もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第十話 「不安」

「乾杯!」

 

 

手に飲み物を持ち挨拶を交わしながら皆我先にとテーブルへと近づいていく。見渡す限り食べきれそうにない豪華な料理の数々。セレブでなければ立ち入れないであろう豪華な食堂。それがここ、デビルーク王宮で始まった夕食会だった。

 

 

(ふう……何とか無事にここまでたどり着いたか……)

 

 

深いため息をつきながら手元にあるジュースを口に運ぶ。目の前にある見たこともない豪華な食事にも圧倒されるが何よりも無事にここまで来れたことのほうが自分にとっては重要だった。ヤミとの学校生活初日に加えギドからの脅迫状、こちらに着いた途端にナナとのいざこざ。どれだけ濃密な一日なのか。本当ならこのまま家に帰ってベッドで横になりたいところだがそういうわけにもいかない。むしろ本番はこれからといっても過言ではないのだから。

 

 

「よお結城リト、なに辛気臭い顔してやがる? せっかくオレ様が食事に招待してやったってのによ」

「っ!? デ、デビルーク王!? いきなり肩に乗らないでください!」

 

 

その本命ともいえるデビルーク王であるギドがひょこっと当たり前のように自分の肩に乗っかってくる。とても王様とは思えないはた目から見ればただの悪ガキ。本当に困りものなのはその性格もまた悪ガキそのものだということ。

 

 

「固いこと気にすんなよ。そんなに緊張しねえでも今日はセフィの奴はいねえぞ。よかったな、リト。今日は追いかけまわされなくて済みそうだぞ」

「そ、そうですか……」

「ケケ。まあそのうちあいつのほうから地球に行きかねねえけどな。良かったな、あいつに追いかけられる男はオレ以外にはお前が二人目だ。せいぜい気をつけるこった」

「…………」

 

 

何が面白いのか上機嫌に自分の背中をバンバンと叩きながらギドはそんなことを口にしてくる。この場にセフィがいなかったことは助かったが逃げ切るのは難しそうである。というかさっさと謝っておかないとまずい気がする。嘘とはいえ婚約者候補がその義理の母親から追いかけまわされるのは体裁上問題がありすぎる。

 

 

「お! おいリト、そこの肉をよこせ! この姿じゃ立食パーティはやりにくいからな。今日はオレ様の手足になってもらうぜ」

「あ、はい……できれば肩の上で食べるのはやめてほしいんですが……」

「ん? なんはいっはは?」

「いや……何でもないです」

 

 

手渡した肉料理を自分の肩の上でむしゃむしゃと頬張っているギドに突っ込みを入れようとするもあきらめる。ようやく理解できてきた。目の前にいる存在はいわば台風。言葉で何とかできるようなタイプではない。ララ曰くギドを言いくるめられるのは妻であるセフィだけらしい。だがそんな中思い出す。どうしても文句を言っておかなければいけないことがあったのを。それは

 

 

「っ! そ、そういえば……デビルーク王! なんでヤミが護衛になったこと教えてくれなかったんですか!?」

 

 

自分の護衛である金色の闇のこと。初めから教えてくれていれば右往左往せずに済んだのに醜態をさらしてしまった。加えて殺し屋を護衛につけるというむちゃくちゃぶり。

 

 

「その方が面白そうだったからに決まってるだろ? それにむさ苦しいおっさんより女の子のほうが百倍いいだろ。お前の能力的にも金色の闇が適任だと思っただけさ。それとも金色の闇の護衛に何か不満があるのか?」

「い、いや……そんなことは……」

 

 

さも当然だとばかりのギドの返答にあっけにとられるしかない。およそ三人の娘がいる父親のセリフとは思えないもの。以前あった時も女子高生にちょっかいを出しに行く気満々だった。姿は子供だがエロオヤジでもあるらしい。

 

 

「ふーん……おい、金色の闇! 結城リトはお前より別の奴が護衛の方がいいってよ!」

「ちょっ!? いきなり何言って……!?」

 

 

黙り込んでしまった自分の姿がつまらなかったからか、意地の悪い笑みを浮かべながらギドは大声でその場から少し離れたところで食事をしているヤミに向かってそんなことを叫び始める。その内容も血の気が引くようなもの。

 

 

「…………」

 

 

対してヤミは何もしゃべることなくどこか冷たい視線でこちらを見つめているだけ。その視線にどんな意味が込められているのかは推し量れない。分かるのは間違いなく機嫌を損ねてしまったであろうということだけ。

