東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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VS永夜抄

 曇った空が下から上へと流れていく。

 幽々子は現在、ものすごい速度で落下していた。風圧で飛びそうになる帽子を押さえつけながら、もう片方の手は幽香を掴んでいる。

 

 しばらく経って、ようやく湖が見えてきた。

 幽々子はとっさに目を瞑る。そして凄まじい音と水柱を立てながら、二人は水面に叩きつけられた。

 

「ぷはっ! なんとか、逃げ切れたようね……っ!?」

 

 水面になんとか顔を出した彼女が最初に見たものは、空から降ってくる数十ものレーザーだった。それらが次々と湖を貫き、爆発を起こす。

 幸い彼女たちがそれに当たることはなかった。が、急に高くなった波に飲み込まれてしまい、水を飲んでしまう。

 

「ゲホッ、ゲホッ……!」

 

 目に涙を浮かべながら咳をしていると、体に糸のようなものが巻きついていく。そして彼女の体は陸にまで引っ張られた。

 

「……どうやら、本当に一筋縄じゃいかないようね、あの木の頂上にいるやつは」

「ケホッ……! 助かったわアリス……」

 

 なんでもないわよ、と幽々子を助けたアリスは答える。

 彼女は再び糸を操り、プカプカと浮かんでいた幽香の体を同じように引き上げる。

 

「先に落ちてきたのはもう回収してあるわ。ちょうどあっちで薬屋と一緒にいるから見てきてもらいなさい」

 

 彼女が指差した場所では、パチュリーや美鈴、清音、舞花たちの他、妖夢や美夜が兎妖怪から治療を受けていた。

 

「あれは誰かしら?」

「因幡てゐ。永遠亭の下っ端よ。ちょっと前にやってきて治療をしてくれてるわ」

「あら、ちゃんと仕事しているようでよかったわ。てゐはサボりやすいからちょっと心配してたのよ」

 

 二人の会話に混じって、弓矢を背負った銀髪の女性が姿を現した。

 その顔は二人もよく知っていた。

 八意永琳。今さっき話していた永遠亭の医者だ。その他にも弟子である鈴仙はともかく、滅多に外に出てくることのない蓬莱山輝夜や藤原妹紅までいる。

 

「永琳……来てたのね」

「さすがに友人が被害にあってるのを見過ごせないわよ。あと、道中でこの子たちを拾ったからそこで寝かしておいてちょうだい」

 

 永琳に促されて、鈴仙が三人の少女を背負って前に出てくる。しかしその足取りは重く、苦しそうだ。

 

「ぐっ……! なんで私が一人で……!」

 

 運ばれて来た少女たちの正体は、行方不明になっていたレミリア、フラン、咲夜だった。

 鈴仙は重さに耐えかねたのか、若干放り捨てるように三人をその場に寝かせる。

 意識はまだ戻って来ていないが、彼女たちの傷はほとんど塞がっていた。

 

「それじゃあ頼んだわよ」

「ええ……気をつけてね」

 

 永琳たちはアリスの前を通り過ぎ、天を睨みつける。そして空を飛んで、大樹の頂上へと向かった。

 

 

 ♦︎

 

 

「ちっ……予想以上に次の来客は早いじゃねえか。そんなに俺にぶっ飛ばされたいのか? あっ?」

「そんなボロボロの体で言われてもなんの脅しにもならないわよ」

「まったく、楼夢もこんなやつに吸収されるなんて、情けないにもほどがあるわね」

 

 神楽の挑発を永琳はバッサリと断ち切った。

 輝夜は人を小バカにしたような笑みを浮かべる。

 

 永琳の言った通り、神楽の傷は先ほどの戦いからほとんど癒えていなかった。黒い服はズタボロに裂けており、ところどころに血が付着している。

 

「おい輝夜、油断するなよ。あいつは間違いなく私たちよりも格上だ」

「……だぁ〜! そんなこといちいち言われなくてもわかっているわよ! これは挑発よ挑発」

「お前、最近体動かしてないだろ? 力が鈍ってなけりゃいいんだけどよ……」

「それはあんたが最近喧嘩吹っかけて来なくなったせいじゃない!」

 

 敵が目の前にいるにも関わらず、妹紅と輝夜は口喧嘩を始める。

 彼女たちの仲は相変わらず悪いようだ。

 

「俺を……無視するんじゃねぇ!」

 

 神楽は背中に生やしている真っ黒な翼をそれぞれ二人に向けると、そこから『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』を放った。

 それらは彼女たちの顔を真っ黒に焦がすも、時を巻き戻したかのように火傷がすぐに治っていった。

 

