どうぞ
話もひと段落し、あたしのコーヒーも空になったころ、学校に聞き覚えのあるチャイムが鳴った。
「おっ、三時間目の始まりだ。俺この世界来てサボタージュなんてしたの初めてだ」
興奮したようにそういう真実(まこと)はさっきまでの鋭い雰囲気はなりを潜め、最初と同じ飄々としたとっつきやすいものへと戻っていた。この切り替えの早さは凄いが、今のこいつは何をするかわからんから油断できない。
「それで、とりあえずどうするの?」
空を飛ぶ鳥を目で追いながらそう聞いてきて、あたしは少し考えてみる。まだまだ、この世界で知らないことが多すぎるから、まずはそこから……。
「そうね、まずはこの世界をもっと知ることから始めないと」
「うん、そうだね。俺もそう言った風にみたことないから、たぶんまだ知らないことは多い。となると、少しだけ規約も決めた方が良いかな」
「規約?」
「そう。例えばいつどんな拍子に消えるかわからないから、基本的に授業にも部活にも参加しない、とか」
なるほど、たしかにそういった規約がしっかりしていれば、行動の質が上がる。……なんだ、やっぱりこいつは頭が良いんだ。
「あ、でも俺家庭科の授業でお菓子作るときはそっち行くから」
「あんたはあたしの期待を裏切るのがそんなに好きなのか?」
頭を鷲掴みにしてギリギリと締め付ける。
「痛い痛いっ! 痛いっ! シャレにならないっ! ホントにやめてっ!」
目じりに涙にため始めたのを見て手を放すと、頭を抑えて蹲る。締め付けられた箇所を撫でながら立ち上がった真実は人差し指をたて、なにかに気付いたように喋り出した。
「あ、でもそうだ。この学校で授業をサボるのは結構面倒なんだった」
「面倒? なにが?」
別段、面倒に思われるようなことは無いはずだけど……。だって、授業に出ないだけでいいんだから。
「なにっていうより、誰って感じだよ」
「誰? 先生とか?」
一つ頷いてさらに言う。
「それもあるけど、もっと面倒な人がいるんだよ。それが」
そこまで言ったとき、屋上の扉が開いた。急な闖入者に思わず身構えてしまう。しかし出てきたのは小柄な少女。銀髪を腰のあたしまで伸ばした、どこか雰囲気の違う生徒。その少女を真正面から見て、真実はさっきの言えなかったことを言う。
「生徒会長」
え? 生徒会長? この子が? そう思っていると、真実がこちらに視線を向けてきた。それは―――俺に任せていいよ。と言われているようで……。
「無心君、ここでなにをしているの?」
鈴のような声で咎めようとするその言葉を、しかし真実はにこやかに躱す。
「逢引?」
たしかに男女がひっそりと会ってるからそうかもしれないけど、違うでしょ!
「そう。でもそういったことは授業後にやって」
授業後ならいいのかよっ!
「おいおい、生徒会長。俺たちの愛はたった十分じゃ満たされないんだよ」
十分どころか、十日でも満たされないわよ。だってそもそも器がないんですもの。
「それでも、授業に出て。会えないのは寂しいかもしれないけど、それを乗り越えれば会えた時の喜びは倍になると思うの」
いやいや、授業程度で寂しさを感じる愛なら最初からいらないわよ。
「そう言われると弱いな」
おいおい、何納得しちゃってんのよ? あんた自分に任せろって自信満々に言ってたわよね。目でだけど……。
「じゃあ、授業に出てくれるのね?」
ちょっと、やばいんじゃないの、この状況。
しかし真実はその言葉に不敵に笑って言い返す。
「でもさ、生徒会長。今って三時間目だよね?」
「ええ」
それが一体に何の関係が? ……――っ! そうか、あたしたちに注意をしているこの時間も授業中、それはつまり。
真実は変わらず笑顔のまま、それを言う。
「生徒会長もサボってるよね?」
「私は違うわ。ちゃんと先生に言ってきたもの」
表情を崩さずにそう言い返す。
「それはつまり、先生に言えば授業はサボっていいってこと?」
