東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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最強の襲撃者

 

 

「ったく、逃げ出した鴨を追いかけていたら群れに辿り着くとはな。これぞ一石二鳥ってやつだ」

 

 神楽は黒い日本刀をくるくると手の中で弄びながら冷たく笑った。

 逃げ出した鴨とはおそらく西行妖、いや早奈のことだろう。なるほど、これほどの実力者ならたしかに彼女を倒すことができても不思議ではない。

 

 だが霊夢は逃げ出すわけにはいかなかった。

『人間と妖怪を滅ぼす』

 それはつまりは幻想郷の崩壊に他ならない。いやそれだけでなく、外の世界もまた同じように滅亡の未来を辿ることだろう。

 そうなっては全てが終わりだ。だからこそ博麗の巫女として、この男を見逃すわけにはいかない。

 

「……人間と妖怪を滅ぼすって言ったわね? 自分も同じ存在のくせに」

「そうだ。だからこそ俺は俺自身を許しちゃおけねぇ。テメェらが消し飛んだ後で俺も殺してやる」

「悪いけど、あんたみたいな自己中と心中なんて死んだってごめんよ」

 

 霊夢には神楽が何を言っているのか理解できなかった。いや、誰にだって理解できるわけがない。彼の言っていることはまさしく狂言だった。

 

 雪が吹雪く空にいるにも関わらず冷たい汗が流れてくる。

 体が震えたのは寒さのせいなのかはわからない。

 

 話しながら、霊夢は一瞬だけ視線を傾ける。

 そこには扇を開いて口元を隠している紫がいた。他の連中はスキマの中だろう。

 彼女が頷いたのを見て、霊夢もお祓い棒を握りしめる。

 

「さてと、そろそろお喋りは終わりだ。最後の会話は楽しかったか?」

「全然ね。あなたと話すぐらいなら木にでも話してたほうがマシだったわ」

「そうか……そりゃ残念だ!」

 

 振り上げられた黒刀から上昇気流のような勢いで妖力と霊力が混ざり合った黒いオーラが立ち上る。

 そしてそれを振り下ろそうと神楽が腕を動かしたとき、彼の背後で空間が突如裂けた。

 

 スキマの中から出てきたのは魔理沙と早苗だった。

 霊夢はすでにその場を退避していた。

 彼女らはそれぞれミニ八卦炉と御幣を構えながら、それぞれの最高の技を繰り出す。

 

「『ファイナルマスタースパァァァァク』ッ!!」

「『八坂の神風』ッ!!」

 

 山一つを焼き尽くす破壊の閃光が、現人神によって起こされた緑の旋風が、幻想郷の空の彼方を雲ごと貫いた。

 だが二人の技が収まった後、その場には振り向きもしないで佇んでいる神楽がいた。

 よく見れば彼の背中を守る盾のように透明な壁が出現している。

 

「嘘だろおい……!?」

「『羽衣水鏡(はごろもすいきょう)』。テメェらの攻撃が俺に届くことはねえ」

 

 魔理沙と早苗はそのあまりの実力差を垣間見てしまったことに恐怖を感じ、動きを止めてしまう。しかしそれがいけなかった。

 

 瞬きの間に、黒い光が二人の体を横切った。

 そして間を置いて魔理沙たちの腹部から噴水のように血が噴き出す。

 

「あっ……な……にが……?」

 

 魔理沙の口から血を吹き出しながら絞り出された言葉は、しかし最後まで紡がれることはなく。

 二人は困惑と恐怖のみを頭に浮かべたまま、地上へと落ちていった。

 

「……ちっ、間違いなく急所を切ったはずなのに感触が浅かった。あの緑髪の巫女、最後の最後で悪あがきしやがって……!」

 

 だが、神楽には彼女たちがまだ生きていることがわかっていた。

 理由は早苗の持つ『奇跡を操る程度の能力』。彼女ならば奇跡的に相手の攻撃が急所を外れ、奇跡的に地面に積もった雪がクッションになって無事だったとしてもおかしくはない。

 

 それを()()()()()()知っていたからこそ、神楽は確実に殺すために手のひらに妖力を集中させ、エネルギーを解き放つ。

 

「『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

「『二重結界』ッ!!」

 

 黒く、それでいて巨大な閃光が放たれた。

 それは魔理沙たちを飲み込まんと迫るが、その直前に霊夢が出現させた二重の結界によって阻まれることとなる。

 