 

 

「そのぐらいにしておけよ父上。リトも困ってるだろ?」

 

 

それを見かねたのか、腕を組んだままどこか呆れ気味にナナがこちらにやってくる。こちらとしては一人でギドの相手をしていたので援軍は渡りに船なのだが

 

 

「このぐらいで根を上げるようじゃこの先やっていけねえさ。それよりナナ、お前ももうやらかしてるらしいじゃねえか。いきなりララの婚約者候補に平手をかますなんてよ」

「っ!? ち、違うぞ! あれはわざとじゃなくって……ちょっとびっくりしただけで! ちゃんとリトには謝ったんだからな!」

 

 

ナナもまた父であるギドの前では子供になってしまうらしい。だが無理もない。今の自分の頬にはまだ赤い紅葉の跡がくっきりと残っている。これで気にするなという方が無理だろう。

 

 

「ご、ごめんなリト……痛いか?」

「いや、気にしないでくれ……元々はオレの能力のせいだし。そんなに怯えなくてもいいぞ。今日はもうとらぶるは起きないし、無理して近づいてこなくても」

 

 

どこかそわそわしているナナの姿にそう伝える。ナナにしてしまった分を含めればもう今日は四回とらぶるを消費しているためもう起こることはない。いわゆるフィーバータイム。とらぶるを気にすることなく他人と接することができる今の自分にとっては貴重な時間。ただしなかなか四回連続は起こらないのでめったにないのだが。

 

しかしそうはいってもいきなりとらぶるに巻き込まれたナナにとっては焼け石に水のようなもの。その証拠に知らず体が怯えているのか落ち着きがない。無理に我慢せず距離を取ってくれればいいのだが

 

 

「そ、そんなことないぞ! あたしはまだ、その……慣れてないからだ! ちゃんと慣れるようにするから大丈夫だ!」

 

 

若干涙目になりながらナナはそんな意味不明なことを口走っている。どうやらとらぶるに慣れようとしているらしい。その気持ちは本当に嬉しいのだが方向性が何か間違っているような気がする。どこにラッキースケベをされることに慣れている女の子がいるというのか。例外はいるがそれと張り合うのはどこか女の子として間違っているのでは。というかナナが慣れるまでに一体自分は何回平手打ちを食らうことになるのか。

 

 

「あ、リト! ちゃんと食事食べてる? パパの相手はわたしがするから大丈夫だよ!」

 

 

その唯一の例外であるララが楽し気に近づきながら自分の肩の上に寄生しているギドを抱きかかえてしまう。まるで子供の面倒を見る母親を彷彿とさせる手際の良さ。

 

 

「こらララ! これからが面白いところだったのに邪魔するんじゃねえよ!」

「もう、パパったらリトを困らせてばっかりなんだから。あのままじゃリトがご飯食べられないでしょ?」

「ありがとうララ、助かった……」

「どういたしまして! あ、そうだ! 今日はリトに食べてほしくて珍しいものを用意したんだ!」

「珍しいもの……?」

 

 

ギドを抱っこしたままララは思い出したようにポケットから小さな小瓶を取り出してくる。最初は手作りの料理でも出てくるのかと思ったが思い過ごしだったらしい。何でも手伝ったのは盛り付けだけで調理は手伝わせてもらえなかったらしい。どうやら前科持ちだったようだ。厨房の人々には感謝するしかない。

 

 

「はいこれ! ダークマターっていう珍しい調味料なの。これをかけると料理がおいしくなるんだから!」

 

 

自信満々にララは小瓶の正体を明かしつつ見せびらかしてくる。だがどう見ても美味しそうには見えない。色が黒というところからして食欲は全くそそられない。

 

 

「げっ、姉上はほんとにダークマター調味料好きだよなー。あたしは苦くてダメだけど……」

「そう? 苦みの中にある甘みが良いんだけどなー。ちょっと待っててねリト! デザートのほうがいいかなー」

「なあ、ナナ……もしかしてララって味音痴なのか……?」

「そういうわけでもないんだけど……ゲテモノ好きではあるかな……」

 

 

一人ノリノリになっているララに聞こえないようにナナに尋ねるも、ナナもまたどこか呆れ気味に答えてくれる。そもそもダークマターは食べ物なのだろうか。詳しい知識はないが確かダークマターは宇宙の物質だったはず。あれだろうか。地球でいう三大珍味みたいなものだろうか。

 

 

「はいお待たせリト! 食べてみて!」

 

 

そんなこんなの間にララが手にプリンを持ったままやってくる。代わりにギドの姿は見当たらない。よく見ると別のテーブルの上に放置され仕方なくギドも黙々と食事をしている。早すぎる育児放棄ならぬ介護放棄を目の当たりにしながらも目がそれに釘付けになってしまう。

 

 

(な、何だこれ……なんか黒い靄がかかってるんだけど……ほんとにこれを食べるのか……!?)

