東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
代わりに、本日は二話同時投稿です。
神社の居間にて。
霊夢たちは各々が座り込んだり寝たりして体を休めていた。しかしその顔は一様に暗い。
今の時刻は夜。しかし月を見ることはない。
障子によって外は遮られてはいるが、ドンドンと叩きつけてくるような音を聞けば外がどれほど荒れているのかがわかる。
神社と言ってもここは博麗神社ではなかった。あそこはすでに神楽の手によってすぐに修復不可なまでに壊されてしまっている。なので代わりに霊夢たちが拠点としたのが——守谷神社だった。
二人の神が顔をしかめながらあぐらをかいていた。その視線は彼女らの風祝に瓜二つの顔を持つ少女に注がれている。
「それで、よく私の前に顔を出せたもんだね、早奈。え?」
「私だって来たくはありませんでしたよ。ですがここ以外にあてがなかったので」
最初に口を開いたのは守谷の神の一柱である神奈子だった。
その声色は重く、普段一緒に過ごしている早苗でも思わず震えてしまうほど。
しかしそれをのらりくらりとなんでもなかったかのように、対面する少女は笑みを浮かべて受け流す。しかし目が笑っていなかった。
二人の間で稲妻のようなものが走っているのが全員には見えた。
昔だったら信じられない光景。それを目の当たりにしたもう一柱の神である諏訪子は慌てふためきながら、なんとか二人をなだめようと声を絞り出す。
「ま、まあいいじゃんか神奈子。こうして早奈が無事に戻って来たんだしさっ」
「無事だと……? この姿のどこが無事って言うんだい!? 神に仕えていた者があろうことか妖怪化するなんて!」
「ご、ごめん……っ」
しかしそれは逆効果だった。
諏訪子の言葉に神奈子が怒鳴り散らす。それがきっかけとなり、決壊したかのように彼女の口から津波のように言葉が勢いよく流れ出てくる。
「それに……あんた、人間を食らってるだろう? 何人だ!?」
「さあ? 千を超えたあたりから数えてませんねぇ」
「……どうやらよっぽど死にたいらしいね? いいだろう! 今ここでこの私が、責任を持ってお前を殺してやるっ!」
「ちょっ、神奈子落ち着いて!」
「そーですよー。神奈子様程度の力で私を殺せるわけないんですし、冗談はほどほどにしておいてください」
「早奈も煽るのはやめなさい! このままじゃ神社が壊れちゃうでしょ!」
「うっ……!」
「ぐっ……!」
諏訪子のその一言で二人がうめき声をあげる。
こうなるとわかっていたから来たくはなかったが、それでもここしか本当に早奈はあてがないのだ。さすがに最後の拠点まで壊れてはこの猛吹雪の中で路頭に迷うこととなる。それだけはさすがに避けたかった。
神奈子も自分の神社が壊れるのは嫌なので、お互い舌打ちをしてからしぶしぶ引き下がることにした。
ようやく二人の喧嘩が収まる。
そこで巻き込まれないようにタイミングを伺っていた早苗が、恐る恐る手を挙げた。
彼女は自分の仕える神たちに彼女ら以外の全員が疑問に思っていたことを口にする。
「あ、あの……さっきから思ってたんですけど、早奈さんと諏訪子様たちってお知り合いだったんですか?」
「知り合いも何も……早奈はうちの元風祝だよ」
「……えーと、つまりは私のご先祖様ってことですか?」
なんとなく予想がついていたことを諏訪子ははっきりと口にした。
早苗はそれを聞いて次に浮かび上がって来た質問をする。早奈と早苗が似ているのも、それのせいなのではないかと。
しかし諏訪子は首を横に振った。
「いんや、違うよ。正確には早奈の妹が早苗の先祖さ」
「当たり前じゃないですか。私まだ未婚ですよ?」
「そ、そうですか……」
少し良かったと早苗は思ってしまった。しかし顔に出ていたのか、それを見た早奈の表情が若干不機嫌そうになる。その二人の様子が面白おかしくて諏訪子は少し噴き出してしまった。
話を逸らそうと早苗が慌てて最後の質問に入る。
「じゃ、じゃあなんで早奈さんは神社を出ちゃったんですか?」
「……うーん、そうですねぇ。じゃあとある昔話をしてあげましょう」
まるで童謡を歌うように早奈は語り出した。
あるとき、旅の男がとある神社に流れ込んで来ました。
その男は妖怪でしたが、持ち前の性格と力を神に気に入られしばらくそこに滞在することとなります。
そしてしばらく経ったときに、妖怪が居候をしている国で戦争が起こりました。妖怪は世話になっている神社に恩を返すため戦いに参加します。
