東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
衝撃の事実の連続に、誰も口を開くことはできなかった。
障子を外からドンドンと叩きつける音だけが響く。部屋を照らす灯火もゆらゆらと揺れる様はまるで全員の気持ちを代弁しているかのようだった。
しばらくして、紫が絞り出すかのように声を出した。早奈の話を聞いて何を考えてしまったのか、その顔は青ざめている。
「ね、ねえ……。楼夢が神楽に吸収されたってことは、もう二度と楼夢と会えないってこと……っ?」
紫にとってこれほど恐ろしいことはなかった。
愛する人が消えてしまう。それを思うだけで頭が真っ白になってしまい、何をすればいいのかわからなくなって泣き出しそうになってしまう。
唯一の答えを知っていると思っていた早奈は、意外にも言葉を詰まらせていて、なかなか答えてはくれなかった。
「……わからないんです。楼夢さんほどの膨大な力を完全に取り込むにはそれ相応の時間が必要だとは思うんですが、タイムリミットがあとどのくらいあるのか見当もつきません。あるいはタイムリミットなんてそもそもなくて、すでに完全に融合してしまっている可能性も……」
「そんな……っ!」
その答えに紫は絶望し、崩れ落ちた。
もはや悲しみに耐えるのも限界だった。意識せずとも両目からは雫が流れ出し、顔を濡らしていく。
自分の背中がドンドン小さくなっていくように感じられる。視界は暗闇の世界しか映し出してくれなくなった。
果てなき闇をさまよう。足元すら見えない。
わからない。どうすればいいのかわからない。
考えるのがつらい。苦しい。
しだいに紫は足を動かすのをやめ、暗闇でポツンと一人座り込んでしまう。
ただ泣きじゃくるその姿は、まるで子どものようだった。
このままずっとこうしてた方が楽だ。そう思ったそのとき。
『しっかりしなさいっ!!』
その言葉とともにほおを走った衝撃が、闇を切り裂いた。
ヒリヒリとほおが熱を持って痛む。霞んでよく見えない視界を上げると、どこから現れたのか、霊夢が紫を見下ろしていた。
『なに最初から諦めてるのよ! あんたそれでも幻想郷の管理人なの!?』
「霊夢……もう無理よ……。楼夢はもう帰ってこない……。それに神楽にも勝てない……」
『口を開けば楼夢楼夢楼夢……あんたは子どもか! 何でもかんでも楼夢に頼ってるんじゃないわよ! あいつがあんたの想いを断り続けるのもこれなら納得よ!』
「……どういう、意味よ……?」
意味がわからない。なぜ楼夢が自分を拒み続ける理由がたかだか十数年しか生きていない人間にわかるのか。自分ですらわからないのに。
そう思うと無性に腹の底が燃え上がっていき、気がつけば売り言葉に買い言葉で目の前の霊夢に言葉を叩きつけていた。
「なによ!? なにがわかるっていうのよ!? 霊夢なんかにわかるわけないじゃないっ!」
『わかるわよ。あんたは楼夢に依存しているのよ。いつまで経っても楼夢がいなきゃなにもできないなにも考えようともしない。まるで子どもね。そんなやつの想いなんて応えようとも思わないわよ』
「依存……?」
今度の言葉に紫は反論することができなかった。ぐるぐると記憶が遡っていき、初めて会ったときから今に至るまでのこと全てが彼女の頭をよぎっていく。
依存。たしかに言われればそうなのかもしれない。
生まれ持った特異な能力のせいで誰にも見向きされなくて、誰からも怖がられて。
人間と妖怪が生きる世界を作ろうというのも最初はまやかしだった。そんなありえない世界があれば自分も受け入れてもらえるんじゃないかと。
そうやって寂しさを扇に隠して生きていたときに、初めてまともに話し合ったのが彼だった。
今でもあのときもらった猪の肉の味を覚えている。暖かくて、やわらかい。包み込むような味。
そのときから自分にとって楼夢は唯一無二の存在となった。
どんなに寂しいときも悲しいときも彼がいれば暖かさを感じられる。
なるほど、これを依存と言わずして何を言う。
