東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
『今さら何のようだ? 見ての通り伝説の大妖怪は全滅。もうテメェらに勝ち目なんざ残ってないのによ』
「そんなの決まってるじゃない。あなたを止めて、楼夢を助け出すためよ」
仲間たちを代表するように紫は言う。
彼女の他に八雲藍、博麗霊夢、霧雨魔理沙、比那名居天子……そして岡崎夢美。
かつての先生を神楽は睨みつける。
「……ずいぶん醜い姿になったものね」
『うるせえな。今さらやってきて説教か?』
「あなたもわかってるんじゃないの? こんなことをしてもメリーと蓮子は喜ばない——」
『うるせえって言ってんだろうがっ!』
神楽は岡崎の前に一瞬で移動して怒鳴り声とともに爪で彼女を弾き飛ばした。彼女の体は放物線を描き、地面に落ちていく。
それを合図に少女たちは動き出した。
「なんて野郎だ……! 岡崎はお前の恩人じゃなかったのかよ!? 『マスタースパーク』!」
『俺の邪魔するやつは全員敵だ! たとえ相手が誰であろうがな!』
魔理沙お得意の極太の閃光が放たれる。しかしそれは鱗に当たった瞬間胡散してしまった。
『風見幽香のと比べると大したことがねえなあ!』
呆然とする彼女に、神楽は大剣を振り下ろす。
しかし彼らの間に霊夢が割って入り、魔理沙をかばう。
あまりの威力に地面が一段下がった。だがそれでも、彼女は持っていた刀でなんとか凶刃を受け止めてみせた。
『どういうことだ? 人間ごときに受け止められる威力じゃねえはずだが……』
「ええ。だから少し、
霊夢は妖しい光を放つ刀を祈るように天にかかげる。
その刀に神楽は見覚えがあった。
『まさか、その刀は……』
「神解——『
霊夢がそう唱えた瞬間、黒い光が彼女を飲み込んだ。
膨大な霊力が神楽の威圧を押し流していく。
やがて闇を斬り裂き、彼女は姿を現した。
だが、その容姿は今までとは異なっていた。
大和撫子の象徴である黒髪は鮮やかな紫に染まっている。背中からは四つの鉄の翅……の代わりに紫色の霊力によって形作られたガス状の翼が生えている。服も紅白だったのが一部黒も混じっており、全体的に本来の神楽の姿を連想させた。
霊夢は青紫に輝く刀を軽く振り下ろす。
それだけで霊力の奔流は神楽を押し流し、数歩後ずさりをさせた。
——この霊力の質と量。
間違いない。彼女は伝説の大妖怪の域に達している。
神楽は確信した。
「弱ってると言っても、あいつに正面から挑むのは愚策よ。だから私が抑え込んでいる隙に攻撃しなさい」
仲間たちに言うが否や、霊夢は加速して神楽に迫る。その速度は明らかに音速なんてものを優に通り越している。
そして下から上に刃が振り上げられ、神楽は上空まで吹き飛ばされた。
『ぐっ……! 負け犬二人が結託したぐらいで勝てると思うな!』
「だったら今あんたに勝って名誉挽回してやるわよ!」
大剣と刀がぶつかり合い、火花とともに凄まじいエネルギーを散らす。
一瞬の均衡ののちに霊夢は弾き飛ばされた。
当然だ。もとより腕力は神楽の方が上。だが彼女もただでやられたわけではなく、吹き飛びながら色あざやかな弾幕を放った。
「『夢想封印』!」
霊夢の十八番、夢想封印。しかしその威力は普段のものとは桁違いだ。
弾幕をまともにくらい、神楽の巨体がきりもみに吹き飛ぶ。なんとか翼を広げて体勢を整えるが、そのときには目の前に霊夢が迫っていた。
反射的に大剣を薙ぎ払う。だが霊夢はそれを空気を蹴るようにして乗り越えると、刀を縦一文字に振り下ろした。
「『燕返し』」
『なっ……!?』
霊夢の刀は鱗を通して肉を斬り裂いた。
神楽の体から血が噴き出そうとする。それよりも速く霊夢は刃を返すと、今度は神楽を斬り上げた。
彼女の剣筋を神楽は知っていた。いや知らないはずがない。
なぜならその剣術は『楼華閃』。神楽が血汗を流して会得したものだったからだ。
霊夢の攻撃はまだ終わらない。
技を見て戸惑う神楽に向け、掌底を叩き込む。そして手のひらから弾幕を放ち、至近距離で爆発させた。
十数メートルほど彼は後ずさり、距離が開く。
「今よっ! 『飛光虫ネスト』!」
その間を縫うように無数のスキマが開き、そこからレーザーがマシンガンのように連射される。
しかし神楽の硬い鱗はその一切を弾き返した。
「『ファイナルスパーク』!」
『邪魔だ。“森羅万象斬”』
