もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】 作:HAJI
(ふう……今日も何とか終わりそうだ…)
教室の中、結城リトは心の中で大きなため息をつきながらも安堵する。今は六時限目。この授業が終われば放課後。ようやくこの状況から脱出することができる。いや、安心するのはまだ早い。むしろ問題は学校が終わってから家に帰るまでなのだから。
(ほんとにオレ、何やってるんだろう……? 学校に来てるだけなのに何でこんなに疲れるんだ……)
今更ながら自分の境遇に呆れてくる。本当なら勉強だけでなく友人を作り、楽しく過ごすことができるはずの学校生活は夢のまた夢。あるのはいかに他人と接することなく過ごすことができるかというゲームだけ。後三年間これを続けていくのを考えると憂鬱になってしまうが仕方ない。とにもかくにも今は迅速にかつ無駄ななく最短距離で帰路につくか。授業の終了三分前だが帰り支度を整えようとしたその時、
ピョコ、とどこかで見覚えのある黒い何かが窓の横を横切った気がした。
「…………」
何だろう……すごくいやな予感がする。つい数日前にも感じたもの。今の自分の生活を大きく変えるきっかけとなったピンクの悪魔、いや小悪魔の姿が脳裏に浮かぶまで時間はほとんど必要なかった。
「…………いるんだろ、ララ? 怒らないから出てこい」
「あ、もうばれちゃった? 流石リト! ちゃんと隠れてたのにな~」
小声で窓の外に向かって話しかけると、観念したようにひょこっとピンク髪の少女が目元だけのぞかせてくる。まるで鬼ごっこで見つかってしまったように舌を出しながらあちゃーといった風な宇宙のプリンセスことララ。一応隠れていたようだが尻尾で丸わかり。頭隠して尻隠さず……いや、尻尾隠さずだろうか。
「尻尾が隠れてないぞ。それよりも学校には来るなって言っただろ? 誰かに見つかったらどうするんだ?」
「大丈夫大丈夫! それにもうすぐ授業終わるんでしょ? ちゃんとそれに合わせて遊びに来たんだから!」
どうやらララなりに気を遣って遊びに来たらしいのは助かる。もっとも放っておけば学校に勝手にやってきかねないと分かりきっていたので授業が終わる時間を伝えておいたのは自分なのだが。だが今の状況は非常にまずい。学校の誰かにララを見られることも問題だが最悪言い訳はできる。問題は
「大丈夫じゃない! おまえ今空飛んでるだろうが! どう言い訳するんだよ!?」
今の自分がいる教室は三階。しかもベランダなどない。そう、今ララは空を飛んでいるのだ。
「え? それがどうかしたの?」
『ララ様、どうやら地球人は空を飛ぶことができないようです』
「そっか。じゃあこれからは誰かに見つからないように飛ぶね」
「そうじゃない! こっちでは飛ぶなって言ってるんだよ!?」
致命的なレベルでかみ合わないやり取りについ大声を出してしまう。異星間ギャップなのか天然なのか。おそらく後者の方だろう。ちなみに自分とララ以外の声も混じっているが何でもペケというララが作ったロボットらしい。今はララの髪留めになっているが元は小さな人形みたいな形。残念ながらララのストッパーになってくれるような存在ではないのが悩みどころ。とにかくここから離れるよう口にするとほぼ同時に
「さっきから何を独り言を言っているんだ結城!?」
「っ!? す、すみません!!」
授業をしている教師からついに注意を受けてしまう。ララの姿は見えていなかったのが不幸中の幸い。チラ見するとララはその場から離れていく。とにもかくにもこれで安心。しかしクラスの注目を浴びるのは勘弁してほしい。もっとも、これ以上悪評がたつことがないのは分かっているのだが。ただ気まずいのは
「…………あ」
「…………」
クラスの女子の一人と目が合ってしまったこと。すぐに視線を切るも気まずさを誤魔化せてはいないだろう。できればもう一度、ちゃんと謝りたいがきっと彼女は許してはくれないだろう。
そんなことを考えている間にチャイムが鳴り響き時間は放課後。今の自分に落ち込んでいる時間はない。自分が泣かせてしまった女の子、古手川唯から逃げ出すように教室を抜け出すしかなかった――――
「…………はあ」
「? どうしたのリト、元気がないね」
「っ!? きゅ、急に近づくなって!? 転んだらどうするんだ!?」
自分の隣でこちらの顔を心配そうに覗き込んでくるララに思わず仰け反ってしまうも慌てて距離をとらんとする。元気がないのは半分以上目の前の誰かさんのせいなのだが言っても無駄だろう。それよりもララと自分の距離が近すぎる。このままではまたやらかしてしまう。だが
