東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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全ての終わり

「神解——『天鈿女神(アメノウズメ)』!」

 

 姿が変わると同時に俺は飛び出し、左右の刀を神楽へと振り下ろす。余波だけで背景の山が二つ消し飛び、それぞれ炎と氷の柱が噴き出す。

 それだけの威力を持った斬撃を神楽は真正面から受け止めた。その顔に苦しさは見当たらない。

 

 両者の刀が反対の方向に弾かれ、そこから刃の応酬が始まった。

 刀身が衝突するたびに炎や氷や闇が飛び出し、肌をかすめていく。

 

 この野郎……刀一本しか持ってないくせ二刀流の俺の速度に追いついてきやがる。

 それはつまり、一撃一撃の速度は神楽の方が上ということだ。

 

 数百合もの打ち合いのあと、らちがあかないと感じて勝負に出ることにした。

 

 振るわれた漆黒の刀身を二本の刀で挟み込むようにして押さえつけ、無防備となったのを狙って蹴りを繰り出した。

 それは見事腹に突き刺さり、神楽が怯む。しかしそれは一瞬で、次には奴もまた同じように足を伸ばしてきた。

 

 顔面が蹴られ、うめき声を上げてしまう。その隙を突かれて振るわれた刃が体を斬り裂いた。

 

「ぐっ、テメェ!」

 

 噴きでる血を無視して両方の刀を前に突き出す。しかし神楽はその場で沈み込むように高度を落とすことでそれを避け、上がってくる反動を利用して今度は斬りあげてきた。

 

「がっ……!」

 

 鮮血が飛び散る。

 霞んだ視界には神楽が刃を返している姿が映った。

 

「選手交代だ役立たずが!」

 

 俺を飛び越え、狂夢が手に持っていた大剣を振り下ろす。それは神楽の刀と衝突し、彼の体を吹き飛ばした。

 

 神楽が持っているそれは『八百万大蛇(ヤオヨロズ)』。八百万もの刃を重ねて作られた、全長四メートルもの刀の形をした何かだ。重さは確か数トンはあるはずで、神楽が力負けしたのも頷ける。

 

 さらにこの八百万大蛇。ただただでかくて重いだけじゃない。

 

「伸びろ、八百万大蛇!」

 

 狂夢は大刀を前に突き出す。するとノコギリを思わせる刃一つ一つが空気を突き破りながら伸びて、鞭のようにしなりながら神楽を追いかけていった。

 

 なんとこの八百万大蛇、全ての刃に伸縮自在の術式がかけられているのだ。無数の刃がうねりながら獲物を噛みちぎろうとする姿は蛇の大群を連想させる。

 

「『百花繚乱』」

 

 しかし神楽はこの刃の群れを刀一つで全て弾き返してみせた。その斬撃は光すらも置き去りにし、カマイタチが発生したのは全てが終わったあとだった。

 

 さすがにこれには狂夢も目を丸くする。

 神楽はおもむろに左手を突き出した。そこに黒い光が集中していく。

 それを見た狂夢は大刀を大砲のように構え、同じように黒い光を刃先に集める。

 

「『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

「っ、『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』ッ!」

 

 二つの漆黒の閃光が放たれた。だが狂夢のはだんだん押し込まれていき、ついにはやつの体は光に飲み込まれていった。

 

「狂夢っ!」

「少し火傷しただけだ! いちいち気にかけるんじゃねぇ!」

 

 黒い柱が両断され、中から神楽が出てくる。しかしその身体中あちこちにある焦げは明らかに火傷で済むものではない。

 

 俺たち二人の目の前に神楽は一瞬で移動してくる。

 

「八雲紫はたしかに私の力を半減させました。しかし貴方たちは本来一心同体。二人一緒にこの世に存在するためには半分に分けられた力をさらに分ける必要がある」

「……何が言いたい?」

「貴方たちはそれぞれ、私の半分程度の力しか残っていないってことです。足し合わせてもせいぜい同等以下。八雲紫の策は失敗でしたね」

 

 神楽は長い袖で口元を覆い隠し、嘲り笑う。

 

「いいや、失敗なんかじゃねえよ」

 

 吸収されたとき、俺は何も見えない闇の中を漂っていた。だがそのとき、聞こえてきたんだ。彼女たちの声が。

 

