もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第二十二話 「決死」

(もうこんな時間か……そろそろララがやってくる時間だな)

 

 

ちらりと壁にかかっている時計に目を向ける。時刻は朝八時前。いつもならそろそろララがやってくる時間帯。それまでは朝食後、読書をしながら過ごすのが自分の高校生になってからの日課となっている。そしてその本の内容も現在は多岐に渡っている。

 

 

(最近読まなきゃいけない本の量がどんどん増えているような……やっぱり古手川の勧めてくる本が多くなってきてるのが原因かな……)

 

 

うーんと頭をかきながら手にしている本に目を向ける。それはいつもナナに借りている動物関係の本ではなく、小説。しかもおよそ男性が読まないような恋愛小説。古手川に勧められた本の一つ。もちろん直接ではなく、メールによって女である自分……というのもおかしいがリコに対して勧められた本だった。

 

 

(やっぱり慣れないことはするもんじゃないな……でも読んだ感想を催促してくるし、っていうか古手川もこういう本読むんだな、意外というかなんというか……)

 

 

軽い気持ちで読んでみると返信したのだが、次の日からどこまで読んだのか、面白かったのかどうかを尋ねるメールが頻繁に来るようになってしまった。自分で蒔いた種とはいえいろんな意味で疲れてしまう。下着のお勧めを聞かれるよりはマシだと思うしかない。あと何でも少年漫画に興味があるらしくお勧めはないかと聞かれたので自分が読んでいるものを勧めていおいた。思ったよりも変わった趣味をしているのかもしれない。

 

 

(でもいったい何があったんだ……? 古手川がオレに挨拶してくるなんて……)

 

 

気にかかるのは最近の古手川の態度。ある日から毎日ではないにせよ、すれ違う時に挨拶をしてくることがある。目を合わすことはないし、面と向かってでもない社交辞令的なもの。しかし明らかにおかしい。今まではそんなことなかったのに何があったのか。聞きたいのは山々だが挨拶をしてくれるようになっただけで仲が良くなったわけでもなく、仲直りができたわけでもない。そんなこんなでただ戸惑うことしかできていないのが現状だった。

 

 

(ヤミもいつの間にか古手川と仲良くなってるみたいだし……でも何も教えてくれないんだよな……何か知ってるかと思ったんだけど)

 

 

本から盗み見るように自分と同じように読書をしているヤミを観察する。いつもと変わらず静かに黙々と読書にふけっている見慣れた姿。もはや日常の一部。だが最近、ヤミをとらぶるに巻き込む頻度が増えてしまっている。自分が油断してしまっていることもあるがそれ以上にヤミと自分の距離が以前より近くなってしまっているのが原因だろうか。幸いにも場所が屋上で人目に触れないので助かっているが教室でとらぶった日にはどうなるか分かったものではない。気を付けなければ。

 

 

(……? それにしてもララの奴遅いな。いつもならもうとっくに来てる時間なのに……)

 

 

ふと気づく。もう時間は八時を回ってしまった。いつもなら元気な声とともにやってきてこちらを巻き込んでくるのにその気配が全くない。嵐の前の静けさがずっと続いているような状況。知らず視線は階段の入り口に向かってしまう。何かあったのだろうか。

 

 

「……さっきなら何をそわそわしているんですか、結城リト。トイレですか?」

「えっ!? ち、違うって……ただちょっと……」

「ララさんが来るのが遅いからそわそわしてるんでしょ? 待ち人来たらずってカンジ?」

「そ、そんなんじゃないって……ララが来てくれないと今日のとらぶるが消費できないからさ」

「……ふーん、それはそれで問題がある気がするけど、そういうことにしておいてあげる」

「朝からえっちぃですね」

「お、お前らな……」

 

 

好き勝手言ってくれる二人に反論するも勝ち目は全くない。仲がよすぎるのも考え物かもしれない。ヤミが家に住むようになってから自分の発言力がなくなってきている気がする。元々なかったような気もするが気のせいだと思いたい。とりあえずこのままではいたたまれないので一旦リビングから離れようかと思ったとき

