もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第二十話 「予言」

(よし……今日はカレーでも作ろうかな、ララさんも食べていくって言ってたし)

 

 

髪をくくり、エプロンを着ながらいつものように夕食の準備に取り掛かる。時間は夕方の四時を回った頃。まだリト達は帰ってきていない。高校生であるリト達より小学生の自分の方が学校は早く終わるので、リト達が帰ってくる前に夕飯の準備を始めるのがわたしの日課になっている。

 

 

(でもララさん、帰りにリト達と遊んでくるって言ってたから帰ってくるのはいつもより遅くなるかな?)

 

 

野菜を洗いながら先ほどのララの言葉を思い出す。自分が帰ってくるのと入れ替わるようにララも家にやってきていた。どうやら今日は直接学校に迎えに行く気だったらしい。止めるべきか悩んだが楽しそうにしているララに水を差すのも悪い気がしたのでそのまま送り出した。後はリトが何とかしてくれるだろう。そんなことを考えていると二階から物音が聞こえてくる。

 

 

(……まだリト達は帰ってきてないし、ララさんは今出て行ったばっかり。じゃあ、誰が……)

 

 

知らず緊張が走る。二階にはララがいつも行き来に使っているワープの機械がある。物音自体は聞きなれているがそのララは出かけたばかり。なら誰が。可能性はほとんどないが不審者の可能性もゼロではない。息を潜めながら階段のあるドアを見つめていると

 

 

「…………お邪魔します、美柑さん」

 

 

ぴょこ、と見慣れている黒い尻尾とともに一人の少女が恐る恐るといった様子でこちらに顔を覗かせてくる。

 

 

「モモさん……?」

 

 

ララの双子の妹の一人であるモモが突然現れたことに目をぱちくりさせてしまう。確かにワープを使えばデビルークの誰でも家にやってくることはできる。しかしそのほとんどはララであり、たまにナナが遊びに来る程度。モモが最後にやってきたのは確かナナがリトを強引にデビルークに連れて行ってしまった時。それ以来全く姿を見ていなかったのにどうして。

 

 

「……今、ここにいるのは美柑さんだけですか?」

「そうだけど……どうしたの? リトやララさんならもう少ししたら戻ってくると思うけど」

「そうですか、よかったです……」

 

 

きょろきょろとあたりを見渡していたモモは自分の言葉を聞いた瞬間、なぜか安心したようにため息をついている。でもこっちは何が何だか分からない。どうしてリト達がいないのに喜んでいるのか。

 

 

「……? よく分からないんだけど、リトやララさんに会いに来たんじゃないの?」

「は、はい……実はわたし、美柑さんに会いに来たんです」

「わたしに? どうして?」

 

 

ますます分からない。モモがわたしに何の用があるのか。言っては悪いが自分とモモはそんなに仲がいいわけではない。嫌いとかそういう以前にほとんど交流がない。まだナナの方が親しいだろう。そんなモモが自分に用事なんて。何かあったのだろうかと緊張するも

 

 

「そ、その……リトさん、わたしのこと怒ってないでしょうか……?」

「え……?」

 

 

そんなよく分からない、予想していなかったモモの言葉によって呆気に取られてしまう。

 

 

「一体何の話……? モモさん、リトを怒らせるようなことをしたの?」

「そ、それは……はい。前、リトさんがナナと一緒にデビルークに来られた時にその……失礼なことをしてしまって……それより前からもちょっと色々と……」

 

 

よっぽど罰が悪かったのか、ごにょごにょと口ごもり、指をもじもじさせながらモモはそんなことを告白してくる。そんな姿を見てようやく事情が見えてきた。

 

 

(なるほど……リトに嫌われたかもしれないと思ってたから最近こっちに来てなかったのか……)

 

 

どうやらリトに嫌われてしまったと思ってこちらには来ないようにしていたらしい。今ここに来たのもリトやララに会いに来たのではなく、妹であるわたしにリトの様子を聞きたかったからなのだろう。わたし以外に聞ける相手がいなかったのもあるだろうが。

 

 

(リトに怒られるようなこと、か……やっぱりとらぶる関連かな……)

 

 