「レミリアや幽々子に永琳、それに火神や剛たち。他にもたくさんいて、数えたらきりがねえ。それだけの友人たちが俺なんかのために力を合わせてくれたんだ。だったら、その結果で起きたことは失敗なんかじゃねえ。みんなが繋いでくれた思いを、俺が失敗になんかはさせやしねえっ!」

「……ほざくじゃないですか。でもそういうのは、私に傷をつけてから言いなさい!」

 

 流れ星のように俺たちは加速してぶつかり、鍔迫り合いとなる。

 ありったけの力を両腕に込めた。しかし神楽の刀はビクともしない。逆にどんどん後ろに押されていく。

 そのときだった。「情けねぇな!」という声とともに、狂夢が俺の横に並び立ったのは。

 

 八百万大蛇が神楽の刀に押し付けられる。

 俺と狂夢の力が融合していくのを感じた。

 俺たちは雄叫びをあげて一気に力を込め、神楽を弾き飛ばした。

 

「お前……」

「正直、俺にはお前のように慕ってくれるやつはいねぇ。だからお前の気持ちもよくわからねぇ」

 

 狂夢に目を向ける。

 やつは自分でも戸惑っているようだった。あれだけ散々嫌ってきた俺に手を貸したことに。

 

「いいんじゃねえのか、わからなくて。お前は神楽でも楼夢でもねぇ。他の誰でもない狂夢なんだ。なら、お前が戦う理由は俺とは別にあるはずだ」

「そうだな……その通りだ」

 

 狂夢は俺より一歩前に出て、刃を神楽に突きつけた。

 

「俺がアイツを叩きのめす理由……んなもんアイツがムカついたからに決まってるだろうが! うじうじ昔のこと引っ張り出してはいつまでも引きずりやがって! 俺の親だかなんだか知らねぇが、んなどうでもいいことのために俺たちの明日を奪うんじゃねぇよ!」

「……ふっ、それくらいテキトーなほうがお前らしいよ」

 

 俺たちは改めて武器を構え、神楽を睨みつける。

 

「さぁ行くぜ楼夢! 化け物退治だ!」

「ああ!」

 

 衝撃波を発生させながら飛行していく。背後では狂j夢が大刀に妖力を込めていた。

 

「『超森羅万象斬』!」

 

 大刀が薙ぎ払われ、雷を纏った赤色の斬撃が放たれた。それも一つではなく、無数にだ。

 それらは俺を追い抜き、雨のように神楽へ降り注いでいく。

 

「『桃色桜吹雪』」

 

 神楽はそれに動じず、神速とも呼べる速さで刀を振るい続けた。

『桃色桜吹雪』は飛ばした霊力の斬撃を細かくすることで、まるで桜吹雪のように相手を飲み込み、切り刻む技だ。しかし彼のそれは花弁の一枚一枚が通常の森羅万象斬と同じくらいにはあった。

 

 雨と吹雪が衝突し、弾かれたものが流星群のように地上に降り注いでいき、数えきれないほどの爆発を起こしていく。

 それに目もくれずに俺は迫り来る花弁をかわしながら神楽へと迫る。

 

「『狐火銀火』!」

 

 銀色の炎を纏った左の刀を薙ぎ払う。

 それは漆黒の刀身によって防がれてしまった。衝撃で飛び散った炎が神楽を包むも、あまり効果があるようには見えない。

 だったらもう片方もだ。

 

「『狐火金火』!」

 

 今度は金色の炎を纏った刀を振るおうとする。しかしその前に繰り出された蹴りが俺の腹部を強打し、集中力が切れて炎は消えてしまう。

 さらに腰をひねって神楽は回転。その勢いを利用した後ろ蹴りを放つ。

 

「カハッ……!」

 

 あばら骨が何本か砕け、勢いよく俺の身体が後ろへ流れていく。

 しかしいつのまにか後ろに立っていた狂夢が背中に向かって発勁を繰り出し、逆に俺を前へと押し戻した。

 その加速を利用して頭突きをする。不意を突いたことでこれは当たり、神楽の身体が後ろに仰け反る。

 

