東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
地底の外れにて。
まるで相撲の土俵のように土が敷き詰められ、太い縄で囲われた場所で私と剛は対峙していた。
剛はシャドーボクシングで準備運動をしている。しかしその風切り音は明らかにただの拳が出しちゃいけないものだった。なんかビュン、とかじゃなくてドゴォオォンッ! て音が鳴ってるし。爆発物か何かかあれは。
対する私は虚ろな瞳をしながらひたすら自問する。
なぜだ。なぜこうなった。
「じゃから儂が弾幕ごっこを覚えるためだと何回も言っておろうに」
「私は一度も同意してないと思うんだよね!? それが気がついたらこんな人気のない場所にまで連れ込まれてるし!」
『おい、もう諦めろ楼夢。運命からは逃れられん』
「うるさい! あなたは私が傷つくのを見るのが楽しみなだけでしょうが!」
『あ、バレた? まあわかってるんだったらさっさと殺し合って来いや』
「いやだぁ! 絶対手加減誤ってミンチにされるよこれ!」
そう、事の発端は剛が弾幕ごっこを覚えたいと言い出したことだった。
剛は伝説の大妖怪ではあるが妖力操作はからっきしで、弾幕の一つも出すことすらできない。なので必然的に近接弾幕ごっこをやるしかないのだが、ここで一つ問題が発覚した。
この女、手加減が超苦手だったのである。
その度合いはすでに犠牲者が数人出ているほどらしく、弾幕ごっこを推奨した者としていかんと剛は考えていた。そして出た結論が私に習うことにしよう、だった。
……うん、なんで私? いやたしかに私や火神以外に剛を抑えられるものはいないかもしれないけど、私の耐久が紙同然だってのを忘れてないかな? 避け損ねたら普通に死ぬからね?
などなどと色々抗議してみたのだが、剛は耳を貸さず。
結局無理やり連れ出されて、今に至ると。
「くそぉ! もう帰りたい!」
「心配せずとも返してやるわい。もちろんこれが終わった後じゃがな」
しかしいくらジタバタしていても状況は良くなってはくれない。
結局私は覚悟を決め、彼女に弾幕ごっこを教えるもとい実験体になることにした。
「はぁ……もういいや。じゃあまず一番手加減した拳を見せてくれない?」
「ん、何を言っておるのじゃ? さっきの素振りが今の儂の全力の手加減じゃ」
「……ああ、こりゃ重症だわ」
えっ、素振りってさっきのシャドーボクシングのことだよね? 明らかに人体がくらっちゃダメな風切り音をしてたような気がするんだけど。
しかし本人はけっこう真剣らしい。どうやら本当にあれが今の彼女の限界みたいだ。
「さて、儂の今も見せたことじゃし、そろそろいくぞ?」
「いくって何を? ……まさかっ」
「ハァァァァァァッ!!」
とっさに飛び込むように横に体を動かす。
そして次の瞬間、暴風が吹き荒れ、目にも留まらぬ正拳突きが先ほど私が立っていた場所を貫いた。
衝撃波だけで土俵はえぐれ、その奥にあった岩を砕く。
「ちょっ、何するんだよ!?」
「実戦に決まっておるじゃろうが! 技術とは戦いの中で身に付けるものじゃからな!」
「そんな土壇場で覚醒する主人公みたいなこと毎回できるのはお前だけだ!」
ああもう、話を聞かないやつだ。
こうなったら仕方がない。私も本当の姿で相手をしなくちゃ身が持たん。
体の奥底に眠る妖力を引き上げるようなイメージを浮かべる。しかしいくら経っても体に変化が起きることはなかった。
「な、なんで!?」
『おいおい忘れちまったのかァ楼夢。テメェは地底で本気になるのを禁じられてるだろうが。念のため指輪に細工しといてよかったぜ』
「っ、この指輪か!?」
急いで指輪を捨てようと引っ張る。だがなぜか指輪は指から抜けることはなかった。
『ムダムダ、そういつには本気のお前じゃないと解けないような術式をかけてある。抵抗はやめて楽しいショーに専念するんだな』
「……テメェ、生きて帰ってきたら絶対ぶち殺してやる」
思わず素の口調になって、通話の奥にいる人物を恨む。
くそっ、こうなったらやるしかない!
