もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】 作:HAJI
「あーおいしかった♪」
上機嫌に笑顔を見せながらララは尻尾を揺らしている。放っておけばそのままスキップでも始めてしまいそうなほど。通り過ぎる通行人も知らずララに目を奪われている。そんなララの後を追うように自分とヤミは並んで歩道を歩いていた。
「あんまりはしゃぎすぎると転ぶぞ、ララ……」
「平気平気! わたしリトのおかげで転ぶのには慣れてるから!」
「そ、そうか……でもほんとによく食べるよな。あんなに甘いものばっかり……」
ララに注意するも見事にブーメランで跳ね返り地味にダメージを追いながらも胸やけを感じてげんなりしてしまう。今自分たちはケーキバイキングのお店で食事をしてきたところ。時間制限はあるものの食べ放題ということでララはその通り好き放題にケーキを食べ続けてしまう。お店の人に申し訳なくなり時間が終わるよりも早くララを力づくで連れ出したのがつい先ほど。期待を裏切らない活躍だった。
「そうかなー? まだ全然食べられるんだけど……」
「食べたものどこに行ってるんだ……? ヤミもめちゃくちゃ食べるし、オレのほうがおかしいのかと思うだろ」
あれだけ食べたのにケロッとしているララに畏怖を感じざるをえない。甘いものは別腹というやつなのか。加えてララに負けず劣らずヤミもケーキを食べていた。むしろ体格からいえばヤミのほうが恐ろしい。あの小さな体のどこにあのケーキたちは消えたのか。ララにはまだ貯めておける体の部分があるのだが。
「…………何か言いたそうですね、結城リト」
「っ!? い、いや……」
「ヤミちゃんも甘いものが好きだよね。前もデザートばっかり食べてたし」
「変身には糖分が必要ですので」
こちらの思考が読まれてしまったのか。どこか鋭い視線をヤミから向けられ言葉が詰まってしまう。ララの言葉は正確ではない。デザートばかりではなく、デザートしか食べていないが正解。もしかしたら変身でエネルギーを消費しすぎているのがヤミが小柄な理由なのかもしれない。
「そういえばリト、女の子の体はどう? 少しは慣れてきた?」
ようやく思い出したのか、楽しそうにしているララによって忘れていたかった現実を突きつけられてしまう。そう、今の自分はまぎれもなく女の子。精神は男だが生物学的には女。
「慣れるわけないだろ! 声は高くなるし、胸は邪魔で歩きにくいし……はあ……早く元に戻らないかな……」
ララの発明品によって女にされてしまった自分の体を見てげんなりするしかない。普通に考えればすごい発明なのだが方向性が致命的に間違っている。加えて女性の体はいつもと勝手が違ってやりにくいことこの上ない。あるべきものがなく、ないはずのものがあるという感覚。特に胸は歩くたびに揺れてしまい悩みの種になってしまっていた。
「えーそうかな? 今のリト可愛くてわたしは好きだけどなー」
「可愛いって言われて喜ぶ男はいないだろ……」
「邪魔ならその余計な肉を削ぎ落してあげましょうか?」
「な、なんでそうなる!?」
明確な敵意をもって自分の胸を凝視してくるヤミにぎょっとする。既に髪が変身によって刃に変わってこちらを向いているのは洒落にならないでやめてほしい。
「まあ……とらぶるの心配をしなくてもいいのは楽だけど……」
不満だらけだがそれだけは唯一の救いだろう。女になってからは全くとらぶるが発動していない。女になってしまったことが原因なのは間違いないが詳しいことは全く分からない。
「護衛しやすくなるので私は構わないのですが……えっちぃことになる心配もありませんし」
「でもよかったねリト! 男の人にもとらぶるしなくなって」
「あ、ああ……ザスティンさんには本当に助かったよ……」
思い出しながらも顔が引きつってしまう。自宅で女になり、ララに対してとらぶるが発生しなくなったことで浮かれて出かけるもすぐさま重大な見落としに気づいた。
それは男に対するとらぶるが起こってしまうのではないかという問題。
現に男であるときは異性に対するとらぶるから始まり最終的には同性まで効果対象になっていった。なら女になればそれが逆になっているのではないか。つまり同じ女同士だからとらぶるが起きなくなっているだけで、男に対しては発動してしまうのではないか。
もしそうなら恐ろしいことになってしまう。今の自分は女であり見知らぬ男性をとらぶるに巻き込んでしまったらどうなるか。自分の貞操云々の前に相手の男性が社会的に抹殺されてしまいかねない。その恐ろしさを自分は身をもって知っているのだから。
