東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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VS地霊殿

「ねぇ、あと何十分こうしてればいいのかな?」

「し、仕方ないだろ。私は飛ぶのが苦手なんだから」

 

 大樹を登り続けている女性に、伊吹萃香は聞いた。

 先ほどからずっとこの調子だ。もう一時間は登っている気がする。

 

「なあ勇儀。もう頂上はすぐなんだから、いい加減飛ばない?」

「いやダメだ! まだ遠い! あともうちょっと近づいてからだ!」

 

 子供のように彼女——星熊勇儀はそう言って反対した。その普段とのギャップがありすぎる情けない姿にため息をつく。

 

「私もあまり飛ぶの得意じゃないんだけどな……この調子じゃあと何十分浮いてられるか」

「それでも私よりは数倍マシじゃないか!」

「それは時間があったのに弱点を克服しなかった勇儀が悪い」

 

 正論を言われてがっくりと勇儀はうなだれる。

 

「にゃはは、まさか天下の星熊勇儀にこんな弱点があったなんてねー」

「くそっ、拳の一つでも握れたらぶん殴ってやるのに……」

 

 そんな彼女を笑う声が一つ。

 地霊殿のペット、火焔猫燐だ。

 彼女は勇儀に見せつけるかのように周囲を飛び回る。

 

「はぁ……なんでこんな奴を連れてきたのやら」

「しょーがないじゃん。目的は同じみたいだし」

「まあ、アタイたち的にはお姉さんたちと一緒じゃなきゃ困るんだけどね。さすがにお空一人だけで倒せるとは思えないし」

 

 ちらりと大樹と反対の方へ視線を向ける。

 そこには意味もなく辺りを飛び回る黒い翼を生やした少女がいた。名を霊烏路空。お燐と同じく地霊殿で飼われているさとりのペットだ。

 

「世界の危機だかなんだか知らないけど、さとり様も人使いが荒いよ。全く戦力にもならないアタイをお空のお目付け役として送り出すんだから」

 

 そう話しているうちに頂上付近までやってきてしまった。魔法陣の床を通して今回の敵の足が見える。というかあちらもこっちを睨んできている。

 

「ほら勇儀。ここまで来たならもう十分だろ? 奴さんも待たせているし、ちゃっちゃと飛ぶよ」

「……わかったよ」

 

 勇儀は大樹の幹から手を離し、空中に行く。しかしふらふらとしていて見ていて危なっかしく、おまけに動きもトロイ。

 萃香は本日二度目のため息をついて、先に魔法陣の床に上がった。

 

 

 ♦︎

 

 

「地底の妖怪どもか。ずいぶん変わったところから来たな」

「うるさいね。こっちもやりたくて木登りしてたわけじゃないんだよ!」

 

 会話して早々、勇儀が逆上する。どうやら相当イラついているらしい。拳を握りしめただけなのに、圧のようなものが飛んでくる。

 しかし神楽はそれを軽く無視すると、萃香たちを眺める。そして来るであろうと思っていた人物がいないことに気づいた。

 

「意外だな。俺はてっきり伝説の大妖怪が出張って来ると思っていたんだが」

「母様なら途中で別れたよ。誰もいないのを機に楼夢の家に空き巣に行くってさ」

「……ふざけた奴だな。まあいい。先にテメェらを葬ってから待てばいいだけ——」

 

 そう神楽が話しているのを遮るように、空気が焦げてしまいそうなほどの熱光線が突然放たれた。

 彼は右腕を前に突き出してそれをかき消す。

 

「——の話だ。んで、人が気分よく話しているときに水を差してきたテメェはなんだ?」

 

 今まで無敵を誇っていた黒い鱗が僅かだが焦げているのが神楽にはわかった。それほどまでの熱を出せるのはこの中で一人しかいない。

 とぼけた表情を浮かべているお空へ、神楽は視線を送った。

 

「うにゅ? 指したのは水じゃなくて熱だよ?」

「……ダメだこりゃ。話が通じる気がしねぇ」

「いや、そうじゃなくてなんで攻撃したのかって言ってるんだよ」

 

 お空には神楽の言葉の意味が理解できなかったようだ。可愛らしく首をかしげる。

 お燐がその意味を説明しても、彼女の表情は変わらなかった。

 

「なんでって、お兄さんは敵じゃないの? だから攻撃したんだけど」

「……ったく、さっきのカラスといいこのカラスといい、どうもこの種類の鳥どもは俺をイラつかせるのが得意らしいな」

 