続いてスキマから飛び出して魔理沙が八卦炉を構え、先ほどよりも巨大な閃光を放つ。
同時に神楽は大剣を振るい、漆黒の斬撃を飛ばした。それは閃光を両断し——その奥にいる魔理沙にそのまま迫る。
「へっ……?」
斬撃が彼女を通り過ぎた。
そして数秒後、彼女の体は上下に分かれ、おぞましいまでの血を吐き出しながら落下していく。
痛みを感じる間もなかった。
「魔理沙ぁっ!!」
「よそ見をするな霊夢! 私が回収に向か——」
『——そうだな、よそ見はよくねえよな』
「っ!?」
取り乱した霊夢を抑えるために藍が声をあげ、スキマを開こうとする。しかし後ろから聞こえた声にとっさに跳び退き、術式を発動させた。
「『十二神将の宴』っ!」
『“オーロラブレス”!』
十二個の魔法陣が空中に浮かび上がる。そこからそれぞれの数の式神が出現したが、炎と氷が混ざり合ったブレスに飲み込まれ、たちまち消滅した。
やがてブレスが消えていく。その跡に残っていたのは身体のあちこちの部位が欠けてしまった藍の姿だった。
「む、無念……っ」
意識を保てなくなり、彼女も大地へ落下していく。
なんとか受け止めようと霊夢は藍を追いかけるが、そのせいで間近に迫る神楽に反応できず、その拳をまともにくらってしまった。
今度は彼女が吹き飛んでいく。
その背後に神楽は回り込み、大剣を薙ぎ払った。
回避しようにも風圧のせいで身動きが自由に取れない。もはやこれまでかと思ったそのとき、何者かが霊夢に体当たりをして突き飛ばし、剣を空振らせた。
「ったく、甘いのよ巫女。この程度でうろたえるなんてね」
「た、助かったわ天子……」
霊夢を助けたのはなんと、天子だった。青い髪を弄りながら嫌味を言い放つ。それでも助けられたことには変わりない。霊夢は心の中で感謝の言葉を言った。
天子は神楽の方へ振り向くと、緋想の剣を突きつける。
「ったく、開幕早々よくも私を無視してくれたわね。主役を間違えるだなんて、これだから地上のやつは困るのよ」
『……誰だテメェ?』
「なっ!? なんで他のやつらのことは知ってて私は知らないのよ!」
『うるせえな。んなもん記憶の持ち主の楼夢に聞け。もっとも、今じゃ俺がその楼夢本人でもあるがな』
「……そう。ならここでアンタを切り刻んで訂正させてやるわよ!」
「待ちなさい天子!」
霊夢の制止も聞かずに天子は進んでいく。
恰好のまとだ、と神楽は大剣を振り下ろした。だが驚いたことに、彼女はそれを完全に目で捉え、見事に受け流してみせた。
「こっちだって化け物倒すために修行してきてるのよ! この程度の速度、いくらでも弾いてやるわ!」
『ほう……ならお望みどおり、もっと速くしてやるよ!』
天子が剣を振るうも、神楽が後ろに下がって距離を置いたことでそれは躱されてしまう。
そうして神楽は自分の間合いを作り出し、剣に氷を纏わせた。
『“氷結乱舞”!』
光を超えた速度で七つの斬撃が繰り出された。
ただでさえ一撃一撃が嵐のような風圧を纏っているのに、氷まで加わったらそれはもはや吹雪だ。
通常の生物には決して捉えることのできないそれを、天子は辛うじて三つ弾く。しかしその衝撃で剣を持った手を後ろに弾かれてしまい、次の斬撃をまともに受けてしまった。
「きゃぁっ!!」
切り傷から血が流れることはない。代わりにその傷跡から赤い氷柱のような氷が生え、彼女の体を内側から凍りつかせていく。
そうして動けなくなった体に無慈悲にも次の斬撃が襲いかかる。
まずは両腕が粉々に砕け散った。緋想の剣が落ちていくも、それに目をやる余裕もない。
次に両足をもがれる。
しかし神経すら凍結して麻痺していたため、痛みは感じなかった。だが逆に冷静な状態で体の部位が砕けるところを見せつけられ、天子の精神は悲鳴をあげた。
『これで、終わりだ!』
とどめとばかりに薙ぎ払われた大剣が無防備な彼女の体に当たる。しかしその刃は体の半分ほど食い込んだところで、甲高い音を立てて動きを止めた。
『あ……? どういうことだ?』
「ふ……ふふっ……引っかかったわね……っ」
断ち切った天子の肉の隙間から、灰色の物体が見えた。この謎の物体が刃を受け止めていたのだ。
天子は弱々しくも、嘲るように笑う。
「要石ってね……地震を抑えるために作られたものだから超硬いのよ。埋め込んでおいて正解だったわ……」
『っ……剣が抜けねえ……!?』
要石。それが彼女の体内に隠されていたものの正体だった。