「…………あれ?」
いつまで経ってもラキスケはやって来ない。その気配もない。こんな目の前にララがいるのに自分は転ばないなんてあり得ない。いったい何が。
「うん! とりあえず実験成功だね!」
そんな自分の姿を見ながらうんうんと頷いているララ。どうやらこの状況はララが原因らしい。しかし何が起こっているのか。
「じ、実験……? 何のことだ? もしかしてもう何か発明品を作ってきてくれたのか?」
「? ううん、違うよ? 発明品も考えてはいるんだけど完成させるにはもうちょっと時間がかかるかな。わたしが言ってるのは朝のことだよ?」
「朝……?」
「うん。わたし、朝リトと三回もシたでしょ? だから今日はもう大丈夫かなって」
「…………は?」
ララのさも当然だとばかりの爆弾発言に目が点になってしまう。いったいこの王女様はいったい何を口走っているというのか。
「な、何言ってるんだ!? オレ、そんなことララとはしてないぞ!?」
「え? ちゃんと三回はシたと思うけど……もしかして学校でとらぶるがまた起こったの?」
「と、とらぶる……?」
「リトが言ってた『らっきーすけべ』だっけ? 言いにくいから『とらぶる』って呼ぶことにしたの! こっちの方がかわいいでしょ?」
得意げに胸を張っているララに呆気にとられるしかない。確かにラッキースケベやラキスケに比べればかわいいかもしれないが正直呼び方なんてどうでもいい。トラブル、というのは間違いないのだから。そしてようやくララが何を言っているのか理解できた。
「もしかして……朝のことを言ってるのか?」
「そうだよ。リトにわたし、3とらぶるされたでしょ? あれ、実験だったんだ! あれで今日の分のとらぶるを消費できたらいいなと思って」
脳裏に今朝の出来事が蘇る。できれば思い出したくない記憶。それは朝起きて着替えようとした瞬間にララに襲撃される(ララにはそんな気はない)という予想だにしない事態だった。起きたばかりの自分はシャツとパンツ一丁。しかも朝の生理現象も絶賛発動中。そんな中女の子が部屋の中にやってきて自分に近づいてくる。そうなれば後は決まっている。自分のとらぶる(もうこの名称でいいか)の範囲に踏み込んできたララに対してとらぶるをかましてしまうだけ。しかも、落ち着いたにもか関わらずララはまた再び自分に近づいてくる。そんなこんなでもみくちゃにされながら、というか自分がララをもみくちゃにすること三回。それが実験であったことに少なからず感心するしかない。普段は天然だが一応発明家なだけはある。
「そ、そうだったのか……!? ならあの時ちゃんとそう言えよ!?」
「言おうとしたらリトが逃げちゃったんだからしょうがないでしょ?」
何で逃げたりしたのと言わんばかりのララに言い返したいところだがもはやそんな気力はない。想像すれば分かるだろうに。朝の状況は傍目に見れば自分がララを押し倒して襲っているとしか見えない光景。それを妹である美柑に見られるという羞恥プレイ。おかげで自分は朝ご飯を食べる間もなく、悶々としながら学校に行く羽目になったのだった。
「でもその様子なら学校でとらぶるもなかったんでしょ?」
「あ、ああ……今日は何も起こってないけど」
「良かったー! 三回で足りるか心配だったんだけどこれなら大丈夫そうだね。溜まったらまた言って! いつでもさせてあげるから!」
「ら、ララ……お前、意味が分かって言ってるのか?」
「? うん、何かおかしなこと言った、わたし?」
「いや……うん、何でもない……」
もはや突っ込む気にもなれない。周りに誰もいなくて本当に助かった。誰かに聞かれでもしたらしばらく往来を歩けないほどまずい会話をしていることにララは全く気づいていない。そういう知識が全くないのだろう。そのせいで何だが自分がとてつもなく悪いことをしているような気分になってくる。
(いや……もしかして、オレ……めちゃくちゃ最低なことしてるんじゃ……)
改めて考えると冷や汗が流れてくる。不可抗力とはいえ、何度も押し倒してしまうとらぶるに同い年の少女を巻き込んでしまっているのだから。しかも嘘の婚約者候補になるという条件と引き替えに。ララが嫌がらないのをいいことに好き勝手していると取られても仕方ないのでは。
「どうしたの、リト? さっきから黙り込んじゃって」
「……何でもない。とりあえず今日はありがとな。助かった」
「どういたしまして。明日からはどうする? 学校に行く前の方がいいよね?」
「っ!? いや、毎朝は勘弁してくれ! 本当に必要なときは、その、お願いするからさ!」