 

 

プリンの上に何かよくわからない黒い靄が漂っている。明らかに普通ではない。宇宙ではスタンダードなのかどうかは定かではないがインパクトがありすぎる。だがララはわくわくしながら目を輝かせ、ナナは若干引きながらも止める気はなさそうだ。もはや退路はなし。覚悟を決めてスプーンに掬い、一気に口に運ぶも

 

 

「――――っ?!?!」

 

 

そのすべてを反射的に吐き出してしまう。味がどうこうではない。まるで体が拒否したように受け付けない。アレルギーショックでも起こしたのか思うほどの拒絶反応。

 

 

「だ、大丈夫かリト!? そ、そんなに不味かったのか!?」

「ゴホッ! そ、そういうわけじゃ、ないんだけど……なんか吐き気が……」

「もしかしたらリトの体質にはダークマターは合わなかったのかも。ごめんね、リト」

 

 

慌てて解放してくれるララに申し訳なさを感じながらも二度とダークマターは口にしないと心に誓う。やはり珍味だけあって人を選ぶ食材のようだ。

 

 

「大丈夫ですかリトさん? よかったらこれを使ってください」

「あ、ありがとうモモ」

「いえ、お気になさらずに」

 

 

騒ぎを聞きつけたのか、いつのまにかモモが自分に向かってハンカチを差し出してくれる。雰囲気も相まってどこかおしとやかさを感じさせる姿に思わず目を奪われてしまう。ララやナナとは全く違う空気を持つ娘だった。

 

 

「気をつけろよリト。こいつ外面はいいけど本性はすごいんだからな」

 

 

面倒な奴が来たといわんばかりな態度のナナに苦笑いするしかない。どうして双子なのにこんなに仲が悪いのか。いや、もしかしたら双子だからこそなのかもしれない。背格好は全く似ていないのだがそれは言わないほうがいいだろう。主にナナに配慮して。

 

 

「あなたが言っても全然説得力がないわよナナ。わたしはただリトさんにお聞きしたいことがあって来ただけですから」

「? オレに聞きたいこと?」

 

 

モモの言葉に首をかしげるしかない。いったい自分に何を聞きたいというのか。だがすぐにそれは戦慄にかわる。

 

 

「はい。リトさんとお姉様の馴れ初めをお聞きしたいと思って」

 

 

およそ考えうる限りで最悪の自分に対する質問。まだとらぶるに関する質問のほうが百倍マシな代物だった。

 

 

「な、馴れ初めって……なんでそんなこと!?」

「だって気になるじゃないですか。家出した先の男の子と婚約者候補になるなんて、女の子として聞かないわけにはいきませんし」

「馴れ初め?」

「どうやってその人のことを好きになったのかということですよ、お姉様」

 

 

馴れ初めの意味が分からないララに対してモモはそんな風に捕捉しながら先を促してくる。対してララはようやく事情を理解したのか、それともどうしたらいいのか混乱しているのか固まってしまっている。ナナは興味がないように振る舞いながらもどこかちらちらとこちらを気にしている。このままではまずい。

 

 

「あ、ああ! それは……うん、オレの方からララに一目惚れしちゃったんだ! 初めて会った時にさ!」

 

 

とっさにそんな嘘をつく。色々考えたが一番それが無難であろう答え。何よりもあのままララに答えさせてはどんなボロが出るか分かったものではない。この場にはモモやナナはもちろんギドがいる。今は別のテーブルで食事と格闘しているがギドに嘘がバレればどうなるか。地球がヤバい。比喩ではなくマジで。それだけは避けなければ。だが

 

 

「初めて会った時にですか……? でも確かお姉様がリトさんと会った時って」

「わたしがぴょんぴょんワープくんで飛んだ時のこと? あの時は大変だったんだから! いきなりお風呂場に出ちゃうしリトもわたしも裸だったし」

「り、リト……お前、姉上の裸に一目惚れしたのか……!? ほ、ほんとにケダモノなんじゃ……」

「は!? い、いや違う! そ、そうじゃなくて!?」

「でもわたしもリトの裸見たしお互い様だよ?」

「何言ってるんだララ!? お前ちゃんと状況が分かって……!?」

 