「違うわ。私はあなたたちに注意をするためにここにいるの。正当な理由よ」
「愛する男女が、愛を語らうのも正当な理由だと思うけど?」
恥ずかしいセリフをよくこともなく言えるものだ。聞いてる方が恥ずかしくなる。
それを聞くと、彼女は不服そうに少しだけ頬を膨らませる。
「時と場所を選んで」
「ふむ、時と場所ね。じゃあ聞くけど、学校しかないこの世界でどう場所を選んだらいい? 時間だって学校という檻に入ってたんじゃ、自由にできない」
「だったら放課後に」
「人目があるところではさすがに無理だよ」
照れくさそうに笑うそれは、完璧な照れ笑いで、見るものが見たら惹かれるもの。
「生徒会長が学校じゃないどこかを知っているなら、教えてくれない?」
「知らないわ」
「そっか。でも、うん。たしかにサボった俺たちが悪いね。ごめん。だけど、もうちょっとだけ一緒にいたいんだ。いいかな?」
どこか悲しげに、本当に離れるのが苦痛であるかのように言うその表情と声音は、本当に真実があたしのことをそう思っているのかと錯覚させられるほどで、思わず顔が熱くなってしまう。
「あと、少しだけよ」
「ありがとう」
一つため息をついて生徒会長の彼女はくるりと身をひるがえす。
「あ、そうだ。お詫びにこれあげる」
しかしその背中を呼び止めたのは真実自身で、ゆっくりこちらを向く少女に一つのスナック菓子(うま○棒)を渡す。
「この前見つけた新味なんだ。学食にある麻婆豆腐味なんだって」
―――ぴくんっ。と生徒会長の肩が揺れるけれど、麻婆豆腐味のお菓子なんて美味しいのかしら?
「これがお詫びになるかわからないけど、わざわざ注意をしに来てくれたお礼」
―――だから貰ってくれると嬉しいな。
そして柔らかく微笑んだ。いや、それがお礼となるのはあんたぐらいよ、とは今は言わない方が良いのだろう。
「そう、お礼ということなら貰っておくわ」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、次の授業はしっかり出てね」
その確認の言葉に、ニッコリ笑顔で真実は応じた。その笑顔を見て、生徒会長は屋上から校舎へと入っていった。
成り行きをただ見ていることしか出来なかったあたしは、ただその姿が見えなくなるのを待つしかなかった。
「……美味しい」
そんな言葉が扉の向こう側から聞こえてきたのは、きっと風のイタズラか何かだろう。
× × ×
扉の向こう側へと姿を消したのを確認して、あたしは真実の近くにいく。そして、お菓子を貰ってくれたことへの喜びに奮え、そして真実もあの一言がきこえていたのかもしれない。
「おお、あの味の良さが分かるなんて、中々に話が合うかもしれない」
なんて言っている顔面に
―――とりあえずの右ストレート。
「な、なぜ?」
涙目でこちらを見上げてくる真実に、とりあえず言いたいことを言うため、いつもより多めの空気を吸う。
「なんであたしとあんたがっ! 学校の屋上で逢引しなくちゃならないわけっ!! だいたい、あんたのセリフが一々気障(きざ)なのよっ!!! なんだっ「十分やそこらじゃ俺たちの愛は満たされない」ってっ!!!! 満たされてないのはあんたの頭の中でしょうがっ!!!!! それと最後にっ!」
そしてビシッと真実を指をさす。
「普通に授業でることを了承してんじゃないわよっ!!!!!!!」
――――わよっ……わよぉ…わよぉ…よぉ…よぉ…ぉ…ぉ
校舎に反響して何度も響くのが聞こえる。叫びすぎて疲れた息を何度も吐くことで整える。
その様子を見て、こちらが落ち着こうとしているのを察したのか、真実が恐る恐る口を開く。
「まあまあ、ゆりちょっと落ち着いてよ。ほら、煎餅あげるから」
「いらないわよ!!!」
「あ、ごめん。ゆりは煎餅よりお茶のほうが良かったか。ああ~、でも今はポットも茶葉もないから淹れられないんだ、ごめん」
本気で謝ってくるこいつを、今度はどうしてやろうかしら?
