もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第一話 「舞い降りた少女」

四月。桜が舞い散る季節。それは人々にとって様々な新たな出会い、生活が始まる時期。特に学生にとっては一大イベントであり一種のお祭りのようなもの。学生であるなら尚のこと。それを証明するようにここ、彩南高校の一年A組も放課後となったことで一気に騒がしくなっていた。

 

しかしそんな中、全く周りを気にすることなく黙々と教科書をしまい、帰り支度を整えている少年の姿がある。その動作は全く無駄がない。もし下校の速さを競うコンテストがあれば入賞間違いなしの早業。何かの強迫観念にかられているのではないかと思えるほど。そのまま席を立ち少年が教室を後にしようとしたその時、

 

 

「おい、結城! お前も一緒に遊びに行かねえか? 近くのゲームセンターでみんなで遊ぼうって話になってさ」

 

 

その背中に向かってクラスメイトの声がかけられる。思わず少年、結城リトは足を止めてしまう。

 

 

「…………」

 

 

だが決してリトはその場を動こうとはしない。顔だけを僅かにクラスメイトに向けるだけ。そこにはまるで他人を寄せ付けさせないオーラが満ちている。声をかけたクラスメイトの男子も思わず後ずさってしまうほど。だが何故そんな態度を取られているのか男子には全く見当がつかない。ただ今日から同じクラスになった同士、親交を深めようとしただけなのに何故。そんな疑問を口にしようとするも

 

 

「お、おい……やめとけって。あいつ、あの結城リトだぞ……」

「え?」

「知らねえのかよ。あいつ、中学の頃からアレだって有名な……」

 

 

見かねたのか取り巻きの男子達がぼそぼそとリトに聞こえないように遊びに誘おうとしていた男子に耳打ちする。瞬間、男子の顔は引きつってしまう。ようやく自分が何をしようとしていたのか悟ったように。

 

 

「ごめん。オレ、用事があるから。じゃ」

 

 

それを何でもないように見つめた後、足早にリトは教室を後にする。そこには全く動揺は見られない。日常茶飯事、慣れたことだと言わんばかりの姿。クラスメイト達はただそれを見つめるだけ。同時にざわざわとヒソヒソ話が広がって行く。間違いなく結城リトに関する噂話。それを耳にしながらも気にすることなくただリトは帰路につく。

 

それが結城リトの高校生活初日の終わりだった――――

 

 

 

 

「…………」

 

 

音もなく、静かに玄関のドアを開ける。きょろきょろ家の中を確認する様子はまさに泥棒のソレ。だがそれならどれだけマシだったか。悲しいことに今、リトが入らんとしているのは正真正銘、彼の自宅だった。

 

 

「……よし」

 

 

何かに安堵しながらリトは足早に玄関を通り抜け、階段へと向かって行く。あくまで急ぎながらも忍び足で。忍者でも通用しそうな隠密行動はしかし

 

 

「……おかえり、リト」

 

 

無残にも破れ去ってしまった。振り返りながらも徐々に距離を取りながらリトは自分をジト目で見つめている少女と向かい合う

 

 

結城美柑

 

 

結城リトの妹であり小学五年生。仕事で家にいない両親に代わって家事諸々をこなしてくれているリトにとっては自慢の、同時に申し訳なさから頭が上がらない存在。恐らくは待ち伏せをしていたのだろう。こうでもしなければ結城リトはまともに美柑と接してくれないのだから。

 

 

「ただいまぐらい言ったらどう? 泥棒でも入ってきたのかと思うじゃん」

「……た、ただいま」

「……ま、いいけど。学校はどうだったの。何かあった?」

「いや……何にも」

「……ふーん」

 

 

背中に嫌な汗を流しながらリトはぽつりぽつりと呟くだけ。嘘は言ってはいない。むしろ何もなかったことがどれだけ素晴らしいことか、尊いかを力説したいところだがそんな余裕は今のリトにはない。あるのはただ

 

 

「じゃ、オレ宿題あるから!」

「あ、ちょっと待ってリト! まだ聞きたいことが――」

 

 

一刻も早く自分の部屋に戻ることだけ。後ろから聞こえる妹の制止の声を振り切りながら全速力で階段を駆け上がり部屋の鍵を閉め閉じこもる。そうなればもうお手上げとばかりに美柑は溜息を吐きながらその場を去っていく。それがこの数年間ずっと続けてきた結城リトと結城美柑の日常だった。

 

 

「…………はあ、何とかなったか」

 

 

大きな溜息とともにベッドに倒れ込むように横になる。今はただ、無事にここまで帰ってこれたことに安堵することしかできない。美柑には悪いがあれ以上接近されるのはまずかった。まさに紙一重の攻防と言えるだろう。

 

 

(あーあ……オレも一緒に遊びに行きたかったな……)

 

 