すぐにあたりを付ける。リトが怒ることなんて滅多にない。なら可能性があるのはとらぶる関連だろうか。確かモモはリトのとらぶるに興味津々だったはず。夜に家にやってきているのを何度か見かけたこともある。結局ヤミに追い返されていたようなので知らんぷりをしていたが、ヤミ風に言うならえっちぃことをリトにしたのだろう。

 

 

(釘を刺すのなら怒ってるって伝えた方がいいんだろうけど……)

 

 

モモの行動に釘を刺すのならリトが怒っていると伝えた方がいいだろう。そうでなくともリトのえっちぃさは最近増すばかり。これ以上不安要素を増やすのはリトにとっても妹の自分にとってもよろしくない。だが

 

 

「…………」

 

 

捨てられた子犬のように不安げにこちらを見つめているモモの姿を見て、そんな気はなくなってしまう。いつか見たような小悪魔さ、おしとやかさは欠片も残っていない。それが演技でないこともわたしには分かる。

 

それはデビルーク人の特徴である尻尾。ララやナナと接する中でそれが感情の起伏を表現してしまう物なのだと気付いた。例えは悪いが、犬の尻尾のようなもの。嬉しい時には揺れて持ち上がり、逆に悲しい時などはへたり込んで下を向いてしまう。モモの尻尾は今は下がったまま。本当に反省して落ち込んでいるのは間違いない。

 

 

「……心配しなくても大丈夫、リトは怒ってないよ。そもそもリトが誰かを嫌いになることなんてないと思うし」

「っ! ほ、本当ですか?」

「本当。妹のわたしが保証してあげる」

「そ、そうですか……よかった……」

 

 

ようやく肩の荷が下りたのか、胸に手を当てながらモモは安堵している。どうやら根は良い娘のようだ。ララの妹でナナと双子なのだから当たり前と言えば当たり前かもしれないけど。

 

 

「でもえっちぃことはほどほどにね。嫌いになることはなくても怒ることはあるから。ララさんも最初に会った時、リトに怒られてるし」

「お、お姉様がですが……? リトさんが怒っているのもですけど、お姉様が怒られているのも想像できませんね……」

「まああの時はリトも色々溜まってたみたいだし、すぐにララさんに謝ってたのもリトらしいといえばリトらしいけど……」

 

 

言いながら当時の光景を思い出す。そういえばあれからもう三か月が経っている。最初はどうなることかと思ったが今のところは何とか上手くいっている。心労的な意味ではリトの負担は増えているかもしれないがまあ何とかなるだろう。問題があるとすれば二人がちゃんと婚約者候補の振りが続けられるかどうか。その契約がちゃんと果たせるかどうか。しかし

 

 

 

「そうですか……じゃあその時からリトさんとお姉様は婚約者候補の振りをされてるんですね」

 

 

そんなわたしの考えを読んだかのようなタイミングでモモはそんなことを告げてくる。思わず手に持っていた野菜を落としそうになってしまった。

 

 

「モモさん、それは……」

「あ、ごめんなさい! 心配しなくても大丈夫です、他の誰にも言ったりしませんから。ただお母様とナナももうそのことは知っているので」

「……そうなんだ。やっぱり無理があったのかな」

「そうですね、お姉様ですから。知らないのはお父様と……ヤミさんぐらいでしょうか。お父様もどうか怪しいですけど」

「そう……そこまでいったらもう隠す必要もないかもね」

 

 

額に手を当てながら溜息を吐くしかない。最初からずっとだまし続けれるとは思っていなかったがまさか三か月も保たないとは。ここまでいくと呆れを通り越して笑ってしまいそうだ。

 

 

「そういえば美柑さん、婚約者候補の振りをしてくれるように言ってきたのはやっぱりお姉様だったんですか?」

「そうね。お見合いばっかりさせられて、それから逃げるためにリトに婚約者候補になってほしかったみたい」

「お姉様らしいですね。でもリトさんがそれを了承したんですか? リトさんの性格を考えるとちょっと……」

「……リトは断ったんだけどね。わたしがちょっと強引に二人に婚約者候補の振りをするように勧めたの」

「美柑さんが……?」

 

 

エプロンを脱ぎ、いったん料理を中断しながら台所からリビングに移動する。本当なら黙っていた方がいいことなのだがいいだろう。ナナならともかくモモになら話しても二人に漏れるようなことはないだろう。