 

 

「……お邪魔します」

 

 

そんな聞いたことのある声とともにピンク色の少女が姿を見せてくる。だがそれは自分が思っていた少女よりも少し小さな少女。

 

 

「ナナ……? どうしたんだこんな時間に……?」

 

 

突然現れたナナに驚くしかない。ナナがやってくること自体は珍しいことではない。現に何度も遊びに来ているが平日のこんな時間に来ることなんてない。学校があることはナナも知っているのだから。だとすれば考えられるのは一つだけ。

 

 

「もしかして……前みたいにララが用事で来れないから、代わりに来てくれたのか……?」

 

 

若干及び腰になりながら恐る恐る尋ねる。思い出すのはあの惨状。自分のとらぶるを消費させてくれようとしてくれたナナとのいざこざ。気持ちは本当にうれしいのだができれば平手打ちは勘弁してほしい。そんなことを考えるも

 

 

「……違うぞ。姉上が来れないのはあってるけど、用事じゃない。姉上は今日は病気で来れないんだ」

「え?」

 

 

ナナはそんな予想外の言葉を告げてくる。一瞬何を言っているのかわからずポカンととしてしまうが仕方ないだろう。それほどまでにララに病気という言葉が結びつかなかったのだから。

 

 

「びょ、病気って……ララが? でも確かデビルーク人って体が強いって前言ってたじゃないか……じゃなくて、ララは大丈夫なのか!? もしかしてひどい病気なんじゃ……ぶっ!?」

「落ち着いてください。そのままではプリンセスナナととらぶりますよ」

「……はい」

 

 

詳しい話を聞こうとするもそれよりも早く金色の髪によって足を絡み取られフローリングとキスする羽目になってしまう。確かに慌てていたし、あのままではナナをとらぶるに巻き込んでしまいかねなかったのだがもう少し優しくしてくれないだろうか。一応護衛対象のはずなのだが。

 

 

「だ、大丈夫かリト……? 思いっきりコケてたけど……」

「へ、平気だ……転ぶのだけは慣れてるし……それよりもララはどうなんだ? いったい何の病気に」

「えっと、デビルーク風邪っていうのにかかっちゃったんだ。高熱が出る病気で……あ、でもそんなに心配しなくても大丈夫だぞ! 数日で治る病気だし、デビルーク人しかかからない病気だからリト達にうつることもないしな!」

「そうか……ならいいんだけど」

 

 

自分たちを心配させまいとしているのか若干オーバー気味にリアクションをとっているナナの姿を見て、こちらも少し安心する。どうやら大きな病気ではないらしい。何でもウイルス性のデビルーク人しかかからない特有の病気で高熱が出る、地球でいうインフルエンザのようなものらしい。

 

 

「姉上が行けなくてごめんねって言ってたぞ……姉上ったら熱が出てるのにこっちに行こうとして、止めるの大変だったんだからな。頑固なところがあるからなー姉上」

 

 

呆れているのか心配しているのか。困った顔をしながらナナはため息をついている。容易に想像できる光景。きっと止めるのは大変だったに違いない。

 

 

「とにかく、二、三日は姉上は来れないから。もし来てもデビルークに帰るように言ってくれよな。リトの言うことならきっと姉上も素直に聞いてくれると思うし」

「わ、分かった……ララにも心配しないでいいからって伝えてくれ、あとお大事にって」

 

 

一応見張ってるけど抜け出してくるかもしれないからと言うナナに苦笑いするしかない。確かにララならやりかねない。きっと自分のとらぶるを消費することができないことを気にしているのだろう。病人に向かってこっちの心配はしないでいいと伝えるのも妙な話だが仕方ない。

 

 

