もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第三十三話 「名前」

(ふう……やっと落ち着いて座れたな……)

 

 

風呂上がりでさっぱりしているはずなのに出てくるのはため息ばかり。だが仕方ないだろう。それほどまでに今日は過密スケジュールだったのだから。

 

 

(地球に帰ったと思ったらすぐにデビルークだもんな……確かに約束してたけど、せめて一日休みが欲しかった……)

 

 

叶わないささやかな夢をあきらめながらベッドに腰掛ける。慣れた自分のではない、高級感あふれるベッド。今、自分はデビルーク王宮の客室にいる。今日の午前中、ララとヤミによって無事自分は地球に帰ることができた。色々と想定外のこともあったが一週間ぶりの帰還。しかし自分には安息は許されなかった。

 

 

『よう、遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぜ』

 

 

ケケケ、といつも通りの邪悪な笑みを浮かべているデビルーク王の迎えによって。

 

どうやら自分たちの帰還を待っていたようだがそれ以上に昼食にありつくことが真の目的だったのか。我が物顔に自宅を支配し、めちゃくちゃにしていくデビルーク王に呆気に取られるしかない。心配をかけてしまった美柑との再会も流れてしまう傍若無人ぶり。ララとヤミのおかげで何とかなったものの大きな子供の面倒を見ている気分。

 

そのまま迷惑をかけてしまったデビルークの人々、ナナやモモに無事を報告するためにデビルークを訪れることになった。セフィさんも心配して忙しい中帰ってきてくれていたのには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だがそのままあれよあれよという間に夕食をデビルークですることになり、なら泊まればいい、どうせ夏休みはデビルークで過ごす予定だったのだからという理由でそのままデビルークにお泊りすることに。はっきり言って倒れてもおかしくない強行軍。

 

 

(まさか本当に一緒に風呂に入ることになるなんて……とにかく、ザスティンさんと何もなくてよかった……)

 

 

心から安堵する。先ほどまで男同士の裸の付き合いということでデビルーク王と一緒に浴場に行ってきたところ。メアたちに連れ去られる前の続きなのでそれは構わないのだがやはり問題はザスティンさんだった。自分にとってはトラウマでありセカンドキスの人。加えてとらぶるはさらなる進化(悪化)を遂げている状態。最悪の事態も覚悟していたのだがどうやら流石に六回目はまだ発動しないらしい。まだ、といわなければいけないのが恐ろしいのだがもはやどうしようもない。

 

 

(それに……古手川からのメールも溜まってるな。一週間いなかったわけだし当たり前だけど……心配させちゃってるみたいだな)

 

 

そのままベッドに上半身を横にしながら携帯を見る。そこには古手川から自分……ではなく、リコに宛てたメールが何通も溜まっている。一応すぐに無事であることはメールしたのだがやはり騙しているのは心苦しい。二学期まではデビルークにいるのでメールする機会も少なくなるはず。夏休み中に一度会って、どうにかしなければ。もう一度女体化するのは気が引けるが背に腹は代えられない。個人的にも確かめなければいけないこともある。そんなことを考えていると

 

 

「おじゃましまーす! あ、よかったもうお風呂から上がってたんだね、リト」

「っ!? ララっ!? いきなり入ってくるなよ! びっくりするだろ!?」

 

 

ノックもなしにドアを勢いよく開けながら当然のようにララが部屋に入ってくる。ぎょっとしながらもララがちゃんと服を着ていることに安堵する自分はもうダメかもしれない。それはあきらめるとしてもいきなり入ってくるのは勘弁してほしい。こっちは健全な高校一年生なのだから。もっともそんなこと言ってもララには通じないのは明らかだが。

 

 

「まったく……それで、いったい何の用だ? 一緒には寝れないって前も言っただろ」

「えー? せっかくのお泊りなのにつまんないの。でも、今来たのは別の用事だよ」

「別の用事……?」

 

 

てっきりまた自分と一緒に寝たいと言ってくるのかと思ったがどうやら違ったらしい。全裸で寝ることは知っているので朝はこっちからララの部屋には行かないようにするのも自分の中で確認済み。それはともかく何の用事だろうか。そんな疑問は

 

 

「うん、ママがリトとお話がしたいんだって♪」

「…………え?」

 

 

嬉しそうにそう伝えてくるララによって氷解する。今の自分がどんな表情をしているのか分からない。ただ分かるのはまだ自分は休むことができないということだけ。

 

 

そんなこんなで二度目のデビルーク王妃のお部屋訪問が決定したのだった――――

 