神楽は再び一撃を加えようと大剣を引っ張る。しかし要石の効果なのか、はたまた凍りついた影響なのか、それから剣が離れる様子はなかった。
「修行中……認めたくないけど気づいてたのよ。私じゃ伝説の大妖怪には勝てないって……。でもね、それで終われるほどっ、私は安くはないのよっ!」
今までにないほどの感情を込めて、天子は叫ぶ。その声の熱に反応して緋想の剣が飛んできて——彼女を背中から貫いた。
「勝てないのならせめて一撃……それが私よ!」
「まさか、アンタ……!?」
腹から生えた刃に赤い光が集中していくのを見て、霊夢はこれから彼女が何をやろうとしているのか悟った。
だが、もう遅い。
「『全妖怪の……緋想天』っ!!」
天子の全力が込められた赤い閃光が、緋想の剣から解き放たれた。
それは彼女の体に穴を空けながらも突き進み、神楽に当たる。
まるで赤い光の奔流、いや彗星のようだった。
やがて光は徐々に弱まっていき、ついには途絶える。そのときにやっと天子と神楽の腹部にそれぞれ空洞ができているのを確認できた。
『ア……ガハッ……!?』
数秒遅れて、二つの空洞から鮮血が飛び散る。
神楽はよろめき、天子は、
「あとは……たのん……だ……わよ……れい……む……」
そう言い残すとまぶたを閉じながら、重力に任せて下に落ちていった。
だがその姿は突如開いたスキマによって吸い込まれ、地面に着く前に消えた。
奇妙な音とともに霊夢のとなりの空間が裂ける。
「天子は永遠亭の兎のところに送ったわ。大丈夫、まだ間に合うはずよ」
「紫……遅かったじゃないの」
現れたのは紫だった。
彼女は空中には降りず、三日月のように開いたスキマの淵に腰掛けている。
「ごめんなさいね。魔理沙たちを助けるのとちょっとした仕込みをするのに時間がかかっちゃったわ」
「仕込み? なんのよ?」
「もちろん、あいつを倒すためのよ。それよりも体調はどうかしら?」
「……良いように見える?」
紫はまじまじと霊夢を見つめる。
意外にも外傷は少ない。まだ一撃しかくらっていないのだから当然だ。しかしそれ以上に目立ったのが、彼女の残りの霊力だった。
まるでバケツの中に少ししか入っていない水のようだ。彼女の霊力は約三割ほどしか残っていなかった。
「神解を維持するのがキツくてね……正直、もう互角には張り合えないと思うわ」
「十分よ。ここから先は私があなたをサポートするわ。まず……って、悠長に作戦を説明してる暇はなさそうね」
彼女の視界に、ダメージからたった今立ち直った神楽の姿が映る。
「とりあえず打ち合ってなさい! あなたならどう動けばいいかわかるはずよ!」
「ちょっ、それ説明になってないわよ!」
言い終えると、紫はスキマの奥へと逃げるように姿を隠した。
その数瞬後に神楽の姿が間近に迫り、大剣を振り下ろしてくる。
紫に問いただす暇もなく、霊夢は彼を向かい打った。
再び両者の刃がぶつかり合う。しかし力で負けているのはわかっていたので、霊夢は手首を曲げることで剣を受け流し、弾かれるのを防いだ。
「『
神楽の体に肉薄し、纏った斬撃の嵐を繰り出そうとする。だが神楽の左手がこちらに向けられているのを見て、とっさに身を引いた。
次の瞬間、左手から放たれた黒い閃光が、霊夢が立っていた場所を貫いた。
なんとか危機を回避することができた。しかし霊夢は内心苦い顔をする。
できれば今のを当てておきたかった。なぜなら、この後の接近戦が不利になることを彼女は知っていたからだ。
仕切り直して、二人は刃を次々と振るう。だが神楽の大剣が肌をかすめているのに対して、霊夢のは当たる気配すらない。
二人の斬撃の速度は同じくらい。しかしなぜ差ができるのか。その理由は間合い、つまりリーチにあった。
考えてみれば当然のことだ。神楽の体は腕だけでも三メートルほど、おまけに大剣もそれと同じくらいには長い。一方の霊夢はあくまで人間の常識に収まる程度。
この場合で同じ速度の斬撃を繰り出すなら間違いなく前者が先に当たるだろう。つまり神楽はそもそも、霊夢の刀が届かない距離から一方的に剣を振っていたのだ。
『“氷結乱舞”』
天子を戦闘不能に追いやった剣技が霊夢を襲う。
その時、突如霊夢の前にスキマが開いた。
迷いは一瞬のみ。彼女は意を決してその中に入り込み、攻撃を回避する。
飛び出た先は神楽の背後だった。
「『夢想斬舞』!」
——紫が作ってくれたチャンス……無駄にはしない!