「伝えておく……そ、それと、ごほんっ! 悪いけど今回はあたしは姉上の代わりはできないからな。また叩いちゃいそうだし……母上にも言われたからさ」

「あ、ああ! うん、気にしないでいいって! 今まではとらぶるを消費できないのが当たり前だったんだし、二、三日ぐらいどうってことないさ!」

「……全然説得力ないけどね」

 

 

美柑の突っ込みを完全に無視しながらとりあえず安堵する。前のようなことにはならずに済みそうだ。どうやら前にセフィに怒られたことが効いているらしい。純粋に自分を心配してくれているのは分かるのだがやはりとらぶるはナナにはハードルが高すぎる。そもそもそれを軽々超えられるララが普通ではないのだが。

 

 

「あ! あとちゃんと約束は守れよ! もう父上と母上には許可をもらったんだからな!」

「分かってるって……もう行く準備はできてるから心配しなくても」

「し、心配なんてしてないぞ! 美柑とヤミも大丈夫か? もうすぐだぞ!」

「わたしは大丈夫だよ、ナナさん」

「右に同じです」

 

 

思い出したようにナナは慌てながら自分たちを捲し立ててくる。それは今から一週間後から始まる夏休み。それに合わせて自分たちはデビルークに遊びに行くことになっている。数日ではなく夏休み期間中ずっと。いわゆるホームステイのようなもの。海外どころか異星にホームステイするのは地球で自分たちぐらいだろう。別にそれ自体は構わない(もうあきらめている)のだが気になるのは今回の件を提案してきたのだがモモらしいということ。以前食事会の前科もあるので油断はできないかもしれない。

 

 

「じゃああたしは帰るから! また明日、姉上の様子を伝えに来るからヨロシクな!」

 

 

腰に手を当て張り切りながらナナは走ってデビルークに帰って行ってしまう。ララとは違う意味で慌ただしいことこの上ない。まあそのおかげでララの病気のことで暗くなりかけた空気を変えていってくれたのだから感謝しなければ。

 

 

そんなこんなで、本当に久しぶりにララがいない一日が始まったのだった――――

 

 

 

 

「いただきます」

 

 

両手を合わせながら、いつものように屋上で昼食を食べ始める。あっという間に午前中の授業は終わってしまった。ただほとんど授業の内容は覚えていない。とらぶるに気を払わなければいけない緊張もあるが、それ以上に違うことばかり気にかかってしまっているからかもしれない。

 

 

(ララ、大丈夫かな……ナナは大したことないって言ってたけど……)

 

 

考えるのはララのこと。熱だけなので心配はいらないだろうがやはり気にかかる。授業中ももしかしたらいつかのように空を飛んでやってくるのではないかと窓の外ばかり見てしまい教師に怒られてしまった。とりあえず、今すぐこっちに抜け出してくるようなことはなさそうだ。ナナかモモが見張っているのだろうか。そんなことを考えていると

 

 

「――――聞いているのですか、結城リト」

「ぶっ!? な、何するんだいったい!?」

 

 

そんな不機嫌そうな声とともに金色の髪が首に巻きついてくる。突然の事態に思わず叫びをあげてしまう。

 

 

「それはこっちのセリフです。一体私が何度声をかけたと思っているんですか。その耳は飾りですか?」

「っ!? わ、分かった! オレが悪かったから耳を引っ張るのはやめてくれ!」

 

 

こちらを非難するようにジト目を向けながらヤミは変身によってこちらをいじってくる。ヤミは今、自分の隣で昼食を食べているところ。もちろんとらぶるの範囲外で。以前は給水タンクの上だったのだが今はそこが定位置になっている。時期はデビルーク王との喧嘩くらいからだろうか。下着を見られないようにするためらしいが冤罪だと抗議したい。それはともかく今はこの状況を何とかしなければ。

 

 

「はあ……いったい何の話だよ? 変身は反則だろ」

「それについてはそっくりそのままお返ししますが……私が言っているのは今日の貴方のことです。ずっと上の空で、何を考えているですか?」

「う、上の空って……そんなことは」

「なるほど……自分が上の空であることに気づけないほど上の空だったということですね……気づいていますか? 箸が全然進んでいませんよ」

 