「そっかーでもいつでも言ってね! それとリトと会うときは例外だよ! 離れて話してても楽しくないから!」
満面の笑みを浮かべながらそう告げるララに思わず魅入ってしまう。本当に何の疑いもなく自分を信頼している姿。とらぶるという他人から避けられてしまう能力を持つ自分にここまで接してくれる人がいるなんて思いもしなかった。もちろん、それが宇宙人であるなどとは予想できるはずもなかったのだが。
(そういえば……女の子と並んで歩くなんていつ以来だろう……)
手を伸ばせば触れられるほどの距離で並んで女の子と歩いている。ただそれだけなのになんでここまで緊張するのか。瞬間、朝の感触が蘇ってくる。触れてしまった胸やお尻の感触。女の子の柔らかさと匂い。今まで考えないようにしてきたアレコレ。
(いやいや何考えてるんだオレ!? ララはオレの体を治してくれるのに協力してくれてるだけだぞ! 変な風に考えるな! そ、それだけなんだから……)
自分にそう言い聞かせてでもしなければやっていけない。何故なら宇宙人であることを除けばララは間違いなく美少女でありそのプロポーションも並外れている。あくまで自分とは契約というなの共犯者なのだから。
「そ、そういえば家の方どうなんだ? もうお見合いはしなくてよくなったんだろ?」
「そうだよ! おかげで今は発明に力が入れられるようになったし、遊ぶ時間も増えたんだから!」
「そりゃ良かった。でも、ちゃんと家に帰ってるのか? 何かこっちにばっかりいるような気がするんだけど……」
「ちゃんと家には帰ってるよ。でもこっちに来るのも楽しいから。リトやミカンにも会えるし」
「そうか……ならいいけど、約束は守ってくれよ」
「分かってるってば! でも残念だなー……わたし、リトと一緒に学校行ってみたかったのに」
若干不機嫌になっているララに苦笑いするしかないが仕方ない。どうやらララは当初の目的通り自分が婚約者候補になったことでお見合い地獄から解放されたらしい。それ自体は喜ばしいのだが何故かララはこっちに入り浸るようになってしまった。最初は居候する気満々だったのだが何とかそれは阻止した。そんなことになればどう見ても同棲、控えめに言っても婚約者候補どころでは済まなくなってしまう。先を読んで学校に転校してくるのも禁止した。これでしばらくはマシになるだろう。ただほぼ毎日こっちにやってきているのは変わらないので焼け石に水かもしれないが。
「しょうがないだろ。学校でとらぶるに巻き込んだらみんなに恥ずかしい姿見られちゃうんだぞ?」
「わたしは別に気にしないよ?」
「オレが気にするんだよ!?」
ララを転校させるわけにはいかない一番の理由を口にするも当人は全く気にしていない。ララが転入してくれば間違いなく自分に近づいてくるのは避けられない。自分はともかくララが恥ずかしい格好になるのは許容できない。羞恥心が全くないが一応女の子なのだから。
「全く……今までどんな教育受けてきたんだよ……」
「教育? うーん、色々かな? 王宮では専属の教師がいたし。でも勉強は退屈でつまんなかったなー。だから暇なときは発明したりして遊んでたの!」
「そうか……ところで、その、勉強って何してたんだ?」
「だから色々だよ? 数学だったり歴史だったり帝王学だったり……あ、わたしは工学が一番好きかな!」
「なるほどな……ちなみにその中に、保健体育とかあったか?」
「体育ならあったよ? わたし、身体能力には自信があるんだ!」
「……うん、そうだよな、だと思った…………親の顔が見てみたいよ、全く……」
がっくりと肩を落としながらもやっぱりかと納得するしかない。うすうす感づいていたが間違いない。この娘はまともな性教育を受けていない。どころか子供の作り方すら知っているかどうか怪しい。いや、もしかしたら知っていてもララの態度は変わらないのかもしれないが。だがそれでも親としてはどうなのか。思わず愚痴ってしまうのも仕方ないだろう。だが
「ホント? ならちょうどよかった! わたしもリトにこっちに来てほしかったんだ!」
「…………え?」
自分の呟きが聞こえたにも関わらず、ララは怒ることなくむしろ喜んでいる。一体を何を言っているのか、理解が追いつかない。分かるのは一つだけ。
「パパにリトを連れてきなさいって言われて、今日はそのために迎えに来たの!」
ララの婚約者候補になるということがどういうことか、自分は全く理解していなかったということだけ。
今、全く心の準備もできぬままリトのデビルーク星観光ツアーが始まろうとしていた――――