温かな春風、微かに漂う花の匂い。季節に合った黄色いレジャーシートと、多種多様なお菓子の数々。果○グミの封を開け一つ口にいれれば、濃厚なブドウの味が広がり、グミ独特の柔らかくも固くもない、その中間の歯ごたえがさらに食欲を募らせる。口の中が甘味で満たされれば次は塩気が欲しくなって、堅あ○ポテトをバリバリと頬張る。さっきとは違い、確かな歯ごたえとガツンと強い塩味が口内を蹂躙する。それらすべてを、コカ・○ーラゼ○で飲み干すと、なんとも言えない至福を感じた。
「いやなんで俺ら呑気に菓子パーティーなんてしてんのっ!?」
突然のそんな大声にあたしは思わずグーパンチが出た。見事に日向君の横っ面を叩いた。「ドヘァッ!」なんて変な声を上げた結果、不自然に片方だけ腫れあがった。そのためすぐに誰と判別できなくなってしまった。
「なにしてくれてんだよっ!?」
「あなたこそなにしてくれてんのよ。てゆうかあなた誰? 顔も分からない人と一緒にいたくないわ。解散しましょ」
「結託したの今さっきなんですけど!?」
「あ、ひなっち? だよな? そこのクランキーチョコ取って」
「お前もなんで平然としてんだよ! あとちゃんと日向です! 疑問符をつけんな!」
ツッコミながらも律儀に取ってあげるのね。
クランキーチョコを三分割して一つを渡してくれた真実に礼を言って受け取り、一口大に折って食べる。真実はそのままかじりついているから、ポロポロとカスがこぼれていた。飲み込んですぐさま牛乳を流しこむのを見て、あたしも真似してみる。チョコと牛乳の抜群の相性に、迷わずチョコを食べる。
「なにか不満でもあるのかひなっち? もしかして嫌いな菓子でもあった? ダメだぞ、好き嫌いせずなんでも食べなきゃ」
「お前は俺の母親か!」
「好き嫌いして選んでいいのは人間だけだ」
「人間の方がダメだわ!」
大きなため息をつき、手近にあったこんにゃくゼリーのふたを開けながら、日向君は真面目な声で言った。
「いや冗談抜きで、なんでこんなことやってんだよ。ゆりっぺがいい感じに啖呵切ったから、そのままなにかするのかと思ったのに……」
「だからやってるじゃない」
ヨーグルトの蓋を開け木のスプーンで一口食べる。久しぶりに駄菓子のヨーグルトを食べたけど、結構おいしい。
「どういうことだよ? 今こうしていることが、神に近づくことってことか?」
わからないと、眉を寄せる日向君に、今度は真実が答えた。
「まあそれはすぐにわかる。そしてこれはもう一つの目的があるんだ」
「もう一つの目的?」
ん? それはあたしも聞いてない。一体どんなことがあるというのか。
「ここでひなっちの実力というものを見てみたい。これから起こる出来事に、ひなっちがどう対処するかを見るんだ」
「はぁ? 見てどうするんだ」
「自分の中でひなっちを横か下かの位置づけをする」
「怖えよ!」
そんなことをしていると、いつかと同じようにキィと音を立てて屋上の扉が開いた。小柄な体躯と綺麗な銀の髪が揺れる。表情の動かない顔は相変わらずで、その人形じみた姿と触れれば壊れそうな雰囲気も相変わらず。小さな歩幅でこちらに歩いてきて、丁度三歩分の距離を置いて立ち止まった。
「あなたたち、今は授業中よ」
予想通り注意しに来た生徒会長。さて、日向君はどうやるのかしら……?