 だが霊夢もいつものように余裕の表情は浮かべていなかった。

 威力が大きすぎて気を抜けば結界がすぐに壊れてしまいそうだ。

 コンマ何秒かごとに入ったヒビを延々と修復し続ける。限界まで酷使された脳が痛みに悲鳴をあげる。だが歯を食いしばってなんとか現状を維持する。

 

 やがて黒い閃光は徐々にその面積を細くしていき、ついには消え去った。それと同時に結界がガラスのように砕け散る。

 なんとか耐え切ることができたのだ。しかしその消耗は激しく、霊夢は肩で息をしていた。

 

 だが、所詮は攻撃一つを止めただけだ。

 霊夢が顔を上げた時にはすでに神楽が目の前に立っていた。どうやら標的を霊夢に決めたようだ。

 疲弊していた霊夢にはここから逃げ出す術はない。迫り来る未来が見えた彼女は覚悟をして、瞳を閉じる。

 しかし彼の刀が振るわれる前に、霊夢の背後から伸びてきた手が彼女をスキマの中へと引きづり込んだ。

 そして交代するように紫が少し離れたところで姿を現わす。

 

「時間稼ぎありがとう霊夢。おかげで仕込みは万全よ」

「ちっ……こいつは……!」

 

 いつのまにか、神楽の周囲は無数の弾幕に囲われていた。その密度は尋常ではなく、彼の視点からでは周りの景色が見えなくなるほどだ。

 おかしい。いくら獲物を狩るのに夢中になっていてもこれだけ大規模な技を見落とすはずがない。

 その謎の回答は結界の外から聞こえてきた。

 

「光の境界を弄って弾幕を見えなくしておいたのよ。まあこれだけのもの全部を隠すとなると結構疲れるんだけど」

 

 紫は扇を閉じて、まるで指揮棒のようにそれを振るう。

 そして一言、技名を呟いた。

 

「深弾幕結界『夢幻泡影』」

 

 それを合図に、全ての方位から無数の弾幕が神楽に殺到した。

 だが彼の表情に焦りはない。むしろ余裕の笑みさえ浮かべている。

 そして刀を上に掲げ、膨大な霊力を込める。すると黒い稲妻を帯びて刀身が巨大化し、頭上の弾幕群を消し飛ばした。

 そのまま刀を横に構え、今度は回転切りを繰り出す。

 

「『超神羅万象斬』!!」

 

 それはもはや斬撃と呼ぶにはあまりにも太すぎた。

 あえて表現するなら、それは波だ。黒い波が神楽の周りから発生し、向かってくる斬撃全てを飲み込んだ。そしてそれで終わらず、波はどんどん広がり続けて幻想郷全土の空を一瞬だけ覆い尽くしてからようやく消えた。

 

「化け物め……! でもまだよっ!」

 

 神楽の頭上にスキマが開かれる。

 今度出てきたのは、先ほど消えたはずの霊夢だった。その周囲には七つの陰陽玉が光り輝いている。

 

「『夢想天生』ッ!!」

 

『夢想天生』。

 最高の攻撃力と理不尽な回避能力を持つ、博麗霊夢最強の必殺技。

 だが神楽には彼女がこの場面でこの技を使ってくることが全てわかっていた。なぜなら彼の一部となった記憶が彼女のことを知り尽くしていたからだ。

 そして当然その対策も。

 

「『黒疾風(くろはやて)』」

 

 霊夢の陰陽玉から先ほどの弾幕結界に匹敵するほどの弾幕が解き放たれた。

 同時に神楽は刀を振るい、黒い斬撃の風を作り出す。

 

 二つの必殺技がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が発生。

 周囲の雲が一気に消し飛び、大地に積もっていた雪が波打って吹き飛ぶ。

 そしてしばらくの均衡の後、神楽の黒疾風が突破されてしまう。しかし弾幕群はその数をかなり減らしていた。

 

「『羽衣水鏡』」

 

 少なくなった夢想天生による弾幕が突如出現した透明な壁に殺到。

 そして羽衣水鏡が粉々に砕け散ったころには弾幕は最初の見る影もなくなっていた。

 神楽は残った弾幕を体で受ける。しかし小規模な爆発が起こっただけで、彼は全然ダメージを食らったようには見えない。

 

「そんな……『夢想天生』まで……っ」

「終いだ、博麗の巫女!」

「くっ……がはっ!?」

 

 夢想天生を使用している間、霊夢の体は透明となり、あらゆる事象から浮き攻撃が当たらなくなる。それをわかってるからこそ、霊夢は防御を捨ててお祓い棒を突っ込んできた神楽めがけて振るう。