 

 

 

「お待たせママ、リトを連れてきたよ!」

「お、お邪魔します……」

 

 

上機嫌なララとは対照的に、自分は緊張を隠しきることができない。なぜなら以前この部屋に来た時にはナナとモモと一緒にお説教をされ、セフィさんの前でみっともなく泣いてしまったのだから。決してセフィさんが苦手というわけではないのだがどうしても委縮してしまうのは避けられない。

 

 

「ありがとう、ララ。ごめんなさいね、リトさん。お疲れだとは思うけど、どうしても今回の件のことを聞いておきたかったんです」

 

 

いつかと変わらない、こちらを癒してくれるような雰囲気とともにセフィさんは自分を出迎えてくれる。その服装も寝間着で以前とは違って見える。親子ほど年が離れているはずなのにそれを全く感じさせない美貌と所作。

 

 

「い、いえ大丈夫です。オレも話しておかないといけないって思ってたんで……そういえば、デビルーク王は一緒じゃなくていいんですか?」

 

 

思わず見惚れてしまいそうなのを誤魔化しながら気になったことを尋ねる。デビルーク王にも関わってくる内容なので一緒に報告しておきたかったのだが姿が見えない。どこにいるのだろうか。

 

 

「ごめんなさいね。ギドはもう寝てるの。もともとこの時間には寝てる人だから」

「こ、こんな時間にもう寝てるんですか?」

「ええ、体が縮んじゃってる分、生活サイクルも子供になっているの」

「そ、そうなんですか……」

 

 

困ったものね、と苦笑いしているセフィさん。しかしよく考えたら当たり前かもしれない。身体は子供、頭脳は大人を地で行く存在なのだから。頭脳については疑問符も浮かぶが言わない方がいいだろう。

 

 

「それに最近はリトさんのことで夜更かしもしてたみたいだし、それもあるかもしれないわね」

「え……? オレのこと、ですか?」

「リトさんが攫われるきっかけを作ってしまったのはギドだったでしょう? ああいう性格だから本人は口に出さないけど、気にしてたみたいね」

「パパ、一生懸命リトの事探してくれたんだよ。おかげで助かっちゃった」

「そうなんだ……あのデビルーク王が」

 

 

聞かされてようやく気付く。どうやらデビルーク王は自分が攫われてしまったことを気にしていたらしい。護衛であるヤミを連れて行かなかった自分が悪いだけなのだが、夕食とお風呂に誘って地球に戻るきっかけを作ってしまったことに思うところがあったのだろうか。とにかくデビルーク王にも感謝しなければ。もっとも面と向かってお礼を言ってもからかわれるのは目に見えているので心の中だけにしておくが。

 

 

「だから私が代わりに話を聞くわ。話してくれるかしら、リトさん?」

 

 

一度目を閉じながらセフィさんはそう問いかけてくる。先ほどまでとは違う、デビルーク王妃としての顔。それに気圧されながらも何とかこれまでの経緯を話していく。

 

メアとネメシスの事。三つのプロジェクト。変身兵器の目的。とらぶるの正体。創造主と呼ばれているエヴァの存在。

 

 

「そう……本当に大変でしたね、リトさん」

「ま、まあ……そうですかね……」

「でもネメちゃんとメアちゃんは悪い子じゃなかったよ? ちゃんと仲直りもできたし」

「ふふっ、ララがそう言うんなら間違いないでしょうね」

 

 

ララの説明に思わず納得してしまう。はちゃめちゃなところはあったがあの二人が悪い子でなかったのは間違いない。もしそうでなければ自分はここにはいないだろう。

 

 

「でもそうね……やっぱりエヴァが関わってたのね」

「え……?」

 

 

そんな中、セフィさんがどこか複雑そうな表情を見せながら呟く。ヴェールで隠れていてもその空気は感じ取れる。だが自分が驚いているのはそこではない。

 

 

「セフィさんは、そのエヴァって人のことを知ってるんですか?」

 

 

セフィさんがエヴァという人物のことを知っていたこと。デビルーク王と敵対していた存在なのだから確かに知っていてもおかしくはない。だが明らかにセフィさんの反応はそれどころではない。まるで旧知の間柄であるかのような。

 

 

「ええ。昔から知り合いで……そうね、貴方たちには教えておいた方がいいでしょう。エヴァはギドの幼馴染で、婚約者候補だった人なの」

 

 

何かを思案しながらもセフィさんはそんなとんでもないことをさらっと明かす。思考が定まらない。驚くべきか固まるべきか。何から聞いたらいいのか。

 