「ひっ! ごめん、なんか気に障ったのなら謝る! だから後ろに異形なものを出さないでっ!」
土下座する勢いで後ずさる真実に多少気が晴れる。真実は安心したように一息入れた後、こちらに歩いてきた。
「それで、あんな恥ずかしい問答をしたのはなんで?」
「んん、まずはあの子が人間かどうかを確認するため」
「確認?」
「そう、この先神に復讐するにしても、俺たち二人じゃできることなんて微々たるもの。一定数の人材も必要。だからああやって、ちょっときわどい話をしてみた」
「じゃあ、あの話はただ紛らわすためのものじゃなかったってこと?」
あの状況で知り得なかった事実。それはあたしが思っていたことよりも深い思惑があった。
「そう、でもあの子全然動揺とかしないから、いまいち人かどうかわからなかったんだよね」
そう悔しそうに言う真実は子どもらしく頬を膨らまれた。
「でも、最後のほうの質問はそれとは少しちがっていたわよね?」
場所がどうとかって言っていたけれど、それはあの子が人間かそうじゃないかを見極めるのには必要ないもののはず。
「ここにはこの学校の敷地面積しか無くて、彼女は生徒会長でしょ?」
「ええ、そうね。彼女自身、それを否定しなかったし。でもそれがなにか意味があるのかしら?」
そう聞くと、真実は不意に喋るのをやめ眉を顰めてこちらを見る。
「ハア~、太陽はなぜ昇る? 月はなぜ輝く?」
「は?」
いきなりとんだ話にまったくついていけない。
「さっきから質問ばっかでゆりは自分で考えようとしてないだろ?」
むっ。たしかにそうだけど、知っている人から教えてもらえるなら手っ取り早いじゃない。
その思いは、残念ながら真実には筒抜けだったみたいで、また大きなため息を吐かれた。
「神へ復讐をするのなら、自分で考えるようにしないと」
「わかったわよ、考えるわよ!」
なかばやけくそで叫び、真実に言われたように頭を回転させる。
真実の口ぶりからすれば、彼女とあたしたちの目的は繋がっている。彼女が神に対する手がかりを持っている? いやそうかもしれないけど、それじゃ足りない。彼女じゃない。だって真実は言った『ここには学校しかない』そして『だって、彼女は生徒会長でしょ』と、ならば学校しかないという事実と生徒会長という役職も関係している。―――学校だけの世界。生徒会長、生徒の模範。模範?
……―――っ! そうかっ!
答にたどり着いて真実の方を向くと、満足そうに笑う彼がいた。
「生徒会長は生徒の模範、だけどこの学校の生徒は人間の生活をしている模範生。その模範生の模範となる生徒会長は、つまりあたしたちに学生生活を送るように示すいわば筆頭。ならば、彼女は―――」
満足そうにうなずく真実を見て少しだけ歓喜に上ずった声で発する。
「神とかかわりを持っているかもしれない!」
あたしの答を聞き、真実は嬉しそうに拍手を繰り返す。
「うん。やっぱりゆりは頭が良いね。しっかり考えればすぐに答えを導き出せる」
そう褒めてくれているが、彼はそのことにいち早く気づきさらには彼女に探りを入れた。その成果はどうやら得られなかったらしいが、それでもその頭の良さと口先の巧さは驚嘆に値する。
「ん? でもあなた、この先の授業に出ることを了承してなかった!?」
「してないよ」
しれっと言うので、思わずそのまま納得してしまいそうになる。だが、確かにあの時真実は了承していた。
「は? だってあなた、たしかに」
「ふむ、じゃあゆり。しっかりその時のやり取りを思い出してみようか」
「やり取り?」
「そう、彼女は言ったね。『じゃあ次の授業には出てくれるのね?』と」
小さく首を縦に振る。映像音声までも思い出そうと頭をフル回転させる。
「それに俺は何て応えた?」
なんて? 真実は―――。
っ!?
そして思い出す。その問いに対して、真実は―――この男は―――ただ。
―――笑っただけ。
勝手にそれを、授業に出ることに了承したと思い込んだのは―――
「あたしのほう?」
「正確に言えばゆりと生徒会長だね」
面白いものを見たというように無邪気に微笑む彼が、どこか得体のしれない者のようで、背中に微かに冷や汗が落ちる。それでも、彼の纏う誰をも安心させる雰囲気が、口元と目元に浮かぶ笑みが、それを全て覆い尽くして見えなくする。
「でも、それって詐欺くさいんだけど?」
「いいね。神のいる世界で詐欺を働く。実に痛快なことだと思わない?」
ニヒッと笑って見せた彼は、出会った当初から変わらずいる温かな雰囲気な真実で、そのことに安堵している自分がいることに、あたしは少なからずの驚きと安らぎを感じていた。
はい、今回無心君が少しだけやってくれました。なんかこんな感じのキャラで行きたいと思います。
よくわからないという人はノー○ーム・ノーラ○フというアニメあるいはラノベを読んでください。
ではでは、第四話、読んで下さりありがとうございます。
次回の第五話もよろしければ引き続きお願いします。