では、どうぞ……。
柵に身をもたれかけさせ口の中でキャンディーを転がす彼はそのままの態勢で口を開いた。あたしもコーヒーのプルタブを開け、少しだけ喉を湿らす。
「それで、なにから聞きたいの?」
「まず、ここはどこ?」
「学校」
「真面目に答えろっ!」
「おふっ!」
その飄々とした言い方に少しだけ腹が立つ。反射的に出た右こぶしが真実の右頬を打ち抜く。
「痛いなあ、もう。この数時間で一体いくつの傷が出来たと思ってるんだ」
「全部自業自得でしょうがっ!」
殴られた頬をさすりながら起き上がり、先程より少しだけあたしと距離を置いてもう一度柵に寄りかかる。……―――この距離なんだ? そう思って睨むと、冷や汗を流して元の位置に戻る。一つ息を吐きさらに聞く。
「あたしはたしかにあの時 ――― 死んだはず。なのに、目が覚めたらここにいた。ここはどこ? ううん、この世界は何?」
彼の髪が風で靡く。その風を気持ちよさそうに目をつむって感じていた彼は答えてくれた。
「ここは、死後の世界。ゆりが死んだのは夢でも幻でもない。現実だ」
「死後の世界」
その答にあたしが動揺することは無かった。ここに来るまでに考えていた仮説がこれで実証されただけのこと。
「どうやら、予測はしていたみたいだね」
こうして人の考えを読むのはこの人のクセかしら?
「あたしはあたしが死んだのをしっかり覚えてるから」
「そう、それはなんだか辛いね。自分が死んだ瞬間を覚えているなんて、ゾッとする」
温かな表情が隠れ、そこには悲しみと愁いの感情があった。
「あなたは、覚えてないの?」
「俺は……まだしっかり思い出せてない。この世界に来る人にはたまにあるんだ。生前の記憶をなくしてしまっている人。まあいずれ戻るだろうけど、俺はまだ全部戻ってない。まあ、そのおかげで思いつめずに死に続けてるけど」
グラウンドを見下ろすように態勢を変えて彼は自嘲気味に言う。『死に続ける』たしかにこの世界が死後の世界ならその表現は的を射ている。
「他に聞きたいことは?」
「ここにいるのは、みんなあたしやあなたみたいに、死んだ人間なの?」
「それは違う。むしろ死んだ人間のほうが少ないかな」
「じゃあ、他の人間はなんなの?」
「彼らは人間じゃないよ。彼らはこの学校生活を、俺たちが生きていた時のようにみせるための飾り、かな。でもちゃんと会話は成立するしお菓子をいきなりあげれば戸惑いもする。……さすがにいきなり茎わかめを渡すべきじゃなかった」
そんなことをしてたのかこいつ。……たしかに食物繊維豊富だけど。
「だから普通に友達にもなれる。ついでに見極め方は不自然な行動をする奴が人間、それ以外が彼ら。ゆりみたいにいきなり首を絞めたり蹴り飛ばしてくるのが人間」
「あたしを人間代表みたくいうな」
―――それに蹴り飛ばすようにしたのはあんたしょうが。落ち着くためにコーヒーを一口含み、ゆっくりと苛立ちと一緒に飲み下す。
「死後の世界ってことだから、ここでは死ぬことは無いの?」
「う~ん、まあそうだね、死ぬことは無い」
「なによ、その煮え切らない言い方」
「死ぬことはないけど、死ぬ苦しみは味わうっていう、いらない特典付きなんだよ、この世界」
おどけるように肩を竦めて苦笑する。この人、色んな笑みをするんだなと、余計なことを考えてしまった。
「だから普通にお腹は減るし、眠たくもなる。俺はお腹が減ったことがあまりないんだけど。なんでだろうね、そういう体質なのかな?」
―――死後の世界で自分の体質を知るなんておかしなことだよね。そういって彼はまた制服の内側から棒付きキャンディーを取り出して口にくわえた。
「あなたは時間も気にせずにそうやってお菓子を食べてるからでしょ?」
「……あっ、なるほど」
今気付いたのか。こいつ、時々抜けてるんだけど。そう思っていると、彼は口にくわえたキャンディーを手に取り眺め、「むぅ」と少しだけ唸った。
「どうしたの?」
「いや、そう言われるとやめた方が良いのかなと思ったんだけど。ならこれをどうしようかなって」
「いや、普通に捨てればいいんじゃ」
「あっ、あげる」
「いらんわっ!」
なにを、いいこと思いついた! みたいないい笑顔してこっちに舐めかけのキャンディーを渡してくる!?
