜は麻痺し、動かなくなる。すなわち、
勇儀は生まれたての子鹿のように足を震えさせながら、歯を食いしばって立ち上がった。そして拳を構え、振りかぶる。
「まだまだぁ……っ! 私はっ、負けちゃいねぇぞ……っ!」
さっきまでと比べたらまるで脅威にもなりえないその拳を霊夢は避けなかった。いや、避ける必要がなかった。
なぜなら、拳は霊夢の体を通り抜け、空振ったのだから。
困惑する勇儀に対して、霊夢は歩みを進める。そして今度は勇儀の体を通り抜けた後、振り返りもせずにタネを明かした。
「そうそう。今、私はこの世の全ての現象から浮いている状態なのよね。だからアンタの拳が私に当たることはないわ。それが理解できたのなら——大人しく消し飛びなさい」
刹那、霊夢を中心に膨大な霊力が集中していく。そしてそれが一気に弾け飛び、無数の弾幕やお札を全方位へとばらまいた。
近くにいた勇儀にそれを避けることはできず、彼女は弾幕の波に飲まれていく。
しかし、彼女は霊夢の夢想天生が終わった後でも立っていた。
体中を黒焦げにしながら、それでも不動の意思を見せるその姿は、まさに鬼と呼ぶにふさわしいものだ。
だが、それすらも無駄に終わることとなる。
体が錆びついてしまったかのような感触を味わいながら、ゆっくりと勇儀は上を向いた。
そこには、七つのカラフルな弾幕を放つ巫女の姿があった。
「これで止めよ。——『夢想封印』」
もはや勇儀には霊夢の攻撃に抗う力は残っていなかった。
七つの弾幕を一身に浴び、今度こそ勇儀は吹き飛んで地面に倒れた。
体はもう動く気配すら見せない。だが、唯一その瞳だけが、今も変わらず霊夢を見つめている。
「……私の奥義をここまで受けて、死ぬどころか気絶すらしないなんてね。ちょっと傷つくわ」
「い……っ、しょう……っ、だ……ぜ……っ!」
勇儀は震える口で声をあげた。それは言葉にすらなってはいなかったが、不思議と霊夢には何を言ったのか伝わってきていた。
『いい勝負だったぜ』
「……まあ、それなりに楽しかったわよ」
それだけ言い残すと、倒れた勇儀一人を残して、霊夢はその場を離れていく。
彼女の眼前には、嵐が過ぎ去った後のような静寂と、その爪跡が広がっていた。