夢想封印の弾幕が次々と刀に吸い込まれていき、刀身が虹色に染まる。それを舞うように振るい、神楽の背中を七度斬りつけた。
『ガァァァ!?』
神聖な霊力が神楽の体を電流のようにはしり、蝕んでいく。
だが神楽は倒れることはない。深手を負いながらも大剣を振り向きざまに薙ぎ払おうとして——どこからか現れた赤い十字架が、彼の体を貫いた。
『なんだ……これはァ……!? 体ガ……!』
「へ、へへっ……たまには先生らしいこともしなくっちゃ……ね……」
スキマから現れた岡崎は、荒い息をしながら手のひらを神楽に向けていた。その頭からは血が滝のように流れていて、意識を保つことも難しそうだ。彼女はそれに抗い、必死に術式を発動させている。
『オカザキィィィィィィッ!!!』
「今よ、霊夢! 岡崎の十字架が時間を稼いでいるうちに、例のあれを食らわしてやりなさい!」
「……ええ!」
霊夢は刀を天へと掲げる。すると呪いが込められた黒い風が刀身を中心に渦巻いていき、ついには竜巻と呼べるほどにまで巨大化した。
あまりの風量に柄を握る手が悲鳴をあげる。だが歯を食いしばって刀が風にさらわれそうになるのを防いでいる。
そこまでになったところで神楽を拘束していた十字架が弾け、その反動で岡崎が気絶する。
神楽はすぐさま黒い雷を大剣に纏わせ、飛んでくる。
迎え撃つように霊夢も飛び出し、ハンマーのように重たいそれを振り切ろうとする。
『“超森羅万象斬”ッ!!』
だが一つ速く、神楽の大剣が振るわれた。
幻想郷の端から端を貫くような黒い稲妻が一閃する。大剣は霊夢の体を通り過ぎ、その先にあるもの全てを焼き払った。
大量の血が噴き出すとともに霊夢の体が二つに分かれる。だが彼女は止まらなかった。勢いのままさらに前進。
そして声のあらん限りを込めて叫ぶとともに、腕が千切れそうになる程力強く破壊の嵐を叩きつけた。
「『ブラックノア』ァァァアアア!!」
神楽は嵐を回避しようと体を動かす。しかし完全には逃げきれず、彼の右肘から先が大剣ごと黒い風に呑み込まれ、消滅した。
その光景を最後に、霊夢の意識は途絶えた。
『ァァァァアアアアッ!! クソガッ、クソガァァァァ!!』
逃れられぬ死から逃れるために神楽が取った行動は狂気そのものだった。
彼は残った左手で右腕を掴むと、呪いが体に回る前に肩ごとそれをもぎ取ったのだ。空中に血濡れで放り出された右腕はまもなく黒く染まり、灰と化して空気に溶ける。
半狂乱となって身体中から雷のような妖力を放出し、神楽は暴れ回る。するとその目の前に先ほどと同じようにスキマが現れた。
餌をぶら下げられて焦った獲物が飛び込んできたか。
まとまらぬ思考でそう判断し、スキマに向かって加速していく。
だが餌に飛び込んだのは神楽の方だった。
スキマから現れたのは紫ではなかった。
火神矢陽と鬼城剛。伝説の大妖怪の二人組。
彼らはそれぞれ左拳に炎を、右拳に雷を纏わせながら、それを神楽の顔へと叩きつける。
「『炎神拳』!」
「『雷神拳』!」
『ブガッ……!』
顎の骨が砕け散り、神楽の体が大きく仰け反る。
二人はこの一撃で全てを出し切ったのか、力なく落下していった。
「ハァァァァァァッ!!」
神楽の正面にスキマが開き、今度こそ紫が飛び出してくる。だが意識も薄っすらとしていて反応することができない。
彼女はそのまま血が付着し、尖った鱗が突き刺さるのもお構いなしに、神楽の体にしがみついた。
改めて間近で紫を見たとき、神楽は目を見開いた。