激しい戦争でした。結果は妖怪が助太刀した国は負けてしまいましたが、その戦場で大活躍をしたことで二つの国を和解させることに妖怪は成功しました。
そしてその後ろ姿に好意を抱いてしまった女性がいたのです。それは妖怪が神社に住んでいるときによく話をしていた巫女でした。
しかし、彼らは妖怪と人間。ひと時をしのぐならまだしも、互いに混じり合って暮らすことはできません。
妖怪はそう言うと雪降る中、神社を去って行きました。
しかし諦めきれなかった巫女は妖怪を追って出家をしてしまいます。その後の彼らの行方はわかってはおりません。
「——とまあ、よくあるかは知りませんが、今となっちゃ古臭い昔話ですよ」
「……恋をした巫女。それがあなたなんですね?」
「ええ、そうです。さっきの話も続きを言っちゃえば私は人間のままであの人に追いつくことができず、妖怪になる決意をしました。そうなれば妖怪同士で結ばれることもできると思いましたしね」
「その男性の妖怪って……まさか……」
「ええ、みんなご存知楼夢さんです」
その最後の言葉に早苗たちは微妙な表情をした。
ある者はイメージと違うと言い、またある者はまたかとため息をこぼす。
「ったく、そんな昔からあいつは女に対してだらしなかったのかよ」
「ええ本当ね。そのときさっさとこいつと結婚してれば私たちが西行妖なんていう化け物と戦うこともなかったのに」
「ちょっと、そんなの私が許さないわよ! 第一振られてるじゃないこの女!」
「機会を逃しまくって未だに告白すらできていない臆病者は黙ってくれませんか?」
「い、言ったわね! 微妙に気にしてたのに!」
早奈と紫が火花を散らして睨み合う。しかしこんなことをしている場合ではないと二人は冷静さを取り戻し、肝心の話に入った。
「……はぁ。あなたの事情はわかったし、一応は信用してあげる。だから肝心なことを話しなさい」
「……楼夢さんの正体について、ですね? いいですよ。というか元から話すつもりでした」
早奈がその言葉を出したとき、全員の顔が引き締まる。
だがそのとき、玄関の戸をノックする音が突如部屋に響いた。
「客……? こんな真夜中に、しかも吹雪の中でかい? 怪しいね」
「だからと言って出ないわけにはいかないでしょ」
「あ、私が行きますよ」
そう言って早苗は立ち上がり、トテトテと廊下を小走りして玄関にたどり着く。
そしてガラガラという音を立てながら戸を開いた。
外に立っていたのは一人の女性だった。
赤い髪に赤い服。全てが赤で統一されている。一瞬どこぞの吸血鬼の遣いかとも思ったが、それならメイドが来るはずと口を開く前にその考えを否定する。
「え、えーと、どなたですか?」
「八雲紫がここにいるのを感じて来たんだけど、ちょっとお邪魔していいかしら?」
「紫さんですか? その、紫さんとはどういう……」
「一応知り合いのつもりよ。だから会わせてくれない?」
早苗は女性の目を見て、なんとなく嘘をついてはいないと感じた。それにあのスキマ妖怪のことである。自分の知らない友人なんて何人も持っていることだろう。
そう考え、早苗は女性を神社に入れることにした。
廊下を渡り、居間まで二人で戻ってくる。
まずは早苗から入り、紫に客人が来たと伝えた。
彼女は訝しげな目を向けながらも、早苗が来た方向を見つめる。そこで思わぬ尋ね人に思わず目を見開いて驚いた。
「……岡崎夢美」
「当たり。会ったのは結構前だったと思うけど、さすがは妖怪。記憶力がいいのね」
「あなたほど記憶に残る人間を忘れるわけないじゃない」
岡崎夢美と紫が出会ったのは先代の博麗の巫女がまだ健在だったころだ。
特に深い仲だったわけではない。ただ、自力で幻想郷にたどり着いた人間に興味を持った紫が二、三回ほど接触してみただけだ。だが外の世界に岡崎が戻ったきり、二人が会うことは今日この瞬間までなかった。
「それで、何の用かしら? 今は忙しいからつまらないことだったら叩き出すわよ」
「忙しい、ね。それってもしかして白咲楼夢って男が関係してる?」
「っ!? なぜそれを……!」
接点が考えられない人物から楼夢の名が出たことに紫は驚く。
しかし早奈はその理由を知っていたようで、捕捉を加えた。
「彼女は神楽が通っていた大学の教授なんですよ」
「失礼……。あなた、私と会ったことある?」
「いいえ。でも楼夢さんの記憶からあなたのことは伺ってはいます。でも、どうしてこんな都合のいいタイミングでここに? まさか異変を察知する道具を作ったわけじゃないでしょうし」
今度は岡崎が驚く番だった。しかしハッと我に返り、早奈の質問に答える。