 神楽は五本の爪をお空へと向ける。そしてそれぞれに黒い妖力が集中していく。

 

「長話は終わりだ。あのときもうちょっと話せていたら長生きできたのにと後悔しながら、死ね」

 

黒虚閃(セロ・オスキュラス)』。

 黒い閃光が爪から放たれた。それも五つ同時に。

 

「力比べなら負けないよ! 『ペタフレア』!」

 

 対してお空が放ったのは、視界が埋まるほど巨大な熱の球。

 核エネルギーによって生み出されたそれは五つの閃光を相殺し、爆発を起こす。

 

「『ゾンビフェアリー』!」

 

 爆発が目くらましになっているのを利用して、お燐は怨霊を呼び起こして突撃させる。それは見事に当たり爆発したが、煙から出てきた彼の体に火傷は見られなかった。

 

「うげっ!? やっぱりアタイじゃ力不足か! というわけでアタイはお先に失礼させてもらうよ!」

 

 そう言い残してお燐は魔法陣の床から飛び降りて逃げ出した。

 

「何しに来たんだあいつは?」

「あの火力バカのお目付役らしいね。っで、目的地まで送り届ける役目を果たしたからさっさと退散したと」

「……まあいい。いちいち追いかけて殺すのも面倒だ。まずはお前たちから地獄に送ってやろう」

 

 近くにいた萃香へ神楽は爪を振るう。しかし攻撃が当たったかと思えば、彼女の姿は霧のようになってそれを受け流した。

 

「私に物理は効かないよ!」

「『密度を操る程度の能力』、だったか。だが問題ねえ。それの攻略法は知っているんでな!」

 

 神楽は霧に爪を向ける。そして念じると、霧が徐々に圧縮されていき元の少女の姿が現れた。

 そこに向かって、再度爪を振るう。今度は肉を切り裂く感触がした。

 

「ぐぅっ……!?」

「一発じゃ断ち切れねえか。やっぱり鬼は頑丈だな」

「痛た……まさか、楼夢の能力を使ってくるとはね。いや参った」

 

 血が流れる腹を手で押さえながら、萃香は後退する。だがそれを見逃すはずはなく、すぐに神楽が迫ってくる。

 しかしそのとき、勇儀が萃香の前に立ちはだかって神楽の両爪を受け止めた。

 

「邪魔だっ!」

「邪魔なのは……お前だぁ!!」

 

 両者は動きを止めて互いに押し合う。

 力比べは全くの互角。しかし勇儀が叫んだ途端に、彼女の力が急激に上がって、神楽は逆さまに持ち上げられた。

 

「くらえ必殺! 『大江山颪(おおえやまおろし)』!!」

 

 そのまま勇儀は持ち上げた神楽ごと後ろに倒れこんで、彼の背中を思いっきり床に叩きつけた。

 衝撃波が大樹を揺らす。

 現代風に言うなればそれはまさにブレーンバスター。だがその威力は人間が使うものとは桁違いに高く、神楽の背骨はあっけなく折れた。

 

「ガハッ! ゴホッ!」

 

 尖った骨が内臓に突き刺さり、空気とともに口から血を吐き出す。

 だが敵は待ってはくれない。

 勇儀はすかさずマウントを取ると、その山をも砕く拳を振り下ろした。

 

 それは見事に神楽の顔面に直撃。鈍い音とともに顎の骨が歪む。

 しかしそれでもお構いなしに、勇儀はひたすら拳を振るい続ける。

 一撃、二撃、三撃。

 あまりのダメージの深さに神楽は絶叫する。

 

「ガァァァァァァァァッ!!!」

 

 そして怒り狂った目で彼女を睨みつけながら、その体へ凍てつく冷気を吐き出した。

 これにはたまらず、勇儀は体を凍らされながら吹き飛ばされる。

 

「ハァッ、ハァッ……やってくれるじゃねえかゴミクズども……!」

「『ペタフレア』!!」

 

 荒く息を吐きながら立ち上がったそのとき、上空から核エネルギーによる熱球が放たれる。

 

「だから……人が喋ってるときは黙れって言ってんだろうがァァァッ!!」

 

 怒りに身を任せながら、両爪を熱球へと向ける。

 そして計十個もの黒い閃光が放たれた。

 それは神楽の怒りに呼応するかのようにだんだんと巨大化していき、熱球を貫く。そしてその奥に飛んでいたお空を飲み込んだ。

 