彼女の首には見覚えのある石がぶら下がっていたのだ。その姿が脳裏に焼き付いているとある少女の姿を連想させ、左腕に入っていた力が徐々に抜けていく。
「お願い……元に戻って! もうあなたの顔が見れないなんて嫌なのよ……楼夢っ!」
『ッ、ソノ名デ私ヲ呼ブナァァ!! ガァァァァァァァァッ!!!』
紫の祈りが届いたかのように、彼女の首飾りがまばゆい光を放った。
世界が一色に染まる。
しばらく目を閉じていると、彼女の体に暖かい感触が伝わってくる。恐る恐る目を開くと、そこには桃色の髪をたなびかせている男が紫を抱きしめていた。
「ありがとな……紫。お前の想い、伝わったぜ」
「あっ……ろう、む……なの……?」
「おう、お前が会いたくて会いたくて仕方がなかった楼夢さんだ」
「ろうむ……楼夢……楼夢っ!」
何度もその名を言いながら、紫は力強く楼夢に抱きつく。その目からは宝石のような雫が溢れていた。
すっかり痛んでしまっている黄金の髪を楼夢は撫で、そこから無数の思いを感じ取る。
「……おい、イチャイチャするのは結構だがTPOをわきまえろよ。少なくとも俺の前では二度とその虫唾が走る行為を行うんじゃねぇ」
そんな二人の甘い雰囲気をぶち壊す一声が投じられる。
楼夢は呆れたような目線を言葉の手榴弾を投げ込んできた人物に向けた。
「はぁ……一回死んでもその可哀想な性格は治らないのかよ、狂夢」
「抵抗もできずに一方的にやられたどこぞの誰かさんよりはマシだと思うがな」
人間状態の神楽を思わせる容姿と逆立った白い髪。
もう一人の楼夢とも言うべき存在、狂夢。彼もまた首飾りの力によって神楽と分離し、復活を果たしていた。
「だが……たしかに、そろそろ急がないとヤバイかもしれないな」
おもむろに楼夢は上を見上げる。空からはまぶしいと感じるほどの紫色の光が降り注いでおり、破壊の星というのがどんどん近づいて来ているのがわかった。
最後に一度紫の頭を撫でると、彼女から手を離して背中を向ける。
「安心しろ、すぐに終わらせてやる。だから遠くで見守ってくれ」
「……うん、わかった」
振り向かずに楼夢は言った。
心配そうな表情を浮かべていた紫はそれを聞いて頷き、スキマの中に入っていく。
天空に残ったのはこれで三人となった。
楼夢は今回の異変の首謀者に目線をやる。
神楽の姿は先ほどまでとは打って変わっていた。
黒い鱗も、男らしい服も逆立った髪もない。あるのは吸い込まれそうなほど美しく、絹の布のように長い紫髪と、楼夢のにも似た黒い巫女服だけ。
消滅したはずの右腕は分離の影響で再生していた。その手がどこからともなく現れた、墨汁のように黒く染められた日本刀を掴む。
「よくも……よくもよくもよくもよくもよくもやってくれましたねっ! この罪は……死なんてもので償えるとは思うな!」
「それはこっちのセリフだバカ野郎。よくも俺の力を使って友人たちをいたぶってくれやがったな。ギタギタに切り刻むだけじゃ飽き足らねえ……地獄すら生ぬるいと思えるほどの苦痛を与えてやる」
「ヒュー、かっこいいねぇ。だがまだ足りねぇ。死してなお恐怖する圧倒的な絶望を、その魂に刻み込んでやるぜ」
彼らに共通してあるもの。それは怒りだった。
収まり切れそうにないほどのそれが溢れて言葉となり、しかしそれでもまだ湧き上がってくる。いくら声に出してもキリがない。
ならば、やることは一つだけだ。
彼らは無限に湧き出る怒りを込めて、刀を一斉に抜いた。
最後の決戦が、今始まる……。