「白咲神社があった山から突然黒い泥みたいなのが大量発生したのよ。しかもその泥、呪いみたいなのがかけられてるらしくてもう何人も死亡者が出てるらしいわ。それで、楼夢についてなにかあったのかと思ってここに来たの。でもこの状況を見る限り……当たりみたいね」
岡崎は霊夢たちを一瞥する。
昼間の戦いで霊夢たちはかなりの怪我を負ってしまった。そのため、未だに服の下や露出された肌には包帯が巻き付けられている。
それは岡崎が今話していた紫も同じだ。彼女ほどの大妖怪を倒すことのできる相手は少ない。だが楼夢もとい神楽ならそれも十分可能だ。
さらには最初に楼夢の名前を出したときの紫の反応。彼女の憶測は確信へと変わっていた。
「なんにせよ、ちょうどいいです。あなたがいた方が今回の異変について説明しやすいですしね」
その早奈の言葉に全員の視線が彼女に集中する。
それを確認して、彼女は異変の真相を語り始める。
「まず、神楽のことから話していきたいと思います。岡崎さん、大学時代の写真かなんか持っていませんか?」
「それだったら……お守り代わりに持ってた秘封倶楽部メンバーの集合写真があるわ」
岡崎は胸元から取り出した手帳のページをめくり、中から一枚の写真を取り出す。
その絵の中には岡崎を含めて五人の男女がそれぞれ違った、けれども全員どこか楽しそうな表情を浮かべている。
その中で全員の視線が真っ先に集中したのが真ん中の男だ。
逆立った黒い髪。紫の瞳。忘れるわけがない。間違いなく、神楽本人だ。
写真の中の彼は若干恥ずかしそうな顔だった。そこに昼間見た狂気は微塵も感じられない。
「改めて言いますが、彼の名前は白咲神楽。二代目楼夢の名を襲名した白咲家の天才剣士です。ここまではいいですよね?」
全員が無言でうなずく。しかし霊夢だけは写真の中の神楽に思うところがあるらしく、早奈に尋ねた。
「でも最後に見た神楽はこんなんじゃなくて、楼夢に瓜二つの姿だったわ」
「それが彼の本来の姿なんですよ。白咲家の人間は髪が伸びやすいので、放っておくとああなります」
「ふーん。じゃあこの写真の中の姿を維持するのってけっこう大変そうね。そんなに苦労してまでやるなんて、誰かに見せつけでもしたかったのかしら」
「あら、鋭いですね霊夢さん」
「へっ?」
冗談で言ったことが真実だと突然告げられ、霊夢は一瞬間抜けな表情を晒してしまう。
早奈は写真の中のとある女性を指差した。ちょうど神楽の右だ。
金色の髪に紫を意識した服装。日本人離れした美しい顔立ち。彼女は神楽の腕を取って、楽しそうに笑っている。
全員の視線が一斉に紫と写真の中の少女を行き来した。
「これは……私?」
ポツリと紫がつぶやいた。
そう、写真の中の少女はあまりにも紫に似ていたのだ。服を入れ替えてしまえばもはやどちらがどちらなのかわからなくなるだろう。そう言っても過言ではないレベルでそっくりだった。
だがもちろん、この少女は紫ではない。そもそも紫は人間の大学になど通ったことはない。
少女の正体について早奈が説明した。
「彼女の名前はマエリベリー・ハーン。神楽の彼女です」
「か、彼女!? あいつって彼女がいたのか!?」
魔理沙のその言葉は岡崎と早奈を除いたこの場の全員の気持ちを代弁していた。
なにせ魔理沙たちの神楽に対するイメージは明らかなキチガイ野郎なのだ。そんな男に彼女がいるという事実を知って驚かないほうがおかしい。
盛り上がる場の雰囲気とは逆に岡崎の顔は少し暗くなっていった。
そして次の一言で全員が同じような表情となる。
「まあ、もう死んでるんですけどね」
軽く放たれた重い一言。
それだけで場の空気が一気に冷たくなった。
「正確には殺されました」
「殺されたって……誰に?」
「決まってるじゃないですか。妖怪にですよ。そして彼自身は人間の手によって殺されました」
曰く、遭遇した妖怪は人間を操ることのできる個体だったらしい。討伐したころにはすでに時遅く、愛する人は死んでいた。さらには現場にいたことが他の人間にバレてその事件の犯人にされてしまい、彼自身も危険人物として射殺された。
「しかし死の間際に神楽は願いました。——絶対的な力が欲しいと。そして己の存在を二つに分けて遥か昔の時代に飛ばしたんです。いつか復活し、力を回収してこの世全てのものを壊すために」
「まさか……それが……」
真実を知った紫が震える口で問いかける。
早奈はゆっくりと頷き、答えた。
「ええ、その片方が妖怪『白咲楼夢』、私たちの知っている楼夢さんです」