 

言われてようやくそのことに気づく。ヤミはとっくに食べ終わっているのに自分は全然進んでいない。どうやら自分は思ったよりも重症らしい。これではどちらが病気か分かったものではない。とにかくしっかりしなくては。そんなことを考えるよりも早く

 

 

「…………仕方ありません。行きますよ、結城リト」

 

 

ヤミはその場から立ち上がり服を乱れを整えながら歩き始めてしまう。有無を言わさない動きと呆れ気味のオーラが滲み出ている。

 

 

「え? い、行くってどこに行く気だよ? まだ授業には」

「決まっているでしょう。貴方の上の空の原因を取り除きに行くんです。早退になりますが、今のまま授業を受けたところで意味がないでしょうし」

「早退って……あ」

 

 

そこまで言われてようやく気付く。ヤミがどこに行こうとしているのか。何を言おうとしているのか。はっきり言えばいいのに恥ずかしいのかこっちを振り向くことなくヤミはさっさと歩いていこうとしている。

 

 

「……ありがとう、ヤミ!」

「……勘違いしないでください。私もプリンセスが心配でしたから」

 

 

素直ではない主人思いの護衛に感謝する。目指すはデビルーク星。ララのお見舞いのために自分は生まれて初めて学校をサボることになったのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(全く……世話が焼けますね。もっと素直になればいいものを……)

 

 

自分の背後で弁当を片付けながら出かける準備をしている結城リトには呆れるしかない。そんなに気になるなら最初から学校に来ずに見舞いに行けば行けばいいものを。変な意地かそれともそんなことに気づけないほど上の空だったのか。何にしてもこのまま学校にいても意味はない。さっさとプリンセスに会いに行けばいいだけの話。デビルーク王はごっこ遊びだと言っていたがどうやら思ったよりは芽はあるのかもしれない。

 

 

(……何でしょうか? 胸が少し苦しいような……私も体調不良でしょうか……?)

 

 

知らず自分の胸が少し苦しいことに気づく。だがわからない。体調については欠かさずチェック済み。異常はなかったはず。なのに、この痛みは何なのか。そんなことを考えているも

 

 

「…………? いつまで待たせるんですか、あまり遅いなら先に行きますよ?」

 

 

いつまでたっても結城リトが動こうとしないことに気づく。ただ突っ立ったままこちらを見つめている。だがその様子は普通ではない。まるで何かを我慢しているかのように額には汗が滲み、体は震えている。

 

 

「どうしました、まさか貴方も体調不良ですか?」

 

 

プリンセスや自分だけでなく、まさか結城リトまで病気になってしまったのか。プリンセスナナの話ではデビルーク風邪はデビルーク人以外にはうつらないはずだが何か影響があったのだろうか。そのまま結城リトに近づこうとした瞬間、

 

 

「――――え?」

 

 

そんな素っ頓狂な声をあげてしまった。当然だ。そこにはなぜか結城リトが正座をしたまま自分に頭を下げている光景があったから。知識としてだけは知っている、土下座と呼ばれるこの国の謝罪の形。だが分からない。なぜそんなことをしているのか。とらぶるに巻き込まれたわけでもないのに何を自分に謝る必要があるのか。だがそれは

 

 

「あ――――」

 

 

一拍の呼吸が必要だったが、すぐに理解する。今の結城リトの状態。これからの目的。そのために必要なこと。

 

 

 

 

「…………一生のお願いだ、ヤミ。その………………とらぶる、させてください」

 

 

 

それが結城リトが生まれて初めて、恐らくは一生に一度だけ。誰かにとらぶるをさせてほしいとお願いした瞬間。

 

 

ちなみにそのしばらく後、彩南高校中に何かを叩くような音が響き渡ったという――――

 

 

 


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