妖桜と舞姫を抜き放ち、剛へと切りかかる。
しかし彼女はそれを避けもせずに片腕で受け止めた。
「……って、なに弾幕ごっこでまともに受け止めてるんだよ! 結界はどうした!?」
「あ、忘れてたのじゃ」
「お前はまず手加減云々よりルールを頭にぶち込んでおけ!」
私たちは互いに後退すると、結界用カードに妖力を込めて結界を張る。
彼女は結界を張ったのは初めてなのか、物珍しそうに自分の体をペタペタと触っていた。
その隙に刀を振るうけど、普段の私に慣れてる剛からしたら遅すぎるほどで、簡単に避けられる。
そして迫ってくる、お返しの拳。もちろん当たったら十分死ねる威力だ。
だけど私も普段の剛の拳に慣れてる身。手加減された拳を目で追うなんて造作もないことだ。
そして刀身を使って回転扉のようにそれを受け流した。
「むぅ……。やっぱり手加減してると全然面白くないのじゃ」
「私はこのままの方がたのしいんだけどねっ」
連発される大砲をくぐり抜け続ける。
一撃一撃がバカみたいな威力で、空振るたびに風圧で吹き飛びそうになる。でも、いつもの剛との戦いと比べたら楽勝だ。
もしかしてこのままどさくさに紛れて剛を叩きのめすこともできるんじゃないか……?
脳裏に浮かんだ甘い言葉に息を飲む。
決まってる。私が今取るべき行動は……!
「ハァッ!!」
「ぐっ、急に速くなったな……! じゃが負けんぞ!」
楼華閃二刀流『氷炎乱舞』。
左右の刀にそれぞれ炎と氷を纏わせ、十数もの斬撃を叩き込む。
剛はなんとかそれを避けようとしたが、いくつかが彼女の体を、正確には結界を切り裂いた。
やることなんて決まってる。ここであいつを潰す以外選択肢はないでしょうが!
アハハハッ! 日頃の恨みを思い知れ!
「くぅっ! 『空拳』!!」
「くらうかそんなノロマな拳ぃ!」
前へ前進しながら首だけ動かすことで拳を避け、逆にカウンターで彼女の喉に左の妖桜を突き刺す。もちろん結界のせいで本当に突き刺さったわけじゃないけど、動きを止めるには十分だ。
左腕を伸ばしきった状態のまま余ったもう片方の刀を振り下ろし、剛の体を切り裂く。
一太刀を入れるごとに私の笑みが深まっていくのを感じる。
最高だ。あの剛をこうも一方的にいたぶれるとは。
『おーおー。イキってんねェ。でもそんなに刺激すると……』
なんか聞こえたけど構ってられるか。
『雷光一閃』。雷を纏った光速の抜刀切りが彼女の体を横一文字に切り裂いた。電気による火花とともに結界の破片が飛び散る。
結界が壊れるまであともう少しだ。このまま切り刻んでやる。
「『百花繚乱』ッ!!」
この姿でできる最高の剣技。百もの斬撃を一瞬にして行う最強の技が剛を襲おうとしたそのとき、彼女の姿が突然私の視界から消えた。
「ど、どこに……!?」
「ここじゃよ」
ふと横から聞こえてきたその声に反応してしまい、顔を横に向ける。
その瞬間私のほおには拳が叩き込まれ、体が数十メートルほど吹き飛んだ。
ぐっ……この感じ、さっきよりも威力や速度が上がってる?
なんとか立ち上がりながら冷静に状況を分析する。
正直なんで剛が急に本気を出し始めたのか最初は分からなかった。しかし彼女の燃え上がるような目を見た瞬間悟った。
……あれ、もしかしてやりすぎた?
「もう我慢できぬのじゃ……! 楼夢がこんなに本気になってくれておるのに、手を抜くことなどできん!」
「……お、落ち着いて剛っ。別に私はあなたのために本気になってるんじゃなくて……!」
「安心するのじゃ。ここから先はお主の思いに応えてこの鬼城剛、全力で相手をしてやるのじゃ!」
話を聞けぇ!
しかしそんな言葉は喉の奥から出ることはなく、代わりに拳が腹に突き刺さる。
悶絶して体をくの字に曲げる私。前のめりに倒れそうになるが、そうはさせぬと剛のアッパーが顎を体ごと突き上げ、宙を舞う。
ぐしゃぐしゃに歪む視界。何回も頭と足の位置が入れ替わり、その度に吐き気を覚える。そしてそのまま回転したまま地面に思いっきり頭を打ち付けてしまう。
「ぐぼっ!? がぁっ……!」
仰向けになった瞬間口から大量の血が吐き出された。
おいおいこりゃ……人間だったら出血多量で軽く死ねるぞ。
もちろん結界は今の二撃で粉々に砕け散っている。しかし一度火がついた紅の魔王は止まらない。
視界には口を三日月に歪めながら頭上に落ちてくる剛の姿があった。
「ばっ、『バギ』……っ!」
刀を握ったまま腹部に左手で触れ、小さな風を出現させて体を無理やりその場から動かす。
そして一秒ほど遅れて剛の拳が地面に突き刺さり、噴き出してきたマグマとともに出現した衝撃波によって想定よりさらに遠くに吹き飛ばされた。
体を一度打ち付けてバウンドするも、体勢を立て直し着地。
土俵はマグマに飲まれてしまい、見えなくなっていた。そしてなぜかノーダメージで剛はそのマグマの海に裸足で立っている。服も燃えた様子はない。
化け物め……!