 

全くこっちの事情が理解できていないララに振り回されながらモモとナナへの言い訳を続けるも全く説得力も何もあったものではない。このままでは自分はララの体目当てで婚約者候補になった最低男になってしまうが、いまさら嘘でしたと暴露するわけにもいかない。結局そのままぎゃあぎゃあと収拾のつかない話を続けるしかなくなってしまう。

 

 

「……あれじゃ誰が相手になっても尻に敷かれそうだね」

「? どうしました美柑?」

「ちょっと考え事。ヤミさん……食事のバランス、考えた方がいいよ」

 

 

少し離れたところでリトの様子を観察していた美柑は先が思いやられる気分にため息を吐きながらも、目の前で甘いものばかりを食べているヤミの姿に絶句する。というかデザートしか食べていない。どれだけ甘いものが好きなのか。リトだけでなく、目の前の少女もまた自分がしっかりしなければと美柑が決意を新たにしながら騒がしいデビルークの夕食会は夜遅くまで続いたのだった――――

 

 

 

 

(ふう……やっぱ寝付けそうにないな……)

 

 

ごそごそと布団の中で動きながらも仕方なく体を起こす。時刻は日付が変わってしばらく経った頃。体力的にも精神的にも疲労しているのだがなかなか眠ることができない。その理由もすでに明らか。何故なら今自分が横になっているベッドは自分のベッドではないのだから。ベッドだけではない。枕も、部屋の家具も、装飾も、その全てが異なっている。今自分がいるのはデビルーク王宮の一室だった。

 

 

(何だろう……全部が高級すぎて逆に落ち着かないというか……この分じゃ美柑も同じかもな……)

 

 

自分の庶民さをしみじみと感じながらも今この場にはいない美柑の同じだろうと考える。なぜ自分がここにいるのか。それはモモの一言から始まった。

 

 

『もう遅くなりましたし、リトさんと美柑さんにはこちらでお泊りになってもらったらどうですか?』

 

 

夕食会が遅くまで続き、そろそろ帰ろうかという時にそんな提案がモモからされる。もちろんオレと美柑は断ろうとしたのだがそんな面白そうな話をララやギドが見逃すわけもなくあれよあれよという間に結城家のお泊りは決定されてしまった。何を勘違いしているのかララに至っては一緒に寝ようと自分を引っ張って連れて行こうとする始末。それから必死に抵抗し何とかこの部屋までやってきたのがつい先ほど。今頃美柑達は女の子同士でパジャマパーティーでもしているのだろう。

 

 

(でもいいなー……オレも男友達と一緒にバカ騒ぎとかしてみたいな……)

 

 

叶わない夢と分かっていながらも心の涙を流すしかない。修学旅行での枕投げ、気になっている女の子暴露大会。男子なら誰しもが経験するであろうあれこれは自分にとっては憧れ。だが

 

 

『悪いがオレには男と寝る趣味はねえ。寂しいならザスティンをつけてやろうか? 喜んで来ると思うぜ?』

 

 

そんな自分の落ち込みを勘違いしたのか、ギドはそんな恐ろしい冗談を告げてくる。それだけは勘弁してほしいと懇願した。違う意味で自分は絶望しかねない。セカンドキスの人と一緒に二人きりで過ごすなんて耐えきれない。もしかしたらサードまで奪われてしまうかもしれない恐怖に比べれば一人で静かに過ごす方がどれだけマシか。

 

 

(このままじゃまだ寝れそうにないし、とりあえずトイレにでも行くか……)

 

 

気を取り直しながらベッドから立ち上がろうとした瞬間、何か黒いものが視界が横切った。一瞬なので見逃しかけたが間違いない。いつかも目にした誰かさんの尻尾。

 

 

「…………はあ、怒らないから出て来いララ。さっきも言っただろ、一緒には寝れないって……」

 

 

頭をかきながら人の言うことを聞かないララに話しかける。いくら嘘の婚約者候補でも一緒に寝ることなどできないと。ララ的にはえっちぃことうんぬんより自分と一緒に遊びたい的な意味なのだろうが。いくらか眠気でぼうっとしていた自分の意識はしかし

 

 

「バレちゃいましたか、意外に鋭いんですねリトさん?」

「…………え?」

 