 それを好機と見て狂夢は一気に神楽へ接近した。

 だがそれは罠で、彼は仰け反った勢いを利用してバク宙をするかのように回転して、狂夢の顎を蹴り上げた。

 加えて一回転し終えたあとに刀を突き出して肉を貫通させ、そこから黒い閃光を放つ。

 狂夢に風穴が空いた。

 しかし彼は狂気の笑みを浮かべると、自分を貫いている漆黒の刀身を掴み上げる。

 

「今だ、やっちまえ!」

「『超森羅万象斬』ッ!」

 

 身動きの取れなくなった神楽に、俺は霊力を纏った二つの刀を同時に振り下ろした。

 炎と吹雪が吹き荒れたあと、大爆発が起こる。神楽はそれに飲み込まれ、狂夢の手から離れた。

 

 もちろんこれだけで神楽がくたばるとは思っていない。衝撃波で飛ばされた神楽を追いかけ、両足を揃えて飛び蹴る。

 しかし驚いたことに、神楽は俺の足を片手で掴むと、振り回して投げ飛ばした。

 俺に手を向け、神楽は術式を唱える。

 

「『ドルマドン』」

 

 彼の左手から巨大な闇の弾幕が放たれた。

 

「『羽衣水鏡』っ!」

 

 とっさに前に透明な結界を作り出すが、それすらたやすく溶かして、闇の弾幕は俺を飲み込んだ。

 身体中に焼けるような痛みがはしる。これは……呪いか? しかも早奈のよりも強力だ。

 神楽に溜まっていた憎悪が呪詛となって頭の中に響いてくる。

 

「そんな過去に囚われているから……っ、お前は前に進めないんだよっ!」

 

 そんなもの今さら効くものか。

 身体中に力を込めて、呪いを弾き飛ばす。

 右の刀を掲げる。すると天から雷が落ち、竜の形となってその周りを泳ぎ始める。それをお返しとばかりに飛ばす。

 

「『ギガデイン』!」

 

 雷竜はまっすぐ突き進んでいく。

 神楽はそれを見て、同じように左手を掲げた。そこに落下した雷の色は黒。黒竜が雄叫びのような音を立てながら放たれる。

 

「『ジゴデイン』」

 

 二匹の竜が空中で絡み合い、激突する。しかし一撃という面では、やはり俺の雷竜は力負けしていた。黒竜の牙が食い込み、雷竜は悲鳴の代わりに火花を散らす。

 

「『ギガデイン』!」

 

 負けそうになっていたとき、もう一匹の雷竜が現れて黒竜に噛み付いた。

 狂夢だ。たまには気の利くことするじゃねえか。

 

 いくら個でも優っていても数の暴力には劣る。二匹となった雷竜はあっという間に黒竜を食い散らし、神楽に巻きついた。

 

「ああああああっ!!」

 

 身体中を焦がされ、神楽は絶叫した。

 なおもダメージを与えるために俺たちは一気に接近していく。

 

「『氷結乱舞』!」

「っ、『雷光一閃五月雨突き』!」

 

 氷を纏った俺の斬撃と、雷を纏った神楽の突きが何度も何度も衝突する。

 最後の一撃で鍔迫り合いに持ち込もうとしたが、勢いあまって額同士がぶつかり、互いに上半身が後ろに弾かれる。

 その即座に背後から狂夢の大刀が薙ぎ払われ、紙一重で俺の髪をかすめながら神楽の身体に叩きつけられた。

 

 わかる。狂夢の動きが手に取るようにわかる。

 まるで一体化でもしたかのようだ。狂夢も同じような感覚を味わっているのだろう。

 

 とてつもない質量がぶつかった衝撃で神楽は吹き飛びそうになるが、なんとか空中で踏み止まり、再び俺と斬り合う。

 相変わらずの速度に怪力だ。甲高い金属音が鳴るたびに柄を握る手が痺れる。

 だが、今なら……。

 

 神楽が先ほど同様に大刀を横に振り切った。跳躍してそれを避ける。

 しかし二度目だからか、神楽もそれをわかっていたようで、すぐに腰を低くして避けてみせる。

 だがそれは俺にとっては格好の的だ。下に落ちる勢いを利用して両刀を振り下ろし——神楽の身体に斜め十文字を刻んだ。

 

「が……ぐっ……!!」

「お前はさっき、俺たちの力は足し合わせても同等にしかならないと言ったな。だが俺らの関係は足し算なんかじゃねえ——かけ算だ!」

 