この様子じゃ火神の炎も意味をなさないだろう。肝心なときに役に立たないやつだ。いや、この場合はそれがわかっていて指輪を渡したと考えるべきか。だとしたらクソ野郎だね、マジで。
「神解『
そう唱えると、徐々に私の桃色の髪に瑠璃色が混ざってくる。もちろん変化したのはそれだけでなく、右の刀は炎をかたどった赤色に、左の刀は氷をかたどった青色になっていた。
私の最期の切り札、神解。それのおかげで妖力が数十倍にまで高まっているのを感じる。
でもだめだ。これだけじゃまだ足りない。
だからもう一つの名を唱えることにした。
「……『
ただでさえ負担がかかる神解を重ねた影響か、言葉を発した直後に凄まじい激痛が脳にはしった。
しかしここでは気絶するわけにはいかないっ。血が流れるほど歯を強く食いしばって激痛に耐え——背中から四つの死神の鎌のような翅を出すことに成功する。
「ハァッ、ハァッ……!」
「ほう……まさか幼い姿でここまで妖力を高められるとは。さすがは我が夫じゃ」
未だに頭に走る痛みのせいで何言ってるか聞こえないよ。
でも、やることは変わらない。両方の刀を前に突き出す。
ここまでやっても、剛の妖力は私の数段上を行っている。だからダラダラと長引かせたら頭痛も合わさって勝ち目はないだろう。
だからこそ、次の一撃に全てを込める!
両方の刀に妖力を流し込むと、鮮やかな刀身が黒に染まっていく。そして同じ黒い色をした風を纏い始めた。
剛は何をするでもなく、ただこちらをじっと見ている。
だったら好都合。ここで消し飛べ。
そして私は限界まで巨大化した二つの黒い竜巻をありったけの力を込めて同時に振り下ろした。
「『ブラックノア』ッ!!!」
竜巻は唸りを上げて二匹の黒い竜に変化し、地をえぐり、大気をかき消し、前方にあるあらゆるものを消し飛ばした。そして地底の果てにある壁と激突し、轟音。地底のみならず地上にまで影響が及ぶほどの地震が発生する。
竜巻が通過した跡に剛の姿はなかった。あるのはただ黒に汚染された、荒れ果てた大地だけ。
だけど私の体の奥底の本能はまだ叫び続けていた。——今すぐここから逃げろと。
理性的に考えれば生きているはずがない。『ブラックノア』の前にはどんなに硬かろうが無意味なのだ。当たれば確実に死ぬ。
そう、
「いやー、今回ばかりはさすがに危なかったのう」
その声は背後から聞こえた。
冷や汗が止まらない。震えで思わず刀を落としてしまいそうになる。
しかし見なくてはならないと、意を決して後ろを振り向く。
そしてそこにはやはり、理不尽の権化が立っていた。
「さて、お主が限界なのはわかっておる。そしてそんな体になってまで戦ってくれた礼として、こいつで終わらせてやろう」
いらないと口を動かす気力すらなかった。二つの神解はすでに消え去っており、反撃することも不可能。
剛の足が雷を纏っていく。それだけで彼女が何をするつもりなのか私にはわかった。
「『雷神脚』!!」
剛の十八番の雷神拳の蹴り技版とでも言うべきものが私の腹部に突き刺さる。そしてそのまま一瞬だけ体が止まったと思うと、次の瞬間にはマッハにも匹敵する勢いで真上へと吹き飛ばされた。
地面がだんだん遠ざかっていくのを感じる。
そして私は天井と衝突した。にも関わらず私の勢いは止まることなく、未だに背中を打ち続けながら上へ上へと上っていく。
何が何だかわからないまま、私はこのまま地底を去ることになった。
「……ちょっと強すぎじゃったかのう。まさか地底から地上まで大地を貫通させることになるとは。無事だといいのじゃが……」