 

「こ、婚約者候補って……じゃあエヴァって人は女の人なんですか!?」

 

 

最初の驚きはそこ。てっきり自分はエヴァは男性だと思っていた。確かに名前は女性のようだったがあのデビルーク王と争うことができる女性がいるなんて想像できるわけがない。

 

 

「そうよ。知っていたのはギドと私ぐらいで周りはずっと男性だと思っていたみたいだけど。いつも仮面をかぶっていたし、男のように振る舞っていたから余計にね」

「ふーん……婚約者候補ってことは、わたしとリトみたいな関係だったの?」

「どうかしら。ギドからしたら遊び相手……ライバルみたいなものだったみたい。ギドと対等に戦うことができるのはエヴァぐらいでしょうね」

「幼馴染ってことは……セフィさんがギドさんと会った時にはもう……?」

「私が初めてギドに会ったのはギドが武者修行の旅をしていた時なんだけど、その時にはエヴァはもう婚約者候補だったわ。言い出したのはエヴァで、ギドはそれに付き合ってるって形だったけど」

 

 

自分が何を聞きたいのかもう察しているのだろう。淡々と事実だけをセフィさんは教えてくれる。ララは今一つ事情が掴めていないのか目をぱちくりさせている。

 

 

(じゃあセフィさんは……そのエヴァって人からデビルーク王を? さ、三角関係ってやつだったのかな……)

 

 

導き出せる答えはそれしかない。三角関係という、自分にとっては空想の絵空事のように感じるものが実際にあったのだと。そして今の状況から、勝ったのはセフィさんだったのだろう。あのデビルーク王のことだ。三角関係どころじゃなかったのかもしれない。

 

『欲しいものを手に入れるために最大限の努力をする』

 

それがモモから聞いたことがあるセフィさんの座右の銘とでもいえる考え方。もしかしたらそれも過去からの経験によるものなのかもしれない。

 

 

(待てよ……? それが本当なら、もしかしてエヴァって人の目的って本当は……)

 

 

ふと気づく。もしセフィさんの話が本当なら、ネメシスから聞かされた話は全く違う意味になるのではないか。公私。そのどちらが先だったのかは分からないが、第六次銀河大戦はもしかしたら全く違う意味でのデビルーク王を巡る戦いだったのかもしれない。自分がどう反応したらいいのか困惑している中

 

 

「うーん……そのエヴァって人はパパが好きだったんでしょ? なのにどうしてママは仲良くできなかったの?」

 

 

今まで黙り込んでいたララが首をかしげながらそんなとんでもない発言をかましてしまう。一瞬で空気が固まってしまう。

 

 

「同じ人を好きになったんなら仲良くなれると思うんだけどなー」

 

 

ララはそんなよくわからないことを真剣に考えている。同じ人を好きになったんだから仲良くできる。そんな子供のような発想。ただ自分は呆気に取られるしかない。セフィさんもそんなララに驚きながらも、クスッと笑ってしまう。

 

 

「きっとララなら仲良くなれたかもしれないわね。私も嫌ってるわけじゃないんだけど、ギドに関しては譲れなかったの」

「そうなんだ……好きな人がいて、その人が自分のことを好きでいてくれるなら一番でも二番でも関係ないと思うんだけど」

 

 

決してララを否定することなく、セフィさんは自らの体験を伝えている。以前ナナやモモを諭していた時と同じように。だがララにはまだそれが理解できないらしい。自分と相手が互いに好き合っているなら順番なんてどうでもいい。それだけで幸せなのにとララは心からそう思っている。ある意味純粋なララらしい考え方。

 

 

「そうね……でも考えてみて、ララ。もしリトさんのことが好きだって女の子がいたらどうする?」

「っ!? セ、セフィさん、いったい何の話を……!?」

 

 

いきなり自分に話が飛び火してきたことに思わず声をあげてしまうもセフィさんは微笑んでいるだけ。どうやら口をはさんでも無駄らしい。ここは黙っておくしかない。

 

 

「? 何がいけないの? わたしの他にもリトのことが好きって人がいるなら素敵なことでしょ?」

 

 

何がいけないのかときょとんとしているララ。婚約者候補の振りをしているからと分かっていてもさらっと自分のことが好きだと口にできるララに動揺しながらも尊敬の念を抱くしかない。

 

 