そこで実験対象として急遽親衛隊長のザスティンを選出。突然呼び出され、あれよあれよという間に巻き込んでしまったことにお詫びしながらも実験は成功。トラウマに耐えながらもザスティンをとらぶるの効果範囲に入れるのは本当に怖かった。何はともあれ間違いなく今の自分は誰に対してもとらぶるを発動しない状態になっているのだった。
「でも今日はラッキーなことばっかりだったね! これもリトが女の子になったおかげかな?」
「そんなことない……と、思うんだけど……やっぱ変だよな、今日……」
ニコニコしているララとは対照的に疑心暗鬼な自分を抑えることができない。もしかしたら自分はドッキリを仕掛けられているのではないか思うほど今日は何かがおかしい。
端的に言えば今日はツイている。運がいい、と言い換えてもいい。
ケーキバイキングでは来場者数記念で無料になり、落し物の財布を拾ってお礼をもらったり、いつもは混んでいるはずのお店が今日に限って空いていたりと挙げ始めればきりがないほどの幸運っぷり。もしかしたら今まで不幸だった分を取り返しているだけなのかもしれないが不気味で恐ろしいことには変わりない。
「明日には死ぬかもしれませんね、結城リト……」
「……お前、本当にオレの護衛なんだよな?」
冗談とは思えないボケをかましてくるヤミに思わず本音が漏れる。あれか、これからの自分の運を先に使い果たしてしまうとかそんなオチだろうか。冗談だと笑い飛ばすことができない状況だけに戦々恐々とするしかない。
「とにかく早く家に帰るぞ、買い物は済んだんだし……」
「えー? もう帰るの? もっと遊ぼうよ」
「この格好でウロウロするのが嫌なんだよ! なんか足元がスース―するし……」
足早に家に帰ろうとする自分にララが不満げにしているが仕方ない。何故なら今の自分は体だけでなく服装まで女の子になってしまっているのだから。
(なんでララたちはこんな物履いてられるんだ? なんか変な感じがするし……風邪ひいちゃいそうだ)
自分が履いているスカートを見ながらそんなことを今更ながら考える。ララの提案によって強引に服屋に連れ込まれこんな格好をさせられてしまった。当然のごとく下着まで。着せ替え人形の気分を十分に味わった。それだけでなくなぜかララの下着選びにまで付き合わされる始末。どうやらそちらの方が本命だったらしい。しかし
『もう、ちゃんとリトが選んでよ! リトが触るんだからね!』
そんなことを店内で叫ばれてはどうしようもない。その時だけは女より男のほうがマシだったかもしれない。違う意味で汗を流しながら結局自分の好みの下着を選び、めでたくララはそれを身に着けることになっているのだった。
「それにいつ男に戻るかわからないからな……今戻ったらオレ完全に変質者になっちまうだろ……」
それこそが一刻も早く帰らなければいけない最大の理由。今の恰好をして歩き始めるまで気付くことができなかった最悪の事態。そう、もし今の状態で男に戻ってしまったらどうなるか。女装をして往来を歩いている変質者が誕生してしまうのは避けられない。セクハラ、ホモに続いて女装の称号まで得てしまうかも知れない。それだけは何としても阻止しなければ。
「大丈夫だよリト! そうなったらわたしがペケを貸してあげるから!」
「っ!? そんなことしたらララが裸になっちゃうだろ!?」
「あ、そっか。じゃあぴょんぴょんワープくんで飛んで帰る?」
「……それはホントの最終手段かな」
「苦労していますね、結城リト」
違う意味で心配になるララの言動に振り回されるもヤミは完全に観戦モード。いつの間に買ったのか飴のようなお菓子を舐めている。ある意味この外出を一番楽しんでいるのはヤミなのかもしれない。そんなことを考えながらも早足に自宅を目指す。
(この公園を横切れば近道になるな……)
普段はあまり使わない近道だが背に腹は代えられない。今は自分の貞操がかかっているのだから。なんだか最近はそればかりの気もするがあまり深く考えないようにするしかない。
「ララ、ヤミ! こっちを通れば近道だから早く……?」
言いながら振り返るも返事がない。慌てて辺りを見渡すもどこにもララ達の姿はない。さっきまで確かにいたはずなのに。はぐれてしまうほどこのあたりの道は複雑ではないはず。だがいくら探しても二人は見つからない。
(まずいな……このままじゃ時間が経っちまう。二人には悪いけど、先に家に帰った方がいいかも……)
このままでは最悪の状況になりかねない。二人には悪いが先に家に帰った方がいいだろう。二人とも先に戻っているかもしれない、男に戻って着替えてから二人を探しに行くことにしよう。そう判断し、公園を横切ろうとするもその視界に見たことのある人影が写りこむ。それは
(あれは……古手川!? なんでこんなところに……!?)