 だがこのとき霊夢は失念していた。彼女の能力は絶対無敵ではないということを。

 

 神楽は左手を霊夢に向け、なにやら妖力を込め出す。

 すると透明になっていた彼女の体が、徐々に鮮明になってきた。

 そして何も握っていない左手を突き出し、無防備な霊夢の首を掴み上げた。

 

「霊夢っ!」

「遅ぇんだよ」

 

 スキマから飛び出した紫が霊夢を救うため、愛用の刀を振りかぶる。

 しかし神楽は、なんと霊夢の体を紫へ投げつけてきた。

 避けるわけにはいかず、紫は霊夢を抱きしめるように受け止める。そして障害物がなくなった前方には、黒いエネルギーを手のひらに集中させている神楽の姿が。

 

「『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

 

 スキマで逃げる時間もなかった。

 まっすぐ放たれた破壊の閃光が紫たちを飲み込み、通り過ぎていく。後には体中が焼かれてボロボロになった二人の姿が残った。

 

「かっ、はっ……!?」

 

 だんだんと意識が遠のいていく。

 次第に紫の腕に込められた力は弱まっていき、ついにはその重さに耐えきれずに霊夢は腕の中から落ちてしまった。そして紫自身も空を飛ぶことが継続できなくなり、冷たい風を切り裂いて落下していく。

 

 十秒後ぐらいに紫の体は地面に叩きつけられ、衝撃が彼女の意識を引き戻した。

 体のあちこちから激痛がはしる。だが雪が積もっていたのが幸いして落下のダメージはさほど大きくないようだ。それでも戦闘を続けることはできそうになかった。

 

 横を見れば霊夢も紫と同じように雪の上に横たわっていた。だが彼女も体が動かせないらしく、ピクピクと動くのみだった。

 

 そんな絶望的な状況で神楽が二人の前に降りてきた。

 もはや、ここまでね……。

 瞳を閉じ、紫はそう悟る。死の淵に立たされたときに真っ先に浮かんだのは自分の式神たちへの謝罪。

 ああ、これが最後になるんだったら、仕事の少しでも手伝っておけばよかったなぁ。と、くだらないことを思いながら、ギロチンの刃を見上げた。

 

「手こずらせてくれたが、ようやく一匹だ。後でお仲間も等しく地獄へ送ってやるから感謝しろよ」

 

 神楽は無情に紫の首に狙いをつけ、刀を振り上げた。

 そして黒光りする死神の鎌が勢いよく振り下ろそうとする。しかしそのとき、突然神楽の頭の中である映像が流れた。

 

 紫のワンピースに金髪が特徴の女性が笑顔を浮かべてこちらに手を振っている。それを見た黒髪の青年がこれまた笑みを浮かべて少女の元へ歩み寄っていく。

 

 そしてその少女の顔と紫の顔が重なって見えたとき、神楽は自分が圧倒的に有利なのも忘れて彼女たちから思わず距離を取ってしまった。

 

「メリーっ、いや違う! あの女は別人だ! あいつじゃねえ! くそっ、他人の空似ごときでビビってんじゃねえよ!」

 

 その言葉は自分に言い聞かせているようだった。

 突如神楽が狼狽え、荒々しく息をする。彼の表情が歪んだのを見たのはこれが初めてだった。

 

 今がチャンスとはわかっていても、紫の体は動いてはくれない。

 だったら……! 

 

 紫は能力を発動し、神楽の周囲にいくつものスキマを出現させた。そしてそこから鎖を放つ。

 動揺していた神楽はこれに気づくことができず、あっさりと束縛されてしまった。

 紫としてはこれで時間を稼いでその隙にスキマで逃げるつもりだったのだが、このとき誤算が一つ生じた。

 神楽に巻きついた鎖が一秒と立たずにミシミシと嫌な音を放ち始めたのだ。

 

「こんなもの時間稼ぎにもなりゃしねえよ!」

 

 その通りだ。これではスキマに逃げ込む前に追いつかれてしまう。

 しかしもはや他に手はなく、ダメ元で紫はスキマを開こうとする。

 だがその前に、つい先ほど聞いたばかりの声が聞こえてきた。

 

「いえ、私にとってはその数コンマで十分です。——『千年風呪』」

 