「ええ、ならその女の子がリトさんのことを独り占めしたいから、ララにもうリトさんには関わらないでと、言ってきたら?」

「え……? どうしてそんなこと言うのかな? わたしとその女の子二人でリトのこと好きになったらいけないの?」

「いけないわけじゃないわ。でも、好きな人ができるとみんな自分だけを見てほしい、独り占めしたいって思っちゃうものなの。きっとほとんどの人がね。気づいていないだけでララ、あなたにもその気持ちがあるはずだわ」

 

 

セフィさんは優しくララに告げていく。誰かを好きなるというのがどういうことか。同時にララがいずれ向き合うことになるであろう問題を。知らず自分もそれに聞き入っていた。それは決して他人事ではないのだから。

 

 

「そうなのかな……?」

「いつかきっと分かる時が来るわ。本当の意味で、誰かを好きになるってことがね。その時にきっと、さっきの質問の答えが出るはずよ」

 

 

それは予言にも似た確信。ララが自分で答えを見つけることを信じている母の姿。そんな二人に目を奪われていると

 

 

「あとはそう……リトさん次第かしらね」

 

 

それまで完全に蚊帳の外だったはずの自分に話が振られてくる。一体さっきの話からどうしてこうなるのか。

 

 

「な、なんでそこでオレが出てくるんですか……?」

「だってそうでしょう? いくらララとその女の子が納得しても、リトさんにその気がなければそれまでですから」

「そ、その気って……そんなのあるわけないでしょう!? それじゃまるで浮気……とはまた違うのかもしれませんけど……と、とにかくそんなことは絶対無理です! 大体オレの事を好きな女の子なんてい……ごほんっ、こ、婚約者候補のララ以外にいるわけないですし……」

「え? リトは嫌なの?」

「当たり前だろ……お前の常識をそのままオレに当てはめないでくれ……」

 

 

(セフィさんの前じゃ、婚約者候補の振りを続けなきゃいけないせいで変に疲れる……セフィさんも分かっててからかってる節があるし……)

 

 

ただ目の前の母娘にたじたじになるしかない。ララはもちろんだがセフィさんも大概だろう。自分たちが婚約者候補ではないことを知っているのにこんな話題を振ってくるのだから。悪意がないのは分かるのだが恥ずかしいものは恥ずかしい。やっぱり性格的にはモモに近いのだろう。

 

 

「ふふっ、若いっていいわね。余計なことも言ったけど、結局はあなたたち次第ですから。ゆっくり焦らずにね。さしあたってはリトさんは明日から一か月間、デビルークでの生活を楽しんでください。私もできるだけ帰ってくるようにしますから」

「ほんと? やったー! 明日からずっと一緒だね、リト!」

「そうだな。楽しみだけど……うん、お手柔らかにお願いします……」

 

 

はしゃいでいるララの姿にこれからの夏休みが間違いなく人生の中で一番忙しくなることを確信しながら、デビルーク王妃との二度目のお茶会はお開きとなったのだった――――

 

 

 

 

(はあ……やっぱりあのベッドは落ち着かないな。慣れれば気にならないんだろうけど……)

 

 

時刻は深夜。みんな寝てしまったのだろう。静けさが王宮を包み込んでいる。そんな中、高級なベッドを含めた部屋に慣れず、なかなか寝れない自分は夜の散歩という名の徘徊中。トイレを済ませたものの、まだ寝れそうにはない。そんな中、ふとある場所に目を奪われる。かつてナナと初めて出会った場所である庭園。そこに人影がある。

 

 

(あれは……ヤミ……?)

 

 

金の髪をたなびかせながら、ヤミは庭園にあるベンチに腰掛けながら空を見上げている。月明りに照らされているその光景はどこか幻想的だった。思わずその場に立ち尽くして、見惚れてしまうくらいに。それがいつまで続いたのか。

 

 

「……何をしているんですか、結城リト?」

 

 

こちらにとっくに気づいていたのか、顔だけこちらに振り向きながらヤミが声をかけてくる。

 

 

「い、いや……ちょっと散歩しててさ! 邪魔してごめん!」

 

 

盗み見していた後ろめたさもあってそのまま慌てて離れようとするも

 

 

「……少し話をしませんか」

「え……?」

 

 

ヤミは怒ることもからかうこともなくそんなことを言ってくる。呆気に取られながらも、それを断る理由もないため恐る恐るヤミの隣に腰掛ける。日をまたぎかけているのでとらぶるの心配があるがヤミは特に気にした様子はない。

 

 

「…………」

 

 