 

そんな予想していなかった声の主によって完全に覚醒してしまう。当たり前だ。ララだとばかり思っていたら全く違う人物が自分の目の前に現れたのだから。

 

 

「モ、モモ……!? なんでこんなところに……!?」

「はい、お邪魔してますよリトさん♪」

 

 

自分の驚愕した様子を見ながらもどこか小悪魔のような笑みを見せながら指を口に当て静かにとばかりにこちらにウインクをしてくるモモ。どうして彼女がこんなところにいるのか。何よりもその恰好が問題だった。パジャマではないネグリジェ姿。しかも胸元やヒップを強調する明らかにそっちを目的にしたような代物。そのせいもあってかそれとも元々がそうだったのか。昼間見せていた姿とはまるで真逆のどこか妖艶さをモモは纏っている。

 

 

「な、なんて格好してるんだ!? いったい何のつもりで……」

「これですか? 実は最近宇宙デパートで買ったものなんです。殿方であるリトさんに見ていただいて感想を頂けたらと思いまして♪」

 

 

嘘か本当か。そんな理解できないことを口にしながらどうですかといわんばかりにその肢体をモモは見せびらかしてくる。部屋が暗いせいもあってか余計にその魅惑さが増している。ララ程の成熟さはないが、ララにはない色香とでもいうべきものがモモにはある。とにかくこの場をどうにかしなければ。そんな中

 

 

「ふふ、そんなに警戒しないでください。わたし、リトさんとお話がしたくてお邪魔したんです」

 

 

あたふたしている自分がおかしかったのか、モモはこちらの警戒を解こうとするようにそんなことを告げてくる。

 

 

「は、話……?」

「はい。食堂ではなかなか二人きりでお話しできる機会がありませんでしたから」

「そ、そうか……でもその恰好で来る必要があったのか?」

「もちろん。ちょっとしたムード作りです。おかげで目は覚めたでしょう?」

「ああ……もう今日は眠れそうにない……」

 

 

若干げんなりしながらもそう本音を漏らすしかない。どうやら自分をからかうためにこんなことをしたらしい。おかげで眠気は完全に吹き飛んでしまった。ようやくナナの言っていたことが本当だったのだと理解するももう遅い。とにかく少し話をしてすぐに帰ってもらうことにしよう。こんな状況誰かにを見られたらどうなるか分かったものではない。

 

 

「で、話って何を話したいんだ?」

「ええ、さっきの食堂での続きです。大変でしたね、リトさん。お姉様が全然話を合わせてくれませんでしたし」

「ああ……でもいつものことだし、しょうがないけど」

「そうですか。でも嘘とはいえ婚約者候補なんですからちゃんとしないとバレてしまいますよ?」

「それはそうなんだけどララがあの調子じゃあな……やっぱりもうちょっと詳しく設定を決めておくべきだったか……な……?」

 

 

疲れのせいか、ただ淡々とモモの言葉に答えていく中でようやく気付く。そう、まるで流れるように自分があってはいけないことを口にしてしまったことに。もはや言い訳ができないほどにはっきりと。背中から嫌な汗が滝のように流れるももう遅い。

 

 

「――――やっぱり、お姉様とリトさんが婚約者候補だっていうのは嘘だったんですね」

 

 

モモは笑みを浮かべながらどこか楽し気に自分に告げる。だがその目は笑っていない。どこか獲物を見る猫のような鋭さがある。ようやく悟る。モモは最初から自分が嘘の婚約者候補だと見抜いていたのだと。それを確かめるためにこの場を用意したのだと。

 

 

「そ、それは……その……」

 

 

だがもうすべて後の祭り。今までの苦労も水の泡。ギドにバレればどうなるか。せっかく自分のために色々世話を焼いてくれたララにも申し訳が立たない。どうすれば。だがそんな焦りは

 

 

「クスクス、そんなに慌てなくても大丈夫ですよリトさん? 心配しなくてもこのことはわたしは誰にも言いませんから」

「え?」

 

 

そんなモモの予想外の言葉によって消え去ってしまった。

 

 

「なんでそんなこと……? オレが嘘をついてたことに怒ってたんじゃ……?」

「そんなことありませんよ? わたしはただ本当のことが知りたかっただけですし、大方お姉様のほうから嘘の婚約者候補になってくれるように頼まれたんでしょう? お見合いさせられるのに嫌気がさして家出したぐらいですから」