こそっと日向君の後ろに回り、耳元で指示をする。
「彼女が生徒会長であることはもう知ってるわね? なにか情報を持ってる可能性がある。それを引き出してみて」
「なっ!? いきなりすぎるだろ!?」
「いやならここで解散よ」
うぐっと唸った後、日向君は生徒会長に向き直った。真実はニコニコと日向君の動向を見守っている。そんな空気の中、日向君は小さく呼吸を整える。
「あのさ、生徒会長」
「なに?」
「神様っていると思う?」
そうド直球に聞いた。彼の印象としてそこまで頭の回る男じゃないことは分かってたから、まあなんとなくわかっていたことだ。さて、日向君はどうやって口を割ろうとするのかしら……。
「それは答えなければいけないこと?」
「ああ、答えてもらわないとスゲー困る」
「じゃあ、わからない」
「じゃあいるとしたらどんな感じかな?」
「見当もつかないわ」
生徒会長の様子からじゃ嘘を言っているかなんてわからない。さすがは、あの真実がこの子から情報を聞き出すのを困難と言わしめるだけはある。真実も彼女の様子を見ているが、そこからなにかが分かるとは思っていないのだろう。もっぱら、日向君の駆け引きに注視している。
少々の思考の後、日向君はさらに問う。
「あのさ、好きな人っている?」
あたしと真実の間が一瞬すべての音が消えた。その静寂を破ったのは、またしても日向君だ。
「生徒会長ってさ、かなり可愛いよな。初めてあった時からそう思ってた。あのさ、俺に告白されたら、付き合ったりとか」
―――ドグシッ! あああああぁぁぁぁぁぁ~……
あたしは弁明の余地もなしに日向君を屋上から蹴り落とした。日向君の叫び声が遠くなるのを聞きながら生徒会長のほうへ向く。すると、さっきまであたしたちが座っていたレジャーシートの上で真実と生徒会長がお菓子を食べながら談笑していた。
「あの子、大丈夫?」
「大丈夫。発作的に高いところから飛び降りたくなる子だから。病気じゃなくてそういう癖だから、性癖だから」
「そう、なら仕方ないわね」
「そう仕方ない。だから生徒会長も、気が向いたらひなっちを高いところから落としてあげてね」
「考えとくわ」
「ありがとう、ひなっちも喜ぶよ。それはそうとこれから時間ある? あるならちょっとお話がしたいなって」
「そうね、放課後なら時間があるわ」
「じゃあその時間にまた会いに行くよ。時間とらせてごめんね」
そして、おすそ分けとして少しのお菓子を袋に詰めて生徒会長に渡し、真実はバイバイと手を振る。生徒会長も小さく頷いてから屋上から校舎の中へと戻っていった。
真実がどういう目的を持っていたのかはわかる。授業に出るとか教室に戻るとか、そういう話になるのが面倒だからだ。だけど、あの生徒会長も誤魔化されるなんてことがあるんだ。そういえば初めてあったときの嘘みたいな真実の作り話にも鵜呑みにしていた。彼女が多少は人間らしいところがあるってことが分かったのはいいことかもしれない。今後、なにかしら行動を起こすあたしたちにとって、彼女の存在は面倒なのだ。一々注意に来られたんじゃたまらない。
ねるねるねるねをグルグルと混ぜながら口にくわえたチューパットを吸う真実は、どこか緩んだ表情で屋上の扉を眺めていた。
「いや~、生徒会長ってなかなか話せるよね。お菓子の好みも結構合うし、このままもっと仲良くなれるといいな~」
「本気で言ってるわけ?」
あり得ないとわかっていながらの確認と、あたしのなにかに触れたその発言はからかいの中に若干の苛立ちが加わっていた。
「仲良くなりたいってのは本音。直接的に俺たちに害はなさそうだし」
「あっそ」
どこかむくれた言い方になってしまったことに、自分自身に苛立ちを感じる。むしゃくしゃして、真実がせっせと作っていたねるねるねるねをかっさらって口に放り込む。
「ああっ! なんてことすんの!? 折角楽しもうと思ったのに!?」
「うるさいっ! いいから日向君拾ってきなさい!」
「ぅえ~……。落としたのゆりなのに拾うの俺なの?」
文句を言いながらもお菓子とレジャーシートを片付け、あたしと真実は死んだように死んでいる日向君の回収に向かった。
× × ×