そのまま互いに無言の時間が流れていく。誘っておきながらそんなヤミに突っ込みを入れてもいいのだが不思議と気にならなかった。いつも通りの静かな、ヤミとの二人きりの時間。

 

 

(そういえばこうして過ごすのも一週間ぶりか……ほんと、ララとは真逆だよな……)

 

 

さっきまでのララの騒がしさが嘘のように、ヤミとの時間は静かだった。元々口数が少なく物静かなヤミなのだから当たり前だが、不思議と落ち着く自分がいる。ララが太陽だとすればヤミは月のようなものだろうか。そういえばデビルークにも月があったんだな、と今更ながら考えていると

 

 

「……今回の件、申し訳ありませんでした、結城リト」

 

 

ぽつりとヤミはそんなことを呟いてくる。俯いているのか、表情は伺うことはできない。だがあり得ない。

 

 

「…………何の真似ですか?」

「いや、熱でもあるのかと思って……」

 

 

慌ててヤミの額に手を当てて熱を測る。あのヤミが自分にこんな謝ってくるなんてあり得ない。夜風にあたって風邪でも引いてしまったのだろうか。

 

 

「……普段あなたが私のことをどういう風に見ているのかは分かりましたが、今度同じことをしたら覚悟してください」

「…………はい」

 

 

自分の周囲をうごめいている金の髪に冷や汗を流すしかない。ちょっとした冗談のつもりだったのだがヤミをからかうのは命懸けになるのでこれからは止めておこうと心に誓う。

 

 

「で、いったい何を謝ってるんだ? 連れ去られたことなら半分はオレのせいだから気にしなくていいぞ」

「ええ、それは半分以上貴方の責任なので、私もそこまで気にしてはいません」

「お、お前な……」

 

 

いつもの調子を取り戻したのかこちらの急所を貫く毒舌を吐くヤミに翻弄されるしかない。だがそれが本心ではないことは自分にも分かる。自分が連れ去られてからヤミがどうしていたかは美柑からも聞かされているのだから。それは言わない方がいいだろう。

 

 

「私が言っているのは……変身兵器(私たち)の事情に貴方を巻き込んでしまったことです」

「変身兵器の……? それってメアやネメシスのことか?」

「それもありますが……一番は貴方の能力であるとらぶるのことです」

「とらぶるのこと?」

 

 

てっきりメアやネメシスのことで責任を感じているのかと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。だがどうしてそこでとらぶるが出てくるのか。

 

 

「それは本来、私たちの問題だったはずの物。なのに何の関係もない、普通の地球人の貴方をそれに巻き込んでしまった……」

 

 

こちらを見ることなく淡々とヤミは独り言のように話し続ける。まるで教会で懺悔をしているかのように。確かにそういう見方もできるだろう。とらぶる、テュケは本来変身兵器に由来があるもので、自分が関わるような問題ではないのだから。なのに

 

 

「それは……」

「分かっています。それが直接、私が責任を感じるべきものではないことは。ただ……思わずにはいられなかったんです。それがなければ、結城リト、貴方の人生はきっと大きく違っていたでしょう。今までも、これからも」

「…………」

 

 

ヤミはそれを口にする。責任が自分にはないことは分かっていても。ヤミという女の子の優しさ。同時に自分がもう覚えていないほど考えていたこと。

 

もしとらぶるがなかったら。それを考えなかった日はない。ララがやってきてからもそれは決して変わらない。

 

 

「そうだな。とらぶるがなかったらきっと、古手川を泣かすことも、友達をなくすこともなかったと思う」

 

 

ただ本音を明かす。とらぶるがなければ古手川をあんなに辛い目に遭わすこともなかっただろう。親友を、友達をなくすこともなかっただろう。もしかしたら、好きな女の子、初恋もできたかもしれない。

 

 

「学校でずっと一人でいることも、家で引きこもることも……泣くことも、なかったと思う」

 

 

初めて自分から泣いていることを誰かに明かした。それはきっと相手がヤミだから。ララにも明かすことができなかったこと。かつて辛いはずの過去を自分に明かしてくれたヤミだからこそ、嘘偽りなく今の自分の気持ちを伝える。ただヤミは黙って自分の独白を聞いてくれる。その表情はきっと悲しみに満ちているのだろう。だから

 

 

「でも、ヤミにも会えなかった」

「え?」

 

 

今の自分が見つけることができた答えを告げる。

 

 

「ヤミだけじゃない。ララにもナナにもモモにも。デビルーク王やセフィさん、ザスティンさん……みんな、この能力がなければ会えなかった」

 