 突如雪原に黒い竜巻が出現した。

 それはあっという間に拘束されていた神楽を飲み込む。

 この災害を引き起こした人物は、紫色の髪をたなびかせながら紫たちの元へ歩いてやってくる。

 

「早奈……生きてたのね……」

「ええ、あれくらいじゃ死にませんよ。それはともかくとして今のうちに逃げましょう。あれでも長くは持たない——」

 

 そこから先の早奈の言葉が続くことはなかった。

 轟音が響き、黒い竜巻が胡散していく。そしてその中心部に立っていたのは黒髪の男性……ではなく、紫髪の美しい女性だった。

 

「……っ!?」

「なっ……!?」

 

 霊夢と紫は自分の目に映ったものを理解し、そして目を見開いて驚愕した。

 それは神楽が千年風呪をあっさり破ったからでも、彼が美しい女性の姿に変化したからでもない。

 ただ、彼の顔が自分たちが()()()()()()()()()と瓜二つだったからだ。

 

 早奈はこのことを知っていたようで、変化した彼の姿を見ても驚くことはなかった。代わりに浮かべていたのは、まるで哀れなものを見るような笑み。

 

「化けの皮が剥がれましたね。狂夢さんもよくやっていましたよ、それ。呪いで髪を短くするんでしたっけ? 貴方たち白咲家の人間はそうでもしないとすぐに髪が伸びる体質らしいですからね」

「白咲家……じゃあ、本当に楼夢なの……!?」

「ちょっと違いますね。あれは楼夢さんであって楼夢さんじゃありません」

 

 どういうことだ……? と問いかける紫の視線に、早奈は答えた。

 

「あれは十八代目白咲の巫女、白咲神楽。又の名を二代目白咲楼夢。そして——」

「貴方たちが言う『楼夢』という存在を作ったのも、この私です」

 

 早奈の言葉を遮り、鈴の音のように心地よい声が響いた。

 それが目の前に立ちはだかっている人物から出されたものであろうことは疑いようもない。しかしそれ以上に神楽が言ったことにかつてないほどの衝撃を受けて、紫はただ呆然とする他なかった。

 

 代わりに彼女と比べてまだショックが小さい霊夢が、しかし動揺しながらも呟くような声で問いかけた。

 

「どういう……意味よそれ……」

「言葉通りの意味です。詳しくはそちらの亡霊が答えてくれるでしょう」

 

 神楽は質問に返事を返すも、答えを言うことはなかった。

 先ほどまでの荒々しい雰囲気とは打って変わって、今の彼からは波一つない水面のような静けさが感じられる。

 そしてそれ以上何も言うことはないとばかりに、紫たちに背を向けて歩き出す。

 

「あら、殺さないんですか? このまま戦えば貴方が勝つのは確実だと思うんですが」

「この姿になってしまったので、戦う気が失せてしまいましたよ。やはり私はあっちの姿の方が好きだ」

「ふふっ、まるであの姿が憧れの自分とでも言ってるみたいじゃないですか。可愛いですね」

「ええ、あれは私の理想そのものです。あの姿でいると、不思議とあらゆる活力が湧いてくる。何もかもどうでもいいと思っていた世界が急に色づき、華やいでくる。だから、貴方たちを殺すのは私が俺になってからです」

 

 それだけ言うと、神楽の姿は雪が視界を覆った一瞬で消えてしまった。足跡だけが白いキャンパスに寂しげに残っている。

 

 一番の脅威が消え去ったことで三人の緊張感が一気に抜けた。途端に重りでも背中に落ちてきたかのような脱力感が全員を襲う。

 霊夢と紫は極度の疲労のせいでそれに耐えることができなかった。先ほどの言葉をぐるぐると頭を回転させて考えていたが、徐々に脳の歯車が錆びついてきたのか動かなくなっていき、ついにはその思考は意識ごと停止してしまう。

 

 一人現実世界に取り残された早奈が呟く。

 

「あれ、これって私が全員を回収するパターンですか? うわっ、めんどくさ。でも遭難した時に助けてくれましたし、今回だけですからね」

 

 誰に言うわけでもなく愚痴を言うと、早奈は二人を軽々と担いで雪が積もった地面を歩いていく。

 本来なら彼女の細腕ではとても難しそうなのだが、そこはさすが人外。苦しむどころか軽々と持ち上げているように見える。

 

 少し吹雪いてきた。これは救助を早くした方がいいだろう。

 残るは魔理沙たちが落ちていった場所だ。

 早奈は雪の海を踏みしめ、吹雪の中へと消えていった。

 

 


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