それを自覚したとき、一気に紫の中で恥ずかしさが湧き上がり、それを燃料に心の中で先ほどとは別種類の炎が燃え上がった。
そういうことか、霊夢が言いたかったのは。
『成長しなさい紫! いつまでも頼りっぱなしの子どものままじゃいられないのよ! 本当にあいつを愛してるんなら、頼るんじゃなくて支えられる存在になりなさいっ!』
その言葉を聞いて、紫は完全に目が覚めた。
暗闇の世界が砕け散っていく。涙は乾き、視界の先には霊夢たちが映っていた。
紫は立ち上がり、決意を拳とともに握りしめる。
その目に先ほどの弱々しさは微塵も残ってはいなかった。力強い、為すことを定めた意思ある瞳をしていた。
「……ようやくわかったようね。自分がするべきことを」
「ええ。私は楼夢を愛している。だから楼夢を、今度は私が救ってみせる! それが楼夢のパートナーになるってことだから!」
以前の紫なら恥ずかしがって言えそうになかったことを、堂々と宣言してみせた。
だがそこへ水を差すように魔理沙が質問を投げかける。
「でもよ、なんか楼夢を助けるあてはあるのか?」
「……さっき早奈は完全な融合まで時間がかかるかもしれないって言ってたわね。だったら私の能力で切り離すことができるかもしれない」
「……そうかっ、盲点だったぜ! 紫の能力は境界を操れる、てことは神楽と楼夢の間にあるはずの境目を弄って引き剝がしちまうこともできるってことだな!?」
「……言っちゃ悪いけど紫でも力不足だと思うわよ? あれほどの化け物の中身を弄るのはかなり難しいと思うんだけど」
「だったらこれを使いなさい」
横から口を挟んだ岡崎がなにかを紫に投げ渡す。
慌てて両手で受け取り、手のひらの中を覗くとそこには青い石が付けられた首飾りがあった。
「これは……?」
「『時狭間の水晶』。神楽が幻想郷に来るときにも使ってたものよ。これは本来時空を操る力しかないけど、同じ概念系の能力だからあなたの能力を強化することができるはずだわ」
「そんなものが……」
「ま、私が知る限りもうこの一個しか存在しないレアアイテムなんだけどね。この戦いで使われるなら、持ち主も本望でしょう」
「持ち主? これはあなたのじゃないの?」
紫の疑問に対して岡崎は感慨深そうに答える。
「そいつはメリー、つまりは神楽の彼女のものよ。お墓に備えられていたのを拝借したの」
紫は首飾りをつけた。そして水晶を手にとって見つめる。
今さっき初めて触ったもののはずなのに、なぜか手に馴染む。水晶も心なしか、輝きが増している気がした。
岡崎は紫の今の姿にメリーを重ねていた。
……ああ、やっぱり似ている。外見とか能力とかの話じゃない。その灯火のように揺らめきながらも強く輝くその瞳がだ。
今の彼女ならきっと、いや絶対に神楽を救える。岡崎は研究者であるにも関わらず、根拠なしにそう確信していた。
神楽への対策が決まったところで、話し合いは次の段階に進んだ。
「一番の問題はクリアできたけど……やっぱり次に悩むのはどうやって紫を神楽に接触させるか、よね」
「うーん、疲弊させるとかどうだぜ?」
「無理よ。神楽が疲れる前に私たちが全滅するわ」
「……あ、じゃあ幻想郷中の各勢力に協力してもらうとかどうですか!? 少なくとも私たちだけよりも状況は良くなるはずです!」
名案だとばかりに早苗が大きな声で提案する。
しかし霊夢と紫の表情は冴えなかった。
「……正直微妙ね。烏合の衆になる可能性が高いわ」
「最低でも神楽は楼夢二人分以上の力を持っていると仮定できる。そんなやつと数の暴力で戦っても、最悪他の伝説の大妖怪以外の全員が邪魔になる可能性があるわ」
すでに彼女たちはその考えを思いついていた。なのに提案しなかったのは、それが決して良い策とは言えなかったからだ。
彼女たちが懸念しているのは味方同士による誤爆、つまりはフレンドリーファイアだった。
楼夢は光よりも速く動くことができる。その力を吸収した神楽の速度はそれ以上だろう。そんな相手を数十人で囲って闇雲に攻撃しても当たる確率は低い。