同じクラスメイトの古手川唯。見間違えるはずのない彼女が公園にいる。今日は休日、古手川がいること自体は驚くことではないのかもしれないが反射的に体がすくんでしまう。すぐに近くにある木に隠れようとするもようやくその必要はないことに気づく。
(そうだ! オレは今女になってるんだから隠れることないだろ……)
今の自分は女の子。その服装も併せてどこからどう見ても男の結城リトには見えない。なら何も知らないふりをしてさっさとその場を通り過ぎればいい。本当なら、以前できなかった謝罪をしたいが突然で心の準備もできていない。とにもかくにも男に戻らなければ始まらない。そう言い聞かせながらできるだけ自然に古手川の横を通り過ぎようとする。ただそれだけ。しかしそこでやっと古手川の様子がどこかおかしいことに気づく。古手川は通り過ぎようとしている自分ではなくずっと心配そうな顔をしたまま近くの木の上を見つめている。その先にいるものが何なのか。だが知らず体が動いていた――――
(困ったわ……どうにかしたいけど、あそこまでは手が届かないし……)
少女、古手川唯はただその場をあたふたしながら手をこまねいているしかできない。その視線の先には小さな子猫がいる。だがその場所は木の枝の上。遊んでいて登ったはいいものの降りれなくなってしまったのだろう。親猫も近くにはいないようだ。何とか助けてあげたいが打つ手がない。辺りに手伝ってくれるような人もいない。途方に暮れてその場に立ち尽くすしかなかった時
「あ、あの……どうかしたんですか?」
「え?」
どこか恐る恐るといった風に一人の女の子が自分に話しかけてくる。年は自分と同じぐらいだろうか。ショートカットでどこか素朴さを感じさせるもかなりの美人。同時にどこかで会ったことがあるような気もするが思い出せない。気のせいだろうか。
「あの……」
「あ! 実は子猫が木に登ったまま降りれなくなっちゃったみたいで……何とか助けてあげたいと思ってるんだけどどうしようもなくて困ってたの」
固まってしまっていた自分に不思議そうな顔をしている女の子にはっとさせられながらも慌てて事情を説明する。それが聞こえていたわけではないのだろうが子猫がどこか不安そうな鳴き声を上げている。何もできない自分に無力感を覚えていると
「そっか……それで。ちょっと待ってて、オレ、子猫を助けてくるから」
「……え? ちょ、ちょっと待って! 助けるってどうやって……!?」
事情を理解した途端、さも当然とばかりに女の子は動き出す。あろうことかそのまま木を登り始めてしまう。そんな予想すらできない行動に慌てて制止の声をあげるも女の子は全く聞き耳を持たない。もしかしたら木に登ることに集中していて聞こえていないのかもしれない。
「あ、あなた何考えてるの!? いきなり木に登るなんて……!?」
「大丈夫、小さい頃にはよく登ってたし……ただこの身体じゃちょっと慣れてないから……よっと!」
そんなよくわからないことを口にしながらゆっくりではあるが確実に女の子は木を登っていく。小さい頃に登っていたというのは嘘ではないようだが問題はそんなところではない。
(し、下着が丸見えになってるじゃない……!? こんなところを誰かに見られでもしたら……!!)