「ちっ……蓬莱人(ゾンビ)が三体か。厄介なことこの上ないな」

「誰がゾンビよ誰が! 空前絶後の美貌を持つ私をそんな汚いのと一緒にしないでくれる!?」

「それに人様の喧嘩中に手突っ込んでくるなんて、空気の読めないやつだな」

「いや、空気読めてないのは貴方たちよ。……ハァ、どうも蓬莱人は死なないせいで緊張感を保てないようね……」

 

 永琳の言う通り、彼女らは今までここにやって来た者たちと違って緊張感というものがまるでなかった。

 なんせ彼女たちにとって死なんてものは日常レベルでくるものに過ぎないのだ。そんなものに今さら恐怖なんて覚えるはずがなかった。

 しかし蓬莱人ではない鈴仙は緊張のあまりか声を出せずにいた。

 それを見て、神楽の口の端がつり上がる。

 

「そうかよ……じゃあ無理やりにでも緊張感出させてやるよ!」

 

 足で床を蹴って爆発するかのように加速し、神楽は一気に鈴仙との距離を詰めた。

 

「『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』ッ!!」

「効くかよそんなもん!」

 

 鈴仙は『狂気を操る程度の能力』を発動し、対象を狂わせようとする。しかしなぜか彼女の瞳の光を見ても、神楽は効いた様子がなかった。

 それに戸惑い、動きを止めてしまったところに神楽の蹴りが炸裂。彼女は顔から血を噴き出させて倒れた。

 

「っ、まさか元から狂っている状態が正常だとでも言うの!?」

「んなことはどうでもいい! 野郎、弱いやつから狙いやがってっ!」

 

 永琳の推理は当たっていた。

 神楽は一度死んだときから、すでに脳の歯車がとれて狂っていたのだ。相手を狂わせる能力も、狂人には通用しようがない。

 

 鈴仙が真っ先に狙われたことに怒り、妹紅は体を文字通り燃やしながら神楽に飛びかかる。

 

「『フェニックスの尾』!」

 

 炎を纏った回し蹴り。しかしそれはあっけなく左腕によって防がれてしまう。炎は皮膚の表面を焦がすだけで、大したダメージを与えてはいなかった。

 お返しとばかりに繰り出された刀での突きが彼女を貫く。しかしそれに構うことなく彼女は拳を振るい、神楽の顔を殴りつけた。

 

「っ、この野郎!」

 

 神楽は腹部を貫いたままの刀を強引に振り切り、妹紅の体を両断した。

 おびただしい量の血が噴き出し、神楽の顔にかかる。

 しかしそれすらも無視して、妹紅は口を三日月に歪めて神楽の体にしがみついた。

 

「ハハハッ!! よく覚えておけ! これが命の花火ってやつだっ!!」

「まさかテメェ!」

 

 その狙いを理解し、神楽は妹紅を引き剥がそうと力を込める。だがたとえ皮膚がえぐれようが腕が千切れそうでも、決してそれは離れることはなかった。

 

 彼女の体がまばゆい光に包まれていく。そして次の瞬間、凄まじい轟音とともに彼女は内側から爆発した。

 

「ぐあぁぁぁぁっ!!!」

 

 それに巻き込まれ、神楽の体は焼かれると同時に吹き飛ばされた。そのまま焦げた臭いを放ちながら倒れる。

 

「『金閣寺の一枚天井』!」

 

 だが、敵は妹紅だけではない。

 空中に生成された金色の鉄板が神楽を押し潰さんと落ちてくる。それをなんとか回避するも、避けた先では永琳と鈴仙がそれぞれ弓と銃を持って狙いを定めていた。

 

 矢が空気を引き裂き、凄まじい速度で迫る。それを切り落とすと、次に来たいくつかのレーザーを再び刀を振ってかき消した。

 

「うそっ! 月の最新式ブラスターを切るなんて……!」

「『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

 

 とっさに永琳と鈴仙はそれぞれ別方向に横っ飛びをする。

 すると次には黒い閃光が二人の間をはしった。

 

 鈴仙はそのまま前転するように受け身を取ると、一瞬でもう一つのブラスターを引き抜き、乱射。そして残弾エネルギーが切れた後は無駄のない動きでそれらを放り捨て、懐から手榴弾らしきなにかを投げつけた。

 

「『羽衣水鏡』」

 

 神楽の前に出現した透明な壁が一切の遠距離攻撃をシャットアウトする。レーザーがそこに何度も当たっても、まるでビクともしなかった。

 同じように手榴弾も壁に跳ね返される。だが次の瞬間、それは耳を引き裂くような爆音とともに黒い煙を吐き出した。

 