「そ、そこまでわかってたのか……」

「これでも姉妹ですから♪ ナナはお子様ですから気付いてないみたいですけど。お父様はどっちか分かりませんけど、お母様には気を付けた方がいいですよ? きっと嘘は通用しないでしょうから」

「……そ、そうか」

 

 

どこか満足げに語るモモの姿に圧倒されっぱなし。策略家というか何というか、この娘だけは敵に回してはいけないと感じてしまう何かがある。そのまま洗いざらい全てを吐くことになってしまう。婚約者候補になった条件や内容。今までの経緯。

 

 

「そうですか……でもリトさんのとらぶるを治すよりもお姉様が本物の婚約者を見つける方が難しい気がしますけど」

「確かに……あと三年しかないのに、ララの奴どうする気なんだろうな……」

「お姉様のことですから何も考えていないかもしれませんよ?」

「……否定できないのが恐ろしいところだな」

 

 

モモのある意味的確な突っ込みに返す言葉もない。三年間よろしくなんて言葉が出るぐらいだ。きっとララもどうするか考えていないに違いない。

 

 

「……リトさんはどうなんですか? お姉様と本当の婚約者になる気はないんですか?」

「お、オレが……!? なんで……」

「お姉様が男の方と楽しそうにしているのは初めて見ましたから。リトさんはお姉様のことをどう思っているんですか?」

「…………どうって、うん……感謝してるっていうのが一番かな。本当なら、こうしているのもララのおかげだし、とらぶるがあるオレとこんなにまともに接してくれる女の子がいるなんて思っていなかったから……」

 

 

そこまで言ってなんだか自分が告白まがいのことを口にしているのではと気付いて口をふさぐ。何故かモモと話しているといらないことまでしゃべってしまうような気がする。もしかしたら自分が話しやすいような空気を、しゃべりかたをモモがしているのかもしれない。

 

 

「そうですか、よかったです。少なくともお姉様のことを大切に思ってくださっているのは間違いないようですから。もしお姉様を傷つけるような人だったらどうしようかと思ってたんです」

「そ、そうか……もしオレが悪い奴だったらどうする気だったんだ……?」

「内緒です♪」

 

 

そんなモモの言葉に背筋が寒くなる。一瞬だけだったがモモの本性を見た気がする。もしかしたらそれを確認することが一番の目的だったのかもしれない。

 

 

「でもこれで一安心しました。じゃあ今度はもう一つ、別のお願いをしてもいいですか?」

「別のお願い? まだ何かあるのか……?」

 

 

さっきまでの真剣な空気はどこに行ったのか。どこか興味津々といった風にモモは目を輝かせている。いったい何のお願いがあるのだろうか。王女であるモモに対して自分ができることなんてたかが知れているだろうに。しかし

 

 

「実は、リトさんのとらぶるを体験させてほしいんです」

「…………は?」

 

 

モモの予想の斜め上を行くお願いに自分の思考は完全に停止してしまった。

 

 

「さっきお姉様からお話を聞かせてもらってちょっと興味が沸いたんです。あ、心配しなくても誰にも言いませんし、ナナみたいにお子様ではないので引っぱたいたりもしませんから♪」

「な、なんでそうなるんだ!? そ、それにもう今日の分は終わってるから……!」

「あら、そうでしょうか? もう日付は変わってますし、もう溜まってるのでは?」

「っ!? それは……!?」

「いつとらぶるが溜まるかの確認という意味でも役に立つと思いますけど、どうですか? わたしの身体に興味ありませんか?」

 

 

妖艶な笑みを浮かべながらゆっくりモモはベッドに上りながらこちらに近づこうとしてくる。間違いない。最初からそれが目的であんな恰好をしてきたのだと。前かがみになったことで余計に胸元が強調されて危険なことになっている。加えてとらぶるに関してもモモが言う通りすでに溜まっている可能性が高い。まさかララではなくモモにそれを確認されるようなことになるなんて想像できるわけがない。

 

 

(間違いない……! この娘、えっちぃ娘だ……! しかもかなりの……ど、どうする!? どうすれば……)

 

 

どれだけ頭が混乱しているのか。しらずヤミの常套句を使いながらもこの状況を脱する方法を考える。力づくで脱出することはほぼ不可能。すでにとらぶるの範囲に限りなく近い。しかもモモはララと同じデビルーク人。身体能力で敵う可能性は皆無。ならば手は一つ。自分が本来なら口にしないようなことを口にすること。要するにモモに嫌われるようなことを口にすることでモモから離れる。