 

 

「リト、中学二年だから……二年前からこの春までずっと半分引きこもりみたいになってたの。学校には行ってたんだけど、友達は一人もいないしずっと一人きりだったみたい。わたしに心配かけたくないからリトは何も言ってこなかったけど」

 

 

思い出すのはかつての兄であるリトの姿。本当は辛いのにわたしや家族に心配かけまいと無理にふるまっていたのを今も覚えている。

 

 

「それは……もしかして、とらぶるの」

「そう。わたし達は知ってるからいいけど、他の人には分からないからそうなっちゃうのは仕方ないでしょ? そのせいでとらぶるはリトにとってはトラウマみたいなものだったみたい」

「そうですか……じゃあわたしは」

「あ、それは前の話だから! どっちかっていうとそれで女の子を泣かせちゃったのが堪えたみたいで、今はララさんのおかげでとらぶる自体にトラウマがあるわけじゃないから、そんなに気にしなくてもいいよ。リトも気にしてないだろうし」

 

 

興味本位でリトのトラウマを抉ってしまったのではと思ったのか、モモが意気消沈しかけるのを慌てて何とか励ます。

 

 

「それでほら、ララさんはああいう性格でしょ? リトにとらぶるされても怒らないし、とらぶるのことも信じてくれる。だからララさんならリトとも仲良くなってくれるんじゃないかって思って婚約者候補の話を勧めたの」

 

 

話題を変える意味でも自分の考えをモモに明かす。出会いはめちゃくちゃだったがあれはもしかしたら運命だったのかもしれない。あれだけどうしようもなかった状況のリトが今の状態にまで戻ったのだから。

 

 

「あとは……うん、もしかしたら婚約者候補の振りをしてる間に二人が本当の婚約者候補になれるんじゃないかって期待もあったんだけどね」

 

 

余計なお世話だと分かっていながらもそんな期待もわずかにあった。とらぶるを持っているリトと接してくれる女の子なんてきっとララさん以外にはいないと思ったから。ただその見通しは少し違っていたかもしれない。もしかしたら、ララ以外にもその可能性があるかもしれない女の子が現れている。そんな中

 

 

「っ! やっぱりそうだったんですね! 美柑さんもお母様と同じことを考えてるなんて!」

 

 

それまでの落ち込みっぷりが嘘のようにモモは突然そんな大声をあげてくる。だがこっちは何が何だか分からない。いったい何をそんなに喜んでいるのか。

 

 

「え? い、いったい何のこと……?」

「ですから婚約者候補の振りのことです。実はお母様から言われたんです。わたし達が婚約者候補の嘘を知っていることをリトさんとお姉様にはばれないようにしなさいって」

「二人に……? それってもしかして」

「そうです! 理由はさっきの美柑さんが仰ったことと同じ。お姉様が婚約者候補の振りをする中でリトさんに好意を抱くようになるのを期待してるんだと思います!」

 

 

どこか興奮気味にモモは捲し立ててくる。恋に興味がある年頃だからか、それとも自分の姉の恋路の話だからなのか。一応乙女である自分が一歩引いてしまうぐらいモモは盛り上がっている。何でも双子であるナナはお子様だから気付いていないとかなんとか。この話題を共有できる誰かがほしかったのかもしれない。

 

 

「そ、そうなんだ……でもちょっと意外かも。モモさんのお母さんってそういうことには反対する人かと思ってたんだけど」

 

 

たじたじになりながらも素直な本音を口にする。まだ会ったことはないがリトやララからの話からセフィは恋愛に関しては古風な、厳しい人なのかと思っていた。なのにこんな積極的な、策を講じるようなことをするなんてイメージとは違うのだろうか。

 

 

「いいえ、お母様は貞操観に関しては厳しいですが、こと恋愛に関してはその限りではありません。現デビルーク王であるわたしのお父様もかつてはとてもモテて、婚約者もいたらしいんですが、お母様はそんなライバルたちを押しのけてお父様と結婚されたらしいですから」

「へ、へえ……凄い人なんだね……」

「はい、わたしが一番尊敬している人ですから♪」

 

 

ここにはいないセフィに心を寄せているのか、モモは上機嫌に尻尾を揺らしながら手を組んでいる。なんでも『欲しいものを手に入れるために最大限の努力をすること』がセフィの信念であり、モモもそれを目指しているらしい。

 

 

(なるほど……モモさんの性格はセフィさん譲りだったってことか……じゃあララさんとナナさんは性格的にはギドさんに似てるってことなのかな……?)