日向君を保健室で手当てをし、ベッドに放り投げ彼が目を覚ますのを待つ。カーテンの向こうでは保険医の先生と真実が楽しく談笑しているのが聞こえる。人とすぐに仲良くなれるのは真実の得意とするところだけど、それが行き過ぎているようにも思えてしまう。あそこまでの処世術を一体どうやって身に着けたのか。以前そのことを聞いたけれど、真実はまだ生前の記憶が戻っていないから知らないと言っていた。だけどきっと、人の空気を読んで人の心を読んで人の顔色を窺う、そんな生前だったんじゃないかと勝手に想像して、あの性格も人に嫌われないようにするためのものだとしたら、なんだか真実が作り物めいて見えた。それが嫌で、本当に心の底から嫌で、その日はなぜかいつも以上に真実の天然ボケに対するツッコミ(拳)の力が強まったのを覚えてる。
そんなことを真実と保険医との雑談をBGMに聞いていると、ようやく日向君が目を覚ました。のっそりと体を起こしたこいつには言ってやらなければならないことがたくさんある。まずは一喝しないと気が済まない。
「あんたねぇ! 女を口説きにここに来たの!?」
「だからって何度ケリ落とすんだよ!? 死ぬとこだったよ!! よく生きてたよ!! また奇跡が起きたよ!!」
「あんたが私欲を満たすことしか考えてないからでしょ!?」
「別に本気でコクったんじゃねーよ!! 連中は恋とかするのかなって思っただけだ!!」
「まったく、これだからひなっちはひなっちなんだ」
「な、こころ……どういうことだよ? てゆうか今ひなっちってのを蔑称みたいに使わなかった?」
カーテンの向こうから保険医に淹れてもらった紅茶のカップを持ったまま真実が入って来た。その顔にはあからさまな呆れが見て取れる。
「ゆりが説明したでしょ? 彼らはここの高校生活が違和感のないように見せるための脇役たち。だけどそれは本物となんら遜色はない。だから彼らも恋愛ぐらいするさ。ひなっちは恋も愛もまったく興味のない高校生を見たことがある?」
「うぐっ」
真実のもっともな説明に日向君は言葉を詰まらせた。まったく、真実の言う通りちょっと考えればわかることをわざわざ聞くなんて……本当に日向君を仲間にしてよかったのかしら……?
「まあでも、いいと思うよ。考えがたらなかったとはいえ、なにかしらの情報を得ようとはしたわけだし、疑問を見つけ、それを追求するというその姿勢は認めるところだ」
カップの紅茶を一気に飲み干して、真実は日向君をそう評価した。
「そ、そうか……?」
分かりやすいくらいに照れる日向君を見ていたら、さっきまの怒りなんかどこかに行ってしまった。だけど、一つだけ引っかかることを思い出した。
あたしが真実に褒められたのって、確か真実に自分で考えるようにって言われてからだった。つまりその時のあたしは、今の日向君に劣っていたということ……? その結論に至った瞬間感情の前に身体が動いた。
―――バチーッンッ!―――
「ぶへっ!」
にやけていた日向君の頬をビンタしていた。そしてすぐに感情が追いつき、それが苛立ちだと気付いた。
「なにすんだゆりっぺ!?」
「日向君のクセに生意気なのよ!」
「どういうこと!? 意味わかんねぇ!」
ギャアギャアと言い合うあたしたちを真実は微笑まし気に見て、そしてあたしの肩に手を置いてやっぱり優しく言った。
「でも、肝心の情報を得られなかったからプラスマイナスで考えてもマイナスだぞ、ひなっち」
「え~」
そしてあたしの肩をポンポンと叩く。その意味はきっと『ゆりは答を見つけた』だ。それはまるであたしを慰めるように、世話のかかる妹をあやすような温かい触りかただった。瞬間、あたしは顔が熱くなるのを感じた。すべて悟られていたと思うと、本当にどうしよもないぐらいに恥ずかしかった。だけどその様子を日向君に気付かれる前に、真実が日向君に言った。
「さて、そろそろ昼飯にしようか。ひなっちも腹減ってるだろ?」
「そういえば、そうだな。そっか、こっちでも腹は減るんだ」
「そう。なにも食べないと死んじまうぞ~」
「俺たちもう死んでんだけど」
ベッドから降りた日向君とそんな会話をしていた真実は、自然な流れであたしも会話に混ぜるように話を振ってくれる。だからあたしも、それに逆らわずに平素に戻った顔で輪に入れる。
「ほら、ゆりも行こう。俺今日はかつ丼の気分」