さらには強大な力を持つ者の攻撃は得てして広範囲を巻き込むことになりやすい。そんなものが何十も飛び交ったら避けるなんてのはとても不可能だ。
「それでも私たちは戦いに行くからね?」
「そうだな。結局この神楽ってやつを倒さなきゃ終わるんだし、私たち神が逃げるわけにはいかないね」
それを聞いてもなお諏訪子と神奈子は戦うと宣言した。
彼女らには説得なんてものをしても無駄だろう。それにただ数の暴力でごり押しするのがダメというだけで、戦う人数を増やすこと自体は否定しないので紫は放っておくことに決めた。
紫は頭をフル回転させて思考の海に没頭していく。
大人数を使うとしたら、やはり各自連携が取りやすいメンバーでいくつかのチームを組んでそれぞれ戦うのが一番だろう。しかしそれはつまり戦力を分散させることを意味する。少数であの神楽を消耗させられるとはとても思えない。
しかしその紫の考えを見通したかのように早奈がある予測を口にした。
「あ、でも明日の神楽は今日よりかは弱っていると思いますよ」
「……どうしてそう言い切れるのかしら?」
「神楽の目的は全人類と妖怪の滅亡。その手っ取り早い方法はこの星を破壊することです。そしてちょうど楼夢さんにはそれを可能にする技があります。でも、そういうのって例外なくかなりの力を消費するんですよ」
狂夢がかつて月を消し飛ばした際に使った『アルマゲドン』は、実に彼の八割以上もの力を食べてようやく発動する技だ。それに匹敵する何かを使う場合も、半分とまではいかないがそれに近いぐらいには消耗するだろうというのが早奈の見解だった。
「なるほど……それならどうにかなるかもしれないわ。藍っ! 今の聞いてたわよね?」
「はい、紫様」
紫が手を叩いてそう問いかけると、彼女の目の前にスキマが開いて紫の式神である八雲藍が現れた。
彼女は膝をつき、頭を下げて紫の指示を待っている。
「幻想郷中の強者たちに今回の異変について伝えて来なさい。来ないやつは臆病者とでも付け足しておくのも忘れないでね」
「承知いたしました」
藍は頷くと、開かれたままのスキマに入って姿を消した。
これでよし、と紫はつぶやき、いつものように扇を開いて口元を隠す。その下には笑みが浮かんでいる。
——神楽。あなたは成長していく楼夢を手のひらで転がしているつもりだったのかもしれない。でも、今度転がるのはあなたの番よ。
言葉には出さないまま、紫はそうどこかにいる敵へと宣言した。
♦︎
霧の湖。紅魔館の近くに存在する広大な湖。常に霧がかっているのが名前の由来だが、その原因は悪戯好きな妖精たちによるものだ。
そんな場所の真ん中に一人の男が浮いていた。いや、水面に立っていた。
「……ここらでいいだろう。広く、それでいて目印を描くには都合がいい」
黒髪を逆立てた男——神楽はそう言うと、手のひらを水面に押し付けた。そこから膨大な妖力が蜘蛛の糸のように湖中に張り巡らされ、湖全体を覆うほど巨大な魔法陣が展開される。
「『来たれ、絶望と憎悪の世界樹よ。破壊の星を紡ぐ架け橋となるがいい』」
そして彼が詠唱を唱えた次の瞬間。
魔法陣から無数の紫の触手が水面を突き破り、勢いよく伸びてきた。それは互いに絡み合いながら天を目指して登り続ける。
数十絡まった触手が枝を、数百数千絡まった触手が幹を形作り始める。
その異様な植物が成長を止めたのは、幻想郷中を見渡せるほど高くなった時だった。
完成したそれはまさに一つの大木のようであった。ただしその枝に葉はなく、脈打つように全体が不気味にうごめいている。
同じく化け物として知られる西行妖は美しさを感じられるのだが、この暗黒世界樹にそのようなものは微塵も感じられなかった。
その大木のてっぺんには魔法陣が描かれた平べったい床が作られていた。
そこの中央に立ったまま、神楽は不気味に吹雪と闇に支配された空を見上げる。
「さあ、来やがれ破壊の星。そして世界を……!」
いくら覗いたところで、常人には吹雪で何も見えなかったことだろう。
しかし彼の視界にははっきりと、一際大きく輝く星が見えていた。