 

 

この娘にしてこの親あり。意外な共通点とセフィの一面を知りながらも納得できる部分も多い。確かセフィはギドに代わって政務を担当していたはず。なら交渉や腹の読み合いはお手の物のはず。逆にララやナナの純粋さは父親であるギド譲りなのかもしれない。

 

 

(でもやっぱりギドさんモテてたんだ……小さい姿しか見たことないから想像できないけど、宇宙で一番強い人なんだら当たり前かもね……)

 

 

ギドがいれば今もモテていると突っ込みが入りそうなことを考えながらも想像する。宇宙で一番強いデビルーク星の王。これでモテないほうがおかしい。破天荒な性格をしてるがあれはあれで魅力的なのかもしれない。リトによるとかなりの女好きらしい、それもあって争奪戦はすさまじかったに違いない。だがふと脳裏に変な光景が浮かぶ。その争奪戦の中に巻き込まれながらふらふらになっている見たことのある兄の姿。

 

 

(…………あながち否定できないところが怖いかな)

 

 

なかったことにしたいがあまりにも鮮明すぎるビジョンに頭を悩ますしかない。まだ片鱗程度だがその予兆が見える。もしかしたらデビルーク王になる者の宿命なのか。

 

 

「? どうしました、美柑さん……難しい顔をして」

「ううん、何でもない。それで、モモさんはそれをわたしに話してどうしたいの?」

「決まってるじゃないですか! わたし達の手でリトさんとお姉様の恋を応援してさしあげるんです!」

「わたし達で……? でもまだ時間はあるし、しばらくは様子を見た方が」

「甘いですよ美柑さん! お姉様の鈍感さではそのまま三年過ぎてもおかしくありません! 恋はスピードが重要ですから!」

「それは分かるけど……何気にララさんに失礼なこと言ってるのに気づいている?」

 

 

わたしの言葉はもはや聞こえていないのかモモは一人でテンションを上げてしまっている。しかしそれは正しいだろう。残念ながら今のところララにはリトに対する恋愛感情は見て取れない。もしかしたら恋愛感情というものが何なのか、ララ自身がまだわかっていないのかもしれない。だがリトは違う。

 

 

(ちょっと前から……明らかにリトはララさんを意識してる。もしかしたらデビルークでセフィさんに何か言われたのかも……)

 

 

最近リトの様子がおかしいことに気づいた。リトがララのことを目で追う回数が増えたこと、何よりとらぶるの際の態度がおかしい。とらぶる自体には慣れ始めてきていたのに最近はまた目に見えて恥ずかしがってきている。明らかに異性としてララを意識している証拠。

 

 

「わたしは遠慮しておく。でもモモさんが動くのは止めないから好きしていいよ」

 

 

それがわたしの答え。不干渉宣言。誰かの味方にもならないし、敵にもならない。だからリトのことも伝えない。ちょっとずるいかもしれないが結局はあの二人の問題なのだから。

 

 

「分かりました。任せてください、きっと美柑さんが喜ぶような結果を約束します!」

「それは嬉しいけど……いきなりリトに会いに行って大丈夫? リト、モモさんのこと嫌ってはないけど苦手には思ってるはずだけど」

「うっ……だ、大丈夫です! ちゃんと作戦は考えてあります! それじゃあ準備がありますのでわたしはこれで……お邪魔しました、美柑さん!」

 

 

目を輝かせ、ガッツポーズを取りながら足早にモモは階段を駆け上がりデビルークへと帰って行ってしまう。夕飯を食べていくか誘う暇もない素早さ。嵐が過ぎ去ったような静かさを感じながら、冷蔵庫からアイスを取り出し口に含む。思うのはただ一つ。

 

 

 

「…………ミイラ取りがミイラにならなきゃいいけど」

 

 

 

確信にも似た予言。それがどうなるか気にはなりながらも、当人たちが帰ってくる前に美柑は夕食を再び作り始めるのだった――――

 

 


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