問題は女の子の下着が丸見えになってしまっていること。スカートを履いているという自覚がないのか、それとも羞恥心が全くないのか。女の子は下着が下から丸見えの状態で木を登っている。こちらが顔を赤くしながら慌ててきょろきょろと周りに人がいないか確認する。幸いにも誰もいないが木を登っていることよりもそちらの心配のせいでこちらは気が気ではない。だがそんなこちらの心配など無用だと言わんばかりに女の子はあっという間に子猫のところまでたどり着く。
「よし、もう大丈夫だからな。よっと!」
優しく声をかけて子猫を抱きかかえたまま女の子は枝から下へと飛び降りる。だが流石に高さがあったからか着地の瞬間に尻もちをついてしまう。
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
「いてて……大丈夫、子猫は怪我してないから」
そう言いながら女の子は自分に向かって子猫を手渡してくる。どうやら女の子にとっては自分のことよりも子猫の安全のほうが大事だったらしい。同時に何か不思議な感覚が蘇ってくる。郷愁に近い何か。それが自分とリコさんの忘れることができない出会いだった――――
「もう……怪我がなかったらいいけど無茶しすぎよ」
「あ、あはは……ごめん……」
子猫を助けてから近くのベンチに場所を移して隣座っているリコに向かってそう説教する。今更ながら自分の無茶に気づいたのかリコは罰が悪そうに頬をかいている。自己紹介はすでに済ませている。なぜかリコは自分の名前をなかなか教えてくれなかったが警戒されてしまったのだろうか。
「それにスカートを履いてるのにあんな風に木を登るなんて非常識よ。下から下着が見えてたし、誰かに見られたらどうするの」
「そ、それは……でも子猫を助けるためだったし……」
「それはそれ、これはこれよ。男はみんなハレンチなんだから気を付けないと」
言われてようやく気付いたのか狼狽しているリコに対して注意を促す。いくら子猫を助けるためとはいえさっきのはいくら何でも無茶に過ぎる。木を登っている姿はまるで男のようだったがそういう問題ではない。
「は、ハレンチ……?」
「そうよ。うちの高校の校長なんかがそうなの。なんであんな人が校長なんかやってるのか本当に謎だわ……」
言いながら思い出して頭が痛くなる。自分の通っている彩南高校の校長こそがハレンチの最たるものと言っていいだろう。生徒をいやらしい目で見つめたり、ハレンチな恰好や本を持ち歩いたり好き放題。どうしてあんな人が校長をしているのか学園七不思議のひとつに数えられている有様。最近では転校してきたヤミという女生徒に興味を惹かれたのかちょっかいを出しにいっては撃退されているという噂もある。
「確かにあの校長はな……」
「? あなたうちの校長を知ってるの? 確か違う高校だって……」
「っ! い、いや……彩南高校に友達がいて、話を聞いたことがあって……」
「そうなの。他校にまで知れ渡ってるなんてよっぽどね……」
「はは……そういえば古手川も校長に何かされたりしてるのか?」
「いいえ、わたしはどちらかというと校長を取り締まる側だから。ただクラスメイトにハレンチなことをされたことはあるけど……」
どこか男言葉のようなリコのしゃべり方に注意するべきか悩みながらもそう答える。自分にとってのハレンチという意味では校長ではなく、結城リトの方が問題だったのだから。ある意味ではトラウマといえるかもしれない。
「…………そうか。古手川は今もその時のことを……?」
「そうね、あの時はまだ中学生だったし……ちょっとしたトラウマね」
思い出せば今でも少し体が震える。思えばあれは自分にとっては大きな分岐点だったのかもしれない。いい意味でも悪い意味でも、だ
そんな中ようやく気付く。隣にいるリコがなぜか黙り込んでしまっている。その表情は暗くふさぎ込んでしまっている。どうやら自分の話で心配をさせてしまったらしい。
「あ、でも今はもう大丈夫よ! そのせいもあって風紀委員にもなったし、今は学校生活も結構楽しいし!」
慌てながらそう続ける。確かに中学二年の時はショックもあって不安定になっていたがそれ以降をそれを糧にしてやってきたのだから。
「それにそのハレンチな男の子も今は少しよくなってきてるみたいだし……」
「え?」
「最近転校してきた女子と仲良くしてるみたいなの。ハレンチなことしてるようなら注意しようと思ってたんだけど今のところそうでもないみたいだし……正直、ちょっと心配してたの。その男の子、わたしにハレンチなことして以来ずっと一人で過ごしてたみたいだったから……」