 蹴りを入れると同時に足裏で妖力を爆発させ、神楽をかっ飛ばす。

 俺たちの距離が開いた。

 やつは息を荒くしながらこちらを睨み続けるのみで、攻めてくる様子はない。

 

 ここまでで戦況はおそらく五分五分。いや、僅かだがこちらが優勢だろう。このままいけば勝てる。

 そう確信したところで、空から降り注ぐ光が一層強くなった。

 

「な、なんだ……?」

「おいヤベェぞ。破壊の星がとうとう月を突破しやがった。地球までたどり着くのは……あと十分くらいだ」

「なんだと!?」

 

 狂夢から告げられた現実に目を見開く。

 おいおい……さすがにあと十分であいつを倒すのは不可能だぞ! 俺たちがこれだけやってやっとダメージが与えられるのだ。無理ゲーにもほどがある。

 ……いや、一つだけ方法があったな。ただしそれはほとんど博打のようなものだ。しかし何もやらないよりかはマシだと信じ、作戦を狂夢に伝える。

 

「『アルマゲドン』だ。狂夢、『アルマゲドン』をあいつにぶつけろ」

 

『アルマゲドン』。狂夢が持つ、月すら粉砕してみせる究極の技。だがやつの顔は晴れない。

 

「無理だ。あんだけ溜めが長い技が光速以上で動き回るやつに当たると思うか? そもそも誰が術式を構築しているときの俺を守る? そもそも今の俺は力を消耗しすぎていて、星一つ消すにはとても足りねぇ」

「威力以外に関しては問題ない。俺が全部を務めよう」

「努めよう……って、お前まさか一人であいつを押さえつける気か!?」

 

 正気か、とその目は聞いてきていた。

 こちらも強い瞳で睨みつけてやる。

 ……ああ、本気だと。

 

「他にこれしか方法が思い浮かばないんだ。だったらやるしかねえだろ」

「……はぁっ、分の悪い賭けだってことはわかっちゃいるんだがな。たしかに、それ以外に方法はねけわな」

 

 狂夢がその場から上昇した。

 

「言っとくが次はねぇ。俺はこの一撃に全てをかけるからだ。そのリスクを背負う覚悟があるなら、死ぬ気で食い下がっていきやがれ!」

 

 狂夢の言葉には後押しされて、俺は飛び出した。

 頭上では狂夢が黒い玉を作り始めている。

 

「一人で来るとは、血迷いましたね!」

 

 俺よりも速く接近してきた神楽の言葉とともに膝が、腹部に突き刺さる。

 唾とともに血が口から飛び出て、俺の動きが止まる。そこを突かれて左の裏拳が、邪魔な虫を払うように繰り出され、俺の顔を捉える。

 

 駒のように回転しながら吹き飛んでいく。しかし神楽はそれよりも速く動き、刀を振り下ろしてきた。

 

「『燕返し』」

 

 縦一文字の斬撃が俺を斬り裂いた。二撃目が襲いかかって来るが、それはなんとか両刀を交差させて防ぐ。

 だが再び足が蹴り込まれ、腹部に当たる。

 

「なっ……めるなぁっ!!」

 

 痛みを我慢するため大声を上げ、強引に刀を振るう。

 神楽は軽やかにそれを回避すると、再び接近してくる。

 

 くそったれが……! ただでさえ折れていたあばら骨が、今ので完全に粉砕しやがった。臓器もいくつか潰れてるのか、絶えず喉から口に血が上ってきやがる。

 

 弾丸のような飛び膝蹴りが俺の顎を撃ち抜いた。

 その衝撃で溜まっていた血液が風船から破裂したかのように噴き出てくる。

 しかし打撃攻撃はあくまで繋ぎだ。本命の攻撃は次。

 

「『雷光一閃五月雨突き』」

 

 無数の雷が身体を貫いていく。

 考えるな。息を止めろ。痛みを痛みと認識する前に絶えず刀を振り続けるんだ。

 そう自分に言い聞かせ、俺は身体が穴だらけになるのもいとわずに前に前進し、体重のあらん限りを込めて刀を前に突き出す。

 