 だが、神楽の怒りはまだ収まらない。

 焼け焦げたカラスを切り刻もうと翼を広げ、凄まじい速度でお空へと向かっていく。しかしその途中に、突如目の前に現れた拳が彼を殴りつけ、床へと逆戻りさせた。

 

「ほんとはこんな不意打ちみたいなことは嫌いなんだけど、悪く思わないでよ」

 

 神楽を撃ち落としたのは、萃香の拳だった。

 しかし彼女は先ほどからずっと地上にいた。ではどうやって拳を届かせたのかというと、腕の部分だけを霧にして空中に飛ばしていたのだ。そして拳の部分だけを具現化させて攻撃したというわけだ。

 

「くそがっ! 霧ごと凍らせて——」

 

 萃香へ向けて冷気を吐こうとしたそのとき、爆発音にも近い轟音が戦場全体に響いた。

 その正体は勇儀が床を蹴ったときの音。そして凄まじい速度で神楽に肉薄しながら、右足を前に突き出し、踏み込む。

 再び轟音が鳴り響く。床がビリビリと震え、彼女はさらに加速する。

 

 それを見た神楽の本能が叫びをあげた。ブレスを中断し、回避行動を取ろうとする。

 しかし霧の状態で気づかれずに接近していた萃香が姿を現しながら彼の背中に飛びつく。そして動けないように体を拘束した。

 

「て、テメェッ……!?」

「簡単には逃しはしないよ……っ!」

 

 萃香を振りほどこうと神楽はもがく。しかしいくら彼が怪力といっても、簡単に鬼の馬鹿力に敵うほどではない。

 そんな彼の手前に勇儀は左足を踏み入れた。そして加速することで得た全ての力を右拳に集中させ、目の前の標的に向かって解放する。

 

「『三歩必殺』ッ!!」

 

 大樹が揺れるほどの衝撃波が発生し、一瞬世界がスローモーションとなる。

 しかし次の瞬間、神楽の体は大きく歪み、まるで射出されたかのように吹き飛んだ。

 

「ガ……ッ、ァァァ!!」

 

 何度も床を跳ねて、魔法陣の端まで転がったところでようやく止まる。

 しかし仰向けになって倒れ込んでいる彼が見たものは、空に浮かぶ黒い太陽だった。

 

「みんな逃げて! 『アビスノヴァ』!!」

 

 それは今まで放ったものとは比べ物にならないほどの熱だった。

 砲身の先から膨らんでいるかのようなそれを、お空は射出する。そして床をチリチリと焦がしながら神楽の元へと向かっていく。

 

 神楽は両爪を上に突き出し、黒い閃光を十個同時に放つ。しかしそれは意味をなさず、黒い太陽はどんどん近づいてくる。

 そして彼を押しつぶすように、それは落ちた。

 

「ァ“ァ”ァ“ァ”ァ”ァ“ァ”ア“ア“ア”ア“ッ!!!」

 

 魔法陣の床全域を飲み込んでまだあまりあるほどの大爆発が発生した。いや、それはもう爆発なんてものじゃなく、熱の津波だった。

 黒い炎が柱となって天を貫き、雲を焦がしていく。

 神楽は叫びながら必死に両手で太陽を受け止めようとする。しかしそのあまりの熱量に胴体が溶け出していく。そして両手が弾かれ、神楽は炎に包まれて消滅した。

 

 

「あちち……いやぁ、まさかこっちも巻き込んでくるとはね」

「でも、そのおかげでなんとか倒せたしいいじゃないか。正直私たちだけじゃ絶対に勝てなかっただろうし」

 

 やがて炎も収まり、視界が戻ってくる。

 萃香は爆発の中心地に目をやった。そこには悪魔の姿はなく、ただ黒く巨大な腕が二つ落ちているのみだった。

 

「うにゅ? これでお仕事終わり?」

「ああ終わりだ終わり。たかがペットと思ってたけど、見直したぜ」

 

 空から降りてきたお空の頭をわしゃわしゃと勇儀はかき混ぜる。

 だが粘ついた液体が流れるような音を聞いて、すぐに後ろを振り返った。

 

 そこにあったのは一対の巨腕。しかしその様子は先ほどまでと明らかに違っていた。

 

 嘔吐するかのように、腕の付け根の部分から黒いヘドロのような塊が大量に吐き出された。それらはまとまり、だんだんと巨大化していきながら粘土のように形を作っていく。

 そして出来上がったものは、人間でも悪魔でもなかった。

 