思い出すのは自分にハレンチなことをしてからの結城リトの姿。中学二年の時はトラウマと怒りから全く気付かなかったか三年になってからようやくそのことに気づいた。女子はもちろん男子からも拒絶されて一人で過ごしている結城リト。自業自得であり、それで自分にしたことを許せるかとはまた違うが、それでも見ていて気持ちのいいものではなかった。高校に上がって同じクラスになってもそれは変わらなかった。かといって自分から話しかけることもできずにいる中、転校生であるヤミが結城リトと交流を図っているのを目にした。思うところがないわけではないが、きっとあのままでいるよりは結城リトにとってはいいことなのだろう。
「そっか……古手川は優しいんだな」
自分の話に何か感じ入ることがあったのか、リコはどこかこちらを慈しむような優しい笑みを浮かべている。その顔に思わず目を奪われてしまう。同じ女なのに見惚れてしまうほどに、その笑顔には自分に対する感情が込められている。同時に脳裏に浮かぶのは遠い日の記憶。小学五年の時、同じように困っていた自分と猫を助けてくれた誰か。
(そっか……思い出した。あの時の男の子は……)
ようやく思い出す。忘れていた、思い出せずにいた出来事。なぜかリコを見ることでそれを取り戻すことができた。
「どうかしたのか、古手川?」
「っ!? な、なんでもないわ……それよりあなたの方はどうなの? 最近なにか楽しいこととかなかったの?」
知らず考え込んでしまっていたのか。リコに話しかけられて体が跳ねてしまうも何とか切り返す。自分の話ばかり聞いてもらっていては申し訳がない。なぜか自分もアドバイスできるようなことがあれば。
「楽しいことか……うん、最近は少し楽しいことが増えてきたかな。ちょっと騒がしすぎるような気もするけど……」
どこかしみじみとしながらも満更でもなさそうにリコは話してくる。同時に今までは楽しいことがなかったのだと悟るには十分すぎる雰囲気。そこからはお互いの好きなもの、苦手なもの、色々なことを話し合った。自分はあまり社交的な方ではないのだがこの子に対してはどこか話しやすい。波長が合うというのだろうか。そんな中
「……あ」
「どうしたの?」
「い、いや……ちょ、ちょっとトイレに行きたくなって……」
「そうなの? ならここからちょっと先に行ったところにトイレが」
「ご、ごめんちょっと行ってくる!」
そう言いながら全速力でリコはトイレに向かって走って行ってしまう。乙女の恥じらいも何もあったものではない。よほど慌てていたのか男子トイレに間違えて入りそうになり、慌てて女子トイレに駆け込んでいる。どれだけ我慢していたのか。
(そういえば、まだ連絡先とか聞いてなかったわ……戻ってきたら聞いてみようかしら……)
自分の膝の上でごろごろしている助けた子猫と戯れながらそんなことを考える。だがいつまでたってもリコは戻ってこない。何かあったのだろうか。そのまま子猫を抱いたまま女子トイレまで向かうもまだリコは出てこない。いくら何でも遅すぎる。
「リコさん? 何かあったの?」
女子トイレに一歩踏み込みながらそう声をあげるも返事はない。だが確かに個室は一つ使われている。もしかしたら紙がなかったりしたのだろうか。しかし変わらず返事はない。意を決して個室のドアに直接ノックをしようとしたその瞬間
「……何をしているんですか、古手川」
「え!? あ、あなたは……ヤミさん……!?」
いきなり背後から声をかけられ変な声をあげてしまうもすぐにその人物が見知った人だと気付く。見間違えるはずのない金髪に紅い瞳の少女、ヤミ。同じクラスメイトでもある。だが驚くのは仕方ない。なぜ彼女がこんなところにいるのか。
「なんであなたがこんなところに……? 何か用……?」
「…………」
だがヤミはしばらくその場で黙り込んでしまう。その視線は自分ではなく、使用中の個室に向けられている。それがいつまで続いたのか
「……貴方が探している女の子ならさっきトイレから出てきましたよ。用事があるから先に帰ると」
ヤミはそう淡々と告げてくる。思わずこちらの方が目をぱちくりさせてしまうほど。
「あ、あなたあの女の子と知り合いなの?」
「ええ、残念なことに。ですのでもういいですか? 私もトイレに行きたいので。一緒に行きますか?」
「い、いえ結構です! あ、それじゃあ今度学校であの子の連絡先教えてもらっていい?」
「分かりました。では」