「そんなこと言って、あんたまた残すんでしょ?」
「今日は全然余裕で食べれる気がする」
「あんたの気がするは本当に気がするだけだから嫌なのよ」
すっかりいつものペースを取り戻して、あたしたちは歩を食堂のほうへ向けた。
× × ×
食堂にて、あたしはうどん、日向君はラーメン、真実はなにをトチ狂ったのかかつ丼の大盛りに加え杏仁豆腐まで頼んだ。勢いよくガッツク真実を若干心配そうにみながら、あたしもうどんを啜る。日向君はなにも気付かずここの食堂のクオリティの高さに舌鼓を打っている。
「結構うまいんだな。学食ってもっと雑な味かと思った」
チャーシューをつまみながら言った日向君にかつをつまんだ真実が言った。
「ここの学食は結構人気なんだ。メニュー多いし、季節限定もあるしデザートまである。結構なネタ飯もあるから、色んな楽しみかたがある」
数秒かつを見てから丼に戻して、嬉々として杏仁豆腐に手を付け始めた。どうやら限界が来たらしい。丼の中身はまだ半分ぐらい残っていて、だけどもう真実は杏仁豆腐に夢中だ。
「真実、まだかつ丼残ってるわよ」
「俺はもういいよ。ゆりにあげる」
「食べれるわけないでしょ。だから量を考えろって言ってるのに大盛りなんか頼むから」
しかし本当にもう真実はかつ丼には興味がないらしく、それはそれは満足そうな表情で杏仁豆腐を食べている。するとラーメンを啜っていた日向君が真実を少々驚いた目で見た。
「え? もう食わないのか?」
「食べないんじゃなくて、食べれないのよ」
ため息交じりにそう言えば、日向君は分からないと言いたげに首を傾げた。
「だって、あんなに菓子が食べれるんだ。だったら昼食のぶんくらい食べれるんじゃ―――」
「分かってないな、ひなっち。あんなにお菓子を食べるから今食べれないんじゃないか」
「偉そうに言うな! それただの自己管理不足ってだけだろ!!」
まあ、確かに毎日あれだけのお菓子を食べているのだから、相当な大食漢だと思われるのは仕方のないことかもしれない。それに、高校生にもなってお菓子の食べ過ぎて三食食べれないなんて考えもしないだろう。だけどそれ以上に、いつも残すということを学習しない真実が悪いのだ。そもそも食べないという手もあるし、量を少なくするなんて誰でも思いつく。それにここの学食はサンドイッチや総菜パンなんかも売っているから、そっちを食べればいいだけの話なのだ。
真実と過ごすようになってこれまで、食のことで真実を注意するのはもうパターン化してきている。
「心配はいらないよ、ゆり。今後はご飯を残すことはなくなる」
もにゅもにゅと杏仁豆腐を味わいながら、真実は自信満々に言った。
「どういうことよ? だってあなた残してるじゃない?」
「考えてもみてよ。これまで残り物が出ていたのは偏に残り物を食べてくれる人がいなかったからだ」
間髪入れずに日向君が言った。
「いや、お前が残すからだ」
「だけど、これからは違う。俺の残し物は全部ひなっちが食べてくれる」
「勝手に決めんな!」
「だって元運動部、それも野球部だったひなっちならこれぐらい余裕で食べれるだろ?」
「っ! なんで!?」
「手の平のマメ。両手にある小指から中指と小指から下にある手の平。ここにマメが出来るのは野球選手の特徴。
そんなことより、ゆりや俺以上に食が太いひなっちの加入は即ち、俺が残り物を持っていったとき、食堂の人から嫌な顔をされることがなくなるし、次の日にまた大盛りを頼んだとき、こいつまた懲りずに頼みやがったと嫌な顔をされることもない。まさに良いことづくめで……」
それだけ言って、真実はまたも熱心に今後の残り物についてあたしに聞かせようとする。
日向君は自分の手の平を見ながらスゲーと呟いてる。それくらいなら真実はたぶんあったときにもう気付いてた。
「ゆり聞いてる? 以上の点から今後俺がごはんを残すということはなくなる」
「はいはい、分かったわ」
「そうか! 分かってくれたか! じゃあひなっち最初の任務だ、俺の余り物を食べろ」
「初めての任務がそんなのは絶対に嫌だ!!」
ハア、本当にこのメンバーで神への手がかりを見つけることができるのかしら……?
不安になる心を静めるために、とりあえずあたしは余り物のかつを日向君の口に突っ込むのだった。