 俺と神楽の身体の背中から刃が生えたのは同時だった。

 神楽は血反吐を吐きながらこちらに左手を向けてくる。残念ながらそれに抵抗する力は今の俺にはない。

 

「『ジゴデイン』」

 

 解き放たれた黒い雷が俺を飲み込み、弾き飛ばした。

 力が、抜けていく。全身が麻痺して身体が動かせない。

 黒い煙を纏いながら、俺は空から落ちていく。

 

「まだですよ……! まずはその忌々しい顔から消し去ってくれる!」

 

 しかし、神楽の追撃は続いた。

 自身を貫いた怒りを妖力と一緒に左手に込めて、紫電を作り出す。そのまま刀身に触れると、鍔の近くのはばきから刃先まで一気に手を滑らせ、紫電を注入する。それを天に掲げると、雲を貫いて遥か高くまで光の柱が伸びて、刀身が巨大化した。

 

「『ジゴスパーク』ッ!!」

 

 紫色の柱が振り下ろされる。

 そのとき、視界に黒く、巨大な球体が空に浮かんでいるのが見えた。

 それは本来のものよりもサイズは遥かに小さい。しかし、たしかにそれは『アルマゲドン』だった。

 

 狂夢が技を完成させた。だったら俺が寝転んでいる暇はないだろ! 

 体勢を立て直し、頭上の敵を睨みつける。

 そして持てる限り全ての力を両手の刀に込めて、叫んだ。

 

「『千花繚乱——千弁万華』ァァッ!!」

 

 両手に握られた赤と青の刃が光輝いたかと思えば、紫色の柱に何千何万回と振るわれる。

 空気も音も光も空間も何でさえも。

 全てはその斬撃に置き去りにされた。気づけば俺の体は電気を纏い、目視することすらできないほどスパークした。

 

「こんなところでっ、こんなところで終わるわけにはっ、いかないんですよ!!」」

 

 俺の神速の斬撃と神楽の紫の柱がせめぎ合う。

 神楽がそう叫ぶと柱の光はさらに輝きを増し、俺を押し返していく。

 

 そのとき、何かが背中を押してきた。

 振り返って確認する。そこには紫が、手を突き出して俺を支えているのが見えた。

 いや、彼女だけじゃない。霊夢に魔理沙、紅魔館のやつらや永遠亭のやつらまで。これまで出会って来た全ての人妖たちが俺を支えていた。

 

 その光景はもしかしたら極限状態に陥ったせいで見た幻なのかもしれない。しかし今の俺にはそれで十分だった。全員の気持ちを背負っている、全員の気持ちが俺を後押ししてくれている。そう思えるだけでよかった。

 

 赤と青の刀身が巨大化していく。俺の速度はさらに上がっていき、もはや自分でさえ何をしているのかよくわからない状態となっていた。

 妖怪の力は精神に依存する。今の俺は、過去最高に強かった。

 

 力の全てを出し尽くすように刀を振るい続けると、徐々に光の柱にヒビが入っていく。

 そして、ガラスが割れるような音を立てながら、紫の光柱は砕け散った。

 

「これでっ、最後だァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 数えることが不可能なほど神楽を切り刻みながら、流星のように空へやつごと突き進んでいく。その先には辺り一帯を覆うほど巨大な黒い球体があった。

 

「『アルマゲドン』ッ!!」

 

 放たれた破壊の黒球に向かって加速し、神楽を間にして俺はアルマゲドンへ刀を振るいながら突っ込んだ。

 

「ガァァァァアアアアアアアッ!!」

 

 アルマゲドンに張り付けにし、ひたすら目の前に向かって斬撃を繰り出していく。血なんてものは剣の熱で蒸発し、目に見えることもない。

 そして最後に振るった刃が黒い月ごと、神楽を一刀両断した。

 

 膨大なんて言葉で表現できない、凄まじい爆発が天空で起こった。

 その余波は幻想郷にとどまらず地球にまで及び、およそ数分に渡って世界的規模の大地震が起こる。

 

 気がつけば俺は爆風に飲まれて地面に叩きつけられていた。

 限界を超えたせいか、腕も足もぐちゃぐちゃに折れ曲がっていて立つことすら難しい。刀も粉々に砕け散っていた。

 

「ずいぶん酷い姿だな、おい」

 

 そんな俺を、歩いて近寄って来た狂夢が嘲笑った。

 やつもまったく被害を受けていないわけではなく、ところどころに傷が見える。しかし俺よりもマシなのは確実だった。

 

 終わった、のか……? 