 

 

「いや……ララにいつもしてもらってるからいい。モモの体にも興味ないし、オレ、トイレにいくからモモも早く部屋に戻れよ」

 

 

できるだけ自然に、あえてモモの姿を見ながら真逆のことを告げながら可及的に速やかにその場を離脱する。そう、これが最適解であるはず。今までの言動を見てもモモが自分のルックスに自信を持っているのは明らか。ここで中途半端に興味があるなんてそぶりを見せたり否定すればそのまま押し流されてしまうのは自明の理。なら本当に興味がないと分からせるのが一番効果的のはず。

 

 

その証拠にモモはどこか心ここにあらずといった風に目をぱちくりさせているだけ。完全に予想外といった様子。え、という言葉を呟いたまま身動き一つしない。少し可哀想かもしれないし、嫌われてしまうかもしれないが仕方ない。モモにとらぶるをするのはまずい。ララとするのとはまた違うベクトルで取り返しのないことになりかねない。直感にも似た本能。それに従いながら何とかその場を脱出することに成功したのだった――――

 

 

 

リトが部屋を出て行った後、モモは一人その場に残されていた。だがモモはその場から動かない。まるで石になってしまったようにその場に固まってしまっている。

 

すべて順調だった。リトと二人きりで話ができる状況を作るためにわざわざ食事会の準備をし、リトが王宮に泊まるようお膳立てもした。

 

 

(思っていたとおり、リトさんは誠実な人だった……お姉様もリトさんを気に入ってるみたいだし、わたしが心配してるようなことはなにもなかった……)

 

 

モモはそう言い聞かせる。もしララがリトに騙されていたら。それが一番危惧していたこと。性的なことに疎いララを騙して傷つけるようなことをしているようなら力づくで排除する気だったのだがその心配は杞憂だった。ならばもう大丈夫。とらぶるに関しても同じ。ちょっと興味はあったがあくまで悪戯のつもりだった。宇宙デパートで気紛れに買ったネグリジェを使ってみたかったのもあった。だけどリトはそれに見向きもせず、紳士的に対応してくれた。好ましい態度であり、喜ばしいことのはず。なのに、なのに

 

 

(なのに…………この敗北感は何――――!?)

 

 

この感情は何なのか? 確かに自分は姉であるララに比べれば肉体的には魅力は劣る。でもそれは決して興味がないなんて言われるレベルではないはず。

 

 

突然だがモモは自分の容姿に自信を持っている。それは驕りではなく、客観的見ても自分の容姿は優れていると理解しているということ。そしてそれは正しかった。社交の場ではだれもが自分の容姿に見惚れ、賛辞してくれる。同じ双子であるナナと比べても優れていることは密かな自慢だった。

 

 

だがそれが今、否定されてしまった。状況的にそうされても喜ぶべきことであることは頭では分かっている。だが体はそれを受け入れ切れない。

 

 

 

要するに、モモはセフィほどではないにしても自身の容姿に自意識過剰なプライドの持ち主であったのだった。そして結城リトはそれに対して限りなくピンポイントで真逆のミラクルをかましてしまったのだった――――

 

 

 

 

 

(はあ……まさかモモがあんな娘だったとは……デビルークの娘はみんなどこか変わってるのかな……)

 

 

用を済まし、とぼとぼと廊下を歩きながらそんな失礼極まりないことを考えてしまう。一番変わっているはとらぶるなんて能力を持っている自分なのだが今はいいだろう。ともかくこれで後は部屋に帰ってゆっくりしよう。そんなことを考えていると

 

 

「リトさん! ちょっと待ってくださーい!」

「っ!? モ、モモ!? なんでこっちに……!?」

 

 

何故かこちらに向かってくるモモの姿がある。それもどこか必死さを感じさせるもの。その光景に知らずに体が震える。同時に思い出す。かつて同じことがつい最近あったことを。

 

 

そう、一か月前にセフィに追いかけまわされた記憶。その再現が今、目の前に起こっている。違うのはそれが母か娘かの違いだけだった。

 

 

「っ!? なんで逃げるんですかリトさん!?」

「そ、それはこっちのセリフだ!? なんで追ってくるんだ!? 部屋に帰ったんじゃないのか!?」

「あ、あのままじゃ帰れません! それよりもちゃんと説明してください! わたしのどこに魅力がないっていうんですか!?」

「な、何の話だ!? そんなこと言ってないだろ!?」

 

 

もはや条件反射のようにモモから逃げ出すしかない。なぜ嘘とはいえ婚約者候補の妹からネグリジェ姿で追いかけまわされなければいけないのか。そんなに興味がないといったことが頭に来たのだろうか。だが今更興味がありますなんて言ったところでどうにかなるわけもない。それどころか言ったが最後、責任を取れと言われかねない必死さがある。女のプライドを傷つけてしまった代償。しかも追いつかれたら逆に自分がモモに襲い掛かってしまうというオチまで待っている。

 

 

(だ、ダメだ……どうやっても逃げ切れない! なんでオレ、こんなことになってるんだ……!?)