難しそうにキャンディーとにらめっこしているが、こちらの話を真面目に聞く気あるの?
「それと、この世界に来た人間はずっとここにいるの?」
今もキャンディーをどうするかを悩んでいる彼に一歩近づいて、さらに問う。
「ずっとはいないよ。ここはいわば隔離病棟みたいなところだからね。病気が治れば病院にいられないように、それはここも一緒」
「じゃあ、ずっとはいられないのね?」
「うん。満足すれば、ここから出られる。来世へご案内~というやつだよ」
「その満足するための条件は?」
「充実した高校生活を送ること、ここはなぜかその年代の子しかこないからね。つまりここで普通の生活を送るというのと、生前に思い残したことを成し遂げたとき、成仏への道へ一直線だ。実にめでたいね」
だから学校だったのか。一つの疑問が解決した。
そして、たしかにそれはこの世界からしたらめでたいのだろうが、しかし真実からはそんな思いは感じられなかった。どこか馬鹿にしたような、そんなことあるわけないだろと言っているかのようにも聞こえる。
あたしとしてみてもあの人生が無かったことになって、また新しい人生が始めるのを「めでたい」という言葉だけで流せるかというと、まったくそんな訳ない。
まあでも大体のことは分かった。ここは死後の世界、いるのは死んだ人間と生きているかのように生活する模倣生。そして――
……―――ッ!!
そこで一つの存在があたしの頭をよぎった。
まさか、そんな可能性あるわけ……。でももうこの世界がその存在を確定させているようなもの。この世界にいるのなら、あたしは―――。自然と缶を握る手が強くなってしまう。
「ねえ、真実」
「ん?」
「ここに―――神はいるの?」
ひときわ強い風があたしと真実の間を吹き抜けていった。
× × ×
――――――――――――――
静寂が支配する。真実は空を見ていた顔をこちらに向け、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。その拍子に銜えていた飴が零れ落ちる。真実はそれを拾って紙に包んでポッケにしまいこちらに問うてきた。
「その考えにいきついた経緯を聞いてもいいかな」
そう、興味深いものを見たかのように、または面白いものを見つけた少年のように、無邪気に笑った。
「この世界自体が不確かなものだから。それに、あなただって言ってたじゃない。ここから消えれば来世に行くって、そんなことができるのはもう神しかいないと思わない?」
「なるほど、そういう考え方はしてなかったけど、一つだけ言えることは……」
真実の考えが聞けるならこれほどありがたいものはない。今までおふざけが過ぎてい
たけれど、こいつの頭の回転の速さは目を見張るものがある。そこだけは信用できると思う。
考えを巡らして、ポケットからスナック菓子(う○い棒)を取り出しながら言った。
「来世に行くって言う輪廻転生は仏教の考えだからどちらかというと仏じゃないかな?」
――――プチンッ
あたしの中で何かが切れたのは間違いなかった。
「そんな揚げ足取りをしてほしくて聞いたんじゃないんだよぉぉっ!」
コブラツイストを決めながらさらに叫ぶ。
「ギブッ! ギブッ! ギブですッ! ギブッ!」
「つーか、神だろうが仏だろうがどっちでもいいわよっ! あたしのあんたに対する評価が初対面直後から落ちまくってんのよっ! しかもなんだそのキメ顔はっ! 格好いいつもりかっ!? 自分の顔が良いからって何でも許されると思うなよぉぉっ!」