 大きく息を吐き出そうとする。

 

 そのときだった。近くで身の毛も凍るような声が聞こえてきたのは。

 

 

「まだ……まだっ、勝負は終わって……!」

 

 神楽はズルズルと上半身を引きずりながらこちらに近づいてくる。

 やつがまだ生きていたのには驚いたが、すぐに平静を取り戻す。なぜならもうやつには毛の先ほどの力を感じなかったからだ。

 

 俺は折れ曲がった足で無理をしてでも立ち上がり、やつを見下ろす。それに別段特別な意味はなく、強いて言うなら意地だった。

 

「もうやめろ……お前に勝ち目なんざねえ。お前は負けたんだ」

「負け……? ふ、ふふふっ、負けてないですよ! だって私にはまだあれがあるから!」

 

 狂ったように笑いながら神楽は空を仰ぎ見る。

 空を包んでいる紫の光は、明らかに先ほどよりも大きくなっていた。

 

「ヤベェ……あと五分だ……」

 

 ポツリと狂夢が呟く。

 五分……ダメだ、何も解決策が思いつかない。

 くそっ、ここまで来てダメなのかよ! 

 

「ハハハハハっ! 終わりだ! 終わりなんですよ私たちはぁ!」

『いいえ、終わらせはしないわ』

 

 絶望に打ちひしがれていたそのとき、全員にとって聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 いや、実際には俺と狂夢も聞いたことはない。でも別の記憶の中でそれを知っていた。

 

 神楽は目を見開き、唇を震わせながらその視界に映った人物の名をつぶやく。

 

「めっ……メリー……?」

 

 問いかけるかのような声に、メリーはゆっくりと頷いた。しかしその体はまるで色のついた光を無理やり集中させているかのようで、薄くなったり濃くなったりを繰り返している。

 

「どういうことだ? メリーはたしか死んだはずじゃ……」

「私が特別に呼んだんですよ」

 

 誰に向かってでもないその問いに答える声があった。そちらに視線を向ける。そこには独特な帽子を被った少女がいた。

 四季映姫・ヤマザナドゥ。地獄の閻魔というやつだ。

 なるほど、彼女なら死者を呼び戻すこともできるだろう。彼女の体が薄っすらとしているのも彼女が魂だけの存在だからということか。

 

「成仏できずにさまよい続ける魂の中から彼女たちを見つけるのは大変でしたよ。おかげで時間がかかってしまいました」

「彼女たち? ってことはまさか……」

 

 鬼火のようなものがメリーの隣に並び、やがて一人の女性へと変化していく。

 宇佐美蓮子。秘封倶楽部のメンバーであり、メリーと神楽の親友。

 

「……っ、これは幻だ! 私を惑わすための幻に過ぎない!」

『ううん、幻なんかじゃないよ。本物だよ』

 

 神楽はそれ以上見ないように目を瞑る。しかしメリーが彼に抱きついたことで、そのまぶたは開かれた。

 

『これでも、本物かわからない?』

「あ……ぁ、本当に、メリーなのか……?」

『うん、そうだよ。あなたの恋人のマエリベリー・ハーン』

 

 彼女の声は安らかだった。それが神楽の瞳に宿る炎を打ち消していく。

 

「離せ……私にはまだ、やるべきことが……! 貴方たちの仇を取るためにも……!」

『もういいの……もういいのよ……そんな嘘を私にまでつく必要はないの。だから、聞かせて。貴方の本当の気持ちを……』

「わ、私は……!」

 

 もう彼の瞳に憎悪の炎はなかった。

 ポタリと、雫が一つ、彼の瞳から溢れる。それを皮切りに止まない雨のような涙が降り注いだ。

 

「私は……っ、俺は……っ、お前たちのことが大好きで……お前たちのいない世界が絶えられなかったんだ……!」

『うん、わかってるよ。だからさ、もうこんな辛いことはもうやめよう?』

「……ああ」

 

 神楽の姿が暖かい光に包まれていく。

 やがて、中から現れたのは黒髪を逆立てた一人の青年だった。下半身は再生しているが、その体はメリーと同じように姿がはっきりとしていない。

 これはやつが純粋な魂に戻った表れだろう。

 