思い出すのは先程の学校でのやり取り。自分を遊びに誘ってくれる男子なんていつぶりだろうか。思わず嬉しくて涙が流れそうだったが寸でのところで我慢できた。きっと違う中学校から進学してきた男子に違いない。でなければ自分を誘うなんて考えられない。もっとも、もう明日にはそんな奇跡は起こらないのは分かり切っている。明日には自分の噂は学校中に広がっていることだろう。

 

 

(ラッキースケベか……こんなの、全然ラッキーなんかじゃないだけどな)

 

 

『ラッキースケベ』

 

 

その名の通り、ラッキーな形でエッチなイベントが起こること。具体例をあげるなら、偶然女の子の下着が見えるとか、身体に触ることができたとかそんな誰にだって起こり得る現象。男子にとってはある種の憧れがある、羨ましいものだろう。でも自分は声を大にして言いたい。こんなもの、ラッキーでも何でもない。ただの『呪い』でしかないということを。

 

そう、あれは中学校に上がって少し経った頃。自分は原因不明の高熱に襲われた。文字通り生死の境をさまようほどの高熱。それでも家族の必死の看病のおかげで何とか体調も戻り、学校に復帰したのも束の間。不思議なことが起こり始めた。

 

 

何もないところで転んでしまう。

 

 

段差も、物も落ちていないのに何故か躓いて転んでしまうことが多くなってしまった。ただそれだけならまだ身体が本調子になっていないから、で済ますことができる。だが明らかに異常なこと。それは何故か女子の前で転んでしまうということ。その際、女子のスカートの中を覗いてしまうことも何度もあり、男子からはラッキースケベのあだ名で呼ばれ羨ましがられ、女子からは非難されながらも心配されていた。

 

だがそれはまだ始まりに過ぎなかったのだと、後に自分は思い知ることになる。

 

まずはその頻度。週に何度かだったラッキースケベ(長いのでラキスケと略称)が毎日となる。それでも飽き足らないとばかりに日に何度も起こるようになった。

 

さらにその内容。ただ転ぶだけならまだよかったのに、ほぼ確実に女子を巻き込みながら倒れるようになってしまう。それでもまだ足りないかのようにその際には胸に手が当たる、下着に手が触れてしまうなどエスカレートしていく。

 

もちろん自分も何もしなかったわけではない。歩行には細心の注意を払ったし、転ばないように努力をしてきた。だがその全てがラキスケの前では無力だった。

 

まるで見えない力に操られているかのように自分の体はラキスケを起こしてしまう。男子からは神技だと言われるほどに完璧な、無駄のない無駄しかない動き。

 

そしてそこまでになってくれば当然女子からの風当たりは強くなってくる。結城リトはわざと転んで女の子にセクハラしてくる。そんな噂が流れるのは仕方がないこと。事実自分は不可抗力とはいえ女の子にセクハラをしてしまっているのだから。だがそんな言い訳すらできない事件を自分は起こしてしまう。

 

 

自分は女の子にラキスケを行ってしまった。ただそれだけならまだ言い訳ができた。問題はそれが全校集会の壇上のだったということ。しかも女の子の下着を露わにしてしまうレベルのラキスケ。女の子は大泣きし、一週間登校拒否するほどにショックを与えてしまった。

 

 

もちろん、すぐに謝ろうとした。だが彼女は決して自分を許してはくれなかった。

 

 

『もう二度とわたしに近づかないで!』

 

 

涙を流しながらそう叫ばれた時の彼女の姿は未だに目に焼き付いている。それ以来、自分は決して女子に近づかないと心に決めた。ただ、問題なのはあろうことか彼女が今、自分と同じクラスになってしまっていること。しかも風紀委員として。会話どころか目も合せてもらえないが、同じクラスになってしまった以上後一年は変われない。そのことに頭を痛めながらも、ただ憂鬱になるしかない。

 

 

(後三年か……やっぱり進学したのは間違いだったかな……)

 

 

これからの学校生活を考えるだけでため息が出る。中学時代に女子から目の敵にされるのには慣れている。むしろ自業自得。それだけならまだ開き直ることはできただろう。元々自分は女の子を苦手にしていたし、男子と一緒に遊びながら女子と関わらないように生活すれば何とかなるだろうと。

 

 

だがそんな甘い考えはいとも簡単に崩れ去ってしまった。

 

 

かつて自分には猿山ケンイチという同い年の親友がいた。今でもオレは親友だと思っている。でも、そう言えない事態が起こってしまった。あれは中学三年に上がってすぐの頃。学校の授業でサッカーをやっていた時のこと。敵味方のチームに別れて自分と猿山は対峙した瞬間、自分は久しぶりにその力を感じた。

 

 

――――そう、忘れるはずのない逃れようのないラキスケの力を。

 

 