「ごめんっ! ごめんなさいっ! 真面目に考えるから離してっ! しっかり決まってるからぁぁぁぁぁぁ…ぁぁ……ぁ…ぁぁ……」
途端に叫ばなくなった。不審に思って技を解くと、そのまま前のめりに倒れていく。ピクリとも動かないけど、これって死んでいるのかしら? 違うわ、もうすでに死んでるんだった。そのへん、ややこしいのね。
閑話休題
「神がいるか、いないかね。さっきにも言った通りあまり考えたことがなかったけど、たしかにゆりの言う通り、この世界そのものが神の存在の証明になってるね。そしてここから来世に送るのは神だから、この世界を監視していてもおかしくない、と考えたわけだ」
考えながら確認するその姿は今までとは全然違う雰囲気がまとう。ピリッとした真面目な顔に、細められた鋭い瞳。いっそ人格が変わってしまったんじゃないかと思ってしまうぐらいの変容。
「うん、おもしろい」
最後にそう締めくくって彼はこちらを向く。まだ彼の変化に戸惑っていたあたしは思わずその綺麗な顔で直視されて真実(まこと)の顔から視線を逸らしてしまう。
「それで、もし神がいるとして、ゆりはどうするの?」
そんなことを聞いてきたが、おそらく真実は分かっている。あたしがどんな答を出すかを……。確証はないけれど、彼ならそれぐらいできても不思議ではないと、なぜか思ってしまっている。だからあたしも、不遜に言い放つ。
「決まってるじゃない。―――神に、復讐するのよ!」
彼はその口に不敵な笑みを浮かべて言う。
「たしかにそれはいい。幸いにもこの世界は時間がほぼ無限。ただ過ごすだけじゃ退屈すぎる。
理不尽な人生と無慈悲な死をくれやがった神に、少しばかり仕返しをするぐらい許されるだろ。……むしろ、そのほうが人間らしい」
『人間らしい。』たしかにそうだ。この世界には模範生がいて、しかしそれは人間ではないのだから。
しかし、その口ぶりはまるで、あたしに協力するのが当たり前のようで……。
「あら、あなたもやるの?」
「ん? ここのところかなり暇してたからね。そういったド派手なことをもしかしたら望んでたかもしれない」
そういって柵から体を起こし、もう一度空を見上げる。あたしもそれに倣うと、まだ青い空が、キラキラと輝いているように見えた。その輝くものは一体なんなのだろう……
―――これからの戦いへの暁鐘と展望か。
―――永劫への希望か。
―――果てはただの期待と歓喜か。
とにかく、あたしがこの世界でただ生きていくだけにならなかったことに、少なくない安堵を覚えている時、その言葉はかすかに聞こえた。
「―――そうすれば、俺も人並みに色づけるかな」
その言葉の意味を、本当の意味で知ることになるその時には、すべてがあまりにも遅くて、けれどこの時のあたしは、その言葉を流れる風とともにさらわれていくように、すぐに忘れてしまった。
最近、少女漫画を買い始めたんですが、まったく躊躇というものをしなかった自分にびっくりです。どうも、高校時代、お前としゃべるの嫌と言われた拳骨上げです。
今回、第三話ということでしたが、話が進みませんね。はいまったく。まだ出会ってこの世界の説明しただけです。天使ちゃんも出てません。まあ、次回あたりに出ると思いますが……。
原作のHeaven's Doorに入るのはいつになるんでしょうね? それは僕にはわかりません。でもなるべく早くしようと思ってます。オリジナル話はとっても大変なので……
ではでは、第三話をお読みいただきありがとうございます。
四話もよろしければ、読んでいただくとうれしいです。
次回も安定の不定期更新ですが、お付き合い下さるならば感謝感激であります。