「っ、音響と煙幕か……!」

 

 たまらず左手で片方の耳を抑えながら苦しむ。脳を襲う鈍痛が彼の動きを鈍らせた。

 その隙を突いて永琳から矢が放たれる。

 

「『天網蜘網捕蝶(てんもうちもうほちょう)の法』!!」

 

 その矢が光を纏い、破裂したかと思うと、神楽の周りはまるで蜘蛛の巣のように細かい無数のレーザーによって囲われていた。

 そして妹紅と輝夜は同じタイミングで術式を発動させる。

 

「『凱風快晴──フジヤマヴォルケイノ』!!」

「『ブリリアントドラゴンバレッタ』!!」

 

 爆炎が、多種多様な色の弾丸が、神楽に殺到する。

 そして目も開けられないほどの光を放ちながら大爆発が起きた。

 

「ァ“ァ”ァ“ァ”ァ”ァ“ア”ア“ア”ア“ア”ア“ッ!!!」

 

 爆発音に勝るとも劣らない絶叫が大樹全体を揺らす。爆発によって発生していた煙は一気に消え失せ、その中から焼けただれた上半身を露わにした神楽が現れる。

 空気はビリビリと震え、全員が耳を塞いでうずくまった。……永琳を除いては。

 

 彼女は爆発が起きたときからずっと弓を引き絞って待機していた。そして煙が消え去り、矢の先端が目標と重なったときに、右手を手放す。

 

 息も絶え絶えになりながらも、目の前から何か空気を裂くような音を感じ取り、神楽はとっさにそこに向かって刀を振るう。刃は矢と、()()()()()()()()()()()()()()を切り裂いた。

 そして突如袋の中から粉のようなものが飛び出し、神楽に降りかかった。

 

「なんだっ……こりゃ……? 体が……っ!」

「私が調合した、この世で最高の麻痺毒よ。ただの妖怪ならそれだけで殺すことができるわ。傷だらけの体にはよくしみるでしょ?」

 

 力なく神楽は崩れ落ちて膝立ちの状態になる。体中の筋肉が麻痺してしまっているのか、言葉はおろか呼吸すらままならなかった。

 

 永琳がこの毒を最初から使わなかったのには理由があった。

 それは単純に、普通にばらまいても神楽に毒が当たることはなかったからだ。さらには粉状であることから下手して風でも起こされれば味方まで巻き込んでしまう可能性もあったので、慎重に機会を見極める必要があった。

 

 体中が傷だらけということもあり、毒はすぐに神楽の肉体に侵入した。今の彼は動くことができない。

 永琳はそう判断して、最後まで隠し持っていた最終兵器を取り出した。

 

 それは見るからに毒々しい色合いの矢だった。

 それを弓につがえ、手から血がにじみ出るほど強く引き絞る。

 

「これは万が一のときのために作った、()()()()()()()()()よ。二度と見たくないと思ってたけど、まさか使う日が来るなんてね……」

「テッ、メェェェェェェェェェッ!!!」

 

 神楽は雄叫びあげながら必死にもがく。今の話を聞いてその矢の威力を理解したからだろう。だが体が動くことはない。

 そして無情にも、永琳の右手がゆっくりと矢から離された。

 

 矢は紫色の軌跡を描きながら空気を切り裂き、飛んでいく。

 そして神楽の額に当たり、その頭蓋骨を貫いた。

 

「ァ”ァ“……ッ、ガッ……!?」

 

 神楽は口と頭から大量の血液を吐き出したあと、しばらくもがき苦しむ。出現させていた妖力の黒翼が空気に混じるように消えていく。

 そして言葉にならない声をあげながら倒れ、その後はとうとう動かなくなった。

 

 静寂が辺りを支配する。

 誰も音を立てることができなかった。

 永琳は最後まで弓矢を構え続けたが、十秒、そして二十秒が経ったところで大きくため息をつき、腕を下ろす。

 

「……ようやく、終わった——」

 

 

「——なんて、思ってるんじゃねぇだろうなぁ?」

 

 その声は突然響いてきた。

 

 そして神楽の死体が一人に空中に浮かび上がり、闇のオーラに包まれる。

 

「そんなっ……!? たしかに毒は効いたはず……!」

「甘いんだよどいつもこいつも! お前が作ったのはあくまで()()()()()()だろうが!? そんなもんがこの俺に、効くかァッ!!」

 