『あーあ、私も何か言おうと思ってたけど全部メリーが持ってっちゃうんだもん。でもまあ、さすがは良妻ってとこかしら』

『も、もう……からかわないでよ、蓮子』

『……お前は死んでも変わらないんだな』

 

 三人は互いに見つめ合うと、あまりのおかしさに笑い合う。

 そしてひとしきり笑ったところで、神楽は俺たちの前に立つ。

 

『色々迷惑かけちまったが……ありがとうな。心の闇が晴れたよ。これでようやく、俺も消えることができそうだ』

「消える前にさっさと真上の爆弾を処理してくれると助かるんだが」

『……ああ、あれを止めるのはもう無理だ。だがきっちり責任は取らせてもらう』

 

 神楽は俺たちに背を向けると、空中にふわり浮かぶ。

 

『おれの魂は破壊の星に匹敵するほどのエネルギーを秘めている。本来は星と俺、二つの爆発でこの星を消すつもりだった。だがそれを、守るために使おうと思う』

「お前……まさか死ぬ気か?」

『もうすでに死んでいる。それにこれだけの大罪を犯してながら悠々と地獄で暮らすなんてことは、俺にはできない』

「……そうか」

 

 引き止めることはしなかった。

 その案以外に何も思いつかなかったというのもあるし、やつは今回の異変で数多くの命を奪った。それを償う必要が神楽にはある。

 しかし背を向けながらも、やつは俺に声をかけてくる。

 

『……最後に人生のアドバイス、してもいいか?』

「……はぁ?」

『俺が言えたことじゃないが、お前はもっと素直になれ』

「何を言って……」

『お前を愛しているやつらと正面から向き合えってことだ』

 

 その言葉を聞いていくつかの少女たちの顔が浮かび上がってきた。

 紫、早奈、剛。思えばずいぶん彼女たちからの好意を受け流してきたものだ。

 だけど俺は、人を愛することが……怖いんだ。

 

「……なあ、教えてくれ。お前を壊した原因は恋だろう? なのになんで恋を恐れないんだ?」

『……たしかに、人を愛した瞬間に別れという名の悲しみは絶対的にやってくる。それはとても辛いことなのかもしれねえ。だが、俺は少なくとも、メリーを愛したことに後悔したことはない』

「……なんでだ?」

『それ以上のものが自分に返ってきてくれるからだ。だからお前も、もう俺なんかに縛られる必要はねえ。幸せを求めてもいいんだ』

 

 まだまだ聞きたいことはたくさんあった。だが、もう時間が来てしまったようだ。

 世界がいよいよ、空から降り注ぐ光によって紫色に染まり出す。気温は上がっていき、周りの景色がよく見えなくなってきた。

 

『時間だな。じゃあな、楼夢に狂夢。お前らと出会えてよかった』

『私たちもついていくよ』

 

 神楽の左右の手をメリーと蓮子はそれぞれ握る。

 慌てて俺はやつに最後の言葉を投げかけた。

 

「ありがとな。なんだか目が覚めたような気がするぜ」

『……ありがとう、か。まさか俺に感謝を言ってくるやつがいるとはな』

 

 その会話を最後に神楽たちはもの凄い速度で空へと上がっていく。

 そして姿が見えなくなったころに大地が割れるかのような音がして、地球全土が目も開けられいほどの眩い光に包まれた。

 

 数秒経ち、やがて光が収まっていくのをまぶたの裏から感じ取る。ゆっくりと目を開けると、そこに映ったのは青一色に染まった空だった。

 

「終わった、かぁ……」

 

 全てが、終わった。

 そう思うと身体から力が抜けていき、俺は仰向けになって地面に倒れる。心地よい太陽の光がほおを撫でた。

 

 もう動く気力すらなかった。ゴツゴツしているはずの地面でさえ、今では極上のベッドのように思えてくる。

 

 ここまで頑張ったんだ。ちょっとは休んでもいいよな……? 

 

 誰に問いかけるでもなく、心の中でつぶやく。しかし返らぬ返答を待つよりも先に、意識が混濁していく。

 

 そうして俺は、祝福するかのような日光を浴びながら、深い眠りに落ちた。

 


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