 

それが答え。とらぶるがなければ、みんなに出会うことはできなかった。きっかけは確かにとらぶるだったのかもしれない。でも、その出会いは自分にとってはかけがえないのないもの。

 

 

「前、セフィさんに教えてもらったんだ。能力には良いことと悪いことがあるんだって。それからずっと考えてて、気づいたんだ。みんなに会えたことがオレにとっての良いことだったんだって。そう考えたらとらぶるも悪くないかなって最近思うようになったんだ」

 

 

あの日、セフィさんから教えてもらったこと。まだセフィさんのように、全てを笑って話すことはできないけど、そう思えるくらいには今の自分は幸せなんだと思えるようになった。

 

 

「あ、でも勘違いするなよ? えっちぃことするのが悪くないって言ってるわけじゃないからな」

「……分かっています。いいことを言っていたのに台無しですね」

 

 

自分があまりにも恥ずかしい告白をしていることに耐えられず誤魔化そうとするも上手くいかない。だが少なくとも先ほどよりはヤミの声色は優しくなっている。ならそれでいいだろう。

 

 

「そうだ、じゃあ代わりに前断られたことをお願いしてもいいか?」

 

 

ここが畳みかけるチャンス。この暗い空気を何とかするためにいつかの続きをしよう。

 

 

「お願い……? 何のことですか?」

「名前だよ。ヤミだけオレのこと呼び捨てにしてくれないだろ? だから今回はそれでチャラってことで」

「どういう理屈ですか。前にも言ったでしょう、もう結城リトという呼び方に慣れてしまったのでお断りすると」

 

 

いつかと同じようにヤミはそれを断ってくる。それは想定済み。だがこちらにはあの時にはなかった切り札がある。

 

 

「でもオレが連れ去られた時にリトって呼び捨てにしてくれたじゃないか」

「~~~~?!?!」

 

 

完全に忘れていたのか、それとも自分でも気づいていなかったのか。ヤミは見ているこっちが驚くほど顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせている。未だかつて見たことのないほどの狼狽っぷり。

 

 

「あ、あれは……その、焦っていたのでつい、別に他意はなくて、その……」

「ならいいじゃないか。オレもヤミのこと呼び捨てにしてるし、気にすることないって」

 

 

とどめとばかりに提案する。もはやヤミに退路はない。いつもはやり込められる側なのだがたまにはこういうのもいいだろう。もしかしたらネメシスのドSさが少しうつってしまったのかもしれない。それに観念したのか

 

 

「……分かりました。ただ、他に人がいない時だけです。いいですね?」

「あ、ああ……分かった」

 

 

ジト目になりながらそう告げてくる。どうやらそこがギリギリの妥協点らしい。これ以上責めると後が怖いので止めておこう。何はともあれヤミがいつも通りになってくれてよかった。

 

そのままヤミは立ち上がりその場を後にしていく。自分ももう少ししたら部屋に帰ろうと考えていると

 

 

「…………イヴ」

「え?」

 

 

振り返ることなくヤミはそんな言葉を呟いてくる。その意味が分からずただ茫然とするしかない。それを知ってか知らずか

 

 

「イヴ。それが本当の私の名前です。私だけでは不公平ですから」

 

 

ヤミは本当の自分の名前を自分に明かしてくれる。金色の闇という殺し屋のコードネームではない、殺し屋になる前の彼女の本当の名前。ヤミだけ恥ずかしい思いをするのは不公平だから、自分にも同じようにするようにとのことらしい。だがヤミにとっての誤算は一つだけ。自分にとってそれは恥ずかしいことではなく、嬉しいことなのだから。

 

 

「おやすみ、イヴ」

 

 

その場を去っていくイヴに向かってそう告げる。今は二人きりなのだから大丈夫だろう。瞬間、イヴは足を止めてしまう。まるで予想外だったかのように。

 

リトは知らない。自分が今、イヴにとっての安らぎであった言葉を口にしたことを。

 

 

「……おやすみなさい、リト」

 

 

振り返ることなく、イヴはお返しとばかりにそう告げたまま部屋へと戻っていく。

 

 

それが騒がしかったデビルークの一日の終わり。そして新たな始まりだった――――

 

 




作者です。第三十三話を投稿させていただきました。

今回でようやく一区切りのところまで進むことができました。ここからはしばらく日常パート。そしてリトを巡る三角関係、エヴァを含めたとらぶる、変身兵器関連の決着までの最終章へと突入していきます。楽しみにしていただけるとうれしいです。では。

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