もはや語ることもない程の様式美。それまで女子に関わらないようにして来て溜まっていた力が暴発したように自分は完璧に猿山にラキスケをかまし、あろうことはその唇を奪うことになってしまった。いわゆるファーストキスである。女の子ではないのでノーカンと言えない程の刺激的なキス。猿山は男だからナシ、気にするなと言ってくれたがもはや自分はそれどころではなかった。

 

この世界には男と女しかいない。哲学的な話ではなく、生物学的にオスとメスしかいない。男なのに女、女なのに男の人もいるかもしれないが結局そこは変わらない。つまり自分はもう誰ともまともに接することができなくなってしまったということ。

 

その証拠に男子に対してもラキスケが発動してしまうようになってしまう。もはやラッキーでもスケベですらない。

 

 

『結城リトはホモである』

 

 

そんな噂が流れるのに時間は必要なかった。自分は女の子が好きだと声を大にして叫びたかったがそんなことができるわけもなく、自分はその烙印を受けることとなった。もっともそのおかげで女子にも男子にも避けられるようになったのは手間が省けたと言えるかもしれない。心の涙を流しながらも何とか卒業したのはつい一か月前。入学してまだ一日だが既に心が折れそうである。

 

 

(でも学校辞めても何も変わらないし……就職するにしてもオレ、何も特技ないし……)

 

 

進学せずに就職する。もちろんその道も考えたが現実的ではないという結論に至っただけ。中卒で何の特技もない自分ではまともに就職できるわけもない。よしんばできたとしても結局自分にはラキスケがあり、まともに他人と接することはできない。詰んでいるに等しい状況。

 

 

(人と関わらないでできる仕事ならなんとか……獣医とかなら、オレ、動物好きだし……いやダメだ! 飼い主とは接しないといけないし……農家も……やっぱり駄目だ。人と接しないで出来る仕事なんて……)

 

 

いくら考えても上手く行くビジョンが浮かばない。どうするにしてももう少し時間が必要だ。それまでは辛くても今の学校生活を続けるしかない。

 

誰とも接することなく、お昼休みには真っ先に教室を後にして動物や植物と接しながら過ごし、放課後には一目散に家に帰る。もはや今のリトにとって安心して接することができるのは動物と植物だけ。もしそれすらなくなればどうすればいいのか。最悪の未来を想像し背筋が寒くなった瞬間、

 

 

「リトー! ご飯置いとくからねー!」

 

 

妹である美柑の声で現実に引き戻される。返事をしない自分に呆れながらも夕食をドアの前に置いたまま美柑は階段を下りて行く。

 

 

(……ありがとう、美柑)

 

 

心の中で美柑に感謝の言葉を告げながら自室で食事する。一人で食事するようになったのもラキスケのせい。妹だろうが親だろうがこの呪いに見境はない。加えて美柑ももう小学五年生。多感な時期なのに兄としてセクハラまがいのことなどするわけにはいかない。おかげで半分引きこもりのような生活をしているが仕方ない。美柑にまで嫌われるのに比べればまだマシだった(もう充分嫌われているが)

 

 

 

 

「ふう……」

 

 

大きく息を吐きながらゆっくり湯船に浸かる。入浴は数少ない自分の楽しみの一つだ。気持ちが良いのもあるが何よりもリラックスすることができる。自室とお風呂とトイレ。この三つの空間が自分が唯一安堵できる空間。ようするに一人きりになれる場所。

 

 

(おかしいな……オレ、何で一人きりでいることにホッとしてるんだろう)

 

 

呆れながらも心の涙を流すしかない。一体自分はどうなってしまっているんだろう。病院に通ったこともあったが身体には異常なし。というか異常しかないと思うのだが。もしかしたら超能力の類なのかもしれない。そんな馬鹿なことを考えてしまうほどに今の自分は現実離れしている。

 

 

(ま、しょうがないか……もしかしたら急に治るかもしれないし、あきらめるのはまだ早いはずだ! うん!)

 

 

顔を洗いながら気持ちを落ち着かせる。あまり考え込んでいても仕方ない。とにかく頑張ろう。具体的に何かあるわけではないがあきらめたらダメだ。そう言い聞かせながら湯船を上がろうとした時、異変が起こった。

 

 

「……何だ? 泡?」

 

 

湯船から泡が吹き出している。何故そんなことが。お風呂が壊れてしまったのか。どうするべきか考えたのも束の間、ソレは突然現れた。

 

 

「…………え?」

 

 

それは女の子だった。しかも間違いなく美少女。どこか現実離れした桃色の髪。ずば抜けたプロポーション。なによりも目を引いたのはそう、彼女が何も着ていない、生まれたままの姿。全裸だったこと。

 

 

「ん――――っ! 脱出成功!」

 

 

どこか楽しげに少女は背伸びをしている。そんな少女に目を奪われるしかない自分。

 

 

それが結城リトとララ・サタリン・デビルークの運命の出会いだった。

 

 

 


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