 四メートルはある巨体。その全身は腕にも生えていた黒い鱗で覆われており、まるで鎧のようだ。腕の部分は先ほどと変わらないが、身長と明らかに不釣り合いだった前と違い、その巨体と相まってマッチしている。

 背中には棘が生えてより巨大化した翼。そして尻尾は八つあり、それぞれに大蛇の顔が付いている。

 

『嫌な気分だぜ。まさか大妖怪の群れごときにここまで姿を晒すことになるとはな!』

 

 重たい声が放たれたその顔は人間のものではなかった。

 細長い口に鉄をも砕きそうな鋭い牙、紫色の炎を思わせるたてがみ、そしてドリルのように長く渦巻いた角。

 全身と合わせてそれを表すなら、『二足歩行のドラゴン』だった。

 

「……おいおいマジかよ」

 

 思わず勇儀はつぶやく。

 一歩怪物が進むたびに彼女の体は跳ねる。いや、もしかしたら本当は跳ねてなくて自分が震えているだけなのかもしれない。

 そう意識を混濁させるほどの恐怖と絶望を、あのドラゴンは振りまいていた。

 

「むっ、効いてなかったの? だったらもう一度! 『ペタフレア』!」

 

 唯一にお空は恐怖を感じていなかった。それは彼女の精神が幼いせいなのか、はたまた彼女の脳はそれを理解するには足りなかったのか。

 どちらかはわからない。ただ、その方が幸せだったのだろう。あの絶望的な妖力を前にしてもまともに相対できるのだから。

 

 巨大な熱が閉じ込められた球が放たれ、やがて爆発が起こった。しかし煙が消えた後にあったのは無傷のまま一歩も動かないでいる黒龍。

 お空たちを嘲笑う声が聞こえてくる。

 そして次の瞬間、お空の体は翼ごとズタボロに切り裂かれた。

 

「へっ……? 痛いっ……なんで……?」

 

 きりもみに吹き飛んで地面に倒れる。腹部は半分ちぎれかけており、翼に至っては片方が根元から折られている。どう見てももはや戦える状態ではなかった。

 彼女の中に浮かび上がったのは恐怖よりもなぜ傷ついているのかという疑問。

 彼女がそう思うのも無理はない。なにせドラゴンの姿は彼女の視界に映らなかったのだから。

 

 彼は、あまりにも速すぎた。

 

「……う、おぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 その行動は恐怖からの反射だったのだろう。勇儀は雄叫びをあげながら、全体重をかけて拳を振るう。

 当たったもの全てを破壊してきた必殺の一撃。

 だがそれは鱗に当たった途端に金属音と似たものを出しながら弾かれ、逆にあまりの硬さに拳から鮮血を飛び散らした。

 

『終わりだな。だが俺は優しい。テメェらの実力に免じて、苦しみを感じる間も無く一瞬で消し飛ばしてやろう』

 

 ドラゴンの尻尾代わりの八つの大蛇が勇儀たちを睨みつけながら喉を膨らませていく。

 その口に集中していくのは、それぞれ炎、氷、風、雷、土、毒、闇、光。

 それら全てが融合し、吐き出される。

 

『“カオスブレス”』

 

 魔法陣のほぼ全てが混沌とした色の光に包まれる。

 ただ呆然と立ち尽くす勇儀も、霧となって逃げようとした萃香も、未だ床に倒れているお空も全てがそれに飲み込まれた。

 そして光が収まったころ、魔法陣の上に彼女たちの姿はなかった。

 だがその代わりに、二人の男女が佇んでいた。

 

「おースゲースゲー。惚れ惚れしちまいそうなブレスだなァ」

「やれやれ……危機一髪ってやつじゃな」

『……ようやくメインディッシュが来たか。待ちわびたぜぇ!』

 

 それを見た神楽が歓喜の声を上げる。

 彼の目の前に現れたのは火神矢陽と鬼城剛。

 どちらも伝説の大妖怪。つまりはこの世で最強クラスの存在だ。

 

 半透明な魔法陣の床を通して勇儀たちが空から落ちていくのが見える。おそらくはこの二人が何かしたのだろう。

 だがそんなことは今の神楽にはどうでもよかった。

 

『挨拶代わりだ! こいつでもくらいやがれ!』

「けっ、挨拶で殺してやるよ」

「ふふっ、昂ぶって来たのう!」

 

 神楽が、火神が、剛がそれぞれ拳を振り切る。

 それらは互いにぶつかり合い、それと同時に頂上決戦の幕が切って落とされた。

 


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