 

 

泣きたいのはこっちの方だった。なぜ殺し屋でも賞金稼ぎでもない相手に追いかけられなくてはいけないのか。それでももう限界。身体能力差はどうにもならない。曲がり角を曲がるもついにモモがリトの絶対領域に踏み込まんとした時、

 

 

「ぶっ―――!?」

 

 

それよりも早く目の前の何かにぶつかり転んでしまう。前を全く見ていなかったため何にぶつかったのかも分からない。だがこの感触は覚えがある。なじみ深くはない、手のひらに収まるぐらいの大きさと感触。

 

 

「…………いい度胸ですね、結城リト。言ったはずですよ、私はプリンセスほど甘くはないと」

 

 

自分が金色の闇のを押し倒して胸を揉んでしまっていることをすぐさま理解するももう遅い。いつもとは違う、クロネコ柄のパジャマ姿だが金色の髪が動き出し制裁が下されんとするも

 

 

「やっと追いつきました。もう逃がしませんよリトさ……ん?」

 

 

それよりも早くモモがその場に現れ動きは止まってしまう。ヤミとモモは互いに見つめあいながら。自分はヤミを押し倒したまま。意味不明な光景。

 

 

「…………プリンセスモモ、その恰好は一体……まさか、結城リトを襲おうとしていたのですか……?」

「っ!? ち、違います! こ、これは……その、ちょっとしたお遊びで……」

「そんなえっちぃ恰好をしてする遊びですか……? まさか、プリンセスモモは噂に聞く、びっちというやつですか?」

「び、ビッチ……!? わ、わたしが……!?」

 

 

完全に呆れ気味、というよりドン引き気味で告げられるヤミの言葉にモモは顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせているも反論しようがないのか黙り込んでしまう。それがいつまで続いたのか

 

 

「お、覚えてなさーい!!」

 

 

そんな捨て台詞を残しながらプリンセスモモは脱兎のごとくその場を走り去っていく。もはやかける言葉もない。何を覚えておくべきなのか、この先自分はどうなるのか。不安は尽きない。

 

 

「…………とりあえず助かったよ、ヤミ」

「…………そうですか。ですが私は貴方の貞操まで守る気はありませんから」

「…………はい」

 

 

ヤミのごもっともな突っ込みを受けた後、しっかりとえっちぃことをした制裁も受けつつ、二度目のデビルークの訪問もまともな思い出を残すことなく終了することになったのだった――――

 

 

 

 

 




作者です。感想ありがとうございます。第十話を投稿させていただきました。

感想でもありましたが原作最新話でもリトのラッキースケベに触れられていて驚きました。原作はどういう扱いになるのかは分かりませんが、このSSでは一応能力ということになっています。その内容もおおよそ感想を頂いた内容に近いものになっています。細かい設定や由来はまた本編で明かしていく予定です。

今話で起承転結の起が終わった形になります。これからは承、リトとヒロインたちの交流の深まりがメインになっていきます。その後、メアとネメシスの襲来から始まる転、オリジナル展開の結。あまりだらだら続けても面白みがなくなること、元々このSSは転と結の部分が書きたくて始めたものでもあるので長くても三十話前後には完結させる予定です。

また以前にも書きましたがこのSSではリトとヒロインたちの関係をあえて原作とは逆にしています。原作との差別化と逆にすることでヒロインの魅力を描きたいと考えています。

ヤミは命を狙う殺し屋から命を守る護衛に。ナナは原作よりも良好な関係に、逆にモモは険悪な関係に。ララに関しては原作と大きく変わっていませんが、トラブルメーカーがリトになっていることから原作よりは母性的な面が強く出るようにしています。古手川についてはリトのトラウマにも関係ある立ち位置なのでまた別の役割があります。

長くなりましたがこれからもお付き合いくださると嬉しいです。では。


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