 咆哮のような叫びとともに、神楽の両腕が二回りほど膨れ上がった。そして肌から光沢が見られる漆黒の鱗がびっしりと生えてくる。

 それだけではない。さらに叫ぶと頭に刺さっていた矢が砕け、体が変化を始める。

 

「本当はこの姿を捨てるのは嫌なんだがな……こうなったら仕方がねえ。本気で相手をしてやるよ!」

 

 しばらくして肉体の変化が終わり、口から白い息を吐き出しながら神楽は降りてくる。

 それはもう、人間や妖怪とも異なる歪な外見をしていた。

 

 まず目につくのが人間らしい胴体のサイズに明らかに不釣り合いな巨大な腕。漆黒の鱗はまるで爬虫類を思わせ、指からは太く、鋭く、そしてこれまた巨大な爪が伸びている。腕の長さを合わせて、直立しているのに床に爪がついていた。

 その他にも、後ろからは大蛇の顔が先端についた尻尾が、額からは鬼を連想させる二つの黒刀のような角が、そして背中からは蝙蝠のにも似た黒い翼が、それぞれ生えている。

 それら全ての印象をひとまとめにして答えれば、まさしく人間と悪魔を融合させたような姿をしていた。

 

 神楽はもはやボロ切れ同然となった服を破り捨てる。そして露わになった上半身を見たとき、彼を除いた全員の目が見開かれた。

 

 なんと彼の体にあったはずの無数の傷跡がどこにも見当たらなかったのだ。代わりに赤い刻印のようなものが全身に刻まれている。

 

 そして仕上げとばかりに彼は髪を爪で弾く。それだけで自慢の黒髪から色素が剥がれ、元の紫色に戻った。だが、髪は短いままだ。

 

「まさか、力を隠していただなんて……」

「元の肉体じゃ本気の力に耐え切れなかっただろうから抑えていただけの話だ」

 

 神楽は落ちていた愛刀を拾い上げる。だが、彼の手は長い爪が邪魔して、とても柄を握れそうにない。

 

「……まあ、剣を捨てることに、何も思わないわけではないがな」

 

 その言葉とともに刀が放り捨てられる。しかし彼の意思だったかはわからないが、尻尾の蛇がそれを口で拾い上げ、そのまま加え続ける。

 

「さて、じゃあウォーミングアップといこうじゃねえか」

 

 そう言った瞬間、彼の姿が消えた。

 体が大きくなったのに明らかに速度が上がっている。そのことに驚きながら全員は辺りを見渡す。

 

「上だっ!」

 

 妹紅のその言葉に全員が首を上げると、神楽は漆黒の翼を羽ばたかせて見せつけるかのように空中にとどまっていた。

 そして再び彼の姿が消える。

 次に悪魔が姿を現したのは、永琳の背後だった。

 

「ヒャハッ!!」

「ガッ……!?」

 

 速度を利用して爪を彼女に叩きつける。血しぶきが舞い、永琳の体は前へぐらりと揺れた。

 しかしそれすら許さず、彼女の前に再び神楽が現れ、その爪を振るう。

 

 そこからの光景は、まるで拷問をしているかのようだった。

 空中を飛び回りながら、姿を現しては爪で切り裂き、また姿を消す。そして別方向から再び姿を現わす。それの繰り返しだった。

 攻撃を受けたと認識した次の瞬間にはもう攻撃が迫っている。反撃どころか目で敵を追うことすら許されない。

 永琳の体はどこへ吹き飛ぶことも許されず、その場で張り付けにされていた。

 

「ハガッ、グフッ、ガッ……!!」

「『悪夢の鉤爪(かぎづめ)』」

 

 トドメとばかりに神楽は永琳の真上に移動すると、両爪に紫色のオーラを纏わせ、それを思いっきり振り下ろした。

 紫色の火柱が上がり、衝撃波が発生する。

 そして火が収まると、そこには原型すらとどめていない彼女の死体と、魔法陣の床にめり込んだ悪魔の爪があった。

 

「あいつ……わざと長引かせてから殺しやがったのか……!」

 

 あまりにも惨たらしいその処刑方法に妹紅が激昂する。

 蓬莱人は不死身といえど、それ以外はただの普通の人間なのだ。痛いという感覚も当然ある。

 妹紅や輝夜のように死に慣れていれば痛覚が麻痺していくが、彼女は永遠亭の中にいてばっかりで死ぬ機会があまりなかった。その苦しみは想像を絶するものだろう。

 

 神楽は妹紅のその表情に邪悪な笑みを浮かべ、さらに上空へ飛んでいく。

 明らかな挑発。彼女が乗らない理由がなかった。

 