そのままヤミはトイレに行ってしまう。色々と腑に落ちないところはあるが連絡先を知っているのは間違いだろう。そんな嘘をつくような子でないことは知っている。もしかしたら子猫と遊んでいるうちにトイレから出ていくのを見逃してしまったのかもしれない。それよりもひとまずはこの子猫の親を探してあげなければ。
古手川唯はそのまま新たにできた友人に心を躍らせながらもその場を後にするのだった――――
「…………もう出てきてもいいですよ、結城リト」
静まり返ったトイレの中でどこか呆れ気味な声とともにヤミの前の個室のドアがゆっくり開いていく。まるで泥棒が出てくるような有様。だがそれはあながち間違いではなかった。
「ほ、ほんとに大丈夫なんだよな……? 古手川も、他に女の人もいないんだよな?」
「ええ、あたりに貴方以外には怪しい人影はありません」
「…………そ、そうか。とりあえず助かったよ、ありがとう」
絶賛不審者扱いされている自分に辟易しながらもひとまずは安堵するしかない。古手川と接触したのはいいがあの瞬間、男女チェンジくんの効果が切れる前兆である感覚が全身を駆け巡ってしまった。あのままその場を去りたかったがタイミング的に間に合わないことからトイレにぎりぎり駆け込んだ形。だが間に合ったはいいものの男に戻ってしまいトイレから出られなくなってしまった。まさに絶体絶命。その窮地にさっそうと現れた救世主、女神が目の前のヤミなのだが全く感謝する気が失せてしまったのはなぜだろう。
「でもいきなりはぐれてどこに行ってたんだよ? っていうかなんで俺の場所が分かったんだ?」
「貴方の服には発信機を付けているので。はぐれたのは貴方のせいです。おかげでここに来るまでに時間をかなり消費しました」
「オレのせい……?」
ヤミの理解できない言葉に首をかしげる。発信機については思うところはあるが護衛対象なので仕方ない。だが何故それならすぐにここに来れなかったのか。発信機があるならすぐ居場所はわかるだろうに。そんな疑問を口にしようとするも
「あ、やっと見つけたリト! 男の子に戻ったんだね!」
「ラ、ララ!? ちょっとま」
てという間もなくとらぶるが発動し、その場を転げまわってしまう。トイレからは出ていたのでまだマシだがそれでも外出中のとらぶるは勘弁してほしい。幸いにも他に人はいないので助かったが下手したら公然わいせつ罪で逮捕されてしまいかねない。
「そうだ、どうリトこの下着? 気に入ってくれた?」
「ああ……できればこんな形で見たくはなかったけど……」
「そっかよかったー♪ 直接じゃないけどこれはこれでいいかも♪」
何がいいのかわからないがとりあえず速やかにララの胸から手を放し、よろよろと起き上がる。まさかこんな形で自分が男に戻ったことを実感させられるとは思いもしなかった。そんな自分の胸中を悟ったのか
「そういえばリト、やっぱり女の子のほうがよかった?」
ララはそんなことを尋ねてくる。確かに不便なことも多かったが、いいこともあった。ラッキーすぎるのは怖いが、とらぶるの心配がなくなるのは本当に魅力的。だがそれでも
「いや……やっぱり男のほうがいいな。落ち着くし……それに女じゃララの婚約者候補になれないだろ?」
服の埃をはたきながらそう答える。生まれてから男だったそれを否定するなんてありえない。何よりも女になったらララの婚約者候補の振りができなくなってしまう。それはできない。そのおかげで今の自分があるのだから。
「そっか! なら仕方ないね! じゃあ残りの分も消費しちゃおうか!」
「そ、それは勘弁してくれ! せめて家に帰ってからにしよう!」
「えー? ほんと? またトイレに逃げたりしたらダメだよ? お風呂でも一緒に入っちゃうんだから!」
自分の言葉になぜか上機嫌になりながら自分に迫ってくるララを制止することに精一杯。とにもかくにも家に戻らなければ。だが
「……とにかく早く着替えたらどうですか、結城リト。端的に言って今の貴方は校長を超えるへんたいになっていますよ」
汚物を見るような目でヤミから絶対零度の宣告が突き刺さる。いわれてようやく今の恰好に気づく。女性の恰好をしたままララに襲い掛かっているまごうことなきヘンタイ。下着が女物であることでその異常性は限界突破している。
結局その後、自分の服をララがどこかに忘れてしまっていることが判明し、衆目に女装を晒しながら帰宅するか、全裸で妹の前に醜態を晒すかの究極の二択を迫られることになる。そのどちらを選んだかはもはや口にするまでもない。
それが結城リトのとらぶるな休日の終わりだった――――