「っ、あの野郎!」

「待ちなさい妹紅! ……ああもうっ!」

 

 背中から鳳凰を模した炎の翼を生やし、ジェット噴射でもしたかのような勢いで空へ羽ばたく。その後に輝夜が一つ遅れて妹紅を追う。

 

 魔法陣の床がかなり小さく見えるほどの高さまで飛ぶと、なんと神楽は空気を蹴るようにして向きを反転。そして妹紅めがけて、爪を振りかぶりながら急降下していく。

 ——上等だ。

 妹紅は両手に炎を纏わせ、巨大な爪を作り出す。

 

「『デスパレードクロー』!!」

 

 両者は爪を振り切り、二人の体はすれ違う。

 そして少し遅れて、スライスされた果実のように、体が崩れた——妹紅の体が。

 

「う、そだろ……?」

 

 噴き出す鮮血。

 胴体が三つ四つに分かれ、空中でバラバラになる。

 しかし完全に分かれる前に何かが全ての体を握りつぶし、そこで彼女は死んだ。

 

 神楽は手の中にある巨大な肉団子を輝夜に投げつける。

 瞬間、爆発でも起こったかのような轟音が響き、弾丸のようにそれは加速する。

 

 突然の投擲物に反応できず、彼女は被弾し、視界が塞がれた。

 そしてわけもわからないうちに肉団子ごと彼女の腹部を何かが貫く。

 それは、突き出された神楽の爪だった。

 

 輝夜が絶命したのを確認して、神楽は爪を振り下ろす。すると爪に突き刺さっていたものがすっぽ抜け、魔法陣の床に落ちていった。

 

「ひっ!?」

 

 空から落ちてきた赤黒い肉塊に思わず鈴仙は悲鳴をあげる。

 狙っていたのか、それは体を再生させている途中の永琳の真横に落ちていた。

 

 そして絶望が、舞い降りてくる。

 

「どうだ? お仲間が食えそうもない肉団子に変身した気分は。必要とあれば胡椒をかけてやってもいいぜぇ? その方が泣けて食えてで一石二鳥だろうしなぁ!」

「……それで勝ったつもりかしら? 私たち蓬莱人は不死の身。たとえ肉体がミンチにされようが消しとばされようが再生できるわ」

「ああ、よく知ってるつもりだ。だからこんな馬鹿みたいな手間かけてテメェらの足をもいだんだろうが」

 

 永琳の体はまだ上半身しか再生できていなかった。

 せめてもの抵抗として睨みつけるが、効果は見えない。

 

「さすがの俺も不死身の存在を殺すことはできない。だが殺したも同然にする方法ならいくらでもあるのはわかってるんだろ? 例えば——宇宙に放り捨てられるとかなぁ?」

「っ、まさか……!?」

 

 神楽の爪が妖力を纏い、輝き始める。

 それが、何もない空間に向かって振り下ろされた。

 

「『亜空切断』」

 

 神楽の目の前の空間にヒビが入る。やがてそれは広がっていき、人数人分ほど大きくなると砕け散った。そして紫のスキマにも似たものが開かれる。

 その先には、どこまでも続く闇と無数の灯火しかない世界——宇宙が広がっていた。

 

「さぁて、大掃除の始まりだ!」

「くっ……体が……吸い込まれる……!!」

 

 宇宙にはもちろん空気というものがない。つまりは真空状態となっている。しかしそこを空気のある世界と繋げたらどうなるか? 

 答えは単純。水門が開けられた湖のように、大量の空気が宇宙に流れこむ。

 そしてそのときの勢いに巻き込まれ、永琳たちの体が引っ張られる。

 

「姫……、様……っ!」

 

 永琳は必死に手を伸ばすも間に合わず、輝夜と妹紅は真っ先に吸い込まれていった。

 残ったのは永琳と鈴仙のみ。

 だが永琳は自分の体を支えている両腕から血が流れたのを見て、片腕を鈴仙へと向ける。そして最後の力を込めて弾幕を放った。

 

「カハッ——!?」

 

 予想外の攻撃を受けて、鈴仙の体は大きく吹き飛ばされた。

 なぜ自分に攻撃を? その疑問はスキマの中に吸い込まれていく永琳の姿を見たとたん、弾け飛んだ。

 

「お師匠様っ!!」

 

 届かないとわかっていながらも手を伸ばす。しかし永琳の姿はだんだん遠くなっていき、彼女の体が魔法陣の床を超えたころには見えなくなった。

 

 そして鈴仙は大樹の頂上から落ちていき、戦場から離れた。


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